アオヤマ涙目の回です。
爆発音が鳴る。冥界の森を焼き払わんと幾重にも重なった火の玉が、業火となって焼き尽くす。
禍の団。各勢力のはみ出し者達が集いしテロリスト集団は悪魔の界隈に棲む権力者達を一掃しようと若手悪魔のお披露目パーティーを狙って仕掛けてきた。
襲撃にあったパーティー会場は若手悪魔達を中心にした防衛戦線で迎撃を開始。若手ながらも強力な力を持ち合わせ、現状は悪魔側が優勢となっていた。
「ば、バカな……」
「我等の術が……唯の一撃で打ち消されただと!?」
テロリスト集団の魔術師達が狼狽する。目の前の人物に対し、信じられない様なモノを見るその目は、既に心が折れ、恐怖を植え付けられた敗者のソレだった。
「こんな、こんなふざけた事があってたまるか!? 我が人生を捧げて編み出した術だぞ!? 私のゴーレムがたかが人間に破れる筈が……」
胴体に風穴開けられ、粉々に成り果てたゴーレムを見て魔術師の一人が混乱する。様々な術が施され、魔術に秀でた北欧の術にもヒケを取らないと自負する男のゴーレムが、たった一撃で粉砕されるなど、あってはならぬ事態だった。
だが、目の前の男はその頭部を光らせながら頭を掻く。
「んなこと言われてもなぁ。こっちとしては泥人形を寄越してなんのつもりだと言いたいんだけど……」
男の最高傑作とも呼べるゴーレムを、目の前のマントを靡かせた男は泥人形と呼んだ。その一言に魔術師の精神は崩壊。涎を垂れ白目を剥いて倒れる様はテロリストの末路としても残念な終わり方だった。
「お、おい。アイツ、もしかして例の奴なんじゃ!?」
「ま、まさか!? コイツがあの白龍皇を倒したという!?」
「は? 泊龍皇?」
魔術師のゴーレムが崩され、浮き足立つテロリスト達の脳裏にある言葉が浮かび上がる。
それは、例に習って三大勢力の和平協議の舞台、駒王学園での出来事。伝説の二天龍の一角、白龍皇ことアルビオンを宿いし歴代最強になり得る男がたった一撃で敗れ去ったという話だ。
その噂はそのまま禍乃団にも広まったが、それを本気にするものはごく一部だけとなり、残りの大多数の構成員は何をバカなと一蹴する始末。
そしてその中には今この場にいる彼等も含まれていた。
だが、たった一撃でゴーレムを破壊された事により噂は真実味を帯び始めた。
ガタガタと震え出す彼等は、その噂の主となっているある名を口にする。
「ま、まさか……嘘だろう?」
「コイツが、コイツがあの───!」
「「「妖怪ハゲマント!」」」
「誰が妖怪だオラァァァァ!!」
突然の妖怪扱いに流石のハゲ……アオヤマも激怒する。
怒りのままテロリスト達を殴り飛ばす彼、その目頭にはうっすらと涙が見えた気がした。
“怪奇! 妖怪ハゲマント!!” その噂は後の禍の団の中でも静かに語り継がれていくのだった。
◇
「ヌンッ!」
「グフッ!」
サイラオーグの放つ拳が、白龍皇ヴァーリの胸元に突き刺さる。衝撃が背中を貫き、ヴァーリの後ろにある木々が吹き飛んでいく様子が、その一撃の凄まじさを物語っている。
だが、それでもヴァーリは立っていた。口から血反吐をブチ撒け、ズタボロの格好となった今でも歯を食いしばってサイラオーグの必殺の一撃を耐えて見せた。
恐らくは気力で耐えたのだろう。今の一撃で倒れない彼はサイラオーグも正しくヴァーリが噂だけの男ではないと理解した。
だが……。
「これが、若手悪魔の中でも随一と言われる男の拳か……確かに重いな」
ヴァーリの心からの賞賛を耳にしながら、サイラオーグは不機嫌な表情で睨んでいた。
「なんのつもりだ白龍皇」
「……なんの事だ?」
「貴様、禁手に至る処か神器すら出さずとは……俺を舐めているのか?」
静かに、けれど確かな怒りを乗せて発した言葉がヴァーリに突き刺す。
そう、サイラオーグとの戦いの際にヴァーリは己の武器と力である白龍皇の力を使わず、己の肉体のみでサイラオーグとぶつかった。拳と拳で殴り合う様はとても歴代最強の白龍皇とは呼べず、見る者によっては無様の一言に尽きる戦い振りだった。
最初は拮抗していた互いの力も、その体格差と体力差に根負けし、遂には一方的にやられる展開へとなった。
それでも頑なに神器を使おうとしないヴァーリを不審に思い、徐々に苛立ちを覚え、遂に聞き出した、何を考えていると。
「まさか、貴様の半減の力で俺の力を減らすことに罪悪感でも抱いたか? 長年積み重ねた力を、自分の力で消すにはあまりに可哀相だと。だとしたらそれは……俺の誇りを汚すのも同意だぞ。ヴァーリ」
そういって睨みをより鋭くさせるサイラオーグの瞳には先程以上の怒気……否、殺意が向けられていた。自分を侮辱するなと、受け継がれなかった力など求めず、自身の努力のみで培った今の強さを、サイラオーグは誇りに想っていた。
この肉体を与えてくれた母に多大な感謝を抱きながら鍛錬に明け暮れた日々は、サイラオーグにとっては宝だった。
喩え泥だらけに見えても、価値の無いものに見えようと、それだけは譲れない。故に許さない。
拳に更なる力を籠めて睨むサイラオーグ。それを……。
「あぁ、そういう風に捉えてしまったか。それは済まない。謝ろう」
ヴァーリはそんなつもりはなかったと素直に謝罪した。
「何せ、禁手化に至ってから戦闘経験以外に体を鍛えた事など数える程しかなくてね。一度本格的に一から鍛え直そうとしたのさ。神器に頼らず、己の力のみでね」
「だから、神器を使わなかったと?」
「納得いかないか? ならそうだな。一つ教えてやろう。俺がこうまでして肉体の強さに拘るのは何を隠そう、俺自身がそう言った奴に一撃で倒されたからさ。それも、ただの人間にな」
「っ!?」
ヴァーリの喜々として語る告白にサイラオーグは勿論、背後に控えていた彼の眷属達も驚愕に言葉を失っていた。
あの白龍皇が、二天龍の一角である伝説のドラゴンが、唯の人間に倒されたという事実に誰もが驚きを隠せずにいた。
だが、そんな衝撃を受けたサイラオーグ達とは対照的にヴァーリは嬉しそうにその時の事を語る。
「まさかと思ったさ。禁手化処か覇龍にも至れた俺がまさかただの一撃で死にかけるとは……それでも向こうは本気にもなっていない事からまるで悪夢を見ている気分になったよ。だがな……」
嬉しかった。その時のヴァーリは様々な負の感情を抱いていたが、それ以上の歓喜に打ちのめされていた。
強い奴がいる。神でもなく、悪魔でもなく、堕天使や天使でもない。唯の人間が自分という存在を粉々に打ち砕いた。
最早世界最強のランキングなど意味はない。強い奴は強い。そんな当たり前の事実に気が付いたヴァーリは最早自分が最強に成り得るとは思わない。
俺よりも強い奴に会いたい。そして、もう一度奴と戦いたい。赤龍帝でも神でもなんでもいい。強い奴と戦いたいと、ヴァーリは以前よりも強く願い始めた。
「けれど、今の俺ではまだその段階にはほど遠い。自分をより高める為、白龍皇の力を限界以上に使いこなし、己のモノにする為には俺にはまだやるべき事が多すぎる。だから───」
「俺と闘いたかったと?」
「序でに言えば、お前は俺を倒した人間と似ているのさ。神器や魔術に頼らず、自身の肉体だけを強くしたアイツと」
「そうか」
そこまで聞くと、サイラオーグの全身から殺意は消えた。研ぎ澄まされた殺意がパッと消えた事にヴァーリは少し物足りなさそうに眉を寄せる。
しかし。
「確かにお前の気概は理解した。俺も上を目指す者としてお前の考え方に共感できる部分は少なくはない。……しかし」
轟! サイラオーグの周囲に荒れ狂う風が巻き起こる。
「それでも、俺を舐めていたという事実には変わらんよなぁ!!」
怒りはない。殺意もない。あるのはただの純粋な覇気。
ただコイツを倒したいという一心でサイラオーグはその身に宿す力を解放する。
それを真っ正面に受けて、ヴァーリはフッと笑みを浮かべ、自身もまた拳を握り締め対峙する。
勝負が決する。誰もがそう確信した時、ヴァーリの背後から空間が裂かれ、そこから一人の男が現れる。
「引き際ですよヴァーリ」
「アーサー、良い所だから邪魔をするな」
金髪の髪を靡かせる男、アーサーがヴァーリに撤退するよう呼び掛ける。しかし、それを拒否するヴァーリにアーサーはヤレヤレと肩を竦め。
「彼が出張ってきました。既に前線の九割が彼によって捕まり、既に崩壊しています。このままでは彼と戦う前に終わってしまいますよ」
ピタリ。アーサーの一言で臨戦態勢だったヴァーリはその動きを停止しすると、今度は僅かに体を震え始めた。
「……まだ、癒えませんか」
「あぁ、心の方は決心したというのに体にはまだ恐怖が染み着いて離れんらしい。彼と対峙するのはまだまだ先になりそうだ」
小刻みに震える右手を抑えながら、必死に耐えるヴァーリ。彼に心身共に深い傷跡を刻んだ者の存在を思い出し、アーサーは軽く戦慄する。
もう彼は戦えない。そう判断したアーサーはヴァーリを連れて撤退しようとするが……。
「逃がすと思うか?」
若手No.1のサイラオーグが二人の行く手を阻もうと一歩前にでる。が、しかし。
「やめておきなさい。全快だった貴方なら兎も角、ヴァーリとの戦いでダメージを負い、連戦で消耗した眷属達では私の相手にはなりませんよ」
そう言って剣を突きつけてくるアーサーにサイラオーグは押し黙る。確かにサイラオーグは途中からヴァーリを圧倒し始めたが、それでも無傷とは呼べず、所々傷を負い。ダメージも刻み込まれている。
眷属達も同様に度重なる戦いの連続で消耗し、戦いは出来るが無理は出来ない状態に陥っていた。
加えて今彼等に剣を突きつけているのはヴァーリと肩を並べる程の強者。その手にした剣もその神々しさから聖剣の類と見て間違いないだろう。
分が悪い。自分達の現状と状況を鑑みたサイラオーグは追撃は出来ないと判断し、その闘気を解いた。
「理解が早くて助かります。私としてもあまりこれ以上無茶をしたくありませんでしたから」
「……一つ聞きたい」
「なんです?」
「白龍皇を倒したという人間。そいつの名はなんという」
サイラオーグの問いにアーサーはやっぱりと溜息を吐き、ヴァーリは予想通りの彼の問いに思わず吹き出しそうになった。
「彼の名はアオヤマ。君と同じ、己の肉体のみで這い上がった強者だよ」
ただそれだけを告げて、アーサーはヴァーリと共に裂いた空間の中へと消えていく。
空間は元に戻り、サイラオーグ達以外いなくなった場所で彼は静かに呟く。
「アオヤマ……まさか」
その名を呟いて我に返ったサイラオーグは後ろに聳え立つホテルの方へと振り返るのだった。
◇
「あー、やり終えた後の一杯は美味いな。ジュースだけど」
あれから数分。視界に映ったテロリスト達を片っ端からふん縛ったアオヤマは、先程のフロアへと戻り、仕事終わりのサラリーマンの如くオレンジジュースを煽った。
「よぉ、アオヤマ。今回も派手に暴れたみたいだな。どうよ、テロリスト相手に大立ち回りした気分は」
「別にどうもしねぇよ。テロリストを対峙するのは大体ヒーローの役割だろ?」
「ヒーロー……ねぇ。今回で悪魔の多くはお前さんを危険視してるみたいだが、お前さんには関係無かったか」
そう、アザゼルの言うとおり、アオヤマは目立ち過ぎる程に活躍してしまった。唯の人間でありながらテロリスト相手に無双するその姿は多くの貴族悪魔達に恐怖の対象として刷り込まれてしまった。
もしあの力が自分達に向けられたら。そう想像してしまう貴族悪魔達は化け物を見る目でフロアの端に座るアオヤマを見つめている。
そんな彼等を興味なさげに一瞥した後、残り少なくなったジュースを一気に飲み干し。
「別にどうでもいいさ。俺は俺がやりたいように闘っただけ」
そう言い放ち、アオヤマはフロアに設置されたゴミ箱に空き缶を投げ捨てる。
孤を描き、見事ゴミ箱に入ると、その隣にはいつの間にか眼帯をした老人が愉快そうに笑みを浮かべながらフロアへと入ってきた。
「ほっほっほ、中々度胸のある若造じゃないか。気に入ったぞ」
「あ? 誰?」
隣に美女とも呼べる女性を侍らせながら近付いてくる老人にアオヤマは怪訝に思いながらアザゼルに訪ねる。
「あぁ、一応紹介しておくわ。このジジイはオーディーン。北欧を統べる主神様だよ」
「よろしくのう小僧」
神の登場。北の主神の来日にそのフロアにいる貴族悪魔達からは絶句の声が辺りに響く。
そして差し出された手。神から握手を求めている事実をアオヤマは対して理解せずに。
「あ、ども。アオヤマっす。趣味でヒーローやってます」
と、挨拶代わりにその手を掴むのだった。
何でも知ってるオデン爺ちゃんなら、きっとアオヤマの髪復活の術を知ってる筈!(白目)