私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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第2章 週刊少年ゼツボウマガジン(非)日常/非日常編 終劇  

石丸君の絶叫が裁判所に響き渡る。

その声は、まるで世界の終わりを告げるかのような・・・そんな悲痛と嘆きに満ちていた。

 

「石丸君!」

 

そのままバッタリと倒れた石丸君に苗木君達が駆け寄る。

 

「・・・。」

 

誰も・・・口を開く者はいなかった。

 

石丸君に、何か言葉を・・・なんでもいい・・・何か言葉を。

 

苗木君をはじめ皆はそんな目をしながら、

気を失ったかのように動かない石丸君を見つめていた。

 

だけど・・・いなかった。

 

石丸君に言葉をかけられる者はだれもいなかった。

あの苗木君ですら・・・。

今の彼に、かけられる言葉などなかったのだ。

 

 

奪われてしまった―――

 

彼の信念が。

今まで彼を支えてきた全てが。

幼き頃から抱いてきた夢も。

絶え間なく続けてきた努力も。

築き上げたものが・・・ちーちゃんや大和田君との思い出さえも。

 

石丸君の希望は全て奪われてしまった。

大和田君の命と共に。

 

一切合切、何一つ残らず全て食パンと共に噛み砕かれて消えてしまった。

 

 

「あ~あ、石丸君、壊れちゃったよ。ぷぷぷ、プギュフフ、プギャヒャハハハ!」

 

 

石丸君から全てを奪った悪魔は、彼の姿を見て腹を抱えて嗤っていた。

可笑しそうに。

心の底から愉しそうに。

 

 

悪魔―――

 

 

この地獄のような光景を作り出したモノクマと黒幕を私はそう例えた。

だが、それは間違いだった。

コイツらは悪魔なんかじゃない・・・。

コイツらの禍々しさは、物語に出てくる悪魔などとうに超えている。

ならば地獄の鬼か・・・?

いや、鬼にだって慈悲くらいはある。

コイツらに、そんなものひとかけらだってあるものか!

 

殺人鬼、悪鬼羅刹、化け物、拷問狂、人間のクズ、クマ野郎・・・ダメだ。見つからない。

眼前で嗤う悪意の塊を的確に例える言葉が私の中で何一つ見つからなかった。

コイツらの存在は、私の常識などはるかに超越していた。

 

凍てつくような恐怖に皆が沈黙する中、ただ、モノクマの高嗤いだけが裁判所に鳴り響く。

 

「何者・・・なの?」

「ん?」

 

そんな中、彼女は言葉を発した。

 

霧切さん。

 

第1回に続き、今回の裁判においても真実を解き明かし、私達を救ってくれた。

もはや、苗木君と並ぶ私達の中心となった彼女が、透き通った瞳でモノクマを見つめる。

 

「あなた・・・一体、何者なの?」

 

その問いは、この惨状を前にしても決して諦めはしない・・・

そんな彼女の意志が込められているかのように感じた。

 

「ぷぷぷ、だから言ってるじゃないかぁ~ボクは希望ヶ峰学園の学園長だってさぁ~~」

 

だが、ヤツはそんな彼女を嘲り嗤う。

 

「まあ、でも・・・君が聞きたいのは、もっと本質的なことだよねぇ~~

ぷぷぷ、ボクが気をよくしているから、もしかしたら口を滑らすかもしれない。

この状況を打開するヒントが掴めるかもしれない・・・そう思ってるんでしょ?

お友達があんなことになっているというのに、そんな打算的なことしか考えないなんて、

本当、霧切さんって冷たいよね~~ぷぷぷ」

 

それは真実だろう。

だからこそ、キツイ言葉だった。

真実を誰よりも求める彼女の行動が、結果として、モノクマの指摘どおりで・・・

それを嘲られて・・・くやしくないわけがない。

クラスメイトがあんなことになって、悲しくないわけがないじゃないか!

だけど、霧切さんは、モノクマの嘲りを真っ向から受けながら、

それでも瞳を逸らすことなく、モノクマを見つめ続けた。

 

「・・・わかったよ。答えてあげるよ。

実際にボクは、今、本当に気分がいいしね。いい機会だ。改めて自己紹介するとしようか」

 

冷笑を止めたモノクマは、私達、全員に視線を送る。

 

その瞬間―――

 

あの“悪意”が・・・

渦巻くほどの禍々しいあの悪意が、恐怖と混ざり合いながら、裁判所全体を駆け抜けた。

 

「希望ヶ峰学園の生徒は全世界の“希望”。

そんな君達、希望を黒き絶望に塗り潰すこのボクこそが―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ―――超高校級の“絶望”

 

 

 

 

 

 

 

「そう呼ばれるにふさわしいんじゃないかな・・・?」

 

その瞬間、悪意は見たことがないような怪物の姿を形作る。

それは一瞬、視認できるほど禍々しく。

 

私は・・・恐怖した。

本当に、本当に・・・心の底から恐ろしくて震えた。

 

 

絶望―――

 

 

これほど、ピタリと当てはまる言葉はなかった。

これほどまでに、コイツという存在を言い表すにふさわしい言葉はなかった。

この状況を前にこれ以外の言葉などなかった。

 

ケージの中には、大和田君の骨が散乱していた。

あの肉の焦げた嫌な匂いはまだ消えていない。

石丸君は・・・気を失ったまま目を覚まさない。

 

「・・・ひどい」

 

無残だった。

その光景はあまりにも無残だった。

ほんの1日前の・・・あの朝食の光景が頭を過ぎる。

あの時は、みんなが一緒にいた。

ちーちゃんも、大和田君も、石丸君も、私も・・・みんなが笑っていた。

こんな幸せな日常がずっと続けばいいな・・・そう願っていた。

 

だが、その願いは永遠に叶うことはない。

目の前の絶望がそう告げている。

あの時抱いた希望は、絶望の闇の中に消えてしまった。

 

「ひど・・・すぎるよぉ」

 

この現実を前に、そんな言葉しか出てこなかった。

 

(・・・え?)

 

その視線に気づいたのは呟いた直後だった。

 

先ほどまで私達の表情を見渡し、嗤っていたモノクマが私を見ていた。

私だけを見ていた。

無機質な瞳で、ジ―ーと私だけを見つめていた。

 

(え、な、何・・・?)

 

その視線に、今まで経験したことのないほどの何か不吉なものを感じた。

 

「・・・え?“ひどい”・・・て、それ、ボクに言ってるの?

まさか君が・・・このボクに言ってるの?」

 

(・・・?)

 

どこか奇妙な問いだった。

モノクマは、私が思わず漏らした言葉ではなく、

むしろ、私の態度・・・いや、その認識に疑問を投げかけているように感じた。

それはまるで、犯罪者が“共犯者”に事件の認識を問うかのように。

 

「驚いたよ。“ニブい、ニブい”とは思ってはいたけど、まさかここまでとはね・・・。

まさに絶望的だよ」

 

モノクマはため息をつきながら、首をふった。

 

「まあ、だからこそ、この状況を前にしても、

君はのうのうと他人事のような顔をしていられるんだろうね」

 

わからなかった。

モノクマが何を言おうとしているのか・・・私にはまるでわからなかった。

 

「もこっち~~君がボクのことを黒幕などと呼んでいるのは知ってるよ。

ホント、ふざけた話だよ!君こそ、今回の黒幕のくせに!」

 

 

一体・・・何を言って・・・

 

 

「これでもわからないか・・・もういいや!はっきり言ってあげるよ・・・」

 

私の様子を窺っていたモノクマは、

ゆっくりと間を置いた後、その言葉を放った。

 

それは、決して否定できぬ真実の言葉。

 

 

私にとっての・・・絶望だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だってさぁ~ぜーんぶ、君のせいじゃん。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…え?

  

 

 

 

 

 

 

 

 

「第1回の裁判が終わった後、

不二咲君を助けた時のことをもこっちは覚えているかな?」

 

 

もちろん・・・覚えているとも。ああ、忘れるものか。

あの時、私達は友達になったんだ。

勇気を出して、初めて自分から友達を作ることができたんだ。

 

 

“君は・・・不二咲さんは・・・私が守る―――ッ!!”

 

 

力いっぱい、ちーちゃんを抱き締めて、私はあの時、そう誓ったんだ。

守りたかった・・・。

本当に・・・私は・・・ちーちゃんを守ってあげたかったんだ。

 

 

「震える不二咲君を守ると強く抱き締める・・・まるで物語の主人公だね!

ああ、なんと美しい友情のはじまりなんだ!

きっと祝福すべきことなんだろうね。

ただし・・・それが“女の子同士”ならね」

 

 

でもさぁ・・・不二咲君・・・男なんだよねぇ。

  

 

「・・・。」

 

「多感な男子高校生なんだよ。

自分の弱さに極度のコンプレックスを抱き、大和田君が持つ強さに憧れ、彼のように強くなりたいと願う・・・そんな男の子なんだ」

 

「・・・。」

 

「もこっち~~その足りねー脳みそで少しは想像してごらんよ~。

弱さにコンプレックスを持っていた彼が・・・

強くなりたいと願う不二咲君が・・・

君のような女子高生に、

それも普通の女子より小さくか弱い君なんかに・・・

“守る”なんて言われて、抱き締められて・・・本当に嬉しかったと思っているの?」

 

(そ…れは…え…あ、アレ?…)

 

勇気を出してちーちゃんを抱きしめたかけがえのない思い出の記憶に

影が落ち黒く染まっていく。

抱きしめられた時、ちーちゃんはどんな顔をしていたのだろう?

”男の子”として…どう思っていたのだろう…。

 

 

「不二咲君、本当は恥ずかしかったんじゃないかなぁ~~

男のプライドをズタズタにされてさぁ。

すごく、悔しかったんじゃないかな~~

自分の弱さを自覚させられてさぁ。

惨めでしかたなかったんじゃないかなぁ。

そう・・・彼は変わりたかったんじゃない。

変わるしかなかったんだよ!お前に追い詰められてね!」

 

 

 

 ・・・あ。

  

 

「そんな危うい状態の彼に、君は何と言った・・・?

トレーニングのパートナーに一体、誰を紹介した・・・?

さあ!この悪夢の引き金を引いたのは、一体、誰だったのかなぁ~~!?」

 

 

 

 

“大和田君がいいんじゃないかな?見た目によらず優しいし”

 

 

 

 

 ・・・あ、ああ・・・!

 

 

「そう!お前だよ、黒木智子!全てはお前から始まったんだよ~~ッ!!」

「黒木さん!聞いちゃダメだぁあああああああああーーーーーッ!!!」

 

苗木君の叫ぶ声が聞こえる。

 

 

(ああ・・・ダメだよ・・・苗木君。もう・・・遅・・・い・・・ん・・・だ)

 

私は・・・・わかってしまった。

モノクマが何を言おうとしているのか・・・私には・・・もうわかってしまったんだ。

 

 

 

「大和田君が処刑されたのも、石丸君が壊れたのも、全てお前のせいなんだよ~~!!」

 

 

 

 

 

そう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不二咲千尋を殺したのは

       

 お前なんだよーーーーーーッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が・・・ゆっくりと傾いていく。

いや、傾いているのは、私だ。私なんだ。

 

視界は・・・機能している。

音は・・・まだ聞こえる。

だが、体は・・・体は動かせない。

まるで本当に石になってしまったように。

指先すら動かせなかった。

 

全てがスローモーションのように感じる。

 

体は重力に従い、ゆっくりと落ちていく。

苗木君が・・・私に向かって走ってくるのが見える。

手を伸ばし、私を助けようとしてくれている。

だけど・・・間に合いそうになかった。

床は・・・もう眼前に迫っていた。

 

 

ガッ―――

 

 

床に激突した・・・と思った瞬間、柔らかな感触に包まれた

 

「痛ッ・・・」

 

霧切・・・さんが・・・

床に激突する瞬間、滑り込み、私を受け止めたのだ。

彼女は小さな呻き声を漏らした。

滑り込んだ時に、どこか痛めたようだ。

 

「プギャハハハ、面白れーーーーもこっちも壊れちゃったよ~~~」

「モノクマぁあああああ、お前ぇえええええええええええーーーーーッ!!」

 

苗木君は踵を返し、狂喜するモノクマに向かっていく。

振り下ろされた苗木君の拳をモノクマはヒラリとかわし、裁判長の席に着地する。

苗木君は、バランスを崩し、前へと倒れた。

 

「オイオイ、危ないなぁ~~もう少しで校則違反になるところだったじゃないかぁ~~」

 

モノクマは苗木君を見下ろし嗤う。

 

「気をつけておくれよぉ~~

君は最高の獲物なんだ。こんなつまらないことで失いたくないからね・・・ぷぷぷ」

 

モノクマは、込み上げてくる喜びを押さえるかのように嗤いをかみ殺した。

 

「ぷぷぷ・・・プギュフフフ・・・まあ、許してあげるよ」

 

 

 

だってさぁ―――

 

 

 

 

 

ボクは今・・・

最高に気持ちイイんだからぁ~~~ッ!!

  

  

 

  

  

「ぷぷぷ、プギュヒヒヒ!プギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ~~、アーッハハハハ」

 

腹を抱えて嗤いながら、モノクマは床下へと消えていった。

場を静寂が包む。

 

静かだった・・・。

 

私は石のように固まり、天井を見つめていた。

苗木君と霧切さんが・・・心配そうに私を覗き見ている。

 

「ククク・・・」

 

誰かの笑い声が聞こえた。

 

「ククク、クハハハハ」

 

誰かの嘲り嗤う声が聞こえる。

この特有の乾いた笑い声を、私は知っている。

 

十神白夜。

 

これは・・・アイツの声だ。

その姿を私は見ることが出来ない。

だが、きっとアイツは、肩を揺らしながら、愉しそうに嗤っているのだろう。

 

「ククク、なるほど、なかなかに面白い見世物だったぞ!」

 

十神は言葉を続ける。

 

「俺が不二咲の死体を偽装工作したのは、大和田の動揺を誘うためだけではない。

真の目的は、俺の“敵”となりえる者を見定めることだ。

この“ゲーム”に勝つためにな!」

 

十神の決意と敵意は姿を見ずとも声だけで明確に伝わってきた。

 

「結果・・・見つけたぞ!優秀な探偵諸君をな・・・なあ、苗木誠!霧切響子!」

 

十神は苗木君と霧切さんの名を叫ぶ。

 

「・・・そして、見落とすところだったぞ!

キサマという小石を・・・うっかり躓きかねん小石の存在をな・・・!

それは、お前だ、イモムシ!いいや・・・黒木智子!」

 

・・・はじめて、私の本名を呼んだ。

 

「キサマらを敵と認めよう。

十神の名において宣言する!キサマらに勝ち、このゲームで生き残るのはこの俺だ!」

 

十神の宣戦布告を聞きながら、

私の意識はゆっくりと失われていく。闇の中へと落ちていく。

 

その刹那・・・私が最後に見たのは・・・

 

朝食の席で、ちーちゃんと、大和田君と、石丸君と私が・・・

みんなが一緒になって笑ったあの時の光景。

 

幸せで優しい世界。

 

その世界は直後、亀裂が入り、ガラガラと崩れ落ち、闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

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……………………

 

 

……………

 

 

 

「もこっち・・・」

 

「・・・。」

 

「もこっち?」

 

「・・・。」

 

「おーい、もこっち!」

 

「・・・え?」

 

 

 

・・・ここは・・・私の部屋・・・?

 

 

「ねーもこっち、ぼーとしてどうしたのぉ?」

 

「・・・。」

 

 

 

・・・ちーちゃん・・・?

 

 

 

「どう・・・して・・・?」

 

「え、どうして・・・て。

今日、遊びに行く前にもこっちの家に集まろうって、もこっち、そう言ったよね?」

 

 

 

(・・・。)

  

  

 

 ・・・ああ、そうだった・・・

 私が・・・提案・・・したんだ。

  

 

 

「・・・うん、そうだったね。ハハハ、何、言ってんだろう私ったら」

「も~~もこっちたら、ボクをからかってるのぉ?」

「イヤイヤ、そんなことないったら。

ヤダなぁ~~ハハハ。それよりどうかな?私の部屋は?」

 

 

 そう・・・ここは私の部屋。

 いつもと変わらない・・・何も変わらない私の部屋だ。

  

 

「カワイイと思うよぉ~~。

でも、ちょっと意外かな。もこっち、サバサバしてるイメージがあったから」

「ええ~~そうかなぁ。

私だっていまどきの女の子なのに~~。

たとえば、ぬいぐるみとか!ほら、これ、カワイイでしょ?」

 

ベッドの上の置いてある、巨大な「てんのすけ」人形を抱え、ちーちゃんに見せる。

これはゲーセンで1発でゲットしたもの。

確かに見た目は微妙だが、このところてん特有ののっぺり感に徐々に愛着が・・・

 

「う、うん・・・」

 

(え、不評・・・!?)

 

ちーちゃんは、言葉では拒絶しないが、それが顔に出るのだ。

そうか・・・ダメですか・・・結構カワイイのになぁ・・・。

あ、そうだ!

 

「ゴメン!お茶、出し忘れてたよ!レモンティー以外もあるけど、どうする?」

「え!?なんでレモンティー押しなの?別になんでも大丈夫だけど・・・」

「フフフ、さあ、なんでだろうね」

 

意味深な笑みを浮かべながら、私はドアへと向かう。

まあ、本当に特に意味はないんですけどね。

 

(あ・・・!)

 

その人物の存在に気づいたのは、その時だった。

何者かが、ドアの隙間から私達をチラチラ覗き見ていた。

その人物の正体がわかった瞬間、私は邪悪な笑みを浮かべ、ちーちゃんの方へ振り返る。

 

「ちーちゃんに紹介する約束だったよね。

さっきからドアの隙間から、私達をチラチラ、覗き見ている変質者、

またはイカレたストーカー野郎が残念ながら私の弟の智貴です」

 

「ふ、ふざけたこといってんじゃねーよ!」

 

お茶とお菓子が載ったお盆を片手に、智貴が焦りながら部屋の中に入ってきた。

 

「てめー不二咲先輩に何言ってくれてんだよ!」

「だって、本当にチラチラ見てたじゃん、エロい目でさ」

「入っていくタイミングを窺ってただけだよ!」

「ハアハア、言ってたし」

「言うわけねーだろ!」

 

私達のコントをクスクス笑っているちーちゃんに智貴が気づき、慌てる。

 

「あ、あの、お、俺、黒木智貴っていいます。あ、姉がお世話になってます!」

 

普段クールぶってる分、智貴の緊張が手に取るようにわかる。

というよりも、緊張を通りこしてパニックになってるな、こりゃ。

 

「わー本当に、もこっちと同じで目の下にクマがあるんだねぇ、すごいよぉ」

「え、あ、あの、そ、その、あわわ、こ、光栄です!あ、あのふ、不二咲先輩!」

「なあに?」

「ず、ずっと前からファンでしたぁああ!あ、握手してください!」

 

智貴は真っ赤な顔を下げて、ちーちゃんに手を伸ばす。

 

「これでいいのぉ?」

「あ、ありがとうございましたぁああ!!」

 

すんなり握手に応じるちーちゃんに智貴は歓喜の叫び声を上げた。

 

(うわぁ・・・気持ち悪いなぁ)

 

智貴の満面の笑みを見て、そう思ってしまった。

我が弟ながら、なんて残念な野郎なんだろう。

普段クールぶってるが、一皮むけばこの様か・・・。

というか、今の智貴の顔、調子に乗ってる時の私に似てるのが、余計ムカつく。

血は争えないといったところか・・・

まあ、なにはともあれ、私は、姉としてヤツの幻想を砕き、現実へと戻してあげよう。

ちーちゃんとへらへらと話している智貴の肩を叩く。

 

「おい、智貴、男だぞ」

「ハ?」

「だが、男だ」

「いや、意味わからないんだけど」

「しかし、男だ」

「はあ?俺の性別のこと?」

「でも、男なんだよ」

「てめー、さっきから何わけのわかんないことをいってんだよ?」

「だから・・・ちーちゃんは、男なんだよ」

 

「・・・ハア?」

 

私の言葉が理解できなかった智貴は、ちーちゃんを見る。

ちーちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「てめー何、ツマンネー冗談言ってんだ!不二咲先輩が困ってるじゃねーか!」

 

数秒の沈黙の後、智貴は、私に向かって激昂する。

まあ、確かに信じたくないのはわかる・・・というか信じられないよな、普通。

 

「ふ、不二咲先輩、すいません!あの馬鹿、頭がおかしいんです。許してやって下さい」

「本当・・・です」

「え?」

「ボク・・・男の子なんです」

 

私の冗談だと思っていた智貴に本人から残酷な事実が突きつけられた。

まさに幻想殺し!本人が言うならさすがの智貴も・・・

 

「またまた~~不二咲先輩も冗談言うんですね」

「え、でも・・・」

 

満面の笑みを浮かべる智貴。

どうやらちーちゃんも冗談を言っていると思っているようだ。

 

「で、でも、ボク、本当に・・・」

「いやいや~~ありえないですよ」

「男なんです・・・」

「そんなはずないじゃないですか~~」

 

その後、このコントというか、やり取りは数分続いた。

その間、智貴は満面の笑みを崩すことはなかった。

たとえどんな内容でも、憧れの女の子と話せることが楽しくて仕方ないのだ。

どうしよう・・・まさかここまでとは・・・。

どうすれば、智貴の幻想を殺すことができるのだ・・・!?

私が心の中で頭を抱えていた時だった。

 

「ちょ!?不二咲先輩!何してんすか!?」

 

智貴が驚きの声を上げた。

ちーちゃんの方を見る。

ちーちゃんは、パンプキンスカートを掴み、少しずつ上げていった。

涙目で、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして。

それはまるで、異世界に出てくる下卑た貴族に脅迫されエロい要求に屈指したような・・・

ちーちゃんが男だと知っている私ですら顔を真っ赤にする展開だった。

 

「ボク・・・本当に男なんです」

 

上げたスカートの下には、短パンが履かれていた。

ああ・・・そのスカートの下、そんな風になってたんだね・・・。

 

智貴は・・・ふらりとドアの方に歩いていく。

覚束ない足取りだった。よほどショックだったのだろう。

まさに幻想殺し!

だが、このまま間違いが続くよりは―――

 

「・・・もう、男でもいいや」

 

(智君―――!?)

 

出て行く寸前、智貴の呟きを聞いて、幼い頃の呼び方で叫んでしまった。

いやいや智貴氏、それはマズイですよ。

いくら多感な思春期に、こんな体験したからといって、それは・・・。

 

「そ、そろそろ出ようか」

「う、うん・・・」

 

何とも言えない空気となり、私達は予定より早めに出発することにした。

 

「お待たせ~~」

 

コーディネートするのに少し時間をもらい、ちーちゃんには外で待って貰った。

 

「帽子、似合ってるよぉ!もこっちってセンスいいよね」

「そうかな?うーん、姪にきーちゃんという女の子がいるのだけど、

きーちゃんも“智子お姉ちゃんはファッションセンスだけはあるよね!”って褒めてくれたかな」

「え、もこっち・・・それって」

 

ちーちゃんは顔を曇らす。え、何か変なこと言いましたか?

 

「ボク・・・」

 

ちーちゃんは、何か考えるように顔を下に向けた。

 

「ボク・・・この格好、今日で最後にするよ!」

 

少し間を置いて後、ちーちゃんは私に笑顔を向けた。

 

「・・・うん、じゃあ、行こう!」

 

私はちーちゃんの手を掴み、駆け出した。

 

 

千葉を出た私達は、東京駅を散策し、秋葉原を一巡し、

上野動物園でソフトクリームを食べた。池袋では乙女ロードに、

新宿で美味しいものを食べた後、原宿の服屋を廻り、渋谷のハチ公前で記念写真をとる。

調子に乗った私達は、東京を出て、京都へ向かい、様々なお寺を廻り、限定スイーツを食べる。

大阪に行って、たこ焼きを食べ、大阪城を見学する。

四国では、お遍路を体験した後のうどんは格別だった。

九州では、屋台のラーメンを食べ、ハウステンボスで遊んだ。

沖縄では、離島で泳ぎ、バカンスを楽しんだ。

フランスはパリ、エッフェル塔を。

イギリスはロンドンのビックベンを。

よし!今度はニューヨークのブロードウェイに行ってしまおう。

 

ああ!なんて楽しい・・・

 

 

 

 

 

 

 

夢なんだ・・・。

 

 

 

 

・・・そんなはず・・・ないじゃないか。

一日でこんなに移動できるわけ・・ないじゃないか。

こんなに・・・遊べるわけ・・・ないんだ。

 

それでも・・・それでも私は嬉しかった。

叶わなかった約束を・・・それがたとえ夢であったとしても、叶えることができたのだ。

 

(ありがとう・・・神様)

 

もう一度、ちーちゃんと会わせてくれて。

約束を叶えさせてくれて。

 

本当に・・・ありがとう。

 

 

私達は、海岸で夕焼けを眺める。

もうすぐ日が沈む。

別れが・・・この夢の終わりが近づいていることを感じた。

 

「今日は、すごく楽しかったよぉ」

 

夕焼けの中、私の方を振り返り、ちーちゃんは微笑んだ。

そのひまわりのような笑顔が、夕日に輝き、本当に綺麗だった。

 

「もし・・・もこっちがよかったらだけど・・・」

 

少し、恥ずかしそうにしながら、私を見る。

 

 

「また・・・一緒に遊んでくれないかなぁ?」

 

 

私は空を見上げた。

涙が・・・こぼれてしまいそうになったから。

 

 

(ああ、酷いや・・・神様)

 

 

それは決して叶うことがない願いだった。

 

現実は、ちーちゃんは死んでしまった。

大和田君は処刑された。石丸君は壊れてしまった。

 

希望は全て消えてしまった。

 

全て・・・私が・・・私が・・・ッ!!

 

だから・・・それは決して叶うことがない希望だった。

現実の世界は絶望しかなかった。

確かな予感があった。

目を覚ました時、私はもう今までの私ではなくなってしまうだろう。

 

 

 

でも・・・それでも・・・

 

たとえ、叶うことなき願いだったとしても・・・

現実は絶望しかないとわかっていても・・・

 

それでも・・・

 

たとえ、悪魔に脅されようとも・・・

たとえ、それが神様の命令だとしても・・・

 

どうでもいい・・・そんなものはどうだっていい!

 

それでも――

 

たとえ、心擦り切れ、壊れてしまったとしても・・・

 

私のことはいいんだ!私なんてどうなってもいい!

だけど、私と君は―――

 

それでも――

 

ちーちゃん、君との約束は・・・

 

 

そう・・・いつだってその約束の答えは―――

 

 

 

 

“君との約束の答えはこれしかないじゃないか!”

 

 

 

 

涙を拭い、最高の笑顔で私は答える。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、絶対また遊ぼう!約束だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!

 

 

 

 第2章 週刊少年ゼツボウマガジン 

  (非)日常/非日常編   終劇  

          

   [死亡]   不二咲千尋 大和田紋土

   [再“希”不能] 石丸清多夏 黒木智子

 

 

          

 

 

 

   生き残りメンバー 残り―――11人

 

 

 

 

 

 

 

 




超高校級の絶望が絶頂を迎える中、
もこっちの確かな成長は希望に繋がるのだろうか?


第2章完結しました。
一時期筆を折りそうになりましたが、ここまで書けて素直に嬉しいです。
ありがとうございました。
次話「イマワノキワ 大和田紋土/不二咲千尋」となります。


【あとがき】

■もこっちのせいではない

2章の悪夢はもこっちのせいか、と問われればNOといいます。
不二咲が大和田を選ぶのは必然で、誰でも同じことになりました。
原作のゲームでも、苗木が他のクラスメイトを薦めても断り、
最終的に大和田を薦めることになりますが、それで苗木が事件の元凶だと
責める人はいないと思います。今回もそれと同じだと思ってます。

ですが、本人がどう思うかは、本人だけしかわからない問題です。
心弱っている最悪のタイミングで黒幕に毒を仕込まれ、
全て自分せいだ・・・そう思い込んでしまいました。
この問題が3章のメインテーマとなります。
3章第1話は、半分狂った人間の思考を想像して描かなければならないので、
相当難しそうですが、頑張ります。

■この時期の黒幕はブザマであり哀れ

超高校級の絶望として、4人ものクラスメイトを絶望に堕とし、

「我こそは絶望の王、さあ、世界よ!絶望しろ!」

そう高みから嗤う。
しかし、真実は、世界どころか目の前の4人のクラスメイトの誰一人、
絶望に堕とすことができず、恐らく黒幕の人生初の大惨敗。
哀れなのは、そのことにご自慢の超高校級の“分析力”をもってしても
気づくことはできず、勝ち誇り嗤う・・・これをブザマといわずして何をいうのか。
まあ、七海を絶望させたと勘違いから、全てがはじまっていることを考えれば、
今回の真実に気づけるはずがないのは当然といえば当然でしょう。
この見えない敗北は5章に繋がります。

うーん、黒幕を考察すると、洗脳で楽しちゃったのが悪い影響を与えてるのと、
分析力が逆に足を引っ張ってる気がしますね。
あと、追い詰めた方が、本人が心から喜ぶので、そこからが真骨頂だと思ってます。

■もこっちと黒幕はJOJOの吉良吉影と川尻早人の関係

いろいろ考えましたが、たぶんこれが一番近いです。
こんな状況ですが、安心して読んでください。


ではまた次話にて




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