私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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第1回学級裁判 後編② 判決

「うぷぷぷ…どうやら議論の結論が出たみたいですね!」

 

 

私達の議論の結末を見ていたモノクマは裁判長席の上からさも嬉しそうに笑った。

 

 

「では、そろそろ投票タイムといきましょうか!お手元のパネルを押して投票してくださ~い!」

 

 

机の左上には、私達の名前が書かれているタッチパネルがある。

ここからクロの名前を選ぶ、ということだろう。

私は息を殺しながら、「桑田怜恩」の名前を押した。

他に選択肢などない。だが、私の心の中を投影したように指先の震えは止まることはなかった。

 

桑田君は…まだ膝を屈して床を見つめていた。

彼を除く、私達13人が投票を終えると、スロットが回り始める。

 

 

「投票の結果、クロとなるのは誰か!?

 その結果は正解なのか、不正解なのか―ーーー!?さあ、どうなんでしょう!?」

 

 

回る。廻る。

私達の運命はスロットともにまわる。

回転する私達の顔の絵の一つの枠に桑田君の顔の絵が止まると、

立て続けに残りの枠に桑田君の絵が止まった。

 

「おめでとうございます!正解でーす!!」

 

桑田君の顔の絵が3枚並び光り輝く。

スロットでいうところの”777"のつもりなのだろうか。

その場違いな点滅が眩しい。

 

とても…奇妙な感覚だった。

それを見た時の安堵感とへばりつくような罪悪感。

相反した感情の奇妙な混ざり合いの中で、私達の”最初”の学級裁判が終わりを迎えた。

 

 

「そう!舞園さやかさんを殺した”クロ”は桑田怜恩君です!」

 

 

クラクションを鳴らしながらモノクマははしゃぐ。

 

 

「この裁判で一番活躍した生徒は、やっぱり霧切さんかな。

君、最初から犯人わかってたでしょ?さすがだね!」

 

「…。」

 

モノクマの賞賛を霧切さんは無視する。

やっぱり、彼女は最初からこの事件の全てがわかっていたのだと改めて思う。

 

 

「次は苗木君かな。君、この事件の間でずいぶん成長したみたいだよね。

いろいろ傷ついてさぁ、グヒヒ」

 

 

「モノクマ…!」

 

 

その賞賛と嘲りに苗木君は怒りもってモノクマを睨む。

 

 

「あと最後はもこっちかな…君みたいなガチモブが活躍するなんて本当に意外でした。以上」

 

 

本当の棒読みというのをはじめて聞いた。

というか、ガチモブとか地味に傷つくから止めてください。

 

 

「いや~第一回の裁判くらいクリアしてもらいたかったから、先生は嬉しいです。

みんなも嬉しかったよね?正解してさぁ、自分は生き残ることが確定して。

”ほっ”としたでしょ?その感覚を大事にしてね!

この学園で一番必要なのはその感覚だから!」

 

 

(う…ッ)

 

 

モノクマのその言葉に私は心の中で呻いた。

 

図星をつかれた。

 

私の心の醜い部分を引きずりだされたような感覚に陥る。

それは私だけではなかった。

他のみんなも気まずそうな顔をしてうな垂れる。

 

助かったことを喜んでしまった。

安堵してしまった。

 

ああ、そうだ。

だから、だからこそ私はモノクマのことが大嫌いなのだ。

 

この殺人鬼は、人の心の弱い部分を、隠しておきたい醜い部分を的確についてくる。

それこそ、憎たらしいほどに。

 

 

「では、ご褒美に正解のVTRでもみんなで鑑賞しましょうか!」

 

 

どこからか取り出したリモコンをモノクマが押すと、スクリーンに映像がゆっくりと映し出された。

 

そこには…舞園さんがいた。そこはあの事件の部屋だった。

 

思いつめた表情でベッドに座っていた彼女は、何かの物音に気づき、ドアの方に歩いていく。

 

 

「チース!今晩わんこ!!

 

 

寒いギャグを発して満面の笑顔の桑田君が部屋に入ってきた。

 

これって…まさか!?

 

 

「舞園、話したいことってなんだよ?部屋に二人っきりって俺、緊張しちゃうぜ!」

 

 

鼻の下を伸ばし、緊張で顔を赤くする桑田君。

それに対して、舞園さんは微笑を浮かべる。

あの仮面のような微笑だった。

 

 

「…お茶を用意しますね」

 

「お、おう!」

 

 

舞園さんが背を向け部屋の奥へと歩いていく。

桑田君もその後に続く。

桑田君が部屋の光景に目を奪われ、舞園さんから目を離した瞬間だった――――――

 

 

「うわぁッ!?」

 

 

踵を返した舞園さんが桑田君に突進した。

桑田君は持ち前の反射神経でとっさに身を翻した。

勢いそのままに舞園さんは壁に激突する。

 

「ま、舞園!大丈夫…え!?」

 

「ハァハァハァ」

 

肩で大きく息を弾ませる舞園さんを心配した桑田君が絶句した。

壁には…包丁が突き刺さっていたのだ。

 

「うぁあああああああああああーーーーーッ!!」

 

「うぉおおおおおおおお~~~~!!!???」

 

包丁を引き抜いた舞園さんは、桑田君に向かって包丁を振り回した。

桑田君は絶叫しながら、包丁を避ける。

床やベッドに包丁の傷がついていく。

 

 

「ひぃひぃいいいいいい~~~ッ!!」

 

 

桑田君は悲鳴を上げて、ベッドに飛び乗ると、あの”模擬刀”に飛びつく。

そして引き抜こうとした時だった。

舞園さんが桑田君に乗りかかり、顔に向かって包丁を振り下ろした。

 

 

「ひぎぃいい~~~ッ!!」

 

 

その凶刃を桑田君はなんとか鞘で受け止めた。

 

 

「桑田君…お願いします。どうかお願いします!」

 

 

まるで懇願するかのような言葉を言いながら、舞園さんは包丁を持つ手に力をいれる。

 

 

「な、なんでだよ?なんでだよ!?舞園~~~!!

なんでモノクマの口車になんか乗っちまったんだよーーーーッ!!?」

 

 

桑田君は、鞘でなんとか凶刃を止めながら、声を振り絞る。

カメラからよく見えないが、その表情はまるで泣いているかのようだった。

 

 

「桑田君は…歌手を目指してるんですよね?

だったら…私の気持ちを理解してくれますよね!?

私は、グループの仲間を助けなければいけないんです!

もう一度…もう一度”あの場所”に帰らなければならないんです!

だから…だからーーーーーーーッ!!」

 

 

それは偽りなき彼女の本音だった。

彼女は帰りたかったのだ。小さい頃から憧れた光り輝くステージに。

 

 

「ふ、ふざけんじゃねーーーーーーーーーッ!!」

 

「きゃぁあああ!!」

 

 

桑田君は、上にのしかかった舞園さんの腹部を不利な体勢から蹴り飛ばした。

舞園さんは悲鳴を上げて、ベッドから転げ落ちる。

 

 

「殺されて…たまるかよッ!!」

 

 

決意したように叫んだ桑田君は、模擬刀をゆっくりと引き抜いた。

舞園さんも立ち上がり、包丁を低く構えた。

 

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお~~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

 

「うぁあああああああああああああああああああーーーーーーーツ!!!」

 

 

 

 

雄たけびをあげながら、二人は互いの武器を振り抜いた。

 

 

 

 

ああ…。

 

なんて…。

 

なんて…”絶望的”な光景なのだろうか。

 

 

仲のよかったクラスメイト同士が、あの廊下で笑っていた舞園さんと桑田君が、

憎しみに顔を歪めて殺しあっている。

 

 

「プププ、プヒヒヒ」

 

 

モノクマが声を殺して笑っていた。

きっと、コイツはリアルタイムで見ていた時も同じように笑っていたのであろう。

 

二人の殺し合いは数分に及んだ。

その間、誰も声を上げることはなかった。

みんな…みんな、絶句していた。クラスメイトのリアルな殺し合いを前に声を出せずにいた。

部屋の中が事件現場と同様になった頃、ついに決着が訪れた。

 

 

「きゃぁあああああああ~~~~~!!」

 

 

模擬刀と包丁のリーチの差が出たのだ。

桑田君が振り下ろした模擬刀が舞園さんの右手にヒットした。

彼女の右手はだらりと下に垂れ、包丁を床に落とした。

 

「あ、あぅ…」

 

彼女は右手を押さえて、シャワールームへと走り出した。

 

「舞園、待てよッ!!」

 

追いすがる桑田君がドアに手をかける寸前で、舞園さんはドアを閉めた。

 

 

「開けろよ!舞園!ク、クソッ!開かねえ!そうか!ドアをロックしたのか!!」

 

 

ドアを拳で叩きながら、ドアノブを回す桑田君はそう叫んだ。

彼は知らなかったのだ。

そのドアはロックなどされていないことに。

ただ、建付けが悪いだけだということに。

この部屋は舞園さんの部屋ではなく、苗木君の部屋であることに。

 

 

「畜生!なんでだよぉおおお~~~~~~~ッ!!」

 

 

桑田君は模擬刀を床に叩きつけて、部屋を飛び出して行った。

それから2分ほど経過した頃だろうか。

桑田君は再び、部屋に足を踏み入れた。

その手に…”工具セット”を持って。

 

シャワー室に向かう彼の足が止まる。

その目の前には、舞園さんが落とした包丁があった。

十数秒間。

それを見つめていた桑田君は、包丁を開いている方の手で拾い、シャワー室に歩いて行った。

直後、モニターは暗くなった。

 

 

「う~ん、この後の最高のシーンを是非、お見せしたかったけど、

シャワー室にカメラはないからねぇ~残念!」

 

 

モノクマのその言葉で、

逆に私は、あの部屋に横たわる彼女の死体を思い出し、込み上げる嗚咽を堪えた。

 

 

「ぐすっ…ひどいよ…なんで…ウゥ」

 

「不二咲千尋殿…」

 

 

不二咲さんの瞳から大粒の涙が流れ落ちる。

それを山田君が声を震わせ、見つめる。

泣きはしなかったが、誰もが皆、彼女と同じ気持ちだった。

私だって、一人でこんな悲しいものを見たら、泣いてしまっていただろう。

それほどまでに、この映像は、この事実は、私達クラスメイトの心を深く抉り取ったのだ。

 

 

「あ、あの…あのさぁ…」

 

 

その声の方向に刹那、全員の視線が向いた。

桑田君が、先ほどまで、抜け殻のようになって

床に膝を屈していた桑田君がヨロヨロと立ち上がっていた。

真っ青な顔だった。

血の気が完全になくなり、反面、目の充血が目立つ。

身も心もボロボロなのは誰が見ても明白だった。

そんな状態でも、彼は無理に笑顔を浮かべる。

苦しそうな…引きつった笑顔だった。

 

「あの…なんていうか…その…」

 

消え入りそうな声で、何かを訴えようとしていた。

その言動に、皆はただ沈黙とクラスメイトを殺した殺人鬼に対する冷たい視線を向ける。

 

そんな中での彼の一言だった。

 

 

 

――――――これって”正当防衛”じゃね…?

 

 

 

「お、俺…いきなり舞園の奴に刺し殺されそうになって、

それで無我夢中になって…お、お前らも、さっきの映像で見たろ!?」

 

 

正当防衛。

 

それが桑田君に残された最後の希望だった。

 

刑法37条に「緊急避難」というものがあるらしい。

通称”カルネアデスの板”

海難事故が起きたとき、一枚の板に対して2人の人間が掴もうとした時に、

その板が沈まないように、相手を突き放して、結果、その相手は水死した。

後に裁判にかけられたその被告は、

殺人の罪で裁判にかけられたが、罪に問われなかった。

これは某人気推理漫画でも題材となったので、よく覚えている。

彼も、それを主張しようというのだ。

 

 

でも…。

 

 

 

「いいえ、それは違いますわ」

 

 

 

 

微笑を浮かべながら、きっぱりと、はっきりと

超高校級の”ギャンブラー”セレスティア・ルーデンベルクは桑田君に向かって言い放った。

 

 

「な、何でだよ…?じゃあ、俺は…黙って舞園に殺されればよかったってのかよ…!?」

 

 

声を震わせながら、桑田君は反論する。

 

 

「ああ!違いますわ!違いますわ、桑田君!」

 

 

芝居がかった口調で、両手を前に組み、セレスさんは顔を伏せる。

 

 

「あの時までは、確かにあなたの主張は通りました。

ええ、あなたの正当防衛は成立しましたとも。

舞園さんがシャワールームに逃げこんだ後に、”工具セット”を持って戻ってくるまでは」

 

そう言って、セレスさんはゆっくりと顔を上げた。

 

「彼女が、シャワー室に逃げこんだ時、

なぜあなたは、襲われたことを誰かに知らせなかったのですか?

苗木君でもいい、石丸君でもいい、大和田君でも、十神君でもいい。

男子が嫌なら、霧切さんでも、大神さんでも、朝日奈さんでもいい。

非常に迷惑ですが、私でもいい。

大声を上げて、誰かに知らせればいいじゃありませんか。違いますか…?」

 

 

「うッ…」

 

 

セレスさんの問いに、桑田君は大粒の汗をかき、声を詰まらせる。

 

 

「…でも、あなたはそれをしなかった。

それはあなたに明確な”殺意”があった証拠ではないでしょうか?」

 

 

まるで、言弾を放つように、セレスさんの言葉は、真実を撃ち抜いていく。

 

 

「そうこれは完全な”過剰防衛”ですわ。

工具セットを持って戻って来た時から…あの包丁を手にとった時から…

あなたは被害者から加害者になったのです。

私達クラスメイトを犠牲にして、裁判を勝ち抜こうと決めた時に、あなたはこの私の敵となった。

いいえ…私達の敵である”クロ”になったのですわ」

 

 

微笑を浮かべながら、セレスさんはそう言い放った。

その瞳の奥には凍てつくような冷たい光があった。

命を懸けたギャンブルで敵を前にした時、きっと彼女はこの微笑を浮かべるのだろう。

クラスメイトの皆も声にこそ出さないが、彼女の言葉に同意するかのように、

あの時のように、私に向けた時のように”人殺し”そんな目を桑田君に向け続けた。

 

「こ、怖かったんだよ…あんなに優しかった舞園が、振り返ったら鬼みてーな顔で俺を…。

殺さなきゃ、俺が殺されるって思ったんだ。あの落ちてる包丁を見ていたらさぁ。

本気で好きになりかけてたのに…畜生、な、なんでだよ、

なんでこんなことになっちまったんだよ…」

 

 

 

 一歩間違えれば、お前らがこうなってたかもしれないんだぞ~~~~~~ッ!!

 

 

 

涙を流しそう叫んだ後、桑田君は、”ワァアア”と床に泣き崩れた。

 

その声に耳を傾けるクラスメイトはいなかった。

恐怖、侮蔑、憤怒、それぞれの思いが映し出された瞳で彼を見つめるだけだった。

誰も…誰も、クラスメイトを殺したクロの言葉に同情するものはいなかった。

 

 

だが、私は…私だけは違った。

 

 

あの部屋で舞園さんの代わりに死体となって転がっていたのは私だったかもしれない。

桑田君の代わりに、今この場で泣き叫んでいたのは私だったかもしれない。

 

 

私だけは、彼の言葉が…気持ちがわかってしまったのだ。

 

 

「う~ん、三文芝居もすんだみたいし、さくっと逝ってみようか!」

 

 

その声に全員が振り返った。

裁判長の席には、モノクマが退屈そうに頬杖をついていた。

 

「へ…?」

 

桑田君も顔を上げ、モノクマを見る。

その絶望に塗り潰された瞳にモノクマの笑みが映る。

 

 

「”へ…?”じゃないよ、桑田君。おしおきだよ!お・し・お・き」

 

 

その言葉を放つモノクマの左半身の黒い笑顔がより邪悪に栄える。

盾子ちゃんを貫いた槍が脳裏を過ぎる。

 

おしおき…つまりは、処刑…。

 

裁判長席から降りたモノクマは、桑田君の前に立ち、彼を見下ろす。

 

「君のくだらない演劇で進行が遅れてるんだよ。”みんな”が待ってるのにさ。

なにより、僕は退屈がだいっ嫌いなんだ!さっさとやるよ!

それに、秩序を乱したら罰を受ける!それが社会のルールでしょ!」

 

 

「イヤだ…嫌だぁあああああああああああ~~~~~」

 

 

桑田君は立ち上がり、走り出す。

奥にある扉に向かって、走っていく。

 

「開けろ、開けろよ!頼むから開けてくれよぉおおおおおおおおおおお!!!!」

 

桑田君は半狂乱になりながら、ありったけの力で扉を叩く。

必死に、扉を押し、全力で引く。

 

 

「やっと、やっとわかったんだ!俺は野球のことが…。

か、帰るんだ!俺はもう一度、”あの場所”に帰るんだ!だから…だから~~~~ッ」

 

 

 

「く、桑田…」

 

「馬鹿野郎が…」

 

 

その姿に、朝日奈さんは声を震わせ、大和田君が声を詰まらせた。

たとえ、犯人であろうとも、私達の敵であるクロであろうとも、

クラスメイトのそんな姿に胸を痛めない者はいない。

だが、奴はそんな気持ちなど持ち合わせてはいなかった。

モノクマは、裁判長席に戻り、ゆっくりと小槌を振り上げた。

 

 

 

「今回は超高校級の"野球選手”である

桑田怜恩君のためにスペシャルなおしおきを用意させて頂きました」

 

 

 

「嫌だ…イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ」

 

 

 

「では張り切っていきましょう!”おしおき”ターイム!」

 

 

 

 

 

 

 

 

      イヤだぁぁぁああああああああああああああああ~~~~ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                GAMEOVER

 

 

 

           クワタくんがクロにきまりました。

             おしおきをかいしします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぎぃッ!?」

 

 

バッと扉が開いたと思ったら、何かが桑田君の首に絡みついた。

 

 

 

「ぎゃぁああああああ~~~ッ!?」

 

 

 

まるで私達に助けを求めるように手を伸ばした桑田君の身体は直後、

すごい勢いで扉の中へと引きずられて行った。

あまりの出来事に直後、私達は呆然と立ち尽くした。

だが、我に返ると全員が扉に向かって駆け出した。

考える前に身体が動く、ではない。

この状況に考える余裕などないのだ。

扉の奥には、広い空間があった。

そこには野球のフェンスがあり、、まるで私達の行く手を阻む鉄格子のように見えた。

 

 

「やめろ!!離せーーーーッ!!」

 

 

フェンスの先には、桑田君がいた。

彼は野球のマウンドのような場所に立たされ、

数匹のモノクマ達によって、鎖を巻きつけられていた。

 

 

「まあ、あえて題名をつけるなら”千本ノック”かな」

 

 

いつの間にか、私達の横に出現したモノクマが、笑いを堪えながら、そう言った。

グラウンドには、数台のバッティングマシーンがあった。

それは、バッティングマシーンと呼ぶにはあまりにも禍々しく、

マシンガンといった方がふさわしかった。

そして、本来、ピッチャーの代わりに使用するそれは、

逆にピッチャーマウンド…すなわち桑田君のいる場所に向けられていた。

私は…何が起こるかわかってしまった。

 

 

(嘘…でしょ…?)

 

 

そう思いたかった。

だって…だってこんな恐ろしいことがあっていいはずないではないか…!

 

 

 

「千本ノックスタート!」

 

 

 

 

私の想像は次の瞬間、現実になった。

モノクマの号令と共に、バッティングマシーンから野球のボールが発射された。

 

 

「うげぇ!!」

 

 

最初の1発は彼の腹部にヒットした。

苦痛に顔を浮かべ、口から胃液を吐き出す桑田君。

 

 

「ぎぇえッ!!」

 

 

次はその顔に直撃した。鼻血を流し、苦しそうに呻く。

 

 

「ガァッ!!」

 

 

口にヒットした。歯が吹き飛ぶのが見えた。

 

 

「も、もうやめ…グハッ!!」

 

 

それから、何度も何発もボールは桑田君の身体に直撃した。

その度、彼は悲鳴を上げ、泣き出し、許しを請うた。

だが、"ノック”は続く。まるで本当に千本を数えるまで終わらないかのように。

きっと、"ノック”は続くだろう。彼の命が尽きるまで。

 

ああ、あまりに酷すぎる。

確かに彼は舞園さんを殺し、私達を裏切った。

でも、こんな結末を望んでなどいない。

舞園さんのように桑田君もきっと、帰りたかっただけだ。

青い空と観客が一体となった野球場に。

 

桑田君が帰りたかったのは、こんな…こんな場所じゃないのに…!

 

ピッチャーマウンドに縛られ、大好きな野球ボールで打たれる桑田君を

前に、私はただそう思うことしかできなかった。

 

それから、発射された球が100を超えた頃だろうか。

 

 

「うァ…」

 

桑田君の反応が明らかに鈍くなっていた。

目も空ろになっている。

 

 

 

(ああ、神様、どうか…どうか早く――――)

 

 

 

彼を気絶させて下さい…。

 

 

 

そう強く願った。

これ以上の苦痛に一体何の意味があるのだろうか?

ただ苦痛のみが続くならば。

死が免れぬのならば。

気絶することがせめてもの救済となるはずだ。

 

 

だが…

 

 

「がはッーーーッ!!?」

 

 

額に球がクリーンヒットした直後、彼は叫んだ。

 

 

 

「お、思い出したぞーーーーッ!!」

 

 

 

ああ、なんて…なんて運が悪いのだ…!

桑田君は、再び意識を戻してしまった。

その目には、再び光が戻っていた。

 

彼は、桑田君は私達を見る。そして、叫んだ。

 

 

 

「みんな騙されるな―ーー!!グアァ!!こ…これはガハッ!!”戦刃”の罠だーーーッ!!」

 

 

 

桑田君は、何かを伝えようとしていた。

その発言の最中、顔に何発も球が直撃しようと、血を吐きながら、言葉を続ける。

 

 

「グハッ!!や、奴はグエッ!!ぜ…”絶望”の…」

 

 

(戦刃…?絶望って…?)

 

 

わからなかった。

一体、桑田君は何を伝えようとしているのだろう。

 

 

 

「みんな思い出せーーーーーッ!!外は…外には――――――――」

 

 

 

精一杯の大声を上げて桑田君が叫んだ瞬間だった。

 

 

 

「プギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

モノクマの笑い声と共に、バッティングマシーンが轟音を上げる。

何十、何百という球が、四方から桑田君に向かって発射された。

 

 

“ドッドッドッドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ドドドドドドドドド――――――“

 

 

その爆音の中、桑田君の最後の言葉はかき消された。

 

 

全ての球を出し尽くしたバッティングマシーンは動きを止める。

処刑場を静寂が支配する。

その中央のピッチャーマウンドには、物言わぬ桑田君の亡骸があった。

桑田君であった”それ”には、もはや目も鼻もなかった。

”それ”はもはやただの肉塊だった。

 

 

 

「エクストリーーーーーーーーーーーーーーム!!

アドレナリンがぁ~~~~染み渡るーーーーーーーーーッ!!

見てるか!”希望”を信じる馬鹿ども!

今からが本当の始まりだ。

”希望”が”絶望”に塗りつぶされるコロシアイ学園生活の真の幕開けだぁーーーッ!!

プププ、プギィヒヒヒ、プギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ~~~!!」

 

 

モノクマは笑い、嗤う。

 

私はどこか違う世界の出来事のように聞いていた。

目の前のことが信じられなかった。

現実感がまるでなかった。

 

だって、だって…桑田君は、ほんの1時間前に廊下で話して…

 

 

 

「ドアを開けるタイミングが絶妙過ぎてマジでビビッたわ。

いやいや、久しぶりだね、黒木さん!元気してる?」

 

 

 

陽気な声で笑って、でも、真剣な顔で…

 

 

 

「まあ、でも…これ以上、自分を誤魔化すことはできそうにねーわ」

 

 

 

前の高校に戻るって…今度こそ、本当の“チーム”になって甲子園目指すって…

 

 

だって、桑田君は…

 

 

 

 

 

俺は本当に―――

 

 

野球のことが好きなんだって――――

 

 

 

 

 

 

 

「…。」

 

 

 

「う、うップ…ウッウゲェエエエエエエエエエエエエ~~~~~ッ!!」

 

 

 

あの時の桑田君の屈託のない笑顔を思い出して。

その笑顔が遺体となった彼の潰れた顔と重なった瞬間。

 

 

私はついに全てを吐き出した――――

 

 

ピシャァアアアア、と吐瀉物が床に流れ落ちる。

 

 

 

「う、うげぇぇぇぇ、オウェエエエエ」

 

 

もはや、耐えることができなかった。

今朝の朝食の全てが胃から吐き出された。

落ちゆくゲロを見てさらに気持ち悪くなる。

 

 

 

ビチャビィチャビチャ~~~~~

 

 

「ウェエエ…ホゲェェェェエエエエエエ~~~~~~ッ」

 

 

食事中の方がいたら、本当にごめんなさい。

でも…でも、もう本当に無理だったんです。

 

 

「うぉぉぉおおおおおおおお!?きたねぇええええええええええええーーーーーーッ!!」

 

 

私のこの姿を見たモノクマが絶叫を上げる。

 

ああ、もうゲロインです。完全にゲロインです。

クラスメイトのみんなも私を見て蔑んでいることだろう。

超高校級の”喪女”どころか、これでは超高校級の”汚物”と呼ばれてしまう。

 

 

「ハァハァ、え…」

 

 

だが、私の想像は全て杞憂に終わった。

 

 

 

誰も…誰も、私など見てはいなかった。

 

 

 

クラスメイトのみんなは、躯となった桑田君と

この”絶望的”な現実を前に、ただ立ち尽くしているだけだった。

 

 

 




おひさしぶりです。
やっぱり、1万字近くなってしまいましたね。
次回で第1章最終話になります。
祝ってくれると嬉しいですw

桑田・・・記憶を取り戻すが、黒幕の正体を勘違い。

もこっち・・・ゲロイン 原作準拠です。

桑田の最後の台詞は、第一章の後の「イマワノキワ 舞園さやか・桑田レオン」で
書く予定です。

最後はみんなの安否を気遣い、
超高校級の”野球選手”桑田怜恩 ここに退場。

誤字脱字は見つけ次第修正します。変な文章は書き直します。
では、また次話にて

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