MH tie cycles   作:アローヘッド

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遅れたスタート

 コンドラートの惨劇から、数日。

 辺りには、数メートル先の景色すら遮断するほど濃く群生している木々。葉という葉の間からわずかに差し込む木漏れ日が、赤茶けた地面をまばらに照らしている。

 その地面に栗色の長髪の少女、エステルが膝を抱えて座り込んでいた。

 傍らには、遠距離攻撃と機動性を重視したハンターの武器、ライトボウガンが横たわっている。黒光りする銃口。その根元から、どのモンスターから剥ぎ取った素材だろうか、眩い白の甲殻が銃身を固めている。

 揃えられた両足の前には薄い布が敷かれており、串を刺された焼き魚が四匹横たわっている。エステルはそれに手をつけることもなく、ただ自分が履いている皮製のブーツのつま先に目を落としたまま、しんと静まり返っていた。自分が雇っているアイルーとの間で今から起こるだろうことを受け入れてはいても、あまり気分の晴れるものではなかった。

 がさり、と彼女の視界の片隅に映る藪が葉が擦れあう音。中から姿を出したのは、白い体毛に覆われた、人間の膝ほどまでしかない身長のアイルー、ロロ。

 ロロはぺこりとエステルに頭を下げると、口を開いた。

 

「大丈夫みたいニャ、辺りにモンスターは見えなかったニャ……って、まだ食べてないのかニャ?」

「どうも食欲がね」

 

 少しため息混じりに言うと、エステルは串を一つ手に取り、ロロへ身を乗り出して手渡す。ロロは心配そうにエステルを見ていたが、やがてそれを受け取って、ぺたんと座り込んでかじりだした。

 小さな咀嚼音だけが、一人と一匹の間に横たわる。ロロが半分ほど食べ終えた時、エステルは言った。

 

「体、どこも痛まない? 違和感も無い?」

 

 すると、ロロは少し目を険しく細めた。

 

「もう、何回目ニャ? 大丈夫だからこうやって食事ができてるはずニャ」

 

 深い青色の髪の少年、ジョウイいわく、ロロは大型モンスターから攻撃を受けてしまったらしい。だが、医療にそれなりに通じているエステルが実際に診てみても外傷はどこにも見当たらなかった。目を覚ましたロロは、モンスターの攻撃は外れて床に当たった、その時とんでもない衝撃がきて気絶しただけという。

 何日か経っても特に異常はないのだから、それを信じていいのだろう、エステルはこれ以上聞くのはやめにし、

 

「そっか」

 

 とだけ返した。

 そして、エステルは『よかった』とも『安心した』とも言う気はなかった。ロロが危険な目に遭った原因は自分自身だと、彼女は思っているから。

 代わりに、彼女は言った。

 

「もう、いいのよ」

「はいニャ?」

「私を見限っても」

 

 ぴたり、と咀嚼する音が止まった。だが、ロロは再び口を動かす。飲み込むと、平静ながらもどこか動揺を孕んだ声で言った。

 

「なんでニャ?」

「分かってるでしょ? 私が彼にああするつもりだったのを隠して、君に彼をコンドラートに呼ぶよう頼んだ。全部教えたら、君は彼を連れてきてくれないって思ってたから。私は君をだましたのよ」

 

 ロロはただ、魚をかじり続ける。

 

「その結果、君は彼に武器を渡すためにコンドラートに戻って、命を落としかけた。今生きてることが奇跡なくらいよ。どれもこれも私が引き起こしたこと。君に見捨てられても文句なんて言えない。気を遣って付き添っても、君が損するだけだよ」

 

 ロロは何も答えなかった。咀嚼音がはっきり聞こえるほど重たい静けさが続いていく。

 やがて食べ終えると、ロロはエステルを見上げ、

 

「うん、損した気分になったニャ」

 

 と言った。

 

「エステルさんが、何もボクに教えてくれなくて」

 

 目を瞬かせるエステル。ロロは続ける。

 

「エステルさんは、目的を全部ボクに教えてくれたはずニャ。その目的は聞いてるだけですごくつらくなって、ボクは何度もエステルさんを止めようとして何度も何度もけんかになったニャ。でも、その時間があったから、今はこの雇い主さんはボクを信頼してくれてるって思ってたニャ」

「………」

「なんで言ってくれなかったんだニャ? ボク、言ったニャ。大して力はないかもしれないけど、最後の時まで味方するって」

 

 エステルは目線を下へ反らした。すると、ロロが歩み寄り、エステルの目線に入る。

 

「ボク、エステルさんの雇われアイルーニャ」

 

 何か温かいものが喉にこみ上げ、エステルはそれを飲み下した。どこかかすれた声で、

 

「ありがと」

 

 とだけ返す。

 うん、とロロは満足げな声で頷いた。

 

「喉かわいたニャ。そこの川でちょっと飲んでくるニャ」

「分かった」

 

 ロロがきびすを返して歩き出す。足音が遠ざかり、小さくなるのを確認すると、エステルは顔を上げた。

 そして気づいた。

 魚が、ない。ロロが近寄ってくる前は三匹だった魚。離れた後は二匹になった魚。

 分かった瞬間、エステルは勢いよく立ち上がって走り出した。目線の向こうで、全速力で草木の間を走りぬけるロロの後ろ姿に声をあげる。

 

「おいこら、ちょっと待てい! 勝手にとるな!」

「三匹は食べすぎニャ! 雇われアイルーとしてしっかり健康管理してあげないとニャ!」

「私がいつ全部食べるなんて言った!? 分かったらその手に持ってるものを渡せ!」

「うるさい! これはもともとボクのものニャ!」

「お前っ……!」

 

 

 

『もうじき戦いが始まる。多分、この国の歴史上最大になる、人間とモンスターの争いが』

『もうあそこは君の帰る場所じゃない。信じるか信じないかは君の自由だけどね』

 

 彼女の言葉を信じて心の準備をしていた方が、僕は現実に直面した時少しは楽になれたのかもしれない。

 崩壊していた。何もかもが。

 月と太陽をコンパス代わりにギルドへ歩き続けた道中で見かけた村は、一つ残らず壊滅。惨状をひとつひとつ目にするたびに、激痛にも感じられるほど大きな不安が僕の体をきつく締め付けていった。

 それでもようやくギルドの入り口の門が見えてきた時は、安心感に体中がすっと軽くなったものだった。結局、つかの間のものでしかなかったが。

 門を跨いだところで足が止まった。目の前に延びている道のあちこちに、赤黒い血痕がついている。

 それを見た僕は、早足に先へと進んだ。

 広場に出て、目にした光景は――辺り全体を埋め尽くすほどの血と、その上に横たわったままぴくりとも動かない大勢の人たち。僕の頭が状況を理解するまでどれほどかかっただろうか。ギルドの先輩達が、少なくとも九割以上は殺されてしまったという事実に。

 のろのろと、僕の重たい足が動き出す。向かう先には、血染められた酒場のドアが構えられていた。ドアの前につき、覚束ない手でゆっくりと押し開ける。

 見渡すと、テーブルやジョッキがあちこちに無残に四散しており、とても飲食のできる場所ではなかった。カウンターの向こうにある棚も粉々に砕かれ、中にしまわれているだろう酒瓶から飲料の飛び散った跡がついている。

 カラン、と氷と氷がぶつかったような高い音が聞こえ、僕はその方を向いた。

 様々な破片の飛び散った空間の中、たった一つだけ円状のテーブルが立っていた。上にはビールらしきベージュ色の飲料と、氷が二つ入ったジョッキが置いてある。

 そのすぐ隣で、赤みがかったピンク色の短髪の女性、クラナさんが木製の椅子に座って足を組み、ぴくりともせず俯いていた。その姿を見た瞬間、僕の足はすがりつくようにその人の元へと歩いていた。

 クラナさんの傍らに立ち、僕はかすれた声で名前を呼んだ。

 クラナさんがゆっくりと僕を見上げる。目が合って数秒、クラナさんは大きく目を見開いて、次の瞬間僕は息もできないほどきつく抱きしめられた。

 

 

 

「……みんな、死んだよ。外出中のあんたを除いた、全員」

 

 コンドラートでの顛末を全て話すと、次はクラナさんがそう切り出した。

 僕たちはジョッキの乗ったテーブルで隣り合わせに座りながら、情報交換をしていた。正直、もはや酒場とは言えない荒れ果てたこんな場所では話がしにくいものがあるが、だからといってあの広場を横切りたいとは思わない。それはこの人の方が痛烈に感じていることだろう。

 

「真夜中に大型モンスターが二体、このギルドに乗り込んで大暴れさ。最初は一体だけだった。夜勤のハンターの一人に寝てる奴らを起こすよう頼んで指示をとっていたが、その後すぐに宿泊施設から轟音が上がった。もう一体が来たんだ。そもそも、奴らは強すぎた。救援のこない夜勤のハンター達は少しずつやられて、寝てたハンター達をすぐにやったモンスターも合流して……」

「それで、先輩たちみんな……」

「ああ。すぐだったよ。あたしは何してたと思う。全滅しかかってた頃、死に掛けのハンターに酒場の地下室に隠れさせられて、モンスターが去るまでそのまま閉じこもってたさ」

 

 クラナさんが、こちらに深々と頭を下げた。

 

「すまない。言い訳するつもりはなかった。イレギュラーがイレギュラーとはいえ、こんな有様はひどすぎる。あたしがもっとしっかりしていれば――」

「ギルドにモンスターが乗り込んでくること自体今までに無いことなんです。それに、そこまで強いモンスターは規格外ですよ。いきなり襲われてうまく対応しろという方が無理です。誰がギルドマスターでも結果は同じだったと思いますし、それがたまたまクラナさんだったってだけです」

 

 クラナさんがこちらを見上げ、僕は続ける。

 

「それで、モンスターが去った後はまさか……」

「ああ。ここにずっと座って飲んだくれてた。今まで何日経ったかも分かってない」

「……食事は?」

「最低限のものだけ。藁にもすがる思いであんただけでも生きて戻ってくるのを待ってたよ。正直、今日になって少し諦めかけてた。本当によく戻ってきてくれたな」

 

 上司からの感謝の言葉に嬉しさを感じられる余裕も無く、僕はうなずきだけを返して、状況の整理を優先した。

 

「その大型モンスターっていうのは?」

「ジンオウガ。この辺りには生息していないはずのモンスターだよ。それは、ラージャンも同じことだけどね」

 

 もはや、ここ数日は不可解なことしか起きていなかった。

 壊滅した村々。ここには生息していないはずの大型モンスター。それに命を奪われた数え切れない大勢の人達。

 ……エステル。

 僕はがくりとうなだれ、弱々しいため息をついた。

 

「もう、逃げていいですか」

「逃げ場なんてない。今はできるだけ安全を確保するしかない」

 

 クラナさんは立ち上がり、カウンターへと歩き出す。羊皮紙を一枚取り出すと再びテーブルに戻り、こちらに差しだした。

 

「中央ギルドからの避難命令だ。好きなだけ食料を持っていくといい。ここで一日休んだら、行ってくれ」

 

 羊皮紙を受け取り、眺めてみると、中央ギルドへの道のりが記されている。確かにここなら、少なくともこのギルドよりは安全だろう。だが、このギルドを束ねていたこの人はどうするというのだろう。

 

「オレは今すぐにでも行けます。それよりもクラナさんは?」

「もう少しここにいる。あんたが生き残ってたってだけで大分楽になれたけど、まだ動くのは無理だ。このままじゃ中央ギルドまでの道中あんたの足を引っ張ることになる」

「構いませんよ。それもハンターの仕事のはずです」

「まだジンオウガにやられた奴らの埋葬が終わってないんだ。立ち直るまでの間、それを済ませておくよ」

「いつまたここにモンスターが来るか分かったものじゃないです。先輩達もクラナさんが早くここを出ることを望んでますよ。行きましょう」

「それに」

 

 クラナさんは語気を強めた。

 

「この地域の生き残りの人達全員が中央ギルドに行くだろう。……エステルもそこに来ることだって十分にありえる」

 

 重たい沈黙が、数秒続いた。

 

「その子が……またあんたを殺しにかかってくることだって考えられる。それを防ぐために手回ししておかないとな」

 

 あの人が、また僕を殺しにかかる。頭の中でそれを必死に否定しようとしている自分がいた。だが、そうしたところで、あの人が僕を嵌め、ラージャンに殺させようとしたことは変わらないのだ。

 結局、僕は何もいえないまま、クラナさんの言葉を聞くだけだった。

 

「あたしのことなら心配するな。逃げる術ならある程度かじってるよ。それよりもあんたの方が問題が山積みなんだ。命令だ、行け」

 

 僕は頷き、立ち上がって、出口へと体を向けた。歩き、ドアを開けたところで、後ろから「気をつけてな」と声が上がった。

 

 

 

 新調した荷物袋を担ぎ、何日も歩いている間運よく一度もモンスターに遭わず中央ギルドに着くと、そこは案の定の有様だった。

 僕が所属していた、もはや壊滅してしまったギルドに比べ、広場が数倍もの面積を誇っていた。元いたギルドは入り口を跨げば、向かいに酒場の入り口がはっきり見えたものだ。対してこのギルドは、正面にそびえている建物がひどく遠く、小さく見えて、入り口がどこか酒場なのかすら分からない。

 それほどまでに広い場所に、ところ狭しと大勢の人達が薄汚れたシートを並べ、寝転がっていたり俯いて座り込んでいたりだった。どこからも会話は聞こえてこず、その様子からまるで全員から気力が吸い尽くされてしまったようで、陰鬱さがこちらにまで入り込んでくるようだ。どんよりとした曇り空と、どこかから聞こえるすすり泣きが、閑散とした静けさに花を添えている。

 瘴気にあてられたのか、僕は少しその場に立ち尽くしてしまったが、すぐに向かいの建物へと歩き出した。このギルドのどこかにいるマスターに来た報告だけでもしなければ。広場の人達にたずねようかとも考えたが、しゃべる気力さえ削がれている印象なだけにそうするのは気が引けた。

 と、歩き出してすぐ、傍らで座っていた中年男性がこちらを向いた。

 

「あんた、新しく来た人?」

 

 苛立ちの混じった素っ気無い声に、僕は答える。

 

「ええ」

「職業は? 何かここに役立つものある?」

「ハンターを少し」

「強いの?」

 

 正直、自分ではよく分からない。無難に

 

「いえ、経験が浅いもので」

 

 と答えると、

 

「だったら……」

 

 中年男性がため息混じりにそう言うと、突然がばりと立ち上がった。

 

「もう、どっか行ってくれよっ!!」

 

 野太い怒声が、広場全体に響き渡る。だが、一人としてこちらを向く人はいなかった。ここでは怒鳴り声がごく普通の日常で、もはや飽き飽きしてしまったのだろうか。

 

「もう沢山なんだよ俺たちは! 村の奴らほとんどモンスターに食われて! 俺たちだけ命からがら逃げ延びて! 一息つけると思ったらこんなひでえ場所ですっくない食事だけ与えられて! ただでさえぎりぎりなのにまた何もできねえ食いぶちが増えるってのかよ!」

 

 この人の不安を軽く扱うつもりなどない。泣き叫びたいのはこちらも同じだ。けど、そうしたところで事態は好転しないし、むしろ悪化させるだけ。僕は中年男性から目を離し、再び歩き出す。

 だが、中年男性は僕の後ろを追いすがってきた。

 

「待てよ、俺の言ったことが聞こえなかったのかよ! 出てけよ! でないと――」

「やめなさい!」

 

 女性らしき高い声が制止に入る。振り向くと、男性と同じくらいの年齢に見える中年らしき女性が、男性を抱きとめていた。男性は『俺たち』と言っていたが、この女性のことだろうか。

 女性はこちらへぺこぺこと頭を下げた。

 

「ごめんなさい。気にしないで、早く行ってちょうだい」

「いえ……それより、ギルドマスターと話がしたいんですけど、どこにいるか知りませんか」

「それが……」

 

 こちらを睨む男性を抑えながら、女性は答えにくそうに目をそらした。

 

「見当たらないの。それに、ハンター達も。やられたんじゃないかと思ってみんなで探し回ったけど、それらしいのは一つもなかったわ」

 

 その答えに、僕は軽いめまいを覚えた。

 

「逃げた……? 避難命令を出しただけで、後は丸投げ?」

「そう、でしょうね」

 

 なんてギルドだ、と一瞬怒りさえ覚えたが、すぐにそれは冷めていった。こんなにも大勢の人が避難しにきた時点で、少なくとも大部分の村は壊滅している。辺りに無数の、しかも危険なモンスターが徘徊していることなど考えるまでも無い。逃げ場などないのだ、逃げていった人達は今頃……。

 途切れた会話を、女性が繋げる。

 

「気を落とさないで、ね? ちゃんと食事は出るから。ここまでお疲れ様。今日はもう休みましょう」

 

 僕は頭を下げると、二人から背を向けて歩き出す。物言わぬ人達の間を縫うように進むと、手ごろな広さの間隔の地面が目に入った。荷物袋からシートを取り出し、そこに敷くと、どさりと座り込む。周りの人達はこちらには目もくれず、ただ薄い布団に身を包んで寝転がっているだけだった。

 何もやることがなく、上を見上げると、分厚い曇り空が視界に広がった。このまま追い討ちのように雨でも降ったりしたら、僕は泣き出さずにいられるだろうか。

 誰にも聞こえないよう、小声でぽつりと呟く。

 

「これから、どうなるんだろう」

 

 答えが返ってくることは、なかった。

 

 

 

 いや、最初から答えは決まっていたのかもしれない。

 諦観にも似たその結論が僕の中にすとんと落ちたのは、難民達と一緒にギルドの傍らの小川で、衣類を洗い終えた直後だった。

 陰気の立ち込める森林の中、黙々と昨日着ていただろう服をせせらぎの中に入れている人達の中に混じって、僕も同じ作業をしていた。汗臭さの残った上着を、水の中に浸し、手でごしごしとこすっていく。衣服を洗濯する道具さえここには残っておらず、こんな古典的な方法で汚れをとっていくしかなかった。

 これではにおいを落としきるのにずいぶん時間がかかるだろう、適当にゆすいで立ち上がる。後ろに並んでいた人に座り場所を譲ろうと後ろを向いた、その時。

 

「なんだ、あれ……?」

 

 後ろの人が、僕の右後ろの方を見ながらそう言った。

 僕も振り向き、小川の向こうにある茂みへ目を向ける。周りの人達も釣られて同じ方向を向いていた。

 『それ』を見つけ、体中が驚愕に硬直した。

 茂みを成している葉と葉の隙間から、切れ長の瞳がこちらを向いている。目が合って数秒、その瞳は小さな隙間から茂みの中へと消えて、次いで短い間隔で足音があがった。こちらから離れているのだろう、次第に足音が小さくなっていく。

 きりきりとした不安が心臓をきつく締め上げた。あの切れ長の目は狩場で何度も目にしたことがある。ランポスやギアノスといった鳥竜種の小型モンスターのそれだ。僕達から離れたのは言うまでもない、獲物が見つかったことを仲間達に知らせにいったのだ。

 周りの人達が不安げな表情で顔を見合わせる中、僕は声をあげた。

 

「小型モンスターの群れが来ます! 戻って!」

 

 走り出しながら、僕は薄々と感じ取っていた。これからどうなるんだろうという問いへの答え。それは、モンスターに捕食されるまで、終わりの無い戦いに身を投じさせるしかないのではないかと。

 

 

 

 一斉に大勢で広場に走り戻り、あちこちから聞こえる荒い息が収まり始めたと思った途端、動揺に満ちた騒ぎがあがった。すぐ近くにいるモンスターにどう対処するか、方針に決めあぐねているのだろう。

 

「お前らがのんきに外に出たりなんかするから!」

「どのみちモンスターはすぐそこまで来てたんだ! いきなりギルドに乗り込まれるよかマシだろ!」

 

 あちこちから言い合いが始まった瞬間。

 突然、頭に響くほど大きい怒号が背後からあがった。喧騒が収まり、大勢がそのほうを向く。僕も後ろを向き、目を丸くした。

 見覚えのある男性が、頭を抱えてうずくまっている。見るからに低い身長に、ぎらぎらとした銀髪。コンドラートで僕にあるはずのない罪を作って、牢屋に入れてくれた男だ。

 

「俺が何したってんだよ!! コンドラートに黒い化け物が来て何もかもめちゃくちゃにして!! かくまってもらおうと思ってこのギルドに来てもハンターなんて人っ子ひとりいねえ!! 俺が何したってんだよ、なんでこうならなきゃいけないんだよお!!」

 

 がばりと首をあげる。

 

「なあ、教えてくれよ!! なん……で」

 

 僕と目が合うと、男性は呆けた顔になった。

 

「お前……なんで……?」

 

 だが、僕はその顔には気味の悪い嫌悪感しか抱けない。目をそらし、離れようと歩き出す。と、すぐに肩を掴まれた。

 

「お前、ハンターだったな!?」

 

 大勢の目が一斉にこちらを向いた。周りの視線から感じるかすかな期待に、僕は危機感を覚え、男性の方を振り向き言い返そうとする。だが、口を開く前にまくしたてられた。

 

「戦え! ハンターの仕事だろ!」

「オレは別に大して――」

「なあ、そう思うだろみんな!?」

 

 男性が周囲をぐるりと見回しながらそう声をあげた。人任せもいいところなその意見に、しかし反論してくれる人はおらず、静けさと期待の視線しか返ってこなかった。

 

「よし、行けっ!」

 

 男性が僕の腕を掴んで引っ張り、広場の入り口へと突き放した。

 理不尽な押し付けだが、それに大衆が味方しているのだ、大した話術も持ってない僕に反論しきることは難しいだろう。そうしている間に、どんどんモンスターがここへと迫ってきてしまう。

 すんなり諦められるのは、コンドラートで殺しあった、小型モンスターが可愛く見えるほど強大なモンスターに打ち勝てたからだろうか。今思い出してみても勝ったという実感が沸かないが。

 僕は、自分の敷いたシートへと歩き出す。

 

「行けってんだよ!!」

「装備も無しに?」

 

 それだけ言い返し、シートに着くと、荷物袋を肩に担いで入り口へ歩き出した。

 なんて情けない人達だ、と一瞬心の中で思った。

 だが、改めて考える。これが普通なのかもしれないと。

 誰だって死ぬのは怖い。モンスターとすすんで戦いたがる人などそうそういないだろう。死への恐怖を目の前にしている人達に、優しさを求める方が間違っているのだ。

 僕は入り口を跨ぎ、ギルドの外へと向かった。これから向かってくるだろう小型モンスターの群れを撃退するために。


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