夢見る小石   作:地衣 卑人

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十一 連なる夢を想起する夢。目覚める寸前、瞬きの間に駆け巡り切り替わる無数の夢。覚めていくのが嫌でも分かって。

 地上への道を一人で進む。重く塞いで浮遊した心、地から離れた足は、空を蹴って重さを忘れ。一人、一人で地上へと進む。

 

 彼女と出会い心を繋ぎ。隠すべきそれ、吐き出したいそれ。恥じるべきそれ、捨てるべきそれ。べき、べき、と、心、思い、圧し折るように押し付けられた……いつ受け取ったのかも知れず。知れないそれを否応無しに引き剥がし、互い、互いに映し合って。

 何か、一つ。全てではなく。それでも、重い一枷を。剥がされ、捨てて貰ったように。軽くなった胸。渦を巻いて、あれだけ、私を振り回したそれは、何処か。何処に消えたのか、と。きっと、また、姿を見せるのだと理解しつつも、こんなにも。胸の奥、風が通り抜けるように。漱がれたような心地で居て。

 

 体の痛みは増し、関節は軋み。彼女の言うとおり、このまま此処に居たならば、壊れて終わり。自分でも理解できるほどに、体への違和感は強まるばかりで。しかし。

 あの時此方を選んだことに。後悔は湧かなかった。彼女と、そして。現実で。何時か出会った彼女にも。こんなにも遠く、深くまで落ちて。会うことが出来た、言葉を交せた。私の中の、酷く汚いそれを吐き出し押し付けただけ。隠し通してきたそれを、包み隠さず晒しただけ。それは分かっているけれど、けれど。

 それでも。初めて、初めて。有りのまま。知らぬ内に求めてきた。偽ること無く、隠すことなく。他の誰でもない、私として――

 

「っ、――、―――」

 

 光が見えて。思わず零した、零し切れなかった言葉、咳き込み。押し当てた手に息と共に当たる欠片は手のひらの上、見えたばかりの光に翳せば、それは小さな螺子、歯車で。一体私の体の何処に、無機質なそれ、薄く紫掛かった、半透明な機械の部品、備えられていたのかと。考えてみれば、この体、肉と骨で出来ているでも無いのだから、崩れて零れる欠片もまた、笑ってしまうほどにああ、作り物めいたそれであって。

 

 認められた喜びで、浮かぶ不安を塗り潰す。このままこの地に居たならば。私は消えてなくなるだろうと。不安を恐怖を。手にした安堵で押し潰す。

 

 今はまだ。動くのに支障が出るほどに、崩れ落ちることはないだろうと。何となく、何となくでしかない感覚。その内に、体、目に見えるほどに大きく壊れ、崩れていくのは分かっていながら。不安も恐怖も先送り。その時が来るのはまだ先と、浮かび始めた恐れを、意識の下に押し込んだ。

 

 この分なら。爪先、指先、心臓と。崩れて捨てるそのときまで。架空の物語(フィクション)のように綺麗なままで、と。手のひらの中で溶け始め、色も残さず消えていく私の欠片を宙へと落とし。

 消える恐怖を掻き消して。無くなる恐怖を放って忘れて。まだ。崩れて消えるその前に。一つ、約束したこと。一つ、心残りなこと。果たして崩れ落ちたいと。

 

 第三の目を見開き見詰める。二つの眼を閉じ耳を澄ます。見えるのは、夢に沈む人。聞こえるのは、夢を揺らす音。人魚の歌、死んだように静まり返った水面を揺らす声。眠る少女の吐息、幾多の記憶と共に眠る、少女の眠る姿が浮かぶ。

 魔女達の談笑、不死鳥の羽音。吸血鬼の笑い声は、また、地下深くから響くそれと重なって。さ迷い歩いた幻想郷の、人間、妖怪、様々な夢。聞こえる限りの音を拾って、見える限りの夢を透かして。何処にいるかも知れない彼女、伝える言葉、預かる言葉。彼女の言葉を彼女へと送る、その為に。

 探し、探して。けれど、何処か。彼女は見えず。もしかすると、あの時。私の元へと来た時のように。境を超えているのかと。彼女に会わなければならない。消えるまでの幾らかの時間、彼女を探し、見つけることで埋めようと。

 

 彼女の姿を探しながら。求めながら。私は。

 月明かり。彼女を模した作り物の髪、照らして透かす明るい空へと。薄明かりの空へと。

 

 この身を、溶かした。

 

 

 


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