色違いの空   作:kei469

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彼女の為に

 

 視界に広がる桜の花と、雪の結晶。キラキラ光るそれは相変わらず綺麗で、その向こうに見える青空がまた一段と、輝いていた。

 

『千冬を傷つけるのは、駄目』

「な、んっ!?」

 

 大空一夏が振り下ろしたブレードは、けれどシールドに触れることも無く、ただ宙で停止していた。

 目を瞠る大空一夏の瞳は驚愕に満ちていて、その奥に微かに違う色が見えた気がしたけれど、それを確かめる間もなく。

 

『その人を、傷つけないで』

 

 強引な力でもって、遥か下の砂浜へと、突き落とされた。

 

「……」

『千冬』

 

 空に残されたのは私だけ。シールドは消え、話しかけてくる雪桜の声に私は、砂浜に背を向ける。

 

「束のところへ行くか」

『うん!』

 

 分からなかった事の中で、少しだけど分かったことがある。けれどそれをどうすればいいのか、私にはやはり分からなかった。

 

 

 

「遅いよー、ちーちゃん」

「悪かったな」

 

 それほど遠くないところに、束と大空兄はいた。二人ともさほど疲労していないように見え、待ちかねたように笑いかけてくる束の隣に並ぶと、睨み付けてくる大空兄と向かい合う。

 

「……一夏に何をした」

「大空弟?」

 

 束が砂浜に目を向けた。大空弟が仰向けに倒れ込んでいるのが見える。

 

「だって、ちーちゃんを傷つけようとしたから」

「っどれだけ好き勝手すれば気が済むんだ!?」

「好き勝手、って別におかしくないよ」

 

 激昂して叫ぶ大空兄に、束は不思議そうな顔をした。その理由を知ってはいるが、それを初めて聞いたときは私も随分と戸惑った。

 

「ISは最初から、ちーちゃんの為に作ったんだから」

 

 傷つけるようなもの、渡す筈がないでしょ、と。当たり前のように言い放つ束に、大空兄の目がカッと見開かれた。わなわなと唇が震え、手はきつく握りしめられている。

 

「そんな理由で作ったものが、アイツを殺したのか」

「……ねえ、さっきから聞いてるけどさ。君は何を言ってるの?」

「まだ惚けるのか? ……いや、まさか本当に知らないのか?」

 

 そんなはずないだろうと言わんばかりの瞳を、私と束は黙って見返した。

 

「……どこまでも、ふざけやがって」

 

 知らないということは、大空兄にとって有り得ないことだったようだ。だが私と束は実際に何も知らず、ようやくそれが伝わったらしい大空兄が憎みきった声で忌々しそうに吐き捨てた。

 

「なら、全部教えてやる。お前たちが何をしたのかなっ」

 

 そうして語られた大空兄の話とは、

 

「白騎士事件、あの日、俺の家族も親友もみんな、ミサイルの爆発で死んだんだよ!!」

 

 ある筈が無い、有り得ないこと。

 

「俺が育ったのはクソみたいな管理者が管理する、ゴミ溜め同然の施設だった。毎日毎日叩かれて殴られて過ごす最悪な日々! だけどその中で俺は確かに、親友と呼べる友を得た! 耐えて耐えて、助け合いながら過ごした日々の果て、馬鹿みたいにお人よしで優しい養親に引き取られた」

 

 大空兄が叫ぶようにして話し続ける。

 

「アイツも一緒に引き取られて、俺たちは親友であると同時に兄弟となった。それからの日々は最高に幸せだったよ。優しい養親と友であり家族であるアイツ、ずっと続くと思っていた毎日は―――あっさりと、呆気なくぶち壊された」

 

 それが白騎士事件の日だったという。

 

「その日の朝、少し遅れて帰ってこいってアイツに言われた。言われた通り少し遅れて出た学校からの帰り、でかい音がした。爆発音だ……慌てて走ったら驚いたよ。家が木端微塵に吹っ飛ばされて、あちこちで燃えてたんだから。頭が真っ白になって、アイツや父さんたちを探し回った。どこにもいなくて、それでも探して……瓦礫に埋まったアイツを見つけた。やっと見つかったと思って、どうにかこうにか瓦礫を避けて……そうして見たのは、燃えて、黒こげになった姿だ。その時、俺がどれだけ絶望したと思う!?」

 

 私も束も、何も言わない。

 

「父さんと母さんは爆発で吹っ飛ばされて、原型なんて留めてなかった。唯一見つけたアイツだって黒こげで顔も分からない。俺だけが生き残ったんだよ、俺だけが……俺の誕生日を祝おうと、早く帰って準備してくれていた家族が死んで、俺一人が!」

 

 大空兄は話し続ける。

 

「それから数日後、俺の元に政府の役人が来た。今回の事件について一切口外しない、深入りしない。金を押し付けて、そんなことを一方的に約束させてきた。どういうことか分かるか?」

 

 分かるわけがない。

 

「俺の家族はあの日、撃ち込まれたミサイルによって殺された。白騎士とか呼ばれたIS、撃ち込まれたミサイル。政府は全部全部揉み消しやがったんだよ! ミサイルによる被害なんて、ISによる被害なんて無かったことにしやがった! 俺の家族の死の真相を、闇に葬り去ったんだよ! そしたらどうだ、ミサイルから国を守っただのなんだの、俺の家族を殺したISは美談もいいところだ。そんなの―――許すわけないだろ!!」

 

 大空兄が腕をこちらに伸ばした。それは攻撃では無く、ただその身に着けているそれを見せようとする動作。

 

「篠ノ之束、お前はコイツを自分のだと言ったな」

「そうだよ」

「っふざけるな! コイツはあの日、アイツが俺に残してくれたたった一つの形見だ! 黒こげのアイツの体の下、アイツがその身を盾にしてまで残してくれた、たった一つの!」

 

 そうまでして残した、大切な物だと。叫んだ大空兄が、辛そうに目を細めた。

 

「今でも聞こえる、アイツの悲鳴が……苦しいと叫んでいるアイツの声が、聞こえるんだよ! お前らが引き起こした事件のせいで、殺されたアイツの悲鳴がっ」

 

 ……たしかに叫び続ける声は聞こえていた。けれど本当にそれは、大空兄の言うソイツのものか?

 

『違います! 叫んでいるのはセイです、勝手に語らないで!!』

 

 隣でクウが叫んでいた。大空兄には、聞こえていないらしい。

 

「……俺がお前たちを殺す理由は、わかったか? お前たちは、俺の家族を殺したんだよ!」

 

 恨み、憎しみ。大空兄が私たちを見る際に篭められていた感情の根源が、それ。

 何故私たちに怒るのか、何故私たちに殺意を向けるのか。その理由というのを聞いて、それでもやはり、

 

「君は、何を言ってるの?」

 

 分からなかった。だって大空兄が話すことは、有り得ないことだったから。

 

「ミサイルが撃ち込まれた? 家族が死んだ? 何言ってるのさ、そんな筈が無い。被害が出るなんて有り得ないよ」

 

 馬鹿な事を、とでもいうように束は言い放った。

 

「だってあれはそうなるようにしたんだから」

 

 白騎士事件と世間で呼ばれるアレは、けれど全てが仕組まれたこと。引き起こされた理由も後で知ったが、知った時は本気でコイツを殴りつけていた。二度としないと誓うまで、本気で殴ったのは今にも先にもあの時だけだろう。

 

「ミサイルの軌道も、一度に射程に入る本数も、全部操った。破片も撃ち漏らしも地上に落ちないように、分子レベルまで分解して全部回収した。だから犠牲は人にも物にもない、正真正銘のゼロだったよ」

 

 台本のある、束の掌の上で転がっただけの出来事。世界を震撼させた大事件は、全部が全部コイツの思いのままだった。

 それを知っているのは束と私だけで、だから被害ゼロは奇跡といわれた。その後、事件を境にISが世界中に広まったというのは、コイツにとってさして気にする事では無かったようだが。

 

「全部お前の計画通りだったってか? だから有り得ないって?」

「そうだよ」

「っならどうして死んだ!?」

「知らないよ、そんなの」

 

 だから私も束も、大空兄の話が信じられない。いや、信じる信じない以前に、有り得ないと思っている。だから、分からない。

 

「……君、何を勘違いしてるの」

「勘違い、だと?」

「君の友達とやらがせーくんを持ってたのも気になるけど、同じくらい不思議なんだよね」

 

 ねえ、と。私を見やる束に頷き返す。おそらく、私と束が不思議に思ったことは一緒だろう。

 

「そもそも君はどうして、ちーちゃんといっくんのことを知ったの?」

 

 大空兄の話には、一度として織斑千冬と織斑一夏の事は出てこなかった。捨てられたというコイツは、ならどうして私と一夏の兄を名乗った? 私はコイツを、覚えていないのに。

 

「……そんなの、決まってるだろう」

 

 当たり前のことのように大空兄が言い放つ。

 

「俺が、織斑千冬と織斑一夏の兄として産まれたからだ」

 

 ……なあ、それは、

 

「答えじゃない」

「どういうことだよ、兄さん!」

 

 私の呟きを掻き消した叫びは、大空兄の後ろから。

 振り返った大空兄と、その向こうに目を向けた私と束の視線の先にいたのは、大空弟と、その体を抱える打鉄を装着した箒。

 

「一夏、お前……」

「っ教えてくれよ兄さん! どういうことなんだよ、これは!?」

 

 驚いた様子の大空兄に、大空弟はその手を突き出した。正確には、その手に握られた……ペンダント。

 

「それはっ」

 

 大空兄がハッとして首元に手をやった。どうやらあれは大空兄のペンダントらしい。

 

「一夏、どこでそれ……」

「砂浜に落ちてたんだ。なあ兄さん、教えてくれよ。どういうことだよ、何なんだよこれ」

「なんだ? どういう意味だ」

「兄さん言ったじゃないか。これには兄さんの大切な人の写真が入ってるって。だから勝手に見るなって」

「ああ……もしかしてお前、見たのか!?」

「見たよ、全部見た。だから、教えてくれよ」

 

 懇願する大空弟に、大空兄は微かに溜息を吐く。諦めたような、そんな溜息だった。

 

「その写真は、俺の親友だ。たった一枚、それだけが残って……」

「入ってない」

「……なに?」

「何も入ってない。写真なんて、入ってないじゃないか」

 

 突き付けたペンダントがパカリと開いて、そうして開いたそこには何も入っていない、空白だけがあった。

 

「……は?」

 

 大空三春は、動きを止めた。

 


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