とある暗部の暗闘日誌   作:暮易

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2013/12/22:追記しました。

すみませんorz
ほんっと有言実行できてませんねorz
また近日中にEpisode13も追記します。

もう何も宣言しないほうがいいんじゃないかって思われてますかねorz


episode13:収束光線(プラズマエッジ)

 

 

土曜日の朝。それは学生にとっては思いっきり惰眠を貪ることが許される貴重なひと時。昨日は昼も夜も散々な目に会い、それどころかそれ以上の更なる悲運が待ち受けているであろう雨月景朗であったが、それでも彼は今この時、幸せそうに眠っていた。図らずも、一端覧祭によってムダに高められたテンションに体力を奪われた一般の学生たちと同様に、彼は当然の如く心地よい眠りの中にずっぽりと浸っていたのだった。そのはずだった。

 

 

 

突如、それまでの和やかな表情が一変し、布団の中で僅かに身じろぎをした雨月景朗は、無理矢理に眠りから意識を覚醒させられた。彼はどこか、自分の部屋すぐ近くでインターホンが鳴っているのに気づいてしまったのだ。どうやら常人より遥かに上等なシロモノとなっているらしい彼の自慢の両耳が、彼の住む部屋のすぐ近く、恐らく隣室への来訪者の存在を聞きつけてしまったのだろう。

 

唐突な玄関のチャイムを鋭敏に掴み取り、彼の幸せな眠りは無残にも妨げられる。その卓越した聴覚は、昨日の夜半は大活躍だったはずなのだが。雨月景朗はその感度の良すぎる聴覚を忌々しそうに呪うと、静かに寝返りをうった。微睡みの中で再び、ウトウトとしだしたその時。

 

彼は屋外で発せられた、どこか聞いた事があるような気がする少女の声を聞き取った。年若い少女の、聴いているだけで癒されるソプラノ。けッ、朝っぱらからカノジョとイチャついてんなよ糞がッ。雨月景朗は今度は、このやたら愛らしい声を発する少女を出迎えるであろう、隣室の憎いあんちくしょうを呪いつつ、いち早く二度寝に臨もうと試みる。

 

 

だが、隣室の住人はなかなか来訪してきた少女を出迎えてくれない。断続するチャイムの音と、まるで手纏ちゃんの声のような清らかで癒される少女の呼び声が五月蝿くて、このままでは彼は寝付けそうになかった。

 

 

とうとう彼は覚悟を決めて、枕元に常備していた耳栓の行方を手探りに探し始めた。しかし、耳栓を見つけ出すその前に。耳栓どころか、今度は枕元の彼のケータイが盛大に鳴り響く。

 

 

 

 

「…………だああッ。畜生!」

 

 

彼の眠気は、完全に吹き飛んでいた。二度寝を諦め、景朗はケータイを手にとった。その時、ふと耳に違和感を覚えたようである。

 

「……あれ?耳栓もう着けてんじゃん」

 

耳栓が見つからないはずだった。彼は昨晩、耳栓を着用してから寝ていたのだ。彼は耳栓を外しつつ、ケータイのディスプレイを眺め、驚く。着信、手纏ちゃん。

 

 

 

 

偶然か?外からも手纏ちゃんによく似た声が聞こえて来てるし

 

 

 

 

 

 

 

……っておああああ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「景朗さーん……ぅぅ。やっぱりいらっしゃらないんでしょうか……お部屋、間違ってませんよね……」

 

チャイムが鳴り響いていた。俺の家に。そして玄関からは手纏ちゃんの悲しそうな声が。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああああああああ、やっべぇぇぇ!そういえば、今日、昼に手纏ちゃんが俺ん家に来るんだった!!!どうして忘れてたよッ!!!うああ、そうか昨日の夜あんなことがあって完ッ全ッに忘却の彼方へ!

 

 

なんで気づかないんだよッ!耳栓して無かったら気づいたかッ!?…………いや、よくよく考えれば、そもそもここに引っ越してからうちのチャイムが鳴ったのって…………あれ、これが初めてか。わかるわけねぇかッ。

 

時計を見る。13時35分だった。もう朝じゃねぇ!

 

 

 

「はいはいはい!ごめん手纏ちゃん!いますよー!すぐ開けますよー!」

 

慌てて大声を張り上げ手纏ちゃんを出迎えようとしたが、寸前で思いとどまる。テーブルや床には昨日の夜あれから更に遅く、朝方まで悩み続けていた暗部の資料が散乱していた。これだけは片付けないとヤバい。

 

着替えつつ、前日、手纏ちゃんと結んだ約束を反芻する。昨日、火澄たちを宥めてなんとか旭日中学へと向かって――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスを降りて、俺達3人は目的地である旭日中学校の近くのバス停へと降り立った。移動中のバスの車内で火澄と手纏ちゃんの2人には、一体どうして旭日中学なのかと根掘り葉掘り聞かれる羽目になってしまっていた。

 

お店に着くまで秘密だよ、そもそもそこまで詳しくは知らない、俺も行ってみないとわからない、どうやら美味しいコーヒーを出してくれるお店らしいよ。思いつく限りに、どうにかのらりくらりと彼女たちの追求を躱せたものの、未だに冷や汗が出そうだったりする。

 

バス停から旭日中学へ向かう道中、何故か押し黙る背後の2人を振り向けば、なにやらイマイチ気乗りしていない様子である。やはり期待されてないんだろうか。話しかけようかと迷ったが、ほどなく旭日中学へと到着してしまった。校門で早速、パンフレットを配るメイド服を着た女子生徒の姿を発見する。何気ない素振りで近寄っていくと、元気ハツラツとした明るい声をかけられた。

 

 

「メイド喫茶やってまーす♪よろしくお願いしまーす♪」

 

メイド女子中学生にパンフレットを手渡される。素早くそれを確認。場所は3-Bの教室とある。どうやらこの学校の3年生がやっているようだな。この学校に他にメイド喫茶をやっている所があるかどうか、目の前のメイド女学生に尋ねようと思った矢先。雑踏のざわめきがほんの少しだが大きくなっており、周囲の様子が変化しつつあることに気づく。

 

 

 

「……って、えっ!?とっ、常盤台の人達が来てるッ」

 

俺にパンフレットを渡したメイド女学生が、俺の背後にいる火澄と手纏ちゃんを見て興奮していた。今更だが、改めて周りを見渡せば、多くの旭日中の生徒が立ち止まり、俺達3人を興味深そうに眺めていた。

 

火澄はやれやれ、と諦めの表情を浮かべ、手纏ちゃんは完璧にたじろぎ火澄の背中に身を隠している有様だった。

 

「なんか俺達、注目されてる?」

 

俺の言葉に火澄は溜息を漏らすと、出来の悪い子供に懸命に勉強を教えようと試みる教師のように、小さな声で諭し始めた。

 

「うすうす予感してたけど、やっぱりアンタは変わってなかったか。ほんと鈍感過ぎ。一端覧祭に私達が来ればさすがにちょっとは注目を浴びるわよ、ばか」

 

「あ、あの、どうして皆さんこんなに私たちをご覧になるんでしょうかぁ……?」

 

そこまで大々的に視線を集めているという訳ではないが、手纏ちゃんが思わず火澄の背中に隠れてしまう程度には、通りすがる生徒たちから興味深げにじろじろと観察され居心地が悪い。常盤台生の扱われ方がこういう物だとは予想してなかった。中には「あれ霧ヶ丘付属の制服だ。ある意味常盤台より珍しくね(笑)?」という話し声も。ほっといてくれ。

 

「すまん、2人とも。ここまでとは思わなくて……」

 

火澄と手纏ちゃんに向き直り謝罪した。一端覧祭は、主にその学校を志望する学生が中心となって客層を作る。他にはOB、OG、近辺の学校の生徒たち、といった顔ぶれになるのかな。常盤台中学の学生、いやここは大まかに行って"学舎の園"の女生徒と言い直したほうがいいだろうか。彼女たちのように街では比較的見慣れている"お嬢様"達でも、やはり校内にまでやってくるというのは本当に珍しいのかもしれない。

 

「別に、そこまで謝らなくていいから。アンタの考え方が間違ってるわけじゃないしね」

 

「だ、大丈夫です。初めて男女共学の学校に入ったものですから……これでも、人生初の体験にドキドキしているんですよ」

 

「ふふ、そうね。深咲にはいい経験になるかも」

 

 

後ろの2人はそこまで嫌がってはいないようで、ひと安心だ。取り敢えずさっさと校内に入ってしまおう。校庭には学生が出店する色々な屋台が並び、ここまで衆目を集めなければ楽しいひと時を過ごせそうだったのに。手纏ちゃんも物珍しそうにキョロキョロと辺を見回している。……いや、もしかしたら周囲を警戒しているだけなのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終目的地である、3-Bのメイド喫茶にやってきた。扉の前で火澄に肘でド突かれる。

 

「女の娘をメイド喫茶に連れてくなんてどういう神経してんのよ」

 

「いや俺もまさかメイド喫茶とは思ってなかったんだよ。実はさ、教室で他の奴等がここを褒めてたのを盗み聞いただけだったりするんだよ……」

 

白々しく嘘をつく。くくく、サプライズはまだまだ、こんなもんじゃないぜ。これからが本番なんだよ、火澄。

 

お店の扉の前で言い合いを始めた俺達を、手纏ちゃんが不思議そうに眺めていた。あ、そうか。手纏ちゃんはガチで、モノホンのメイドさんがすぐ側で働いている環境で育って来た訳ですからね。メイドさんが喫茶店をすることに、まるで疑問を感じておられないご様子。メイド喫茶というものは、貴女がご想像なされているものとは全くの別物なんですよぅ。

 

火澄はまるで汚らわしいものでも見るかのような目つきで俺を相手にしている。愛想笑いでごまかしつつ、ようやく入店できた。

 

 

 

 

 

「お帰りなさいませー♪ご、…………あ、えーっと、すみません!お帰りなさいませ、旦那様、お嬢……様。こ、こちらの席にご案内いたしますっ」

 

俺たちを出迎えてくれたメイド女子学生は、俺の後ろにいた常盤台生2人組を目にすると、一瞬、硬直した。だがすぐに持ち直し、窓の近くの四人がけのテーブル席にぎくしゃくと案内してくれた。

 

俺達の入店と同時に、店内が俄かにざわついた。俺たちの姿に気づいた店員さんや客として来ていた学生達は皆、珍しいものを見たような顔をして注視してくる。

 

メイド役の女子学生達はカウンター裏やスタッフルームとして仕分けられた空間などに集まり、各々こそこそと小さな声で相談し始めた。

 

俺は火澄達に感づかれないよう細心の注意を払いながら、ここでメイドをやっている筈の丹生の姿を探した。間を空けずすぐに、スタッフルームから騒ぎを聞きつけたメイド姿の丹生が顔を出した。

 

そして、すぐに丹生は俺達を見つけた。当然、彼女を見つめ続けていた俺とは目が合う。喜ばしいことにこの時、ほんのまたたき程度の瞬間だったが丹生は確かに嬉しそうな顔をしてくれたと思う。でも、それも俺の対面に座る火澄と手纏ちゃんの姿を目にした途端に、怪訝な顔付へと変わってしまった。

 

手を振ると、周りが寄せる関心を意識してか恥ずかしそうにしつつも、恐る恐るこちらへと近づいて来てくれた。

 

 

 

こちらへ近づいてくるメイド女子中学生が件の"丹生多気美"だとは露知らず、火澄と手纏ちゃんは2人してメニューを見ながら話をしていた。

 

トレイを両手に持ちながら、俺たちの側へとやって来た丹生に話しかける。

 

「来たぜ!丹生!」

 

「あーもおっ、来る前に連絡してって言ったじゃん!全くもう。……それで、こちらのお2人は……?どうして常盤台の人と一緒なの……?」

 

俺の言葉に、火澄と手纏ちゃんはドキリと顔を上げ、丹生を見つめて驚愕する。俺は丹生のことはほったらかしにして、正面の2人への説明を優先した。戸惑っている丹生へと手のひらを向けて、彼女達に紹介しよう。

 

「驚いていただけたかな?こちらが俺の友達の、丹生多気美さんです!」

 

「な、はぁっ?!」

 

「ふえ!?」

 

2人とも、視線を丹生を俺の間で行ったり来たりさせて、二の句を告げられないようだった。一方の丹生は状況が全く掴めずに、混乱して必死に俺に説明を求め出す、と。

 

「景朗!この人たち、知り合いなの?どっどういうこと?何で常盤台の人達にアタシを紹介してるの!?せっ、説明して?!説明してよっ!?」

 

よし。火澄も手纏ちゃんもこの状況に驚いている。今この瞬間は、きっと俺との約束(昼飯の時に色々説明するうんぬん)も頭から吹っ飛んでいるに違いない。

 

「ああッ。やっぱりなぁ。いきなり押しかけて丹生がびっくりしているぞッ。かわいそうだッ。本人が言うとおりにちょっくら説明してくるッ!すまない、2人ともッ」

 

疑問符でいっぱいのメイド姿の丹生の手首を掴み、強引に教室の外へと連れ出した。読み通り、火澄も手纏ちゃんも何も言えずに俺達をただ眺めるだけだった。

 

 

 

 

 

 

教室を出るまでの間に「丹生さん、あの人達と知り合いみたい。常盤台と、男の子のほうは霧ヶ丘の制服だよね?」といった、ひそひそ声があちこちから耳に入った。丹生本人は目をくるくる回して状況についていけずにいる。

 

念のため、廊下の奥へと丹生を連れ出してから話を始めた。それまで、丹生は早く説明しろと繰り返すばかりだった。

 

「まあ落ち着いて。今から全部話すから、お前さんの知りたいことは」

 

「あああ、あの常盤台のお嬢様たちは一体何なのっ?ワケわかんないよっ。アタシに用があるみたいだったけどッ」

 

どうやら丹生が興奮している原因のひとつに、火澄と手纏ちゃんが常盤台生だったから、という理由が在りそうだった。初めて知ったよ。丹生にもなかなかミーハーなところがあったんだな。

 

「話す話す話すって。あの2人は俺の友達だよ」

 

「景朗の友達?ホントに?」

 

「本当だよ。だいたい友達じゃなかったら一緒に来るわけないだろ」

 

「う、うん」

 

大人しく返事をしてくれているが、まだ落ち着きが足りていないと思う。だが、時間がない。不安だが彼女に今の俺の状況を説明しよう。

 

「丹生、今日俺はお前さんに助けてもらいに来たんだ」

 

「……助ける?」

 

「ああ。丹生、プランBとプランC、どちらを選択する?」

 

「なんだよそのプランBとかCって?ってか、助けるってどういうこと?」

 

俺のフザけた物言いに疑問を感じたためだろうか。丹生は少しずつだが冷静になって来ている。

 

「よし、プランBで行こう。丹生、お前には借金苦で仕方なくエッチなお店で働いている苦学生という役を演じてもらいたい」

 

「いきなり押しかけてきて喧嘩売ってんの?」

 

「わかった。今の無し。プランCにしよう」

 

「そのプランとかいうのはどうでもいいよ!助けるって一体なにっ?」

 

こんな事態だというのに、つい遊んでしまった。ごめんな丹生。

 

「実はさっきのロングの子は、俺と同じ施設で育った女の子なんだ。仄暗火澄って名前で、小っさい頃から同じ施設で育った、友達というより家族みたいな奴なんだよ。アイツ、信じられないかもしれないが中学から常盤台に行っちまってさ。それでさ、こないだお前さんがウチに突撃しやがっただろ。たぶん花華がそのことをアイツにチクったっぽくて。アイツとその友達の手纏ちゃんって娘に、丹生が俺のカノジョなんじゃないかと疑われているんだ。問題は、俺と丹生の接点の無さが、アイツ等にバレちまってるってこと。あぁ糞、またややこしい話になっちまうけど聞いてくれ。前に緊急の任務が入った時に、アイツ等との約束を破ってしまったことがあるんだ。それで」

 

一息に喋りすぎた。丹生は再びくるくると目を回し、俺の話を中断した。

 

「待って待ってよ!そんな一気に言われても飲み込めないっ!」

 

「すまん。やっぱそうか。わかった。要点だけ話す」

 

今一度丹生に話を聞いてもらえる体勢を整えてもらい、次は余分な情報をなるべく省いた内容を伝えようと頑張った。

 

「さっきのロングの娘は俺の幼馴染の火澄で、お前さんがこないだウチに来た時に勘違いした花華が、お前が俺のカノジョだってアイツに伝えてしまったんだ。火澄にはお前さんとは唯の友達だって説明したんだけど全く信じてもらえなくて困ってる。ここへ来たのはそのことに痺れを切らしてしまったからでさ。丹生に直接、説明して貰おうと思って」

 

「……景朗、その火澄さんって娘と付き合ってたの?」

 

「ちげーよ。付き合ってないよ。さっき家族みたいな奴だって言ったじゃないですか」

 

「そんなことのためにワザワザ……。はぁ。で、アタシに常盤台の人達に説明しろって言ってんの?」

 

「そのことでひとつ問題がある。さっきも言った、俺とお前さんの接点の無さだ。考えても見ろ。俺とお前さん、暗部で出会わなかったら絶対に知り合うことはなかっただろ?」

 

「うん、まあ、確かに」

 

良し。いい兆候だ。丹生も現状を把握して来つつある。

 

「アイツ等にもそれがバレてるんだ。暗部関連の話題を一切出さずに、俺と丹生がどうやって仲良くなったのかアイツ等に何て説明すればいいのか思いつかなくて……。バイト仲間だって嘘をつこうとも考えたんだけど、火澄に本気になって確かめられたら多分一瞬でバレる。火澄には、俺があんまり良くない事を裏でコソコソやってるんじゃないかと勘ぐられてるっぽいんだ。アイツに確信を持たれてしまったら、かなり面倒臭いことになっちまう。要するに、俺、アイツに暗部関連のことがバレそうになってるんだ。できれば今ここで、これ以上疑いを持たれないように完璧な対応をとりたい」

 

「……なんだよ、それ。ヤだよアタシ、そんなめんどくさいことに関わるの。だいたい、そんなややこしく考える必要ないじゃん。もう全部黙ってなよ、あの人達のことは放っておいてさ。最初の方はムカつかれて色々勘ぐられるかもしれないけど、そのうち興味なくなって景朗のことなんかすぐに忘れちゃうよ。自意識過剰なんだよ、景朗は。アンタが考えてる風に、アンタなんかのために色々労力割くとは思えないんだけど」

 

「へぐ」

 

か、辛口ですね、丹生さん……ですが、おっしゃる通りです。いっそアイツ等のことなんて放っておいて、暗部のことだけに専念すればいい。もしくは、大元の原因である火澄と手纏ちゃんとの関係をぶった切っちまえばそもそもここまで煩わしい思いをすることはないのです……けど。いやだああああ、あの2人に嫌われるなんて嫌なんだよおおおおおおおああああ。

 

 

 

「今日のところはアタシがきっちりアンタとの関係を説明してあげるから。唯の友達だ、って。でも、それ以降のことは自分で解決して」

 

 

腕を組みつつキッパリと宣言した丹生の態度に、それ以上食い下がるのは幅かれる雰囲気になる。メイドさんなのに頼みを聞いてくれそうにないよ。それでも、俺の頭の中にはその強固な姿勢を尚も崩そうとせんとする説得の台詞が渦巻いていた。

 

二の句を告げようとしたが、彼女の視線を真っ向から受けて思いとどまり、口をつぐむ。このままじゃ事態はややこしい事になるって確定しているけれど。……だが、しかし。今の俺。今の俺って……どっちつかずで、情けなくて、女々しくて、気持ちの悪い男になってるかもしれない。なんだか、全然男らしくないなぁ……。

 

 

「……丹生の言う通りだ。そうする。ごめん、急に押しかけて変なこと言って。……その、さ。まぁ、今更なんだけどさ、実は今日、2人を連れて来たのには、もうひとつ狙いがあったんだ」

 

俺が零した言葉に、話はこれで終了したという素振りで俺を置いて先に戻ろうとしていた丹生は振り向き立ち止まった。

 

「いや、丹生さん、今友達少ないみたいなこと言ってたからさ。俺が連れてきた2人と今日友達になっちゃえばいいんじゃないかって思って。火澄と手纏ちゃん、めっちゃいい奴らだぜ。俺が保証する」

 

丹生は微かにだが、悲しそうな顔を作った。

 

「無理だよ、アタシじゃあ。だって常盤台の人達だよ?仲良くなれっこないよ」

 

「そうは思わないぜ。火澄はもともと俺と同じ"置き去り"だから、典型的な"学舎の園"に通ってるお嬢様なんかとはそもそも考え方が全然違うし。それに、手纏ちゃんは、まあ、少々世間知らずなところはあるけど、逆にこっちが心配になるくらい優しい娘なんだ。まあ、丹生がどう思おうと、俺は今日1日で君ら3人は仲良くなると思ってるよ」

 

「う。景朗、相変わらず最後は無理やりにでもいい事言って締めようとしてくるね」

 

「そそそ、そんなつもりないって。……あ。ちょいまち丹生!まだ行くな!そろそろ戻らないとヤバいっちゃヤバいんだけど、やっぱ俺と丹生がどうやって知り合ったのかだけは完璧な嘘でごまかさないとマズイ!」

 

丹生は呆れと苛立ちを全面に押し出して、声を荒げる。

 

「まだそんなこといってんの!?気にしすぎだって。そんな根掘り葉掘り聞いてこないよ」

 

「いやいやそりゃあの2人は丹生さんにはしつこく聴いて来たりはしないだろうさ。でも俺には絶対聞いてくる!自分で言っててホント情けないけど言わせてもらう!丹生さんは俺のロンリーっぷりを舐めていらっしゃる!なにせ俺には、小学校から今まで、まともな男友達すら出来たことがなかったんだぞ!あの2人はそれをよく知ってるんだ!後で絶対ツッコまれる……!」

 

「あーもう!ほんっとめんどくさいなぁ!だったらいいよもう!カノジョってことにしても!あくまで一時的だからな!」

 

丹生は顔を真っ赤にして、イライラとした様子でそっぽを向いている。いや、それは駄目なんだ、丹生さん!そうしてしまうと、俺は『カノジョにカマけて被害者兼原告である仄暗と手纏両名との約束を反故にし続けた"最低ドクズ野郎"』だということになってしまいまして……

 

「あーいやいやいやマズい!それだけはやっちゃいけないんだ!」

 

咄嗟に口から飛び出たこの言葉で、丹生さんの様子がガラリと変わってしまった。先程まではどちらかというと怒っていたように見えていたんだが。丹生さん、今では一気にクールダウンして、冷徹な空気を身に纏い始めていた。

 

「聞き捨てならないんですけど。景朗、その火澄さんって娘とは付き合ってないんでしょ?どうしてそう困る事態になるわけ?」

 

「へ?あ、いや、それは……」

 

「アタシがカノジョになるとそんなに困るの?あっそう。わかった。じゃあいいよ。自分で何とかしてね」

 

「ち、違う!すぐにバレる嘘を付きたくないだけなんだ!じゃないと、あの2人が俺を疑って色々なことに首を突っ込んでくるかもしれない。そしたら、暗部にかかわらせることになっちまうかもしれないだろ!それだけは絶対に阻止しなきゃならない!」

 

「だったら!あの人達を危険に晒したくないなら尚更、もうこれ以上あの人達と仲良くなるべきじゃないよ!いつ巻き込んじゃうんだろう、って怯えてるくらいなら、関わりを断ち切らないとダメじゃん!」

 

「そ、れは」

 

俺は言葉に詰まった。正論だよ、丹生。俺も何時だってそれを考えてきた。火澄は、自分ひとりの力で成功を勝ち取り、今も躍進し続けている。アイツのこれからの人生に、俺の糞ッタレな暗部のいざこざを巻き込んでしまうのなんて、死んでも御免だった。関わりを断ち切れたらどんなに安全だろう。……本当は、クレア先生たちとだってそうさ。でも、そしたら、俺には。俺には誰も……。

 

 

「今のアタシ達に、他人の面倒まで見てられる余裕あるの?これから新しい部隊で、今までよりずっと危ない任務に乗り込んでいかなきゃならないのに。ホントにあの人達を危険な目に晒したくないなら、身の回りの人達を危険に晒したくないのなら!中途半端なことはしちゃダメっ!」

 

これほど感情を露わにした丹生は見たことなかった。初めて見る彼女の顔だった。俺をギリギリと歯がゆそうに睨みつけ、感情をストレートにぶつけて来る。

 

「アタシのこと、守るって言ったクセに。景朗はそう簡単に死なないから、失敗しても生き残れるけど。アタシは違う……ッ。アタシは、これ以上、友達をつくったりなんかしない。アタシの力じゃ守れないから。そんな余裕ないから。…………かっ、景朗は、強いから、そうやって他の人も守ろうって思えるんだろうけど、アタシには……そんな風には考えられない」

 

 

そうか。丹生の両親は死んでいる。彼女に親戚はいないのだろうか?……いや、きっとそのあたりには何か込み入った事情があるに違いない。こんな言い方はしたくないけれど、彼らは、丹生の両親は、この学園都市の暗部に関わって研究をやっていたような人達だから。

 

彼女は多分激昂するだろうな、と思いつつも、俺は自然とこみ上げてくる自分の想いを素直に話してみたい気持ちになっていた。体の力を抜いて、できるだけ穏やかに語りかけようと試みる。

 

 

「……いいや。丹生は今日、新しく友達を作るんだ。だってお前はそう遠くないうちに、暗部から足を洗って、大手を振って何時もの日常に帰るんだぞ。もっと前向きに考えて、今から作っとこうぜ」

 

「ッ。そうなるために、最善を尽くすつもりだって言ってんの!」

 

「ああそうさ。お前さんの言う通り最善を尽くすための、その一環に、今日あの2人と友達になっておくのさ。なんせ、今の暗部でのいざこざなんて、お前にとっちゃただの通過点に過ぎなくなるんだから。俺と違ってね」

 

最後に言い放った俺の台詞に、丹生は少しだけ眉をひそめて訝しんだ。丹生のやつ、よりにもよってメイド服を着ている時に今までにない怒りを見せるなんてな。怒ってるメイドさんなんてご褒美以外の何者でもないぜ。俺は軽い雰囲気を崩さないように、口元をニヤケさせたまましゃべり続ける。

 

「お前は借金を返済しきったら、恐らくキッパリと暗部世界からオサラバできるはず。ちょっと不安は残るけど、まぁそれは仕方ないさ。普段から気を抜かないように気をつけて生活してかなきゃならなくなるだろうな。でもそれでも、暗部から抜け出せる希望は十分にある。だが、俺はそうじゃない」

 

「ッ」

 

俺と幻生との関係について前に少し話をしたしな。そのことに思い至ったのか、丹生は口を噤む。

 

「俺はこの糞ッタレな能力のせいで、暗部の変態研究者、そして変態上層部の馬鹿野郎どもに完璧にマークされちまってる。暗部のいざこざからはそう易易とは縁を切れそうもない」

 

しまった。丹生が悲しそうな顔をしてしまっているじゃないか。そんなつもりじゃなかったのに。

 

「だけど、ご存知の通り、俺はそう簡単には死なないからな。対策を練る時間は沢山ある。フフフー。まったく丹生さんは怯えすぎなのさ。俺が元気なうちは絶対に丹生が生き残れるように手を貸してやる。何度もくり返し言うしかないけど命に変えてもお前さんの盾をやってのけてみせるさ。そういうことで、俺が死ぬまでは丹生は安全なんだ。そんで、俺はそう簡単には死なないから、お前さんは無事に暗部から脱出。オーケー?」

 

 

俺の軽いノリにあてられたのか、それとも単に呆れたのだろうか。丹生はため息を付く。

 

「……はぁー。そうすんなりと思い通りに行けばいいけどね」

 

だが、とりあえず彼女の先程の怒りは鎮静している。これ以上は俺に食ってかかる気は無いようだった。丹生は少しだけ不満げに俺を注視している。僅かに頬がピンク色になってるような気もするなあ。ちょっと照れてる?

 

「ま、それで。何が言いたいかっていうとだな。お前が無事に暗部を抜け出した後でも、俺は残留してるから相変わらず地べたを這いずり回ってるわけじゃん?そこで、まぁ、なんだ。もし、仮に、万が一。道半ばで俺がたおれてしまった時には。あの2人、そしてクレア先生たちに、『愛していたよ』という俺の遺言を伝えて欲しいんですよ!」

 

 

俺は、俺が今喋った台詞を聞いて丹生が笑い出すと思ったんだけど、予想が外れた。なんと丹生は目をうるうると潤ませて、今にも泣きそうである。

 

 

「う。……そんな言い方卑怯だぞ。……わかったよっ。仲良くすればいいんだろっ」

 

「いや、泣くなよ丹生ッ!冗談で言ったんだよ」

 

充血気味の赤目で未だに涙ぐましくにらみを利かせて来てますが、さっきから何度も言ってる通りお前さん今メイド娘だからね。可愛いだけだからね。

 

「はぁ?全然泣いてないもん」

 

いや目が赤くなってるんだよ!これはちとマズい。これから火澄達のところに戻るってのに、このちょっとの間で丹生を泣かしたのか、と疑られてしまうとサイコーにややこしくなりそうだ。クソ、強引だけどここは俺の能力で……

 

 

「すまん丹生。ちょいとオデコ借してくれ」

 

「へ?わ、なになになにっ!?」

 

 

許可を取る前に俺が素早く手のひらを丹生のデコにかぶせると、彼女は目をパチクリさせて驚き、半歩後ずさった。すぐさま俺も距離を詰めて近寄る。手をデコにくっつけたまま、能力を行使する。彼女には強制的にクールダウンしてもらおう。

 

 

「どーだ、丹生?落ち着いたか?」

 

「なんだよッ!何がしたいのッ?どうしたいの!ちょっと……」

 

上目遣いで迷惑そうに、そして恥ずかしそうにしつつも、丹生は両手を空中に上げて、俺の左手を払おうかどうか迷っている素振りを見せていた。

 

「落ち着いた?」

 

「微妙、わかんない。何がしたいんだよ……」

 

中途半端に上げていた両手を降ろし、既に諦めムードの丹生は俺になされるがまま。ぼーっとして俺の反応を窺っている。あれ、おかしいな。効き目が悪い。

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 

そのままの状態で停止する俺達の間に、不意の沈黙が流れた。俺もなんだかだんだんと恥ずかしくなってきたので、パッと素早く被せていた手を払い除け、くるりと丹生に背を向けて火澄たちを待たせたままの教室へと歩き出した。

 

「よっしゃ。さあ戻ろー、丹生。ダイブ待たせてしまってる!」

 

「あ。ちょッ、ちょっと!だから今の何!」

 

 

 

廊下を辿り、メイド喫茶の教室のドアをガラリと開けて、そこをくぐる間際にようやく気づく。あー、結局口裏合わせしてないじゃないか。時すでに遅し。今や今かと待ち構えていた火澄と手纏ちゃんたちの視線に俺は既にロックオンされていた。

 

 

 

 

 

 

メイド喫茶のドアを開けた瞬間に、ざわめきの勢いが小さくなった。居心地の悪いことに、俺の挙動は注目されている。ドア越しにメイド喫茶の内部がよく見えたが、メイドさんからお客さんまで皆、チラチラと俺と背後の丹生の様子を観察していると来た。

 

 

火澄と手纏ちゃんもこの状況に少々奇怪そうな表情を浮かべていた。俺も不思議だ。いくら常盤台生と霧ヶ丘生が来ているからって、興味を持ちすぎじゃないか?

 

もしかして、丹生か。いや、違いない。きっと丹生が原因だ。……いきなり脈絡無く常盤台と霧ヶ丘のやつらがやって来て、クラス3-Bの、いやもしかしたら学年の問題児であったのかもしれぬボッチな厨二病患者、丹生多気美を連れ出していったのだから。なるほどそれは、同じクラスのクラスメートたちには最高のゴシップになるだろうな。

 

 

あちこちから無作為に飛んでくる視線を甘んじて受けながら、俺はあらゆる意味で針のむしろとなった、火澄たちの待つ席へと戻った。丹生もしぶしぶと俺の隣に座り、改めて初めて目の前の常盤台2人組に正面から向き合う。

 

 

火澄たちにとっては突然の標的とのエンカウント。丹生にとっても不意を打つ珍客の来訪。オマケに衆目からは好奇の目が。これで会話が弾むわけもなく、周囲とは打って変わって俺たちのテーブルにだけ静寂が幅を利かせている。

 

 

「ぅおじゃましましまっ!」

 

耐え切れなくなった丹生は突如、がたりと席を立ち、この場から逃げ出そうとしやがった。俺は慌てて彼女の手首を掴み押しとどめた。

 

「ま、待った待った丹生」

 

カウンターの方へ逃げ出そうとしていた丹生は、周囲の興味津々な探り顔に真っ向から直面し、そして硬直した。寸刻の葛藤の後、再び俯きながら席に座り直す。その気持ち、わかるよ丹生。どっちへ行っても地獄だもんね。

 

 

 

俺たちの寸劇がキッカケとなったのか、緩んだ緊張を逃すまいと抜け目なく、静けさを破る口火を切ったのはまたしても火澄だった。

 

「あ、あの、丹生、さん。目が赤いけど……大丈夫ですか?景朗に何か言われたんですか?……ちょっと景朗!アンタ何したの?」

 

うう。やっぱり突っ込まれた。火澄の質問に、隣の丹生は俯いたままビクっと震えた。

 

「あ、いや、大丈夫だよ……です。あくび!あの、さっき欠伸しただけ!ですからっ」

 

そう言って、丹生はめちゃくちゃわざとらしく、口に手を当ててふああーッと欠伸をするマネをやり始めた。お、おい丹生……バレバレでんがな。

 

「あ、そ、そう、だったんだ……」

 

ここまで困った顔をした火澄を見るのも久しぶりだなあ。手纏ちゃんもどうしたものかと困ってるじゃないか……いや、でも、これはこれでナイスな展開かもしれない。お前さんが挙動不審なおかげで俺へと向けられる不審さが薄くなっているぜ。ありがとう丹生!きっと天然でやってんだろうけど。

 

俺のためにフォローをしてくれている丹生をまたしても放置して、俺は真剣な面立ちへと顔を変化させつつ火澄と手纏ちゃんへと話しかけた。

 

「あのさ、2人とも。お互いの自己紹介もまだなのにこんなこと言うのもなんだけどさ。どうして、こんなにも俺達が周りに注目されているのか。知りたくないか?」

 

2人ともそれについてはしっかりと疑問を抱いていたようで、早く続きを話せとばかりに、何度も頷き返していた。丹生も欠伸のマネをやめて意識を俺へと向けてきた。

 

 

「実はだな。……ここにいる丹生さん、実は、このクラスで浮きに浮きまくっている、ボッチさんなんだよ。ここだけの話、丹生さん、このクラスで浮いちゃってたらしくて、その丹生さんがいきなり常盤台生を連れてきたもんだから、こんな風に強烈に注目されちゃってんだよ」

 

「?」

 

「ふぇ?」

 

「……ちょ、ちょちょちょちょっと何言ってんの景朗おおおおおおおおおおお!初対面の人に!初対面の人だよっ!初対面の人っ!」

 

火澄と手纏ちゃんは俺の言葉を噛み砕くのに数秒時間が掛かり、丹生は顔を真っ赤にして俺へと掴みかかって来る。俺は『ここだけの話』と言いつつも、今の話を、周囲で聞き耳を立てている人達にも十分に聞こえる声の大きさで話していたのだ。だから、俺の発言はこの教室内全体を巻き込んで、極めて微妙な座りの悪い空気を蔓延させてしまっていた。

 

火澄も、手纏ちゃんも、周りで聞き耳を立てていた丹生のクラスメートたちも、そして丹生本人も、すんげー気まずそうな顔付きになってしまいました。

 

「やめッ、やめてよ景朗おおおお!」

 

尚も続けて話をしようとする俺に対して、今にも泣き出しそうな丹生は必死に止めようと俺の肩を両手でつかみがくがくと揺さぶってくる。

 

俺は揺さぶりに全く動じぬまま、拳を握り締めた。そして、ドン、とテーブルに1度、拳を振り下ろす。火澄も、手纏ちゃんも、たぶん周囲の聞き耳を立てている方々も俺の挙動に注目しているだろう。

 

「だから!俺は2人をここに連れてきたんだ!丹生に2人を紹介するために!丹生に友達を作ってあげたくて!!さあ、今日はみんなでともに語らい、互いに友人を増やして、有益なひと時をすごそうではないかー!HAHAHAHAHAHA……」

 

 

丹生は顔を真っ赤にして、恥ずかしさで死んでしまうんじゃないかって心配になるくらい、あわあわと混乱していた。そして何故か。手纏ちゃんも何故か恥ずかしそうにぷるぷると震えていた。あー、これは。おそらくだけど、手纏ちゃん感受性豊かだからなぁ。きっと、今の丹生の心境を慮って、そして自分自身に重ね合わせて、恥ずかしがってる丹生の姿を見て手纏ちゃん自身まで恥ずかしくなっちゃってんだろうなぁ。萌える。想像してみてほしい。メイド女子中学生が羞恥心で爆発しそうなんですよ。こっちも爆発しちまいそうだ。

 

 

 

場を2転3転させ、会話のイニシアチブを占有しつづけようとする俺の魂胆を見抜いたのか、それとも単に、丹生をこのように羞恥の極みのどん底へ突き落とした俺への義憤なのかは知らないが。すぐに落ち着きを取り戻した火澄は、ハァ…、とひとつため息をつくと、この混乱した状況を収拾するべく迅速に行動に移った。

 

キッ、と俺をひと睨みした後、すうっと穏やかな笑顔を浮かばせ、丹生へと優しげに語りかける。

 

「丹生さん、このバカの言う通りにするのはほんの少しだけシャクだけど。でも、貴女と友達になるってことに関しては、その、私も大賛成です。初めまして。仄暗火澄といいます。その、丹生さんさえよければ、連絡先の交換とかどうかな?このバカについても、これから色々聞けたら嬉しいことがあるかもしれないし……」

 

会話と同時に、火澄はケータイを取り出して丹生の方へと差し向けた。期を等しく、手纏ちゃんも火澄に便乗し、彼女も同じくケータイを取り出して、丹生へと名乗った。

 

「ぁぅ……ッ!う、うん!は、はいっ。アタシも喜んでっ」

 

丹生は戸惑いながらも、嬉しそうな表情を隠す事無く、2人と会話を続けていく。どうやら、一件落着しそうですな。めでたしめでたしだね。友情が育まれていく場面に、ほっこりするね。

 

 

 

 

 

 

 

 

出会ったばかりだから当然か。その後しばらく俺達4人はポツポツと長続きのしない散発的な会話を続けていた。丹生は2人に、俺とは別に付き合っていない、とハッキリと伝えていた。その後の火澄と手纏ちゃんと丹生の3人は、俺の想像以上に仲良くなれそうな雰囲気だった。これに関しては俺も本当に嬉しかったさ。嘘じゃない。俺は前からこの3人が仲良く友達になれたらどんなに楽しいだろうか、って思っていたよ。

 

丹生のクラスメート達は、俺が丹生がボッチだ、と発言した時、相当気まずそうな顔をしていた。それだけじゃなく、丹生が新たに友人を作る場面を目撃したことも、彼らにとってはやはり色々と考えさせられる事件だったに違いない。

 

しばらく俺達と会話をした丹生は、メイド喫茶の仕事があるからといって会話を打ち切って席を離れたのだが、カウンターに戻っていった丹生へ、勇気ある何人かが彼女に話しかていくのを俺はしっかりと目にしていた。もしかしたら、これをきっかけに前みたいにクラスでも話し相手ができるかもよ、丹生。

 

火澄と手纏ちゃんは、丹生の去り際にまた直ぐに会いましょうと誘っていた。丹生も嬉しそうに肯定の返事を返していたし、マジで、めでたしめでたしだぜ。そう思ったのに。

 

 

 

 

 

 

丹生が去るやいなや。それまでニコやかだった火澄と手纏ちゃんは、ガラリと空気を一変させた。火澄は無表情となり、一方の手纏ちゃんは顔付きこそ変わっていないが、オデコに青筋を浮かばせ、どこか怒気をはらんでいる。

 

「さあ、覚悟はいい?景朗?」

 

「景朗さん。覚悟してくださいね」

 

 

マズイな。想定外だ。まーだ引っ張るか。もう降参したくなってきたよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

丹生のメイド喫茶で昼食を食べ終えるまで、俺は2人に散々なじられた。だが、俺は頑張ってなんとか踏みとどまったさ。暗部関連の秘密にほつれが出そうな事は何ひとつ喋らなかったぜ。

 

案の定、火澄に「一体全体どうやってアンタなんかが丹生さんと知り合いになれたのよ?」というキツい追及を受けたけれども。俺は「今日は語るべきことはもう語っただろ。質問は『丹生がカノジョかどうか』だったよな?丹生本人がそれを否定したんだ。これ以上何を話せばいいんだよ?」と強攻策を押し通した。

 

最後に「俺と丹生が知り合った時の話は丹生本人に聞いてくれ。丹生の名誉に絡むんだ、その話。俺が話す訳にはいかないんだ」と思わせぶりな、些か卑怯な嘘をついたりもした。それを聞いた火澄は悔しそうに引き下がった。危なかったぁー。ふふふ、丹生。俺はプランC(丹生に丸投げする)で行くと言っただろ。あとは頼むぜぇ!

 

 

 

 

 

 

昼食を食べ終えた俺達3人は、やっとようやく、地獄のメイド喫茶(どうして地獄に変わったのやら……)から退出した。旭日中の学生の好奇の目線にもいい加減慣れてしまったので、この際せっかくだからと色々なイベントを覗いてから帰ろうか、と自然とそういう流れになった。

 

色々な催し物や出店を見物するさなか、俺達3人の中で一番はしゃぎ、最も興奮していたのは意外にも手纏ちゃんだった。彼女にとっては、そもそも男女共学の学校、この国の一般的な"学校"と呼べるところの、ごく普通のノーマルな学生の生活をまの当たりにするのは初めての体験だったらしい。目にしたもの全てに興味深々で、ひっきり無しに驚き、帰路に着くまで始終笑顔のままであった。

 

もちろん、俺と火澄も手纏ちゃんほどテンションが高くなることはなかったものの、やはり一粒の思い出となりそうなくらいには面白おかしいひと時を過ごせたかな。

 

 

 

 

 

楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、もはや夕焼けも眩しい時間帯。そろそろ旭日中学を後にしようと話をしていた、その時に。俺は尿意を催し、2人に近くのトイレへ行ってくるから待っていてくれるように願い出た。早く行ってきなさいよ、という火澄の掛け声を背に、途中で記憶していた校舎1階、最寄りのトイレへと向かった。

 

トイレの中で、はぁーーーーと長い息をつく。昼間は、一時はどうなることかと思ったものの、何とかなったなぁ。……いやいや、何を贅沢言ってんだ、俺は。丹生のメイド姿も見れたし、アイツ等3人は仲良くなれそうだし、手纏ちゃんと火澄と一端覧祭を楽しめたし、いい事づくめだったじゃないか。……あれ?いやホント、これって中々に幸せなことじゃないか。これで満足できないなんて、ガチで贅沢だ。いかん。反省しないと。バチが当たってこの先、ひどい目見ることになるぞ、これじゃあ。

 

2人を待たせたままだ。俺は急いで元来た道をもどる。火澄たちと別れたのは校門のちょっと手前だ。あんまり放置してたら野郎どもにナンパされちまうかもしれねぇ。クッソ、それは虫が好かないな。

 

 

 

そんなことを考えながら、俺はオレンジ色に染まった旭日中学の廊下を早歩きに進んでいた。ところが。校舎を出る前に、校門近くで待っているはずの手纏ちゃんとばったり廊下で出くわした。

 

「あう、景朗さん」

 

火澄の姿は無い。迎えに来てくれたのかな。でも、おかしいなぁ。そんなに待たせてないと思うんだが。

 

 

「ごめん。待たせちゃった?」

 

「ち、違います。私が1人で来たんです。そのぅ、景朗さんにお話したいことがあって……」

 

 

話を聞けばどうやら火澄には、手纏ちゃんもお手洗いに行ってくると言い訳をしてきたらしい。つまりは……えッ!?こ、この俺と2人きりでお話がしたかったということですかッ!手纏ちゃん!

 

「お、おおぅ。そ、そっか。わかった。それで、なんだろ?話したいことって」

 

ちょっとした動揺を悟られないように、極めて平静な風を装う。手纏ちゃん相手なら大丈夫だろうか。いや、彼女はテンパっているように見える時も案外、しっかりと相手を見ているからな。バレちゃうかも。

 

 

「あ、あ、あ、あのっ。そのぅ……こ、これからの進路について、つ、つまり、高校受験についてなのですけど、景朗さんにどうしてもご相談したいことがあるん、です……」

 

あー、それね。もうちょっと心躍る話題かと期待してしまった。そうだよね、俺達中学3年生だしね。この学園都市には腐る程高校があるから、みんな何がしかの学校へ行くけど、だからこそ出現する悩みってのも当然あるよね。

 

まぁ、でもそれにしては。手纏ちゃんは顔を真っ赤にして、心臓バクバクいってそうな表情してるんだよな。俺と2人きりってそんなに緊張するんだろうか。少し悲しい。

 

「当ッ然ッ!相談に乗りましょう!」

 

俺の腕をブンブンと豪快に振り回したジェスチャー付きの快諾に、手纏ちゃんはほっとして嬉しそうにすると、彼女にしては珍しく、途切れることなく話を続けていった。

 

「そのっ、ご相談に少々お時間を頂きたくて。あ、あ、あのっ、それでっ……それで!もしよかったら、明日、また2人でお話を……か、か、か、可能であればのお話ですぅ、よ?景朗さんのご都合がよろしければっ」

 

なるほど。手纏ちゃんが顔を真っ赤にするのもわかる。何だかデートのお誘いみたいだもんな、この言い方だと。俺もちょっと照れちゃうよ。……明日は土曜日、暗部の野暮用も無し。これは、行けるかッ?!

 

「いいねぇ!俺も明日は暇してたんだ。火澄に聞かれたくない話なのか、それとも火澄へのサプライズなのか、わかんないけどさ、手纏ちゃんと2人でってのは初めてでちょっと照れるかも。そうだ。手纏ちゃんさえよければだけどさ、良かったら俺ん家に来てみない?前に言ってた俺の渾身の一杯をご馳走したかったんだ」

 

くくく。俺がコーヒーの美味しい入れ方の探求を趣味にしていることは手纏ちゃんも知っている。純粋に友人に美味しいコーヒーをご馳走したいという、プラトニックな厚意で下心をカバーし、俺の家へと手纏ちゃんを誘い出してやるぜぇ!火澄がいないなんて、今後もう一度やってくるかどうかわからないほどレアリティが高すぎるシチュエーションだ。この機を逃すのはあまりに惜しい。

 

「は、はい!行きますね!楽しみですぅ!景朗さんのおっしゃっていたコーヒーですね!以前から私も頂いてみたかったんです。ふふっ」

 

 

おっしゃーぁぁッ!気づいてない。手纏ちゃん俺の下心に気づいてない。俺の方が楽しみだよ。

 

 

「それじゃ、お昼過ぎくらいに来てもらえれば。いやぁ、朝は惰眠を貪りたくて。ハハッ。それで大丈夫?」

 

「はいっ!」

 

うわぁ。単なる高校入試の相談だとはわかっていても、それでも心臓ドキドキだよ。だって手纏ちゃん、本当に嬉しそうにしてくれてるし。あぁー脳内ピンク色になっちまう。もちつこう。下心がバレたらカッコ悪い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

い、いかん。昨日、3人で一端覧祭を見てまわったことが、今俺が暗部で置かれている立場と比べると、あまりに、あまりに幸せな記憶なものだから。随分と長い間思い出に浸ってしまっていた。つい昨日のことなのに。駄目だ、俺、相当、昨日の夜の悲報がショックだったみたいだ。

 

玄関の外からは困惑した手纏ちゃんの声が漏れ出てくる。今はもう土曜の朝。じゃなかった、もう土曜の昼、約束のお昼すぎなんだぞ!いい加減意識を覚醒させないとマズいッ。

 

 

 

がちゃり!と勢いよく玄関のドアを開けた。そこには、火照った顔の手纏ちゃんの姿が。白いコートに、白いマフラー。そして白い帽子の、全身白づくめの手纏ちゃんは天使のようで。

 

俺は頑張って理性を保たないとなぁ、と冷や汗をかいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り敢えず、今のところは。手纏ちゃんはこの俺の1LDKの住処、そののリビングに寂しく設置してあるテーブルの側にぽつんと1人お行儀よく座ってくれている。彼女にキョロキョロと物珍しそうに忙しなく部屋を見渡され、カウンター越しにキッチンでコーヒーを入れている俺は例のアレが露見しませんようにとハラハラしていた。

 

手纏ちゃんは殿方の一人暮らしの家に来たのは始めてだと言っていた。俺なんかでも殿方と読んでくれるんだね。緊張するね。

 

 

 

 

突然だが、俺の部屋の内装について少々説明させてほしい。何故なら、きっと俺の家は、一般的な男子中学生の一人暮らしの部屋とはちと趣が異なると思うからだ。その大体の原因は恐らく2つ。ひとつは、テーブルと椅子とベッドを覗けば、ほとんどと言っていいほど家具が存在しないこと。TVも置いていない。カーテンや壁紙には何も手を加えず、味気ない灰色である。

 

そしてふたつ目の理由、これが俺の部屋を普遍的でない特殊な環境に変えている一番の要因だと思うのだが。そのふたつ目とは、ひとつ目の理由で述べたように割と閑散としている部屋なのにもかかわらず、何故か部屋の中に、大きく内部を占領するドデカい業務用冷蔵庫がドカンと3台も鎮座していることである。

 

その上、玄関の近くの廊下には、食材がたっぷりと詰まったダンボールがわらわらと鎮座しており、更にキッチンには、これまたレストラン等でしかお目にかかれないような、一般家庭には似つかわしからぬ巨大な寸胴鍋がいくつもゴロゴロと放置されている。

 

 

 

俺の渾身の傑作となる、特製コーヒーの準備の手をふと休めて、静かに待機する手纏ちゃんの様子を対面式のカウンターから覗いてみた。

 

ポカンとした、なんとも言えなさそうな表情を浮かべていた手纏ちゃんと目が合った。

 

「HEYHEY, 手纏ちゃん。俺の家どんな感じ?感想を一言」

 

俺の質問に、あわあわと慌ててしまった手纏ちゃん。

 

「あ、あのぅー。そのぅ……、景朗さんの……お住まいは……そのぅ~~……あのー……」

 

気の毒そうに言いよどむ彼女に、俺は助け舟を出してあげた。

 

「食料倉庫みたいだろ?」

 

「あ、は、はい!まさしくおっしゃる通りですぅ!……ってひゃぁっ!すすす、すみません!すみません。ち、ちがッ!」

 

ペコペコと頭を下げる手纏ちゃんを制止して、俺は大丈夫だよ、まったく気にしていないよという風に、ニヤリと口元を釣り上げてオーケーサインを繰り出す。

 

「いやいや気にしないでよ。火澄にも今のみたいにツッコまれてさ。俺、笑っちまったよ。どっかの港湾の食料保管庫みたいだよな、俺の家。いやぁー、まいったね。気づけば俺んちさぁ、食いものとコーヒー豆しか置いてなかったんだよなー。アハハー……」

 

 

 

以前、火澄が一度だけ今の家に様子を見に来てくれたことがあったんだが、その時に、3台の冷蔵庫の中にみっしりと詰まっていた、巨大な生肉のブロックを見て呆れ果て、「アンタ、隠れて虎でも飼ってるの?」と、深い溜め息をついていたほどだ。惜しかったね火澄。虎じゃなくて狼を飼ってたのさ。最近、暗部で怪我を負うようになって来ると、もう食っても食っても際限なくお腹が減るようになってしまって。身長はぐんぐん伸びているけど、それ以上のペースで体重はどんどん増えて行っている。見た目に大きな変化がないというところが、ホントそこらへんのホラーサスペンスより怖い事態に陥っているよね……。俺の体、エイリアンに改造でもされたのかよ、って感じでさ……。

 

 

 

コーヒーを入れるためのサイフォンや豆挽き器具を除けば、他にはPCくらいしか物が無い。手纏ちゃんも俺の発言に冷や汗を垂らしていた。いやぁ、この部屋でいい雰囲気になれるのは至難の技でございましょう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出来上がった渾身の一作を手纏ちゃんに披露したものの、彼女が紅茶党で珈琲が苦手だったのを忘れていた。一生懸命にプルプルと震えてアメリカンブラックを口にしていた手纏ちゃんを宥めて、ミルクと砂糖を大量投入してもらった。美味しいとは言ってもらえたが、しかし、やはりまだまだ俺の腕は珈琲が不得手な人にもブラックを飲ませられるところにはまだ達していないのだろうな。もっと精進しなくては。

 

……決して俺の味覚の方が悪いわけではないはず。だ、だって俺には人狼の舌があるんだぞ!俺は間違ってない!間違っているのは俺以外の周りの人間であって、絶対に俺の舌ではない!そうに決まっている!いやもうこのことは考えるのはやめとこう……。

 

 

 

一息ついて、手纏ちゃんのそわそわした態度も軟化してきた頃合だった。そろそろ、彼女の相談とやらを聞かせてもらってもいいかもしれないな。そう思い至った俺は、正面に座る手纏ちゃんへコーヒーのおかわりはどうかと質問した後、やんわりと本題への催促へと繋げていった。

 

 

「そういやさ、今日はどうして火澄は呼ばなかったのかな?やっぱり火澄に内緒にしたい話?クリスマスプレゼントの相談かな?それとも、昨日言ってた高校の話?」

 

俺の疑問に、手纏ちゃんはそうだった、と言わんばかりに何度も頷き、少しばかり俺の方へと身を乗り出した。

 

「は、はいっ。その通り、です。……進学のことについてなんです。景朗さんとお話したかったことは……」

 

そう言うと、今度は手纏ちゃんは姿勢をただして、そして頬を額を薄らと桃色に染めて俯き気味になり、またポツポツと語り始めた。

 

「それで……あ、あのっ。景朗さんに、お聞きしたいことが……有るんです……ッ」

 

「は、はいよー。どうぞ何でも聞いてくださいな」

 

手纏ちゃんはここに来て更に緊張していた。俺も一体何の話だろうかと身構えている。脳裏にすわ告白か?と甘い誘惑が湧き出てきたが、丹生との一件を思いだし、もう期待なんかするものかと気を取り直す。

 

手纏ちゃんはすぅっと息を吐き、一息にしゃべりだした。

 

「景朗さん。景朗さんは高校進学、どうされるおつもりなんでしょうか?どの高校へ進学されるおつもりですか?」

 

なんだ。そんなことか。俺は肩透かしな質問を浴びせられ、ホンの少し体の力を抜けさせた。

 

「ああ、そういや言ってなかったっけ、手纏ちゃんには。ふふー。聞いて驚い……てはくれなさそうだな、手纏ちゃんは。こほん。……なんと、俺の第一志望は"長点上機学園"なんだぜ」

 

そう答えた俺が予想した手纏ちゃんの反応は、俺なんかがよくもまあそんな難関高校を志望したものだ、というような驚きを見せてくれるだろうな、というものだったのだが。その予測に反して、手纏ちゃんは更に動揺し、矢継ぎ早に質問を繰り返してきた。

 

「ッ!?そんな、やっぱり。ぅぅ……景朗さん。もし、私が、火澄ちゃんと別々の高校に進学して、疎遠になってしまっても、その、景朗さんはそれでもっ、わた、私とはまだお友達でいてくれますか?」

 

……ん?その質問どういう意図?……手纏ちゃんと火澄が別々の高校にいったら、俺と手纏ちゃんは友達じゃなくなっちゃうだと……。え?なんで?……そッそんなの嫌だ!ダメ、ゼッタイ!

 

「ええっ?!なんでそうなるの?嫌だよ!俺!手纏ちゃんと会えなくなるの!話が分からないって!手纏ちゃんがオーケーしてくれるかぎり俺達は友達じゃないのッ?」

 

手纏ちゃんは真っ赤な顔のまま、恥ずかしそうに捕捉してくれた。

 

「い、いえっ。そ、そうですよね!ああああああの、私っ。私、最近まで火澄ちゃんはこのまま"学舎の園"の高校へと進学するつもりだと思っていたんです。でも、火澄ちゃん。どうやら、"学舎の園"の外部の高校へ行くつもりらしいんです。恐らく、景朗さんのおっしゃる"長点上機学園"だと思います……」

 

 

火澄が、俺と同じく長点上機に?そんな素振り、少しもアイツは見せていなかった。……でも、手纏ちゃんが俺の家へ押しかけてきてまで嘘をつくはずがない。そもそも今まで手纏ちゃんは嘘をついたこと自体が無いんだ。

 

俺が驚愕の表情を貼り付けて固まっている間にも、手纏ちゃんは途切れることなく話し続けていた。

 

 

「わ、私は。……私は、今までずっと、父に言われるがままに疑問すら持たずに、父の決めた学校へと進学してきました。でも、火澄ちゃんと常盤台で知り合って、初めてそのことに疑問を持つようになったんです。そして高校進学について……生まれて初めて父に頼みごとをしました。火澄ちゃんと同じ学校へ行きたいと。……きっと火澄ちゃんも"学舎の園"のいずれかの高校へと進学すると思っていましたから。だから、父も私の希望を尊重してくれていたんです。高校の進学先だけは、自分で決めたい、と」

 

知らなかった。手纏ちゃんの進学する学校を、彼女のお父さんが決めていたのだとは。彼女に聞いた話では、彼女は今までずーっと女子校に、しかもセレブなお嬢様達の集う由緒正しい格式高い学校へと通っていたはずだ。長点上機学園は学園都市でも有数の、トップ校集団の先頭を走る優良高校だ。……だが、男女共学である。共学であるし、第十八学区にあるため、そもそも"学舎の園"に位置していない。

 

もし、手纏ちゃんに、それこそ俺みたいなどこぞの馬の骨とも知らぬ輩を近づけさせたくないのなら、彼女の長点上機学園入学には難色を示すだろうな。いや、この手纏ちゃんの反応からしてもう既に拒絶されているのかもしれない。

 

いや、でも、しかし。世の父親様ってのは、そんな風に娘の進学先をその娘の意志に反して決めているものだったんだな。ついぞ俺には全く関わりのなかった話だ。

 

「手纏ちゃん、悩んでるの?もしかして、"学舎の園"を出て、俺らと同じ学校、長点上機に来ようとしてる……?俺はもちろん大歓迎さ。言うまでもなく火澄も。それに、手纏ちゃんの学力なら、きっと問題なく長点上機に入れるだろうね。それこそ、俺が偉そうに言うことじゃないけどさ」

 

「……は、い……」

 

俺に確認されずとも、既に手纏ちゃんは悩みに悩み切っていたのだろう。悲しそうに口をつぐみ、俺の目の前で考え込んでいた。しばらくして、再び、ポツリと語り始めた。

 

 

「……昨日、初めて外部の学校を見学しました。今まで、自分の目で拝見したことはなかったんです。皆さん、とっても楽しそう、でした……。何も知らず、私は……怯えていたばかりで……」

 

 

「ま、まあ、まだ時間はあるよ。それに、手纏ちゃんと火澄が別の高校になったって、俺は手纏ちゃんとは"今までどおりの友達のまま"でいたいし、そうするつもりだよ」

 

俺は単に、ただそこまで悩む必要は無いよ、と言いたかった。そうやって咄嗟に俺の口から飛び出したフレーズに、手纏ちゃんは少し傷ついたようだった。しまった。もしかして、いやもしかしなくとも、手纏ちゃんは俺に、長点上機学園へ入学するように後押しして欲しかったに違いない。だって、態々俺の家に来ていたんだぞ?1人で。

 

「あっ。は……い……嬉し、いです。そうおっしゃっていただけたら……」

 

 

 

始まりは、ほんのちょっと生じた、お互いの気まずさからだった。一度静けさが生まれたら、もはやどうすることもできなかった。俺と手纏ちゃんは両者共に口を閉じてしまい、そのまま時間だけがムダに流れていった。

 

俺は慌てて、彼女が長点上機へこれるように、彼女の父親への説得やら何やら、俺にできることは協力するよ、と口にしようとした。だが、喉から出かかったその言葉を放つ前に、考え直す。

 

 

 

そんなに軽々しく言っていいのか?言えるのか、俺が?彼女の父親にだって、それなりの考えがあるはずだし。暗部で四苦八苦している身で、偉そうなこと言えるのか?丹生が言っていたように、他人のことに口出ししている余裕はあるのか。だいたい、俺は。俺達は。明日の命も知れぬ身じゃないか。たった今、この時も。今日だって日没前に、防衛目標の施設へ行って、一晩中、暗殺者を待ち構えなくてはいけないのに。"置き去り"で、暗部の捨て駒で、多く人間の運命を狂わせておいて。そんなやつが、手纏ちゃんみたいなセレブな一族の、その頭領に何を言おうってんだよ。はは。

 

この時の俺には手纏ちゃんが、どこか遠くにいる、別の世界に住んでいる人間のように思えてならなかった。そもそも。だいたい、手纏ちゃんが"学舎の園"の学校に行こうと、長点上機学園に行こうとも、それが彼女の生死を分けるような重大な問題か?

 

そんな風に、後暗い考えごとを一度でも始めてしまったら。止まらなくなっていた。俺の心には確かに、手纏ちゃんが今抱え込んでいるこの問題に、これ以上かかずらっていられないという想いが生じ始めていた。

 

 

 

 

 

 

気がつけば、手纏ちゃんの悩みの件をすっかり忘れて、夕方から任務につくであろう、敵対者"ジャンク"メンバーへの対応策を必死に考えいる始末。その間、手纏ちゃんも黙するままであった。

 

 

「……あ、あのぅ。今日は、ごめん、なさい、景朗、さん。景朗さんには、確かに、どうしようもないご相談だったでしょうから……」

 

俺が押し黙っていたのを勘違いしたのか、手纏ちゃんは申し訳なさそうに謝り始めた。彼女は傷ついた表情を隠そうとしていたが、上手くできていなかった。

 

 

あー、クソクソ糞ッ。なぁにをやっているんだ俺は。大きく息を吸い込んで、俺は思いっきり額をテーブルに叩きつけた。手纏ちゃんがびっくりするように態とな。ゴガンという打撃音とともに、手纏ちゃんの体はビクリと跳ね上がった。

 

 

「ごめん!謝るのは俺の方だって!手纏ちゃん!……すまん、俺にはやっぱり、手纏ちゃんが言う通り、軽々しく口を出すことはできそうもない。でも、それでも、手纏ちゃんと一緒の学校に行けるってのは、それだけはめちゃくちゃ喜ばしいことだって胸を張って言いたいです!」

 

「あ。う」

 

未だに手纏ちゃんはびっくりしたままだったが、構わず俺は一口に言い切った。

 

「自分から誘っておいてごめん!俺、昨日の夜急用が入ってさ。そのことで頭がいっぱいだったりするんだ。手纏ちゃんの悩みを聞いたことは絶対に忘れない。また直ぐに、必ず俺の家に招待するからさ、もっかい悩みを聞かせてください!お願いします!そして……その……きょ、今日のところは……お帰り願いたくて……じ、実はこれから行かなきゃならないところがあるんだ……」

 

「……そう、だったんですか」

 

手纏ちゃんはキョトンとした顔付きになっていた。

 

「ごめぇん。手纏ちゃん。マジでごめんなさいいいい」

 

正直な気持ちを吐露しようと、素直な気持ちを吐き出そうと思いつつ、手纏ちゃんをじっと見つめつづける。

 

「…くすっ。わかりました。また後日相談に乗ってくださいね。約束ですよ?」

 

手纏ちゃんはくすりと笑ってくれていたので、まあこれで良かったんだと思いたい。俺が今、頭を悩ますべきは、丹生の言う通り、どうやって生き残るかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手纏深咲を自宅に招いた、その日の夜。雨月景朗は、チーム"スキーム"が請け負った任務の一環として、とある工場施設の防衛任務についていた。思い返せば彼には、施設の防衛任務と聞けば、強敵と死闘を演じた嫌な経験しか無かった。奇しくも、此度の難敵との遭遇も、全く同じ施設防衛任務で事に当たる羽目になりそうである。彼は施設防衛任務自体に悪いジンクスを感じつつあった。

 

それを後押しするかのように彼らに防衛の命が下ったのは、以前"パーティ"所属の強敵"百発百中(ブルズアイ)"と凄惨に殺しあった施設からほどなく近くの、似たような雰囲気まで纏わせる、これまた一体なにを生産しているかもわからぬ謎の工場施設だったのだ。

 

 

もしかしたら。彼らがその施設で再び"ジャンク"のような猛者と闘うのは、偶然ではないのかもしれないと、雨月景朗は背筋の凍る冷たい推理を立てていた。そういえば、御坂美琴のクローンを名乗る少女と、その少女が抱えていたクローンだとしか思えない死体を目撃したのも、以前防衛を行なったあの施設の地下だったよな、と彼は思い出す。

 

景朗は両者の間に何か関係性を見出そうと試みたが、やはり情報不足がたたったのか。良い考えは浮かばず、彼は仕方なく、今行っている任務である、施設防衛のためのブービートラップの設置作業に今一度集中しはじめた。

 

 

施設内部、くまなくそこらじゅうに爆薬を仕掛けられればてっとり早いのだが、と景朗は嘆息した。彼が今準備しているのは、テイザーガンや毒ガスが内蔵されたギミックや、学園都市製の高性能な跳躍地雷といった、物理的な破壊力は低いが、人間相手なら十分に無力化できそうな、しかしやはり対能力者相手にはイマイチ威力不足かもしれぬ、どっちつかずなシロモノがほとんどであった。

 

 

彼らが防衛すべき施設には、全くもって用途不明な歪な精密機械が乱立する、実験室のような様相を示す部屋も存在し、そのような箇所にはトラップ自体が設置不可能であったりもした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『景朗、"静止機動(イモービライズ)"が来たよ!』

 

景朗の耳に、装着していたヘッドセットから丹生の明るい声が届く。作業を中断してミーティングルームへと足早に向かう途中、丹生の弾んだ声が、彼にも僅かな希望を抱かせていた。景朗と丹生が、元"ポリシー"に所属していた、たったひとりの生存者、"静止機動(イモービライズ)"という能力者との合流を心待ちにしていたのは言うまでもないだろう。丹生の反応から、景朗はその"静止機動"が頼もしい人物であるに違いないと推測していた。それは、厳しい見通しの中苦心していた彼らにとって何より嬉しい情報だった。

 

 

 

 

守衛室に入ると、さっそく、その男の姿が飛び込んでくる。ものものしい耐火服に耐火マスク。醸し出す雰囲気も場慣れしたベテランのそれである。少なくとも弱そうには見えなかった。

 

"静止機動(イモービライズ)"こと、元"ポリシー2"、亀封川剛志(きぶかわごうし)。彼が所属していた"ポリシー"は、昨日のプラチナバーグ襲撃の折に、彼一人を除いて皆死亡してしまっている。しかし、彼は良くあの厳しい状況下で生き残ったものだ。それだけも、景朗は彼に期待をよせるのに十分な事実なのではないかと思っていたが。

 

景朗と丹生の眼前で、ゆっくりと亀封川は耐火マスクを取り外した。短く切りそろえた黒髪に、誠実そうな相貌。歳の頃は、20歳になっていないくらい、だろうか。落ち着いた空気が彼をさらに頼もしく映し出していた。男は静かに口を開く。

 

「亀封川剛志だ。強能力者(レベル3)、能力名は"静止機動(イモービライズ)"だ。通達済みだろうが、確認しよう。前部隊では"ポリシー2"を勤めていたが、これより君らの部隊に合流する。司令部からは"スキーム3"を拝命した」

 

亀封川は名乗りを上げると、背後に立つ景朗へと振り向き、理知的な双眸を彼へと貼り付けた。

 

「昨日は支援が遅れてすまなかった。"スキーム1"、"人狼症候(ライカンスロウピィ)"の雨月景朗だ。……短い付き合いになりそうだが、よろしく頼むよ」

 

景朗はそう言いつつ、握手のために右腕を彼へと差し出した。だが、締まらないことに亀封川は手のひらを景朗へと向けて突き出し、静止のジェスチャーを繰り出した。

 

「君が"人狼症候"か。……君の戦闘データは既に拝見させてもらった。大能力者(レベル4)でもある、君の指揮下に就こう」

 

「……いいのか?言っちゃあなんだが、アンタの方が経験豊富だろう?」

 

出会い頭早々の亀封川の発言は、景朗には意外そうであった。そのため、彼は戸惑いが多分に含まれた返事を返している。その答えに亀封川は首を左右に振り、否定の意を示した。

 

「私には、君のように大能力者(レベル4)を打倒した実績は無い。能力も、VIPの身辺警護等には向いているが、君のように攻撃的なものではないんだ。……提出された私の戦闘データは既に確認しているか?」

 

彼の質問に、景朗と丹生はしっかりと首を縦に振り、頷き返した。亀封川は2人の返答に何の機微も表すことなく、続けて言葉を発した。

 

「それならば理解してくれるだろうが、私の得意とする攻撃手段の一つに、至近距離で破片手榴弾を用いるものがあっただろう?私としては諸処のフレンドリーファイアを避けるために、基本的には個人行動を望んでいることさえ把握してくれていれば、それで問題はないな」

 

それから後、亀封川本人に詳しい説明を受けて判明した彼の能力、"静止機動(イモービライズ)"とは、端的に言えば物体の運動をピタリと停止させられる、念動能力(テレキネシス)の一種であった。彼は個体、液体、気体の運動を妨げる力場を体の正面に面状に展開して、銃弾や敵の接近を防御することができる。ただし、彼の能力で停止させられるのは主に肉眼視できるスケールの物体に限るとのこと。気体に関しては突風のようにダイナミックな動きを持つ現象ならば止められるらしいが、空気を通した熱の移動や振動、波である音や光などは防ぐことができないらしい。

 

彼が言及した至近距離での爆破攻撃は、事前に渡された資料には、『標的に接近し、能力を展開しつつ、至近距離で陶器爆弾や破片手榴弾(フラググレネード)など(爆炎ではなく飛翔する金属片による殺傷を狙うタイプの爆弾)を炸裂させ標的のみにダメージを与える攻撃手段』だと記載されていた。景朗は彼の説明を聞いてようやく、彼が何故、動きを制限しそうなほどの大きさのある耐火服を着用していたのか、その理由に合点がいった様子である。"静止機動(イモービライズ)"で爆弾の熱と轟音が防げなければ、自前の装備で対応すればいいという考えなのだろう。

 

 

 

一通りの確認事項や連絡が終了した後、亀封川はすぐにでも詳細な対応策の議論に没入したい様相であった。その時の彼の話しぶりは、当然、今後"ジャンク"を迎え撃つ能力者部隊"スキーム"の人員がこの場にいる3人のみ、という考えのもとに構築されたものだった。そのことに対して、景朗はつい連絡するのを失念していた、とでも言いたげな表情を作り、亀封川へ追加の連絡事項を伝え始めた。

 

「すまない、亀封川。ひとつ伝え忘れていた。"スキーム"には恐らくもう1人、メンバーが加入するぞ。予定では本日の21:00だ」

 

景朗の言葉に、亀封川は怪訝そうな顔付を見せつけた。

 

「……どういうことだ、それは。そのような連絡は受けていない」

 

彼の言葉を、景朗は否定しなかった。

 

「ああ、その通りだろうな。何せ、俺が個人的な伝手を頼りに入手した人足だ。……心配するな。もちろん指令部には話は通してある。まぁ……ひとつ問題があるんだが、な。指令部と少々モメたんだ。この機に乗じて敵対勢力の回し者が入り込んでくるリスクがあるから、情報部が念入りに調査して、シロと判明した人員だけを増員できることになってさ。だから、それ故に……恐らく、ピカピカの新入り(ニュービー)がやってくることになりそうで……さ……」

 

景朗の最後の発言に、亀封川は大いな懸念を表した。

 

「新入り(ニュービー)だと?我々の足を引っ張らずにいてくれると思うのか?」

 

彼の質問は、景朗には予想されたものだった。

 

「その時は、とっとと突き返すつもりだ。心配せずとも、追加の人員に固執するつもりはない。ただ、もしかしたら使えるやつが来るかもしれないだろ?雀の涙ほどの確率だろうが……。でも、今はこんな状況だしな。僅かな可能性にもかけたいだけさ」

 

景朗の返答に、しぶしぶだが亀封川は納得する。彼が亀封川に提示したこの問題、実はその日の朝方に、司令部との折衝に相当難航したシロモノでもあった。実は景朗は、プラチナバーグの部隊への移籍を決意した段階で、"人材派遣(マネジメント)"への能力者の仲介の件を一度断っていた。だが、本日の朝方、危機的状況から脱するため、景朗は僅かな望みをかけて、無理やり"人材派遣(マネジメント)"に有用な能力者の確保をゴリ押し、なんと即日契約、つまりは依頼したその日のうちに、斡旋した能力者を"スキーム"へ寄越すように託けたのである。

 

 

不可能だと連呼する"人材派遣(マネジメント)"に無理やり肯定の回答を捻出させた景朗は、その旨を後付で指令部に報告したのだが。そこで彼らは"人材派遣(マネジメント)"が敵対勢力の間諜を送り込んでくる危険性を示唆し、絶対に許可できないと彼の案を一蹴。

 

ここに来てそれは冗談ではないと景朗は、彼をプラチナバーグの部隊へと引き入れた元凶、元"ユニット"オペレーターへと連絡。彼女を使った、徹底的なリサーチを約束させ、何とか指令部の許可を獲得するに至っていた。

 

元"ユニット"オペレーター関してだが、なんと彼女は、今のプラチナバーグの部隊の状況を知りつつ、確信犯的に景朗を招集したことに対して罪悪感を持っていたらしく、二つ返事に彼への協力を承諾してくれていた。しかしなるほど。明け方までそのような折衝に遁走していたのならば、宜なるかな。景朗が手纏深咲の来訪を失念していたのも無理からぬことだったかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『"ウルフマン"、貴方の"切り札"がご到着よ。……この貸しはいつか必ず返してちょうだいね?』

 

守衛室で、"スキーム"メンバーと作戦会議を続けていたさなか、オペレーターさんから期待していた連絡がついに俺へと届く。

 

「ああ!もちろんだ。俺たちがこの窮地を脱することができたなら、な。恩に切るよ、オペレーターさん」

 

『……絶対よ?"ウルフマン"。覚えておいて』

 

オペレーターさんからはいつもの無機質な声色ではなく、ちょっと照れたような返事がかえってきた。程なくして、守衛室の扉が開き、1人の男が無造作に入室してきた。

 

 

「……ッス。"収束光線(プラズマエッジ)"ッス。ただいま到着したァッス。遅れてスンマセン……したァッ」

 

だるそうな態度を隠しもせず、ふらふらと室内に入ってきたその男を目にして、俺たち"スキーム"のメンバーは3人とも、言葉を発することが出来なかった。

 

 

「で、どなたがライカンさんッスかァ?」

 

ハードジェルで固めた茶髪。両耳にはピアス。パンク・ファッション風の、あくまでどことなくパンク・ファッション風と呼べるか呼べないかくらいのトゲトゲしい出で立ち。……どっからどうみても、立派な不良無能力者集団(スキルアウト)にしか見えない……。

 

 

絶対にコイツ、期待はずれだ。率直に言って、足しか引っ張らなさそうだった。恐らく、その場に待機していた"スキーム"メンバー全員がそう思ったことだろう。亀封川に至っては、一体どう収集をつけるんだ、と言わんばかりの手厳しい視線を俺へと飛ばしてきていた。

 

 

俺は軽くため息をつくと、のっそり立ち上がり、"収束光線(プラズマエッジ)"と名乗った能力者へと近づいた。

 

「俺がライカンだよ。正確には、"人狼症候(ライカンスロウピィ)"ってんだけど、アンタの言うライカンってのは俺であってんのかな?多分だが、アンタの雇い主(クライアント)の雨月景朗だ。アンタを待ってたよ」

 

「…あァ?テメェがか?オレよかガキじゃねぇか。マジかよォー、イラつくわァー……」

 

コイツ、仮にもクライアントに向かって、なんつう応対だよ。確かに、歳は俺よか少し上みたいだが。

 

「ふぅー……はぁーーー……オーケー。取り敢えず、"人材派遣"から渡すように言われたアンタのデータをこっちに譲ってくれ。あと、名前くらい名乗ってくれよ、"収束光線(プラズマエッジ)"でいいのか?」

 

「……お、ナニナニ?女の子いるジャーン。マジぃー?なんでよ、けっこー可愛いジャン」

 

奴は俺の言葉を無視して、丹生の方へと歩いて行った。……どうしようかな。こんな下らない事で時間食ってる場合じゃねぇよな……

 

 

プラプラと近づいていった丹生の肩をつかもうとした"収束光線(プラズマエッジ)"だが、丹生はサッと素早く避けて半歩後ずさった。しかし、その様子になんら躊躇いもなく、"収束光線"と名乗った男は自らの名を名乗りだした。

 

「オレ、強能力者(レベル3)、"収束光線(プラズマエッジ)"の穂筒光輝(ほづつこうき)。強能力者(レベル3)。ヨロシクねぇー。キミ、名前なんてぇーの?」

 

「……オレは、丹生多気美。強能力者(レベル3)、"水銀武装(クイックシルバー)"。ねぇ、アンタの雇い主は景朗だよ?もうちょっと言うこと聞きなよっ」

 

「うはっ。オレっ娘可愛い。え?景朗ってダレ?アイツ?」

 

穂筒はニヤケ面のまま丹生へとさらに近づこうとしたが、耐え切れなくなった丹生は慌てて俺の方へと小走りに寄ってきて、背中に隠れてしまった。

 

「あァァ?テメェかよ。ッゼェー。なに?その娘オメェのカノジョだったんかよ?」

 

ようやく穂筒は俺の顔に面と向かって話しかけてきた。ちなみに、一貫して亀封川のことはガン無視している模様。

 

「いいか?俺が、アンタの、クライアントの、雨月景朗だ。大能力者(レベル4)の肉体変化(メタモルフォーゼ)のな?いいから、さっさと渡された資料をこっちによこせ」

 

「……テメェ、ちっとデケェからってさっきから調子のってんじゃねェぞガキがッ。ブチ殺すぞテメェ、ア?」

 

クライアントぶっ殺してどうすんだ、あーもうダメだ。コイツ。我慢できねぇ。丹生が心配に俺の顔を覗き込んできた。彼女にニヤリと笑い返したら。

 

「ダ、ダメッ!景朗、ダメだよっ!」

 

何やら慌てていた。いや、でもしょうがないじゃんか、丹生。どうしようもないよ。俺はつかつかと穂筒へと近づいていく。

 

 

「ア?やんのか?コラ。かかってこいや」

 

そう言い放つと、穂筒は腰にぶら下げていた、フラッシュライトのような筒状の器具を手にとった。そして。そして、その筒をまるで剣の柄のように片手で握り、先端を俺のいる方向へ突き出して。

 

「ウッウォオオオオオオオッオオッ!プラズマァッエッジッ!!!」

 

まるでRPGの技名を叫ぶように、一際大きく自身の能力名を吠えた。ポージングもばっちりだ。映画に出てきそうな感じでビシっとキメていらっしゃる……

 

だが、穂筒が吠えたその途端に、明らかに能力によると思われる現象が生じていた。彼が持っていたのははっきりとは言えないが、レーザーポインターのようなものだったらしい。本当にレーザーポインターだったとしたら馬鹿げたサイズだが。

 

そのレーザーポインターの先端から、光が迸ったかのように思えたその時。突如、そのレーザーポインター状の器具の先端に、強力な棒状の光が姿を現していた。直後、バチバチという音とともに、部屋の温度が仄かに上昇し、何だか焦げ臭い匂いまで発生し始めた。

 

「オラ!テメェら、これが見えねぇのかァ?これがオレの十八番!"プラズマエッジ"だ!」

 

「いや、眩しすぎんぞ!おい!何も見えねぇから!」

 

強烈な発光は室内をほとんど真っ白に染めていた。今、俺が口にしたとおり、本当に何も見えない。光しか見えていなかった。

 

「マジで?!あれ、ちょっ…………おらァ!これでどうだァ!?」

 

穂筒の言ったとおりに、光の勢いは急速に落ち着いていった。ただ、依然としてレーザーポインターもどきの先端の、光の棒はバチバチと苛烈な光を放っている。その光景は……まさしく、アレだった。アレとは、所謂、ビ○ムソードやライ○セーバー。光の剣。

 

穂筒はその光の剣、いや、彼の能力から取れば、そのまま"プラズマの刃"と称すればいいのだろうか。そのプラズマの剣を振り回し、彼はたいそうご満悦、といった表情を浮かべている。

 

「こいつの切れ味は最高だぜェ?ア?テメェ、こりゃあ死んだな?」

 

俺は油断しまくりの穂筒へと尚も無造作に近づいていった。俺が大能力者だと宣言していたせいだろうか。穂筒は俺の接近にものすごく警戒し、ちょっと腰が引けていた。おいおい……

 

俺はいよいよ穂筒の真正面に立つと、冷徹に彼を挑発した。

 

「とっとと殺してみろよ、雑魚」

 

「ッらァッ!!」

 

額に青筋をいくつも浮かばせた穂筒は、その場でブンブンとプラズマエッジを振り回した。1閃、2閃、3閃、4閃、5閃、6閃、7閃。しかし、無情にも。それはひとつも俺の体をかすることすらなく、虚空を勢いよく切り裂いていくだけだった。やがて、ゼェゼェと息を切らした穂筒はプラズマエッジで俺を切りつけるのを諦め、青ざめた顔つきで俺の顔を見上げた。

 

「当たらなきゃ俺は殺せないぜ?」

 

「……ちくしょォがッ!」

 

穂筒は捨て台詞を言い放った瞬間に、プラズマエッジの光量を一気に増大させ、部屋中を眩しく照らす。俺の目はその光の不意打ちに眩んだが、バチバチという大きな音がその剣の位置を教えてくれるため、難なく穂筒の追撃を躱していった。

 

「……う……」

 

穂筒は焦りを顔中に散りばめていた。恐怖で彼の口からはくぐもった吐息がこぼれるも。それでも穂筒が再び振りかぶろうとしたその時に、ようやく俺は反撃を開始した。穂筒が振りかぶったその手首をつかみ、だんだんと力を強くして握りしめていった。たったそれだけで穂筒は悲鳴をあげていく。

 

 

 

「穂筒。お前が俺の命令を素直に聞くべき理由、そいつを今からテメェに見せてやるよ」

 

右手を抑えて立ちすくもうとする穂筒の顔を、俺は無理やり左手で掴み、目と目が合うように引っ張りあげた。そして、バキバキと躊躇なく、そのままの体勢で"人狼化"を行う。

 

みるみる膨張する俺の体躯。着ていた服はバチリと音を立てて吹き飛び、獣を思わせる漆黒の艶やかな毛並みが素顔を表した。バキバキと生えそろう巨大な牙と鋭い爪を目にした穂筒は、全身を強ばらせ、顔を青くしていった。視線を横にずらせば、亀封川も緊迫した表情で俺の変身を注視しているようだった。

 

 

「サッキテメェハ、丹生ガ俺ノカノジョナノカッテ言ッテタナァ?ソイツハ違ウ。イイカ?俺ニブッ殺サレタクナキャア、コレダケハ覚エロヤ!俺ト丹生ノ関係ハソンナ生易シイモンジャネェ!俺ハアイツノガーディアンダ!アイツダケハ命ヲ捨テテデモ守リ通ス!既ニテメェノ臭ッセェ体臭ハ記憶シテッカラナァ!コレカラ丹生ニチョットデモ危害ヲ加エテミロ?地ノ果テマデ追イ詰メテ、テメェノ体ヲ真ップタツニ噛ミ砕イテヤラァ!!!GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAHHHH!!!」

 

 

「わ……わかった……わかった……」

 

穂筒はカクカクと頷き、しばらくの間、ただひたすら『わかった』と繰り返していた。俺は叫び上げたその内容を冷静に思い返し、照れくさくて丹生の方向を向くことが出来なかった。決意して後ろを振り向けば、丹生は恥ずかしそうに俯いていた。まあ、そうだよね。この場には亀封川もいるし。こっぱずかしいよね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ひと段落して、俺は"人材派遣(マネジメント)"にクレームの電話を入れようとしていた。あの男、糞みてぇな奴を寄越しやがって。もっとマシな奴、さすがにいただろうがよ。

 

ひょっとしたら、今回は通話を無視されるかとも危ぶんでいたが、"人材派遣"はいつものように俺へと応答した。

 

「やあ、マネさん。どういうことだい?あの"収束光線(プラズマエッジ)"とか言う奴は?さすがにアイツはジョークだよな?」

 

 

ケータイ越しに聞こえてくる"人材派遣"の声は、愉快で愉快で仕方がないという声色だった。俺は額の青筋がブチリと千切れる音を感じていた。

 

『いやいやいや、ジョークなんかじゃないって、少年。大真面目さ。これでも頑張ってお仕事したんだぜ?どだい、一日や其処らで、っつうか、少年は1日の猶予もくれなかったじゃねえかよ。あまりに時間が無さすぎた。これでも感謝……ブハハハッ、感謝してほしいなぁ?』

 

「俺は足を引っ張りそうな役たたずしか見つからねぇなら、いっそ送ってくるな、とも言ってたよな?アイツのどこらへんが役に立つのか、早いとこ説明ねがおうか?」

 

 

『あれ?おかしいな。資料にはちゃんと目を通してくれたのかい?奴は確かに暗部じゃ新人だが、一応"殺し"に関しちゃ童貞じゃあないんだよ。有効に活用してもらいたいな』

 

 

俺は"人材派遣"には何度も口を酸っぱくして警告していた。新入り(ニュービー)でももう仕方がないが、それでも、自分自身で危険を察知できる脳みそを持ったやつを送ってくれ、と。そう言ったやつが見つからなったら、任務に巻き込んで殺しちまうから、絶対に送ってくるな、と。

 

 

「……いいだろう。次会う時が楽しみだよ。今すぐにでもマネさんに会いたくなってきたぜ」

 

俺の返答に、一瞬、ほんの一瞬だけ"人材派遣"の声が震えたが。すぐさま、こちらを嘲笑するような笑い声が響いてきた。

 

『ああ、そうだな、少年。次が来れば、だけどな。ハハハ……どうやら、そっちはずいぶんと危うい状況になってるみたいだな、少年。仕事柄、今の少年みたいな、切羽詰まった野郎共から散々依頼を受けてきてんだけどよ。……似てるんだよなぁ、少年の焦りが。今まで死んでいった奴等にさ!今まで随分と、金を払わずに死んでいった馬鹿野郎のせいで損をしてきたからな。今回はきっちり前払いで料金は頂いてるんだ。だからよ、少年。俺のことは心配せずに、思う存分戦っておくれよ?……プハハハ!!!』

 

 


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