夢、夢、私の夢。
これは。誰の夢でもない。私の見た夢、私の辿った幻の世界。現と幻は頁の裏表ほどに近くて、そして、決して一つにはならず。透かして見えた向こう側、現の景色は。けれど、どうして、緑色の――白色の。青々としたそれ、白色の壁。酷く似ている気がしたけれど、それは、やっぱり作り物で。自然のそれが跋扈する――生み出されたまま手を離れ、形を変えて膨れ上がった言葉のそれにも似た裏側とは異なって、規則正しくランダムを再現しようとした、整えられた活字のそれに似た緑で。
栄養を運ぶチューブ、移した心を伝達する管。
繋がった先の不可思議な機械、胸に備えた奇妙な瞳。
現の体。幻の体。
覗き込んだのは、決してありのままを移す鏡なんてものじゃなくて。現実のそれをそのまま描いた景色じゃなくて。
夢、夢。幻の世界。描き出された虚像の世……でも。
目覚めた私は。今までに見た長い夢が。嘘でないことを理解していて。
長い間眠り続けていたからか。随分と重く感じる体。ぼんやりとした頭。起こした体、見つめた腕は。夢の中のそれではない、現実の姿、私の体。
終わってしまったのだと。それを、嫌でも理解する。こいしと出会った世界は、遠く。あの時顔を背けた世界は、今、私の目の前にあって。
こいしは、どうしただろうか。さとりの元に帰っただろうか。いや。きっと、帰っているだろう。こいしの想いは知っている。だから、きっと。彼女達は、今頃。
息を吐く。心はもう、読めない気がした。夢の世界は終わり、私は、また。此方側で、一人きり。こいしの姿は……繋いだ心、温もりは。未だに、私の胸の中にあって。それでも。
自棄に。誰もいない病室が、自棄に、寒く、寒く感じて。
そんな、病室に。ノックの音が響き、転がる。
私の返答を待たずに。ゆっくりと開いた扉と、奥、目覚めた私を見て驚く看護師と、その後ろ。続く少女、少女の姿。
それは。
「おはよう。そして、久しぶり……こいしに、あなたのことを教えてもらって、お見舞いに来たの。こんなに近くにいたなんて。私もすぐ、近くの部屋に居たのに」
金色の髪。紫の瞳。それは、そう。旧都で出会った、彼女の姿が其処にあって。
言葉が紡げない。夢の中で出会った彼女。あの時には思い出せなかった、浮かび上がる記憶、そうだ、彼女は。同じ、同じ学校の――
彼女が歩み寄る。静かな病室に響く足音。揺れる金の髪。そして。
「今度は。私の手、取ってくれるわよね」
そして、また。彼女は。あの時と同じように、私の手を取ろうと。夢の中とは随分違う、私の、この手を取ろうと伸ばし。
心は。やっぱり、読めなかった。胸の奥に抱いた思いを、読み取ることは出来なかった。あんなにも疎んだ力なのに、なくなってみると、恐怖さえあって。
けれど。
「――、――」
声は。掠れて、出なかった。それでも、寝台から降りて。よろめきながらも、歩を進める。
知りたいと思った。こいしたちに出会って。沢山のひとに出会って。人の心を知りたいと。通わせ合いたいと。一度、拒み。それでも再び、手を伸ばしてくれた。彼女のその手を取りたいと。そう、思った、思ったから。
例え、いつか。痛みを感じたとしても。それでもいいと。いいのだと。
手を。笑みと共に伸ばされた手に、手を伸ばす。もう、振り払うなんてことは、せず。強く。決して、離さないように。
その手を、固く。固く、握った。
これにて完結となります。
一話一話が短く、けれど、書く度に私自身が色々なことを考えさせられる、そんなお話になりました。
安堵したり、沈んだりと。最後まで静かな雰囲気のまま、穏やかな完結を迎えることが出来……ここまで読んでくださった方には、感謝するばかりです。
では。読了、ありがとうございました。