色違いの空   作:kei469

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たすけたのは

 

 雪桜は、私の専用機だ。開発は篠ノ之束であり、私がこいつの存在を知ったのは束によってこいつを渡されたその時である。

 

「こわいきらいいやとらないでかえしてまってこわいきらいしらないちがうこわいきらいやめてきらい」

 

 振り上げられたブレードが、私を狙っている。

 

『千冬を傷つけるのは、駄目』

 

 視界に散る桜と雪。自動展開されたシールドがブレードを受け止め、更にはそれを弾き返す。

 雪桜はこれまでの私の専用機に比べると、というより他のISと比べても防御に特化した機体だった。ただ、防御用の装備が多分にあるというのではなく、展開されるこのシールドが馬鹿みたいに強固なものというだけだが。

 

「頼むぞ」

『任せて』

 

 黒いそれに近づき、ハイパーセンサーの探知機能でもってボーデヴィッヒを探す。だが、見つからない。どこにいる。

 

「目を覚ませ、ラウラ」

 

 大空兄が白いブレードを振り上げ、黒いそれの左腕を斬りおとす。

 

「やめてきらいこわいいややめてきらいかえしてこわいきらいちがうやめてきらいたすけてこわいきらいくらいやめてちがう」

 

 何かに怯えるように、黒いそれが乱暴にブレードを振り回した。標的など無いそれは攻撃とはいえないが、けれど下手に近づくには危険すぎた。

 

「たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて」

『あのこをたすけて。泣いてるの、悲しいの、寂しいの、恐いの、苦しいの。お願いあのこをたすけて』

 

 ハイパーセンサーを通して聞こえる声は、ずっとそればかり。聞こえてくる誰かの声は、ボーデヴィッヒを想うばかりで。

 

「……雪桜、やれるか?」

『どんなことでもやってみせるよ』

「ありがとう」

 

 頼りになる。

 

「一夏、いいな!」

「わかった!」

 

 大空兄と大空弟が、振り上げられたブレードを二人がかりで受け止め、弾き返す。その息の合った攻撃に、こんな状況だというのにギリギリギリギリ、痛い。

 

『千冬』

「……大丈夫さ」

 

 声はずっと聞こえて、やまない。

 

「いくぞ」

『うん!』

 

 シールドを展開、無防備なそれの正面に突っ込む。手を伸ばす。シールドを手の周りまで展開。指先が刺さり、そのまま奥まで突っ込む。

 

「っボーデヴィッヒ!」

 

 装甲の一部がどろりと溶けた。液体状のそれが大きく広がり、私まで飲み込もうとしてくる。

 

「千冬さん!?」

 

 構わず奥へ手を伸ばす。伸ばして、伸ばして―――真っ暗になった。

 

 

 

「……暗いな」

 

 しかも寒い。地に足をつかない浮遊感は、まあISに乗っていれば慣れもするが……上下左右の感覚が無いのは初めてだ。気持ち悪い。

 状況から考えるに、箒が言っていたボーデヴィッヒを飲み込んだ黒い何かに、私まで飲み込まれたというところか。いったいどういうことだか。

 

「雪桜、ボーデヴィッヒはいるか」

『かん、ない』

「雪桜……?」

『な、いてる。くるし、って、ないてる』

「おい、雪桜」

『―――』

 

 ……シールドは、展開されたまま。装着した状態から変化は無い。ただ声だけが聞こえなくなった。

 

「(どうしたものか)」

 

 シールドが展開されているなら、とりあえず何かあった場合でも身を守ることは出来そうだが……雪桜のサポートは期待できなさそうだ。

 私の希望になんでも答えてくれるものだから、少々頼り過ぎな部分があったのかもしれない。声が聞こえなくなったことが少し不安になる。……束に似て常に明るく、元気だったからな。その声が無いので心配になっただけか。

 

「さっさと出ないとな」

 

 ハイパーセンサーは正常に動作しているが、辺り一面真っ暗なので意味を成さない。とりあえずボーデヴィッヒを見つけるか、同じように飲まれたのならここにいる筈だ。

 

「ナンバー126。出なさい」

「了解」

 

 唐突に声が響いた。暗闇にぼんやりと、何処かの廊下らしき景色が浮かぶ。

 

「訓練開始」

 

 幼い少女が銃を肩に背負って標的を追いかけていた。長い銀髪は見覚えがある、眼帯をしていないがアレはボーデヴィッヒだ。

 あちこちに同じような光景。何処かの廊下と、おそらくは軍の訓練中であろう様子。幼い子どもにさせるには、酷すぎるとも思える眺め。

 

「ボーデヴィッヒの記憶、か?」

 

 黒い何かの引き起こした現象なのか、はたまた別の何かか。景色は勝手に変わり、私が手を伸ばそうと触れることは出来ない。触れる前に煙のように消えてしまう。

 

「……ふむ」

 

 私が知る限り、ボーデヴィッヒは感情が顔に出やすいタイプだと思ったのだが、この光景を見る限りそうでも無いようだ。一貫して無表情を通している……クラスで見るボーデヴィッヒも、同じような表情だったな。

 それに、ボーデヴィッヒの姿を確認できるがそれ以外の人間が、研究者面した奴らしかいない。光景として現れるのが偶然そうなっているだけか、或いは……。

 

「(私が考えたところで、分かる事ではないがな)」

 

 ボーデヴィッヒに聞かない限り、何も分かりはしない。

 

「ISへの適性向上の為、これよりナノマシン移植手術を開始します」

 

 無機質な声が聞こえた。今までの光景は全て消え去り、白い寝台に寝せられたボーデヴィッヒがいる。

 

「不適合」

 

 また声が。

 

「ナンバー126、ラウラ・ボーデヴィッヒ。IS適正Aランク、ナノマシン不適合」

「失敗作か」

「落ちこぼれだ」

 

 ボーデヴィッヒと、その周りに人影。人影は頻りにボーデヴィッヒを馬鹿にし罵倒し貶めている。それに私が苛立つのは、お門違いだろうか。

 

「っどうして」

 

 苦しげな、呻くように零れた声はボーデヴィッヒのものだった。

 

「あんなものなければ、私はっ」

 

 ISがなければ、私は優秀な兵士のままでいられた、と。アイツは言っていたな。

 

「恨むのも当然、憎むのも当然か」

 

 間接的とはいえ、兵士として産まれたボーデヴィッヒからその存在意義を奪ったのは私だ。ISを憎むのも仕方ないし、私や束を恨んでいても可笑しくない。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、貴女は今日から私の部隊の一員です」

 

 薄暗い光景は不意に明るい光景へと変わった。空間自体が温かさを感じさせるようになり、寒さが和らいでいく。

 眼帯をした、ボーデヴィッヒよりも随分と年上に見える女性。私と同じくらいだろうか。

 

「はい、クラリッサ・ハルフォーフ隊長」

「そんなに硬くならないでください。今日から私たちは、共に過ごす仲間なのですから」

「はっ」

 

 ……頷いているくせに、ボーデヴィッヒの態度はやはり硬いままだな。こういうところは、あまり今と変わらないな。

 

「ラウラ、片目になって距離感に違いを感じるのは当然です。焦らないで、標的をしっかりと見て」

「はい」

 

 ボーデヴィッヒの部隊の隊長、クラリッサ・ハルフォーフ。彼女の訓練のおかげで移植手術前同様まで成績を上げることが出来たと言っていたが、それは本当らしい。ほとんどのターゲットを撃ち落としたボーデヴィッヒの頭をハルフォーフが撫でている、ボーデヴィッヒは、とても穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「ラウラちゃん、食堂いきましょー」

「早くしないと置いてっちゃうよ!」

「は、はいっ」

 

 二人の少女がボーデヴィッヒを呼んでいる。十代後半、といったところか。ボーデヴィッヒが小柄なこともあって、姉と妹のような感じに見えた。追いかけるボーデヴィッヒはやはりどこか硬かったが、それでも嬉しそうだ。

 

「―――隊長は、落ちこぼれの私を拾ってくれた」

 

 照明を落としたように、光景は一気に消え去り暗闇が戻る。足元から寒さが忍び寄ってきた。

 

「隊のみんなは、出来損ないの私にも優しくしてくれた。隊長も隊員たちもみんな、私なんかに手を伸ばしてくれた」

 

 ボーデヴィッヒの姿は見えない。

 

「だから私は、みんなに恩返しがしたい。役に立ちたい。足手纏いなんか嫌だ、今の私にはみんなの手を取る資格なんかない」

 

 どこにいる。

 

「あそこは温かくて、明るくて……ずっと一緒にいたい。捨てられたくない。一人に戻りたくない。だから強くなりたい、みんなと一緒にいたい」

 

 ガクッと足を引かれる感覚。何処か深い所へ引きずり込まれるように、私の体は暗く寒いそこへ堕ちて行く。

 

「ナノマシン移植の再手術を行いましょう。成功すれば、君の左目は他の者たちと同様になり、拒絶反応も無くなるでしょう」

「本当ですか!?」

 

 壁にぶち当たったかのように動きが止まり、奇妙な圧迫感を覚える。新たに出現していたのは、ボーデヴィッヒと……姿が見えない誰かが、何やら話している光景。

 

「ええ。ただし条件があります」

「条件?」

「IS学園に入学し、そこにいる大空三春、大空一夏の情報を手に入れてきなさい。大空三春の方は専用機を持っているとの話もありますし、それを奪取できればなお良いですね」

「……了解しました。それでは、ハルフォーフ隊長に許可を」

「駄目です」

「何故ですか?」

「これは、貴女だけで遂行すべき極秘任務なんですよ。くれぐれも他の隊員たちに知られぬように」

「……了解しました」

 

 ……ボーデヴィッヒが学園に来た本当の理由は、大空兄弟の情報収集か。まあ、妥当といえば妥当だが。

 

「ああ、それから―――織斑千冬もお願いします」

「……?」

 

 終わりかと思えば、唐突に出てきた私の名前。私もなのか。

 

「篠ノ之束の代理人として、IS学園に来ているとのこと。彼女に接触し、篠ノ之束の居場所の特定と、彼女自身の情報を入手して来るんです。彼女は優秀なIS操縦者でしたからね」

「……それは、大丈夫なのでしょうか」

「何も問題はありませんよ。まあ、出来ないというなら構いませんが」

 

 ……ニタリといびつに歪んだ唇。

 

「その時は、何処かの隊が無くなるかもしれませんね」

「……は?」

 

 人影の言葉に目を見開き呆然とするボーデヴィッヒ。寒さが、身を包もうとのぼってくる。

 

「ああ、別に貴女の隊というわけではありませんよ。そういえば知っていますか? 今回の隊員たちの健康診断、私が担当なんですよ。予防接種もするんですけどね、注射器の中身が何になるでしょう? ……ああ、普通にちゃんとした薬ですよ。そんな心配しないでくださいよ、私はきちんとお仕事をするだけですから」

 

 饒舌になった人影に対し、ボーデヴィッヒの顔はみるみるうちに青く染まった。今にも倒れてしまうのではと思える様子に伸ばしかけた手を、ぐっと抑える。

 

「そ、れは……」

「ああ、すみませんただの独り言ですよ。それで、どうしますか? 受けてくれますか?」

「……は、い」

 

 青ざめた顔で、ボーデヴィッヒは力なく頷きそのまま顔を上げない。人影はとても嬉しそうに笑った。

 

「ああ、あとさっきも言いましたけど他言無用でお願いしますよ。入学の準備はこちらでやっておきますから……まあ、心配はいらないかもしれませんが」

「……?」

「出来そこないな落ちこぼれの言葉など、誰も信じやしませんよ」

 

 人影は上機嫌に、最低最悪な言葉を放って笑っている。我慢できずに伸ばしてしまった手が届く前に、やはりすべては煙のように消えてしまった。

 

「……ふざけるな」

 

 なんだ今のは。私が怒るのはお門違いか? 知るか。誰が怒ろうと関係ないだろう。

 

「違う、私は出来損ないなんかじゃない」

 

 また、声だけが響く。

 

「落ちこぼれなんかじゃない、出来損ないじゃない、ちゃんとやれる、上手くやれる、私は優秀な兵士だ、違う、だって私は、その為に産まれて来たのに」

 

 不思議と足を地面についたような感覚。足を進めれば、歩いていけた。

 

「ISなんて、なくなればいい」

 

 足が重くなる、気にせず進めた。

 

「あれが無ければよかったのに。そしたら私は強いままでいられたのに。必要な存在のままでいられたのに。ちゃんとした兵士でいられたのに。強かったのに」

 

 いらない、いらない、いらないと。

 

「強くなりたい、強くなりたい強くなりたい強くなりたい」

 

 ……私はボーデヴィッヒに、私を殺したいかと問いかけた。それはただ、アイツも私を殺したいほど憎んでいるのではないかと思ったからだ。

 大空兄のように、ISによって何かを失ったボーデヴィッヒが、その原因たる私を殺したいと思っているのではないかと、思ったからだ。

 

「強くなりたい強くなりたい強くなりたい―――失くしたく、ない」

 

 すすり泣く声に、ボーデヴィッヒの姿を探す。まだ見つからない。

 

「失くしたくない、壊さないで、つれていかないで、温かいの、明るいの、一人は嫌なの、一緒にいたい、寂しい、暗いのは恐い、やめて、まって」

 

 歩き続ける。

 

「強くなりたい、役に立ちたい、強くなりたい、一緒にいたい、強くなりたい、失くしたくない」

 

 足が埋まる、地面が無くなり落ちる感覚。流れに身を任せて、更に深く。

 

「お前にとってISは無い方が良かったものか?」

 

 聞こえたのは紛れもない私の声で、探せばやはり私の姿がそこにあった。

 

「(……情けない顔をしているな)」

 

 ボーデヴィッヒから見たあの時の私だろうか。だとすれば、何とも無様な姿を晒したものだ。唇は横一文字、瞳の奥には怯えが見え隠れしている。ボーデヴィッヒの答えを恐れているのがまるわかりだ。

 

「(そんなつもりは無かったのだがな)」

 

 無自覚とは何とも恐ろしい。私は知らずうちに、ボーデヴィッヒから何かを奪ったことに怯えていたのかもしれない。

 

「ISが無ければ、私は優秀な兵士でいられた。それが私の産まれた理由で、存在意義だったから。なのにISは、私から私が持っていた全てを奪い去った」

 

 歩かない、歩けない。ただ声を聞く。

 

「ISが憎かった。誰からも必要とされない、出来損ないの落ちこぼれになる原因を作ったISが憎くて嫌いで、弱くなった途端に何も無くなった自分に絶望した。優秀では無い私は誰からも必要とされない、存在する価値も無い正真正銘の失敗作でしかない」

 

 ただ聞く。体が少し強張って、胸がギリギリ痛んだ。

 

「失敗作の出来損ない、落ちこぼれな私を隊長は拾ってくれた。部隊でも足手纏いにしかならない私の訓練に付き合って下さった。隊のみんなは弱い私にも変わらず笑顔を向けてくれた、手を引いてくれた」

 

 聞いて、その声が心なしか穏やかであることに、安堵する。

 

「褒めてもらえるのが嬉しかった、声をかけてもらえるのが嬉しかった、頭を撫でてもらえるのが嬉しかった、一緒にいてくれるのが嬉しかった―――温かかった。それはISが出来る前には感じられなくて、弱い私に構わず手を伸ばしてくれるのが信じられなくて、誰かが隣にいてくれることがこんなに安らげるなんて知らなくて……恐かった」

 

 掠れた声はたしかに響いた。

 

「強くなりたい。誰よりも優れていた前の私に戻りたい。でも前みたいに暗くて寒いのは嫌だ。温かいんだ、優しいんだ。みんなと一緒にいたい、一人に戻りたくない。ISが無ければ私は強くいられた、でもISが登場してみんなに会えた。私に手を伸ばしてくれる人がいた。どちらがよかったかなんて分からない、分からないけどでもみんなと一緒にいたい」

 

 泣いているように聞こえるそれは、どうしようもないくらいに分からなくて泣いているのかもしれない。

 ボーデヴィッヒは、ISによって利益も不利益もあったと言っていた。けれどその利益と不利益を比べても、どちらが良いかなんて明確な答えは出る筈も無かったんだろう。

 

「一緒にいたい、失くしたくない、温かいあそこが私は好きなんだ。だから私は強くなりたい、みんなと一緒にいたい」

 

 私の姿はふっと闇に飲み込まれ、ボーデヴィッヒの声も聞こえなくなった。

 歩き出す。ボーデヴィッヒはどこにいる、どこにいけば見つけられる。温かいのに寒いここに、真っ暗なここにアイツはいるべきじゃないと、そう思う。

 

「お前も、ISに……あいつらに、奪われたんだな」

 

 立ち止まった。目の前に大空三春が立っていたから。

 

「俺も同じだ。俺はあいつらに、大切なものを奪われた」

 

 憎しみと悲しみと絶望が、ドロドロに溶けた瞳とでもいえばいいのか。真正面から受け止めた大空三春の瞳は、黒く暗く染まっていて、

 

「どんな手を使おうと、俺はあいつらを許さない。ISなんて馬鹿げたもの、全部俺が、ぶち壊す」

 

 それなのに、どこか虚ろだった。

 

「ISに、うば、われた?」

「ボーデヴィッヒ?」

 

 大空三春の姿はそれっきり消え去って、けれどボーデヴィッヒの呆然としたような声が響きだす。

 

「そう、だ。うばわれ、た、私の、そんざ、いぎは、なくな、で、も」

「ボーデヴィッヒ!?」

 

 なんだ、なんだこれは。可笑しい、明らかに何か可笑しい。

 さっきまで聞こえていたボーデヴィッヒの声は、たしかにアイツの意思や感情を孕んでいた。それは分かる。でも、今聞こえているのは。

 

「たい、ちょにあえた、のは、あい、ぇす、がでてき、たから、で、けど、うば、われ」

 

 いびつに歪んだ、何かがボーデヴィッヒの中をかき回しているような、そんな声。

 

「なく、したくな、い、つよ、くなりたい、いっしょ、たい、あいえ、す、にくい、たい、ちょ、みん、な」

「っどこにいる、ボーデヴィッヒ!」

 

 寒い。体が震えるほど寒くて、踏み出した足が何かに捕まえられそうになった。捕まっては駄目だ、本能がそう告げる。

 

「つよく、なりたい、いっしょに、いたい、なく、し、たく、こわ、い」

 

 進んでも進んでも何も見えない。暗い、寒い、恐い。これは私の感情か? ああ、頭がおかしくなりそうだ。

 

「い、や、やだ、いっしょ、いた、あいえ、すきら、い、なん、で、わから、な、きょう、かん、やだ」

 

 感情も想いも何もかも、無理矢理にかき回されたような声。

 

「たい、ちょ、みん、な、きょう、かん」

 

 どこにいる、どうして見つからない。

 

「たす、けて」

 

 ……見つからないなら、見つかるまで走ればいい。たったそれだけのことだ。

 足を掴もうと、手を掴もうと何かが私に迫ってくる。振り切って走ろう、捕まってやる必要などない。絶対に、どこかにいるから。

 

「なくし、たくない、いっしょ、いた、い」

 

 ぐらりと体が傾く。踏み出した足が地面に飲まれる感覚、焦るな。大丈夫だ。

 

『―――いたよ、千冬』

 

 私にはコイツがいて、コイツは私の願いに答えてくれる。

 落ちる先にようやく見つけた存在に、私はただ手を伸ばした。

 

「ボーデヴィッヒ!」

 

 蹲って震えるボーデヴィッヒの腕を、強引に掴み取った。やっと見つけた。

 

「きょ、かん」

「帰るぞ、ボーデヴィッヒ」

「……はい」

 

 安心したように笑って、力なく体を預けてくるボーデヴィッヒを抱き留める。

 残すは、この暗闇からの脱出だけだ。

 

「出られるか、雪桜」

『うん。でも、少し待って』

 

 問いかけた私に、雪桜は嬉しそうに答える。

 

『もうすぐ、手が伸ばされるよ』

 

 それは突然響き渡った。ガンガンガンと、外から何かが撃ちつけられる音。強固なそれを強引に破壊しようと、滅茶苦茶なまでに撃ちつけられた、その音が―――暗闇に光を差し込ませる。

 

「千冬さん!」

 

 光を更に押し広げたその先で、青い空と、手を伸ばす箒の姿。そして、

 

『ありがとう』

 

 嬉しそうなその声に、泣きたくなった。

 


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