明日は皆が待ちに待ったキャノンボールファスト。
皆は最終準備やら何やらと色々と騒ぎ立ててやがる。そこには当然賭けが出て、オッズが教員にバレねぇように生徒間で発表されてる。
一年の専用機持ちは今の所だと一位がドイツの子ウサギ、二位がお嬢様とファンで同率、三位がデュノアってところだ。
一位はアレでも軍人で経験がある分、その差が出てるってところだよ。レースそのものは得意じゃねぇが、相手を妨害するって点なら本職に勝るとも劣らねぇくらい汚ねぇんでね。相手の思惑を潰すのも軍人のお仕事って奴だ。
二位のお嬢様とファンは二人とも専用パッケージを持ってるってのがでかい。
特にお嬢様は稼働時間が200も超えてるって事もあって手慣れてることは、一緒に訓練したんで良く分かってる。ファンのは何でも今回のレースに合わせて開発された最新式なんだとよ。あんなちんちくりんなリトルガールでも代表候補生、やることはやってんだろ。
三位のデュノアは言わずとも知れずって奴だな。奴さんは何でも器用に熟すからなぁ。今回のレースでもそつなく熟すだろうよ。
そして穴馬なのがホウキとイチカとオレだ。
ホウキは例の第四世代機の性能を使いこなせるかってんで未知数。イチカの野郎も形態移行して高速機動が出来るらしいが、アイツもオレも未経験ってんで判断出来ねぇんだとさ。
そんなわけで食券を賭けて騒ぎ立てる生徒達なわけだが、残念なことにオレは賭けに参加できねぇ。
金での賭けが禁止されてるんで仕方ねぇよ。
そんな期待に胸を膨らませて明日を待ち遠しくしてる奴等と違ってオレは今………。
「はぁ……まぁ、もう慣れたから文句は言わねぇがね」
「そう言ってもらえると有り難いですね」
もう毎度お馴染み、爺さんところでだべってるよ。
勿論話し合うことなんて決まってるだろ。明日の件についてだよ。
この学園は本当にイベントとハプニングのおもちゃ箱なんでなぁ。何かしようとする度に何が飛び出してくるのかわからねぇ。ただ絶対に飛び出してくるってことだけは分かるんで、こうして前日にお喋りのために呼び出されるってわけだ。
今回は前回同様にお嬢様も一緒だよ。もうすっかりここの一員って奴だな。
ソファにお行儀良く座って会長と同じように優雅に茶を飲んでる。
オレと言えばそんな二人から白い目を向けられつつも爺さんのお気に入りに酒をグラス片手に煽ってるわけだ。この爺さんからの話を聞くのに素面だなんて、精神衛生上よろしくねぇんでなぁ。
さて、この面子が呼び出されたんなら、もう言わなくてもわかるよなぁ。
そう、明日のキャノンボールファストに向けてのお話だよ。
爺さんはいつもとかわらねぇ笑顔で明日について話し始める。
「明日は遂にキャノンボールファストの開催日となりました。特に情報らしい情報は入っていないので注意事項は無いと言いたい所ですが……」
「どうせ何かあるんだろ。この学園はトラブルの元っていう火薬が詰まった火薬庫だ。何かしらの刺激が加われば途端に爆発しちまう」
「その通り。この学園は常に注目を集めていますし、ある意味宝の山です。狙われる危険は高く付きまとい、警備が充実している学園内でさえ侵入を許してしまう始末。そして学園の外に出ればその危険度はぐっと上がります」
要は明日の行事でも何かしらトラブルがやってくる可能性が高いから注意しろってお達しさ。情報が入ってこないってだけで安心はできねぇわなぁ。
それが身に染みて分かってるからこそ、会長やお嬢様は表情を引き締める。
だが、明日は競技を控えてる身だ。今から緊張してたんじゃぁもたねぇよ。
だからこそ、オレはお嬢様にからかうように笑いかける。
「お嬢様、真面目なのは結構だが、今はそんな気にしなくても問題ねぇよ。そういったトラブルは来たら何とかすりゃぁいい。来る前はあくまでも可能性があるって程度に考えときゃいいさ。今のウチからそんなんだと明日のレースに差し支えるぜ」
「もう、レオスさん! 真面目な時にそんなことを言わなくてもいいのに、不謹慎ですわよ」
頬を膨らませつつそう怒るお嬢様。
真面目なお嬢様らしいが、そんなに怒っていますって面をしたって可愛いだけだぜ。
その様子に会長さんもジト目でこっちを見てくるが、気にしても仕方ねぇ。
爺さんの方に顔を向ければ、何か満足そうに頷いて笑ってるよ。
「確かに彼の言う通りです。貴方達にはこうして学園を守っていただいていますが、同時に学生です。だから明日は競技の方を頑張って下さい。私が言いたいのは心構えのようなものですから」
「そ、そうですが……」
「多分大丈夫だと思いますよ。此方の情報網には何も掛かってないのですからね」
「だといいんですけどね。更識の網にも掛かっていないようですから何も無いと思いますし」
爺さんはそう言って二人を落ち着けると、締めの言葉を言った。
「杞憂で済めばそれでいいんですよ。ただ、注意だけはして置いて下さいというだけです」
それを聞いてお嬢様と会長はこの部屋から出て行く。
明日は競技なんで早く寝てコンディションを整えねぇといけねぇからなぁ。
だが、オレはまだ出ない。
「レオスさん、どうかしましたの?」
部屋から動かねぇオレにお嬢様が話しかけてきた。
それに対し、オレは面倒だって感じな面でお嬢様に答える。
「まだオレは爺さんと話すことがあるんだよ。だから先に寝てな、お嬢様。寂しいからって泣くんじゃねぇよ」
「っ!? もう、レオスさん! からかわないで下さい! わたくしは先に寝ますからね! おやすみなさい!」
お嬢様はからかわれたことが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にして帰って行ったよ。
その様子を見て会長が呆れ返ってる。
「まったくもって貴方達と来たら……それで付き合ってないって言っても説得力ないんじゃないの」
「羨ましいかい、会長さん。だったらアンタも頑張って青春しねぇとなぁ。イチカ辺りがお勧めだと思うがね、オレは。こいつは予想だが、どうせちょっとしたことで直ぐに落ちんだろ、アンタは。イチカの野郎は無自覚でタラシの才能があるかららなぁ……まぁ、その面を見る限り脈有りって所かな」
「なっ!? 何で私が一夏君と! 冗談ばかり言わないで頂戴。私ももう帰るから!」
会長さんも顔を真っ赤にして帰って行ったよ。ちょっとしたからかいだったんだが、案外本当に脈がありそうだ。まったくもって、イチカの野郎は罪作りな奴だねぇ。そのウチ後から刺されないか心配になっちまうよ。
そんな心配をしつつお嬢様と別れたオレは改めて爺さんと向かい合う。
さて、ここからが本番だ。お嬢様みてぇな『良い子』は聞かねぇ方が良い。
絶対に眠れなくなるからなぁ。トイレについて行くようになっちまったら女の子って奴として終わっちまってるって奴何でね。
「さて、爺さん。さっきの話の続きといこうか。勿論、ここから先は大人の事情込みでなぁ」
「えぇ、いいですよ。流石にこれは彼女達には聞かせられませんから」
爺さんはかわらねぇ笑顔っていう実に図太い面で答える。
「確かに表立って情報網に引っかかるものはありませんでした。ですが、攻められる口実を此方が持っているので確実に来るでしょう」
「そいつは前回、ウチの馬鹿なクソオヤジにこてんぱんにされた奴のお仲間ってところかい?」
この学園でそんなもんがあるのは大漁だが、ここ最近を考えれば一番近いのは学園祭の時にクソオヤジにメタメタにされた可哀想な女くらいだ。
「正解です。流石に情報の漏洩を考えればこれ以上此方にあの女性を確保されているのはたまらないでしょう。救出や奪還、もしくは殺害するにはこの行事で襲撃をかけるのは有効ですから」
「だろうよ。学園の外ってだけでも仕掛けやすいのに、それに乗じて奴さんの移送も行うって所だろ。そいつは口実としちゃぁ充分だ。ちなみに奴さんは?」
「治療は終わって喋れるようにはなりましたが、如何せん貴方の上司が恐かったようで……あまりの恐怖に幼児退行を引き起こしてしまって情報源として使い物になりませんね。明日の移送は政府管轄の精神病院、そこの静養施設に送られる予定です。会う度に『お爺ちゃん、こんにちわ』と言われるのが嬉しかったので残念ですが……」
何を喜んでるのやら。これで小さいガキだったんなら爺さんらしく微笑ましいもんだが、相手は20超えた大人の女だぜ。キャバクラじゃねぇんだから喜ぶんじゃねぇよ。
「おいおい、いくら何でもいい歳した女のお爺ちゃん呼ばわりはねぇだろ。自白剤は使ったのか?」
「あれは信憑性が低いですから。中には尊厳を踏みにじり陵辱の限りを尽くしてプライドを粉々にしてから吐かせるという案もありましたが、ああなっては流石に。いくら何でも幼児に酷いことは出来ませんから」
「大した偽善っぷりだなぁ、爺さん。身体だけなら上物だろうに」
「あまり下品なことを言ってはいけませんよ。女性には紳士であるのが男の人という物です。犯罪者には公平ですがね」
「良く言うよ。そう思うんだったらもっと生徒にも公平な扱いをして貰いたいもんだ」
「それはそれ、これはこれです。貴方とは仕事の関係でもあるんですから」
「あいあい、依頼主様。ちゃんと金は払って貰うぜ」
「毎回ちゃんと振り込んでいますよ」
と、こんな感じだ。
まさかお嬢様達の前で以前捕まえた女のその先を言う訳にはいかなかったしなぁ。
だから爺さんもオレも口を噤んでたんだよ。流石に年頃の娘には刺激が強すぎるだろ。強姦とか陵辱とか自白剤って話はなぁ。
オレ等の中じゃ常識的な話しだが、世間様じゃ立派な犯罪行為だ。
犯罪はいけねぇなぁ(笑)。
爺さんの話からすれば、明日は必ず友情に溢れた奴が仲間を救いにくるってわけだ。そいつをどうにかしろってよ。
人使いが荒いじゃねぇか、本当によぉ。まぁ、これも仕事だ。
「それに、明日は彼女達の晴れ舞台でしょう。不安な要素を排除し守るのも立派な男のお仕事ですよ。君もそれが邪魔されるのは気に喰わないでしょう」
「うるせぇよ、爺さん。こいつも仕事なんでね。来たんなら捕まえりゃいいんだろ」
「正解です」
妙にニコニコ笑う爺さんに多少苛つきながらオレは理事長室を出た。
明日はお嬢様の晴れ舞台でもあるんだ。そいつに横から茶々入れる奴を許す訳には……いかねぇよなぁ。