色違いの空   作:kei469

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いない筈の兄

 

 くるりくるりと移動型のイスに座って回ってみる。さてさて、調べてみたはいいけどまったくもって意味不明だね、うん。この束さんにこうも言わせるとは一体全体どういうことなんだか。

 

「ちーちゃん、そっちは何かあった?」

「いや」

 

 コンピュータを駆使して情報を集める私の後ろでは、ちーちゃんが家から持って来たアルバムを広げて一枚一枚写真の確認中。といってもちーちゃんの家の事情を考えるとあまり写真というのは多くないのだが。

 ちなみに今、なんで手作業なのもっと効率いい方法ないの? とか思ったそこの君! 全部が全部自動でやれるようにしちゃったらつまらないじゃん。出来ちゃうけどやらない、それが束さんなのだ!

 

「……束、一人で何を叫んでるんだ」

「なんでもないよちーちゃん!」

 

 冷たい瞳のちーちゃんに明るく返せば、ちーちゃんは怪訝そうな顔つきのまままた写真の確認作業に戻った。

 

 

 いっくんがいなくなってから今日で十日が経つ。私がちーちゃんを連れて来てからちょうど一週間かな。

 

『日本代表、織斑千冬選手の失踪から既に一週間が経過し―――』

 

 ちーちゃんに聞こえないように設定した声が私の耳に響く。今、世間ではちーちゃんは行方不明扱いだ。そのうち、私が身柄を預かってる声明でも出そうかとは思ってるけど、今はいいや。というか実際どうでもいいしね、って言ったらちーちゃん怒るかな。

 ちーちゃんの家にあった私物はちーちゃんのもいっくんのも回収してあるし(いっくんの私物が随分と少なかったけど)、放っておいても大丈夫だろう。

 

「ん~、やっぱりデータは完璧に偽造されてるね」

 

 戸籍から何やら、織斑家には三人目の兄弟がいたことになっている。歳はちーちゃんの一つ上で二十二歳。ちなみに捨てられたはずなのにどうしてわかるのかといえば、そりゃあまあ裏ワザ使えば束さんには一発だよ。

 表面的なデータには大空三春という人間は確かにこの世に産まれて存在している。ただ問題なのは、その記憶が私にもちーちゃんにも無いということ。

 

「束、終わったぞ」

「どうだった?」

「収穫は無しだ」

 

 ちーちゃんが今までしていたのは、昔の写真から大空三春を見つけること。一番古いので産まれたばかりのちーちゃん(この時からすっごく可愛いね!)、そこから枚数は少ないけど写真の中のちーちゃんが成長して行って、一番新しいのはちーちゃんが小学一年生くらいの写真。そこからぱったりと写真は無くなっている、どうでもいいけどちーちゃん両親に何か変化があったんだろう。

 そしてその中に大空三春の姿があったかといえば―――ちーちゃんの答え。収穫無しつまり姿は無し。戸籍には存在するのに思い出にはいない大空三春。

 

「なんなのコイツ」

 

 調べれば調べるほど意味が分からない。こんな奴は初めてだな、と思いつつ興味なんて欠片も湧かない。湧くのはこんなわけの分からない奴がちーちゃんからいっくんを取り上げちーちゃんを悲しませたのかという怒りだけだ。

 

「束様」

 

 さて次は何を調べようかと考えていたら、くーちゃんがガラガラとカートを押しながら部屋に入ってきた。

 くーちゃん、『空』と書いて『くう』と読むこの子は私の身の回りの世話をしてくれる。今はちーちゃんも一緒だからちーちゃんの世話もしてくれてるけど。

 

「お食事をお持ちしました」

「おー! いいねありがとねくーちゃん。ちーちゃんご飯にしよっか!」

「……ああ」

 

 ぼんやりとディスプレイを眺めるちーちゃんの視線の先には、大空一夏と記入された戸籍があって。私はそれを消して、未だ立ち尽くすちーちゃんの手を取ってくーちゃんの元に歩いた。

 

 

 

 

篠ノ之束 【十歳】

 

 

 世界はひどく退屈で、つまらなくて、何の価値も無い。私が興味を持てるものなんて何も無くて、周りの人間たちを馬鹿とすら思えない程に私は人間にも興味が無い。

 惰性に通う小学校。こんなのをわざわざ教えられなければ理解できないなんて、それが私には理解不能。

退屈でつまらなくて面白く無くて意味の無い世界で、私はちーちゃんに出会えた。

 

「おはよう」

「……」

「篠ノ之、おはよう」

 

 四年生になってクラス替えがあり、私はちーちゃんこと織斑千冬と同じクラスになった。偶然にも隣の席、ちーちゃんは教室全体とは言わないけど、近くの席の人間にはあいさつをするような子だった。

 

「隣の人と一緒に作業をするように」

 

 一月ほど経った時に、何の授業だったか二人でレポートを書くことになった。私からすればみかんの皮を剥くようなそんな簡単な作業。ちーちゃんも頭がよかったようで、別に私が何もしなくても終わるだろうと思っていた。

 

「篠ノ之、こっち」

「……」

「こっち纏めてくれるか? 私はこちらをやるから」

「……」

 

 面倒くさい、いつものように何も答えず見る事もせず言葉を遮断。だって興味ない相手の言葉を聞くのも鬱陶しいし面倒くさい。

 

「篠ノ之?」

 

 いつもならこれだけで声は消える。私はただ頭の中でいつものように思い付いた発明の設計図を練っていればいい。いつものように、いつものように……なのに。

 

「いったぁああああ!?」

 

 耳を引っ張られた。

 

「ああ、声は出るのか」

「はあ!? いきなり何するのさ!」

「声も聞こえてるようだな」

「当然に決まってるよ!」

「なら、こっちを頼む」

 

 ばさりと置かれたノートと教科書。睨んだ先でちーちゃんは、なんてこと無いように言ってのけた。

 

「明日からはあいさつも返せよ」

 

 後に聞いた話、一月無視され続けたことにちーちゃんはだいぶ怒っていたそうだ。

 

 

 

「ごちそうさま」「ごちそうさま~」

 

 箸を置いたちーちゃんの食事は殆ど減っていない。けれどそれと同時に残すことなく完食した私も箸を置いた。

 私の食べるスピードが速いわけじゃない。むしろちーちゃんの食べるスピードが遅すぎて、たった少しの食事にひどく時間がかかっているのだ。

 

 今のちーちゃんは、ひどく危うい状態にある。放っておいたら、何もしないまま死んでしまうのではないかと疑う程に。

 昔からちーちゃんは強く見えた。一人でいっくんを守り続け育て続け、私の我儘にも付き合い、余裕などない筈なのに学校でも手を抜かず。周りから見た織斑千冬は、きっとなんでもできて頼りになる、立派で強い人間だった。

 

 そんな筈、無いのにね。

 

 ちーちゃんはただいっくんの為に必死だっただけだ。いっくんを守り育てるために働いて、いっくんのいい姉であれるように学校でも手を抜かなくて。私の我儘に付き合ってくれたのは……ちーちゃんが優しかったからというのも大きな理由だと思う。

 そんな風にちーちゃんは「いっくんの為」という外の理由を持っていたから、周りから見たように強くあれた。でもそれがちーちゃんを追い詰めないかと言えばそんな筈無くて、中学生の頃のちーちゃんはそれもあってか、随分と冷たく鋭く常に緊張した様子でいた。遅くまで働いて疲れた体で学校に来てと、そんな生活を送っていたのも理由だったんだろう。心と体が剥離していくのがよくわかった。

 追い詰められていくちーちゃんを少しでも楽にしてあげたかった。ふと見上げた空が青空で、その向こうには誰も知らない未知の世界が広がっていると考えた時、思った。

 

 広い空を、広い世界を自由に飛び回ることは、ちーちゃんの心を軽くしてくれるんじゃないか。

 

 何にも縛られず飛び回ることが出来たなら、それはとても気持ちよくて清々しくて今にも壊れそうなちーちゃんの心を癒してくれるんじゃないかと。

 そう思って、私はISを作り上げた。空を飛び、宇宙を自由に動き回る。そこにちーちゃんを連れて行きたくて。そんな想いから作り上げたISが随分と世間を騒がせることにはなったけど、どうでもいい。

 ただちーちゃんと一緒に空を飛んで、宇宙で私もまだ知らないものを見つけられたら、それだけで私は満足だ。

 ……でもちーちゃんは、それだけじゃ満足しない。ちーちゃんにとって最も大切なのはいっくんで、結局はいっくんがいないとちーちゃんは安らげない。満足しない。

 ちーちゃんが強くあれるのは、いっくんがいるから。じゃあ、いっくんがいなくなったら? 答えは簡単。

 

「……」

 

 ちーちゃんは強くない。本当は弱くて、たぶん他の同世代よりも脆い部分が多くあると思う。いっくんを守ろうと誰よりも早く強くなろうとし、弱さを塗り隠して強くなった弊害。急速に成長させたそれは見た目は頑丈そうで立派でも、中身はスカスカでボロボロだった。

 そして弱さを塗り隠した強さは、いっくんが去ったことでベリベリ剥がれてしまって残されたのは、ボロボロになった弱さだけだった。

 

 

「ちーちゃん、いい?」

「ああ」

 

 ベッドに横たわったちーちゃんの頭に、コードの繋いだヘルメットを被せる。

 これから行うのは、ちーちゃんの記憶を探って大空三春の存在を探すこと。ちーちゃんも忘れてしまった記憶の中に大空三春がいないとは限らない、そしてそれを成すための機械がこれ。

 なんだったかな~、催眠術だかでその人間の精神を退行させるというか、過去の記憶を思い出させるやつ。あれと似てるかな。ちょっと違う気もするけど、細かい事は気にしない気にしない。

 

「スイッチオン!」

 

 ポチッとボタンを押して機械が始動。ちーちゃん自身はただベッドで寝てるだけで、被ったヘルメットのランプが頻りに点滅して作動していることを知らせてくる。

 今、ちーちゃんは機械によって過去に記憶を遡らせてる。それはちーちゃんが覚えている記憶だったり、覚えていない記憶だったりと様々だろう。

 

「い、ちか、なんで、なん、で」

 

 当然その過去にはつい最近の記憶も含まれる。だから苦しそうに呻くちーちゃんが何を思い出しているかは、一目瞭然だった。

 

「ちーちゃん、大丈夫だよ」

 

 私の声は聞こえていないだろうけど、言わずにいられない。大丈夫、その記憶もただ通過するに過ぎないから、すぐに別の記憶へと移るはず。

 そしてその私の考えは正しくて、ちーちゃんはふっと呻き声をおさめただ時折、寝言のように言葉を発するだけになった。

 

「たばね、おまえまた」

「えへへ~、ちーちゃんってば私のことを思いだしてくれてるんだね!」

「いいかげん、しな、と」

「うんうん?」

「つぶす」

「うん!?」

 

 わっ、物騒な一言が零れたねちーちゃん。恐くて束さん思わず飛び跳ねちゃったよ。

 

「おとーさん、おかーさん」

 

 やがてちーちゃんの口から発せられたのは、ちーちゃんたちを捨てた両親を呼ぶ声。それはちーちゃんがそれだけ昔まで記憶を戻してることになるのだけど、一向に大空三春のことが口にされる様子は無い。

 もっとも、これは発せられる言葉から情報を得るものじゃない。機械を外してもしばらくの間、ちーちゃんの中には昔の記憶が鮮明に残る。そこに大空三春の記憶があるかを確認するわけで、きちんとした調べをするのはつまりちーちゃんが起きてから。

 

「……」

 

 やがて何も発しなくなったちーちゃんは、戻る過去も無くした状態。つまり記憶を遡る作業は終わったということで、あとは機械を操作してちーちゃんを今に戻してあげればいい。

 

「……ちーちゃん」

 

 ただ一つだけ、この機械についてちーちゃんに話していないことがある。

 過去に遡る機械は、同時に使用者の心を無防備に曝け出す仕組みになっていた。それは過去に戻るのにちーちゃんの深層心理に働きかけたりするためでもあったりして……まあ、説明はいいや。面倒くさいし。

 今、私の目の前にいるちーちゃんは機械を操作して周りの音を聞こえるようにすれば、言葉を聞こえるようにすれば、いともたやすくその影響を受ける。あれだね、悪の秘密結社が行う極悪非道の洗脳が可能というわけだよ。

 

「……」

 

 カタリとキーボードを操作して音を聞こえるようにする。部屋には私とちーちゃんしかいない。

 私がここでもし「ちーちゃんは束さんを愛してる」とでも囁けば、目を覚ましたちーちゃんは私に愛情を持っているだろう。もしくは愛情まで行かずとも今以上の好意を持っていてくれるだろう。

 

「ちーちゃん」

 

 私は、ちーちゃんが好きだ。大好きだ。愛してるよ、心の底から、昔からずっと。

 

「束さんは、ちーちゃんが好きだよ」

 

 キーボードを操作、音を遮断。そしてちーちゃんを今に戻す。

 洗脳というにはいささか足りない言葉で、けれどちーちゃんの中に私のことを残すには十分な言葉。それだけでいい、ちーちゃんに愛してもらえるなら洗脳も悪くないけど今はいいや。

 ただ今は、少しでもちーちゃんが元気になってくれるように。いっくんというちーちゃんの強さを保たせていた存在が消えたちーちゃんに、少しでも代わりとなれるように。

 

「おはよう、ちーちゃん」

 

 やってはいけないズルを出来るくらいに私は外道で、でもちーちゃんを愛してるのは本当で。ただ今はちーちゃんに元気になってほしいと思うだけ。

 

 


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