夢見る小石   作:地衣 卑人

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十六 夢から覚める。夜に見た夢を心の傍らに置いて、此処からまた歩いていく。

 

 

 

 夢、夢、私の夢。

 これは。誰の夢でもない。私の見た夢、私の辿った幻の世界。現と幻は頁の裏表ほどに近くて、そして、決して一つにはならず。透かして見えた向こう側、現の景色は。けれど、どうして、緑色の――白色の。青々としたそれ、白色の壁。酷く似ている気がしたけれど、それは、やっぱり作り物で。自然のそれが跋扈する――生み出されたまま手を離れ、形を変えて膨れ上がった言葉のそれにも似た裏側とは異なって、規則正しくランダムを再現しようとした、整えられた活字のそれに似た緑で。

 

 栄養を運ぶチューブ、移した心を伝達する管。

 繋がった先の不可思議な機械、胸に備えた奇妙な瞳。

 

 現の体。幻の体。

 

 覗き込んだのは、決してありのままを移す鏡なんてものじゃなくて。現実のそれをそのまま描いた景色じゃなくて。

 

 夢、夢。幻の世界。描き出された虚像の世……でも。

 

 

 

 目覚めた私は。今までに見た長い夢が。嘘でないことを理解していて。

 

 

 

 長い間眠り続けていたからか。随分と重く感じる体。ぼんやりとした頭。起こした体、見つめた腕は。夢の中のそれではない、現実の姿、私の体。

 

 終わってしまったのだと。それを、嫌でも理解する。こいしと出会った世界は、遠く。あの時顔を背けた世界は、今、私の目の前にあって。

 

 

 こいしは、どうしただろうか。さとりの元に帰っただろうか。いや。きっと、帰っているだろう。こいしの想いは知っている。だから、きっと。彼女達は、今頃。

 

 

 息を吐く。心はもう、読めない気がした。夢の世界は終わり、私は、また。此方側で、一人きり。こいしの姿は……繋いだ心、温もりは。未だに、私の胸の中にあって。それでも。

 

 自棄に。誰もいない病室が、自棄に、寒く、寒く感じて。

 

 

 

 

 そんな、病室に。ノックの音が響き、転がる。

 

 

 

 

 私の返答を待たずに。ゆっくりと開いた扉と、奥、目覚めた私を見て驚く看護師と、その後ろ。続く少女、少女の姿。

 

 それは。

 

 

「おはよう。そして、久しぶり……こいしに、あなたのことを教えてもらって、お見舞いに来たの。こんなに近くにいたなんて。私もすぐ、近くの部屋に居たのに」

 

 

 金色の髪。紫の瞳。それは、そう。旧都で出会った、彼女の姿が其処にあって。

 

 言葉が紡げない。夢の中で出会った彼女。あの時には思い出せなかった、浮かび上がる記憶、そうだ、彼女は。同じ、同じ学校の――

 

 彼女が歩み寄る。静かな病室に響く足音。揺れる金の髪。そして。

 

「今度は。私の手、取ってくれるわよね」

 

 そして、また。彼女は。あの時と同じように、私の手を取ろうと。夢の中とは随分違う、私の、この手を取ろうと伸ばし。

 

 

 心は。やっぱり、読めなかった。胸の奥に抱いた思いを、読み取ることは出来なかった。あんなにも疎んだ力なのに、なくなってみると、恐怖さえあって。

 

 

 けれど。

 

 

「――、――」

 

 

 声は。掠れて、出なかった。それでも、寝台から降りて。よろめきながらも、歩を進める。

 

 

 知りたいと思った。こいしたちに出会って。沢山のひとに出会って。人の心を知りたいと。通わせ合いたいと。一度、拒み。それでも再び、手を伸ばしてくれた。彼女のその手を取りたいと。そう、思った、思ったから。

 

 

 例え、いつか。痛みを感じたとしても。それでもいいと。いいのだと。

 

 

 手を。笑みと共に伸ばされた手に、手を伸ばす。もう、振り払うなんてことは、せず。強く。決して、離さないように。

 

 

 

 その手を、固く。固く、握った。

 

 

 

 





 これにて完結となります。
 一話一話が短く、けれど、書く度に私自身が色々なことを考えさせられる、そんなお話になりました。

 安堵したり、沈んだりと。最後まで静かな雰囲気のまま、穏やかな完結を迎えることが出来……ここまで読んでくださった方には、感謝するばかりです。

 では。読了、ありがとうございました。

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