MH tie cycles   作:アローヘッド

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望みの担い手 四

 土砂降りに濡れる広場の中、一人佇んでいる彼女を、僕は呆けて凝視していた。背後に群がる難民達も同じ様相だろう。

 確かに昨日見かけた後姿はエステルその人だった。使用武器がライトボウガンであることも、徹甲榴弾を好んで使うことも、かつての彼女と変わっていない。

 けど、どうしてだ。僕をコンドラートの住民共々見捨てた彼女が、なぜ僕を中央ギルドの難民共々救助する立場に立っている。

 整理のつきようがない僕をよそに、目下のジンオウガが激憤の唸り声を漏らし、ゆっくりとエステルに向き直る。

 爆発によって甲殻を砕かれ、血を流す前足を泰然と前に踏み込む、瞬間、エステルは中央ギルドのとば口に向かって駆け出した。

 ジンオウガが咆哮と共に、その後姿向けて疾駆する。あれではすぐに追いつかれてしまうだろう。

 だが、どうしたらいいのか。立場からして敵であるはずの彼女を助けに出ればいいのか。葛藤が僕の中で沸いた直後、すぐ横からクラウスさんらしき茶髪の青年が躍り出た。大きめの布袋を肩にさげている。

 僕の目下に立っていたロロにそれを渡すと、ロロはそれを肩に担いで、エステルとジンオウガを振り向いた。四足走行で、袋を床面に引きずりながら走り出す。

 

「ここで待っててほしいニャ!」

 

 追おうとした僕を静止するように、ロロから声が上がる。同時にクラウスさんに肩を掴まれ、そのまま宿舎へと引っ張られた。

 困惑しきった僕の正面で、ロロとジンオウガが奔走し続ける。やがて両者とも、ギルドのとば口の向こうへと消えていった。

 なんなんだ。一体何が起こっている。何が。

 

 

 

 ライトボウガンを両腕に提げ、木立の間を駆け抜ける。一歩一歩を踏み出すたびに、靴底が水しぶきを撒き散らす。背後から、ジンオウガの身の竦むような足音が追走してくる。追いつかれるのも時間の問題だろう。

 もっとも、逃げるという選択肢など許されないことは、彼女自身も分かっているのだが。

 エステルはライトボウガンを下に構える。トリガーを引くと、銃火と共に弾が泥道に叩き込まれた。同時に銃身後部の排莢口から薬莢が吐き出され、回転しながら地面へ吸い込まれていく。

 そのまま走り続ける。背後の足音が、エステルの踵にまで迫り狂う。

 刹那、爆発音。同時にジンオウガから短い叫び。ジンオウガが爆発に晒されるタイミングで、徹甲榴弾を地面に撃ち込んだのだ。

 衝撃に、背後の足音がぴたりと収まる。エステルは瞬時にくるりと後ろを向きながら、アイテムポーチに手を入れた。機敏に閃光玉を取り出し、眼前に浮かす。

 再び、すぐさま後ろを向いて走行を続ける。直後、視界の両端が白に照らされた。ジンオウガの動揺を孕んだ唸り声。閃光玉に視界を眩ませられたのだろう。

 凄烈な轟音が断続的に空気を揺らす。一時的とはいえ視界を奪われたジンオウガが、手当たり次第に暴力を振るっているのだ。

 だが、化け物の暴力圏内からすでに脱しているエステルに直撃するわけがない。

 ふと、向こうで地面が断絶されているのを見とめた。これ幸いとエステルはライトボウガンを右脇に抱え、全力疾走する。崖になっているだろうあの断面に落ちれば、ジンオウガは獲物を見失うはずだ。

 断崖の手前まで駆け込み、片足で中空へと躍り出る。下を見ると、五メートルほど向こうで地面が広がっていた。

 落下し、着地した瞬間に前転して、衝撃を緩和する。すぐに背後の崖に背中を預けて座り込み、ライトボウガンを足元に置くと、息を一つ吐いた。後ろからは相も変わらず破壊音が繰り返されている。

 エステルが中央ギルドに到着したのはつい昨日だった。雇っているアイルー、ロロと、彼女がかつて所属していたがモンスターの襲撃によって瓦解したギルドの同僚、クラウスと共にギルドの帳口を跨いだ。

 するとすぐ、彼女の容姿に惹かれただろう小柄で銀髪の男がやたら親しげに話しかけてきた。出会いがしらにザディアと名乗ったその男によると、ここのハンターもギルドマスターもとっくに逃げ出した後らしい。

 だが、最初からエステルは苦々しさをもってそれを覚悟していた。中央ギルドの怠慢は彼女自身がよく知っている。何度このギルドが狩猟を放棄し、極秘裏に彼女一人がツケを払わされてきたことか。ともすれば、中央ギルドがモンスターに襲撃されたら、自分が先頭に立って戦うしかない。それが今日だ。

 我ながら矛盾した行動だ。

 後ろの崖に背をもたげたまま、エステルは呆れ顔で小さく鼻を鳴らし、数分前の景色に思いを馳せた。

 土砂降りに濡れていた広場の左方から、呆気に取られている難民達に混じって、訝しげにこちらを凝視していた深い青髪の少年。

 あんな顔になるのも無理ないだろう。かつて彼をコンドラートの住民共々、躊躇なく見殺しにした彼女が、こうして難民達を救助する立場に立っているのだから。それも、彼を含めてだ。

 だが――彼への対応を変える気はさらさらない。

 被害を出さないよう難民達とジンオウガとの間に割り込んだところ、たまたま前者の中に彼が混じっていた。それだけのことだった。

 正面に見やる。すると水浸しとなった土に、赤黒い色彩が染み付いていた。恐らくは血糊だろう。

 昨日のザディアの長い独り語りによると、ランポスが倒せない、鬼人化もできないあの少年ハンターと共にここでランポスに追い詰められたらしい。襲い掛かられる直前でジンオウガが割り込み、そのランポスを一踏みに絶命させた。

 だとしたら、あの赤い染みはその時のランポスのものだろう。遺骨すら辺りに見当たらないのは、ジンオウガに一欠けらも残さず食い尽くされたからだ。

 

(この戦いで負ければ、私も同じ末路を辿るってことか)

 

 エステルは右腕を見る。案の定、震えていた。細い指先が目に見えて震えていた。それを視認したエステルは、自分への呆れを込めて短く嘆息した。

 突然、彼女の目下の土がやおら盛り上がる。エステルは目を見開き、両肩を硬直させた。だが、危機回避の素振りは見せなかった。

 土が捲れ上がり、中から小さな頭が飛び出す。エステルの雇われアイルー、ロロのものだった。手をついて土から抜け出すロロを、エステルは両肩を緩め、半目で見つめていた。ため息をついて、言う。

 

「相変わらず慣れないなあ、それ」

「そんなこと言われてもニャ」

 

 アイルーという生き物は、なんたる特権か、地中にもぐって人間に負けず劣らずの速さで移動することができる。それも瞬時に潜行することができるので、モンスターに窮地に立たされても難なく安全圏に逃げ出せるのだ。エステルからすればあまりに羨ましく、卑怯なものにさえ映る。

 何より、土からボゴっと生き物が出てくることが、エステルにとっては空恐ろしかった。幼少期に本で読んだ、地中から姿を現すいわゆる屍人というものを連想してしまうからだろうか。

 ロロは肩に下げていた袋を地面に置くと、その口を開けて、中から折り畳まれた翡翠色の防具を取り出した。本来なら不測の事態に備えて、いつでも手早く装備と道具を揃えて出撃するべきだ。だが、ジンオウガの襲撃の直前、エステルはロロとクラウスと共に、中央ギルドの倉庫内に残された物資を漁っていた。途中で広場からの悲鳴を聞いて、ロロに防具と指定した物資の運搬を頼み、自室に戻ってライトボウガンだけ担いで、広場に駆けつけたのだ。

 ロロはエステルに防具を手渡すと、次の道具を取り出すよう再び中に手を入れる。

 

「はいニャ、レイア防具一式。電撃を防ぐためのゴム質の皮もちゃんとレギンスにはめておいたニャ。あとは投げナイフ五本、徹甲榴弾、通常弾、ランポスの牙、臭い臭いモンスターのフン、ハレツアロワナ、カラの実、これくらいで大丈夫かニャ?」

「お疲れさ……モンスターのフン?」

「臭かったニャー。何かまずいのかニャ?」

 

 目の前に広げられた道具の一つ、小さな布袋を、エステルは摘みあげるように持ち上げる。微かながらも名伏し難い異臭に、彼女は小さく顔をしかめた。この強烈な臭いをモンスターにぶつけることで、確かに相手を離れさせる手段はある。だがそれはこやし玉という道具によるもので、素材玉と調合しなければ意味が無い。というか、そもそも。 

 

「ロロ、私、こんなもの頼んでないぞ」

「……エ?」

「倉庫に着いた時、農作業のためのフンも探そうって言っただけよ。別に今は必要ないの」

 

 ロロが手を止め、目をパチパチさせる。微妙な沈黙が、一人と一匹の間に舞い降りる。遠く後ろからジンオウガによる暴力の轟音があがったが、あえて両者は構わずに凝視し合っていた。

 広げた物資をそのままに、ロロはそろそろとエステルに背を向け、穴にゆっくりと足を踏み入れた。首をエステルに向けると、爽やかな笑顔でビシっと敬礼した。

 

「じゃあ、帰りを待ってるニャ!」

「こらあっ、持って帰れ!」

 

 制止も聞かず、ロロは地中へと潜り込み、姿を消した。掘削音が遠ざかっていく。

 

「ったく!」

 

 エステルは険しい面持ちで、翡翠の兜を手に取ると頭に被る。篭手も腕にはめようと手に伸ばしたところで、その向こうに転がっている拳一個分の石を見つけた。

 

「………」

 

 エステルは石を取ると、ロロが作った穴の上に置き、言った。

 

「ロロ、フンは私が処分するからちょっと来て」

 

 直後、掘削音が戻ってくる。エステルは素早く防具を総身に装着し、アイテムポーチに物資を入れる。すぐさまライトボウガンを背中のホルスターに収め、立ち上がった。

 右に向かって崖沿いに歩き出すと、後ろからゴツンと鈍い音。

 

『ニャー! 頭ぶつけたニャ! 動物虐待ニャ! 起訴を覚悟しとけニャ!』

「法など、この名も無き国共々とっくに崩壊しているのだよ」

 

 エステルはすまし顔で返すと、右にそびえる急な傾斜を上りだす。ジンオウガの視界はすでに回復したらしく、木々の向こうから、怒気の唸り声と足音がこちらに近づいていた。

 右手を見ると、震えは収まっていた。先程のロロとの応酬で気がまぎれたのだろう。

 

(……これが、あいつの狙いだったりしてね)

 

 エステルは右手を握り締め、再び開く。

 それなら尚更、今は目の前のことに集中しなければならない。ジンオウガの討伐に。

 いずれは難民達にも戦ってもらうことが、エステルの心算だった。人類が生き残るには、当然だが彼女一人では限界がある。故に、ここでジンオウガを仕留め、一欠けらの被害も無くさなければならない。

 泥道を歩き続ける。化け物の足音が静かに迫る。エステルは木立に視線を巡らしたが、隠れて奇襲に使えそうな大木はない。正面から戦い、打ち勝つしかない。ライトボウガンをホルスターから取り出し、正面に構えた。

 遂に、エステルの矮躯の前に、ジンオウガの巨躯が現れた。エステルの姿を認め、ジンオウガは鬼相に歪み、牙の並ぶ顎を大きく開ける。

 咆哮。木々が揺れ、泥水が飛沫をあげる。

 それが死合いの始まりだった。

 ジンオウガが泥水を巻き上げてエステルに突進する。化け物の暴力がエステルに届くまで、目算五秒。エステルは銃口をジンオウガの足元に向け、トリガーを引絞った。

 炸裂音。銃弾がジンオウガの足元に飲み込まれる。ジンオウガの屈強な前足に着弾、する寸前に前足が振り上げられ、弾は通過していった。

 

「三、二、一」

 

 エステルは静かに呟きながら後方に退るが、時すでに遅し、ジンオウガの角がエステルの頭に迫り来る。

 

「零」

 

 寸前、半里にも満たない距離で、ジンオウガの後ろ足から爆煙があがった。驚愕にジンオウガの双眸が剥かれ、衝撃にバランスを崩した上体が一気に傾く。

 エステルはそのすきを突いて、即座に左に駆け、ジンオウガの背後に回りこんだ。

 四足歩行は二足歩行と比べ、歩幅は大きく勝っているものの歩数の間隔がひどく長い。それ故に、前足を掻い潜って脆い後ろ足に撃ち込めるタイミングが掴みやすい。あとは針の穴に糸を通すような彼女の狙撃能力にものを言わせてしまえば、ジンオウガの突進を止めることなど容易いことだった。

 ジンオウガの背後に上体を低くして走りこみながら、手早く薬室を開放し、通常弾を装填。後ろを振り向き様、銃口の先を、爆炎の立ち上る後ろ足に向ける。ジンオウガの巨体からは想像もつかない瞬発力は彼女とて脅威、まずはそれを削ぐ。

 エステルはトリガーを引く。火薬音とともに、銃弾が五発放たれる。

 いや、五発だけには留まらなかった。間断なく発砲音があがり、無数の銃弾がジンオウガに殺到する。着弾した箇所から鮮血があがり、その痛覚と衝撃に動きを奪われているのか、後ろ足が上がらない。

 ライトボウガンというものは、他の武器種に比べて火力に乏しい。それにおいて勝る近接武器が一つあるかどうかという次元であり、防御を捨て攻撃に特化した双剣などもってのほかだ。だからこそ、火力の低さを手数でカバーするしかないのだが、大型モンスターを相手にそう都合よく行えるものではない。

 しかし、それを可能にする大きな一助となった手段が、ある拠点に存在している。かつてはドンドルマを拠点としているハンター達のために設けられていた区域であり、現在では一つの拠点として独立しているメゼポルタで実装された、『超速射』という攻撃方法だ。これによって絶え間なく銃弾を撃ち込み続けることが可能になり、並みの近接武器を易々と凌駕するダメージをモンスターにぶつけることができるようになった。

 だが、欠点もある。やはり夥しい弾数故に、発砲を重ねるほどに反動が蓄積していく。撃つ際には反動を抑えるよう足を止めて踏ん張るのが定石なのだが、超速射の場合打ち続ければ続けるほどその時間は長くなる。それだけ無防備な隙を延ばしてしまうのだ。

 それを証明するよう、ジンオウガが忌々しげに吼えた。前足をたわめ、勢いをつけて上体をあげて、エステルに飛び掛った。

 反動に動くことのできないはずの女性ハンターは――だが、超速射を続行したまま左に跳んだ。

 突進をかわし、丸見えとなったわき腹に銃弾を撃ち込み続ける。血が飛び散り、ジンオウガから微かな悲鳴が漏れた。

 超速射を行いながら回避に出るという寄天烈な戦法は、彼女が自らの鍛錬と武器の研究を通して編み出したものだった。発砲に際する反動は、受ける側の質量を大きくすればするほど軽くなる。つまり、ボウガンを重くすれば反動は軽くなる。だからこそ非常に重いとされている闇鉄鋼という鉱石を幾多も銃身に用いて、規格品よりもはるかに重いものを作った。一方でエステルは女の子らしいか弱い体つきからは想像もできないほど、その重量を支えるに十全な膂力と脚力を備えていた。それでもやはりこの戦法は筋肉に大きな負荷を与えるもので、一回の戦闘中にそう何度もとれたものではないが。

 さらに、いかに膨大な総弾数とはいえ無限ではない。

 とうとう銃声が止まり、待っていたと言わんばかりにジンオウガがエステルを向いて疾駆する。

 エステルは両者の距離を換算する。突進をもらう前にリロードを済ませることは不可能。回避もそう何回もできるとは限らない。なら。

 エステルは後ろへステップすると同時に、ベルトに左手を伸ばす。手に持ったのは、一振りのナイフ。左腕を薙ぎ、銀の刃物を放つ。それは一直線にジンオウガの片目へ飛び、突き刺さった。

 攻撃手段としてはあまりに脆弱。当然ジンオウガの片目を抉ることは叶わず、化け物が一瞬怯んだという効果しか生み出さなかった。

 だが、エステルにとってはその間隙だけで充分だった。後ろに着地したと同時に、肩から左に横転する。すぐさま片膝をつき、後ろを向く。

 エステルのすぐ右を駆け抜け、離れていくジンオウガ。その後姿は狙撃手にとって、最高の隙だった。

 徹甲榴弾を装填し、発砲。再三ジンオウガの後ろ足へ叩き込まれ、爆発。激痛にジンオウガが大きな悲鳴を轟かせる。

 とうとう、後ろ足がもつれて、巨体が大きく横へ傾いた。泥水を撒き散らし、倒れこむ。それが、彼女の待ち望んでいた瞬間だった。

 エステルが走り出し、だが悄然となった。あたりを覆っていた土砂降りの音が収まっている。小雨になっている。

 ジンオウガもそれに気づいてしまったのだろうか、焦げた黒と血の赤にまみれた後ろ足を、震えながらも立たせ、巨体を持ち上げる。すぐさま、体を右に傾けながらも背を向けたまま駆け出す。木立の中へと消えていく。

 

(まずいな)

 

 エステルは後を追走しながら、心の中でそう独りごちた。

 ジンオウガの特徴の一つとして、背中に雷光虫を纏うことで能力を強化させることが挙げられている。雷光虫は名前の通り電撃を飛ばして外敵と戦うのだが、やはりそれが通じない相手もいる。その敵から身を守るために、ジンオウガの背中に拠り所にして戦ってもらうのだ。

 先程までの土砂降りは視覚や聴覚の邪魔になるが、それでも虫が身を潜めざるを得ないもので、エステルには僥倖だった。だが、こうして降り止んでしまったら。

 エステルは全力で木々の中を駆け抜けるも、すぐにジンオウガの足音が遠ざかってしまう。足を一つほぼ潰したというのに、なんと強固な脚力だ。

 やがて、足音が聞こえなくなった時。

 咆哮が木々の間を掻い潜り、エステルの総身を硬直させた。エステルは立ち止まる。

 重い足音が、緩やかにあがりはじめる。その間隔には、強者の余裕を感じさせるものがあった。

 足音が近づき、徐々に、だが確実に彼女へと迫る。

 やがて姿を現したそれは、背中に電撃を迸らせた、鬼神とも言える畏敬のものだった。彼女を見据える双眸には、散々己を蹂躙してくれた人間への灼熱の憤然が脈打っている。

 凶相を上空に向け、高々と吼える。エステルは浅い息を一つつき、銃口をひたとジンオウガの頭に据えた。

 再び、戦端が開かれる。

 ジンオウガが右前足を振り上げ飛び掛る。エステルは飛び退り、だが気づいた。

 

(……速くなってる)

 

 その暴力が、予想よりも。それ自体はかわせるものだったが、もしあの少年のように、尻尾による追撃を見舞わされるとしたら。

 前足が、エステルのすぐ眼前に突き刺さる。直後、彼女の予期したとおり、碧色がぶれた。あの少年の左肩に尻尾を打ち込む時と同じように。

 そう、同じだ。それさえ分かっていれば多少速かろうと瑣末なことでしかない。

 飛び退ると同時に、エステルは慣性に任せて、左手一本を視点に後方倒立回転に移っていた。半回転したところで後頭部から空気を切り裂く音。尻尾が空を切ったのだろう。

 着地し、目をジンオウガに向けるが、そこに標的はいない。泥にまみれた地面が広がっているだけだった。 

 上空を振り仰ぐと、曇り空の真ん中に碧の影。電撃を総身に滾らせ、エステルの視界を塞いでいる。中央ギルドに乗り込んだランポス三頭、その最後を絶命させた攻撃だ。

 遥か上から全体重を乗せ、エステルを押しつぶさんと迫り来る。エステルはそれを認めた瞬間。

 ライトボウガンを地面に向けた。

 連射し、反動が腕を通して総身に伝播する。エステルはそれに逆らわず、それを推力に、後ろへ下がる。全力疾走にも勝る速さで。

 エステルの目と鼻の先を、巨体が落下する。その衝撃に地面が大きく揺れ、飛び散る。

 かわされたことに驚愕し、剥かれた両目に、エステルは銃口を向ける。それに気づいただろうジンオウガが咄嗟に体を横転させ、地に足を着ける。

 だが、その銃口はブラフだった。

 ジンオウガの後ろ足から、爆発。苦痛の絶叫に木々が震撼する。

 エステルは元から撃つ気などなく、ただ徹甲榴弾の打ち込んだ所に後ろ足を誘導することだけを狙っていたのだ。結果、五発分の徹甲榴弾を、使い物にならなくなりつつある後ろ足に叩き込むことができた。

 ジンオウガが唸りをあげ、エステルに向けて駆けようとするが、動かない。前足を踏み込んだだけで、次の動作に移っていない。とうとう後ろ足が限界を迎えてしまったのだ。 

 それがジンオウガに致命的な集中砲火を叩き込むための、エステルの布石だった。

 二秒のうちに、薬室開放、弾薬装填、薬室閉鎖。

 銃口を差し向ける。ジンオウガの頭に。銃把を握り締め、迷いなくトリガーを引いた。

 銃口が吼える。榴弾が放たれる。装弾十八発の殺到が、ジンオウガの頭に次々と突き刺さる。

 エステルの使用武器の名称は、真冥雷銃【金糸雀】。通常弾だけでなく徹甲榴弾の超速射も放てる、至高のライトボウガンだ。徹甲榴弾は通常弾より反動が重く、走りながら超速射を繰り出すことはエステルとてできない。だが先程の回避のように、その反動を逆手にとって推力に応用することはできる。

 マガジンに収めた弾薬を全て放ったライトボウガンが、厳然と佇む。勝負は決まった。エステルはライトボウガンを右手にぶらりと下げ、ジンオウガを見据える。

 ジンオウガは前足のみを動かして、鈍い速度でエステルに歩み寄っていた。少しずつ、距離が縮まっていく。

 眼前へ迫ったと同時、槌のような前足が、エステルの頭に襲い掛かる。だがエステルは、回避に出る素振りすら見せず、冷めた両目で迫り来る凶器を見据えていた。

 鉤爪がエステルの頭を抉る、寸前、ジンオウガの頭が連続的に爆発した。

 爆発が爆発を伴い、やがて大爆発を成していく。悲鳴は聞こえない。だが、生死を確かめる必要もない。

 爆煙が靄のように四散し、やがて見えたものは。

 頭部を見るに耐えない形に歪められ、地面に倒れ付しているジンオウガの姿だった。

 中央ギルドを震撼させたジンオウガという危機は、一人の少女の介入によって、幕を閉じた。




 どうも。この話を投稿して最近、お気に入り件数が二つへって凹みましたアローヘッドです。
 いや、百人近くも読者の方々にお気に入り登録していただけたなら、「まあ皆が皆好きになる作品なんてあるかどうかも怪しいし、うんしょうがないしょうがない命賭けてしょうがない」と割り切れるんですよ。ただそのお気に入りが十数件なこの現状。
 原因を探して消化した方がいいと思い、相談し、思いついた結果が「超速射じゃね?」でした。
 一応モンスターハンターの世界観を壊さないように書かせていただいている所存です。それを気に入ってくれて登録してくれた方もいるのではと思います。
 それだけにこの超速射という、知名度の覚束ないものを取り入れた結果、「オリジナル設定かよ……」と思わせてお気に入りから外させることになってしまったのではと。
 オリジナル設定ではないです。モンスターハンターフロンティアというPC版モンハンでの、ライトボウガンの攻撃方法の一つです。このゲームでメゼポルタという区域が拠点になっています。……メゼポルタがモンスターハンターの世界観に存在していないことが地味に気がかりですけどね(どこに居を構えているかという説はあるものの)。
 とにかく作者独自の設定ではないことを伝えたいと思い、後書きに書かせていただきました。
 これにて失礼します。この話を読んでる途中に萎えさせてしまったとしたら、申し訳ないです。

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