色違いの空   作:kei469

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サヨナラ サヨナラ?

 

織斑千冬【十六歳】

 

 

 バイトが休みの夜は、決まって一夏と一緒にベッドに入る。

 

「ってわけでさ。ちゃんとできてよかったよ」

「よかったな。ほら、そろそろ寝ないと明日、起きれないぞ」

「うん……」

 

 まだ話したりない風の一夏の頭を撫でる。一緒に寝るのは久しぶりだ。

 一夏にも部屋はあるが、こういう日は私の部屋のベッドで一緒に寝る。甘えるようにパジャマを掴んでピッタリと身を寄せてくる一夏を抱きしめて、私は一人声も無く笑った。

 

「(幸せだ)」

 

 こうして一夏と共に過ごす時間が、幸福すぎて笑えてしまう。普段はあまり聞けない学校の話を、一夏はここぞとばかりに話してくれた。もうベッドに入って一時間は経とうというのに、それでもまだ話せないくらいにたくさん、話してくれる。

 

「一夏」

「なに?」

「寂しい思いをさせて、すまないな」

「いいよ。千冬姉が頑張ってくれてるの俺、知ってるよ」

「……ありがとう」

 

 満足に話もしてやれない私に、けれど一夏は笑ってくれる。おやすみ、と小さな囁きに、おやすみとこちらも返して。

 朝からバイトがあることも忘れて、一夏が穏やかな寝息をたてるまでずっと、その姿を見つめていた。

 

「愛してる、一夏」

 

 大好きだ、世界で一番愛おしい、私の弟。お前がいてくれるなら私は、何だって出来る。お前が笑顔でいてくれるだけで、私は心から幸せになれた。

 

「―――サヨナラ」

 

 でもそれは、もう戻らない日々なのだろう。

 

 

 

「ん、ぁ……」

 

 頬を伝う涙を感じながら、私は目を覚ました。

 

「……いい夢、だったな」

 

 最後は悲しかったが、懐かしい夢だった。温かくて、幸せな日々が続くと思っていた頃の夢。

 それはもう過去の思い出でしかなく、現実はあまりにも非情に無情なのだが。

 

「……ん?」

 

 起きようかと思ったところで、ようやく異変に気付く。布団の下、私の腕は何かを抱きしめていた。

 寝る前までは無かった筈の何か、布団を捲るとそこにいたのは、小さな手でパジャマをしっかりと掴み穏やかな寝息をたてた、ボーデヴィッヒだった。

 

「(夢の原因はコイツか)」

 

 小柄なボーデヴィッヒが体を丸めて眠る姿は、さらに幼さを増させていた。抱きしめる温もりの心地よさも、こうしてボーデヴィッヒを抱いていたなら当然かもしれない。

 

「おい、起きろ」

「……んぅ……」

「……起きろ、ほら。ボーデヴィッヒ」

 

 何故ここで寝ているのか、どうやって入って来たのか、いつ入って来たのか。気になることはいくつかあり、叩いてでも起こそうかと声をかけたが、いやいやと本当に幼子のように身を捩る姿に思わず力が抜けた。

 

「……ボーデヴィッヒ!」

「っはい!」

 

 それでも強く名前を呼べば、ボーデヴィッヒは何事かというように布団を蹴り飛ばし起き上がった。さすが軍人、といったところか。

 

「あ、おはようございます、教官」

「……おはよう」

 

 敵はいないと判断したのか、ボーデヴィッヒは先ほどまで眠っていたのが嘘のようにキビキビとした動作であいさつをしてきた。髪が少しはねている。

 

「ボーデヴィッヒ、どうしてお前は私のベッドで寝ていた」

「? 日本では、師弟は寝屋を共にするとお聞きしました」

「誰にだ」

「隊長にです」

 

 隊長、ハルフォーフか。彼女はどこからその情報を入手したのだろう。

 

「次。いつ、どうやってここへ入った」

「三時に教官の部屋に辿り着きましたが、扉は鍵がかかっておりましたので、窓から」

「……方法は?」

「軍より一通りの装備は受け取っています」

 

 ここは三階なのだが、彼女にとって壁を伝って侵入など造作もないらしい。軍ではそんなことも教えていたのか……?

 

「最後だ。ボーデヴィッヒ」

「はい」

「何故服を着ていない」

「寝る時の服など持っていません」

「だからといって裸で寝る奴はいない」

 

 丁寧にも畳まれていた制服を、ボーデヴィッヒに投げつけた。

 

 

 

 昨日の、学年別トーナメントでボーデヴィッヒが暴走を起こした件について。コイツの処遇は、本当に私と束の手に委ねられていた。

 あの時に見せた弱弱しい態度などみじんも感じさせないように束が元気よく窓から飛び出した後、山田先生が医務室に心底大慌てで駆け込んできて、IS学園側でもこの件に関するボーデヴィッヒの処遇は私に一任すると言ってきたのだ。束の奴、本当に何をした?

 詳しい事も分からないままに委ねられたボーデヴィッヒの今後について。束は何もしないだろうから、実質私一人が決める事になった。その結果、

 

「三年間、IS学園でISについて学ぶこと」

 

 と、私は決めた。その後は好きにしていいと言えば、ボーデヴィッヒもハルフォーフも頭を下げてきた。

 せっかく入学したものをわざわざやめる必要も無かろう。ボーデヴィッヒの目がナノマシンを入れた事で強化され、それをどうISに活かすか学ぶためにもこの学園はちょうどいい。

 だからボーデヴィッヒが学園にいることは何一つおかしなことではない、のだが……私の部屋にいるというのは、おかしいだろう。

 

「教官は朝食をどうなさるのですか?」

「私か。私はまあ、適当にな」

 

 基本、食事は与えられた部屋で食べていた。食堂から持ってきてもらうこともあったが、大概は部屋に備え付けられたキッチンで軽く作って食べている。

 

「ご一緒してもよろしいでしょうか」

「……私は食堂に行かないと言ったばかりだが」

「はい」

「まさか、ここで食べるつもりか」

「師弟は同じ釜の飯を食べるものと」

「似たような言葉はあるが、師弟に限ったものじゃないな」

 

 なんでも師弟とつければいいものではない。

 

「駄目でしょうか……」

「……」

 

 シュン、と落ち込んだボーデヴィッヒ。寂しそうな表情と夢が重なって、ぐらぐら。

 

「……味は、保証できんぞ」

 

 仕方ないと自分を納得させて言った私に、ボーデヴィッヒが嬉しそうに笑ったのを見てキッチンへと入る。ひな鳥のように後ろを着いてきたボーデヴィッヒに、まあいいかとそのまま朝食を作り始めた。

 一夏が去って、束のもとで生活をするようになってから私は、少しずつ家事を覚えていった。全てを一夏に任せ、負担をかけてしまっていたことへの、遅すぎる償いのようなものだ。

 クウに率先して世話を焼かれる中、洗濯をし、掃除をし、料理をし、面白いほどに失敗ばかりしていた。自分の不器用さにほとほと呆れた。

 それでもどうにか、洗濯と掃除は人並みに出来るようになった。ただ料理だけは未だに失敗することもあって、まずもって人に食べさせようとは思わなかったが。

 味噌汁に味噌を溶いて、卵焼きを焼き始める。その最中、ノックの音が響いた。

 

「ボーデヴィッヒ、出てくれ」

「はい」

 

 卵焼きを巻くのに苦戦しながら、代わりにボーデヴィッヒを向かわせる。この時間に訪れる人は殆どいないが、まあ彼女が出てまずい相手というのもそうそういないだろう。

 

「ラウラ!?」

「む、なんだ。箒か」

 

 訪ねてきたのは箒のようだ。昨日、医務室ではまだ名前で呼んでいなかった筈だが……あの後で仲良くなったのだろう。

 ぐしゃりと巻かさった卵焼きの形を歪ながら整えてお皿に乗せた。備え付けの小さな冷蔵庫から先日、食堂で分けてもらった漬物を取り出して一緒にテーブルに並べる。

 

「お前、どうして千冬さんの部屋に……」

「箒、いいから入るなら入れ。見られて騒ぎになるのはごめんだ」

「は、はい」

 

 ボーデヴィッヒ越しに呼び掛ければ、箒は驚きながら部屋に入ってきた。

 

「先ほどの質問だが、それはな、ボーデヴィッヒが私の部屋に侵入したからだ」

「侵入って……お前、いつの間に」

「箒が寝た後だが?」

「迂闊だった……」

 

 悪びれないボーデヴィッヒに、何故だか箒が頭を抱えている。それを見て、そういえばと今更ながら思い出す。

 

「お前たちは同室だったな」

「はい。起きたらラウラがいなくなっていたので……その、昨日の今日ですから、少し気になって」

「心配するな。もう昨日のような暴走は起こさない」

 

 フッと笑って見せたボーデヴィッヒに箒は苦笑を滲ませた。

 

「……というよりラウラ、どうして眼帯をつけてるんだ? 別になくてもいいんだろう?」

「ああ」

 

 問いかけた箒に、ボーデヴィッヒはそのことかとばかりに声を返す。私はそれを横目に三人分の食事を準備していた。

 

「確かに必要ないが……この眼帯は、私が所属する黒ウサギ隊の象徴のようなものなんだ。私もその一員だからな、着けておきたい」

「仲間の証、というやつだな」

「ああ」

 

 ボーデヴィッヒが誇らしげに胸を張り、箒がどことなく、羨ましそうな顔をする。

 

「……二人とも、話が終わったなら席につけ。冷める」

「はい!」

「これは……」

 

 顔を輝かせ席につくボーデヴィッヒに対し、箒は目を軽く瞠って瞬きを繰り返した。

 テーブルに並べたのは、白米、味噌汁、少し焦げた卵焼き、食堂から貰った漬物。もう一品くらい欲しい気もするが、正直これ以上は私が食べられそうもない。

 

「そういえば、箒は朝食を済ませたのか?」

 

 瞬きをしてからというもの席に座らない箒に、確認していなかったことを思いだし問いかける。箒はすぐに首を振って、ボーデヴィッヒの隣に座った。

 

「悪いが、味は保障し兼ねる。無理なら無理で、早めに食堂に行け」

「いえ。いただきます」

「いただきます」

「いただきます」

 

 ……久しぶりに、誰かと食事をする。時々山田先生と昼食を共にしたことはあったが、やはり一人で食べる事の方が多かった。

 目の前ではボーデヴィッヒが、未だ慣れていないらしい箸に苦戦しながらも卵焼きを口に運んでいる。箒がその様子を気にしながら、味噌汁に手を伸ばした。

 

「あちっ」

「大丈夫か?」

「はい……美味しいです。千冬さん、料理上手だったんですね」

「……これで上手と言ったら、誰もがプロ級だな」

 

 一夏なんて店を開けるレベルになるぞ。クウは高級レストランだな。私など足元にも及ばんというのに。

 

「ああ、ほら。ボーデヴィッヒ、持ち方がおかしくなってるぞ」

「え?」

「この指を、こう……そうだ。難しいだろうが、ちゃんとした持ち方で覚えないと後で面倒だぞ」

「む……わかりました」

 

 難しい顔をするボーデヴィッヒを見ていると、また夢が重なる。コイツの行動も原因だろうが、どうにも……引きずられていた。

 

「美味しいです、教官!」

 

 何かにつけて美味しい美味しいと繰り返すボーデヴィッヒ。それが余計に、引きずられる。

 

「(……一夏も、喜んでくれただろうか)」

 

 作ったことは無い。だから想像することも出来なくて、これからあるとも思うことが出来ないほどに……。

 

「千冬さん?」

「ん、ああ……」

 

 気づけば箸が止まっていたようで、箒がどうしました? と首を傾げている。ボーデヴィッヒまで不思議な顔をしていて、気づけば手を伸ばしていた。

 

「なんでもない」

「ぅ? はい」

 

 撫でる。ふわりと綻んだボーデヴィッヒに、やはり夢が重なった。

 

 

 

 それは、荷物を取りに箒とボーデヴィッヒが部屋に戻った後。一人で先に寮を出た時のことだった。

 

「あ」

「……」

 

 偶然、ばったりと、寮を出てすぐに大空弟と鉢合わせた。ジャージを着ているが、どこか走ったりしてたのだろうか。

 

「……おはようございます。織斑さん」

「おはよう」

 

 何ら温度の篭っていない大空弟の声。返した私の声がおかしくなっていないか、不安だった。

 

「……」

 

 大空弟が寮へ戻ろうと、私の横を通り抜ける。足早に歩き去ろうとする大空弟を、私は、

 

「一夏」

 

 呼び止めた。立ち止まった大空弟が振り返るのを感じながら、けれど私は振り返らない。

 

「昨日、何をあれほど怒っていたんだ?」

「昨日……?」

「ボーデヴィッヒが暴走していた時、お前はどうしてあんなに怒っていた?」

 

 聞きたいことは他にいくつもあった。どこへ行っていたんだとか、朝食は食べたのかとか、昨日怪我をしなかったかとか、そんなこと。

 けれどそれはどれも弟である一夏に対して聞きたいことであって、大空一夏に聞きたいことではない、というと。

 

「(……元、か)」

 

 それは私がとうの昔に大空一夏を織斑一夏と同一視していない、ということだ。いや、もとより同一視などしていなかったかもしれない。ただ、私は大空一夏の中に織斑一夏の影をずっと、探していただけなんだろう。

 

「……怒っていた?」

 

 大空弟は訝しげに声を返してきた。

 

「怒っていただろう? 何が気に入らなかったんだ」

「何がって、んなの」

 

 決まってんだろ、と。聞こえた声があまりにも戸惑っていて、何故か……泣きそうに聞こえたから、思わず振り返ってしまった。

 

「……一夏?」

「っ、決まってんだよ!」

 

 怒鳴りにも似た叫び声が、空へと吸い込まれ消えていく。

 

「……俺は、織斑千冬。あんたを倒す」

「は?」

 

 何を言ってる?

 

「俺が、あんたを倒す。絶対にだ」

「……」

 

 何かを抑え込むような、そんな瞳が一瞬だけ垣間見えたけれど、見間違いだったのか。

 睨み付けてくる大空弟の瞳は敵意に満ちていて、その奥がどことなく虚ろであることにアンバランスさを感じながら……それ以上に、告げられた言葉に息が詰まった。

 

「俺は兄さんを傷つけたあんたを許さない。必ず俺があんたを倒す」

 

 痛い。痛い。痛い。

 

「……なあ、一夏。お前にとって……織斑千冬は、何だったんだ」

 

 痛い痛い痛い、痛い。

 

「……覚えてねぇよ」

「そう、か」

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

 

『ちーちゃん』

 

 …………少しだけ、痛くない。

 

 

 

 大空弟が寮の中に消えてから、私はすぐにその場から動き出すことが出来なかった。

 

「教官」

 

 玄関の陰から出てきたのはボーデヴィッヒと箒だった。

 真っ直ぐこちらに向かってくるボーデヴィッヒの後ろで、箒は大空弟が消えた後に目を向けてはとても苦しそうな顔をしていた。

 

「大空一夏とは、教官の何なのですか」

「……見ていたのか」

「はい」

「そうか。……大空一夏は、旧姓を織斑一夏。私の弟だった」

「弟……」

 

 驚いたようにボーデヴィッヒが繰り返し、それから理解できないというような顔をする。

 

「大空一夏と大空三春は兄弟……何故、教官だけ違うのですか」

「おい、ラウラ」

「いい、箒。構わん」

 

 包み隠さず問いかけてくるボーデヴィッヒに箒は顔を顰めたが、私はそれを止めた。別に隠し通そうと思っていることではなかったからな。

 

「……大空三春は、戸籍上では私の兄となっている。もっとも、私はその存在を知らず、一夏だけが私の家族だと思っていた。しかし何故か分からんが……一夏は大空三春を選び、私の元を去った。大空三春が何者なのかも、大空一夏が何を思ったのかも、私がアイツらにどう思われているのかも分からない。だから、聞くな」

「了解」

 

 ボーデヴィッヒはすぐさま頷いた。

 

「……ですが、理解しかねます」

「何がだ?」

「教官ほど素敵な女性を、私は隊長以外に知りません。貴女の弟として産まれながらそれを自ら放棄するなど、私には考えられません」

「……ボーデヴィッヒ。あまり、私に夢を見るな」

 

 私はコイツが思うほど立派なものではなく、むしろ醜く最低な人間だ。

 離れて行った一夏の幸せを願うことも出来ず、一人は嫌だからと束の手を掴み、分からないものを知りたいが為にボーデヴィッヒの気持ちを利用するような、そんな人間のどこが素晴らしいものか。

 

「私は、最低な人間でしかない」

 

 でなければ、織斑一夏でなくなった大空一夏に愛情を持てなくなる筈がない。たとえ名前は違っても、アイツは私の弟で変わらない。

 どんな時でも弟を愛するのが、姉の務めだろう? なあ、一夏……。

 

「千冬さん」

 

 覗き込んでくる箒の瞳は心配そうに揺れていた。

 

「大丈夫ですか?」

「……ああ」

 

 疑問が残る。一夏、お前は私を倒すと言ったが、その時が来たら私は、

 

「大丈夫だ」

 

 どうするだろう。

 

 

 

「あの子から取り出したナノマシン、調べてみたけどやっぱり当たりだったよ」

「そうか」

 

 夜、束のホログラムが机の上でくるくる回っていた。

 

「暴走の原因はナノマシンがISコアに干渉、操縦者ごとコア、というかISを飲み込んだみたいだね。で、拒絶反応はコアの防衛機能が発動した結果。ナノマシンはあの子の中にあったから、あの子自体を拒絶するほか無かったってこと」

「不適合の原因は?」

「そもそもアレは適合できるものじゃないよ。左目が疑似ハイパーセンサーを発揮していたのは、ナノマシンによる効果ではなく副作用。あのナノマシンの本来の働きはISを取り込むことだったのさ」

 

 つまりそれは、ボーデヴィッヒ自身には最初から何一つと非が無かったことになる。アイツの体がナノマシンに適応できなかったのではなく、ナノマシン自体に適合する機能が無かったというわけだ。

 

「むしろコレを入れてISに乗れてたあの子に驚きだよ。よっぽど適性が高かったんだねー」

「ああ。ボーデヴィッヒ自身はAランクだと言っていたな」

「Aねぇ……Sは厳しくても、とりあえず+はありそうに思ったけどなぁ」

「……珍しいな。お前がそんなことを言うとは」

「んー? だってさー」

 

 ふふふ、と上機嫌に束は笑った。他人の話題でこうも楽しそうにするとは、本当に珍しい。

 

「くーちゃんが、暴走に巻き込まれたコアを宥めてくれたんだけど、その子がね、たくさん飛べたって喜んでたんだって」

「……たくさん飛べた?」

「うん。箒ちゃんが乗った子も喜んでたんだけど、どうやら箒ちゃんと一緒にお空を飛んだみたいだねー。楽しかったって言っててさ、えっへへ~」

「なるほど……」

 

 ISはもともとは宇宙開発用のパワードスーツとして開発された、と世間では認識されているが本来の開発理由は、ただ空を飛ぶこと。

 だから純粋に、空を飛ぶという目的だけで飛べることは、ISにとって最も幸せなことなんだという。

 

「……まあ、ボーデヴィッヒのことはとりあえずここまでだ」

 

 背もたれに体重を預ける。ギシリと音が鳴った。

 

「大空兄の方は、何か変化はあったのか?」

「なにも」

 

 変化は、無かった。

 

「くーちゃんとも一緒に解析したけど、あの子の暴走の時に映った大空三春の姿は、ISを一切映していなかった。ぼかされてた、とは何か違うね。どんな手段を使っても、何かを纏っているのは分かるけど、それがISかどうかさえ分からなかった。映像は大空三春が単体で、何かを纏い飛んでいるという風にしか映ってない」

「……学園にもカメラはあっただろう。それは?」

「全滅だったよ。ちーちゃんは確かに、大空三春がISのようなものを装着していたのを見たんだよね?」

「ああ。正直、見た目はISでしかない」

 

 だけど違うというISでは無い何か。そしてトーナメントの際に束がそれを見る事は出来なかった。

 

「……くーちゃんがね、泣いてたんだ」

「……」

「声が聞こえたんだって。絶対に絶対に絶対にそこにいるって、くーちゃんが叫んでた」

 

 悲しげに伏せられた束の瞳が、次の瞬間には優しく細められてこちらを見た。

 

「だからね、ちーちゃん」

「なんだ?」

「今度は私が実際に見に行くよ」

「……正気か?」

 

 本人が学園に来るなど、さすがに危険すぎやしないか?

 

「ちーちゃんこの前、来週に臨海学校があるって言ってたでしょ?」

「ああ」

「じゃあさ、その時に私も行くよ。それで大空兄の持ってるISを確認して、せーくんなら返してもらうし。違ったらまあ……どうしよっかな」

「そこまで考えてないのか……」

「んー、どっちにしろどうやって手に入れたのかは気になるけどね」

 

 へらりと笑って、束は言った。

 

「その前にさちーちゃん、一度帰ってきて」

「元よりそのつもりだったが……どうした?」

「……ちーちゃんと一緒にいたいだけだよ」

「そうか」

 

 それには私も同意見で、それだけで心が温かくなる。束に会えると思うだけで、いつになく心が躍った。

 

「早く帰って来てね、ちーちゃん」

「ああ」

 

 束の温もりが恋しいと思うのは、朝の夢にまだ私が引きずられているから、ではない。

 


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