【完結】ラスボス詐欺【転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
魔法世界を消失させ、
麻帆良学園も巻き込むと、
とラスボスは申しております。


おわり

 ウェールズの魔法学校へ寄って、魔法世界へ行くための案内人を紹介してもらう。魔法世界へ行く表向きの理由は父さんを探すため、裏向きの理由は魔法世界のピンチを防ぐため。本当の理由は白い女と決着を付けるためだ。要点は3つある。相手の名前を見破る魔道具「鬼神の童謡」を「夜の迷宮」で探し、闘技場でジャック・ラカンを探し、墓守り人の宮殿で白い女の息子達を倒す。

 案内人の魔法使いに誘導されて、僕とカモ君は魔法世界へ渡った。その際、武器に分類される杖や指輪を預ける。そこで僕は、さっそく事件に巻き込まれた。ゲートポートは何者かの襲撃を受けて破壊され、僕と案内人さんは強制転移魔法に巻き込まれる。案内人さんと共に遺跡地帯へ飛ばされた僕は、トレージャーハンターのグループに救助された。その人達に町へ連れて行ってもらうと、僕は指名手配されていた……なんて事はない。あったら困る。その代わりとして、「ゲートポートの破壊は鎖国派によるもの」という記事を僕は見つけた。

 

( 鎖国派か。それにしてはタイミングが良過ぎる。僕が魔法世界へ渡るタイミングを見計らっていたんじゃないかな。わざわざ僕の渡航した瞬間を狙って、白い女は仕掛けた……そのせいで杖や指輪、それに仮契約カードも封印箱に入ったままだ。仮契約カードを出さないと、「いどのえにっき」を喚び出せない。まさか、こんな方法で「いどのえにっき」を封じられるなんて思わなかった――でも、まだ封印箱は奪われていない。封印箱さえ開錠すれば「いどのえにっき」を取り戻せる。それまで封印箱を守らなくちゃ )

 

 封印箱は、ゲートポートを使う際に武器を預ける箱だ。片手で抱えられる程度の大きさだけれど、箱よりも長い杖なんかも封入できる。この箱の封印を解くための方法は基本的に、ゲートポートで開けてもらうしかない。つまり僕は一度、飛空挺に乗って入国した町へ戻らなければならない。しかし、トレジャーハンターから聞いた話によると、目的地の一つである「夜の迷宮」は現在地の近くにある。「夜の迷宮」は白い女の示した場所だ。おそらく、ここへ飛ばされたのは偶然ではない。僕は白い女に選択を迫られている――封印箱の開封を優先するべきか、魔法具の入手を優先するべきか。試(ため)されている。

 

( ……白い女の正体を知りたい )

 

 封印箱を守りつつ、魔法具を探すか。でも、杖が無ければ魔法は使えない。魔法を使えなければ封印箱を守り抜けない……いいや、待てよ。たしかエヴァンジェリンさんは、杖なしで魔法を使っていた。オコジョにされた魔法使いと違って、元からオコジョ妖精なカモ君も杖なしで魔法を使える。人ではない存在は、杖なしで魔法を使える。今の僕は人ではなく、魔に属する生物だ。ならば杖なしで、魔法を使えるのかも知れない。

 

「カモ君、僕に魔法を教えてくれない? 『杖を使わない魔法の使い方』を」

「妖精と人間じゃ身体の造りが違いやすぜ……あ、そっか。今の兄貴なら杖を使わなくても魔法を使えるはずッスよ」

 

「うん……でも、それが分からないから困ってるんだ。いつもは杖や指輪に魔力を通してたけど、発動媒体が無い時は、どこに魔力を通したら良いのかなって」 

「発動媒体の代わりに、体に魔力を通せば良いんでさ。体の中で魔力をぐーるぐーるって回すような感じで」

 

「グールグール?」

「いやいや、ぐーるぐーる、って感じですぜ」

 

「ぐーるぐーる」

「そうそう! その調子ッスよ」

 

 思えば、まだ僕は人のつもりだったのだろう。人として魔法を使う方法に僕は慣れていた。でも魔物となった今、その常識は捨てなければならない。体の構造が違う以上、これまでと同じ方法は非効率的だ。だから「人として魔法を行使する感覚」から、「魔物として魔法を行使する感覚」へ切り替える。理論的ではなく、感覚的な魔法の行使だ。カモ君の助言を受けて、僕は昇華した。

 

「来れ雷精、風の精、雷を纏いて、吹きすさべ、南洋の嵐――雷の暴風」

 

 白く発光する光線が、渦を巻きながら飛んで行く。雷の暴風は大岩に着弾し、完全に粉砕した。炸裂した岩の欠片は飛び散り、バチバチと地面の上を跳ね飛ぶ。人だった頃の2倍も3倍も威力は上がっていた……さらに闇の魔法を発動させる。暗い闇を纏ったまま再び魔法を放った。打ち出された光線は、再び大岩に着弾する。すると光線は大岩を飲み込み、そのまま消し去った。それでも勢いは止まらず、大岩の背後にあった岸壁を抉る。そうして跡形もなく消し飛んだ大岩と、岩壁に開いた大きな穴を僕は確かめた――素晴らしい。これこそ魔物となった僕の、本来の力だ。

 

~あと2回変身を残しています~

 

 魔法を使えるようになったので、幻術を掛け直す。人だった頃の姿で、白い姿を覆い隠した。白い髪を赤く見えるように偽装する。そこで僕は、一つの問題に気付いた。人に偽装した姿で発動媒体を持たないまま魔法を使えば、人ではないと見破られる……ああ、だから闇の魔法を習得した時、エヴァンジェリンさんは指輪をくれたのか――でも、もう必要ない。人としての姿を取り繕う必要はなくなった。

 案内人さんに僕の正体を明かし、封印箱を渡してもらう。そしてトレジャーハンターに「夜の迷宮」の場所を教えてもらい、一人で魔法具を取りに行った。こんな時は光の魔法を取り込み、全身に光の特性を付与して、光速で移動できれば便利だ。しかし、「普通に魔法を取り込んでも、そんな効果は発現しない」とエヴァンジェリンさんは言っていた。そもそも僕は全身の光化を行うために必要な、光系の高位魔法を覚えていない。その代わりに魔法学校で覚えたのは、白い女を捕えるための凍結封印魔法だった。

 夜の迷宮に着いた僕は、魔法具の探索を始める。数々の罠を強引に突破したり、時には解除した。そうしていると少しずつ罠に慣れ、引っ掛かる前に気付けるようになる。途中で食料が足りなくなり、町へ戻る事もあった。二週間かけて「夜の迷宮」を探索し、箱に入っていた書類の暗号を解き、魔法具の保管場所を暴く。そうして魔法の宝箱に保管された、相手の名前を見破る指輪型の魔法具「鬼神の童謡」を僕は手に入れた。ついでに手に入れた他の魔法具はトレジャーハンターに買ってもらって、借金していた滞在費の返済に充てる。

 

~3段落で纏めました~

 

 封印箱を開錠してもらって、「いどのえにっき」を取り戻した。次に自由交易都市へ向かった僕は、闘技場へ参加する。終戦記念として開かれている拳闘大会「ナギ・スプリングフィールド杯」だ。タイミングよく開催されている事に作為を感じるけれど、参加しない訳にはいかない。特に名前を偽る理由は無いので、ネギ・スプリングフィールドの名で登録した。それにスプリングフィールドで登録すれば、父さんの友人らしいラカンという人も気付いてくれるだろう。目立つように魔物としての正体を晒し、僕は派手に戦った。そうしていると影使いに勝負を挑まれる……ラカンという人ではなく、別の人を釣ってしまったらしい。

 影使いは町中で戦いを始めた。とりあえず僕は、町の外へ逃げる。記念祭の行われている今は、各国から派遣された部隊によって警備されているからだ。町中で騒ぎを起こせば、警備兵に通報される。仮面を着けて正体を隠している影使いと違って、僕の白い姿は一目で分かるため不利だった。それに町の外へ逃げて見せれば、後で被害者と言い訳できるだろう。

 まずは闇の魔法を用いて「雷の暴風」を体に取り込んだ。さらに「雷の斧」を右腕と左腕に取り込み、2つを統合して空中に固定し、雷で構成された大きな戦斧を形作る。それを影使いに叩き付けて炸裂させたけれど、影使いの張っていた多重障壁のせいで倒し切れなかった。敵の付けていた仮面を破壊した程度だ。距離を取れば多数の影は回避できるけれど、近付かなければ有効な攻撃を入れられない。面倒臭いし、探している人物じゃないから用は無いし、逃げようと僕は思っていた。

 その時、僕と影使いの間に、天まで届くほど巨大な剣を突き立てられる。突き立てたのは、ローブを被った怪しい男だ。強引に戦闘を中断させた男の名はジャック・ラカンと言って、白い女の示した人物だった。そして影使いを追い返すために、僕はジャック・ラカンの弟子という事にされ、影使いと拳闘大会で戦うように言われる。そのまま何処かへ去ろうとしているラカンさんに、僕は声をかけた。

 

「お父さんの友人であるジャック・ラカンさんですね。お願いがあります。墓守り人の宮殿で、僕と一緒に戦っていただけませんか?」

「おいおい、ここは格好よく去っていく俺様を、『ジャック・ラカン、何者なんだ……!?』と思って見送る所だろ? ほれ、もう一度」

 

「ジャック・ラカン、何者なんだ……!?」

「あぁ、やっぱいいや……で何だって?」

 

「墓守り人の宮殿で、僕と一緒に戦っていただけませんか?」

「俺とお前が戦うんじゃなくて、俺とお前が『一緒に』戦うのかよ……誰と? つーか、墓守り人の宮殿? その名前、聞き覚えがあるな」

 

「墓守り人の宮殿という場所で、魔法世界消失の儀式が行われている……いいえ、行われる予定です。それを防ぐために、お父さんの友人であるラカンさんの力が必要だと言われました」

「誰だよ、そんな余計なこと言ったやつ。〆(しめ)てやるから、ちょっと連れて来い。闇の魔法を習得したから一人前って事なのか? 聞いてねーぞ」

 

「その事を僕に教えたのは白い女です。名前は分かっていません。その白い女は敵のリーダーと思われます。これまでに何度も僕の前に姿を現し、事件を引き起こしました」

「……あー、まぁいいや。俺に助太刀して欲しいんなら500万。払えないんなら諦めな」

 

 500万……500万ドラクマ。ナギ・スプリングフィールド杯の優勝賞金は100万ドラクマだ。拳闘大会で優勝しても足りない。でも、賭けに参加して自分に賭ければ、少しは増やせる。奴隷になった仲間の借金を返すため……なんて理由は無いので、負けて無くなっても構わない。問題は自分自身に賭けてはならないこと。それと「闇の魔法」を用いて勝ち過ぎたため、自分に賭けても倍率は低いことだ。今さら手を抜けば不審に思われる――いいや、待てよ。

 さっき影使いに町中で勝負を挑まれ、僕は町の外へ逃げ出した。それを利用するんだ。僕は影使いに襲われて怪我を負った。そのせいで本来の力を出せない。そういう事にすればいい……しかし、魔法による治療技術は、切断された腕も繋ぎ直せるほど高い。おまけに魔物となった僕は、腹を貫通した傷だって数分もあれば完治する。次の試合までに治っていないという事は有りえなかった。ならば、どうする――治療不可能と思わせればいい。

 

~ラカン「白い女って誰よ?」~

 

 次の試合で闇の魔法を暴走させた。わざと暴走させた。白く染め上げられた魔力は、対戦相手を消滅させる。対戦相手の死亡による試合終了だ。その後、結界の中で5分ほど暴れ回り、僕は停止した……敗北条件は「死亡・戦闘不能・ギブアップ」なのでルール違反ではない。しかし、次に暴走したら失格と告げられた。そして次の試合では、まるで暴走を恐れるかのように、ギリギリまで闇の魔法を封印する。

 そうして僕は勝ち抜いていく。対戦相手を死亡させた次の試合では、逆に賭ける人は多くて倍率は下がった。でも、「闇の魔法」の発動を抑える僕の姿を見て、人々は不安を覚える。それによって僕に賭ける人々は減り、倍率は上がった。「闇の魔法」の発動を抑える事で、闇の魔法に頼らない戦い方も練習できる。ラカンさんを発見できたから、派手に戦う必要もなくなった。

 そして決勝戦の相手は、ラカンさんと影使いさんだった。相手は二人で、僕は一人だ。相手は伝説の英雄と世界有数の影使いで、僕は「闇の魔法」を暴走させて魔物化したと思われている元人間の子供だった。試合の直前に見た賭け率によると倍率は2倍だったので、僕の勝利ならば200口は400万ドラクマになるだろう――勝てればね。勝敗予想のアンケート結果によると、僕が勝つと予想した人は4割……ではなく1厘、つまり0.1パーセント、1000人に聞いて1人答える程度だった。

 

「てめぇの敗因は4つだ。わざと闇の魔法を暴走させたこと、試合で手を抜いたこと、自分自身に賭けたこと、賭け率を操作したこと。だから俺が、ここにいる。お前はやっちゃいけねーことを、やっちまったんだよ。ガキだから分かってなかった、なんて言い訳は通用しねぇ。証拠はねぇが……どうせ複数の人物に変装して、自分に賭けたんだろ? 同じ事をやった奴はいる、もう此の世には居ねーけどよ。ここで勝っても負けても、ルール違反で私刑だ。だから、ここで終わらせてやる。理解しろよ、これは勝負じゃねぇ――ネギ・スプリングフィールドの華々しい公開処刑だ」

 

 試合開始と同時に伸ばされた影を、魔物化した白い手で弾く。問題はラカンさんだ。ラカンさんは空へ飛び上がり、アーティファクトで喚び出したハルバードを構えている。その力の高まりから一撃で勝負を決める気だと察した僕は、風精召喚の呪文を唱えた。自身の偽者を作る「風精召喚」を右腕と左腕に取り込み、2つを統合して体に取り込む。そうして1000体の分身を作り出した。

 空から槍が落ちる。それは闘技場の底を貫き、崩落させた。分身を薙ぎ払って、僕の側に突き刺さる。直撃しなかったのは影使いを盾代わりに使ったからだ。その代わりとして、影使いさんの足元に飛び込んだ僕は、全身を影で貫かれた。でも、ラカンさんの槍で消滅させられるよりはマシだろう。しかし、このままでは影に捕まって動けない。影使いさんの足元へ飛び込むまでの間に唱え、左腕に取り込んで置いた「雷の斧」を解放した。ガガガガと目の前で雷を炸裂させ、僕は自分ごと影を焼き切る。

 

( ギブアップすれば良かったのかも知れない。でも、そうすれば闘技場の外で命を狙われる。この決勝でラカンさんが出てくる前ならギブアップしても良かったけれど、もうダメだ。ここでギブアップすれば闘技場の外で、間違いなくラカンさんに命を狙われる。ならば、ここで戦った方が生き残れる確率は高いだろう……でも、開始から約10秒でボロボロだ。全身に穴を開けられて、魔法で自爆した。魔物じゃなかったら死んでたよ――でも、まだ生きている。だから戦える )

 

 再び「雷の斧」を詠唱する。右腕へ取り込んだ後に空中で固定し、雷で構成した戦斧を形作る。その戦斧で影使いさんに攻め込み、詠唱の時間を稼ぐ。「奈落の業火」を右腕に、「凍てつく氷柩」を左腕に取り込んだ。どちらも不得意な魔法だ。詠唱を省略できないために、詠唱時間は長い。そうしている間に空から落ちてきたラカンさんは、影使いさんの隣に着地した……挟み撃ちにされたのなら、また影使いを盾にしようと思ったけれど。

 ところで僕は、武器の扱いは得意ではない。どこかのお姫様や、どこかの議員や、どこかの騎士に、戦い方を学んだ訳ではなかった。なのでラカンさんや影使いさんの攻撃を、武器で華麗に処理するなんて事はできない。そういう訳で不要になった「雷の斧」を、影使いさんに向かって投げ飛ばす。それを解放すると斧としての形は崩れ、真横に落ちる雷となった。しかし、影使いさんの影によって、2人へ届く前に打ち落とされる。

 

――術式兵装『水晶庭園』

 

 それによって僕の足元は凍った。僕の立っている場所から氷結は広がって行く。そして一瞬の迷いもなく僕は、「風花・風障壁」を唱えた。発動は一瞬だけれど、とても堅い障壁を張れる魔法だ。次の瞬間、ラカンさんのパンチで僕は吹っ飛ばされる。風の障壁は紙のように引き裂かれ、観客席前に張られた魔法障壁まで飛ばされた。艦載砲すら防ぐ魔法障壁によって、僕の体は受け止められる――でも、挽き肉の状態になるのは防げた。しかし、さらにラカンさんの気弾によって追撃される。それを受け止めた僕の両腕と、防ぎ損なった下半身は消し飛んだ。

 両腕と下半身を失った僕は、地面に落ちる。まるでダルマのようだ。魔法を取り込める場所は両腕と両脚だった。こんな状態では魔法を取り込めない。でも、まだ負けてはいなかった。倒れたまま頭を動かして、僕は前を見上げる。その間、攻撃はされなかった。影使いとラカンさんは、まだ傷一つ無い――絶望的な状況だ。圧倒的な強さだった。そもそも2対1だ。勝ち目なんて無い。ギブアップしたかった。でも、ここでギブアップしても、後でラカンさんによって私刑に処されるだろう。戦っても絶望するしかなく、逃げても絶望するしかない。

 

( 死ぬ訳には行かない。僕が白い女を倒さなければ、誰が白い女を倒すんだ。僕が死んだら魔法世界は消滅する……いいや、そんな事は如何でも良いんだ。『魔法世界なんて、どうでもいい』。僕が白い女を倒さなければならない。僕が死んだら白い女を永遠に倒せなくなる。僕が死んだら誰が白い女を倒すんだ――白い女を、他の誰かに倒されるなんて許せない )

 

 地面を這いつつ広がっていた氷は、2人の体へ届いた。ラカンさんは面倒臭そうに、氷を踏み潰す。しかし氷は纏わり付き、生き物のようにラカンさんの足を這った――「奈落の業火」を体に取り込むと、触れた場所から相手の魔力を吸収できる。「凍てつく氷棺」を体に取り込むと、触れた場所に氷を張り付かせて力を封印できる。そのまま統合して体に取り込んでも、こんな事にはならない。それを調節して、「魔力を吸収して自動的に凍らせ続ける」ように作り変えた。

 術式兵装『水晶庭園』、これは相手を封印し続けるための魔法だ。永久石化という魔法に似ている。「相手の魔力」と「空気中の魔力」を食らって、自動的に氷結活動を続ける。永久石化と違う点は、術式兵装を解除すると氷結活動は止まる事だ。もちろん、白い女を封印するために開発した。『水晶庭園』の発動を維持する限り、氷結範囲は広がって行く――だから四肢を失っても、まだ僕は戦闘不能ではない。僕の攻撃は続行している!

 

「おい、ぼーず……てめぇは誰と戦ってやがる。てめぇは目の前にいる俺達を見ちゃいない。俺達の向こうにいる誰かと戦ってやがる。これまでだって、そうだ。てめぇは対戦相手を人形か何かと勘違いしていやがった。こうしてピンチになっている今だって、俺達の事を見ちゃいねぇ。俺が許せねーのはソレだ。その不真面目で不誠実で無関心な、その態度だ――俺を見ろよ。てめぇは俺と戦ってんだろ」

 

 僕の戦っている相手は、僕の敵は……僕はラカンさんを見た。僕の首を掴んで持ち上げているラカンさんを見た。僕に触れているラカンさんの腕を、氷は這う。でも、氷は纏い付く度に、気の放出で吹き飛ばされていた。付いては払い、付いては払い。戦闘中ならば其の隙を狙えたけれど、今となっては何も出来ない……無詠唱の魔法ならば使えるけれど、今の状態で使っても意味はなかった。

 ふと、ラカンさんの背後に視線を向ける。影使いではく、客席の方だ。そこに視線を向けると、僕は白い物を目に映す。白い髪の観客だ。アレは白い女だろうか。いいや、観客の一人だろう。しかし、よく考えてみると白い女は、僕の戦いを観戦に来ても不思議ではない。僕の戦いを見に来ても不思議ではない。この会場の何所かに、白い女は居るかも知れない。そう考えている間、僕はラカンさんから目を逸らしていた。目の前の殺意に気付かず、僕は白い女を探していた。

 

「……おーけー、てめぇの返事は良く分かった。この俺を前にして、余所見をするとはな。ある意味大した奴だぜ……ヘヘ、さすがの俺様もキレちまった……! あいつには悪いが、このクソガキは跡形もなく吹っ飛ばしてやる……! おっと、闇の魔法は解くなよ……解除したら殺す、解除しなくても殺すけどよ……まあ、いいや。試合終了の合図も間に合わせねぇ。今殺す、すぐ殺す、ここでサラダバァー!」

 

――零距離・全開 ラカン・インパクト!

 

~ラカンさんの逆鱗に触れました~

 

 発光するラカンさんの右腕を叩き付けられた。そこから僕の記憶は飛んでいる。どこからか聞こえた声は、ラカンさんの勝利を告げていた。会場は歓声に包まれ、ラカンさんを祝福している……僕は負けたのか。負けた僕は如何なったのだろう。僕は生きているのか。そんなはずはない。そんな奇跡は起こらない。僕は死んだ。僕は消えていく。僕は何所だろう。どこに僕は居るのだろう。

 

『ああ、少年よ。諦めるのかね、残念だ。私を倒すのは君だと思っていたのだけれど……違ったのかね? 残念だよ、少年。きっと私は、君を待っていた場所で、君ではなく君を倒した男に倒され、この体を踏みにじられるのだろう――残念だ、とても残念だよ。その程度で諦めてしまうとは思わなかった。君にとって父親は、その程度の存在だったのだろうか?』

 

 父さん? 父さんなんて、どうでもいい。僕は父さんに会うために、頑張ってきた訳じゃない。白い女を倒すために、捕えるために頑張ってきた。父親も母親も友人も恋人も生徒も、白い女を倒すために全てを切り捨てた。白い女以外の全てを切り捨てた。僕にとって白い女は、僕自身に等しい。白い女を倒すためならば、僕の人生も命も切り捨てる――だから、こんな場所じゃ死ねない。死ねるものか。

 

『私は見ているよ。ずっと君を見てきた。晴れの日も曇りの日も、雨の日も雪の日も、風の強い日も雷の鳴る日も、君だけを見ていた。いつだって私は、君を見ている。笑っている君を見ていた、悲しんでいる君を見ていた、泣いている君を見ていた、怒っている君を見ていた。君の苦しみも悲しみも、私は全てを理解している。その私が証明しよう――君は死んでなどいない』

 

 僕は、ここにいる。僕は死んでいない。それは当然だ。そんな当たり前の事を、白い女は証明すると言う。そんな事は言われるまでも無い。僕が死んでいるのならば、白い女の声なんて聞こえるはずがない――さあ、目覚めよう。目覚めなければならない。ラカンさんに勝って協力して貰うんだ。白い女を倒すために協力して貰うんだ。僕は、そうしなければ成らない。

 

~まだ終わらんよ!~

 

 ずいぶん長い間、僕は気を失っていたらしい。その間に術式兵装『水晶庭園』は解除されていた。僕は負けた事にされ、会場はラカンコールに包まれている。勝手に勝敗を決めないで欲しいと僕は思った。僕は死んでいないし、戦闘不能になってもいないし、ギブアップもしていない――だから、まだ僕は負けていない。それでも死んだ振りをしていたと思われるのは嫌なので、ラカンさんと影使いさんに声を掛けた。

 すると、僕を見たラカンさんは、まるで幽霊を見たような顔をする。変な顔で笑いたくなった。でも、まだ試合中だ。笑いを堪えて、僕は戦闘の意志を固める。でも我慢できずに、口の端を吊り上げた。すると、さらにラカンさんは変な顔になった。僕が生きている事に気付いたのか観客も、騒がしいラカンコールを止める。ザワザワという静かな声で、会場は満たされた――さあ、続きをやろう。

 

『これは、どういう事でしょうかー!? ラカン選手の決め技で跡形もなく消し飛んだはずのネギ選手が、再び姿を現しましたー! ……というか体が透けています! まさかネギ選手の亡霊なのかー!?』

 

僕は歩き出す……消し飛んだはずの下半身は治っていた。

呪文を唱える……唱えようと考えた瞬間に魔法は完成した。

魔法を両腕に取り込む……消し飛んだはずの両腕は治っていた。

 

――術式兵装『水晶庭園』

 

 硬い殻から解放されたかのような感覚を覚える。今ならば何でも出来ると思えた。「雷の暴風」を複数展開し、空中に固定する。それらを混ぜ合わせ、一つへ統合した。さらに統合して統合して統合して統合して……ラカンさんの攻撃を迎え撃つために発射する。一つで大岩を粉砕するほどの威力だった「雷の暴風」は、数十倍の威力を持ってラカンさんの攻撃を相殺した。

 それでも倒せる思っていなかったので、「雷の斧」を統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して、十回統合して出来た魔法を一つに統合する。単純な足し算で考えれば、これで千倍だ。砂埃の晴れない間に、それをラカンさんに向けて放つ。観客を巻き込まないように、上から下へ撃ち落とした。結界内は雷の放つ光で満たされ、それが終わると底から熱が吹き上がる。

 雷によって溶けた地面の上に、ラカンさんは立っていた。その両手は消し飛び、髪の毛も焦げている。ラカンさんは両手を失っていた。その下に影使いさんの姿はある。どうやら影使いさんは戦闘不能になったらしい。でも、地面へ降りるのは危険だと思った僕は、空に浮かんだまま「雷の斧」を統合する。統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合した。

 

「手首を持って行かれたのは、15年ぶりだぜ……!」

 

 意外に元気そうだ。召喚した巨大な剣を、脇で挟んでラカンさんは振り回す。天まで届く剣は、僕の半身を削り取った。ちょっと驚いたけれど、すぐに元に戻る。体に異常はない。そこで僕は体の異常に気付いた――全裸だ。服を着ていない。それ以前に体は透き通り、体の向こう側も透けて見える。まるで幽霊のようだ……というか幽霊なのだろう。どうやら、やっぱり僕は死んでいたらしい。一度死んだのだから、敗北条件に当てはまる。つまり僕は、本当に負けていたのか。それ以前に、気絶は戦闘不能に含まれるのだろう。

 下を見ると、ラカンさんは凍り付いていた。雷で溶けた大地は、氷の粒で冷やされる。僕の体から放出された氷の粒は、短い間に氷結領域を広げていた。ラカンさんの体に降りかかった氷の粒は、その肉体を覆って氷結させる。そうしてラカンさんは、分厚さを増す氷に覆われつつあった……とりあえず僕は『水晶庭園』を解除する。この試合はラカンさんの勝利だ。だから賭け金は無駄になった。これでは500万ドラクマで、ラカンさんを雇うことなんて出来ない。

 

「あーあ……勝てなかった」

 

~精霊化しました~

 

 相手の名前を見破る魔道具は手に入れた。でも、ジャック・ラカンは雇えなかった。次は墓守り人の宮殿で、白い女の息子達を倒す番だ。ラカンさんは雇えなかったけれど、おかげで強くなれた。これほどの力ならば、白い女達を倒すことも出来るだろう。そういう訳で、僕は墓守り人の宮殿へ向かう……向かいたかった。しかし、試合を終えた僕は、警備兵に取り囲まれる。警備兵の話によると僕は、「ジャック・ラカン選手とカゲタロウ選手の殺人未遂」「公衆の面前でストリップ」の現行犯らしい……ストリップは仕方ないと思う。でも、逮捕されるのは困るなぁ。

 

「待ちなさい」

 

 それは僕に対する物か、警備兵に対する物か。魔法を発動させようとしたけれど、その声を聞いて中止した。強引に突破しなくて済むのなら、それでいい。僕を取り囲んでいた警備兵達は左右に分かれる。その中心を歩いて現れたのは角の生えた女性……ではなく偉そうな人だった。上から下まで鎧を着込んだ重装備の兵士達を、偉そうな人は引き連れている。

 

「君の試合は見せてもらいましたよ。伝説の英雄たるラカン氏の一撃で肉体が蒸発し、死んだ事すら認識できなかったとは言え……多くの人々を傷付けた君の罪は重い。しかし、君ほどの力の持ち主を犯罪者の疑いで処分し、将来の可能性を閉ざしてしまうのは余りにも惜しい――そこで提案です。私は『メガロメセンブリア信託統治領新オスティア総督』『メガロメセンブリア元老院議員』クルト・ゲーデルという身分の者です。要するに、一国の王のような立場の者ですね。私の監視下に入るのならば、貴方に執行猶予を差し上げましょう」

 

「条件があります。墓守り人の宮殿で、僕と一緒に戦っていただけませんか?」

「もちろんです。その時になったら、できる限り『支援』して差し上げます」

 

 これでラカンさんの代わりは見つかった。僕はゲーデルさんの監視下に入る。その日の夜はゲーデルさんに誘われて、総督府の舞踏会に出席した。決戦の地へ一人で行っても良かったのだけれど、飛行艇を利用できるのならば一緒に行った方が早い。さすがに全裸は不味いので、魔力の込められた服を貸してもらっていた。そうして舞踏会に出席しても、キャッキャウフフと踊る相手はいない。そんな僕に話しかけて来たのは、僕を保護しているゲーデルさんだった。

 

「ネギ君、一つ話をいたしましょう。沈没する船から100人の乗員が、亜人50人の船と、人間50人の船の、2隻に分かれて脱出しました。しかし、両方の船にトラブルが発生し、それを解決しなければ沈没する恐れがあります。片方の乗員を、もう片方の船に乗せる事はできません。その場でトラブルを解決できる人物はネギ君だけです。救助を呼んでも間に合わない。そうなった時、どちらの船を救いますか?」

「……?」

 

「どちらも選べませんか?」

「……そうですね。選べません」

 

「むしろ、どうでもいい。『どちらが沈んでも興味がない』。そう思っているのでは?」

「うーん……そうですね。そうかも知れません」

 

「では、条件を追加しましょう。ネギ君が憎いと思っている相手が船に乗っています。その船を貴方は如何しますか?」

 

 僕はゲーデルさんを見る。ゲーデルさんも僕を見ていた。僕は今、どんな目をしているのだろう……どうするかなんて決まっている。他の49人ごと船を沈める。どちらの船に乗っているのかなんて関係ない。白い女の乗っている船を沈める――船ごと沈める。他の49人は運が無かったのだろうか? いいや、違う。僕の意思で殺すんだ。無関係な人々を巻き添えにするんだ。殺す必要のない人も殺したんだ。

 

「それでは同じ船に、ネギ君にとって大事な人が乗っていたら如何しますか? 父親、母親、友人、恋人、あるいは生徒。それでも憎いと思っている相手の船を沈めますか?」

「沈めます」

 

 白い女だけを殺すという方法もある。でも、そういう話では無いのだろう。他人にトラブルを解決する方法を教えるとか、船に乗っている皆で協力するとか、そういう話じゃない。やれるか、やれないかだ。たとえば地球と魔法世界の、どちらを沈めるのかと聞かれれば白い女のいる方だ。白い女が地球へ逃げれば地球を沈め、魔法世界へ逃げれば魔法世界を沈める。どっちでもいい、どっちでも構わない。白い女を滅ぼせるのならば、僕は世界の敵になれる。

 

~有名人の皆さんは、ネギちゃんに良い感情を抱いていません~

 

 ホールに入ってくる人々を眺めていた僕は、居るべきではない人物を見つけた。男物の白いスーツを着た、白い髪の女だ。僕はカモ君に預けていた仮契約カードと魔法具を出してもらう。それらに触れようと思ったけれど、やっぱり擦り抜けた。大問題だ……僕は指先に魔力を集めて、物に触れるようにする。拳闘大会で使わなかった「いどのえにっき」を僕は喚び出し、相手の名前を見破る魔法具を指に通した。その指で白い女を指差し、周囲の反応も気にせず大声で叫ぶ。

 

「我、汝の真名を問う!」

 

 勝手に動いた指は、空中に「Negi」という文字を描いた。白い女の名前は「ネギ」だ。その名を見て、僕は迷う。ネギという名前を理解しても、白い女の名前を発音できなかった。僕と同じ名前なんて事はあるのだろうか。ネギという名前を呼ぼうと思っても、喉に詰まって出て来ない。その名を呼べば本当に、白い女の名前はネギという事になる……そんな感覚を覚えて怖かった。

 

「ネギ、貴方は何者ですか!?」

 

 その瞬間、周囲の風景は一変した。迷宮のような場所に、僕は立っている。空中に浮かんでいるのは、様々な大きさの黒いブロックだ。そんな場所で白い女は、僕の正面に立っている。転移魔法か何かだろうか。いいや、幻術という可能性もある。何が起こっても不思議じゃない状況だけれど、僕は「いどのえにっき」が気になっていた。「いどのえにっき」は僕の手の中にある。ネギに対する質問の答えは、そこに記されていた。

 

『私は転生者と呼ばれる存在だ。肉体に依存せず、魂で思考する怪物だよ。それと同時に、「千の呪文の男」ナギ・スプリングフィールドの子供でもある。肉体にネギという名を付けられ、ネギ・スプリングフィールドとなった。10年前に君と同じ日に産まれ、今年で君と同じ10歳になる。しかし、君と私は異なる物だ。教師の君と違って、私は教師ではない。職業に就いてはいない、就いた事もない。誰かの上司でもないし、誰かの部下でもない、どこの組織にも属していない』

 

「ネギ、貴方は僕の兄弟ですか!? 貴方の二つ名は何ですか!? 貴方の力は何ですか!?」

『私は君の兄弟と言える。双子と表現した方が合っているだろう。しかし、肉体的に言うと、私は君と同一の存在だ。しかし、私は肉体を所有していない。ネギ・スプリンフィールドと名付けられた肉体を所有しているのは君だ……私の二つ名は白い女だ、君によって名付けられた。他に二つ名はない。偽名もない……私の力は君に対する精神的な干渉だ。それ以外の力は持っていない。自由に動かせる肉体すら持っていない』

 

「ネギ、貴方の目的は何ですか!?」

『私の目的は、君と一つになる事だ。君の精神と私の精神を合わせて、その体を私の物とする。しかし、君の精神と私の精神は別物だった。そのままでは一つになれない。水と油は交われない。しかし、水を油に変質させれば一つになれる。少なくとも難易度は下がる。そのために、君の精神状態を悪化させた。君の心を私の物にして、私は君の体を手に入れる。君と私が交わって、新たなネギ・スプリングフィールドが産まれる』

 

 読み取った内容を纏めると、ネギは体を失った。そして転生者という魂だけの存在になったらしい。今の僕と同じような状態だ。そして兄弟である僕の肉体を手に入れようとしていた……しかし残念な事に今の僕は幽霊だ。ネギと同じように肉体を失ってしまった。ネギの計画は、すでに失敗している。まさかネギも僕の肉体を「父の友人によって消滅させられる」なんて思わなかったのだろう。ネギの計画はラカンさんによって打ち崩されてしまった……ネギの計画を僕の手で打ち崩せなかったのは、ちょっと悔しいかな。

 ネギは僕の肉体を乗っ取るために、ピンチと称して様々なトラブルを僕に与えた。いいや、待てよ。そんな事を幽霊なのに出来るのだろうか……と思ったけれど幽霊であるにも関わらず、僕は普通に会話もできるし、生前よりも魔法を使える。今の僕も肉体に依存しない、転生者という存在なのだろうか。僕達は兄弟そろって、魂だけの存在になってしまったようだ。

 

「君のことを諦めたとでも思っているのかな。私が望みを絶たれて、絶望していると思っているのかな。それは大きな間違いだよ。私は君のことを諦めていない。まだ望みは絶たれていない。私は一つになる、君と一つになりたい。君と心を重ね合わせたい。そのための最後の儀式だ。人の心を読んで、全てを知った気になって――全知の神にでもなったつもりなのかね?」

 

「ネギ、貴方は何を企んでいますか?」

『真実を教えて、君の心を突き崩す。最後の一押しだ。私はピンチを起こしていない事を告白する。私はピンチに関わっていない事を伝える。私は村を滅ぼした犯人ではない事を教える。私は全てのピンチに何の関わりもない存在だった事を知らせる。君の努力は無駄だった事を示す。君の6年間は無意味だった事に気付かせる。君の思いは見当違いの物だった事を明かす。事件の起こる前に私は、思わせ振りに登場していた――ただ、それだけの事を君は知る』

 

 表示された文章に、僕の根底は崩される。ネギはピンチを起こしていないと言う。ネギはピンチなんて起こしていなかった。ピンチの起こる前に予告して、まるで真犯人のように振舞っていた。それだけの事だとネギは言う――そんなはずはない。そうだとすれば僕の思いは何だったのか。僕の憎しみは如何なるのか。僕は何のために、全てを切り捨てて来たのか。何のために、ここまで来たんだ……!

 

「ネギ、貴方は6年前に、僕の故郷を滅ぼしたのではありませんか!?」

『君の村を滅ぼしたのは私ではない。メガロメセンブリア元老院の中で、君の母親を敵視する者達だ。彼等は母親の血を引く君を抹殺するために、悪魔を多数召喚して村を襲撃させた』

 

「ネギ、貴方は麻帆良学園へ、僕を送り込んだのではありませんか!?」

『君を麻帆良学園へ送り込んだのは私ではないし、他人に指示もしていない。君を麻帆良学園へ送り込んだのは、魔法学校の校長だよ』

 

「ネギ、貴方は京都で、大鬼神を復活させようと企てたのではありませんか!?」

『大鬼神を復活させようと企んだのは私ではない。西洋魔術師の打倒を掲げた天ヶ崎千草と、その一派の企てだ』

 

「ネギ、貴方は上位悪魔の封印を解いたのではありませんか!?」

『上位悪魔の封印を解いたのは私ではないし、他人に指示もしていない。悪魔を解放したのはフェイト・アーウェルンクスだよ。彼は麻帆良学園を調査するために悪魔を送り込んだ』

 

「ネギ、貴方は魔法世界で魔力を集め、世界樹の発光を早めたのではありませんか!?」

『世界樹の発光を早めたのは私ではない。異常気象による影響だ』

 

 「いどのえにっき」は真実を教えてくれる。今まで起こった出来事に、ネギは何の関係もない存在だった。ネギに何の責任もなかった、何の罪もなかった。ただ僕に嘘八百を教えた――それだけだ。僕の怒りは誰に向ければいいのだろう。僕の拳は誰に振り下ろせば良いのだろう。泣きたかった、怒りたかった、苦しかった、悲しかった。僕の人生は無意味だった、無価値だった、無駄だった。僕の手から「いどのえにっき」は滑り落ちる。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

――僕は何のために生きてきたのだろう。

 

「私は、悪くない。君の恨むべき相手は私ではなく、元老院の議員や完全なる世界だ。君の抱えている怒りは、彼等に向けるべき物だろう。そんなに悲しむ必要はない。その怒りを向ける相手は、この世に存在している。6年前から始まった君の戦いは、まだ終わっていない。怒りを向けるべき相手を間違えていた、それだけの事だ。君の努力は無駄ではなかった」

 

 悪くない、だって? ……悪くない? たしかに村を滅ぼした訳ではなかった、吸血鬼に襲わせた訳ではなかった、大鬼神を復活させた訳ではなかった、悪魔を差し向けた訳ではなかった、超鈴音と争わせた訳ではなかった、魔法世界を滅ぼそうとしている訳ではなかった。ネギは誰かを傷付けた訳じゃない、誰かを殺した訳じゃない……だけど、ネギは事件が起こると知っていて見過ごした。お前は僕に嘘を吐いた。敵であるかのように振る舞って、僕を騙した。僕の心を傷付けた。それを僕は許せない!

 

「――僕は貴方を殺します」

「ほぅ、なぜだね。私の罪は死に値するのだろうか。私は人を殺した訳ではない。君に嘘を吐いた、それだけだ。私が諸悪の根源であるかのように思わせた。それで君は何か損害を被ったのだろうか。私の嘘で傷付いたのだろうか。ならば損害を補償しよう。罰金を支払おう。精神的な損害に対して慰謝料を支払おう。それで、いくら払えば許してくれるのかな?」

 

「お金の問題ではありません!」

「ああ……そうだね。ごめんなさい。私が悪かった。とても悪いと思っている。君に対して酷い事をした。死んでも許されない事をした。でも、どうか許して欲しい。何でもするから許してくれないか。こんな事は二度としない。君の心を傷つけた事を、私は深く反省している。一生に一度のお願いだ。こんな私を許してくれないか。これから先、君の言う事ならば何でも聞いてあげるから」

 

「――なら、死んでください」

「それは困るな――」

 

 魔法を空中に複数展開する。するとネギは無数の石柱を展開した。僕が魔法を撃ち出すと、ネギも石柱を撃ち出し、魔法と石柱は衝突して大爆発を起こした。僕は魔法を統合して威力を上げようと思ったけれど、すぐに魔法を射出しなければ石柱に押し込まれる。石柱に押し潰されても死なないと思うけれど、動きを止められるのは危険だ。幽霊や精霊を滅ぼす魔法はあるのだから、油断は消滅に繋がる。

 限界まで魔法を展開し、余った分を少しずつ統合させる。そうして撃ち出そうと思った僕は、上空に現われた巨大な石柱に気付いた。僕と同じように、ネギも大技を用意していたらしい。僕は統合させた魔法をネギに向かって射出し、その場を移動する。すると、射出した魔法と入れ替わるようにネギは弾幕を抜けて現れ、魔法の光に包まれた手を僕に向けた。

 

「君の力は脅威だ、ここで――」

 

 僕は着ていた服を破り、魔法の盾に代えた。ギリギリだった。でも、ネギの魔法は防げたようだ。再び展開した魔法を、目の前のネギに向かって射出する。これほどの近距離だ。障壁を張る暇もないだろう。そう思っていたけれど……その瞬間、周囲の風景は一変した。急に舞踏会のホールへ戻ったため、僕の射出した魔法は無関係の人々に降りかかる。そこに白い女こと、ネギの姿はなかった。

 

~ホールにいた招待客終了のお知らせ~

 

 ホールにいた人々へ無差別攻撃を行った僕は、また警備兵に取り囲まれる。服を破いたので、僕は半裸になっていた。しかし、謎の勢力の攻撃を受け、人々は消滅して行く。その際、襲撃者のマスクマンから「造物主の掟」という大きな鍵を手に入れた。それを持ってゲーデルさんと合流した僕は、飛行艇に乗って墓守り人の宮殿へ向かう。まずは射出攻撃の効かない妖刀使いを、術式兵装『水晶庭園』で凍らせ、統合した魔法で吹き飛ばした。そして「造物主の掟」を用いて、宮殿を包む強力なバリヤーの内側へ転移する。

 なぜか僕の生徒であるザジさんを見つけた。でも、ここに居るのならば敵なのだろうと思って攻撃する。しかし、ザジさんによって僕は、幻の夢を見せられた。「敵勢力が全滅していたら」という「もしも」の世界だ。その世界には何も無かった。地面すら無かった。暗闇の中で僕は眠り続ける。果てしなく、安らかな世界だった。僕を傷付ける者は存在しない、僕を苦しめる者は存在しない。この世界には誰もいない……でも、ダメだ。だって、ここに白い女は居ないじゃないか。ネギが存在しない。そんな世界に意味はない。そう思った僕は魔法で――自分の頭を吹っ飛ばす。何もない世界には誰も居なくなり、一つの世界は終わりを迎えた。そうして僕は、くだらない夢から目覚める。

 目覚めた僕はザジさんと戦う事になった。さらに僕の奪った「造物主の掟」を持っていたマスクマンや、女の子3人も参戦する。1対5という厄介な状況だ。おまけに女の子の一人は炎になれるため『水晶庭園』で凍らない。「僕にチャージさせない」という戦術も周知されているらしく、展開した魔法は次々に潰されていた。まさか、これほど早く攻略法を組み立てられるとは思わなかった。さすがに不利と思った僕は、後退しながら魔法を放つ事にする。統合した魔法を砲撃のように叩き込み、女の子3人を撃沈した。次に仮面の男を潰そうと思ったら、さらにフードを被った小さな人影と共に、3つ子の強力な魔法使いに参戦される――こうなったら撃破よりも、まずは敵の動きを止める事を優先するべきか。

 

10個の「奈落の業火」を展開して右腕に取り込み、

10個の「凍てつく氷棺」を展開して左腕に取り込む。

 

――術式兵装『水晶楽土』

 

 僕の体から噴き出した氷の粒は、辺り一面を覆い尽くす。それらは魔力を吸って氷結活動を始めた。魔法世界消滅の儀式の影響で、この辺りの魔力濃度は高い。この場所は最も氷結活動に適した場所だ。5体の敵は次々と、氷の中に閉じ込められて封じられる……しかし、フードを被った少女は影響を受けていなかった。降りかかる氷の粒は、少女の体に触れると消える。

 

「儀式を行わなねば、この世界は滅びる。我が末裔(まつえい)よ、なにゆえ儀式を妨害する」

「僕の行く道を、貴方達が邪魔するからです。儀式を妨害するつもりなんてありません」

 

「ならば、どこへ行くつもりだ。何を目指している?」

「僕は白い女を探しています。貴方は白い女を知っていますか?」

 

「知らぬ。少なくとも、ここに白い女はいない」

「でも、魔法世界の消失に白い女も巻き込まれるかも知れません。白い女は僕の手で殺さなくちゃならないんです。だから僕は儀式を妨害します」

 

「話にならぬな、狂人め」

 

 激闘の結果、僕は建物の一部を使って少女を押し潰した。少女に封印(物理)を行って、儀式場に到達する。そこに白い女はいた。白い女がいないなんて……やっぱりウソじゃないか。しかし、もはや白い女と交わす言葉はない。統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合した魔法を撃ち出し、白い女を吹き飛ばした。その体は氷の粒に覆われ、全身を氷に覆われる……まだ終わっていない。ちゃんと白い女を殺さなくちゃ。バラバラにしなくちゃ。

 しかし、そこで僕は背後から、黒い光に貫かれる。白い女まで後一歩という所で、僕は地面に倒れた。黒い光に貫かれ、透明な体に開いた穴は治らない。普通の攻撃ではなく、特別で異常で不気味な何かだった。何事かと思って見ると、黒いローブを着た怪しい人物を目に映した。地面から湧くように、黒いローブは浮き上がる。その圧倒的な気配は、僕に格の違いを感じさせた。

 いったい何者なのだろう……そうだ。忘れていた。白い女は黒幕ではなかった。あいつは、ただの詐欺師だ。大きいのは口だけで、実際は何もしていなかった。ならば、これまでの事件を引き起こした犯人は、白い女とは別にいる。きっと、あの黒いローブの人物は、全ての事件を引き起こした真の黒幕なのだろう。魔法世界の消失を計画した悪の大ボスであり、本当のラスボスだ。

 

~すでに魔法世界と現実世界は繋がっています~

 

 目の前に白い女は倒れている。その体に僕は手を伸ばした。でも、届かない。あと少しの距離を越えられない。すでに術式兵装は解け、辺り一面を覆っていた氷は溶けてしまった。魔法砲撃で撃破した女の子達は兎も角、術式兵装で凍らせたザジさんや仮面の男、あの3つ子も復活するだろう。何よりも、近くに居るのはラスボスだ。早く白い女を殺さなければ、白い女よりも先に僕は殺される。

 僕は必死に手を伸ばし、白い女の髪を掴んだ。白い女の体に触れた。それで……どうしよう。僕の胸に開いた穴は塞がらず、もはや魔法を使う余裕はない。胸を風が通り抜けて、スースーと乾いていた。もしも魔法を使えば安定は崩れ、僕の体は一気に崩壊するだろう――ならば一撃だ。一撃で白い女を殺さなければならない。半身を吹っ飛ばした程度ならば、僕のように回復するかも知れない。

 白い女は肉体を失って、僕と似たような状態になっている。幽霊か、精霊だ。それらは現象で実体はない。物理攻撃を当てても擦り抜ける。しかし魔力を込めれば、その魔力で触れる。肉体のあった僕に平然と抱き付いていた白い女も、魔力を込めて触っていたのだろう。ならば、できる……僕は闇の魔法を発動させた。僕の白く透明な体は、暗い闇に覆われる。それと共に僕の体は崩壊を始めた。僕は白い女の頭を掴み、使い慣れた術式兵装の手順を実行する。

 

――掌握

 

 そうして白い女の魂を、僕は取り込んだ。僕の中に白い女が入ってくる。その感覚は耐え難い物だったけれど、最後だと思って我慢した。やがて白い女の体は消え、僕と白い女は一つになる。取り込んでも違和感は消えず、しかし少しずつ僕と溶け合っていく感覚はあった。もっと深く、強く繋がれば、白い女は逃げられない。白い女の魂を捕える檻(おり)に僕はなる。このまま僕が死ねば、白い女も死ぬだろう。僕は目を閉じて、その時を待った……やがて僕の体は崩壊し、空中へ溶ける。その体を覆う闇は、黒から白へ変じていた。

 

~監禁されています~

 

 黒い闇の中に僕は浮かんでいる。目覚めると、白い光に包まれた白い女を目に映した……いいや、違う。あれは白い光なんかじゃない。コンクリート製の壁面のように、平らで変化のない白色だ。無機質で冷たい印象を覚える。その光は闇を消し去る事もできず、逆に闇に包み込まれていた。その闇は僕の纏う闇だ。僕の闇は白い女を捕らえ、その白色を掌握している。

 

「現実は一瞬だ。それでも夢から覚めない限り、一瞬は永遠となる。君の死は引き延ばされ、君は死に続ける。死に続けているという事は、生きているという事だ。君に魂を捕らわれ、君と共に私は滅びるだろう……その前に決着を付けようではないか。私と君の最後の戦いだ。これで本当に最後だ。だから全てを吐き出したまえ――君の思いの全てを、私は受け止める」

 

 白い女に返事は返さなかった。返事を返すまでもない。無数の魔法を一つに統合して、それを取り込んだ僕は術式兵装を行う。取り込める魔法に限界はなく、いくらでも取り込めると思えた。そうして目に映らないほどの速さで、白い女に拳を叩き込む。無数の魔法を展開して、白い女に撃ち込んだ。空間を突き破る破砕音がドドド、ガガガと鳴り響く。今の体調は絶好調だ。全身に力が満ちている――胸に空いた穴は、もう塞がっていた。魔法を統合して統合して、それらを一つに纏めた魔法を白い女に放つ。しかし、それでも白い女は傷一つ負っていなかった。

 エヴァンジェリンさんは言っていた。動かないのではなく、動けない。攻撃しないのではなく、攻撃できない。現実であれば地面を引っくり返せた。でも、ここは地面のない闇と光の空間だ。それを分かっていて白い女も、「全てを受け止める」なんて言ったのだろう。とんだインチキだ、とんだ詐欺師だ。今も涼しい顔をしている白い女に、僕は一発入れてやりたかった。

 

「貴方は僕の体が目的だった。でも、残念でしたね。貴方の目的は叶わず、このまま僕と共に死んでいく。これまでの間、無駄な努力を御苦労様でした」

「そうだね。あれほど君の心を傷付けたのに、君の体を手に入れる事はできなかった。あと一歩と言う所で、私と君の立場は逆転した。このような形で支配されてしまえば、私は君と交われない。逆に私の心は、君に囚われてしまった。しかし、これでも良いと私は思っているのだ。体を手に入れる過程は違っても、結果は同じなのだから――君と一つに成れるのならば、君に食べられても構わない」

 

「負け惜しみですね。貴方は体が欲しかったのでしょう? 貴方は僕に……ネギ・スプリングフィールドに成り代わりたかった。その望みは、もう永遠に叶いません」

「その通りだよ。私は君の体が欲しかった。君に成り代わりたかった。なぜだと思う? それは君に憧れていたからだ。だから君が欲しかった。君を奪いたかった。私はネギ・スプリングフィールドに恋をしていた。生まれる前から好きだった。かわいいと思っていた。かっこいいとも思っていた。君の事を考えるとドキドキしていた、ワクワクしていた。私は君になりたくて、君のようになりたかった。君と一つになりたかった――私は君を愛していた」

 

 僕を憎んでいたのならば分かる。でも、愛していたという言葉は理解できなかった。いったい何を如何したら、愛していたなんて言葉に繋がるのか。これまで白い女は、僕に様々な嫌がらせを行ってきた。嘘を吐いて、僕を騙した……ああ、そうか。きっと、この言葉もウソなのだろう。もう僕は騙されない。白い女の言葉なんて信じない。その口を塞ぐために僕は、白い女の顔を殴り付けた。でも、その拳は白い女の頬をプニッと潰し……そこで止まった。反射でもなく無効化でもなく、これは吸収に近い。

 

「愛していたんだ。でも、私と君は違い過ぎる。私は薄っぺらで、君は本物だ。空に輝く星には手が届かない。だから君に堕ちて欲しかった。地に落ちて心が折れて、二度と飛び上がれないようになって欲しかった。そうすれば一緒に居られる。私と君は一つになれる。一緒に空を見上げて、一緒に絶望して欲しかった。私は君に共感して欲しかったんだ。私と同じ物になって、私を理解して欲しかった。だから私は君を傷付けた」

 

「意味が分かりません。なぜ人の足を引っ張るような事をするんですか。なぜ自分から空へ飛び立とうと思わないんですか。体が無くても出来ることはあったでしょう。貴方が協力してくれれば、防げる事件もあったんです。傷付かなくて済む人も居たんです。どうして自分の力を他人のために使おうとしないんですか。僕に理解されようと、貴方は努力していなかった。僕に理解される努力を放棄していた」

 

「そういう君は他人に理解されようと努力していたのかな? ちゃんと吸血鬼や生徒達、それに学園長や魔法教師と話し合えば、いくつかの誤解は解けていた。君の周りにいた人々は敵ではなかった。それなのに君は理解する努力を放棄して、彼等を敵視していた。なぜだろうね? 今の君ならば、私の気持ちを分かってくれるはずだ――君も誰かに愛されたいと思っている。しかし愛されるよりも、憎まれていた方が安心できる。最初から敵であれば、信じて裏切られる事はないからね。君は敵視する事で安心していたのだ」

 

 ああ、この人は、他人を信じられないんだ。だから裏切られたくないと思っている。どんなに親しい人でも裏切ると思っている。だから自分と同じ物に、僕を変えようとした。自分と同じ物ならば安心できるから。自分と異なるもの全てを、この人は畏(おそ)れている。いいや、この人が何よりも信じていない者は自分自身だ。この世で何一つ信じていない――なんて薄っぺらな愛だろう。その口で僕に愛していると言うのか。

 

「貴方は、もう諦めています。人に愛される事を諦めています。愛を語っている振りをして、愛を騙っている。貴方は誰も、自分すらも愛していません。だから貴方は僕に成りたい、憧れている他人に成り代わりたいと思っている。貴方にとって、他人の愛を奪うことが愛の形なのでしょう……そんな物は自己満足だ。だから貴方は僕を、自分と同じ物に変えようとしていた。いいや、自分と同じ物に、僕を変えようとしていた。貴方の世界には自分自身しか存在しません――哀れで孤独な人形遊びだ」

 

 白い女によって僕は変えられた。闇へ堕とされ、もう光の下には戻れない。太陽の光は眩し過ぎて、この身を焼いてしまうだろう。焦がれるほどに愛おしい。その気持ちは少しだけ理解できた。僕の切り捨てた者も二度と戻ってこないから、理解できてしまった。その瞬間、僕の腕は白い女の体を貫く……いいや、違う! 僕の腕は、白い女の体に飲み込まれている!

 

「ああ、ついに私を理解してくれたのだね。この喜びは、とても表現できない。きっと君ならば、私を理解してくれると信じていた。長かった、この時を長い間待っていた。しかし、最後の最後に、君は私を理解してくれた――嬉しいよ、さあ私と一つになろう。怖がる事はない、きっと気持ちいいさ。体の力を抜いて、私に全てを預けるんだ。君の全てを、私に感じさせてくれ」

 

 引き離そうとした僕の腕は、全く動かない。僕は迷わず、もう片方の手で切り落とそうと試みた。でも、その腕を白い女に掴まれ、僕の両腕は白い女に取り込まれる。しまった……僕は思っては成らない事を、思ってしまったらしい。おそらく、それは白い女に対する『同情』の感情だ。僕は白い女に『共感』してしまった。その気持ちに付け込まれ、この有様だ。

 僕は白い女に取り込まれる。でも、似たような光景を、少し前に見た覚えがあった。ラスボスの攻撃で倒れた僕は、白い女を『掌握』して取り込んだ……ああ、なんだ。白い女に通じる攻撃方法はあるじゃないか。そう思った僕は、白い女に対して『掌握』を試みる。白い女は僕を取り込もうと試み、僕は白い女を取り込もうと試みた。「僕の黒い闇」と「白い女の白い光」は掻き混ざり、その色を変化させる。

 

「君の可愛らしい目が好きだ、君の柔らかい唇が好きだ、君のプニプニとした頬が好きだ、君の長い髪が好きだ、君の小さな耳が好きだ、君のツンとした鼻が好きだ、君の丸いアゴが好きだ、君の滑らかな肌が好きだ、君の鼓動が大好きだ。君の全てが愛おしくて堪らない。だから、愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる――愛してる」

 

 Like(好き)ではなく、Love(愛してる)と言われたのは初めて……ではない。親愛の証として、ネカネお姉ちゃんにLoveと言われた事はある。でも、女性から男性として肉欲的に、LOVEと言われたのは初めてだった――ああ、なんて気持ち悪い。愛の暴風で、心が折られそうだ。これも僕を取り込むための策略に違いない。どうして愛しているなんて言えるのだろう。白い女の愛は、人を愛していない。白い女の愛は、命のない人形に向ける愛情と同じ物だった。むしろ白い女にとっては――死んでいた方が都合は良いのだろう。

 僕と白い女の取り込み愛は、僕の劣勢だった。それは当然だろう。闇の魔法を用いた『掌握』を行うためには、相手を受け入れなければならない。でも、僕は白い女を受け入れられなかった。このままでは白い女に僕を取り込まれる……それも嫌だった。死ぬほど嫌だった。白い女と完全に一つになるくらいならば、『掌握』を行って白い女を制御した方がマシだった。

 だから僕は覚悟を決める。白い女を受け入れると決断した。受け入れると思った事で、白い女に取り込まれる速度も加速する。だから勝負は一瞬だった。手慣れた術式兵装の手順を、僕は繰り返す。白い女の取り込みは、単なる取り込みだ。それに対して僕の『掌握』は相手を固定し、取り込んで制御する。固定によって白い女の動きを止めた僕は、その隙に白い女を取り込んだ。

 

~ ~

 

 ラカンさんに肉体を消し飛ばされて死んだ。それでも僕は幽霊として存在した。ラスボスに胸を貫かれて崩壊した。それでも僕は形のない物として存在していた。僕の認識領域は広大で、墓守り人の宮殿の内部や麻帆良学園の様子も知れる。麻帆良学園のエヴァンジェリンさんは魔法を放ち、さきほど戦った3つ子や似たような姿の人々を氷漬けにしていた。

 まあ、どうでもいいか。僕は死んだ。白い女と共に死んだ。後は消えるだけだ。そう思っていたけれど、なかなか僕は消滅しない。まさか、また幽霊になったのかと思ったけれど、どう見ても体は存在しなかった。僕は空気のように、そこに存在している。誰にも気付かれる事なく、広大な空間を占めて存在していた……そうか、僕は存在しているのか。まだ僕は死んでいない。

 

――だったら、世界に消えてもらおう

 

 空間を占めていた膨大な魔力を、僕は支配下に置く。誰かによって支配されていた魔力も、強引に奪い取った。墓守り人の宮殿の周辺に、魔力の消失に似た現象を引き起こす。急に魔法を使えなくなった人々の、慌てる様を感じ取れた。その魔力を用いて数万の魔法を作り出し、統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合する。まあ、このくらいで良いだろうと思って、それらを僕は宮殿へ撃ち込んだ。

 墓守り人の宮殿を包んでいた強力なバリヤーは、さきほど周辺の魔力を支配した際に消えている。そのため数万の魔法は宮殿に直撃し、宮殿の端から伸びていた塔を崩壊させた。僕は魔法の位置を調節して、逃げ惑う人影に直撃させる。それでもラスボスさんは生き残っていたため、統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して……いっぱい統合して一つに纏めて放ち、ラスボスさんの体を消滅させた。

 同じ事を麻帆良学園に向かって行い、都市を崩壊させる。こちらは人が多かったため、墓守り人の宮殿よりも時間がかかった。建物を念入りに潰して、焼け野原に変える。地下へ逃げ込んだ人も、統合した魔法で地面を貫き破壊した。見覚えのある生徒達をプチプチと潰していく。それでも一人だけ、死なない人がいた――エヴァンジェリンさんだ。何度殺しても死なない。これは困った。麻帆良学園を滅ぼした僕は、ウェールズにあるメルディアナ魔法学校へ行く事を決める。あそこの禁呪書庫に、高位の魔物を滅ぼす魔法について記された本があったはずだ。

 地面は穴だらけになって、麻帆良学園は跡形もない。世界樹も何所に生えていたのか分からないほどだ。そのせいか「学園結界や登校地獄」で封じられていたエヴァンジェリンさんは解放される。力を取り戻したエヴァンジェリンさんは、どこかへ転移して行った。僕の認識領域に引っ掛からない事から考えて、どこか遠くへ逃げたらしい……まぁ、いいか。そう思って僕は、ウェールズへ向けて移動を始めた。

 

~ ~

 

 僕の認識領域は宇宙空間にあった。その内側に魔力を充填している。その魔力を用いて十分に統合した魔法を、地球に向けて放った。すると地球は跳ね飛ばされ、太陽に向かって飛んで行く。その勢いで宇宙空間に弾け飛んだ大気や、大量の水や土を撒き散らした。それらのゴミは超スピードで何処かへ飛んで行く。次は火星を太陽に突っ込ませようと思い、僕は移動を始めた。

 しかし、僕以外の認識領域によって、その進路は塞がれる。僕の前に立ち塞がったのは、僕のような存在と化したラスボスさんだった……いいや、もしかすると最初からラスボスさんは、形のない存在だったのかも知れない。ラスボスさんは魔法を放って僕の充填した魔力を削り、僕も魔法を放ってラスボスさんの保有する魔力を削る。そうしている間に、僕とラスボスさんの認識領域は衝突した。ラスボスさんは僕の認識領域を侵食し、我が物とする。削られた僕の認識領域はラスボスさんに奪われ、僕という存在を削られた。

 でも、僕は負けない。ラスボスさんは一人だけれど、僕は一人じゃなかった。ラスボスさんの認識領域は一人で構成されている。たった一人の世界に、僕と白い女で構成された世界が負けるはずはない。やがて僕はラスボスさんの認識領域を削り切り、その認識領域を取り込む……なんて事はしなかった。統合した禁呪を叩き込んで消滅させる。僕と白い女の世界に他人は不要だ。

 宇宙空間は何もない世界だ。そこで僕は自分以外の存在を感じる。僕を誰かが見つめていた、もしくは認識していた、あるいは観測していた。それは僕に取り込まれた白い女だ。だから僕は消滅する事なく、ここに存在している。僕は白い女の魂を観測し、白い女は僕の魂を観測する。僕は白い女を必要としていて、白い女は僕を必要としている。僕と白い女だけの、完全なる世界だ……だから僕以外の世界はいらない。全て滅ぼそう、全て消してしまおう。そして僕と白い女は完成する。純真で無垢で汚れもなく真っ白な、純白の世界だ。

 

 

――魂魄兵装『真白き闇』

 

 

 そうして僕は神様になった。

 

 




END 2013/11/18(月)

一方その頃、
ハリー・ポッターのミラベル様は人類を超越していた。
ヾ(`・ω・´)ノ ウォォォォォォ!


▼『ぜんとりっくす』さんの感想を受けて、「生き残れる確立」→「生き残れる確率」な件と「統合すて」→「統合して」な件を修正しました。作者は最後まで誤字に悩まされるようです。

「ここで戦った方が生き残れる確立は高いだろう」→「ここで戦った方が生き残れる確率は高いだろう」
「「雷の斧」を統合する。統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合すて統合した」→「雷の斧」を統合する。統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合して統合した」……ん? どこが間違ってたんだっけ。

▼『仮称』さんの感想を受けて修正しました。
「白い女は仕掛けた…・…」
(´・ω・`)どこ? → (つд⊂)ゴシゴシ → (;゚ Д゚)黒点か!?

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