色違いの空   作:kei469

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落ちこぼれの銀

 

 六月頭の日曜日。二ヵ月ぶりに私は束とクウのいる家へと帰ってきた。

 別に外出を禁止されているわけではない。というよりも私は学園に拘束される存在ではないので、自由に出入りできるのだが……いつ、どこで誰が監視しているのか分からない。

 彼らにとって今現在で唯一束との接点が確定しているのが私で、その私が帰る場所は束のいる場所。束を探す人間たちの中には、私を監視し尾行して束を見つけようとしているものがいる。

 だから困ったことに頻繁に帰るということは出来ず、私は学園から与えられた部屋で夜を過ごしてきた。

 

「おかえりちーちゃん!!」

「ただいま」

 

 ギュウギュウギュウと、痛いくらいに抱きしめられる。というよりも実際に痛かったので、二秒ほど我慢した後に拳骨を一発。悶える束を跨いで行くと、クウがぺこりと頭を下げた。

 

「おかえりなさい、千冬様」

「ただいま、クウ。束が何かやらかさなかったか?」

「……二度ほど、ミサイルで撃ち落とされそうに」

「わかった、後で仕留めておこう」

 

 束を。って、ミサイルに撃ち落とされるってコイツ何をしたんだ?

 既に復活して上機嫌に私の周りをうろつく束を一瞥しつつ、溜息を吐いた。クウは変わらず苦労しているようだ。

 

「ねえねえちーちゃん、ご飯にする? お風呂にする? それとも束さ」

「クウ、お風呂いいか?」

「はい」

「ああっ、無視するなんてひどいよちーちゃん! 束さんはちーちゃんに会えなかったこの二ヵ月の間に思わず勢いで全世界の軍事システムにハッキングしようとしてみたりしなかったり」

「していたなら出て行くぞ」

「してないしてないごめんなさい!」

 

 久々に会ったせいか、鬱陶しさが増量中な束だった。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 やはり慣れ親しんだ家の風呂が一番落ち着く。肩まで湯に浸かりながら、その心地よさに思わず溜息が漏れた。

 IS学園でも個室につけられたシャワーを使用していたし、時間をずらして大浴場を使わせてもらったこともある。だとしても、私にとって今一番落ち着けるのはこの家だった。

 

「……そういえば今頃、家はどうなっているんだか……」

 

 織斑千冬と織斑一夏が過ごしたあの家は、どうなっているのか。束の話では秘密裏にアイツが所有し、何事も無く家主のいないまま存在しているそうだ。一度として帰っていないので、きっと埃やらでひどいことになっているだろう。想像したくはないが。

 

「やあちーちゃん、お背中流しにきたよー」

 

 ガラッと開かれた浴室の扉。タオルを巻くこともせず恥ずかしげもなく肌を晒した束が入ってきた瞬間、私は浴槽の縁に置いていた桶を手に取っていた。

 

「―――ッ出てけ!!」

「ぎゃんっ!」

 

 我ながら見事な回転を加えられた桶が束の顔面を直撃し、床に沈める。

 だがこれで一安心では無いことは分かり切っていて、すぐさま復活した束が赤くなった顔を擦って浴槽の縁に手をかけた。

 

「ちーちゃん酷いよー」

「何が酷い。というよりどうしてお前まで入りに来る」

「久々に会ったちーちゃんと、肌と肌を触れ合わせたスキンシップをするために決まってるよ」

 

 語尾に音符でもつけそうなノリ。パシャンと軽く水を跳ねさせて束が湯へと入ってくる。

 

「(……まあ、いいか)」

 

 一撃目で沈まなかった時点で諦めている。一人で入る風呂も好きだが、意外と誰かと入るというのも悪くないしな。

 

「えっへへ~。ちーちゃんお肌スベスベだね」

「……近い」

「だってくっついてるもん」

 

 この家の風呂場は広い。浴槽には軽く十人……は言い過ぎか。まあそれでも七、八人は一度に入れそうな広さがある。

 そんな広い浴槽で、スペースが有り余っているにも関わらず束は私の隣にピッタリとくっついて湯に浸かっている。言ったところで聞かないだろうな。

 

「あ、そうそうちーちゃん」

「なんだ?」

「最近、あの子使ってないでしょ。拗ねてたよ?」

「……そう、か」

 

 あの子―――束が私に与えたIS。忘れていたわけでは無い、ないのだが……胸が痛むな。

 

「学園では下手にISに乗ることも出来んし、そもそも私がISを持っていること自体、知られていないからな。知られて監視が増えるのも面倒だ」

「えー、でもさー」

「後で無重力の部屋に行って来る。その時にでも、めいっぱい遊んでくるさ」

「むぅ……もっと帰ってくればいいのに」

「帰れるなら帰ってるさ」

 

 意外と尾行をまくのは面倒なのだ。

 

「あの子とは上手くやれそう?」

「ああ」

 

 IS―――その核たるコアには、自我が宿る。その声を聞くことが出来る操縦者もいる。聞こえないものには聞こえないし、科学的に解明されたわけではない(そもそもISコア自体がブラックボックスだ)。

 そして今、私が共にいるISから伝わってくる声は―――、

 

「お前によく似ているからな」

 

 大好き、と。ただ共に、空を飛ぶことを望んでくれる、優しい子だ。

 

 

 

 学園に帰ったのは月曜日の朝、寝ている生徒の方が多いだろう時間だった。

 束に付き合い、あの子が満足するまで無重力の部屋を飛びまわった。何をするでもなく、ただ一緒に飛べれば満足だったらしい。

 正門を抜け、舗装された道を進む。このまま進めば寮に着くが、食堂はまだ開いていないし部屋に戻っても暇なだけ、か。

 少し、遠回りをして進む。手始めに直進すべき道を曲がり、植木の多い道を進んだ。

 

「ッ!?」

「?」

 

 ガサッと木が揺れた。落ちてくる、いや下りて来た小さな人影。

 驚いた様子のそれは地面に膝をついたままで、私はそれを見下ろしてただ一つ、何をしていたのかと疑問を抱く。

 

「織斑……」

 

 微かな声に聞き取れたのはその言葉だけ。見上げて来る人影を無遠慮に観察すれば、ズボンタイプではあるがこの学園の制服を着ている。ということは、ここの生徒か。

 

「ッ!!」

「あ、おい」

 

 だっと走り出した生徒に置いて行かれる。何やらひどく焦っていたようだが、いったいどうしたのか。

 というよりも何故、木から下りて来たのだろうと思い上を見上げて、その理由が判明した。

 

 チチチッ

 

 鳥の巣に雛が三羽、餌を与える親鳥が一羽。

 なんてことはない、あの生徒はただ心優しい子だったというだけだ。

 

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いとは思いますが、皆さんよろしくお願いします」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 笑顔を浮かべ友好的な一方に対し、もう一方は仏頂面のそっけない挨拶だった。金色と銀色、髪の色まで対照的ならその性別も対照的な転校生だった。

 世界で三人目の男性操縦者、シャルル・デュノア。そしてドイツからの転校生、ラウラ・ボーデヴイッヒ。この時期に突然の、しかも一組に纏めての転校だが、それは何か考えあってのことなのか。

 

「(朝に会ったな)」

 

 教室の後ろでいつものように授業を見学する。相変わらず大空兄には睨まれ大空弟には無視されだが、時々箒と、そして朝にも会った転校生と目が合った。

 

「……」

 

 僅かに見開かれ、けれども静かに逸らされる目。授業に耳を傾けているうちに、チャイムが鳴った。

 

 

 

 校舎の裏手を一人で歩いていた。昼休みの今、生徒たちは学食に行ったりとでこの辺りにはいない。普段から人が少ないのでなおのことだった。

 歩きながら、少し背後を意識する。たしかに気配を殺せてはいるが、緊張しているのか少し乱れている気がした。

 

「(どうしたものか)」

 

 校舎の角を曲がり立ち止まる。数秒、微かに地面を蹴る音が聞こえ、角からひょこりとこちらを覗く顔。

 

「っ」

「待て」

 

 逃げ出そうとするそれを捕まえる。

 

「用があるなら、声をかければいいだろう」

「べ、別に用事など」

「ないのか?」

「……」

 

 捕まえたそれを放しても、今度は逃げようとしなかった。

 用事があるのかと思ったがそうでは無いらしい。ではコイツは何がしたかったのか。

 

「……お願いが、あります」

「なんだ?」

「私に、ISを教えてはいただけませんか」

 

 ……さて、本当にどうしたものか。

 

「理由を聞かせろ。全てはそれからだ、ボーデヴィッヒ」

 

 今朝も会った銀色の髪の転校生は、ひどく緊張した面持ちで私を見上げていた。

 

「……千冬様は、私がドイツの軍人であることをご存知でしょうか」

「ああ……と、ちょっと待て」

「はい?」

「様はいらん。あと、話し方ももう少しくだけていい」

「で、ですが!」

「いいからそうしろ。で?」

 

 自分で折っておいて、続きを促す。全く、どいつもこいつも何故、千冬様千冬様と……私はそんな風に呼ばれるような事をした覚えなど無いぞ。

 それだけ世間での束の影響が強い、ということか。分かっていたつもりだが、こうも自分にその影響がかかると変な気分になるな。

 

「遺伝子強化試験体……というのは?」

「知っている。試験管ベイビーだと聞いたが」

「はい。私はそれでした」

 

 ……遺伝子強化試験体、アドヴァンスド。人工的に生まれ、戦闘兵器としての存在意義を与えられるもの。

 

「(一夏と同じくらいで、か)」

 

 もしかすれば一夏より幼いのかもしれない。遺伝子強化試験体は、場合によっては外部から身体の成長を促すと聞いたことがある。

 

「最初は、私は戦闘において優秀な成績を誇る成功体でした。格闘術も射撃の腕も、常に上位に入るような」

「そうか」

「ですが……ISが世間に発表されてからは、違いました」

 

 暗い光がボーデヴィッヒの瞳に宿る。恨んで憎んで絶望して、その瞳はどことなく―――大空兄弟のものに似ている気もした。

 

「これまでの戦闘技術が通じないISは、すぐさまドイツ軍にも投入されました。その際に、私はISへの適合を高めるためのナノマシン移植手術を行われた結果、適合に失敗しました」

 

 理論上は失敗が無いとされていた技術だったと言う。ならばそれだけに、彼女にとってショックは大きなものだったろう。

 ボーデヴィッヒは自身の左目に装着している眼帯を指差した。それが結果だと言う。

 

「越界の瞳<ヴォーダン・オージェ>は、ISのハイパーセンサーを模した疑似的なハイパーセンサーを発動させます。適合に成功すればそれは大きな力を発揮しますが、失敗すれば枷でしかありません」

「……見えないのか?」

「いえ、見え過ぎるんです。見え過ぎて、脳の処理が追いつきません」

 

 ISに搭載されたハイパーセンサーは、それが得る情報も最適に処理され、操縦者に伝えられる。もちろん情報が増えれば操縦者に伝わる情報も増えるが、補助が無ければそもそも情報を処理すること自体がままならない。

 越界の瞳とやらもおそらくナノマシンによって最適に情報を処理されるのだろうが、失敗したボーデヴィッヒの場合、その情報が最適に処理されず、彼女の脳がパンクしてしまうらしい。

 

「適合に失敗した私の成績は平均すら下回るほどに落ちました。ISが出回ってからの私は、成功体ではなく失敗作とされ、落ちこぼれの烙印を押されました」

 

 その瞳は静かに私を見つめている。

 

「……落ちこぼれの私を、隊長は拾ってくれました。部隊においても私は足手纏いでしかないのに」

「いい隊長じゃないか」

「はい。だから私は、隊長の為に強くなりたい……それが、ISを教えていただきたい理由です」

 

 ……嘘は無い。本心から心から思っている言葉だと分かる。

 ただ、それだけではない何かがある。何かは分からないが、そう思えるのはおそらく勘というのが正しい。

 

「理由は分かった。なあ、ボーデヴィッヒ」

「はい」

「お前はどうして、IS学園に来たんだ?」

 

 この時期に、落ちこぼれの烙印を押された少女が、どうやって学園に入れたのか。入学も難しいこの学園に転校など、更に難しい関門だというのに。

 

「ISを、教えていただきたかったからです」

「……そうか」

 

 問いかけて素直に答えてくれるなら、最初から隠しはしないか。この様子だと、問い詰めても答えはしないだろう。

 

「……私の立場は、知っているか?」

「はい。篠ノ之博士の代理人としてIS学園の視察を行っていると」

「そうだ。ならその私が、誰か一人に肩入れすることを良いと思うか?」

「……それ、は」

 

 最適な私の立場は常に中立、平等だ。どこか一つだけを優遇すれば他が不満を抱きかねないし、我も我もとなっては目も当てられない。

 今のところはどこも不干渉で成り行きを見守っているスタンスが強い。それをこちらから崩すのはよくない。よくない、が。

 

「明日の放課後、第三アリーナ……は人が多いか。とりあえずここに来い。場所はそれからだ」

「で、では!」

「慌てるな。教えてやるかは決めていない」

「……はい」

 

 喜んだ表情が一転、見るからに落胆した表情。先ほどまで瞳に宿っていた暗い光が消えたことに、少しだけ安堵した。

 

 こちらから今のバランスを崩すのはよくない、分かっている。分かっているが……あの光が、気になる。

 どんな想いをコイツは抱いているのだろう。ボーデヴィッヒが抱えるそれが分かれば、大空兄弟が言う真実とやらに近づけるかもしれない。

 だから明日、それが何なのか見極めることが私に出来るかどうか。それが知りたくて、それだけの為に私は、この少女を利用する。

 

「(……というより、束の性格に影響されてる、か?)」

 

 周りなど考えず自分の想う道を一直線に進む束の性格なら、今の私の周りがどう考えるかなど気にもしないだろう。教えたければ教えるし、教えたくなければ教えない。それだけだ。

 

「……ボーデヴィッヒ」

「なんですか?」

「お前は、大空三春と大空一夏について、何か知っているか?」

 

 ボーデヴィッヒは少し考えてから口を開いた。

 

「情報として知っているのは世間的に公になっているものが殆どです」

「そうか」

「ただ……」

 

 やはり収穫は無さそうだ、そう思ったところでボーデヴィッヒは何やら眉根を寄せ、言おうか言わぬか考えている。立ち止まり振り返って言葉を待つと、彼女は意を決したように言った。

 

「未確認の情報ですが、大空三春が専用機を持っているらしい、と」

 

 ……それは、私も知らない情報だった。

 

 

 

 翌日のこと、私はそれが何かを知ることになる。

 


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