色違いの空   作:kei469

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何も分からないまま

 

 チャラリと大空弟の手の中で揺れたペンダントの中身は、当たり前のように空白で。それを突き出した大空弟は、混乱しているのか今にも泣き出しそうな顔をして。私と束は、何となく、それが何かの切欠のように思えていて。

 

 大空三春は動きを止めて、ただ呆然とそれを見つめていた。

 

「なん、だ……どうして……」

 

 風に乗って聞こえるのはそんな呟きばかりで、それは大空兄でさえもその空白の意味を理解できていないように聞こえた。

 大空兄が言う、私と束にとっては有り得ない出来事の末に死んだ親友の写真が、ペンダントには入っていた筈のようだが。

 

「……大空三春。お前は何を見ていたんだ?」

 

 私の声はアイツに聞こえているのだろうか。

 

「―――どういうことだ!?」

 

 呆然とした呟きは誰に向けたかも分からない叫びとなって、それに対して誰も答えられる筈もないまま。

 

 不意に大空三春の体が、宙に放り出された。

 

 それは言葉通り、唐突に大空三春の体がISのようなそれから放り出されたのだ。まるで弾きだされるように、何の予兆も無く突然に、宙へと舞った大空兄の体。

 

「なん、だよそれ」

 

 落ちて行く大空兄に伸ばしかけた手は、結局伸ばせず。

 

「っ何なんだよ、お前はぁあああああああああ!?」

 

 叫ばれ、睨み付けられたその瞳に私は、

 

「お前がなんだ」

 

 心底から分からず、問いかけるだけだった。

 けれど答えは返らず大空兄の体は海へと消え、そうして何もかも分からず、唐突にそれは告げる言葉も無く、終わった。

 

 

 

 大空兄を放り出したISによく似たそれは、やはりISだった。

落下することも無くその場に留まるIS―――セイに手を伸ばしたのは、束では無くクウだったように思う。

 

『セイ、セイ、セイ!』

 

 歓喜に満ちたクウの声が響いている。束の胸に抱えられたセイが淡く光って、ガントレットの形をしていたそれが、人型を成して束に抱かれていた。

 

「おかえり、せーくん」

「……ただいま戻りました、束様。ただいま―――クウ」

『おかえりなさい、セイ!』

 

 愛しげにセイを抱きしめた束と、心から喜ぶクウと、抱き締められ穏やかな顔をするセイ。

 そんな三人を眺めてから、眼下に広がる海へと目を向けた私は、ぼんやりと思う。

 

「(結局、分からないことばかりが、残った)」

 

 溢れかえった分からないことの中で、分かったことはとても少ない。

 

「……疲れたな」

『大丈夫?』

「ああ……ありがとな、雪桜」

 

 心配してくれる声に笑みが浮かぶ。さて、もう少し束たちの好きにさせておこうかと思ったところで、手が差し出された。

 

「ちーちゃん、行こ!」

 

 セイを片手に抱えた束が、空いた片手を私に伸ばしている。それが何だかとても嬉しくて、安心した。

 伸ばされた束の手を掴んで、砂浜へと降り立った。降り立ったところで私は雪桜を、束はクウを解除する。いつもの待機状態である少女の姿となったクウは、セイに抱き着き笑っていた。

 

「セイ、セイ! やっと会えた、帰ってきた!」

「クウ……会いたかった。ずっと会いたかった」

 

 抱きしめ合った二人の体が淡く輝きを放って、すぐに柔らかな青い光へと変化する。ふわりふわり、光がゆっくりと治まると、透明度の高い二人の白い髪は澄んだ青色へと変わっていた。

 

「ちーちゃんはせーくんに会うの、初めてだっけ」

「ああ」

「せーくんはね、くーちゃんが大好きなんだよ。くーちゃんもせーくん大好きだけど」

「……見てれば分かる」

 

 お互いを想い合っているのは、一目瞭然で。二人がようやく共にいられることに、私まで嬉しくなる。

 

「千冬、姉」

 

 帰ったらセイと話してみよう、そんなことを思っていた。

 不意に響いたのは懐かしい呼び名で、それは二度と呼ばれないと思っていたものだった。

 

「……」

 

 振り返った先に、箒とボーデヴィッヒ。そして、大空一夏。

 目が合うと、大空一夏は「あ」と声をあげて、気まずそうに目を伏せた。伏せた目は何度か宙を彷徨って、もう一度私に向けられた。

 

「千冬姉、俺……」

 

 何か言おうとしている。けれどそれ以上の言葉は待っていても紡がれず、静寂だけが満ちていた。

 

「ちーちゃん」

 

 束が呼んでいる。大空一夏を見たまま、声だけが背後から聞こえてきて、また静寂。

 

「……帰ろう、束」

 

 懐かしくさえ感じる声に背を向ける。差し出された手を掴んだ私に束が笑い、束は「またねー、箒ちゃん、らーちゃん」と二人に手を振った。

 歩き出す。サクサクと砂浜に足音を残しながら、少しだけ振り返った先で見た、伸ばしかけた手を下す大空一夏の姿に私は、束の手を強く握りしめた。

 

 

 

「データ上から大空三春は完全消滅。IS学園のカメラ含め、私が撮影した映像からもいなくなってたよ。大空一夏はそのままいるのに、大空三春だけ綺麗に消えてる」

「……ドイツでも、同じようなことがあったみたいだな」

「ああ、科学者だっけ? そっちはちゃんと調べてないけど、んー……どういうことだろうね」

「さあな」

 

 何枚も空中に展開されたディスプレイを見上げて、私は束の問いかけに緩く首を振った。束が分からないように、私だって分からない。

 

 大空三春の消失。突然、現れたアイツは最初から存在していなかったように、唯一大空一夏という存在を生み出して消えた。

 

 いない筈のアイツはいる筈の存在として現れ、いる筈なのにいなくなった。

 

IS学園は、海に落ちたアイツを探すことも無く臨海学校を終えたという。正体不明のISに襲撃を受け、その対応に当たった専用機持ちは負傷こそないものの様子がおかしく、それは初の外敵との戦闘によるものだと思われた。その結果、予定よりも早く学園へ戻ることとなったそうだ。

大空一夏は勝手に訓練機を使用したということで罰則を受けたそうだが、それほど重いものにはならなかったらしい。世界初の、唯一の男性操縦者……だから、とは思いたくない。

大空三春が消え、世界に二人いた男性操縦者は大空一夏一人になった。ただそれがニュースになることもなく、それどころか過去のニュースを見ると最初から大空一夏一人だったかのように放送されていて、私も束も記憶との相違に分からないことが増えていった。

 

「結局、何も分からなかったな……」

 

 大空三春について、何か分かったのかといえば正直、何も分からなかった。

 アイツの話していた過去は、私と束からすれば有り得ない出来事。実際、事件の後で束には徹底的に被害が出ていないか調べさせもした。ありとあらゆる手段で、調べに調べて被害ゼロであることに安堵した。

 アイツが何故、私と一夏の兄を名乗ったのかも納得できる理由は聞けなかった。そもそもアイツはいつ生まれていつ捨てられたのか。それさえも分からないままだ。

 

「せーくんの検査をしても異常は無かったし、どうして戻ってこれなかったんだろうね?」

「というより、大空三春は何故あそこでセイから放り出されたんだ? 適性、あったんだろう」

「さあ。せーくんが言うには、急に拒絶反応が生まれたって」

 

 あった筈の適性が唐突に無くなった、そういうことらしい。そんなことが有り得るのかと聞けば、知らないと返ってきた。その辺りに束は興味が無い。

 

「せーくんは帰って来たけど、何だろうね。変な感じ」

「ほとんどが分からないままだからな……仕方ない」

 

 ディスプレイを見上げるのをやめて、壁際に置かれたベッドに腰掛ける。自然とふぅ、と息を吐いていて、体から力が抜けた。

 

「あーあ、気持ち悪いなぁ。結局、いっくんも帰って来なかったしさ」

「……そうでもないぞ」

 

 嫌そうに言い放った束の言葉に、私は足元に目を向け答える。くるりといすが回る音、束が近づいてくるのが分かった。

 

「……大空一夏は、たしかに織斑一夏でもあった。それが分かっただけでも、よかった」

 

 ずっと大空一夏の中に織斑一夏の影を探していて、ようやくそれを見つけることが出来た。

 去って行った、嫌われた、倒すと言われた。何度も感じた痛みの中で、けれど私は大空一夏の中でひっそりと声をあげる私の弟を見つけられた。ならもう、それで満足しておこう。これ以上を望むのは、分かろうとするのは少し、難しそうだから。

 

「行っちゃうの?」

 

 不安そうに束が私に聞いてくる。隣に座って、私の手に手を重ねてきた。力の篭っていない、ただ乗せられただけの手。

 

「……いいや。だとしても、少し離れすぎた。私には最後まで、アイツが何を想っていたのか分からない……一夏の心が分からない」

 

 一夏はあの時、砂浜で何を言おうとしていたのだろう。

 

「考えるのはもう、疲れた」

 

 それを考えるのも何も、今の私にはもう出来そうもない。考えるには、分からないことが多すぎた。

 

「もう休んで良いよ、ちーちゃん。ちーちゃん、頑張ったもん」

「……そうか?」

「うん。だからいっぱい休んでいいよ」

「……なら、そうしようか」

 

 第二回モンド・グロッソ、決勝当日。私の弟は誘拐されて、助けに行った先ではいない筈の兄がいた。弟は兄の手を取り私の前から去った。

 そこから始まった、分からないことを、分かりたくて始めた全ては結局、分からないことを残したままその根本の消失という、終わりを迎えた。

 何が正しかったのか、何を間違ったのか。何を想ったのか、何を想われたのか。何がしたかったのか、何をしたかったのか。分からない、分からない、分からない。

 

「おやすみ、ちーちゃん」

 

 分からない中で、けれど手にたしかな温もりを感じながら、私は静かに目を閉じた。

 





ここまでお読みいただきありがとうございます。

色違いの空の本編はこの21話が最終話となります。
結局何もわからないまま、という終わりですが、もともとは千冬や束たち側から見た話として考えていたので、大空兄弟サイドの話は彼らが話してくれる以上の情報は得られないものとしていました。

この後の予定としては、話がまとまるようならアフターということで千冬たちのその後の話や大空兄弟サイドの話をあげていこうかとも思いますが……まとまっていないので、何とも。
大空三春に関する話は、以前に投稿していたものをそのままあげるか、それとも一番最後だけ少し変えたのをあげるか、あげないかと考え中です。変えたといってもあまり大差ありませんが。
参考までに、よければご意見をいただければ有難いです。

それでは、何もわからないまま終わった千冬たちのお話をお読みいただき、ありがとうございました。

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