私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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新世紀銀河伝説再び! 装甲勇者を大地に立て! 前編②

それはそれとして、もはや、それでいいのではないだろうか。

 

 

今考えれば、それは、あまりにも当たり前のことであり、自明なことであり、明白なことで、

まさに考えるのも馬鹿らしくなるほど当然のことだった。

 

 

私はクズ。

生まれた瞬間から現在に至るまで紛れもなく、一片の淀み無く、空前絶後の完璧なクズ。

 

 

ならば、何を迷うことがあろう。

 

クズはクズとしてクズらしく生き、そしてクズらしく死ねばいい。

ただそれだけでいいではないか。

 

そう・・・はじめから間違っていたのだ。クズである私が、希望を抱くなど。

最初から間違いだったのだ。あの眩い光の中で、私なんかが生きていけるなどと。

 

そんなことを思ってしまって・・・錯覚してしまい・・・いつしかそれが当たり前のようになって・・・

それはまるで7年間、地中に耐えていた蝉が夏の日差しに魅せられ、夢中で飛び回るように。

私も同じだった。

 

みんなと一緒にいられるのが楽しくて・・・

あの希望の輝きに魅せられ、夢中に飛び回り・・・

 

 

 

挙句が・・・この末路だ。

 

 

全て間違いだったのだ。

地上になど出るべきではなかった。

ずっと地中に埋もれて、誰一人、知られることもなく、ひっそりと死ぬべきだったのだ。

 

それが本来の私のあるべき姿。超高校級の“クズ”の最後。

 

 

ふと鏡を見ると、そこには幽鬼のような自分の姿が映る。

ボサボサの髪。痩せた頬。

その瞳は、まるで死んだ魚のように濁っていた。

 

 

それは、希望を失った人間の瞳・・・石丸君と同じ瞳だった。

 

 

この瞳を、この絶望を厭う気はない。

むしろ、今の私には相応しく、どこか誇らしくすらあった。

もしこの瞳に、ほんの少しでも、ほんの一欠けらでも希望の光があったなら、

私は、その光を瞳ごと抉りとっていたかもしれない。

 

私に希望など無い。

私に未来など無い。

 

いや・・・最初からそんなものはなかった。なかったのだ。

全部、間違いであり、全てが手遅れであり、もはやどうすることもできない。

 

ならば、私にできることは、ただ一つだけ。

クズはクズとして、最後までクズらしくあることだ。

 

この希望ヶ峰学園は・・・

殺人鬼・モノクマが支配する、この絶望の世界は、今の私にとって都合のいい場所だった。

誰かを殺さなければ出られないこのデスゲームは、今の私には本当に幸運に他ならない。

 

 

殺してもらえるから・・・。

 

自分では死ぬことができないこのクズを誰かが殺してくれる・・・断罪してくれる・・・。

 

救って・・・もらえるのだ。

 

ああ、なんと素晴らしいのだろう・・・!

私は、その時が来るまで、好きなだけ自堕落なクズライフを楽しめるのだ!

まさにクズ!クズの本懐である・・・!

 

 

私を殺してくれるのは、一体誰だろう・・・?

 

直後、二人の男の影が浮かび上がる。

 

 

「ククク・・・」

 

影から姿を現した一人目の男は、本命・十神白夜。

 

超高校級の“御曹司”

 

その圧倒的な財力と才能に奢り高ぶり、皇帝の如く全てを見下し、

他人の命を駒としか考えない外道。

事実、先の裁判においてこのコロシアイ学園生活への参戦と勝利を宣言している。

まさに私を殺してくれるのにふさわしいクズだ。

 

 

「へへへ」

 

次に姿を現したのは、葉隠康比呂。

 

超高校級の”占い師”

 

「俺の占いは3割当たる!」などと、そのイマイチ「凄い!」と頷きづらい才能を過大に誇り、

入学して右も左もわからない私から、十万を騙し取ろうとした悪党。

臆病者のくせに、金に異様な執着を見せ、自分のためなら最終的に他人の犠牲も厭わないだろう。

まさに私を殺してくれるのにふさわしいクズだ。

 

 

十中八九、コイツらのどちらかが私を殺してくれるだろう。

私はそれまで、テキトーにクズライフを送っていればいいのだ。

 

それが、黒木智子という物語のフィナーレ。

 

いやいや、いまさら何を格好をつけているのだ私は。

私に物語などない。はじめからそんなものは、存在しなかったのだから。

 

 

・・・あ~めんどくさい。

 

そろそろ朝が近づいてきて、眠くなってきた。

自分語りもいい加減に飽きてきた。

そろそろ終わらせて頂こうかな。

だって、クズは朝の日の出と共に寝て、日が沈むと起きてくる。

それこそが、クズにとっての王道。

私はクズの王道を歩むのだよ。

 

え?何?

 

まだ何かあるの・・・?

 

はあ・・・?

 

他に私を殺しそうなクラスメイト?

 

う~ん。誰だろう・・・。

 

あの二人以外、特に考えたことなかったからなぁ。

あ~めんどくさい。考えるのってこんなにめんどくさいのか。

 

ああ・・・そうだ・・・

 

敢えて上げるとするならば・・・

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

どうでもいいや・・・。

 

誰に殺されようとも、その時に私は死んでいるのだから。

私は死ぬことが出来さえすれば、それでいい。

 

それ以外のことは、どうでもいい。

 

 

そう・・・どうでもいいのだ。

 

 

 

 

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……………

 

 

 

「魔術師のジジイ、こんなところに紛れてやがったのか・・・!」

 

 

時刻は、だいたい夜時間前・・・くらいだろうか。

 

私は、厨房に食料を漁る前に、2Fにある図書館で暇を潰していた。

夜時間前後に、ウロウロすることを日課にしようと考え、実行している。

そうしていれば、いずれは、あの2人のどちらかが私を殺してくれるはずだ。

たとえば、今などは、無防備に本を立ち読みする私の後ろから、

 

刃物で一突きするも良し。

ロープか何かで、首を絞めるのも良し。

 

そのどちらかを期待して待っていたのだけど。

結果、「ドント・ウォーリーを探せ・・・!」の主人公であるニットメガネどころか、

魔術師のジジイまで、全てのページで発見してしまうに至った。

・・・小学生か?私は。

まだ「魔術師の杖」が残っているが、さすがに続ける気にはならず、本を元の場所へと戻す。

 

やれやれ、今日も生き残ってしまった。

 

少し早いが、厨房に向かおうと階段へと向かった時、それが目に入った。

 

「3F・・・かぁ」

 

嘘だ・・・私はずっとその存在を知っていた。

知っていて、意図的に無視してきた。見ないようにしてきた。

3Fへの階段を見ると、身が竦み、震えが奔る。

 

あの時のことが・・・あの裁判のことが脳裏に過ぎる。

 

この階段は私だ。私が開いたのだ。

だから私は、意識的にも、無意識的にも、この3Fへの階段の存在を無視してきたのだ。

 

でも・・・

 

「もうそろそろ・・・いいかな」

 

うん・・・もういいのではないだろうか、そういった人並みの罪悪感は。

 

私はクズ。それも超高校級の。

 

そんな私は、一般人が抱くであろう、普通の罪悪感に絡め取られてどうする?

本当にお前はクズなのか?クズとしての自覚が足りないのではないか?

 

本物のクズはそんなこと気にしない。

ヌケヌケと何も感じることなく、罪の階段を上っていくだろう。

 

クズはクズとしてクズらしく生き、そしてクズらしく死ぬ。

 

そう決めたらなら、何を迷うことがあろう。

私はヌケヌケと階段を上り、はじめて3Fへと足を踏み入れた。

 

 

「へ~3Fってこんな風になってるんだ」

 

少し紹介するとしよう。

 

いわゆる、普通の教室が2つほどある。

それ以外に、他の階と違うのは、まず「物理準備室」。

なにやら、巨大なマシーンが動いている。これで発電しているのだろうか?

 

次に「美術室」と「美術準備室」。

うん、学校らしい。画材や彫刻に必要な道具が一式揃っている。

ハンマーなどは、大小様々なサイズがある本格仕様。

ペンや筆も様々なメーカーのものがあり、環境としては申し分ない。

まあ、78期生に超高校級の“画家”はいないけどね。

 

 

そして私が最後に立ち寄ったのは・・・

 

「娯楽室・・・かぁ」

 

「娯楽室」とネームプレートが張られた扉を開く。

 

「おお・・・!」

 

歓喜の声が洩れてしまった。

 

そこには、ビリヤード台を部屋の真ん中に、壁際にはダーツ。

その反対側には、ルーレット台とカードゲームをやるための複数のテーブル。

他にはスロットや、テレビとゲーム機。

ちょっと古い漫画の棚など様々な遊戯のためのものが存在した。

 

「これは・・・遊べる!」

 

見た瞬間、ピンと来た。ここは私のための部屋だ。

この娯楽室は、まさにクズたる私のためにある部屋だと。

私は部屋の真ん中に立ち、手を広げる。

見渡す遊戯、全ては私のものだ。私だけのものだ。

 

「そうだ!ここをわたしのアジトとしよう!」

 

ダーツもビリヤードも全てわたしもものだ!

全部私が独占して、遊び尽くしてやるのだ!

 

 

アハハハ、アーハッハハハハハハハハ!

 

 

「ん?」

 

いまさらながら、テーブルの上に、何かが置かれているのに気づく。

手にとって見るとそれは、描きかけの漫画?だった。

 

「このキャラ・・・みたことがあるな」

 

確かこのキャラは、プリンセスぶー子・・・?だったかな。

深夜アニメで放送されてたのを何度かみたことがある。

タイトルは『外道天使☆もちもちプリンセスぶー子』とかだったよーな。

白塗りで、描きかけといった感じかな。

枚数はかなりのもので、数十ページに及ぶ。

 

「これは所謂、同人誌・・・?」

 

私も乙女系のものは、通販などで手にいれ何冊か持っているが、

この分野にそんなに詳しいわけではないが、

毎年、夏には某ビックサイトで一大イベントがあり、そこに何十万という人々押し寄せてくる。

私もいずれ行ってみたいと思ってはいたけど・・・

そんなことを考えながら、何気なくその同人誌を開き、次の瞬間、赤面する。

 

「チョッ!これ・・・エロ本じゃねーか!!」

 

忘れていた。

所謂、同人誌とはそういうものだった。

そこには、ぶー子のあられもない姿が載せられていた。それも詳細に、念入りにだ。

本来ならば、こんなエロ本、すぐにページを閉じるところだ。

だが、丹念に書き込まれたぶー子の表情。

原作を生かした独自のストーリーに何か引き込まれてしまい、そのまま読み進めていた。

 

(え・・・もしかして、これ、面白い・・・!?)

 

認めたくないが、そんなことを思ってしまった時だった。

 

ジーと、そんな擬音が合いそうな誰かの視線を感じ、ふと顔を上げる。

入り口のドアから半分顔を出している“ソレ”と視線が合った瞬間、同時に叫び声を上げた。

 

「うぁあああああ!?豚のお化け~~~~~ッ!?」

「ぎゃああああああああ!!井戸から出てくる例のアレ~~~ッ!?」

 

豚のお化けは、私を見て叫び声を上げていた。

ていうか、井戸から出てくるって・・・もしかして私のことか?

 

「なんだ人間じゃねーか。ていうか、もしかして、あなたは黒木智子殿!?」

 

豚のお化けは額の汗を掻きながら、娯楽室に入ってきた。

そして、私は、ようやくコイツのことを思い出す。

 

そう、この男こそ―――

 

 

「飛び出て出てきてジャジャンジャーン!

超高校級の“同人作家”山田一二三!ここに参上であります!」

 

うん・・・そうそう、そんな奴いたなぁ。

 

「なーんて、自己紹介しちゃったよ!入学式かよ!」

 

私が醒めた視線を送る中、山田は自分で自分にツッコミを入れる。

うん、なんというか、明るいオタクというのか・・・

陰湿さは感じないかな、とてもウザいけど。

しかし、なんでコイツはここにいるのだろう?もう夜時間も近いというのに。

 

「やはり、僕の睨んだとおりでしたな!“犯人”は再び現場に戻ってくると!」

「はあ・・・?」

 

犯人・・・?何を言って・・・

 

「犯人はズバリ、アナタだ!黒木智子殿!」

 

山田は変な決めポーズでそう断言した。

私は、奴が何を言っているのかまるでわからなかった。

 

「心から謝罪するならば、許しますぞ。僕は限りなく懐の深い男なので!」

 

山田は、エッヘンといった感じで上から目線でそう言った。

 

「はあ?いきなりそんなこと言われても、何がなにやら」

「何~~~ッ!!人が優しくしてりゃ、このビッチ!調子に乗りやがって~~~ッ!!」

 

状況が掴めず、うろたえる私に、山田は突如、キレ出した。何だよこの豚は!?

 

「この時間にこの部屋にいるのだから、犯人はアンタしかいないじゃないか!」

「いや、だから、犯人ってなんのこと?」

「キ~~しらばっくれやがって!

毎回毎回、僕の執筆セット、部屋の外に放り出してるのはアンタだろ!

一体、僕に何の恨みがあるというのですか!?

何故、僕の創作活動を妨害するのですか!?答えたまえ明智君!!」

 

ようやく全容が見えてきた。

どうやら、私がこの手に持っているのは、山田が書いている同人誌らしい。

それがなにやら、毎回、部屋の外に放り出されていて、その犯人が私・・・ということか?

というか、明智君って・・・いつも間に犯人側になってるんだ、お前は!?

 

「いやいや、そんなの知らねーし。私じゃないぞ、それをやったのは」

「嘘ですぞ!ずっと見張ってましたが、この時間に現れたのは黒木智子殿ただ一人だけ。

ならば、犯人はアンタしかいないじゃないか!

それに、部屋の真ん中で、ヘンなポーズとって笑い始めたし・・・あきらかに怪しいですぞ!」

「み、見てたのかよ!クソが!な、なんでもねーよ、アレは・・・」

 

アレを見られてたのか・・・クソ恥ずかしいじゃーか。

 

「そもそも、私がこの部屋にはじめて来たのは今しがたなんだよ」

「ムムム!ならば、それを証明できますか?」

「それは無理かな・・・でも、私、あの裁判の後、ずっと引きこもってたからさぁ・・・」

「あ・・・」

 

山田は地雷を踏んだような顔をして固まる。

 

「ま、まぁ・・・あんなことがあったらそりゃ・・・」

 

ボソボソとそんな声が聞こえた。

そうとも、私はかわいそうな存在なのだ。だから、少しは気を使うべきだ。

 

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 

それから山田は何も言わず、オドオドとしながらこちらの様子を窺っている。

私もどうしていいかわからず、無言で山田を見つめる。

無駄に時が流れていく。

何だ、この豚、一体どうしたというのか・・・それとも何か企んで・・・ハッ!

私は気づいてしまった。

いかに自分が危機的な状況にあるのかを。

 

考えてみて欲しい。

こんな真夜中の人気の無い娯楽室に、私と山田が二人きり。

 

片や、絶世の美少女。

片や、同人を書くほど性欲が旺盛なエロ豚。

 

何も起きないはずはなく・・・

 

 

「・・・お前、私のこと今から“ビィーーー”しようとしてるだろ?」

「はぁ!?はぁああああああああああ~~~!?」

 

私の問いに山田は驚愕の声を上げた。

いまさら何を演技しているのだ、この豚は。

この状況において、可能性があるとすれば、それしかないではないか。

ヤレヤレ、まさかこんなことになるとは思わなかった。

 

「いいぞ、私の体を好きにしても」

「ひょえ?」

 

どこか投げやりな口調でそう言う私に、山田は額に汗を浮かべる。

まあ、つまり興奮しているということだ。

ヤレヤレ、これだから男子は。

 

「ただし、初めての相手がお前なんて嫌だ。だから、私を殺せ。その後は好きにしろ」

「殺るわけねーだろッ!!そもそも犯る気なんてねーんだよ~~ッ!!」

 

私の提案に山田は怒りの形相でツッコミを入れる。

なぜだ?男なんて、女の体に触れられるのならば、何だっていいのではないのか!?

 

「完全に変態じゃねーか!僕、ジェノサイダー以上の変態殺人鬼になっちゃってるじゃねーか!」

 

どうやら、私の提案は完全に拒否されたようだ。

う~ん、何が間違いなのだろうか?

私は殺してもらえるし、ヤツは私の体を好きにできるし、まさにwin-winではないか。

 

「僕が黙っていたのは、

僕は普通の女の子には緊張して喋れなくなるって設定があったからですよ!

ああ~~もう、アンタのせいで、その設定台無しだよ!どうしてくれるんだよ~~ッ!!」

 

頭を抱えて叫ぶ山田。

う~ん、そんな設定があったのか。まあ、でもそんなこと知らねーし。

 

「あれ?じゃあ、なんで僕は今、喋れているんですか?」

 

山田がピタリと止まった。

そのまま固まったまま、十数秒が経過。

何か霧が晴れたような顔をして、山田は笑顔で、手をポンと叩く。

 

「そうか~黒木智子殿、どうみても普通じゃねーや。だから喋れるのか」

「納得してんじゃねーぞ!失礼だろ、この豚が!」

 

そのオチに今度は私がキレた。

普通じゃねーってどういうことよ?

ま、まあ、確かに、お風呂にも入ってないし、髪もボサボサだけどさぁ。

 

「とにかく話を戻しましょう。黒木智子殿、アナタは本当に犯人ではないのですね?」

「おうよ」

 

山田の問いに私は頷く。

 

「それで、ここに今日、はじめてきて、さきほどまで僕の描いた漫画を読んでいた?」

「ま、まあね」

 

え、何?尋問?う~ん、めんどくさいなぁ。

 

「で・・・その感想は?」

「え・・・?」

 

なにやら話の主題がズレているような・・・

そう感じながらも、私はとりあえず、正直に答えることにした。

 

「な、なかなか面白かったかな・・・まだ途中だったけど」

 

一瞬の沈黙。

直後、山田の顔が笑顔で崩れた。

 

「わかってるじゃないですか~!さすがは黒木智子殿!」

 

何がさすがなのかわかないが、ヤツの態度は一変した。

 

「邪魔してすいませんでしたね~ささ、続きを読んじゃってください!」

 

私を席に座らせると、山田は馴れた手つきで、お茶を用意する。

様子を見ていた限り、”サー”と何か白い粉を入れた様子はない。

まあ、仕方ないので頂くとするか。

 

・・・よくわらかないことになった。

犯人扱いされたと思ったら、作者である山田本人の前で同人誌を読んでいた。

深夜、娯楽室に2人だけの中、私は、山田の描いたエロ本を読み、

その横で、山田が”ハアハア”と荒い息をしながら、私を凝視している。

 

え・・・これって何てプレイ!?

 

仕方がないので最後まで読んでしまった・・・というより、面白いので熱中してしまった。

同人なんて・・・と今まで舐めていた自分の見識のなさが恥ずかしい。

絵は独特で癖があるが、どこか惹きつけられる魅力があった。

ストーリーはオリジナルながら、随所に原作との絡みが見受けられた。

悔しいが面白い・・・!

一流の漫画読みたる私が言うのだから間違いない。

この同人だけではなく、是非、原作の方も読んでみたくなった・・・とそんな内容を山田に告げた。

 

「その感想・・・最高に嬉しいですよ、黒木智子殿!」

 

山田は飛び跳ね、ガッツポーズを決めた。

 

「そうです!僕は、もっと多くの人にぶー子を知ってもらいたくて同人を始めたんですから!」

 

そうして、山田は語り始めた。

超高校級の”同人作家”としての自身のはじまりを。

 

絵を描くことくらいしか趣味が無かった平凡な少年?の山田は、

ある日、たまたま深夜アニメでやっていたぶー子を見たそうだ。

最初は意外なことに巷にありがちなアニメと馬鹿にしていたらしい。

しかし、その日の夜、山田は夢を見た。

ぶー子と楽しくデートする夢を。

 

「あれは・・・楽しかったなぁ」

 

山田は照れくさそうに笑った。

その時の萌えるような気持ちをもう一度味わうため、山田はぶー子の関連商品を買いあさる。

しかし、ここで致命的な問題が山田を襲う。

原作において、ぶー子は一切の恋をしないのだ。

だから、夢で見たぶー子のあの笑顔を原作で見ることができない。

 

「だったら、自分で書くしかないじゃないですか!」

 

それが、伝説のはじまりとなった。

出来上がった複数の作品を自身のHPで発表したところ、大反響。

夏の即売会に参加したところ、大ヒット。

 

「僕は嬉しかったなぁ。僕と同じ思いを抱く同士がこんなにいたなんて・・・」

 

超高校級の”同人作家”山田一二三の誕生である。

そして、これが後に、文化祭で即売会を開催し、1万部販売するという悲劇を生むこととなった。

 

「リア充どもの青春をぶっ潰してやりましたぞ、うひょひょひょ」

 

最悪である。

コイツと同じ高校でなくてよかったと心の底から思う。

 

「同人は本当にいいものです。夢の共有作業とでもいいましょうか。ですが・・・」

 

そう語る山田の雰囲気が変わる。

 

「僕はそれだけではなく、夢を与える事にチャレンジしたいのです!

僕がぶー子に助けられたように・・・僕も自分の作品で誰かを助けられないかな・・・って」

 

恥ずかしそうに山田は夢を語る。

 

「言うならば、同人する側から、される側へ。

アニメは休日の朝しか見ない。漫画は大手少年誌しか知らない

そんなパンピーにも届く作品を僕は作ってみたいのですよ!もちろん同人活動をしながら!」

 

同人からオリジナルへ。

夢をもらう側から与える側に。

それが山田の夢。

 

いつの間にか聞き入ってしまった。

まさか山田がそんなことを考えていたなんて。

性欲まみれのエロ豚野郎・・・そんな風に蔑んでいた自分が恥ずかしい。

コイツは・・・私などより、ずっと立派なヤツだった。

山田は、未来を見ていた。

多くの人に夢を希望を与える・・そんな未来を。

 

 

「まあ・・・それまでは、僕の欲望を全てぶー子にぶつけ、さんざん辱めるつもりですけどね!」

 

 

山田はニヤリと笑った。

私は心の中で、ズッコケた。

騙したなぁ~~やっぱり、ただのエロ豚野郎じゃないか!

 

 

「いや~なんか気分がいいな、黒木智子殿!どうぞゆっくりしていってください。

ここは僕の執筆室みたいなものですから」

 

私の感想がよほど嬉しかったようだ。

山田は浮かれながら、別の作品を持ってくる。

え・・・あれも読むの、私が・・・!?

 

「執筆室?」

「ええ、ここを見た瞬間、ピンときましたよ!ここはまさに僕のための部屋だって!」

 

お前もかよ・・・。

同レベルであったことに若干、ショックを受けながら、別の作品を手に取る。

まあ暇だし、読んでやることにしよう。

 

それからどれくらい経ったかはしらないが、

山田の作品を全て読了した私は、あることに気づいた。

 

「おい、山田」

「はい?なんですか、黒木智子殿」

 

「お前・・・マンネリに陥ってるだろ・・・?」

 

次の瞬間、山田はコーヒーカップを落とした。

プラスチック製で中身を飲み干した後だったので、被害はないが、動揺しすぎだろ。

 

「な、なぜ・・・それを?」

 

カタカタを震えながら、山田は問いかけてきた。

 

「ここなんだけどさぁ・・・」

 

導入までのストーリーの問題はない。

問題はエロへの展開だ。

私は、複数の作品を開き、問題の場面を指摘する。

そこには、捕まったぶー子が、豚の怪人に今まさに襲われようとしていた。

そう、最終的に全てこのパターンである。

それに、どことなくこの豚怪人、山田に似ている・・・?

お前、どんだけぶー子とやりてーんだよ!?

 

「そこに気づくとは・・・黒木智子、恐ろしい子!

う~ん、僕もそれには悩んでいるのですがねぇ・・・」

 

どうやら本人もこのワンパターンぶりには悩んでいたようだ。

なるほど、そうか。

まあ、ここで会ったのも何かの縁。

アドバイスの1つでもしてやろうか。

 

(・・・お、コイツは・・・)

 

気まぐれでそんなことを考えながら、ページをめくるとある人物が目に入ってきた。

それは日常パートでは必ず登場する人物。

 

「例えば・・・だ、山田」

「え?」

 

私は、その人物を指差し、直後、山田にこう告げた。

 

 

 

――この善良そうな八百屋のおじさん、 本当にぶー子に何も邪な感情を抱いていないのか・・・?

 

 

「え・・・?」

 

山田が固まる。

 

「あ、あの・・・その人は初期からぶー子を励まし、見守ってくれた・・・」

「んん~?本当かな~?

その過程で、別の感情が生まれてしまった・・・なんてことは本当にないのかな?」

「ア、アンタ、まさかそんな・・・で、でも・・・」

「新しい展開が欲しいのだろ?んん~?」

 

本職をガチで引かせてしまった。

まあでも、昨今のコンビ二に置かれているレディコミにはもっとエグイのが描かれている。

私の発想など微々たるものだよ。

 

「それにさぁ・・・ぶー子の体、ちょっとおかしいよ」

 

ついでだから、描写についてのダメ出しもしておいてやろう

 

「ぶー子の“ビィーーー”ちょっとおかしくね?」

「え、例えばどんな感じで・・・?」

「いや、本物は多分、こんな感じで」

 

仕方がないので、絵で描いてやる。

 

「マジですか・・・いやいや、こんな感じでしょ?」

「いやいや、何夢見てんだよ。本物はこんな感じだって、これだから童貞は」

「いや、アンタだって、処女だろ!さっき、言ってたじゃねーか!」

「うるさいな、とにかく“ビィーーー”は“ビィーーー”なんだよ」

「なるほど、“ビィーーー”は“ビィーーー”なんですな」

「まあ、そんな感じかな」

「ハアハア、お前の“ビィーーー”もこんな感じなのか?」

「うわぁ、キモい!?本気で鳥肌たっちゃたよ」

 

なんという会話だろう。

“ビィーーー”“ビィーーー”と夏の蝉じゃないんだからさぁ・・・。

私は耐性があるから、辛うじて大丈夫だけど、

普通の女の子相手だったら、完全にアウトである。

 

「おお、インスピレーションが止まれない!

もっと本格的に描きたいなぁ。それに冬コミも近くなってきたのに。

ああ早くここから出たい!僕はこんなところにいる時間なんてないのに!」

 

ふと山田の本音が洩れた。

そうなのだ・・・きっと誰しもが山田と同じことを思っている。

 

ここから出たい・・・。

 

その誘惑に負け、舞園さんは、あの末路を辿った。

そんなことを考えなければ、彼女は死ぬことはなかったのに。

しかし、まあ、そのモチベーションをもってくれないと今の私は困るわけだ。

 

「おい、山田。私を殺せば出られるぞ。ついでに体も好きにできるし」

「だから、やらねーっていってんだろ!」

 

先ほどと同じように山田はツッコミを入れる。

 

「しっかし、黒木智子殿、面白いですな、なんかキャラ、変わりました?」

 

どうやら山田は、私が言っていることを冗談だと思っているようだ。

 

「いや、元からこんなだよ。私、クズだし」

「またまた、何言ってんですか、黒木智子殿、ウケる~」

 

そう言って、Vサインする私を見て、山田は爆笑する。

 

「面白れーし、アドバイスくれるし、

なにより僕と喋れる女の子・・・決めましたぞ、黒木智子殿!」

「ん?」

「僕の専属アシスタントになってください!お願いシャース!」

 

山田は頭を下げて、手を私の方に伸ばしてきた。

 

「あ、アシスタント?」

 

な、何を言っているのだ、コイツは?

 

「いや、難しい話じゃありませんぞ。ただ、僕の作品にアドバイスをくれたり、

ちょっと作画を修正してもらったり、ああ、即売会で売り子もやってもらおうかな!

黒木智子殿でもコスプレすれば、ギリギリ誤魔化せそうだし」

「なんだよギリギリって・・・それに、嫌だよ、めんどくせーし」

「お願いしますぞ!ギャラは弾みます。そうだ!即売会の売り上げ、半分でどうですか?

僕、なんだかんだで、年間、数千万は稼いでますし!」

 

(え・・・マジ・・・?)

 

ギャラの話でピタリと止まった。

そんな稼げるのか・・・さすがは超高校級の同人作家!侮れない。

それに・・・言われてみるとなんだか楽しそうなような・・・

 

山田のアシスタントとなった私の姿を夢想する。

 

 

メガネをかけたインテリ風の私が、

山田と打ち合わせをしたり、出版社と電話でやりとりをしている。

 

即売会では、猫耳のコスプレをした私が、山田の横に立ち、

津波のような行列を巧みにさばいている。

 

即売会の後は、コスプレのまま仲間たちと打ち上げ。

即売会で起こった珍事をネタに談笑したり、未来について語り合う。

 

楽しそうに、笑い合って・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・何を考えてるんだ、私は?

何を考えてしまっているのだ私は・・・!

そんな未来が・・・そんな希望が私に許されるはずないじゃないか!

もういいんだ。

私は、ここで、この閉ざされた世界で死ぬのだ。

そうじゃなければ・・・いけないんだ!

 

 

「・・・ゴメン、やっぱり無理」

「え~そんな~何が不満があるんですかな!?改善しますぞ!」

「いや・・・そういうわけではなくて・・・」

 

「あらあら、珍しい組み合わせですね」

 

 

――――!?

 

その第三者の声に振り返る。

夜時間が近づく中、ゴスロリの訪問者の姿から、中世ヨーロッパの舞踏会を連想した。

 

「皆様、ごきげんよう」

 

 

セレスティア・ルーデンベルク。

超高校級の”ギャンブラー”は、優雅な微笑を浮かべた。

 

「なにやら楽しそうですわね、山田君。それに、黒・・・えーと、黒・・・まあいいや」

 

あっさり私の苗字を思い出すことを放棄したセレスは、山田に視線を移す。

 

「そうですわ、山田君。わたくしはあなたに用があってきたのですから」

「へ?僕?」

「寝る前にここに寄って正解でしたわ。やはり”犯人”は現場に戻ってくるのですわね」

「へ?犯人?」

 

セレスはなにやら山田のようなことを言い出した。

私も、わけがわからないので、とりあえず状況を見守ることにした。

 

「わたくしの別室に同人誌・・・?でしたか、

それを毎回置き散らしているのは、やはり貴方だったのですね」

 

セレスはビシッと山田を指差した。

 

「毎回毎回、かたづけるのにもいい加減、疲れましたわ。私は5KG以上のものは持てませんので」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!何を言ってるんですか、セレス殿!」

 

話を聞いていた山田が反論に出た。

セレス殿て・・・さすがのアイツもフルネームをいうのを諦めたのか。

 

「ここは僕が執筆室として使っていたんですよ。

それに、確かに、僕が占有できる理由はないですけど、

ここで作業してても別にいいじゃないですか?」

 

山田の反論はもっともである。

それに対して、セレスは悪意なき微笑を浮かべながら答える。

 

「山田君・・・この部屋の名前はなんですか?」

「へ?ご、娯楽室ですが、何か?」

「で、わたくしの才能は何でしょうか?」

「え、えーと、確か・・・ギャンブラー?」

「ええ、だから、ここはわたくしの部屋です」

「なるほど、そういうことでしたか!ハハハ・・・って、ええ~~~」

 

信じがたい理由に一瞬、納得した山田は直後、驚愕の声を上げた。

 

「この部屋を見た瞬間、ピンときました。ここは、わたくしの別室であると」

 

お前もかよ・・・。

呼称こそ違えど、似たもの同士だったことを喜ぶべきなのか、いや悲しいだろう・・・。

 

「迷惑ですわ、山田君。よって、貴方方のこの部屋の出入りを禁じます」

「え、えええええ~~~~~~~~ッ!!」

 

まさに傍若無人だった。

勝手にこの部屋の占有を宣言したと思ったら、

直後、山田に出禁を言い渡した。

「貴方方」というのだから、ついでに私も含まれているようだ。

 

「横暴ですぞ!セレス殿!民主主義の原則では、自由と平等とは・・・」

 

山田はパニックに陥り、わけのわからないこと口走る。

 

「はい・・・?何かわたくしに言いました?」

 

場の雰囲気が凍る。

セレスは笑顔を浮かべながら、声のトーンを低くし、威圧する。

 

「いや別に。さあ、今日は遅いし、退散しますかな、ハハハ」

 

山田はあっさり屈した。

なんだかんだでセレスが怖いのだ。

まあ、わからないことはないのだけれども・・・でもさぁ・・・

 

「さ、黒木智子殿、行きましょう。え、黒木智子殿・・・?」

 

山田の声を無視し、1歩前に進む。

 

「あら、どうかしましたか?わたしくは貴方にも命じたつもりですが、黒・・・えーと」

「黒木智子・・・だよ。いまだにクラスメイトの名前も覚えられないのか、お前は?」

 

そんなヤツいねーよと笑う桑田君との会話をふと思い出した。

そう、普通ならいないのだ。この状況下においてそんなヤツは。普通は・・・ね

場が静まる。

山田がおろおろと交互に私とセレスを見ている。

 

「・・・。」

 

セレスは、私を無言で見ている。

「お前」という言い方が気に障ったのだろうか?

もちろん、別に喧嘩を売ったつもりはない。

敢えて理由をつけるとしたら、

礼儀を知らない相手に対して、私も礼儀を放棄しただけだ。

 

「ウフフフ、わたくしとしたことが、軽率でしたわ。

あなたを不快にさせたことをお詫びしますわ。どうか許してくださいまし」

 

意外なことにセレスはそう言って一礼した。

ま、まあ、こちらとしてもそこまで他意があるわけではないし、もう・・・

 

 

 

「わたしく、基本的に、価値の無いものの名前は覚えませんので」

 

 

 

顔を上げたセレスは、躊躇なくそれを言い放った。

変わらぬ微笑で、明らかな嘲笑を込めて。

 

「この際だから、言っておきます。貴方・・・一体なんですか?」

 

セレスは言葉を続ける。

 

「山田君の・・・同人作家ですか?まあ、不快ですが、百歩譲ってその商業的価値を認めます。

ですが、貴方の才能は一体何なのですか?喪女?何デスカそれ?」

 

セレスは、タブーに触れた。

多分、クラスメイト全員が思っていることを。

そして、私自身が一番思っていることを。

 

「別段、商業的価値があるわけでもない。社会的価値があるわけでもない。

喪女・・・それはただの蔑称ですわ。

はっきり言っておきます。そんなもの才能でもなんでもないですわ」

 

何の躊躇もなくセレスはタブーを言弾で貫いた。

 

「おわかりですか?貴方は凡人です。何も才能も無いただの凡人。

だから、貴方は本来、ここにいてはいけない人間なのです。

この才能を唯一の価値とする、この希望ヶ峰学園に、貴方は不要な存在なのです。

だから、わたくしが貴方を覚える必要などない・・・当然のことですわ」

 

そう・・・その通りだった。

喪女。それは才能ではなく、ただの蔑称。

私はとっくの昔からそれを知っていた。

超高校級の”喪女”と任命されたあの日から、

ネットに毎日のようにそう書かかれ続け、

朝起きて、夜寝る前に、必ず1度は自問自答する。

 

喪女って何だよ(哲学)?・・・と

 

全て希望ヶ峰学園の気まぐれだと、今のところ私は結論づけている。

だから、セレスの言ったことを概ね認めるつもりだ。

 

「ここまで言えば納得して頂けましたわね。さあ、帰ってくださいませんか?どこのどなたさん」

 

悪びれることなくセレスは微笑を浮かべる。

その笑顔にはどこか満足感すらあった。

そう、例えるなら、道に迷った外国人に親切に道案内した後のように。

 

ああ、そうだった・・・お前はそういうヤツだった。

奢り、高ぶり、才能のない者を見下すことを当然と考えている・・・そんなヤツだ。

コイツは、あの十神白夜と同じ類の人間だ。

ああ、そうだ。

コイツこそ、

このセレスティア・ルーデンベルクと名乗るこの女こそ、

 

思い上がった超高校級そのものなのだ。

 

私は忘れない。

あの時のことを。

 

冷たくなった盾子ちゃんの遺体の前で泣く私に、

 

「自業自得…ですわ」

 

そう言って見下ろしたお前の瞳を私は忘れていない。

ああ、そうとも。

私は、あの時から、ずっとこの女にムカついていたんだ。

 

「この際だから・・・私も言わせてもらうけどさぁ・・・」

「はい?」

 

尻尾を巻いて帰っていくと考えていたのか、

私の言葉にセレスは意外そうな顔をした。

 

 

「お前のギャンブルの才能って・・・一体何の社会的な価値があるの?」

 

 

山田が汗を流し、“チョッ!?”と呟いた。

セレスの顔から微笑が消えた。

 

「どう考えても無いよね?っていうか社会悪だよね?はっきり言うと害悪じゃん。

お前が見下してる私の才能と同じようなもんなんじゃないかなぁ~~

というか同族嫌悪?アハッ!」

 

嘲笑してやった。

明らかに、セレスの表情は変わった。

 

「それにさぁ~本当にそんな才能、お前にあるの?たまたま、運よく勝ってきただけじゃないの?

まあ、運の才能なら、苗木君がいるから、お前もいらない存在なんじゃないのかな?」

 

場が凍り、山田も凍る。

セレスの目がすぅーと細くなった。

私の背中に冷や汗が流れる。

だが、もう引けない。

危機を感じているからこそ、私は引けない。

“クズの矜持”にかけて私は引かない。引いてはいけない。

だから、私は引きがけを引く。

 

 

 

 

「それにさぁ・・・

日本人のくせに何がセレスティア・ルーデンベルクだよ。プ、馬鹿じゃねーの?」

 

 

 

タブーを撃ち抜いた。

クラスメイトの誰もが思っていたこと。

そして、誰もが敢えて触れなかったこと。

 

直後、”熱風”が部屋を突き抜ける。

室温が上がったように感じた。

それと同時に酷い寒気も。

部屋がやたらせまく、セレスの存在が大きく感じられた。

 

(ヤバイ・・・)

 

それはおおよそ、同じ高校生が、

それも背丈がさほど変わらぬ女の子が出せる威圧ではなかった。

この圧迫感・・・押し付けられるような感覚は、

十神とも、黒幕とも違う異質なものだった。

 

(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ・・・!)

 

出るべきだった。

もはや、極寒のブリザード吹き荒れるこの部屋から。

逃げるべきだ。

命が惜しいなら、いますぐにセレスの前から。

 

(ウッ!)

 

逃げようとして体勢を変えたところ、足がもつれ、私は心の中で躓いた。

それは一面の銀世界。

雪の中から顔を上げると、目の前に1匹の白い狼が座っていた。

狼、それは気高く孤高の存在。

その白い狼の額には「クズ」と張り紙が貼ってあった。

 

狼は私に問う。

 

「俺のことはいい。お前はセレスから逃げるのか?」

 

まるで私の心を見透かしているかのようだった。

狼は言葉を続ける。

 

「怖いから逃げるなんて言わないよな?」

 

そう・・・私はセレスを恐れた。

 

「あれほどのことをして、いまさら命が惜しいなんて言うつもりか?」

 

・・・ッ!

言える訳が・・・なかった。

私は立ち上がり狼を見る。

 

「それでいい。お前はクズとして死ぬべきだ」

 

狼は立ち上がり吼える。

 

 

「クズとして・・・決して言ってはいけない言葉がある!

クズはクズとしてクズらしく生き、クズらしく死ぬために、決してしてはいけないことがある!」

 

 

ああ・・・わかっているとも。

その通りだ。

クズはクズとしてクズらしく生き、クズらしく死ぬ・・・そう決めたなら、

決して言ってはいけない言葉がある。してはいけないことがある!

 

怖い・・・それは命が惜しいから、怖いのだ。

・・・ふざけるな!いまさら命など惜しくあってたまるか!

 

逃げる・・・それは命が惜しいから、逃げるのだ。

・・・ふざけるな!いまさらそんなことが許されるかよ!

 

セレスを恐れること。

セレスから逃げること。

 

それはすなわち、今の私の全てを否定することに他ならない。

クズとしての誓いも、矜持も全て嘘だというのと同じことだった。

それだけは・・・ダメだ!

たとえ、死んでも、惨たらしく殺されようとも、それだけは譲れない。

 

私がクズであるために恐れはいけない!逃げてはいけない!

殺されようともクズを貫け!

 

いつの間にか狼は姿を消し、吹雪は止んでいた。

 

現実に帰還した私は、目の前の怪物を睨む。

 

「だからなんだ!文句があるなら、かかってこい!私を殺してみろ!さあ、殺せ!」

 

私は叫ぶ。狼のように。

 

ああ、そうとも。

 

私は――――

 

 

 

     「命なんてこれっぽっちも惜しくねーんだよッ!!」

 

 

 

言ってやった。

クズとして私は矜持を貫いたのだ。

後はもう、どうにでもなれだ。

 

「ちょ、ちょっと!落ち着いてください!黒木智子殿!」

 

山田が慌てて、仲裁に入り、私の肩を掴む。

 

「離せ山田!クソ女!オラ!かかってこいよ、コラ!タコ!タココラ!」

 

興奮してわけがわからなくなった私は、

まるで試合後のお約束の場外乱闘しながら

マイクパフォーマンスをするプロレスラーのような言葉を喚く。

 

 

――――ウフフフフ

 

 

嘲笑・・・?

最初はそう思った。

鼻っ柱をへし折ってやったつもりだった。

だから、やせ我慢して”効いてない”アピールをしていると思っていた。

 

だけど―――

 

「ウフフフ、いいですわ~その表情」

 

セレスは、両手で自分を抱き締めながら体を震わしていた。

 

「ええ、貴方は嘘をついていません。

ええ、わかりますとも。何度も修羅場を経験してきたわたくしにはわかります。

あなたは本気だと。

本当に命を惜しんではいないということが。命を賭けてそれを言ったことが」

 

セレスの表情には怒りはなかった。

 

「それが信念のためでも、たとえ狂っていても、追い詰められもはや後がなくとも、

ええ、同じです。

命を賭ける人間の瞳はいつだって同じなんですよ。

貴方の瞳には、命を賭ける人間が放つ輝きがありますわ。

ウフフ、一寸の虫にも五分の魂・・・素晴らしいですわ!」

 

そこには確かな喜びがあった。

セレスは喜んでいた・・・!

 

「わかりましたわ。ええ、いいですとも。

黒木智子さん・・・貴方の名を覚えましょう。

貴方は今、わたくしの敵となりました。その資格を得ましたわ!」

 

咲き誇る薔薇のように優雅にセレスは、私に手を向ける。

私はまるでオペラを見ているような錯覚に陥る。

 

「命を賭ける・・・それはすなわち、ギャンブルですわ。

貴方と私の決着は、ギャンブルしかありません!さあ、黒木さん!」

 

 

 

――――賭け狂いましょう!

 

 

 

大きな赤い目を輝かせながら、

セレスティア・ルーデンベルクは妖艶な笑みを浮かべた。

 

 

「なッ!?」

 

何を言っているのか私は理解がついていかなかった。

ギャンブル勝負?この女と!?

 

「それでは何で勝負しましょうか?ウフフ楽しいですわ」

 

鼻歌を歌いながら、セレスは勝負の道具を漁っている。

明らかにご機嫌に。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!セレス殿!」

 

私より先に山田が声を上げる。

 

「無理ですぞ、いくらなんでも!

黒木智子殿は明らかに素人。それなのにプロであるセレス殿とガチ勝負なんて!」

 

当然の物言いだ。

正直、言ってくれて助かった。

さすがに私もギャンブルでセレスに勝てるなどと思っていない。

そもそもギャンブルなんてしたことねーし。

 

「勿論、そんなことわかっていますわ」

 

当然とばかりにセレスは答える。

 

「こんなズブの素人である黒木さん相手に、

このわたくしが対等の勝負をするわけないじゃないですか」

 

事実であるが、明らかにちょっと煽ってやがる。

ここは我慢してセレスの話を聞くことに集中しよう。

 

「ええ、ハンデを差し上げますわ。10戦して1勝でもすれば、黒木さんの勝ちでよろしいですわ」

 

10戦して1勝でも勝てばいいのか・・・ならば可能性はある?

私は思考する。

もしかして、セレスは大したことがない可能性も微妙に存在する。

なにより、命賭けのギャンブル。

勝てば、かなりの無茶な要求を通すことが出来る。

 

(セレスに私を殺させることもできる・・・?)

 

悪くない。

私は死ねるし、この女が後で処刑されても、正直特に罪悪感はない。

もちろん、泣いて拒否するかもしれないが、

その時はこのクソ女の高慢なプライドはボロボロだろう。

正直、わるくない勝負だ。

 

「よし、受けた」

「グッドですわ!」

 

セレスは私に向かって親指を立てた。

え、コイツ、何かカワイイ!?

 

「でも・・・わたくし相手に10戦連続は素人では無理でしょう。そこで提案ですわ」

 

そう言って、セレスは山田の方を向く。

 

「山田君、貴方も参加しなさい」

「ひょ、ひょえ!?」

 

セレスの突然の指名に山田は素っ頓狂な声を上げる。

 

「はじめの5戦を貴方が私と戦うのですわ。勿論、勝った場合は黒木さんの勝ちでいいですわ」

「ちょっと待ってください!話を進めないでくださいよ!」

 

セレスの提案に山田は抗議する。

 

「な、なんで僕まで参加しなくちゃならないのですか?」

「いいじゃないですか。貴方は特に何も賭ける必要はありません。無料でいいですわ」

「いや、だからそういうことではなくて・・・」

「もし、貴方が勝ったら・・・なんでもして差し上げますわ。そう、なんでも」

「やってやるぜ~~~~ッ!!」

 

ン?今・・・という暇もなかった。

山田の参戦が決定した。

 

「うぉおおおお~~絶対に勝ってやる!絶対にやってやるぜ!」

 

燃え上がるエロ豚に私は汗をかく。

もはや止めることは不可能なようだ。

やるって・・・一体何をやるのですかねぇ・・・?

ま、まあ、別にいいか。

山田の勝利は私の勝利。

私に辿りつく前に山田に負ける方がはるかに屈辱だろう。

 

(ククク、この豚の慰みものになってしまえ)

 

私は、山田の同人誌に出てくる女幹部のようなセリフを呟く。

勿論、なんだかんだでセレスは泣いて拒否するだろうけど、

その姿を見るのも十分に面白いだろう。

 

山田よ、もし勝ったなら、私はもう二度とお前のことを豚と呼ばないことを誓おう。

さあ、やっておしまい!

 

「うぉおおお~~~やってやるぜぇ~~~ッ!!」

 

山田の雄叫びを合図に勝負は始まった。

 

 

 

 

十数分後。

 

「てへ☆負けちゃったぜ」

「ふざけてんじゃねーぞ、この豚がぁあああ~~~ッ!!」

 

ポーカー

ババ抜き

オセロ

花札

黒ひげ危機一髪

 

種類の違うゲームでストレート負け。かすりもしなかった。

最後の黒ひげなどは、最初の一刺しで黒ひげが樽から飛び出す始末。

 

「お前他人事だからってテキトーにやってんじゃねーよ!」

 

私は山田に詰め寄る。

こんな結果なら当然だろう。

 

「テキトーですとな・・・?」

 

その言葉に山田はピクリと動く。

 

「そんなわけないでしょうが!僕がどれだけ勝ちたかったか、アンタにわかるか!

セレス殿にあんなことや、こんなことを命令したくて、どんだけ僕が勝ちたかったか!

猫耳のセレス殿に膝枕で耳かきをうぉおおおおおお~~~~うぉおおおおおおんんん!!!」

「わ、わかったよ、ゴメンよ・・・」

 

山田の迫真の嘆きに私の方が謝ってしまった。

 

「まあ、性欲は鬼気迫るものがありましたが、やはりダメですわね。なにも賭けないというのは」

 

セレスはため息をつく。

 

「それではメインディッシュといきましょうか、黒木さん」

「クッ・・・!」

 

いよいよ私の番か。

だけど、私もそうやすやすと食われてなどやるものか!

 

「黒木智子殿、気をつけてください。何かセレス殿おかしいんですよ。具体的に言えませんが」

 

山田は耳元でアドバイスしてきた。

山田の言いたいことがなんとなくわかる。

ギャンブルの時のセレスの雰囲気が・・・空間が何かおかしかった。何かが・・・。

 

「でも、困りましたわ。このままでは山田君と同じ、味気ないギャンブルになってしまいます。

せっかくの命賭けのギャンブル・・・存分に愉しみたいですわ。ああ、そうですわ!」

 

セレスは何か思いついたように遊具が詰まった箱を漁る。

一体、何を・・・?

 

「わたくしたちのギャンブルはこれにしましょう」

 

セレスはそう言って3種類のカードを出した。

 

王様

平民

奴隷

 

え、これってあの某有名ギャンブル漫画の例のアレ!?

 

「そう、例のアレですわ」

 

簡潔に説明すると、

 

5枚のカードが用意される。

プレイヤーは王と奴隷に別れる。

(王側は王1枚、平民4枚。奴隷側は奴隷1枚、平民4枚)

王は平民に勝ち。平民は奴隷に勝ち。奴隷は王に勝つ。

プレイヤーは王と奴隷に別れる。

奴隷での勝利は数倍のポイント

 

まあ、こんなところか。

まさか、これで勝負することになるとは・・・

 

「ええ、ですが、少しルールを変えましょう」

 

セレスはそう言って、奴隷のカードを投げ捨てた。

え・・・?コイツ何を?

茫然とする私を尻目にセレスは黙々と作業を進める。

 

テーブルには十枚のカード。

セレス側には王1枚に他トランプのカードが4枚。

私の方には、平民が1枚、他トランプのカードが4枚。

 

「基本的にルールは変わりません。

今回の場合は、平民がトランプのカードに勝ち、王が平民に勝ちます」

 

わけがわからなかった。

ルールが変わらないならなぜ、こんな無駄な変更を行ったのだろう。

 

「今回に限って、立場の変更はありません。私は王側のみで行います」

 

 

――――ッ!!?

 

 

私と山田は絶句した。

原作のギャンブル漫画においても、奴隷は圧倒的に不利だからこそ、報酬は数倍だったのだ。

つまり、奴隷での勝利は圧倒的に難しい。

確率でいえば、1/5X1/4×・・・ああこれでいいのか?めんどうなので勝手に計算してくれ!

 

「逆に平民側の勝率は圧倒的ですわね」

 

セレスはあっけらかんと口にした。

こ、この女・・・状況を理解しているのか?

王側だけで勝つということが確率論的にどれだけ絶望的なことか。

 

「わかりやすく言えば、平民である貴方は王である私から逃げ切れば勝ち・・・ということです」

 

セレスは微笑を浮かべる。

私には勝機を捨てたとしか思えなかった。とても正気とは思えない。

 

「そう、このギャンブルのテーマは王が思い上がった平民に対する懲罰。

おわかりですか?黒木さん。

これは何の才能もない凡人の貴方に、

ギャンブルの王であるわたくしが誅を下す・・・そのためギャンブルなのですわ」

 

「~~~ッ!!」

 

舐めやがって・・・舐めやがって~~~ッ!!

どれだけ思い上がっていやがるんだ!

絶対に勝つ!必ず後悔させてやるッ!!

 

「では、はじめましょう」

 

いきり立つ私を前に、セレスはすまし顔で席に着く。

 

(殺す・・・!絶対に殺してやる!いや、殺させるのか)

 

先行のセレスがカードをおいた。

次は私の番だ。

奇襲でいきなり開幕から平民を出して・・・

 

「ええ、そうですわ」

 

私が出した後、同時にオープンする。

結果は、どちらもトランプ。

 

「なんだかんだで、考えていても最初には出せないものです」

 

(ちッ・・・!)

 

ブチキレたまま、平民のカードを出すべきだった。

 

だが、ヤツの言葉がいいヒントになった。

そう、序盤ではなかなかだせないものだ。それは王側も同じ・・・いや、それ以上か。

私は平民を出した。

まだ序盤、ならば勝負してみるのも悪くない。

 

「あまり私の言葉を信じない方がいいですわ」

 

セレスは微笑を浮かべながらカードを置き、開いた。

 

「グッ・・・!」

 

絵柄の王と目が合い、私は呻く。

 

「ウフフ、黒木さんて本当に単純ですわね」

 

セレスの嘲笑の中、2ラウンド目が開始された。

先行は私からだ。

まずは様子を見よう。

セレスも迷うことなくカードを置く。結果、ドロー。

次はセレスの番だ。

セレスはあっさりとカードを選択し、置いた。

この女は迷いというものがないのか・・・?

まあ、今度はこちらから仕掛けさせてもらおう。

 

「平民を出しちゃおうかな~~んん~~?」

 

セレスの眼前に平民のカードをチラつかせる。

 

「ウフフ、それは嬉しいですわ。わたくし、王を置きましたので」

 

セレスは微笑を崩さなかった。

さすがは超高校級といったところか。

だが、私は見ていた。

ヤツの瞳の中に一瞬、困惑と恐怖が映るのを。

 

「ククク、死ね!蛇めが!」

 

私は、某中間管理職のようなセリフを吐きながら、平民のカードを叩きつけた。

勝った!第3章完!

 

「わたくしが蛇なら、きっとあなたが蛇なんですわ」

 

セレスが微笑を浮かべたまま、カードを開く。

 

「ヒッ!?」

 

また王と目が合った。私を懲罰しようと睨んでいた。

 

「再び序盤で仕掛ける・・・それは奇策でもなんでもなく、ありきたりなセオリーですわ。

それに瞳は嘘はつかないというのも、嘘ですわ。まあ、さきほど体感して頂けたと思いますが」

 

「クッ・・・!」

 

私は青ざめる。

全部読まれていたのだ。

だが、それ以上に恐ろしいのは、それを実行できたことだ。

結果論として、セレスの予想は正しい。

だが、果たしてそれを実行できるかといえば、NOだ。

もしかしたら・・・とか可能性を考えてしまう。躊躇してしまう。迷ってしまう。

だが、コイツは何の躊躇も迷いもなくそれを実行したのだ。

それこそが真に恐ろしかった。

 

第3ラウンド。

すでに第二勝負までドローとなった。

 

「ハア、ハア」

 

空間がやたら狭く感じる。息が苦しかった。

ここまでの流れは、全てセレスの言葉に、表情に、仕草に、

そういった全てに誘導されているような気がする。

逆に私の全てはセレスに見られているように感じた。

上下左右。東西南北。全ての角度からセレスの視線を感じた。

体力と精神を削られていく。

まずい・・・ならば、これしかない。

 

「おや?」

 

セレスは意外そうな顔をした。

私はカードを集めると手の中で混ぜて、そこから1枚引いて静かに置いた。

何が出たか私にもわからない。

それはセレスも同じこと。

 

(どうだ・・・?お前の掌から抜け出てやったぞッ!!)

 

運を天に任す。それが私の最後のギャンブル。

 

「いいですわ~黒木さん。不確かなものに命を賭ける・・・ギャンブルはそうでなくては!」

 

セレスは赤い目を輝かせる。

ギャンブル狂め!好きにするがいい。今度こそ私の勝ち・・・

 

「ですが・・・私もギャンブルでは強運なんですわ」

 

その言葉とともにカードは同時に開かれた。

平民と王が顔を出した。

”ぐにゃり”と私の輪郭が歪むほどの衝撃が奔る。

 

「おしかったですわね。さあ、続けましょう!」

 

楽しそうにセレスは次のゲームを催促した。

 

「うぅ・・・うぁああああ~~~~」

 

恐怖の声を上げ、私はカードを出した。

 

「ああ、ダメですわ。取り乱しては、何を出したか丸わかりですわ」

 

平民と王が対面する。

 

「・・・ッ!」

 

恐怖で勝負を急いだ・・・いや、投げ出してしまった。

これでは小学生にすら勝てない。

 

「さあ、いよいよ最後ですわね」

 

セレスは名残惜しそうにカードを置いた。

 

「ハア、ハアハアハア」

 

一体、どうすればいい。

 

「ハアハアハア」

 

何をすればいい。どうすれば・・・。

 

「ハア、ハアハア」

 

空間がやたら狭い、い、息が苦しい。

 

私は何をすれば・・・え、私は何をやって・・・?

 

 

私は・・・セレスと・・・

 

 

「・・・子殿!」

「ハアハア、ハア」

「・・・智子殿!」

「ハアハアハア」

 

「しっかりしてください!黒木智子殿!」

 

 

誰かに呼ばれた気がしてた。

 

「終わってます!もう、勝負は終わってますぞ!」

 

気づくと山田が必死で私の肩を揺さぶっていた。

え?山田?あ、あれ?勝負は?

テーブルを見ると、平民と王のカードがあった。

 

(え、私・・・負けたの?)

 

いつの間にか、勝負は終わっていた。

この圧倒的有利な条件で、私は完敗したのだ。

 

「堪能しました。久しぶりにいいギャンブルでしたわ」

 

セレスはうっとりとした表情で余韻にふけている。

 

「黒木さん、礼をいいますわ。

貴方のおかげで、このギャンブルのおかげで、

わたしくしは自分が何者であるかを思い出すことができました」

 

セレスは恭しく一礼した。

それには、本当に心が篭もっているように感じられた。

 

「勝負はわたくしの勝ちですわね。ならば・・・」

 

セレスはドアの方をちらりと見た。

それ以上は、言わずもがなだ。

私は山田に肩を借りながら、よろよろと歩き始める。

恥ずかしながら、本当に疲労困憊だ。

もし、十戦連続で戦っていたなら、私は心身ともに壊れていただろう。

私と山田はゆっくりと出口に向かう。

 

その時・・・それに気づいた。

 

 

見られている・・・観られている?視られている・・・!

 

セレスが私達を見ていた。

あの大きな赤い瞳を輝かせながら。

 

敗者のブザマな姿を見る・・・そういう趣味なのだろうか?

それに抗議する資格は私にはない。

 

勝者が全てを得て、敗者は全てを奪われる・・・ギャンブルとはそういうものだ。

 

私がこの娯楽室に足を踏み入れることは二度とないだろう。

 

「お待ちなさい」

「え?」

 

まさに出ようという時だった。

 

「気が変わりました。山田君と黒木さん、貴方方はこれから毎日、この部屋に顔を出しなさい」

 

 

―――!?

 

 

山田と私は顔を見合わせる。

何が起きているのかわからなかった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!な、なんで・・・」

「反論は許しません。ギャンブルの勝者の権利は絶対です」

「うッ・・・」

 

ギャンブル・・・それも命賭けのギャンブルに負けた直後なのでぐうの音も出ない。

セレスは微笑を浮かべながら言葉を続ける。

 

「単なる気まぐれですわ。掃除は面倒なので召使が欲しいと思っていたところでしたし。

ウフフフ、この部屋はわたくしだけでは広すぎます。それに・・・」

 

 

 

 

   ”ギャンブルには相手が必要ですわ”

   

   

   

 

そう言ってセレスティア・ルーデンベルクはにっこりと微笑んだ。

 

 

 

 




様々な思惑の中、”物語”は再びはじまる。



【あとがき】

久しぶりの2万字超えです。
お待たせしました・・・なんてレベルじゃないですね。

申し訳ありませんでした。

仕事が忙しかった・・・とかいろいろ理由がありますが、
まあ理由になりませんね。
とても、待っていてください・・・なんていえません。

だけど、書けたら投稿する・・・という形でなんとか続けたいと思っています。
もし、読んで頂けたら幸いです。


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