色違いの空   作:kei469

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分からない中に一つだけ

 

 二人の転校生が来た翌日の授業は、初のISの実戦訓練。つまりISの基礎的な知識に関する座学はとりあえず終わった、ということだ。

 

「(少々、物足りない気はするが)」

 

 開発当初からISに関わっていた私は、束からその知識を余すことなく教えられている。加えて実際にISを操縦しての感覚から理解した事も多く、それらを踏まえるとこれまでの授業に物足りなさを覚えてしまった。

 決して、山田先生の教え方が悪いわけではない。むしろ彼女の教え方はとても上手だったので、単に世間でのISに関する理解と、私が理解していることの差だろう。束がもう少し情報を公開したなら、授業も大幅に変わると思われる。

 

「今回の授業は一組と二組で合同なので、人数が多くなります。無用な混乱の無いようにしてくださいね」

『はい!』

 

 山田先生が言った通り、授業は二クラス合同。生徒の数も倍であり、それに対して教員の数は、山田先生と大空兄の二人だけ。

 IS学園、特にISに関する授業は人手不足であると聞いたが……本当だったらしいな。この人数を二人で捌くのは大変だろう。

 

「えっと……最初ですし、まずはISの戦闘を実演してもらいたいと思います。凰さん、オルコットさん、お願いしますね」

「はーい」

「お任せください」

 

 事前に話しは通していたようで、心得たように鈴音とオルコットが列から出てくる。二人を指名したのは、おそらく専用機持ちだからだろう。これにもう一人、昨日転校してきたデュノアを加えればこの場にいる専用機持ちは全員となる。

 二人がISを装備し、山田先生が開始の合図を行おうとした時。大空兄が、それを制し進み出た。

 

「山田先生、せっかくですし俺がこの二人の相手をしますよ」

「……え?」

 

 戸惑う山田先生。数秒沈黙して、それから慌てたように首を振った。

 

「だ、駄目ですよ、そんな」

「何故ですか?」

「その、貴方のは機密に関わるわけで、あの」

 

 小声の為、生徒には聞こえないだろう山田先生の言葉。けれど生徒よりも彼女の近くにいる私には聞こえてきて、興味深い単語に耳を傾ける。

 

「問題ありませんよ」

「いえ、ですから」

「……ムカつくことに、俺の相棒はISによく似ています。生徒たちも誤魔化されますよ」

「だからって、ここでそれを使う必要は無い筈です」

「……どうせ、近いうちにバレることです。今だろうと後だろうと、変わりませんよ」

 

 むしろ、と大空兄は拳を握りしめた。

 

「余計な出し惜しみをして、その時になって大切な誰かが傷つく方が―――俺は許せない」

 

 溢れ出るのは憎しみか悲しみか、たくさんのものが入り混じった殺気にも似た何かで、呑まれ硬直する山田先生を置いて大空兄は訝しむ鈴音とオルコットの前に進み出た。

 ……大空兄が何を言いたかったのか、結局わからなかった。近いうちにバレるというのは、どういうことだろう。

 

「お前たちの相手は俺がする。死ぬ気でかかってこい」

 

 そして、言い放った大空兄が纏ったそれは―――、

 

『け、て』

 

 色の無い、それは―――、

 

『たす、けて』

 

 たしかに、ISだった。

 

『たすけ、て……た……け……』

 

 声が聞こえる。僅かな音であっさりと掻き消えてしまいそうなほど微かな、助けを求める声が、大空兄がISを装備した瞬間から、響いていた。

 

「(なぜ?)」

 

 声も気になる。けれど同時に気になるのは、どうして大空兄がISを持っているのかだった。

 ISコアは数が限られ、開発方法も分かっていないものだ。専用機としてどこかの国から与えられたのだとすれば、その情報が公開されない筈も無い。

 

「大空三春が専用機を持っているらしい、と」

 

 ボーデヴィッヒが言っていたのは、これのことだったのか。未確認ということは、情報が公開されず秘密裏に与えられ、持っていたということか?

 ……先ほど山田先生が、アイツの持つそれは機密に関わると言っていた。専用機として持っているそれを隠しておく必要があった? だがそれなら、どんな事情があれどこの場で使用することは出来ない筈だ。少なくともどこかの許可が必要になるだろう。

 それをする必要が無いのは、大空兄が単に規則を破り行動しているだけか。それとも何か別の理由が―――、

 

「俺の相棒はISによく似ています」

 

 どういう意味か。視界に映る色の無い……白の透明度を増したような感じか、それは明らかにISだが、先ほどの大空兄の発言からするにISでは無いのだろう。

 だとすれば何なのか。ISに似た何か? それとも本当はISか?

 もし、だ。もしあれがどこかの国から与えられた専用機では無く、大空兄がもとより所有していたものだとしたら、それの使用を縛るものは無くなると言っていい。何か契約でもしていなければ別だが……おそらくしていないだろう。

 

「(分からない、分からない分からない分からない)」

 

 大空三春が持つあれは何だ。ISか? ISじゃないのか?

 空には既にISを装備した三人が飛び上がり、オルコットのビットが大空兄を囲み鈴音の衝撃砲が放たれる。大空兄の手には刀身の幅が広い刀にも似た形状のそれが握られていた、色は機体とよく似た、透明度の高い白だ。

 見れば見るほどそれはISに見えて、ならばなぜ大空兄はわざわざ、ISに似ているなどと表現した? 

 

『け、て……たす、けて』

 

 この声は、誰のものだ。大空兄が装着したあれの声か?

 掠れた悲鳴は確かに私の耳に届いて、けれどその声が本当に求めているのは私では無い。私では無い誰かに向けた言葉が、私の心を締め付ける。

 

『―――』

 

 声が消えた。空では変わらず三人が飛び回り、大空兄の両手に握られた刀が振り下ろされて―――見えない刃が、飛んで来る。

 鈴音のISの武器、衝撃砲に似たものか。おそらくは刀が振り下ろされた瞬間に、何らかの仕組みで空気が圧縮され、さながら鎌鼬のように放たれたのだろう。

 

「千冬さんっ!!」

 

 私のいた場所は、生徒たちから離れ、山田先生からも少々距離があった。そもそも、ISの戦闘による攻撃が下に地上に向けて放たれること自体想定外だったのだろう。敵は下では無く上にいるのだから。

 切羽詰まった山田先生の声の後ろに、箒の叫びも聞こえた気がする。視界の端でボーデヴィッヒが目を見開いて硬直している。

大空弟は、目を瞠っていた。どことなく青褪めた顔を見て、少し嬉しくなった。

 

『千冬を傷つけるのは、駄目』

 

 空から降ってくる見えない刃は、たしかに私を狙っていた。故意か事故かは分からず、何も装備していない私の目では大空兄の表情を見る事は出来ない。

 ただ、そんな状況で私は逃げる事もせず、そこで空を見上げながら、聞こえた声に答えるだけだ。

 

「相変わらず綺麗だな、お前は」

 

 キラリキラリと舞い散る白銀の光。透明な壁に刻まれた桜と結晶の模様は、束の趣味だろう。

 振り下ろされた見えない刃は、声と共に発動された壁によって防がれ、その壁はエネルギーの衝突を教えるかのように白銀の光を何度か放って、やがては音も無く消え去った。

 

「……山田先生」

「……」

「山田先生?」

「はっ、はい!?」

 

 呆然とずれた眼鏡もそのままに立ち尽くす山田先生に呼びかける。

 山田先生は慌ててこちらに駆け寄ると、私の体を何度も見回しては「大丈夫ですか」としつこいまでに問いかけてきた。

 

「大丈夫だ。あと、驚かせてすまない」

「え、ええっと……あの、さっきのは?」

「……篠ノ之博士より、何かあっては危ないと渡されていてな。護身用の道具が作動したんだ」

「そ、そうなんですか……へえ……」

 

 ……あっさりと信じすぎではないか? こうも信じられると正直、胸が痛いな。

 だが、だからといって私が持つISの存在を明らかにするのは少し戸惑われる。招かれるのは混乱と興味と監視と……あとは、何だろうな。

 

「(発動したのがシールドだけだったのは、幸いか)」

 

 大空兄の攻撃を防いだのは、私が持つISである。その機能に面白いものがあり、それがつい先ほど発動されたシールドだった。

 ISの部分展開をするように、私自身の身を守るようにシールドを展開する。体に張り付くようにでは無く、数センチ程度の距離を持って発動されるので、シールドは歪な球体状で形成される。

 大きな特徴としては、シールドを発動する際にISの装着を必要としないことだろうか。待機状態のままシールドが発動される。更に言うなら私の任意だけではなく、ISであるこの子自身が判断し自動的に発動する場合もあり、先ほどのは私では無くこの子の意思だ。

 その為、先ほどのシールドによる防御がISによるものだと判断するのは難しい……わけでは無いのだろうが、山田先生の性格と、束の存在が大きいな。実際、束ならばISの攻撃を防ぐ道具くらい作れそうだ。

 

「……あ! 大空先生たちを呼ばないとっ」

 

 山田先生が動きだし、私はまたそこに取り残される。さすがにこのまま続行というわけにもいかないようだ。

 ふ、と視線を動かすと最初に大空弟の姿を確認できた。青褪めた顔はそのまま変わらず、目が合っていると気づいたのかバッと逸らされた。揺れる瞳に噛みしめられた唇、思わず声をかけたくなって、けれど一瞬向けられた瞳に止まった。睨まれた。

 

「……」

 

 勘違い、か。冷たさの中に、別のものを見た気がしたんだが……結局、何も分からないままだ。

 そのまま視線を更に動かせば、どことなく騒がしい生徒の中にボーデヴィッヒと、その何人か挟んだ所に箒の姿を確認する。

 二人とも驚き固まったまま動いていないようだが、箒の方はどことなく安堵しているようにも見える。心配させたかもしれない。

 

「そ、それでは授業を続けますよ!」

 

 下りて来た三人、鈴音とオルコットは列に戻り大空兄は山田先生の後ろに下がる。

 授業の説明を聞こうと山田先生の傍に寄れば自然と大空兄との距離が近くなり、向けられた瞳を見返した。

 

「……」

 

 声は、聞こえなかった。

 

「……アレは、何だ」

「篠ノ之束が開発した護身用の道具だ」

 

 山田先生がこれから行うことについて説明を始めると、驚いたことに大空兄が声をかけてきた。友好的では無く、敵意と疑念と警戒とを十分すぎるほどに含んでいたが。

 先ほど山田先生に説明した通り答えると、大空兄は苛立ちを瞳に宿し呟いた。

 

「ぬけぬけと嘘を……」

 

 本当に嘘なので、否定出来ないのが悲しいな。

 

「こちらからも聞くが、お前の装備していたアレは何だ」

「は……?」

 

 何を言っているんだ、とばかりに大空兄が軽く目を瞠って私を見る。

 

「お前が、それを聞くのか」

「……?」

 

 意味が分からない。

 瞠っていた目はいつものように睨み付けてきて、何かに耐えるように歯を食いしばっている。握られた拳は小刻みに震えていた。

 

「許さない……お前も、篠ノ之束も、絶対に」

 

 俺が、殺してやる。

 

 消え入りそうな声を聞くと同時に、その意味を問う間も無く山田先生の声が大きく響いた。

 

「それでは、グループごとに訓練機を取りに来てください」

 

 大空兄が騒ぎ出す生徒たちの方へと歩いて行く。相変わらずの無表情に、何故だか生徒たちは色めきだった。

 

「(殺す?)」

 

 大空兄は、私と束に明確な殺意を持っているらしい。なぜ?

 

「(分からない)」

 

 大空兄が私を許せないのは、私が一夏を苦しめたからだと思っていた。殺してやりたいほどの苦痛を私は一夏に味わわせていたのだろう、私だけならばそう思えた。

 けれど、どうして束までが入ってくる? 束は一夏に何もしていない、一夏を苦しめるような事はしていない筈なのに。

 

「(それだけじゃ、ないのか?)」

 

 大空兄が私を許せないのは、一夏を苦しめていた事だけでは無い? ならばその他の理由とは何だ? アイツが持つISに似たアレに関係があるのか?

 アレの正体についての質問は、大空兄にとって地雷だったようだ。だが、それにしたって何故「お前が聞くのか」になる? 私が聞いてはいけないことなのか?

 

 分からない、分からない、分からない。ああ、まったくどうして、分からないことばかり増えていく。

 私がここに来たのは、分からないを少しでも分かりたかったからだというのに、これでは意味が無い。分からないばかりで分かることが無い。

 大空弟が何を思っていたのかも分からないし、大空兄が刀を振り下ろした時にどんな考えだったのかも分からない……結局、謝罪の一つも無かったな。

 

「(いったい、何を考えている)」

 

 分からない分からない分からない、分からない中でけれど一つ。

 

 大空兄が私と束を殺したいほどに憎んでいるということだけが、ようやく分かった。

 


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