永遠のアセリア ~果て無き物語~   作:飛天無縫

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 我は永遠神剣である。名は【求め】だ。

 第四位という、この世界に存在する神剣の中では最高位の、極めて格の高い神剣である。

 

 人間の感覚で言えば、二月ほど前のことである。我の新たな契約者がやって来た。

 大陸の最北に位置するラキオスという国の倉庫へ永い間死蔵されていた我が、世界を渡って現れた契約者の下に転移したのだ。

 人の運命とは数奇にして難儀なもの。我ら永遠神剣の干渉を受けてもすぐに結果に繋がるわけではなく、何年もの時をかけてようやくこちらの世界に召喚することができた。苦労した過去を偲ぶ思いはあれど、それだけに苦労が報われると思うと嬉しいものである。

 

 しかしそれらの感慨も、初対面の時点で放棄したくなる。

 この契約者、召喚されてすぐに妖精に犯されたのだ。しかも事も有ろうに、エターナルに通じた妖精に、だ。

 その結果、我の力を為すマナが大きく損なわれてしまった、否、奪われたのだ!

 屈辱である。よもや妖精如きに不覚を取るとは。

 先述したラキオスに所属する妖精に危ういところで助けられたものの、あのままでは直後に契約者は殺されていた。世界を渡って一日も経たずに消滅するなど笑い話にもならぬ。我が人間の体を持っていたなら冷や汗を拭いたいところだ。

 

 無論、このままでいるつもりは毛頭ない。奪われた分のマナを取り戻そうと我は契約者に働きかけた。

 契約者の初陣となる戦いの最中、正式な契約を結び、我の力を発揮できるようにはなった。その戦いで得たマナは、契約者の初めての戦闘による高揚も伝わってきて中々の旨みがあったが、戦闘自体があっさり終わってしまった。

 いくら我が強すぎるせいであっても、これでは到底満足できぬ。今度は契約者に仕える緑の妖精からいただこうと思ったのだが、賢しげに反抗してくる始末だ。妖精の分際で忌々しい。しかし今の我は無理をできぬ身であるため、已む無く断念した。

 

 その後も一向にマナを得ようとしない契約者に苛立つ我は、側に侍る青の妖精を犯すようにけしかけた。こういった雌の妖精は斬るのもよいが、犯して得られるマナもまた格別の味がするものだ。我ほどの神剣ともなればどちらでも楽しめる。低位の神剣ではこうはいかない。

 しかし、ここでも我の行いは妨げられた。前回と違って妖精の方は抵抗しなかったというのに、契約者が我を拒んだのだ。どうも契約者は性行為に対して怯えが先立つらしい。男児であるというのに情けない限りである。

 しかもこの状況で世界の外から正確に働きかける存在があった。一度ならず二度までも我の邪魔をするか、忌々しきエターナルめ!

 その声を受けて契約者が一段と我を拒絶した。それ以上無理をしては消耗が激しい。口惜しいが、我は仕方なく矛を収めることにした。

 まあ、これで契約者も我が何を求めているか、大まかにでも理解できただろう。これを機に自身の行動を改めることを期待した。

 

 そんな前言を撤回したくなる。

 契約者め。理解して尚我の求めを拒むとは何を考えているのだ。我の力を満足に振るえなければ汝の求めも果たせなくなるのだぞ。奇跡を願ってまで救ったあの娘を守れなくなるのだぞ。

 与えた力には対価を。奇跡には相応の代償を。これはあらゆる現象に当てはまる根源の理である。それが分からぬほど緩い頭ではなかろう。だと言うのに、ぬるま湯に浸ったような呑気な表情を浮かべおって。

 満足なマナを得られぬ内は我も自粛せざるを得ない。契約者に力の流れを絶ち、少しでも消耗を抑える。神剣の力を引き出せなくなったことに契約者は戸惑っていたが、それがどうした。こちらからすれば死活問題なのだ。

 

 後日、契約者がラキオスの王族に呼び出されると、龍退治なる任務を言い渡された。龍が持つマナを解放し、国を潤すためらしい。

 賢しくも神剣の理に手を出した歴代の王には、契約者は手を出すことができない。一息に両断できるはずのにやけ面は契約者のみならず、我も大層苛立ったものだ。人の分際でああも付け上がれるとは逆に感心である。

 その日暮れの際、再び契約者に干渉して妖精を犯すようにけしかけた。契約者の膝の上には赤の妖精が一人。ご丁寧にもこやつを励まそうなどと考え、のこのこと尋ねてきたのだ。

 鮮度の良いマナが味わえそうだ、と思いきや、なんとこの妖精の声が我の声よりも契約者の内に響いた。驚いたことにその声をきっかけとして契約者は自我を取り戻してしまったのだ!

 我の油断か? いや、この赤の妖精には何か秘密がありそうだ。今後注意が必要かも知れぬ。

 

 それにしても契約者め、この期に及んでもまだ体を明け渡さぬか。呆れた精神力だが、それをもっと別の方面に活用できないものか。このままでは我もまともに力を発揮できぬ。

 こうなったら契約者がもっと弱っている時を狙うしかない。心身共に疲れ果てている時……そうだな、これから契約者は妖精共を引き連れて龍を殺しに向かう。あれほどの獲物となると先日とは違って一筋縄ではいかぬだろう。その帰り際に仕掛けるか。

 龍が相手ならば妖精だけでは敵わぬ。契約者は必ず我の力を求める。その強き想念に乗じてより深く魂を縛ることもできよう。戦いに疲れた時ならば妖精を犯すのも容易かろう。

 

 契約者よ、我は諦めんぞ。かつての力を取り戻すために、汝にも我が求めに応えてもらうからな。

 

 

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 

 龍のいた洞窟を出ると、既に陽は沈み始めていた。傾いた日差しが周囲の森を紅く染め、昼日中とは違った様相を見せている。

 思っていた以上に洞窟の中にいたようだ。心躍る時間は早く過ぎるものだが、今回のそれは殊更に感じる。龍のマナという珍しいものを堪能できたこともあり、我は余裕を以ってそう思うことができた。

 もちろん、それだけで済まされることではない。予定通りに始めるとしよう。

 

(う……なんだ?)

 

 契約者の心に感覚を伸ばしていく。違和感を覚えた契約者は立ちくらみを起こしたように頭を押さえた。

 

「ユート様?」

「はは……ちょっと、疲れたかな……」

 

 契約者は平常を装い笑ってみせるが、妖精たちは顔を曇らせる。

 

「! どうした?」

「パパぁ……病気なの?」

「大丈夫だって……」

「全然大丈夫に見えないよぉ……」

 

 赤の妖精が縋り付いてきた。青の妖精も言葉が少ない割りにはどことなく気になる表情で近付いてくる。

 

「アセリア、ユート様は私が看ています。先にオルファを連れて報告に行ってくれませんか?」

 

 その時、緑の妖精が契約者を支えて口を開いた。何かにつけて契約者の面倒を看ようとするこの妖精、今回も例に漏れず、真っ先に名乗り出たな。予定通りだ。

 

 いくらか赤の妖精がもめたが、結局は納得したようで、青の妖精に連れられて城へ先行することにしたようだ。

 ちらちらと何度も振り返りながら走っていく妖精を、契約者は見送った。

 

 その姿が見えなくなった途端、張り詰めていたものが切れたのか、契約者はその場に崩れ落ちて膝を着く。息を荒げて頭を押さえる契約者に、緑の妖精は心配そうに寄り添った。

 

「ふぅ……っつ……ぅ、ハァ……」

「ユート様……大丈夫ですか、ユート様……」

 

 邪魔者は消えたな。さて……行くぞ、契約者よ!

 

【我の飢えを……満たせ…………契約を……】

「なっ、なんなんだ、これは……くぁっっ!」

「ユート様っ! ど、どうされたのですか!?」

【マナをっ! 我にマナをッ!!】

「干渉を受けてる……? それじゃやっぱり……」

 

 精神は押さえた。このまま、次は肉体だ。

 契約者の右腕を動かし、緑の妖精の肩へ伸ばす。掴むや否や、地面へ押し付けて馬乗りになった。

 

「うわぁぁぁぁぁ゙ぁぁぁ゙ぁ!!!」

「きゃっっ……くぅ! ユート、さま……」

「はぁーっっ! あ、はぁーっ!!」

 

 猛り狂え、契約者よ……そして求めよ、女の肉を!

 契約者の肉体と精神を同時に犯す。猛烈な苦痛と、耐え切れない飢えを感じていよう。何も捉えていない眼球が血走り、今にも弾けそうだ。

 目の前に妖精がいるぞ、喰らってしまえ! そしてマナを!

 

「はぁっ……エス、ペリアッッ!」

「だめです……ユート様、負けないで……!」

「はぁっ、っく……痛……辛い、んだ……」

 

 辛いであろう。何より、目の前の肉を貪れば飢えから解放されると本能的に理解して尚、己を抑えることはできまい。

 

「ぐあぁ……ッッ!!」

「くぅっ、ユート様……が、がんばって……ください……」

「あ゙っ……があぁぁっ!」

 

(ダメ、だ……俺は何を考えて……)

 

 余計なことを考えるな! 貴様はただマナを求めればよい!

 

「ぐはぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 契約者は血を吐かんばかりに咆える。いい兆候だ、このまま……

 

「あがっ、ぐ、くあぁぁぁっ!!」

「ユート様……ユート様っ!!」

 

(気が……遠く、なる……)

 

 苦しいだろう、嫌になるだろう、何故我慢せねばならない、堪える理由がどこにある、貴様は求めてよい、心のままに、力のままに、汝の欲のままに。

 

「ユート様っ!!」

「う……ああ……」

 

(そうか、認めてしまえばよかったんだ……これは仕方ないことに。そうすれば……マナを……快感を……)

 

 そうだ、いいぞ。そのまま意志を我に委ねろ。そうすればついに――

 

 ――お――

 

 ――い――

 

 ――こ――

 

 ――ら――

 

 その時だった。不意に我の意識に触れるものがあった。人ならば、唐突に背後から声をかけられたに等しいだろう。無論我は神剣であるのだからこれはおかしい。そう、おかしいのだ。契約者の精神世界の中に、我と契約者の他に何かの意識が潜んでいたということなのだから!

 

 何だこれは……! いや、何なのだお前は……!

 驚愕のあまり動揺したことを認めざるを得ないだろう。つい契約者の手綱を緩めてしまった。

 

(ダメだっ、ダメだダメだダメだぁっっ!!)

 

 しまった、契約者が自己を取り戻したか!

 

「きゃっ……!」

 

 緑の妖精を突き飛ばし、転げ回って身悶える。契約者には何も見えていない。全神経を集中して我の干渉を撥ね退けようとしている。

 まずい、せっかくここまで進めたというのに……!

 

「いやだっ! 俺は、俺はっ、うぁぁぁぁぁっっ!」

 

 転がる内にぶつかった樹に縋り付くように体を起こし、その幹に何度も頭突きを繰り返した。

 やめんか、そうも脳を揺さぶると我まで乱れてしまう!

 

「くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉっっ!!」

「ユート様、おやめください……それではあなたがっ!」

 

 突き飛ばされた緑の妖精が叫んだ。その声が聞こえたのか、契約者はふらつく足取りで幹から離れていく。

 よし、抵抗が止まった。この隙にもう一度……!

 そう思い、再び肉体を縛ろうとしたその時、

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

 あろうことか契約者は鞘から我の剣身を抜くと、その切っ先を自分の胸に突きつけたのである。

 その時は、我は瞬時に手を引くことしかできなかった。動きを止めようにも、何かの弾みで操作を誤り、その剣で契約者を貫いてしまったらどうするというのだ。

 自分の剣で契約者を殺す。永遠神剣にとって、これほどの恥辱はない。

 

 ああ、認めよう。この時、我は恐怖した。

 異常なまでの抵抗を見せる契約者に。そして、異様なまでの存在感を発したあの声に。

 

 結局、あれから何もすることができなかった。

 契約者への干渉も、改めてする気にはなれなかった。龍を斬ってマナを得たとは言え、未だ自粛しなければ危うい身だ。そう何度も無茶を重ねるわけにはいかん。

 そんな理屈も、己を誤魔化すための言い訳に思えて情けなくなる。我は恐れているのか。契約者がああも拒むことを。再びあの声を聞くことを。

 

 夕陽が地平に沈み始めた。赤みを増した光が差す中で、契約者は荒い息を繰り返しながら横たわっている。その頭を、緑の妖精に抱えられるように抱き締められて。

 よほど恐ろしかったのだろう、目に涙を溜めたまま安堵の微笑みを浮かべて契約者の顔を覗き込んでいる。

 

「ユート様……あまり、びっくりさせないでください……はぁ、心臓が止まってしまうかと思いました……」

「……ごめん」

 

 この表情を見て劣情を催さぬとは……契約者の感性は一体どうなっているのだ?

 女を侍らせ、踏み躙り、その肉を貪ることは男子の本懐であろう。

 ましてや、相手は妖精に過ぎん。遠慮する要素は皆無だ。

 

「エス……ペ、リア……」

「ユート様……大丈夫なのですか?」

「ああ、変な頭痛はもう消えた……ん……でも、なんだったんだ、今のは……?」

「なんでもありません……なんでも……」

「早く、追いつかないと。オルファが心配してる……」

「はい……でも、もう少し休憩してからです」

 

 穏やかな声に促され、契約者は静かに眼を閉じた。

 

 

 

 

 

 またもや失敗に終わった。得られたのは龍のマナと、契約者が我を求めた言質のみ。その魂への縛りはさほど変わっておらぬ。

 より強く力を発揮できるようにはなったが、見合う代償は未だに得られず、先への展望も暗いまま。それどころか、今回耐え抜いたことで契約者に妙な自信を付けさせてしまったかもしれん。

 あれは我としても痛恨の失態であった。あんな見計らったような瞬間に声をかけられるなど誰が想像できよう……そう、あの声。

 あれの意味するところは明らかだ。

 図に乗るな――そんな警告である。

 

 何が起きている……あれは断じて契約者に属する存在ではなかった。あんなものが人間に連なるものであってたまるか。

 またか、またエターナルなのか、どこまでも邪魔しおって!

 何故こうも上手くいかぬ……我が一体、何をしたというのだ……

 

 

 

 

 





【おはこんばんちは、【悔恨】でっす!
 この挨拶を考えた人って天才だね。何時に使っても間違いじゃないんだよ? もうこれ一つでいいよ。

 さて……とりあえず言いたい。この瞬間だけ、私は匠を越えたあああ!!
 ふふんっ、こうして予告コーナーで出番が確定してる私は本編にて一切出番がなくても焦る必要がないんだもんね。【求め】視点で書かれた今回の話に匠は全然出てn……あれ?
 あー、んーと、うー…………説明すると。
 悠人の精神の中で【求め】が聞いたあの声は、匠のものです。はい。
 これは、あれです、背中がチラッと見えたとか、黒いシルエットが一瞬だけ映ったとか、そういうレベルだから! 匠本人はしゃべってないから! 少なくとも今回は私の方が目立ってる、絶対目立ってる!
 ……おっほん。すいませんでした。
 まあ、せっかく侵入したんだし、何も仕掛けを施さないのはもったいないじゃん? もしもの時のための安全弁というか、物語が円滑に進むように保険をね、仕込んでおいたのよ。
 もちろんここで言う円滑は、主人公がちゃんと王道展開を歩めるようにした、神剣の意向を度外視した身勝手なものね。そのせいで最後ら辺の【求め】が涙目っぽいし。

 その【求め】だけど、全体を通してとにかくマナを欲しがる姿が描かれた今回ですが、どういう印象を受けたかな? 人によってはすっごく見苦しく思えるかもしれない。悠人を乗っ取ろうとしたり、スピリットたちを餌として扱ったり。
 けど仕方ないと言えば仕方ないのよ、永遠神剣にとっては死活問題だからね。いや、割りとマジで。人間にとっての水とか空気とか、それと同じくらい大事なのよ。だからこそ神剣は自分が生きるためのマナを確保するために躍起になるんだ。

 んじゃ、他に説明することもないし、次回予告するね。
 あの人の代わりにはなれない、そんなことは分かっています。
 それでも、あなたの下で戦えることは私の、私たちの誇りです。
 支えさせてください。たしかに人間は嫌いですが、あなたは別です。
 そのためなら戦いの中で力尽き、再生の剣に還ろうとも悔いはありません。
 あなたの勇気に、気高い優しさに、私たちは救われたのですから……
 いっじょうでっす!

 ま、匠サイドから始まって、今回悠人サイドを語ったので後は……分かるな?
 ほいではこれにて、ばいばば~い】

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