「これより、トーナメントの組み合わせを発表します」
アナウンスが流れ、観客がより一層に騒がしさを増した。アリーナの観客席は既に人で埋まり、各国、企業から有望な生徒を見つけようとスカウト目的の偵察部隊もあちこちにいる。
「無理を言ってすまんな、山田先生」
「いえいえ。何も問題ありませんから」
山田先生にお願いして、空き室の一つを借りさせてもらった。観客席で見るには人が多すぎて騒がしいし、だからといって先生方と一緒に見るには彼女たちの仕事の邪魔をしてしまうかもしれないと思ってしまい、どうしようか相談したところ山田先生はこの空き室を使っていいと言ってくれた。
試合に参加する選手たちが試合会場に出入りする際に使用する廊下の一本外れた場所、そこには訓練機の装備の予備などが置かれた倉庫のような部屋が並び、その中に一つだけ試合を観戦できるようにディスプレイを設置した部屋があった。基本は二階にある部屋を使用するので、滅多に使われることは無いという。
「私達と一緒に見てくださってもよかったのに……」
「山田先生たちだって仕事があるだろう? それを邪魔することになっては困るからな。私はここで大人しく、静かに観戦させてもらうとしよう」
一人で部屋を使う、というのはそれはそれで悪い気もするが……言い出したらきりが無いな。
山田先生は、何かあれば備え付けの通信機を使ってくれと言い残して部屋を出て行った。会場を映しだすディスプレイから、熱気さえ伴った人々の興奮が伝わってくる。
「(……まるでエンターテイメントだな)」
数年前までは、私もまた観客の声をバックに試合を繰り広げる側だったが、こうしてみるとやはり、ISはスポーツとしての要素を強くしようとしている。
オリンピックのように互いに技術を競い合い、それを見た観客が歓声をあげる。それはある意味で平和的ともいえるが、束が思っていたものとは違うだろう。
「最初の試合は……」
トーナメント表を見上げて、思わず息を呑んだ。
ラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒 vs 大空一夏&シャルル・デュノア
大空弟は、先日にボーデヴィッヒと共に転校してきた三人目の男性操縦者と組んでいたようだ。それ自体に何ら問題は無い、大空弟は専用機を持っていないのだから。
「……どうなる、だろうな」
大空弟が参加していない筈はないのだから、どうせ見る事になるのは分かっていたが。
アリーナに入ってきたデュノアと並んだ大空弟の顔は、何処までも冷たくて、その瞳がギラリと暗く光っていた。
『―――めて』
「は?」
一瞬、何処からか声が聞こえた気がする。私しかいない部屋で、辺りを見回そうと誰もいないというのに。
奇妙ではあるが、耳を澄ませば聞こえてくる待機中の選手たちの騒ぎ声と歓声に、聞き間違えだろうかと自分を納得させた。
「試合―――開始!」
試合が始まる。訓練機を装備する箒、ボーデヴィッヒ、大空弟。箒と大空弟は打鉄で、ボーデヴィッヒはラファール・リヴァイヴだ。
ボーデヴィッヒに対しISを教えるとは言ったものの、今日までは殆ど指導らしい指導はしていない。さすがに今の時期にそれをやるのは、生徒たちも誰も知らぬとはいえ不公平が過ぎるだろう。
……まあ、箒とペアを組めと押したわけだから少々、連携について口出しはしたが。放り出すには強引過ぎたからな。
ボーデヴィッヒは軍人として訓練を受けていただけあって、近距離から遠距離までこなせる万能型に近かった。対して箒は、剣道の経験から近接戦に特化し……というより、遠距離武器が未だ使いこなせていない。それは今の時点では仕方ないだろう、授業で取り組んでいるわけでもないし、これには操縦者の性質が関わってくる(と、束が言っていた)。
トーナメントまで日が無いこともあり、それなら今の時点で出来る事を使って連携の特訓をした方がいいと言ったのは、他でも無い私である。
「篠ノ之選手に大空選手、開始と同時に突っ込んだー! ぶつかり合うブレード! 弾ける火花! だが力では大空選手が有利かー!?」
……何気にうるさいなこの実況。本当にただの見世物じゃないか、私が参加していた大会もこんなだったのか?
ディスプレイでは箒と大空弟の鍔迫り合いが確認できる。力比べなら箒が不利だが、これはチーム戦だ。
「おおっと、ここでボーデヴィッヒ選手のレッドバレットが火を噴いたー!! 避ける大空選手、さあ逃げろ逃げろ逃げまどえー!!」
……不安はあったが、形にはなっているか?
箒の戦い方が接近戦に限られると、自然とボーデヴィッヒはそれを援護する役回りになっていた。まあ、何ら面白味のない典型的な戦法ともいえるが、バランスがいいのは確かだ。
大空弟は確かに普通よりも強いが、やりようでどうにでもなると鈴音との戦いで証明されている。デュノアの実力は未知数だが……。
「っとここでデュノア選手の登場だー! ショットガン二丁でもって篠ノ之選手とボーデヴィッヒ選手を撃ったー!!」
少なくとも、単独プレーに走るタイプでは無さそうだ。ボーデヴィッヒとは正反対だな。
特訓中、ボーデヴィッヒは箒を無視した戦い方を幾度となく行っていた。軍人であるボーデヴィッヒにとって、箒の実力は足手纏いと感じていたのかもしれない。箒には悪いが実力差があるのは事実だろう……それに腐らず、ボーデヴィッヒに近づこうとしていたのはいいことだ。というより、そもそも……。
「箒の奴、やはり楽しんでいないか……?」
動きが速く見づらいし、表情自体は真剣そのものだ。だが、特訓中にアイツが何度か楽しげに笑っていたのを私は見ている。
それは決まって、武器を持たずただ空を飛びまわる時だけであったが……その時の雰囲気に近いものを感じる。
「何を考えているんだか……」
今度、聞いてみるか。もしかしたら、箒とボーデヴィッヒの連携が上手くいくようになった理由も分かるかもしれんし……アイツら揃って、聞いても答えなかったからな。
「デュノア選手どんどん攻める! 攻め過ぎってくらいに攻める! そしてやはり男か大空選手も再度突っ込む! 迫る二人にボーデヴィッヒ選手どうするか!?」
ボーデヴィッヒは武器をブレードに持ち替え大空弟に迎え撃ち、箒がシールドを展開し銃弾を防ぎながらデュノアに斬りかかる。
まあ、上手くいくようになったといっても急ごしらえでどうにかなるほど箒も器用ではなく、ボーデヴィッヒも何か思うことがあるのか動きが鈍い部分があり、そうなると必然的に戦い方は相手の戦力を分散させた一対一になりがちだが。
「大空選手の連撃にだがボーデヴィッヒ選手も負けていないぞー!! 対して篠ノ之選手、デュノア選手の射撃を前に距離を詰められない! これでは右手のブレードもただの鉄くずだー!!」
……密かに酷くないかこの実況?
それでも箒は銃弾を掻い潜り距離を詰め、どうにか斬りこんでいく。だが、当然ながらデュノアのISにも近接武器は装備されており、ギリギリとブレード同士の鍔迫り合いになった。
接近戦では箒に分がある。激しい連撃を打ち込み、デュノアは守りの一手で凌いでいるだけだ。だが、その連撃の一瞬、ほんのわずかな瞬間にデュノアは小型の銃を展開し、至近距離から箒に撃ち込んでみせた。
「ななななんとー!! デュノア選手、守りに徹しながら篠ノ之選手に必殺の一撃! 篠ノ之選手もう限界かー!?」
堕ちる箒の表情が悔しげに歪んでいる。シールドエネルギーの残量がどうなっているのか、ここからでは分からんな。
「さあ残るはボーデヴィッヒ選手のみ! 大空選手&デュノア選手相手に、ボーデヴィッヒ選手はどう立ち向かうのかー!!」
たとえ一対二であろうと、ボーデヴィッヒが劣ることは無いだろう。それだけアイツの実力は高い。
だが、問題はそこではない。ボーデヴィッヒにとって一番の問題は、時間だった。
「まずいな……」
ボーデヴィッヒの動きが極端に鈍くなる。攻撃の手は減り、回避し防御に徹するようになった。
理由を知らぬものにとっては分からないことだが、拒絶反応が起きているのだろう。そうなってしまっては、ボーデヴィッヒは圧倒的に不利でしかない。
「……速攻で終わらせるというのも、そううまくはいかんか」
当たり前か。
箒にもボーデヴィッヒにも、試合はなるべく早く終わらせるようにしたほうがいいとは言ってあった。それはボーデヴィッヒの為であったが、トーナメントという形式上、なるべく手数は見せずに次へと進んだ方がいいという理由もある。まあ、無理だったわけだが。
「大空選手いったー!! デュノア選手の後ろにピッタリ張り付き、ボーデヴィッヒ選手の死角から斬りこむその目はまさしく狩人だー!!」
実況の通り、大空弟がデュノアの背後から飛び出し真正面からボーデヴィッヒを斬りつける。
普段のボーデヴィッヒなら、受け止めるなり避けるなり、むしろカウンターで攻撃するなり出来ただろう。だが、今のアイツの状態ではそれは不可能に近く、そして結果、ボーデヴィッヒはもろに大空弟の一撃を受ける事となる。
堕ちる。先ほどデュノアに落とされた箒よりも速いスピードで、ボーデヴィッヒは地面へと堕ちた。
「……今はまだ、勝てないか」
連携や作戦については口出しをした。だが、ISの技術や動きについては口出しをしていない。全てアイツら自身で考え、特訓し、結果―――負けた。
「……?」
試合は終わらない、ならまだ箒がボーデヴィッヒが戦える状態にあるということだが、そのどちらも空へと上がってはきていない。
ディスプレイの操作盤に手を伸ばす。あまり弄らない方がいいかと思ったが、カメラを操作し地上を映るようにする。
『―――めて』
また、声が聞こえた。
映された地上はボーデヴィッヒが地面に落ちた衝撃でか大量の砂埃でうまっている。これでは箒もボーデヴィッヒも確認することが出来ない、そう思ったのだが。
『やめて』
懸命な叫びは掠れていて、ほんの微かにしか聞こえない。
ただ、土埃の中で立ち上がった大きな影と、伸ばされた真っ黒の腕を見て、私は部屋を飛び出す。直後、鳴り響いた通信機を手に取ることは出来なかった。
鉛色のそれは、精いっぱいに見上げればかろうじて頭部らしきものを確認できるほど大きい。伸びた腕は太く長く、右手には大きなブレードのようなもの。形状的にはブレードだが、大きすぎてそう見えない。足は地面についているが、簡単に人を蹴り飛ばして殺せそうなほどに大きい。まさか飛べたりしないだろうな?
アリーナに現れたそれは、先ほどまでボーデヴィッヒが倒れていた筈の場所に現れたそれは、大きな人型の何かであった。
「なんだこれは」
唐突に現れ、ボーデヴィッヒの姿が無い。おそらくボーデヴィッヒが何らかの形で関わっているだろう、だがこれは何だ。
「(ISか?)」
いや違う。これから感じるのは、強い怒りと、悲しみと、絶望と、迷い。
「ISなものか」
私の知るISは、こんなにも黒く淀んだものではない。
「き、らいきらいくるしいちがうきらいちがうかなしいひどいやめてきらいこわいいやきらいちがうかえしてこわいくらいかなしいちがうきらいくるしいかなしいこわいきらいちがうきらい」
ノイズのように聞こえてくる声は、この場にいる全員に聞こえている事だろう。
これは誰の声だ。誰がこんなにも悲しんでいるのか、叫んでいるのか。誰が、こんなにも。
「千冬さん!」
「箒、これはどういうことだ」
ISを装着したままの箒が私の傍で急停止する。エネルギーはまだ残っていたようだな。
「……ボーデヴィッヒが、飲み込まれました」
「は?」
「何があったのか分かりません。私が見たのは、黒い何かがISから溢れてボーデヴィッヒを飲み込んだことだけです」
正体は分からない、どんな現象かも分からない、黒い何かが何かも分からない。
また分からないばかり。いい加減にしてくれないか。
「っテメェが真似すんじゃねぇええええええ!!」
「一夏!?」
見上げた先で、大空弟が何もかも関係ないとばかりに飛び込み、ブレードを振り上げた。止めるデュノアの声も聞こえていないようだ。
「ちがうきらいやめてこわいかえしてきらいこわいやめてちがうこわいきらい」
右手のブレードが無造作に振り上げられた。それだけで巻き起こった突風が私たちを襲い、振り上げられたブレードは大空弟のブレードを簡単に弾き返し、その体ごとアリーナを覆うシールドへと叩き付けた。
「大空君!?」
スピーカーから山田先生の悲鳴が聞こえる。そういえば先ほどから、生徒や各国のスカウトマンに避難を促す放送が流れていたが、山田先生のおかげか。その為か観客席に残る生徒はあと僅か、先生方が誘導しているのでじきに終わるだろう。
「全員、直ちにアリーナから避難してください!」
「っでもコイツは、コイツはぁあああああああああああ!!」
どうして大空弟はあんなに激昂しているのだろう。声に反応したのかそれとも偶然か、ブレードが振り上げられ大空弟を叩き斬ろうとする。
けれどそれは、デュノアが横から大空弟を掻っ攫ったことで空振りに終わった。いや、観客席を守っていたシールドを見事なまでに破壊していたが。
「一夏、どうしたのねえ、一夏ってば!!」
「っ放せ、放してくれシャル!!」
揉めている。気にはなるが、そういうわけにもいかないのが現実だ。
ブレードの標的は大空弟から私と箒へ向いた。振り上げられたそれに箒の顔が強張る。
「避けられるか?」
「っ大丈夫です!」
「そうか。なら全力で避けろ」
私の言葉に頷いて、箒が右へ飛び私は左へと飛んだ。箒はそのまま空へと飛びあがり、私は地面からブレードを振り回すそれを見上げている。
「(ボーデヴィッヒ……)」
止まらないノイズ。溢れ流れ出る感情はボーデヴィッヒが抱えていたもの。何かを抱えているだろうとは思っても、それが何かまではこの瞬間まで分からなかった。
「……」
胸元にある指輪を服越しに掴み、ハイパーセンサーのみを発動させる。私の希望に器用に答えてくれる子だ。
広がる視界に確認できるのは、私と箒、大空弟とデュノア、そしてボーデヴィッヒを飲み込んだ大きなソレ。
「きらいこわいやめてちがうきらいかえしてきらいきらいとらないでこわいやめてきらいちがうこわいきらいいやちがう」
ノイズはよりはっきりと、確かな声として響く。
「あいえすなんてきらいしらないやめてとらないでうばわないでつれていかないでもどりたくないひとりはいやあいえすなんてきらいちがうひとりはこわいたいちょうこわいひとりはきらいくらいもどりたくないうばわないでかえしてきらいとらないでこわいあいえすのせいたいちょうきらいこわいかえしてもどりたくない」
そしてその奥にいたのは、ぐちゃぐちゃになったボーデヴィッヒの叫びで。聞けば聞くほど、私の胸は締め付けられる。
「―――ボーデヴィッヒ」
私は問う。
「ISはお前にとって、憎むべきものか」
私は問う。
「ISによってお前が得たものとはなんだ」
私は問う。
「ISによってお前が失ったものとはなんだ」
私は問う。
「お前は―――私を殺したいか」
ISが世界にもたらした影響は大きく、またボーデヴィッヒのように箒のようにその存在で何かを失ったものもいる。
そのISを開発したのは篠ノ之束であり、その動機は私にある。世界を大きく動かしたそれは、けれど開発された理由はとてもちっぽけなものだった。
「お空を飛べたらさ、きっと楽しいよ」
そんな願いしかなかった。それだけで、それだけだったのがここまで大きくなった。
ボーデヴィッヒの想いが全て分かったわけでは無い。むしろ殆ど分からない。分からないから私は問う。
「答えろ、ボーデヴィッヒ。お前の望みは何だ」
相手の想いが全て分かるほど、私の勘はよくない。だから聞かなければ分からないし、何もしてやれない。
「たいちょうまってこわいひとりはいやあいえすのせいでもどりたくないきらいこわいひとりはあいえすはかえしてとらないでいやたいちょうひとりはきょうかん」
流れ溢れ出る想いは、たしかにボーデヴィッヒのもので。
「たすけて」
たった一つ混ざったそれは、他のものに消されそうなほど弱かったけれど、たしかにあった。
「―――雪桜」
冬に降る雪を束は好きだと言った。私の名前にある季節に降る雪だから。私は寒くて好きでは無かったが、白いそれは少し好きだった。
桜の花が私は好きだった。篠ノ之神社で舞い散る花びらを束と共に見上げるのは何だか心が躍った。私と共にならと束も桜が好きだと言った。
そうして二人の好きなものを一緒にして名前にしようと、言ったのは束だった。
「ラウラ」
『――――』
声。大空兄と、たった一度聞いただけの誰か。
「悲しいのか、苦しいのか、ラウラ」
『――けて』
声。大空兄はボーデヴィッヒに呼びかけている。
「……俺はもう二度と、俺と同じ思いをする奴を見たくない」
『―すけて』
声。大空兄が言っているのはどういう意味だ。
「だから俺が」
『――――』
声。声が途切れる。
「お前を苦しめるソイツを―――ぶち壊す!」
『たすけて』
声。そうして聞こえた声に、私は、
「誰を?」
叫んでいる。二つの叫びが私の頭に響いてくる。
ボーデヴィッヒが助けてと。
分からない誰かが助けてと。
「誰を、助けてほしい」
私の手は無力な事に、二つに同時に伸ばせなくて。
『あのこを、たすけて』
私は飛ぶ。
「すまない」
ボーデヴィッヒに、手を伸ばす。