外角低め 115km/hのストレート【完結】   作:GT(EW版)

57 / 91
軟投王誕生

 

 猛暑の八月。高く昇りきった太陽は惜しみない光を地上へと降り注いでおり、屋外でスポーツを行うには最も負担の大きい時期である。

 しかしこの立っているだけでも辛いと感じる高気温さえも、グラウンドに立つ高校野球児達にとっては日常のようなものだ。

 

 そう、日常である。

 

 白土のマウンドを踏みしめながら、泉星菜は己がこの日常に戻ってきたことを実感した。

 波輪風郎の負傷というアクシデントから、状況に流された節のあった前回とは違う。今自分は、はっきりと自分自身の明確な意志を持ってここに居るのだ。

 

(思えば、あの時打たれたのは必然だったんだな……)

 

 今でこそ思う。前回の練習試合でホームランを打たれたのは、打たれるべくして打たれた結果に過ぎないのだと。

 あの時のマウンドには、今この身に感じているような強い意志――投手として自分がチームの勝敗を背負うということへの覚悟が足りていなかったのだ。自分の中では理解しているつもりでも、本当の意味で竹ノ子高校の一員という自覚が無かった当時の自分では、味方のミスがあったと言えど詰めが甘くなるのは自明の理だった。

 グラブの中に隠した白球を左手で握り締めながら、ユニフォームに背番号「19」を背負った星菜は小さく苦笑を漏らした。

 

「帰ってきたんだ……今度こそ、ここに」

 

 栗色の双眸が見据える先にはストライクゾーンの外角低めを要求する捕手六道のキャッチャーミット。その傍らの打席に立っているのは今行っている練習試合の対戦相手、「ときめき青春高校」の打者だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 竹ノ子高校全体で恋々高校と協同し、練習の傍ら署名運動に勤しみながら迎えた八月の夏である。監督の茂木から宣告された通り竹ノ子高校の練習場所は校庭グラウンドから市外のスポーツ合宿場へと移り、今季初のチーム強化合宿となった。

 だが、その日合宿場を訪れたのは竹ノ子高校だけではない。他には「パワフル高校」と「そよ風高校」、そしてこの中では唯一他県の高校である「ときめき青春高校」の三校が、その合宿場を訪れていたのだ。しかし合宿場のグラウンドは数箇所に渡って用意されている為、それが原因で窮屈になるということはなく、使用可能な広いグラウンドは四校それぞれに一箇所ずつ分配されていた。

 日頃校庭のグラウンドをサッカー部の者達と相談しながら細々と使用している竹ノ子高校野球部にとって、与えられた範囲内であれば周りに気兼ねなく広いグラウンドを使うことが出来るのは願ってもない機会だった。

 だが、竹ノ子高校が合宿場入り初日に行ったのは、そのグラウンドを使っての練習ではなかった。

 

 そのグラウンドを使っての、「練習試合」だったのである。

 

 本格的に合宿に入る前に、実戦形式の試合を行うことでチームとしての課題を明確にしておきたいというのが監督の茂木の意図である。彼が言うには、丁度良く同じ意図を持って練習試合の相手を探していた高校が同じ合宿場に居たとのことだ。

 その高校が他県所属の高校、「ときめき青春高校」だった。

 しかしその「ときめき青春高校」という高校。特徴的な名前であるにも拘らず、星菜も含め竹ノ子高校内で知る者はほとんど居なかった。それには他県の高校であることも理由の一つだが、この高校は野球に関しては一切目立った活躍の無い学校で、今年の始めまでは二年生二人しか部員が居なかった為に廃部の危機にまで瀕していた高校だったからである。

 

「なんだか、オイラ達に似てるでやんすね」

「だな」

 

 その事実を唯一ときめき青春高校の情報を持っていたマネージャーのほむらから聞かされると、竹ノ子野球部員二年生の誰もが矢部明雄の言葉に同意した。

 去年までは部員の確保すら満足に出来ず、最近になってようやく始動した野球部――それはあまりにも、竹ノ子高校と酷似した境遇だったのだ。

 だが酷似しているが故に、竹ノ子高校の選手達はそう言ったチームが強くなることがどれほど難しいのかもよく知っている。そのことから、一同はときめき青春高校のことを大黒柱の波輪を欠くチーム状況で戦う相手にしても些か物足りない程度の相手だと判断していた。

 普通にやれば楽勝だろうと――そう緩みそうになった選手達の心に待ったの声を掛けたのは、マネージャーであるほむらの言葉だった。

 

「ブランクはあるみたいッスけど、部員の顔ぶれを見るとウチよりもずっと凄いッスよ? 三森兄弟に鬼力君、茶来君……とにかくシニア時代有名だった選手ばっかりで、特にこの朱雀(すざく)君とキャプテンの青葉(あおば)君はボーイズリーグの日本代表メンバーだった選手ッス」

「朱雀と青葉? ああ、そいつら俺知ってる! あの球がめっちゃ速いサウスポーと、すげえスライダーを投げる奴か!」

「そうッス。二人揃って無名校に入るなんて酔狂な話って思ったッスけど、考えてみれば波輪君も同じッスね」

「まじか、あの二人が居るのか……! くっそ~……試合出たかったなぁ……」

「フハハ! 試合は僕が投げますので、キャプテンはリハビリを頑張ってください」

「ああ……早く治さないとなぁ。でもお前は頑張れよ青山?」

「フハハ! 大船に乗ったつもりで居てください! 僕は入部から体重が2キロ増えましたから!」

「で、球速は?」

「フハハ! フハハ……」

 

 ときめき青春高校は野球部として始動したのは最近のことでも、部員達が中学時代の頃に築いた実績は竹ノ子高校の面々とは段違いのようだ。ほむらから上がった二人の名前に聞き覚えのある波輪が興奮しながら、しかし自分の右肩を見て悔しげに唇を歪めた。

 実力のあるメンバーが校内に揃っていながらも最近まで野球部に部員が二人しか居なかったのは不思議な話だが、実力があるからと言って素直に野球部に入るとは限らないことは星菜自身が十分に理解していた。部外者である自分がそのことについて詮索する必要は無いだろうと、細かな疑問は頭の片隅に置くことにする。

 練習試合を迎えるに当たって、星菜にはただ相手にとって不足が無いことだけがわかればそれで十分なのだ。 

 

 

 

 そして当日、合宿初日であり、練習試合の日を迎えた。

 貸切のバスで数時間揺られてたどり着いた合宿場は、一キロ圏内には広大な大海原が見える潮風爽やかな場所だった。

 

 竹ノ子高校が合宿場入りした頃には既に先に訪れていたときめき青春高校の選手達がグラウンドにて練習を行っている様子であり、監督の茂木に挨拶しに来たときめき青春高校の主将「青葉(あおば) 春人(はると)」いわくこちらはすぐにでも試合が出来る状態とのことだった。

 その言葉を受けた星菜達竹ノ子高校野球部員一同は柔軟体操、キャッチボール等のアップ運動を終えるなり、早速試合の準備へと取り掛かった。

 

「よし、そんじゃあメンバーを発表するからよく聞けよ?」

 

 選手達を手元に集合させた茂木が、この練習試合に出場する九人のスターティングメンバーを読み上げた。

 

 一番センター矢部。

 二番キャッチャー六道。

 三番ファースト外川。

 四番ショート鈴姫。

 五番サード池ノ川。

 六番ライト青山。

 七番レフト石田。

 八番セカンド小島。

 

 九番ピッチャー泉。

 

 

「……以上だ。反論は聞かん」

 

 名を読み上げられた瞬間、思わず変な声が出そうになった。それを我慢することが出来たのは、恐らくはこのスターティングメンバーにおける最大の異端人物――九番ピッチャー泉たる張本人よりも先に、周囲の人間の声が先走ったからであろう。

 

「反論? あるわけないっすよ」

「まあ、現状最高のメンバーだろう」

 

 不平不満の声は無く、勝負の場に似つかわしくない浮ついた声も無い。自分が名を呼ばれなかったことに悔しげな顔をする者は当然多く居たが不満そうな顔は無く、この場においてこのスターティングメンバーを読み上げた監督のことを批難する者は居なかった。

 

「そんなに気負いすぎず、練習通りいこう」

「……はい」

 

 今回は怪我の為出場メンバーに登録されていない波輪が、先輩の投手としてのアドバイスを言いながら星菜の肩をポンと叩いた。

 

 

 こうして泉星菜は、高校初先発の試合となったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ――そして、時は戻る。

 

 主将同士のじゃんけんにより後攻となった竹ノ子高校は一回表の守備につき、星菜もまた自らのポジションであるマウンドの上へと立った。

 足場の感触が普段使っている校庭のものと違う気がするのは、きっと場所が違うことだけが理由ではないだろう。

 例え練習試合であっても、実戦のマウンドに立つとなれば気の入り方が変わるものだ。尤も星菜の場合、緊張で身体が固くなるということはない。

 

 ――ただ、気持ちが良いのである。

 

「……私は、ここに居る」

 

 自分の意志で、ここに居る。

 野球を捨てなくて良かった。

 自分がまだ野球を続けていることに、星菜はこれ以上無いほどに誇りを感じた。

 

「さて……」

 

 そして、思考を切り替える。

 先発を任された以上は、投げるだけで満足するわけにはいかない。

 まずは一人目の打者――右打席に立った目つきの悪い水色の髪の男と対峙する。

 その男の顔立ちはありふれたものではなく平凡と言うには特徴が多かったが、二番打者の座るネクストバッターズサークルには彼と全く同じ顔の男が待機していた。

 

(あれが三森右京、三森左京……中学時代はシニアで活躍していた三つ子の兄弟の二人)

 

 ときめき青春高校との練習試合が決まった次の日から先輩マネージャーのほむらが集めてくれた情報を、星菜は頭の中で復習する。

 その情報によると、ときめき青春高校の一番二番を打つ二人の顔が酷似しているのは彼らが同じ血を分けているからだという。そして兄弟共に抜群の俊足と広大な守備範囲を持っており、打撃センスも非凡なものがあると。

 

(……毎回思うけど、ほむら先輩の情報網には恐れ入るよ)

 

 苦手なコース、得意なコースと言った試合で活用出来る有用な情報はもちろん、個人情報めいた部分まで収録しているのが川星ほむらのデータベースである。

 しかし彼女はあくまでそこに収録されていたのは中学時代の情報であり、今この場で鵜呑みにし過ぎるのは危険だという助言を据えてくれた。だが知っていると知っていないとでは違うものは多く、彼女からの情報が助けになることだけは間違い無かった。

 星菜としては選手としてマネージャーの恩恵を受けるというのも、新鮮な気分だった。

 

「よし」

 

 投球練習を終えたところでプレイボールが掛かり、星菜はワインドアップから一投目の投球動作に移る。

 打席の三森右京は星菜が投じた外角低めへの緩く大きな変化球――スローカーブを見送り、簡単にワンストライクを取った。

 立派な球場でない為に球速表示は見れないが、手応え的には球速80キロを切っていたと思える。捕手六道からの返球を受け捕ると、星菜は初球から狙ったコースでストライクを取れたことに一先ず安堵した。

 だがその一秒後には思考を切り替えており、星菜は一投目の投球以上に集中して六道のサインを見据えていた。

 

(しばらく実戦から離れていた選手が大半の野球部……条件は、私とほとんど一緒だ)

 

 六道の構えたミットを目掛け、小さなテイクバックから全力で左腕を振り下ろす。

 ボールは振り下ろされた左腕からワンテンポ遅れて放たれ、ようやくホームベース上へと到達した。

 

「っヤベッ」

 

 打者の目からは思ったよりも「来ない」ボール――チェンジアップである。打席の三森右京は投じられた瞬間腕の振りから変化球ではなくストレートと判断していたのか、バットを出すタイミングを誤り、完全に芯を外した打球をサードの正面方向へと転がしてしまった。

 打球は竹ノ子高校サードの池ノ川が前進して抑えると、流れるような動作で一塁へと送球した。

 

「アウトッ!」

 

 いかに俊足と評判の三森右京でも、池ノ川の強肩を持ってすればさして苦もなくアウトにすることが出来るようだ。先頭打者を狙い通りの打球に打ち取った星菜は、一塁外川から寄越されたボールを受け捕りながら呟いた。

 

「ブランク持ち同士じゃ、言い訳も出来ないな……」

 

 最近になって本腰を入れ始めた野球少女と、今年本格始動した野球部との対決。この練習試合を組んだ監督の茂木には、その構図になることを最初から狙っていたのかとすら疑ってしまうほどだ。

 だとすればとんだ演出家である。

 

「二番の左京は名前通り、左打ちか……」

 

 ときめき青春高校の二番打者、三森左京が左打席に入る。その顔はやはり、先ほどの三森右京と瓜二つだった。

 そして似ているのは顔だけでなく、プレイスタイルも酷似しているというほむらからの事前情報がある。

 

(走力が今の右京並と考えると、タイミングからして今みたいな当たりだと内野安打になるな……)

 

 情報によれば、左京の右京との特徴の違いはほとんど「左打者」であることぐらいしか無いらしい。

 だが彼のように俊足巧打の打者にとって、打席が左というのはそれだけで投手側に厄介な武器となる。

 単純に考えても右打者より一塁ベースへの移動距離が短くなる為、それだけ内野安打の確率が高くなるのだ。

 

(でも、この打席にその心配は無さそうだ)

 

 だが、左京が先ほど凡退した右京に向けていた表情から見て、星菜は彼がこの打席において狙って左方向に打球を転がすことはないだろうと判断した。

 これは星菜がチラリと一瞥したネクストバッターズサークル上での彼の様子だが、彼は凡退した右京に対して呆れの目を向け、そして星菜のスローカーブに対して嘲るような笑みを浮かべていたのだ。

 これまで極端な軟投派という投球スタイルを続けてきた星菜には、そう言った笑みを浮かべる者の考えなど容易に想像することが出来た。

 

(なんであんな遅い球を打ち損じる? あんな球なら簡単に打てるだろ……そんなところかな。確かに、そう考えるのが普通だ)

 

 打者の立場から、このような小学生レベルの球速ならいつでも打てると考えるのは決しておかしくはない。だが、それは自分の投げるボールがただ遅いだけでないことを知らないからこそ出来る考え方なのだと星菜は心の中で笑い返した。

 重要なのは打者にとって思ったよりも「来ない」ボールと、思ったよりも「来る」ボールを自在に使いこなすことだ。それさえ出来れば球速のハンデなど無くなるというのが星菜の持論であった。

 

「チッ」

 

 アウトサイドに決まった星菜の思ったよりも「来る」ストレートを強引に引っ張ろうとした結果、どん詰りのセカンドフライを打ち上げることになった左京の舌打ちが響く。

 ボールは二塁手小島のグラブに無事収まり、あえなくツーアウトとなった。

 

(球が遅いからと、無理に引っ張ろうとするからそうなる。足の速いバッターが簡単に打ち上げてくれると助かるよ)

 

 ここまでに星菜が投じた球数は僅か三球である。彼らは投球練習からの星菜の投球を見て、簡単に打てそうだと認識しているが為に早打ちになっているのだろう。

 尤も、ここまで簡単に打ち取ることが出来たのは二人が野球から遠ざかって一年のブランクがある選手であることが最大の要因だと星菜は認識している。

 

「打てよ、朱雀!」

 

 ときめき青春高校側のベンチから応援の声が響き、背番号「1」を着けた三番打者がゆっくりと左打席に入る。

 身長は180センチをゆうに超え、鍛え上げられた強靭な筋肉はユニフォームの上からでもわかる。バットを高々く上げて槍のように突き出した構えは、彼の纏う独特な雰囲気も相まってまるで「王」のような堂々とした佇まいだった。

 

(問題はこの人だ。朱雀(すざく) 南赤(なんせき)……)

 

 この男の名は朱雀(すざく) 南赤(なんせき)。ほむらの情報によればかつてはボーイズリーグの日本代表のメンバーだった男であり、ときめき青春高校野球部に一年生の頃から入部していた者の一人だ。

 彼の投げる速球は中学時代の時点で145キロを記録しており、打撃センスも抜群に良かったと言う。

 

 実は試合を行う直前、彼は竹ノ子高校の主将である波輪と対面しに来ていた。

 二人は中学時代、シニアとボーイズリーグというお互いの所属の違いから直接対決したことこそ無かったものの、当時は波輪が「右の速球王」、朱雀は「左の速球王」として比較されていたらしく、波輪は知らなかったが朱雀は波輪のことをライバル視していたらしい。

 そんな因縁のある朱雀は、本当ならば是非とも波輪と投げ合いたかったことであろう。波輪の右肩の状態を聞くなり厳つい顔つきながらも目に見えて落ち込んだ様子でときめき青春高校のベンチへと引き下がっていった彼の姿が、何とも印象的だった。

 

(140キロ超えのストレートなんて、私には一生縁が無い)

 

 超高校級の選手が続々と登場している現代の高校野球界。

 所属が無名校と言えど、いずれはこの男もまた、その中に名を連ねることになるだろう。

 

「だけど……」

 

 グラブの中でボールを握り、大きく振りかぶる。

 腰の位置にて膝を曲げ、大きく踏み出した右足をバネに、左足でマウンドの土を蹴り、左腕を思い切り振り下ろす。

 しかし指先から抜くように放たれたボールは腕の振りよりも遅れて飛来し、月の如き大きな弧を描いてキャッチャーミットへと収まった。 

 

「ストライク!」

 

 審判――を務めているこの試合に出場する予定の無い竹ノ子高校野球部の部員が判定の声を上げると、外角低め一杯に制球されたボールに捕手の六道が満足げに頷く。

 そのボールを打席上で何ら反応することなく見送った朱雀は、尚も表情を変えることなく構えに戻った。

 返球を受け捕った星菜は続く二投目の投球に入り――朱雀は全く同じコースに決まったスローカーブを強振し、空振りした。

 

「ナイスボール!」

 

 タイミングが全く取れていない、と言った形の完全に的外れな空振りだった。マウンドを睨む朱雀の顔は依然厳つい表情のまま変わらないポーカーフェイスであったが、星菜には彼の考えていることが何となくわかった。

 

(……そう睨むな。私は貴方のことを馬鹿にしているつもりはない。ただ、剛速球ばかりがピッチングじゃないってことです)

 

 苦笑を浮かべ、星菜はグラブの中でボールを弄びながら六道のサインを見る。

 三球目の投球に入る六道のサインは、朱雀の内角にシュートを外せというボール球を要求するものだった。

 そのサインに星菜は――初めて首を振った。

 

「すみません、先輩」

 

 それを受けてすぐに星菜の希望通りのサインに変更してくれた六道の要求に頷くと、星菜は打者を焦らすように数拍の間を空け、ゆったりとしたモーションから三球目のボールを投じた。

 

「ストライクッ! バッターアウト!!」

 

 外角低め、先の二球と全く同じコースへのスローカーブであった。

 朱雀はそれに手を出すことが出来ず、拍子抜けするほどあっさりと見逃しの三振に倒れた。

 その打席は周囲の目から見てどこか不気味に映ったが、星菜は直後に呟かれた朱雀の言葉を聞いて安堵した。

 

「……タイミングが合わぬ」

 

 マウンドからベンチに帰る前に聞いてしまった、朱雀が打席上でボソりと呟いたその一言に星菜は危うく吹き出しそうになった。

 

「これが、私だ」

 

 初先発のマウンドにおける緊張の立ち上がりは、たった六球で締めることが出来た。

 その内、球速が100キロを超えたのは左京を打ち取ったストレートだけだ。

 剛速球など不要と――良い意味で自分らしさを発揮することが出来たイニングだったように星菜は思う。

 

 だが、これからだ。

 まだ、始まったばかりだ。

 

 まだ泉星菜のマウンドは、終わっていない。

 

 






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。