色違いの空   作:kei469

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彼女にとっての姉とは

 

 見上げた空で、幾度目かの光が弾ける。高速で移動する四つのIS、その中で一際速く、軽やかに飛び回るのは、クウだ。

 

『セイ、セイ、セイ』

 

 オルコットのビットが放つレーザーを苦も無く躱しながら、ずっと呼び続けている。

 クウは束が開発したISであり、待機状態は人間の少女と何ら変わらない姿をとる。その状態でクウは私たちの世話をしてくれていたわけだ。

 

「はぁああああっ……きゃあ!」

 

 鈴音が両端に刃をつけた武器でもって斬りかかる。

 クウには近接武器が搭載されていない。それは束の意図した事であり、けれどクウにとってそれは何らハンデとならない。

 方向転換などとてもじゃないが出来ようも無いスピードで動きながら、クウは待ち構え振り落とされた刃にほんの一瞬で急停止、くるりと一回転し後退したと思えば、両手に二丁の銃を取り出し鈴音を撃ち落とした。

 

「鈴!?」

 

 墜落した鈴音に焦ったデュノアの横を通り過ぎる。その交わった一瞬のうちに、デュノアの体に紐のようなものが巻きついた。

 目的は彼女たちにない。余計な被害を出さぬためにと、束に言って作ってもらったクウ専用の捕獲用の武器だ。一定時間、ISの動きを封じる事が出来るのだが、その効果は私自身が体験している。

 

『あれ、嫌い』

「そうか」

 

 雪桜のハイパーセンサーを通して、クウと専用機持ちたちの戦闘を眺めていた。不満げな声に苦笑いで返す。アレに捕まると、本当に動けなくなるのだから勘弁してもらいたい。

 

「ふっふっふ~。思った通り、やっぱりくーちゃんの一人勝ちだね!」

「……まあ、クウが相手ではな」

 

 束特製の、確かな意思を持ったIS。飛ぶということにおいてクウはきっと、誰よりも優れているだろう。クウはただ、身軽に空を駆けまわれるだけでしかない。けれどそれだけで、ああも強い。

 

「オルコットも捕まったか」

「ありゃ、意外と早かったね。束さん想定外だったよ、まあどうでもいいけど」

 

 デュノアと同様に動きを封じられたオルコット。堕ちる事は無くとも、しばらくは動くことなど出来ない。

 

「それじゃあ次は~、っと。あっちから来てくれたね、わーい」

「……」

 

 サクサクと砂を踏む足音。戦闘の音も消え、波の音だけが響いていた今、その音はとても大きく聞こえた。

 

「あの無人機は、お前らの仕業か」

 

 大空三春、大空一夏。大空兄弟が揃ってお出ましか。

 現れてすぐ、大空兄がギロリというように睨み付けてくる。いつもよりもその目が鋭い気がするのは、コイツの言葉から勘違いじゃないと思えた。

 

「無人機? くーちゃんのこと?」

「……何が目的だ」

「あ、無視した。むっかつくなー」

 

 ぶうたれた束が後ろから私に抱き着いてくる。いや、抱き着くというよりのしかかられている感じか。

 

「重い、離れろ束」

「だってアイツ私の話を無視するんだよ?」

「……それでも、離れろ」

「はーい」

 

 目に見えて鋭さを増す大空兄弟の瞳と、何も気にしない束に挟まれて溜息が零れる。話が進まないな、まったく。

 

「さて、目的についてだったか」

「……」

「何、といわれてもな」

 

 そう大そうなものがあるわけでもない。たしかに私と束にとってはとても大きなことだが、世間からすればただの我儘と思えるだろう。

 

「分からないことを分かる為だ」

 

 ただ知りたい、それだけの為に私たちはこんなことをする。

 

「自分勝手なっ」

「ああ、そうだ。だが悪いな、私にとってはそれだけ重要なことだ」

「―――ふざけるな!!」

 

 吠えたのはやはりというか、大空兄だった。無言を貫く大空弟、大空兄は憎悪に染まった目を向けてくる。

 

「またお前たちは、そんな勝手な理由で相手を傷つけるのか!?」

「……また?」

「セシリアたちを傷つけて―――もうこれ以上、お前らの犠牲になんかさせない!!」

 

 ……傷つけては、いないんだがな。鈴音のあれだって、堕ちはしているがアイツ自身に対してダメージはいっていない筈だ。クウがやったのだから、その筈なんだ。

 

「また、ってどういう意味だ」

「さあ」

「っ来い!!」

 

 疑問は増えるばかりで減りはしない。

 大空兄が何か叫んで、けれど全ては聞こえなかった。そうして光に包まれたその体は、次の瞬間には透明に近い白を纏っていて、砂を巻き上げこちらに斬りかかって来ていた。

 

「絶対に―――許さない!!」

 

 束がジッとそのISとよく似たそれを見つめている。振り上げられたそれを見ても、動かない、動かない、動かない、そして。

 

『セイを、返して!』

「っああ!?」

 

 一瞬前まで大空兄がいた場所を吹き飛ばしたのは、空気を裂いて一直線に飛んできたクウだった。砂浜が大きく抉れ、砂埃が舞い上がる。

 吹き飛ばされる直前に後退したらしい、砂埃の向こうで動く影が見えた。

 

『セイ、セイ、セイ! 私は、ここにいます!』

 

 クウが叫んでいる。何度も叫んで、その声がとても泣きそうだった。

 

「くーちゃん」

『セイ、セイ、セイ』

 

 砂埃が晴れて、大空兄と大空弟の姿が明らかになる。クウが飛びこんで来た時だろうか、気づけば大空弟が打鉄を装着していた。

 

「……そう簡単に殺されない、ってことか」

 

 忌々しげに吐き捨てた大空兄。叫び続けているクウの装甲に手を伸ばしながら、束は深々と、溜息を吐いた。

 

「君がさぁ、何を私に怒ってるのか知らないけど……私も怒ってるんだよ?」

「なんだと?」

「いい加減に、返してくれないかな」

『セイ、セイ、セイ』

 

 クウが叫んでいる、ずっとずっと。そして束が、怒っている。

 

『クウ……クウ……クウ……』

『セイ、セイ、セイ、セイ、セイ』

 

 風の音にも消されてしまいそうな、そんな掠れた声はずっと、大空兄がそれを纏ってから聞こえ続けていた。ずっと、クウに叫んでいる声が聞こえていた。

 

「その子は、私のだよ」

「っざけるなぁああああああああああああ!!!」

 

 くーちゃん、と。空を裂く大空兄の叫びの中で確かに束が、クウを呼ぶ声が聞こえた。

 ふわりと光る束の体と、光へと変わるクウの姿。ふわふわと、光が束の体を包んでそして、束とクウは一つになる。

 

「それじゃあ、せーくんを迎えに行こうか!」

『はい!』

 

 クウは無人機であると同時に、有人機でもある。ISでありながら、そのどちらでも彼女の意思を持って変われる。

 砂を踏み込む大空兄に近づいて、空へと投げ飛ばす。それは唐突な出来事で、投げ飛ばされる寸前の大空兄が目を見開いていたのが見えた。

 

「……」

「ちーちゃん、行こ?」

 

 兄が飛ばされたというのに、大空弟はその場から動かなかった。束はそちらに興味が無いのか、目も向けず私に声をかけてきた。

 分からないことを分かる為に、始めたこと。その中で私がすることは、決まっている。

 

「お前は先にあっちへ行け」

「ちーちゃん一緒に行かないの!?」

「……私は、こちらの方が気になる」

 

 束が大空兄に目的があるように、私は大空弟に目的がある。

 

「うー、えー、でもなぁ……」

「すぐに行く。心配するな」

「……分かったよ」

 

 むぅ、と。不貞腐れた束を送り出す。どうやら当然のように私も一緒に行くと思っていたらしいが、私はまだそちらに行けない。

 

「……お前は行かなくていいのか、大空一夏」

「大丈夫さ。兄さんがあんたらなんかに負ける筈無い」

「そうか。随分と信頼しているようだな」

「当然だろう。家族なんだから」

「……」

 

 痛い。自分でも疑問に思えるほどに、痛い痛い痛い。

 打鉄を装着した大空弟の手にはブレードが握られ、それはしっかりと私へと向けられている。それがまた、痛い。

 

「訓練機、勝手に使っては怒られるんじゃないのか」

「そんなことであんたを倒せるなら、安いもんさ」

「……どうしてお前は、私を倒したいと思うんだ?」

「前にも言っただろう」

 

 身を屈めてブレードを構えた大空弟が、足を踏み込んだ。

 

「兄さんを傷つけたあんたを、俺は許さない!」

 

 突き出されるブレード、それは私の体を真っ二つにするには十分な大きさで。けれどそれは、ただ空を斬るだけだった。

 

『千冬』

「なんだ?」

『避けないと、当たっちゃうよ』

 

 自動展開、装着された雪桜。それによって私は意思と無関係に空へと飛びあがらされ、飛びあがった今も私は雪桜に身を任せている。

 

『シールドでも痛いものは痛いよ。だから、ちゃんと避けて』

「悪いな。だが私は、アイツの話を聞きたい」

『それでも避けて』

「お前に任せるよ、雪桜」

『……わかった』

 

 避けるよりも、何よりも、アイツの話を聞きたい。きっとこれが最後のチャンスだ。だから、私はただ、話を聞きたい。

 雪桜はそんな私の願いをきいてくれる。ただ飛んでいた体は体勢を立て直し、砂浜を飛びあがった大空弟と相対した。

 

「お前は、私が大空三春を傷つけたと言ったな」

「ああ、そうだっ」

 

 上から振り下ろされたブレードを雪桜が避ける。その流れに逆らわず、身を任せて私は、大空弟に話しかけた。

 

「あんたが、兄さんを傷つけた!」

「だが私には、身に覚えが無い」

「っまたそうやって、嘘を吐く!!」

 

 嘘では無い、言っても聞こえないのか、突き出されたブレードをまた避ける。避けるたびに大空弟の顔が歪んでいく。

 

「俺は、全部知ってる! 兄さんが話してくれた、あんたの、織斑千冬と篠ノ之束の罪も、隠し続けていたことも!!」

 

 私と束の、罪? それは何か。何のことだ。

 

「分からんな」

「んでまだ、惚けるんだよっ」

「……なあ、大空一夏。お前が言う私と束の罪とはなんだ?」

 

 知らない、分からない。敵意と共に向けられる言葉の意味も、睨み付けられる瞳に篭められた憎悪の根源も、私には分からない。

 けれどその分からないことの答えが、今までで最も近くにある。だから答えに、手を伸ばせ。

 

「大空三春は織斑一夏に何を話した―――なぜ織斑一夏は、大空一夏になった」

 

 大空三春を傷つけた? 私と束が隠していたこと? 私たちの罪?

 そんなの、知らない。分からないことは増えた、分からないことだけが増えた。増え続けた。

 でもその中で私が最も分かりたいと思ったことは、変わっていない。

 

「織斑一夏は何故、大空三春を選んだ」

 

 あの日、誘拐された一夏と共にいたのは大空三春だった。一夏は私の手は取らず、けれど大空三春の手を取った。そうして織斑一夏は消えて、大空一夏になった。

 知りたかった。消えて、生まれた大空一夏の幸せを願うよりもまず、私は知りたかった。織斑千冬と大空三春、二つを天秤にかけた織斑一夏が何を持って大空三春を選んだのか。どうして私では無くアイツを選んだのか。

 

「答えろ、大空一夏」

 

 私は、知りたい。

 

「……白騎士事件」

 

 動きを止めた大空一夏の口から呟かれたのは、世界でも有名な事件の名前だった。

 

「あんたたちは俺に、何も話してくれなかった。ずっと隠してきた。でも兄さんは教えてくれたよ、全部」

 

 淡々と、紡がれる言葉に感情は無いように思える。静かで、けれど穏やかとはかけ離れた、そんな言葉。

 

「あの事件で、織斑千冬と篠ノ之束が犯した罪も……俺は、知ってるんだ」

「……その罪というのは、なんだ」

「やっぱり……話してくれないんだ」

 

 淡々とした中で、最後に聞こえた言葉だけはひどく悲しげに響いたような気がして、けれどその後に続いた言葉に私はまた、分からなくなる。

 

「あんたは―――兄さんの大切な人を、殺した」

 

 それが罪だという。なあ、それは、いったい、

 

「何のことだ」

 

 分からない。そんな罪、分かる筈が無い。だって、知らないのだから。

 

「……そうやって嘘を吐くから、織斑一夏はいなくなったんじゃないのか」

「は、ぁ……?」

「本当は最初から、愛してなんていなかったんだろ。偽物の愛情に気づかない弟はどうだった? 邪魔だったんだろ? だから、見捨てたんだろ」

「なにを、言ってる?」

「……待ってたんだ。なのに結局、あんたは来てくれなかった」

 

 なあ、大空一夏。お前は何を言ってる? 何を考えてる? 何を、想ってる?

 チラチラと、悲しみだとか、寂しさだとか、そんな感情が垣間見えて。それが余計に、分からなくなる。向けられる敵意と、その奥の虚無と、抑え込まれたような悲哀とが、ぐるぐるとアイツの瞳で渦巻いていて、私は、分からなくなる。

 

「俺は、あんたを倒す」

 

 兄さんの為に、聞こえた声には敵意と殺意が篭っていて。

 

「……嘘って、なんだろうな」

 

 ぽつりと私の口から溢れた言葉は、けれど大空一夏に届かなかった。

 分からない、分からない、分からない。大空一夏の事はやはり分からないことばかりで、答えは近かったようでやはり遠かった。それでも伸ばした手で、私は私の中に未だ残っていた、確かなものを引っ張り上げた。

 

「一夏、お前が何と言おうと……私はお前を、愛してる」

 

 偽物の愛情? そんなの一度として抱いていない。私は心底から一夏を、たった一人の私の弟を愛していた。

 

 そしてそれは今でもたしかに、痛みの中にひっそりと、残っていた。 

 

「……俺は、嫌いだよ」

 

 急加速、接近してくる大空一夏が振り上げたブレード。避けようと、動こうとする雪桜に逆らって、私はそれを見つめていた。

 

『千冬!』

「すまんな、雪桜」

 

 大空一夏に、お前を倒すと言われた時に、私は考えた。その時が来たら、私はどうするだろうと。

 分からないことだけが増えて、考えても分からないことばかりで溢れる中、分かるのは向けられる敵意と殺意だけ。本当に分かりたいことほど、全く分からなかった。

 それでも考えていた。その時、私はいったいどうするだろうと、考えて考えて、結局分からなかった。

 いっそ、束に一夏との思い出も全部、消してもらえばよかったのかもしれない。そうすれば何も考えることなく、私はただ束の傍で、アイツと共に穏やかな時を過ごしていただろう。束のことだから、記憶を消した私でも変わらず求めてくれただろうと、何故だか自信が持てた。記憶を消すなど、そんなことはするつもりないが。

 織斑一夏と大空一夏は別人でしかなく、私の知る一夏はもういない。それでも思い出に織斑一夏がいる限り、私はその影を探してしまう。本当に大好きで、愛していたから……分かっていても、探さないでいることが出来なかった。

 

「だとしても私は、お前を愛してるよ」

 

 随分と小さくなってしまったけれど、それは消えていない。なくならない。なら私は、お前を愛してる。

 大空一夏、織斑一夏。お前を倒すと言われて、痛くて仕方が無かった。最低な私は、お前が私を切り捨て大空三春を選んだことが信じられなくて、その理由を知りたいと思ったけれど。

 私はただ、大空一夏の中に織斑一夏を探していただけなのかも、しれない。

 

「っさよなら、織斑千冬」

「……」

 

 最後までやはり、姉とは呼んでくれないんだな。振り下ろされたブレードを、ぼんやりと眺めながら私は、

 

 

 ちーちゃん、大好き

 

 

心地よくて、温かなそれに、身を任せた。

 


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