MH tie cycles   作:アローヘッド

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再会という名の初会 一

「あの、聞いてもいいかニャ?」

 

 ふと切り出してきたロロに、僕は目を向けた。 

 僕らが腰を落ち着けている板張りの荷車。からからという車輪の音。ロロの小さな頭の向こうには、アプノトスの曇色の尾。

 延々と続く林道の中、竜車に揺らされ揺らされ、今日でようやく二日目だった。

 

「どうしたんだよ、急に」

「ジョウイさんって、エステルさんのことどう思ってるのかニャ?」

 

 一瞬、言葉が詰まった。あの人に関しては周りから詮索されたくないことで、実際にクラナさん以外ギルドの誰一人にも明かしたことは無い。

 僕はロロから目をそらし、無難に「さあ。もうずいぶん会ってないから」とだけ返した。

 だが、ロロはそれで満足してくれなかったのか、じぃーっと僕に視線を貼り付けた。その真剣な眼差しに、何かが僕の心の中でぐらぐらと揺れだす。

 思えば、本当にエステルに遣わされて僕を呼びにわざわざ来たのだとしたら、ごまかすのは失礼なのかもしれない。

 身の切るような思いに険しくなっているだろう顔色を、ロロに見られないようそっぽを向き、僕は口を開いた。

 

「……分かったよ。けど、大ざっぱにしか言わないぞ。あまりべらべら話すようなことじゃないんだよ」

「構わないニャ」

「はっきり言うと、あの人と会ってなかったら、オレは今でも人間じゃなかった。無表情で何も話さない不気味な奴だったよ。この竜車に乗ってる二日間、全然会話が無くてストレスでお前の毛が少し抜けてたかもしれないな」

「い、いやなたとえ話だニャ。……ジョウイさんにとって、人生の恩人って言ってもいいのかニャ?」

「……思ってるだけさ。言える資格なんてない」

 

 自分の声から生気が薄くならないよう、つとめて淡々とした口調を意識して、言った。

 

「あの人は、オレが無力だったせいで悲惨な将来に縛り付けられることになったんだ。そんなこと、口が裂けたって言えたものじゃない」

 

 ロロは何か言いたそうに口を開きかけ、すぐに肩を落として黙り込んだ。気を遣ってくれたのか、それ以上は聞いてこなかった。

 話を切り替えるよう、僕は言った。

 

「コンドラートに着くまで、あとどれくらい?」

「多分、正午には着くニャ」

「……もう少しだな」

 

 嫌でも体のあちこちが緊張に少し固くなってしまう。理由は言うまでもないだろう。コンドラートに着いたら、まずは……。

 

「そうだ」

 

 何も考えてなかったことに気づき、僕はロロの方を向いた。

 

「オレ、街に着いたら何したらいい? お前の雇い主に会いに行けばいいのか? それとも待ち合わせ場所でも?」

「いや、まずは荷物検査を受けてもらうニャ。あ、ハンターさんの武器は危険物扱いされないから安心してニャ」

「その後は?」

「雇い主さんの所に連れていくニャ」

「……分かった。頼むよ」

 

 

 

 

 

 竜車を降り、僕とロロが都市の敷地をまたごうとした矢先。ロロの言ったとおり、入り口の門のすぐ前で佇んでいた門番らしき人に呼び止められ、荷物検査を頼まれた。

 

「では、あちらへ」

 

 門番の人が手を左に上げ、僕はその先へと目を向けた。そこには木造の小屋が、都市の町並みから外れたように寂しく構えられていた。

 その扉の前に、一つの人影。

 

「ああもう! 何のろのろしてんだ! さっさと来いよぉ!」

 

 目が合った瞬間、その男はひどく無遠慮な怒声を僕にぶつけた。

 銀髪で肌の浅黒い、人柄の悪そうな男性。けど、一番目に付く特徴は、十代前半と言われても納得してしまう低身長と、それにも関わらず僕より十は年上に見える、少し老けの入った顔立ちだった。外見で人を判断したくはないが、出会い頭に怒鳴る無神経さもあって、あまりに醜い第一印象だった。

 

「聞こえねえのかよぉ! 耳までいってんのか!」

 

 門番は慌て、僕へと向き直った。

 

「申し訳ありません。あの方は、その、連日多忙でストレスがたまっていまして……」

 

 仕事での苛立ちは他人にぶつけるものじゃないことくらい、僕でも分かっているつもりだが。さっさと終わらせて、お別れしたいものだ。

 僕は、傍らに立つロロと目を合わせ、言った。

 

「じゃあ、また後で」

「で、でも、大丈夫かニャ……?」

「適当に流すさ」

「気をつけてニャ……」

「ああ。ありがとう」

 

 僕を待たずに扉をくぐっていった男性を追って、小屋へと歩きだした。

 入り口を跨ぐや否や、男性が僕のすぐ目の前にずいと手を差し出した。

 

「荷物」

 

 僕は何も言わずに、肩にかけてあった荷物袋を男性に手渡した。途中で「早くしろよ!!」と怒鳴られたが。

 部屋の真ん中に宛がわれていた古臭いテーブルに、男性は荷物袋を叩きつけるように置いた。

 それを見て、さすがに背中が怒りに熱くなるのを感じたが、僕はそれを表に出さなかった。こんな男にむきになっても、後になって自分が恥ずかしくなるだけだろう。

 男性は乱雑な手つきで日用品を広げ始めた。荷物のひとつひとつをテーブルの上に投げ出すたびに、どん、どん、という鈍い音が響く。

 

「まったく、腹立たしいったりゃありゃしねぇ」

 

 開口一番は、遠慮知らずの愚痴。

 

「妙なものを持ち込んできやがるよそ者が絶えないせいで、こんな堅苦しい習慣ができちまった。こっちの身にもなってみろってんだ」

 

 つまり、八つ当たりか。僕よりも頭一つ分低い背丈も相まって、わがままな子供を相手にしているような気分だった。

 こん、こん、と背後の扉からノックの音。次いで、ドアノブが回る音とともに、中へと入ってきた男性。さっきの門番だった。

 

「お取り込み中すみません。よろしいでしょうか」

「さっさと言え」

「ええ……」

 

 門番は気まずそうにたたずまいを直す。

 

「王国からの使いが来ました。ハンターズギルドの建設の要請を――」

 

 ――チッ。

 男性の鋭い舌打ちが、門番の言葉を断絶した。

 

「追い返せ」

「で、でもっ。王国からの申請ですよっ? 市長に話を通さずに追い返すなんて――」

「あああもう! 次から次へとよお!!」

 

 男性は手にしていた荷物をテーブルに叩きつけて、憤懣やるかたないといった表情で門番に向き直った。

 

「外壁に金つぎ込めばいいだけだろうがよ!! そもそも何がハンターだ、いつモンスターに狩られるかも分からないような奴らばかりじゃねえか!! そんな給料泥棒どもに金払って雇えってか!!」

「そんなことは……」

「だったら追い返せ!! いちいち聞きにくんなこの無能!! 低脳!! カス!!」

「………」

 

 門番はうつむき、

 

「失礼します」

 

 とだけ言い残して、部屋から出ていった。

 

「くだらねえ」

 

 そう吐き捨ててテーブルに顔を戻した男性に、僕は首を向ける。

 目の奥がやたらと熱かった。知らないうちに両手をぐっと握り締めていたのか、手のひらに爪の先が食い込み、微かな痛みを覚える。

 ハンターという職業には、色々な人がそれぞれ目的を持って就いているだろう。だが、常に死と隣り合わせなのは誰でも同じ、生き延びることに必死なのも同じだ。それをなぜこの男は何も知らずに馬鹿にできるのだろう。

 それに、この街の体制はどうなっているのだろう。門番から了解を聞かれたことからして、この男は多分、それなりに高い地位についている。徹底的にヒステリックなこの男が。色々とめちゃくちゃだ。

 

「うん……?」

 

 男性はある物を取り出すと、荷物をまさぐる手を止めた。それは、剣を収めた二対の鞘。

 下卑た笑いが、男性の口から漏れる。

 

「なんだ、お前もハンターかよ」

 

 男性が僕に、見下すような目線を向けた。大嫌いな人間を好きなだけ罵倒できる、そんな嗜虐的な喜びがその目に宿っていた。

 その蔑視を受けて、何かが僕の中で静かに切れた。

 

「たいした身分ですね」

 

「……なに?」

 

 男性の声が低くなる。

 心の中で、僕は自分を苦笑した。もう、後戻りはできない。

 

「ハンターがいつモンスターに狩られるかも分からないような奴ばかりになった原因は? 色々あるでしょうけど、ハンターの人口が他の国と比べて少ないこともその一つですよね。だったら今度はその原因は? あなたのような人間が、この安全圏でぬくぬくとしているからですよ」

「………」

「別に戦えとまでは言いませんが、そのザマでハンターをけなすのはやめた方がいいと思いますよ。浅い人間だと思われてもいいならもう何も言いませんが」

 

 男性は憮然とした表情で黙り込む。気圧すような切れ長の目で僕を見据えるが、僕の心中にうごめく憤りが、恐怖感を掻き消していた。

 

「なあ、知ってるか?」

 

 男性はにやりと笑い、そう沈黙を破った。

 

「この街はハンターを雇ってなければハンターに関する法もろくに規定されてない。つまりな……」

 

 小汚い笑みを広げ、武器を高々と掲げた。

 

「この武器も危険物として扱うことができるんだよぉ!」

「え――」

「決定だ! お前は刃物の持ち込みでブタ箱行きだ!」

 

 僕が口を開く前に、男性は中指と親指を合わせ、中空に掲げる。

 かつん、と渇いた音が部屋中に鋭く響く。それとともに、さっきとはうって変わった、背後から押し迫るような、扉の開く音。

 首を向けようとしたが、かなわなかった。

 鈍器で殴られたような重い衝撃が、後頭部を貫いた。

 反射的に足を前に踏み込んで踏ん張ろうとしたが、意思とは関係無しに膝がくずおれていく。

 ゆっくりと迫ってくる硬い床が、ぼやけていく視界に映った。

 牢屋行き……?

 確かにこのくだらない男を流しきれなかった僕も僕だ……。

 けど本当に牢屋に入れられなきゃいけない奴はそこにいるじゃないか……。

 男性の甲高い笑い声を耳に、僕は無様に床に倒れこみ、意識を失った。


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