MH tie cycles   作:アローヘッド

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交錯の行方は 二

 ギルドに戻ってしばらくすると、ザディアが率いていた五人のうち一人が、何も言わず食事を僕のもとに置いて、どこかへ去っていった。

 太陽が真上に上った頃、エステルとクラウスさんが正門から戻ってきた。クラウスさんは広場のどこかへ、エステルは宿舎の中へと消えていった。

 それを見た僕は、入れ替わりにギルド外へ出て、モンスターの調査を始めた。言ってしまえば、エステルのいるギルドにできるだけ腰を落ち着けていたくないのが本心だった。夕方まで歩き続けたが特にそれらしいものはなく、皆が寝静まるまで続けてしまおうかと思案したが、戦うとなった時に足に疲労が残っているのは避けたく、重たい足でギルドに戻った。

 戦うとなった時、対峙しているのはモンスターか、あるいは――彼女か。

 起点は、自前のシートに座ってすぐだった。シートの上であぐらを組みながら、ジンオウガの尾を叩きつけられた左肩を回してみる。まだ顔をしかめてしまうような鈍痛が残っており、酷使するのは避けた方がいいことを確認してすぐ、横から声をかけられた。

 

「ジョウイさん、外に出かけてたようだニャ」

「ああ」

「ネムリ草はあったかニャ?」

「あった」

「ボクをためにもう一回そこに行って採取してくれる気は?」

「ない」

 

 それだけ返し、左腕をまっすぐに伸ばして、曲げる。

 ロロは傍らでじっとしているのか、足音が聞こえず、僕は左腕を下げて振り向いた。

 予想外に顔が近かった。目と鼻の先に、ロロの真剣な眼差し。僕は一瞬息を詰まらせ、顔を引いた。

 

「何がしたいのか知らないけど、そう迫られてもな。倉庫を漁ればすぐ見つかる」

「昨日漁ったニャ。ごっそり無くなってたニャ」

 

 思わず目を眇めてしまう。逃げていったハンター達が、一つ残らず睡眠薬代わりにでも持っていったのだろうか。

 

「……ごっそりか。でもそれならそれで、エステルに頼めばいい。あいつが素直に行ってくれるかどうかは、オレには分かりようないけど」

「それなんだけどニャ……」

 

 ロロが僕から退り、声を落とした。

 

「エステルさん、朝方に地形の調査に行ってたんだけどニャ。いきなり知らない男どもに取り囲まれて襲われたらしいニャ」

「ああ、見てた。あっさり返り討ちにしてたけどな」

 

 すると、ロロが目をしかめ、口を少し大きく開いた。しかしすぐに噤み、小さく鼻を鳴らす。恐らく、見ていたのに助けに入らなかった僕を咄嗟に非難しようとして、すぐに僕と彼女との立ち位置を弁えて黙ったのだろう。

 

「それなら話は早いニャ。そのせいでエステルさん、外に出たくないらしいニャ」

「確かに、またばったり会ったらいさかいになりそうだしな」

「いや、違うニャ」

「じゃあ、何」

「少し怖いから……って、布団に包まりながら言ってたニャ」

「………」

 

 耳を疑った。モンスターならまだしも人間を怖がって避けようとするエステルなど、この数日の彼女を見て想像できたものだろうか。

 

「それなら、クラウスさんに頼めばいいよ。あの人もオレよりは頼りがいあるだろ」

「クラウスさんなら、宿舎の前で見張りしてるニャ」

「そもそもさ、ネムリ草なんか採ってどうしたいんだ?」

 

 そう問うと、ロロは返した。

 

「ぐっすり寝たいニャ」

「………」

 

 清々しいくらい利己的な理由だった。

 だが、エステルにはこのアイルーが少なからず関わっており、苦悩もしているのだろう。その原因は僕にだってあるのだ。休息をとりたいというのなら、協力する責任があるのかもしれない。

 僕は立ち上がり、荷物袋に手を入れる。

 

「体に悪いからほどほどにしておけよ。十分くらいで戻ってくる」

 

 それを聞いたロロが目を瞬かせ、顔を緩めた。

 

「ありがとうニャ。ボクも行くニャ」

「別に来ても何も無いぞ」

「構わないニャ」

 

 

 

 調査の際に見つけた、ネムリ草が生えている場所は、ギルドから西に五分歩いたところでそびえている大木の根元だった。腰に双剣とアイテムポーチを提げた僕は、立木の間に伸びるまだ乾ききっていない泥道を、ロロと並列して歩き続ける。

 特に話すこともなく足を進めていると、

 

「何か、話してニャ」

 

 と切り出された。

 

「竜車に乗ってた時もそうだったけど、お前、本当に話したがるよな」

「今までそういう環境じゃなかったから、その反動だと思うニャ」

「オレ、大して口の回る方じゃないんだけどな」

 

 少し思案してから、口火を切った。

 

「今までと言えば、昨日色んなギルドを回ってきたって言ったよな。どんな所だった?」

 

 すると、ロロはぐるりとこちらを向いて、腹の底から出したような大きなため息をついた。

 

「よく聞いてくれたニャ。それがもう、ほんっとひどいニャ。ジョウイさんの所のギルドは北方だったニャ?」

「ああ」

「西方のギルドはイャンクック(大型モンスターの中では最も低い危険度に区分されている鳥竜種)を討伐できるハンターが五、六人いるかどうかだったニャ。三十路を越えてるハンターだって何人もいたのにニャ。それなのに、みんな訓練をサボってばかりだったニャ」

「へ、へえ……」

「東方はそこよりはいい人材はそろってたけどニャ、アイルーの待遇がひどくてひどくて。アイルー牧場っていうボクのような生き物が働く所があったんだけど、畑の周りが木まみれだったニャ。養分吸い取られてろくに食物が育たないし、いくらクレーム出しても聞いてもらえなかったニャ。当然給料も少なかったニャ」

「………」

「南方はもう……ランポスしか倒せないハンターのみだったニャ。ていうか……ボク、オトモアイルーじゃないのに戦わされそうになったニャ」

「………」

 

 オトモアイルーという単語は初めて聞いたが、前後関係からしてハンターのようにモンスターと戦う役割なのだろう。

 

「ジョウイさん? 聞いてるかニャ?」

「ああ、聞いてるよ……」

 

 先輩達やクラナさんとの会話からして、なんとなくどのギルドも落ちぶれている様子であることは想像していた。だが実際の有様を聞いてみると、どこから文句を言えばいいのかすら分かったものではなかった。

 

「いい働き口を探して時間かけて回ったのに、やっと着いたと思ったらこれなんだニャ。もう探すのやめようって何回思ったことかニャ」

「大変だったな。オレのいた所は?」

「北方は……よく分からないニャ。ギルドマスターさんがジョウイさんを立派な戦力だって評価してたけど、ランポスに勝てなかったらしいニャ?」

「そう。見事に惨敗だよ。オレがクラナさんに文句を言おうとした理由、分かっただろ」

「でもそれならそれで、なんで合意で狩猟の成績を全部消してもらってるのか分からなくなるニャ……まあいいかニャ。とりあえず、別にその歳でランポスに勝てないのは恥ずかしいことじゃないニャ」

「どうも」

「それで、他に回ったギルドはまだあったかニャ……」

 

 ロロが目を宙に向ける。

 その顔から生気が抜け落ちたように見えたのは、ロロが思案してからそう時間はかからなかった。ロロは何も言わず、顔を正面に向ける。

 今ロロの頭に何がよぎっているのか、多分、僕は知っていた。

 

「エステルの所属してたギルドか」

 

 再び、こちらを向くロロ。

 

「……知ってるのかニャ?」

「大ざっぱには、だけど」

 

 ロロはかぶりを振った。

 

「だったら、なおさら知らない方がいいニャ」

「ここまで言ったんだ。愚痴を吐く気持ちで全部ぶちまけちまえよ」

 

 ロロは目を落とし、前を向く。

 

「じゃあ……ぶちまけちゃうニャ」

「ああ」

「あんなの、ギルドじゃないニャ。ハンターの人権なんか認めない地獄ニャ。所属してたハンター達みんなが非合法ギルドって呼んでたニャ。実力のあるハンターや期待のできる人材を有無を言わさずに拉致して閉じ込めて、故郷に帰れなくするために個人情報なんか全部消すニャ。その上で、本人の意見なんか聞かないで危険なモンスターと戦わせて、生きて帰ったと思ったらまた次の狩場に向かわせられるニャ。依頼を受けるかどうかなんて本人の自由なのに、違法なんてものじゃないニャ。どこからどう見ても非合法のくせに、首都が見て見ぬフリをするどころか隠匿までしてるニャ」

「………」

 

 やはり、僕が聞かされた情報と寸分も違いがなかった。

 クラナさんが、僕の狩猟の成績を全部消していてくれたのもそれが理由だ。そうしなくてはあのギルドに目をつけられると、クラナさんは僕の両肩を掴んで告げた。

 

「狩猟の報酬は?」

「ないニャ。強いて言うなら、次の狩場に向かわされる間だけの休憩時間ニャ。報酬金も素材も、非合法ギルドに狩猟を押し付けた他の地方のギルドのものになるニャ。そんなに都合のいいことするから、どのギルドもありがたがって文句を言ってこないんだニャ。……ただ、ジョウイさんとこのギルドは狩猟のたらい回しはしてこなかったけどニャ」

「………」

「拉致されたハンターには何の得もないそんな時間が、モンスターに食べられるか大怪我を負わされて戦えない体になるまでずっと続くんだニャ。戦えなくなった人がどんな扱いを受けるか、ジョウイさん、想像できるかニャ?」

「……そのまますぐに切り捨てられる?」

 

 だが、ロロは首を横に振った。

 

「口封じのために、そのまま非合法ギルドの中で放置ニャ。安い食事だけ食べさせてそのまんまニャ。帰ることすらできないんだニャ」

 

 拉致されたハンター達は、どんな心境で戦ってきたのだろうか。比べてしまえば遥かに待遇のいいギルドで暮らしてきた僕が、その立場から被害者達を激励しようとすることすら非道なのかもしれない。僕がそのギルドに拉致されていたら、死にたくないから戦うしかないのだろう。抗えば抗うほど、死に怯える時間が延びていくだけだと分かっていても。

 『ギルドでエステルと会った』というクラウスさんの発言から、もしかしたら彼もそのギルドに所属させられていたのかもしれない。それに関する話を、昨日彼は避けた。だとしたら次会った時は、僕もそれに触れない方がいいのだろう。

 

「エステルはその中でどう過ごしてきたか、聞いていいか?」

「自然と、頭角を現していったニャ。他のハンターの人達も彼女を頼りにしてたニャ。でも、段々疲れていって、一人一人倒れていって、気づいたらほとんどエステルさん一人が戦わされるようになってたニャ」

「だろうな……」

 

 悲憤とも言えるようなロロの独白を聞きながら、僕は。

 自分への悔恨に、臓腑の捻じれる想いだった。

 エステルがそのギルドに連れ去られた原因は二つある。第一に、誰もが新人と言うようなその年齢にも関わらず、大型モンスターを討伐できる実力を持っているだけに、果たして非合法ギルドに目をつけられた。

 第二に、悲嘆に明け暮れる彼女に『お前をあのギルドには行かせない』と告げ、しかし己の非力さを一顧だにせず失敗を重ね、結局守りきれずにギルドに連れて行かせてしまった馬鹿がいた。

 それが――僕だ。そうして僕と彼女は離ればなれになった。

 彼女に「なぜオレに対して冷酷なのか」と聞いてしまえば、その時点で僕は人でなしに成り下がるのだろう。

 自分への一欠けらの救いだけでも求めるよう、僕は「でも」と切り出した。

 

「エステルがここにいるってことは、そのギルドもオレがいたギルドと同じように、モンスターに潰されたんじゃないのか?」 

 

 だが、ロロはまたしてもかぶりを振った。

 

「ギルドは潰れたけど、ギルドマスターさんも生きてるし、その側近もほとんど生きてるニャ。側近の人達、ギルドの至る所に散らばって、エステルさんが逃げないよう監視してるニャ。そうしてるだけで、ギルドマスターさんから食事をもらえるんだから、監視してる人達からすれば一番楽な職業だろうニャ」

 

 一層、臓腑の強く捻れる感覚。こうして顔に出さないだけでも心身の削られるような想いだった。

 ここまで非合法ギルドを非難しておいて僕のことを一度も話に出さないことからして、恐らくロロは僕が原因であることを知らない。僕が彼女を守りきれれば非合法ギルドに来ることはなかったと知れば、彼女に雇われているこのアイルーはどう難色を示すだろう。

 いや、知っているからこその皮肉なのだろうか。こうして彼女が受けてきた仕打ちを暴露することで、僕を追い詰めたいのだろうか。それとも単に、心の内に溜め込んでいることを吐き出したいだけか。

 ロロが、ため息を一つついた。

 

「ごめんニャ。ちょっと暗い話しすぎたニャ。いや、ちょっとどころじゃないかニャ」

「他にもう吐き出すことはないのか?」

「あらかた言ったニャ。細かく言おうとすれば一日かかるかもしれないけどニャ。……あ」

 

 ロロが前方を指差した。

 

「あれかニャ、ジョウイさん」

 

 見ると、大木の根元に、ネムリ草だろう白い草が群生していた。僕はアイテムポーチを取り出すと、ロロに「ちょっと待っててくれ」とだけ伝え、大木の元に小走りで寄りついた。

 しゃがみ込んで、手早く根っこから引き抜き、アイテムポーチの中に放り込む。ネムリ草はその場にあるだけで睡眠作用を振りまく面倒なもので、できるだけ早く閉まっておかなければ採取者が草を持ったまま寝てしまうことだってある。手短かにあらかた引っこ抜いてポーチの口を閉めたところで、僕は立ち上がった。

 異常に気が付いたのは、ロロに向き直そうとする寸前だった。

 調査の時に見た景色と、今の景色が少し違う。黒い外樹皮の右側面に、一箇所だけ紅色の染みが、飛び散ったように点々と付いている。生き物の血だとしたら、まだここに付着してそう時間は経っていない。

 根元の周りに視線を巡らす。すると右側の地面に、一塊の紅色の染み。その二メートルほど先にも、そのさらに先にも。その前後左右に、三又に分かれたくぼみがある。恐らくはモンスターの足跡だ。

 

「どうかしたニャ?」

 

 足元にロロが立ち止まる。僕はポーチから閃光玉だけ取り出すと、ロロにポーチを手渡し、静かに告げた。

 

「……先に戻っててくれ。オレもすぐ戻る」

 

 低い語調に、ただならぬ様子を感じ取ったらしく、ロロは頷いた。地面に屈み込むと、突然土を掘り始め、凄まじい速度で穴を作っていく。

 何事かと瞠目していたが、恐らくアイルー特有の能力なのだろう。ロロが穴に入り込んですぐ、地中の掘削音がギルド方面へと遠ざかっていった。

 それを聞き届けると、僕は足音を殺すよう、ゆっくりと歩き出した。

 血痕と足跡を辿り続け、やがて木々の間でそれを見つけた刹那、僕の足は反射的に止まった。

 横たわったまま地面一帯を真紅の血に染め、胴体の肉という肉がごっそりと食い尽くされたアプトノス。血に染まりきった全身の至る所に、噛み跡らしきものが深く穿たれている。僕とそう差のない全長からして、まだ子供なのだろう。

 まだ何らかのモンスターに襲われてから大して時間が経っていないらしく、弱々しく不規則な呼吸音が口から漏れている。耳を澄ましてみるも、周辺からモンスターの足音は聞こえてこない。

 ともすればこの子供の草食竜に残されている時間は、意識が無くなるまで激痛に辛苦し、死に怯えることにのみ費やされるしかない。

 僕は右の剣を抜き、アプトノスに歩み寄る。アプトノスから見えない角度、後頭部の手前で立ち止まってしゃがみこみ、自分を落ち着かせるよう両目を瞑った。

 そのまま右腕を振り下ろす。乾いた斬撃音が耳朶を打つ。それを皮切りに、アプトノスの呼吸が途絶えた。

 僕は目を開けて、絶命したアプトノスを一瞥し、辺りにあるはずの足跡に目を凝らした。

 確かに、僕もモンスターを狩る職に就いており、必要ならアプトノスのような敵意の無いモンスターを斬ったことだって何回もある。それだけに、このアプトノスの子供を喰ったモンスターを非難する資格などあるわけがない。それでもやはり、見ていて気分のよくなるものではなかった。

 死体の左方に足跡が伸びているのを視認し、僕はその方へ足を進める。

 立木を抜けると、広原が目一杯に広がった。夕日が群生する草を淡い山吹色に染めている。

 大規模なイーオスの群れがアプトノスの群れを惨殺中でなければ、それは目に心地よい景色だったのだろう。広原の真ん中で、目視二十頭は超える赤色の小型鳥竜種が、その半数にも満たないアプトノスに飛び掛り、喰らいつき、虐殺している。鮮血と野太い悲鳴が中空に絶えず舞っている。

 その惨劇から少し離れたところで、一回り体格の大きく、頭部に紫のトサカをしつらえたイーオスが黙然と眺めていた。恐らくイーオスの群れのリーダー、ドスイーオスだろう。

 イーオスとはランポスと同じ小型鳥竜種モンスターで、それに区分されるモンスターの中では最も危険な部類に入る。少なくともこの国では。

 ランポス三頭でさえ勝てるかどうか疑わしい僕が、そんな奴らを相手にできるわけがない。ましてやそれを率いるリーダーまでいるのだから、あの群れは統率のとれた戦いを繰り出してくるだろう。僕が立ち向かったところで命をどぶに捨てるだけだ。

 だとしたら僕がやることは、一刻も早くギルドに戻って、イーオスの群れがすぐ近くにいることの報告しかない。だが討伐隊が組まれるとなれば、その中心人物は恐らく……。

 僕は思い浮かんだ人物を頭から振り払い、群れから逃げるよう、ギルド方面を向いて走り出した。


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