MH tie cycles   作:アローヘッド

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宵闇の中 一

「浮かれすぎなんだよ、お前ら!」

 

 ザディアのものだろう不快な甲高い声が、広場の話し声を静めさせた。

 エステルのよるジンオウガ二頭目の討伐で、俄然活気づいたらしく、つい先ほどまで明るい歓談の声々が広場を彩っていた。それが自分への皮肉のように聞こえてならなかったが、ザディアの声はますます耳に入れたくないものだった。

 

「そんな風にがやがや話してっけどな、結局何もしてないで受け身のままじゃねえか! あの小娘がモンスター二頭やったところでまだうじゃうじゃ残ってるんだぞ! 何もしないでここで座ってるだけかよ!?」

 

 ザディアの方を眇め見ると、先日グルになって僕から食事を取り上げた四人が、再びザディアを先頭に立っていた。

 

「じゃあ、どうしろってんだよ」

 

 どこかから男の声が上がると、ザディアは口の片端を釣り上げた。

 

「逃げるんだよ。このいつモンスターに見つかるかも分からねえ餌場からな」

 

 ザディアという男の印象はともかく、その言い分は確かに魅力的な提案に聞こえたのだろう。難民達は顔を見合わせ、静かに言葉を交わしている。

 

「それだけじゃねえ。お前らが頼みにしているあのエステルって小娘はな……」

 

 ザディアはあごを指差した。そこは見るも痛ましい真っ青な痣に染まっていた。

 

「とんでもねえ凶暴女なんだ! 見ろこの痣を! あいつにやられたんだ!」

 

 ざわめく難民達。そこに、少女の声が割り込んだ。

 

「……今度は、何」

 

 見ると、エステルが心底気怠そうな半目で、五人組に向かって歩いていた。殴られた記憶がまだ鮮明なのだろうか、ザディアは一瞬息を飲んだが、すぐに捲し立てる。

 

「出やがったな悪女! この痣はてめえがやった! 違うか!?」

 

 エステルはザディアの目の前で立ち止まった。

 

「その前に君が私に何をしようとしたか、言ってみて」

 

 ザディアは一瞬黙ったが、すぐに口火を切った。

 

「お前な、まさか一人でモンスター全部狩る気か?」

「何が言いたいのよ?」

 

 ザディアが大げさに両腕を広げる。

 

「無理に決まってるだろ! 現実を見ろ現実を! これから先、お前がこれから先もずっとモンスターに勝てる保証がどこにある!? ここ最近のお前は英雄気取りかもしれねえけどな、この難民どもはそのお前に付き合わされていつか喰われるだけだぞ!」

「だから、戦わずに逃げようってこと?」

「それ以外何があるんだよ!」

 

 エステルは小首を傾げた。

 

「仮に逃げ切れたとして、在留資格は誰も作ってくれないわよ。まともな働き口なんて見つからない」

 

 何も言えないのか、眉を潜めるザディア。

 

「ねえ、君、どうしてそんな悲観主義な人になったと思う?」

「悲観なもんか! 現実を見てんだよ!」

 

 エステルは何も答えずに再び歩き出し、威圧するように、ザディアの目と鼻の先で立ち止まった。気圧され、上体を反らすザディアの胸に人差し指を突きつける。

 

「モンスターを相手に、嫌でも自分の限界を知らされるからよ」

 

 図星だったらしく、ザディアが口を開くが、言葉が出てこない。

 

「モンスターに勝てない、何もできないまま自分の限界を思い知って、戦う以外の安全策に逃げる。君はその典型的な例よ」

「そんな風に揚げ足とって何になるってんだよ! お前自身が人間はモンスターに勝てないって言ってるようなものじゃねえか!」

「それもそうだね。……だったら」

 

 エステルはザディアから一歩引き、難民達を見まわして、告げた。

 

「その限界をぶち破ろう」

 

 その意味を、彼女自身は認識していたのだろうか。この場にいる人達が、モンスターに勝てないという限界を超える意味を。

 

「今……なんつった?」

「勝つのよ。人間が。モンスターに。皆が戦えるようになれば、必ず人間は生き残れる」

「簡単に言うじゃねえか。けどな、そうなるまで何人犠牲になるか分かってんのか?」

「前に言ったはずよ。私がさせないって。すぐに限界を破ろうとしなくてもいい。ジョウイ君のように、囮役から始めるのもいい」

 

 何人かがこちらを向き、再びエステルに向き直る。

 

「強要なんてしない。明日、南へ視察に行くから、その間に考えておいて」

 

 エステルはそう締めくくると、宿舎へと歩き出した。ザディアは何も言わず、険しい目つきでその後ろ姿を見送っていた。

 彼女が宿舎の中へ消えると、四方八方からざわめきが起こる。人間を脅かすモンスターと戦うというのだから無理もない反応だろう。

 しかし、もしこれがきっかけでモンスターと戦う人が増えたなら。そう考え始め、次には変に期待するなと自分に言い聞かせた。

 もしかすると、ジンオウガの手柄を奪ったのもそれが理由なのかもしれない。僕を例え話に持ち出していたが、それがジンオウガを倒すという内容だったなら、考えるまでもなく皆尻込みしていただろう。

 だが、その果てに彼女は何を狙っている? 分かりようのない疑念が、僕の頭の中で渦巻いていた。

 

 

 

「こら、起きろ! 休むな!」

 

 活の入ったエステルの声と、

 

「いや……もう無理……」

 

 萎れた声で弱音を吐くクラウスさんの声。

 宵闇に抱かれた森林の中、僕は大木に寄りかかったまま、特にすることもなく二人の訓練を眺めていた。

 今朝、エステルは宿舎の前で難民達に外出を伝えた。まずは南方ギルドに赴き、生きている人がいるなら救出する。そのために南への道のりの確保。道中モンスターがいるようならそれを叩く。かいつまんで説明すれば、それが彼女の言だった。

 そうして、ハンターである僕とクラウスさんに同行を頼んできた。クラウスさんは快諾したが、当然僕は行きたくもなかった。左肩の鈍痛が未だに抜けず、それに言うまでもなく彼女は敵なのだから。しかし、行かなければ逆に彼女から見限られ、危険だと判じて、同行を決めるしかなかった。

 ひたすら南を歩き続け、日が落ちた頃、モンスターの目につきにくい森林でようやく足を休めることになった。ただし、僕だけだが。

 数分前、エステルがクラウスさんに訓練を始めさせた。エステルがクラウスさんの両足を抑え、クラウスさんが上体を上げて下げての繰り返し。

 訓練自体はごく普通なのだが、見ていて少しえぐいものがあった。

 クラウスさんの腹にロロという負荷を乗せ、現在腹筋二百回目。ハンターとしてはそのくらいの回数は妥当なのかもしれないが、アイルーの体重はそう馬鹿にならないだろう。

 そうして疲労が重なり、休んでしまえば、わき腹へのロロの噛み付きが待っている。というか一回だけ噛まれ、クラウスさんは声にならない悲鳴をあげていた。

 

「だああ、もう!」

 

 クラウスさんが上体を地面につけたまま、両手で目を覆った。

 

「もう勘弁してくれ! なんで俺ばっかりなんだよ! ほら、あいつ!」

 

 悲鳴のような声を上げて指差したのは、僕だった。エステルも彼の指の先へ顔を向ける。

 彼女と互いの目が合った瞬間、一秒と経たずにエステルが視線をクラウスさんに戻した。

 僕も後ろを向き、歩き出した。

 

「ほら再開!」

「いやだ! おい待てジョウイ! どこ行くんだよ!」

「ロロ」 

 

 再び噛まれたのだろう、背後から短い悲鳴。僕は夜空を向いて、小さくため息を吐いた。

 もともとする気も、その気力もない。コンドラートを訪れてから昨日のエステルとの諍いを通じて、明らかに僕は精神的に大きく消耗している。これから先、僕はどこまでもつだろうか。

 しばらく歩いていると、後ろから小さい足音が聞こえた。振り向くと、ロロがこちらに向かって速足で歩いていたのを見とめ、僕は足を止めた。

 

「終わったのか?」

「終わったニャ。クラウスさんぐったりニャ」

 

 ロロが僕の足元にたどり着く。

 

「それで……ジョウイさん、大丈夫かニャ?」

 

 僕は目を背けた。何の意味を込めて言われたのか、つい先日一触即発にまで発展した僕とエステルを鑑みれば、想像に難くなかった。

 

「時間が経てば、自然と吹っ切れるさ」

 

 この言葉では安心させるには不十分だったのだろうか、ロロはこちらから視線を外さない。

 

「それより、非合法ギルドについて聞きたいけど、いいか?」

「な、何かニャ?」

 

 僕は辺りをぐるりと見回した。

 

「今なら逃げられるんじゃないのか? 見張りがどこにも見当たらないんだから」

 

 しかし、ロロは首を横に振った。

 

「ジョウイさん、あの組織力を甘く見ない方がいいニャ。ちゃんと二人がつけてきてるニャ」

「……本当に? オレ、全然見なかったぞ」

「歩いてた途中、ボク、何度も後ろを見たニャ。そうしたら一回だけ見つけたニャ。片方、西方ギルドのギルドマスターだったニャ」

「ギルドマスター?」

「前にも言ったけど、非合法ギルドの手柄は他のギルドに行くニャ。そうしてるうちに西方のギルドマスターが心酔して、協力的になっちゃったんだニャ」

「聞けば聞くほど、ひどい話がどんどん出てくるな」

「その通りニャ」

 

 ロロが小さなため息を一つついた。

 

「エステルさん、狩場にいた時、だれにも見られてないと思って逃げようとしたことならあるんだけどニャ。そうした瞬間いきなり数人から取り押さえられて、ギルドに連れ戻されたニャ。その後……」

 

 そこまで言いかけて、ロロは言葉を止めた。

 

「ごめんニャ。言わないでおくニャ」

「ああ」

 

 正直、気になる言い方だが、聞こうとするのは酷なのだろう。

 

「はっきり言って、オレまでこの視察に行かなくてもよかったんじゃないか?」

「なんでニャ?」

「クラウスさんがいるからだよ。あの人も非合法ギルドに連れていかれたってことは優秀なハンターなんだろ?」

 

 ロロは斟酌するように、目を泳がせた。

 

「中級モンスターなら、あらかた一人で討伐できるかニャ」

「中級なら……か」

「ちょっと期待外れだったかニャ?」

「いや。十八歳でそれだけできるなら充分過ぎるくらいだろ。ただ、ジンオウガが二頭も現れた以上、上級モンスターがうろうろしててもおかしくないからな」

「そうだニャ……」

 

 困ったように、ロロは唸った。

 

「ジョウイさん、クラウスさんには言わないでくれるかニャ?」

「ああ」

「あの人、上級モンスターが相手となると尻込みしちゃうんだニャ。それで非合法ギルドで何度も痛い目に遭わされたけど、結局治らなかったニャ」

「じゃあ、その上級モンスターと対峙した時どうしてた? 逃げるのか?」

「そんな選択肢なんてあのギルドにはないニャ。エステルさんとよく組んで狩猟に行ってたけど、全部エステルさんに任せちゃうんだニャ」

「エステル、怒ってたか?」

「そんなことで怒る雇い主なら、ボクからとっくに縁を切ってるニャ。でもクラウスさん本人はすごい気にしてるんだけどニャ、女に任せっきりで情けない情けないって自分を責めてたことだってあるけど……」

「戦えないか」

 

 ロロは頷いた。

 

「だからジョウイさん、あまりクラウスさんを責めないでいてほしいニャ」

「まさか。逃げたい気持ちなら嫌ってくらい思い知ったし、分かってる。多分、オレの方がよっぽど臆病だよ」

「ありがとうニャ。それじゃ、そろそろ戻るかニャ」

「ああ」

 

 

 

 戻った後、僕とクラウスさんは寝床に適した場所を探しながら歩いていた。ロロはエステルと一緒に寝るようで、少し離れた所へと消えてしまった。ふとクラウスさんを見れば、生気のない面持ちで腹を撫でている。その様子に、僕は小さく苦笑した。

 

「正直、明日もたないだろ」

「大丈夫だよ……一日寝りゃ治る……」

「悪いな、止めなくて」

「それなんだけどな」

 

 クラウスさんが腹から手を放し、こちらを指差した。

 

「お前、エステルと何かあったのか? 今日一日全然話さないなって思ってたら、さっきも止めにすら入らなかったじゃないか」

「………」

 

 あまり人と話したいことではない。

 

「そこで黙るのか。何か複雑なことでもあったのかよ?」

「いや、単にオレの心が狭いだけさ。嫉妬してて話そうって気が起きないんだ。ランポスも倒せないオレと同い年なのに、ジンオウガ二頭倒せるほどのハンターなんだからな」

 

 クラウスさんは悩むように小さく唸った。

 

「でも、チームワーク優先だろ? 嫉妬とかそういうの捨ててさ、ちょっとは仲良くしてみようぜ」

「………、前々から思ってたけど」

 

 無理難題な話から切り替えるよう、僕は切り出した。

 

「クラウスさん、あの人のこと好きなのか?」

 

 クラウスさんが硬直する。数拍間をおいて、口を開いた。

 

「……ああ。大好きだよ。初めて会った時からずっと」

「……例えば」

 

 胸の内にあるわだかまりを、僕は打ち明ける。

 

「オレがあいつにジンオウガ討伐の手柄を横取りされたって言ったら、どっちを信じる?」 

 

 一瞬、クラウスさんがぽかりと口を開けた。

 

「そんなことされたのか?」

「例えばの話だよ」

 

 クラウスさんは俯き、黙考する。やがて、静かに言った。

 

「いや、あいつがそんなことするとは思えない」

「……そうだろうな」

「なあ、なんでそんなこと聞くんだよ?」

「悪いな、どれくらい信頼してるのか試したかったんだ」

 

 クラウスさんは苦笑し、再び歩き出す。僕も続くが、やはり気分は幾分か落ち込んでいた。

 もはや僕とエステルが敵同士であることは明白だ。対立している光景を見た時クラウスさんがどちらにつくか、期待しない方がいいのかもしれない。

 また少し、萎びた精神が磨耗された気がした。

 

 

 

 翌朝、嫌でも目が覚めた。クラウスさん共々早朝にエステルに叩き起こされ、ナルガクルガの発見を伝えられたのだ。

 木々に囲まれた中、僕とクラウスさんは手早く鎧を身に着ける。すぐ隣にそびえる大木の向こうで着替えているだろうエステルに、クラウスさんは声を上げた。

 

「どうする? やっぱり討伐するしかないか?」

「当然よ。邪魔になるモンスターは一匹残らず狩る」

 

 着替え終わったのだろう、レイア一式装備を身に着けたエステルが大木から現れ、そのすぐ斜め後ろをロロがついてきていた。

 

「私一人でどうにかなると思うけど、どうする? 来る?」

「俺は……やるよ」

 

 ためらいがちだがそう宣言したクラウスさんに、エステルは微かに笑った。次いで、彼女はこちらを向く。

 

「君は?」

 

 だが僕の左肩はまだ治っていない。何よりジンオウガの件で、こちらの答えは最初から決まっていた。

 

「肩がまだだめだ。悪いけど、二人に任せる」

 

 レウスヘルムを被りながら、クラウスさんが頷いた。

 

「了解。あまり気にすんな」

「そうニャそうニャ」

 

 エステルは何も言わず木々の向こうへ歩き出し、クラウスさんとロロも後を追った。足音が遠ざかり、やがて消えていく。

 物寂しい静けさだけが周りに残り、僕は大木に背中を預けた。

 三分と経たず戦いが始まったらしく、ナルガクルガのものだろう甲高い雄叫びが上がった。

 ひどい状況だ、と小さくため息をついた。

 今のように狩猟の放棄を続ければ、エステルに何をされるか分かったものではない。かといって戦いに行けば、それはそれで危険であることは明白だ。これでは八方ふさがりではないのか。

 再び咆哮が上がる。今度は悲鳴のように裏返ったそれだった。あの二人組が押していると考えていいのだろう。

 違和感に眉を潜めたのは、その時だった。

 

(今……鳴き声が二重に聞こえた?)

 

 大木から背を離し、傾聴する。すると、背後から地を踏みしめる音。まるで最初から獲物がいることを分かっているかのようにこちらへと迫ってくる。

 それを悟った瞬間、僕はすかさず前転した。瞬間、背後から空気の切り裂く音。

 後ろを向き、僕はそれを視認した。緑色の体毛に、真紅の双眸。両翼は地に着いており、縁取っているのは刃の如き鋭利な物体。

 

(ナルガクルガ……亜種)

 

 緑迅竜が、そこに佇立していた。




 ……更新速度遅めとはタグに書いてあるものの限度がありますよね。というわけで一か月半以上も更新を空けてしまいましたアローヘッドです。
 活動報告に書いた通りの状態が続いており、次の更新もまた同じくらい時間がかかるかもしれません。それでも読んでやるかと思っていただけたなら、どうかお付き合いお願いいたします。
 申し訳ありませんでした。

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