私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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第1回学級裁判 前編

エレベーターが開くとそこには雪国だった…などと文学的な感動などあるはずがなかった。

地下にあったのは、裁判所だった。

いや、裁判所モドキと呼ぶべきだろうか。

そこには、私達が座るであろう席が円形に並べられていた。

 

「ウププ、オマエラ、よくきたね。さあ、自分の席にお座り下さい。

ハリー・アップ!ハリー・アップ!」

 

そして、本来なら裁判長が座る席には、この希望ヶ峰学園の学園長を自称する

殺人鬼・モノクマが不気味な笑顔で私達を見下ろしている。

モノクマは嬉しそうに笑う。

それもそのはずだった。

モノクマが熱望していた学級裁判がついに開かれるのだから。

席の前には各自のネームプレートが置かれていた。

私達は恐る恐る自分の席に座る。

 

そして、気づいたのであった。

 

 

「この悪趣味な演出は何のつもりなの…?」

 

 

霧切さんが射抜くような視線をモノクマに向ける。

 

舞園さんと盾子ちゃん。

 

殺された2人の席の後ろには、彼女達の特大パネルが設置されていた。

だが、その顔の部分には、

その生存を完全に否定するかのように巨大な×がつけられていた。

そのパネルを見ていると、

二人との思い出が全て私の妄想か夢物語だったかのように思えてくる。

いや、違う。

夢などではなかった。

超高校級の“アイドル”である舞園さんと私はあの夜、コロシアイ学園の不安とここを出た後の希望を語りあった。

私にずっとちょっかいを出し続けていた超高校級の“ギャル”である盾子ちゃんは、

不安に震える私を“守ってあげる”と優しく抱きしめてくれた。

彼女達は確かにここにいたのだ。

 

 

「ウププ、死んだからって仲間外れはかわいそうじゃないか。

みんなも二人に会えたみたいで嬉しいよねぇ…?

もこっちもそう思うでしょ?

二人とは仲がよかったみたいだし、プププ」

 

「くっ…!」

 

 

モノクマは私の方を見てさもおかしそうに笑った。

その嘲りから、奴に彼女達の死を悼む心が欠片もないことがムカつくほど伝わってくる。

そうだとも。

私は彼女達と仲が良かったのだ。

舞園さんとは、もう少しで友達になれたかもしれない。

盾子ちゃんは私の親友だったのだ。

そうだとも!

わたしは彼女達の仇をとるために、ここにやってきたのだ。

 

モノクマの挑発で改めて私は目的を思い出して、決意を新たにした。

 

 

「何よ、その目は…?」

 

「えっ?」

 

 

そんな中、たまたま隣の席に座るクラスメイトと目が合う。

その目は誰よりも猜疑心に満ち溢れていた。

 

 

「アンタのドブ川みたいに濁った目を見てわかるのよ、黒木!

アンタ、私の隣の席が嫌なんでしょ!!」

 

 

超高校級の“文学少女”である腐川冬子は私を見るなり発狂した。

 

 

「あ~私はやっぱりダメなのよ~~~~!!

こんな喪女までバカにされるなんで、私はもうオシマイよ~~~~ッ!!」

 

 

腐川は髪をかくむしりながら叫ぶ。

相変わらず私に対して、ものすごく失礼な台詞を。

そういえば、前に話した時もこんな感じだったな。

いくら学級裁判でナーバスになってるからって、被害妄想強すぎだろ。

完全に頭おかしいだろ!?

 

私は即座に腐川を無視して逆方向を向く。

ハイ、私だって嫌ですよ。

そりゃ、出来ることならば別な席が良かったよ。

カワイイ不二咲さんの隣か、人のよさそうな朝日奈さんの横がいい。

だが、今は腐川なんか相手にしている場合ではなかった。

私の視線の先…つまり腐川とは反対側の席には誰も座っていなかった。

机の上にはネームプレートもない。

ただの空席がぽつりとそこにあったのだ。

 

 

(何だろう、この席は…?)

 

 

誰もいないその席は空間においてはひどく不気味に感じる。

私達は全員で16人のはずだ。

 

ならばこの席は…

 

 

「そこの席は、一体誰の席なんですか?」

 

(お…?)

 

ちょうど同じことを考えていた人がいたようだ。

超高校級の“ギャンブラー”のセレスさんが首を傾げながら

モノクマに問いかける。

彼女も同じことを考えていたのか…。

セレスさんとは、話したことはほとんどないからわからなかったけど、

もしかしたら、気が合うかも…

 

 

「そこの空席。えーと、黒…黒ナントカさんの…。

えーと黒、そうですわ!黒林さんの隣の席ですわ」

 

(うぅ…)

 

 

合うはすがない。

それ以前に彼女は私の名前を覚えていなかった。

なんて奴だ。

この状況においてもまだ、クラスメイトの名前を覚えないなんて!

信じられない。常識がないのだろうか。

それに黒木ではなく、黒林と勘違いしてしまっている。

漢字だけ見ると木から林にパワーアップしたみたいで余計悲しい。

 

 

「ああ、その席ね。

えーと、黒森さんの隣の空席について聞きたいとな。

アレ、黒山さんだったかな?」

 

(こ、このクマ畜生が~~~~~)

 

 

明らかに意図的に間違え、モノクマはニヤニヤ笑う。

 

 

「そんな目で睨まないでよ~~もこっち。

いやだなぁ全部冗談に決まってるじゃないか。

そう、君の本名は黒本智…アレ?黒…黒もこ?アレ、アレ???」

 

 

…??何だか雲行きが怪しくなってきた。

モノクマは額に汗を浮かべ、本気で焦っている。

黒もこ…?マスコットか何かかな?

 

 

「オマエが影が薄いから本気で忘れちゃったじゃねーか!

誰なんだよ、オマエは!?

一体何者なんだよぉオオオオオオオオ!?」

 

「黒木だよ!黒木智子さんだよ!!なんで逆ギレしてんだよ、お前は!?」

 

 

私の名前を忘れて逆キレするモノクマに釣られて私も大声でツッコミを入れた。

苗字が黒木で何が悪い!

裸で何が悪い!

おっと、これは某男性アイドルが警官に囲まれた時の台詞だったか。

しかしやめてよね。

私の苗字本当に黒木でよかったんだよね?

なんか、急に自分の存在が不安になってきたじゃないか。

 

 

「よかったね、セレスさん!もこっちの苗字は黒木だってさ」

 

「その方の苗字に関しては何の興味もありませんわ…。

それよりも早く空席の理由を教えてくれませんか?」

 

 

質問の内容を完全に間違えて答えるモノクマにセレスさんはイライラしながら

質問を繰り返した。

うん…きっと悪意はないんだろうけどねぇ。

この件に関して私は何か悪いことをしたのだろうか?

全国の黒木さん、なんか、あの…すいません。

 

 

「ああ、空席についてだったね。偶然だよ。

ここを作った時にとりあえず17席用意しただけ。

どう、本当につまらない理由でしょ?プププププ」

 

 

言葉とは裏腹にモノクマは可笑しそうに口元を押さえる。

 

 

「…まあ、もしかしたら使うことになるかもしれないけどね」

 

(ん…?)

 

 

最後に何か含みを持たせるようなことを言った後、

モノクマは笑いを止めた。

それを霧切さんが、無言で見つめていた。

 

 

「さあ、ボクともこっちの小粋なコントで緊張も解けただろうし、そろそろいいよね。

じゃあ、ルールをおさらいしようか。

学級裁判の結果はオマエラの投票により決定されます。

正しいクロを指摘できれば、クロだけがおしおき。

だけど、もし間違った人物をクロとした場合は、クロ以外の全員がおしおき。

みんなを欺いたクロだけが晴れて脱出…“卒業”となりまーす!」

 

 

モノクマとそして場の雰囲気が変わった。

奴とコントしたつもりはないが、いよいよ始まるのだ。

 

 

「ほ、本当にこの中に犯人がいるの…?本当に僕達の中に舞園さんを殺した人が」

 

 

瞳を涙で一杯にして不二咲さんが声を上げた。

クラスメイトを信じたい…そんな気持ちが込められていることがよくわかる。

 

「当然でーす!」

 

 

その願いをモノクマは、軽いノリで踏みにじった。

 

 

「うむむ、よし、みんなで目を閉じよう!そして、犯人は挙手したまえ!」

 

「馬鹿か、テメーは!?挙げる訳ねーだろ!!」

 

 

目を閉じ、ひとり挙手する石丸君に対して、大和田君が即座にツッコミをいれる。

風紀委員よりも暴走族の方がまともというのもアレだが、

今回は大和田君が完全に正しかった。

犯人が名乗り出ないからこそ、今、私達はこの場にいるのだ。

犯人は…クロは、自分が助かるために、私達を見捨てた。

だからこそ、名乗りを上げず、学級裁判に参加しようとしているのだ。

 

 

「ウププ、ボクに感謝してよね!

オマエラの安い命を賭けるだけでこんな素敵なゲームに参加できるんだからさ!

クロとシロ。

どちらが希望を掴むのか、どちらが絶望するのか、決めるのは、オマエラ自身です!

ではいってみますか―――」

 

最後まで私達を嘲ったモノクマは、小槌(ガベル)を高くかかげ、そして振り下ろした。

 

 

 

 

 

――――学級裁判“開廷”!!

 

 

 

 

ついに学級裁判が開始された。

だが、動く者はいなかった。

どうしていいかわからずに誰かが動くのを待っている…そんな感じだった。

 

 

「どうしたのオマイラ?はやく議論してちょーだいな!」

 

 

重苦しい雰囲気の中、

場違いなモノクマのハイテンションな声が響き渡る。

 

 

「議論と言われましても…」

 

「どう話していいかわからないよぉ…」

 

 

山田君と不二咲さんが戸惑う。

私も同じ気持ちだ。今どうしていいかわからない。

いや、本当はわかっている。

 

○ みんなをまとめて議論を開始する。

○ リーダーシップを発揮する。

 

まあ、それができるなら苦労してないんですがねぇ…。

それができるなら友達100人できてるつーの!

それができねーからこんな性格…いやいや、自己否定してる場合じゃないぞ、私!

議論が始まらなければ、私の華麗な推理が披露できないではないか!?

 

私が内心でそんなことを考えていた時だった―――

 

 

「…もう、投票でいいんじゃねーの?」

 

 

沈黙を切り裂くように、突如発言した桑田君は、頭を掻きながら言葉を続けた。

 

 

「だってさぁ~犯人は苗木の奴しかいねーじゃん」

 

 

全員に電流が奔った。

 

“言っちゃった”

 

語らずとも全員の顔が雄弁に語っていた。

桑田君は、いきなり議論の核心を言及してしまったのだ。

 

 

「桑田君!僕は舞園さんを殺してなんかいないよ!」

 

「うるせーぞ、苗木!見苦しいんだよ!」

 

 

反論しようとする苗木の言葉を桑田君の怒号が遮った。

 

 

「状況からして、お前以外に犯人はいねーんだよ!そうだよな、みんな!」

 

 

チラリと私の方を見た後に、桑田君はそう言って、皆に賛同を求めた。

 

 

「彼女が殺されたのは、苗木君の個室…ですわよね」

 

 

最初に賛同したのはセレスさんだった。

 

 

「まあ、やっぱりそれが決定的というか…決まり、ですかねぇ」

 

「じゃ、じゃあ、やっぱり…」

 

「苗木が犯人なの!?」

 

「ウヌ…」

 

 

それをきっかけに次々とみんなが同調していく。

 

 

「オイコラ、苗木!やっぱり、テメーが犯人だったのか、コラァ!?」

 

「苗木君!君はなんてことを…」

 

「そ~よ!犯人はアンタしかいないのよ~~ッ!」

 

「苗木っち、男なら潔く罪を認めるべ」

 

「フン…」

 

 

まるでダムが決壊したかのように、情勢は一気に決まった。

犯人は苗木である、それがもはや議論の余地もないほどに。

 

 

(こ、これは、マズイぞ…!)

 

 

状況を目の前にして、私は内心焦っていた。

確かに私も苗木が犯人だと思う。

だけど、このまま投票になってしまえば、私の推理が…私の活躍の場が消えてしまう。

このままでは、私が超高校級の“探偵”としてデビューする計画が破綻してしまう。

 

 

「じゃあ、投票にしようぜ」

 

「ちょと待ってよ!本当に僕は―――」

 

 

事態は一刻の猶予もなかった。

桑田君は投票を提案し、みんなもそれに従おうとしている。

 

 

「ちょ、ちょっと待――――」

 

 

意を決して、私が声を上げた瞬間だった。

 

 

 

 

――――議論の前に、1つ質問していいかしら?

 

 

 

 

それはこの状況を考えれば、あまりにも空気の読めない発言だった。

皆は一斉にその声の主を見る。

私もその方向を向いて直後、納得した。

 

そこには空気の読めない人がいた。

その透き通った瞳は、相変わらず何を考えているかわからない。

そこには、彼女が…霧切響子がいた。

 

 

「モノクマ、議論を始める前に、あなたに確認したいことがあるの」

 

「はにゃ?議論するの?もう投票タイムかと思ってたよ」

 

 

高い席から彼女を見下ろし、モノクマはクスクスと笑う。

 

 

「愚問ね。この裁判は自分の命だけじゃなく、みんなの命もかかっているのよ。

たとえどんな結果になろうとも、議論だけは最後までやり遂げるわ」

 

「うッ…ぐ」

 

 

その言葉と瞳には揺るがぬ意志が存在した。

霧切さんの言葉に桑田君は小さな呻き声を上げた。

 

 

「ふ~ん、で、何が知りたいのさ?」

 

「私達に与えられる時間。この学級裁判の正確な終了時間についてよ」

 

「…どうしてそんなことを気にするのかなぁ?」

 

 

霧切さんの質問にモノクマは興味深そうに席から身を乗り出した。

 

 

「…あなたのことが信用できないからよ」

 

 

低い声で、だがはっきりと、霧切さんは言い放った。

 

 

「私達の議論が真実に近づいた時に

あなたが邪魔するかもしれない…私はそれを恐れているのよ」

 

 

確かにモノクマの奴ならやりかねない。

奴は好きな時に裁判を終了させることができる立場にいるのだ。

そこに気づくとは、霧切さん…なかなかやりおるわ。

 

 

「なるほどねぇ~そのために、予め議論の終了時間を知りたいのかぁ~プギィヒヒ」

 

 

モノクマは、ウンウンと頷きながら、厭らしい笑みを浮かべる。

 

 

「聡いね~さすがは霧切さん。他のチンパンジーとは考えることが違う!

やっぱり、腐っても鯛ということかな。

人間ってさぁいろいろ忘れてしまっても本質は変わらないのかなぁ。ねえ、霧切さん?」

 

「…何が言いたいの?」

 

「いやいや、こっちの話。気にしないで!グヒ、グヒュフフフ」

 

「なら、早く質問に答えてくれないかしら」

 

 

なにやら含みを持った言い方をするモノクマに、霧切さんはイラついているようだ。

その声に少しだけ怒気が混じっていた。

 

 

「ぶっちゃけ、そういう細かいことは考えていなかったんだよねぇ~~。

うん、わかりました。

議論を途中で中断するようなことはしません。山の神様に誓います!」

 

 

宣誓のポーズをとり、モノクマはそう宣言した。

山の神様…シシ神様か何かかな?

 

「でも…1つだけ注意しておくよ。

ボクってさぁ~“退屈”がだいっ嫌いなんだよね。

だから、グダグダしたり、議論が止ってしまうようなことがあったら、

その時は容赦なく終了して、投票タイムにしちゃうからね!

そこんとこ、よろしくね!」

 

「…つまり、与えられた時間はそれほどない…ということね。

わかったわ。ならば、はやく議論を始めましょう」

 

 

霧切さんは、振り返り私達全員をその透き通った瞳で見つめる。

 

そして―――

 

「苗木君の無実を証明した後に、真実を解き明かすための本当の議論をね!」

 

 

 

―――――――――――!?

 

 

そう言い放ったのだ。

全員に衝撃が奔る。誰もが驚いていた。

当たり前だ。

彼女の発言は、これまでの流れの全てをひっくり返すのだから。

 

 

「まず、現場である苗木君の個室についてだけど…」

 

「ちょ、ちょっと待てよ、霧切さん!何を今さら――――」

 

 

ざわつきの中、我関せずといった感じで自論を述べ始める霧切さんを

桑田君が制止しようと声を上げる。

 

 

「部屋の中は、乱闘のためにかなり荒れていたわよね」

 

「――って無視かよ、オイ!?」

 

 

だが止らない。

霧切さんは、桑田君を無視して話し始める。

相変わらず空気の読めない…いや、読まない女である。

 

 

(…でも、これは私にとってはいい流れかもしれない)

 

 

そうとも。

議論が始まるならば、それは私達にとって都合のいい展開である。

議論が始まれば、あとはタイミングを見て、私の推理を展開すればいいのだ。

 

 

「なのに床だけはきれいにそうじされていたことに気づいた人はいたかしら?

そう、それこそ“髪の毛”1本もないほどに」

 

「え、そうなの!?」

 

「それには気づかなかったでござる…!」

 

 

床の件について不二咲さんと山田君が驚きの声を上げた。

その反応からどうやら、彼らは気づくことができなかったようだ。

まあ、彼ら程度の推理力なら仕方がないだろう。

あの床は“ある道具”を使用したのだよ。

 

それは…

 

 

「テープクリーナーよ。犯人はそれを使って自分の髪を処分したの。

証拠を隠滅するためにね」

 

 

予想通り、霧切さんは証拠品の1つである“テープクリーナー”について言及した。

どうやら、これが彼女の“苗木無罪説”の論拠のようだ。

 

 

(…がっかりだよ、霧切さん)

 

 

 

私は小さくため息をついた。

本当にがっかりした。

食堂においてこの私に上から目線で説教した人の推理力がまさかこの程度とは。

 

恐らく彼女はこう言いたいのだ。

 

“苗木の部屋に苗木の髪の毛が落ちているのは当たり前である。

よって、テープクリーナーを使用する意味はない。

だから、テープクリーナーを使用したのは、苗木以外の人物である“と。

 

 

(…笑止。ああ!なんという貧弱な推理だろう!)

 

 

そんなもの苗木の偽装工作に決まっているではないか!

狙いは恐らく下記の2つだろう。

 

 

① クロが他のクラスメイトであると思い込ませるため

② 部屋の入れ替えを隠蔽するために自分の髪の毛が邪魔だった。

 

 

苗木は部屋の入れ替えを隠すつもりだったから、たぶん②が正解かな?

でも、この程度で無実の証明などにはなりはしない。

所詮、霧切さんは、迫力があるだけのただの廚二病女だったということだ。

彼女の説教に耳を傾けた自分が今は恥ずかしい。

 

…仕方がない。これも何かの縁だ。

私自ら、彼女に引導を渡してやろうではないか!

 

私は瞼を閉じる。

するとそこは極寒のロシア、首都モスクワだった。

屋根の上に潜み、静かに銃を構えるスナイパーの私がいる。

そのスコープの捉えた先には、コサック帽を被り、街頭に立つ霧切さんがいた。

彼女の美しい銀髪は、その景色と混ざり輝くように美しかった。

 

 

(へへへ、今からその白い綺麗な肌を傷物にしてやるよ)

 

 

舌なめずりをしながら私は、引き金に指をかける。

台詞だけ見れば、完全に変質者のそれであるが、内容は間違っていないはずだ。

そうとも!

私は今から彼女に言弾をぶち込んで…うん、別に下ネタを狙ってるわけじゃないからね!

ヤダなあ、ハハハ、なんですかその“ヨゴレキャラ”を見るような目は?

くそ…これも全部、霧切さんが悪いのだ。

見てろよ、今から大恥をかかせてあげるんだから。

 

さよなら、霧切さん。そして、はじめまして超高校級の“探偵”の私。

 

 

(喰らえーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!)

 

 

 

 

―――――もちろん、この程度では、苗木君の無実を証明できるとは思わないわ。

 

 

 

私が引き金を引く直前、スコープの中の彼女は、こちらを見つめながらそう言った。

 

 

(ヒッ!?)

 

 

スコープ越しながら、彼女と目が合い、私は悲鳴を上げ、現実に帰還した。

 

 

「これは苗木君が部屋の入れ替えを隠そうとしたためかもしれない。

他の生徒の犯行にするための偽装工作かもしれない。

この程度の証拠で彼の無実を証明することはできないわ」

 

「霧切さん、そんな…」

 

彼女は私を一瞥した後、自分で苗木の無実の論拠を潰した。

それを聞き、苗木が情けない声を出した。

 

 

「うむむ、僕もその点について指摘しようと考えていたが…まさか自分で否定するとは。

霧切君、君は一体、何がしたいのだ…!?」

 

 

石丸君が額に汗をながし、暑苦しい視線を彼女に向ける。

 

 

「単純な話よ。今後の推理の展開のために、先にこの事実を述べただけよ」

 

 

それに対し、霧切さんはそっけなく答えた。

私も石丸君と同じ気持ちだ。

彼女は何を考えているのかが、まるで読めなくなってしまった。

 

 

「事件を振り返りましょう。

犯人と乱闘になった彼女は、模擬刀の打撃によって、右手首を骨折。

その後、犯人に包丁で刺殺された…でいいわね?」

 

 

「おう!あの女は、ナイフで…じゃねーや、包丁で腹をブッ刺されたんだ!」

 

 

事件を振り返る彼女の問いかけに大和田君が大きな声で同意する。

刃物といえば、“ナイフ”を連想するのが、実に暴走族らしかった。

 

 

「ここで確認したいのだけれでも…彼女、すんなり殺されたのかしら?

舞園さんは、何の抵抗もしなかったのかしら?」

 

 

声の抑揚を変え、霧切さんは私達、全員に語りかける。

まるで、謎解きをさせるかのように。

 

 

「いや、違うぞ!舞園君は、シャワー室に逃げこんで、立てこもったのだ。

犯人から身を守るために、シャワー室の鍵をロックして」

 

 

模範生のように、手を上げながら、石丸君が発言した。

その内容は、正しい。

舞園さんは、シャワー室に立てこもったのは間違いない。

 

 

「…へーそうなの」

 

 

だが、霧切さんは、その回答に○をつけることはなかった。

瞼を閉じ、腕を前に組みながら、そう呟くだけだった。

その挙動に、彼女の雰囲気に全員が釘づけになる。

この場がまるで彼女の舞台であるかのように。

まるで主役を演じる彼女の次の台詞を待つかのように。

 

そして彼女は言い放つ。

この学級裁判の流れを変える一言を。

 

 

 

――――“男子”である苗木君の個室のシャワー室の鍵をロックしたのね?

 

 

 

「???一体それの何がおかしいというのだね?」

 

 

石丸君は憮然とした表情をする。

それもそのはずだ。わたしも彼女が何を言いたいのかさっぱりわからない。

表情には出さないが、明らかにドヤ顔で語っているが、

彼女は当たり前のことを言っているだけではないか。

 

 

「あっ…!」

 

 

小さな悲鳴が聞こえた。

その声の方向を見ると、そこには、口を押さえたセレスさんがいた。

彼女の瞳は大きく見開いていた。

どうやら、彼女は怒ったり、集中したり、驚いたりするとああいう顔になるみたいだ。

じゃあ、一体何に驚いているのだろうか?

 

 

「私とあろう者が迂闊でしたわ。霧切さん…あなたの言いたいことがわかりましたわ」

 

 

彼女は悔しそうに唇を噛む。

 

 

「セレス君!一体、何がどうしたというのだね!?」

 

 

私と同じように状況についていけない石丸君が暑苦しい声をあげる。

 

 

「あなたも風紀委員なら、私達の個室に置いてあったモノクマさんの手紙の内容くらい

覚えていますわよね?」

 

 

彼の声が耳障りだったのか、耳を押さえながらセレスさんは答える。

手紙…?

 

 

「ああ、もちろん覚えているとも!正確には“モノクマ学園長からのお知らせ”だ。

確か内容はこうだったはずだ。

“部屋の鍵にはピッキング防止加工が施されています。

鍵の複製は困難な為、紛失しないようにしてください。

部屋には、シャワールームが完備されていますが、

夜時間は水がでないので注意してください。

また、女子の部屋のみ、シャワールームが施錠できるようになっています。

最後に、ささやかなプレゼントが…」

 

得意げに暗記した“お知らせ”の内容を朗読していた石丸君が、何かに気づいた。

 

 

「な、なんということだ…し、しかし」

 

「やっと気づいたようですわね」

 

 

大粒の汗をかく石丸君を見つめながらセレスさんは苦々しくため息をついた。

 

 

「そうですわ。“男子”である苗木君の個室に鍵をかけられるわけないのですわ」

 

 

 

――――――!?

 

 

 

その事実は一瞬、全員が沈黙した。

それは、“苗木犯人説”を根底から覆すもの。

 

 

(ん、んん…?)

 

 

たらりと背中に大粒の汗が流れるのを感じる。

鼓動が高まっていくのを感じる。

私の推理の根底がガタリと抜けたような感覚がする。

例えるなら、そう。

屋根の上で狙撃しようとしていたところ、屋根の一部が崩れて、

敵の集団のど真ん中に落下したような…そんな致命的なミス。

 

 

「アアン!?よくわからねーぞ、コラァアア!鍵がロックされたから

ドアノブぶっ壊したんだろーが!?」

 

「そ、そうなのだ。そこが僕もわからないのだ…」

 

 

状況がわからず激昂する大和田君の問いに、石丸君が同意する。

そうなのだ。

鍵がロックされていたからこそ、ドアノブを外す必要があったはずだ。

 

 

「あ、あれじゃねーの。舞園が手で押さえてた…とか」

 

「…右手首を骨折していたのに?」

 

「ウ…」

 

 

桑田君の自信のなさそうに答えるも、それを霧切さんが一刀両断した。

確かに、某格闘漫画の医者ならともかく、片手でドアを押さえることは無理だ。

そんなことできるのは、大神さんくらいだろう。

片手でドアを押さえる舞園さんと焦るクロの映像が映る。

舞園さん…強い(確信)だが、もちろんこれは×だ。

 

 

「じゃ、じゃあ、苗木君の部屋のシャワールームはどうして開かなかったのぉ…?」

 

「そうだよ!アレは確かに…いや、ドアがロックされてたんだろ!?」

 

 

疑問は再び同じ場所に戻ってきた。

不二咲さんが、困惑し、桑田君も狼狽しながらそれに同調する。

私も同じだ。一体何がどうなっているのだ…!?

 

 

「…建付けが悪かったんだ」

 

「ハア…!?」

 

「僕のシャワールームだけドアの建付けが悪かったんだ」

 

 

苗木の言葉に全員が耳を疑った。

それは、言った苗木本人の声にも、どこか自信のなさが漂っていた。

 

 

「ふ、ふざけんじゃねーぞ!そ、そんな理由があるかよ!?

嘘ついてんじゃねーよ!それを証明できるのかよ、お前は!?」

 

 

桑田君が机を叩いて激昂する。

当然だろう。私だって同じだ。なんだその理由は!?

 

 

「証人ならいるよ」

 

 

苗木は忌々しそうにその方向を睨む。

 

 

「お前が証明してくれるだろ、モノクマ!」

 

「はい、そのとーりでございます!!

でも、“超高校級の幸運”であるはずの苗木君の部屋だけ、建付けが悪いなんて…

何が“幸運”だよ!!超高校級の“不運”じゃねーか!オラオラオラオラァアア――ッ!!」

 

 

逆ギレしたモノクマはどこからか取り出した鮭に向かって空手チョップを連打する。

 

 

「シャワールームのドアが開かなかったのは、建付けのせいだった。

でも犯人はそれをドアに鍵がかかっていると勘違いしたのよ。

犯人は現場についての重要なことを知らなかったから」

 

 

モノクマのリアクションを無視し、霧切さんは推理を続ける。

もう…私にも彼女が何を言おうとしているのかわかってしまった。

 

 

「犯人は苗木君と舞園さんが部屋を交換していることを知らなかったのよ。

そのせいで犯人は勘違いしてしまったのよ。

舞園さんがいた部屋を、彼女の部屋だとね…ね」

 

「だから、シャワールームには鍵があると思い込み、鍵を壊しにかかったのだな…」

 

「それが無意味な行動とも知らずに、か…」

 

 

霧切さんの推理に石丸君が額の汗を拭きながら頷いた。

大神さんは、静かに目閉じながら同意する。

 

 

○ 犯人は苗木の個室を舞園さんの部屋と思い込む

○ シャワー室が開かない→女子の部屋だから鍵がロックされていると思った。

○ だからドアノブを破壊した。

 

 

「最終的には力ずくであけたのかはわからないけど、犯人は相当混乱したはずよ。

結局、ドアが開いた理由もわからず終いでしょうし…」

 

「ドアが開かない理由を知っていた僕なら、そんな事するはずがないよね…?」

 

 

苗木の言葉にその事実に反論できる者はいなかった。

裁判の流れが大きく変わったことを誰もが肌で実感していた。

 

「じゃあ、犯人って、部屋の交換を知らなかった人なの…?」

 

「そうよ。だからこそ、テープクリーナーを使って証拠となる髪の毛の隠滅を図ったのよ。

部屋の持ち主ではないから。

“ドアノブの破壊”と“テープクリーナー”

この行動こそ、犯人が部屋の持ち主ではない証拠なのよ!」

 

 

「じゃ、じゃあ、苗木は当てはまらないじゃない。犯人じゃないじゃない!!」

 

 

不二咲さんの質問に、霧切さんは、推理の結論を述べた。

 

 

―――犯人は部屋の持ち主以外の人物=苗木以外の人物。

 

 

その真実に腐川が頭をかかえながら絶叫した。

 

 

「プププププ、プギィヒヒヒッヒヒャヒャヒャヒャヒャ~~~~」

 

 

不気味な笑い声が裁判所に響き渡る。

こんな笑いをする奴は一人しかいない。

全員がその方向を見る。

そこには、モノクマが私達を見下ろして盛大に笑っていた。

 

 

「そうで~す。その通りです!プププ、めんどくさいから言っちゃうけど、

苗木君は犯人じゃありませ~ん。残念でした、オマイラ」

 

 

犯人を知っているであろうモノクマのその宣言により、

苗木が…いや、苗木君が犯人である可能性は完全に0になった。

 

 

ガタガタ、ガタガタガタガタ

 

 

「へ?揺れてる?地震なの…なッ!?」

 

 

不可解な揺れを感じた腐川が直後、絶句した。

その揺れは地震ではない。

その揺れは人間の振動…震えであった。

そして、それを発していたのは…私だ。

私は壮絶に震えていた。

それはまるで“人間ドリル”のように激しく振動していた。

 

「なんなのよ、アンタ!?一体何が狙いなのよ、黒木~~!

ハッ!わかったわ!アンタ、携帯電話のバイブレーションのモノマネをしてるのね!

私が友達がいないからって携帯のマネをすることで馬鹿にしてるのね!!

キィイイ忌々しいわ!このバイブ!バ○ブ女!」

 

 

腐川が何か放送禁止用語を叫んでいるような気がするが、今はそれどころではなかった。

 

 

(え…?ちょ、ちょっと待って、な、何これ…?)

 

 

私は思い出していた。

記憶は舞園さんの遺体の前でドヤ顔で推理を完成させた時に戻る。

そこに、苗木君が…いや苗木さんが入室なされた。

そこで、私は、彼に…いやあの御方に何を言ってしまったのだろうか?

 

 

 ”この…人殺し”~~~~~~~~~~~~~~

 

 

言ってしまった。確かにそう言ってしまったのだ。

え…?ということはなんですか。

私は、舞園さんの仇をとろうと絶望の中で必死にもがく苗木君を

その言葉によってさらなる絶望に叩き落とした…と?

あの時の彼の顔が頭を過ぎる。

絶句した彼の顔は悲しそうで、その瞳には確かに絶望があったのだ。

 

 

「プププ、ねえ、どんな気分?無実の仲間を犯人扱いするのってどんな気分?

特に、もこっちなんかはワザワザ推理まで作ってくれたんだから、是非聞きたいなぁ♪」

 

 

ぎくり―――

 

 

ハチミツをかき回して興奮するモノクマの突然の指名に、心臓が飛び出すかと思った。

 

 

「あ…」

 

 

顔を上げた時、苗木君と目が合った。

その顔は少し悲しそうだった。

 

 

(あわわわ)

 

 

耐え切れず、私は視線を外し、下を向く。

やってしまった。とんでもないことをやらかしてしまった。

私は苗木君に取り返しのつかない心の傷をつけてしまったのだ。

ああ、どうしよう…なんとか謝罪して…でも、まだ裁判中だし。

 

 

「黒木さん、あなたはまだ聞きたいことがあるはずよね?」

 

「へ…?」

 

 

パニック状態の私に意外な方向から指名が飛んできた。

 

 

「私は、あの後も推理を続けたのは知っているわ。あなたなりに頑張っていたこともね。

だから、あなたは自分の推理に誇りを持ちなさい。たとえ間違いだったとしてもね。

さあ、何でも聞きなさい」

 

「え?ええ~~~!?」

 

 

霧切さんの言葉に私はすっとんきょんな声を上げた。

どうやら、彼女はどこかからの情報で、

私があの後も推理を続けていたことを知ったようだ。

その行為に敬意を表して、私に発言の機会を与える、ということだろうか。

いやいや、勘弁してくださいよ。

間違っているのがわかりきっている以上、私の発言は何を言ってもピエロにしかならない。

クラスメイト全員が私を見つめる。

苗木君が悲しそうな顔で私を見る。

霧切さんは、空気が読めないを通り越して、完全に天然である。

どこまで生真面目なんだこの人は。

へへへ、逆に嬉しくなってきちゃったよ。

これでは、リンチどこらか、完全に虐殺だよ~~。

 

「え、えーと、そ、その、こ、“工具セット”はどうだったでしょうか?」

 

 

十数秒後、消え入りそうな声で私は工具セットについて質問した。

 

 

「…もちろん、未使用だったわ。大和田君と大神さんが証人よ」

 

「ああ、確かに未使用だったぜ」

 

「ウム…」

 

 

結末はわかりきっていた。

苗木君が犯人でない以上、工具セットが使われるはずがないのだ。

 

 

「あい…ありがとうございました」

 

 

完全なるマヌケがそこにいた。

呆然自失で真っ白になる私を苗木君が少し悲しそうな目をしながら見ていた。

 

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 

ドレッドヘアーが特徴の葉隠君が額に汗を流す。

 

 

「苗木っちが犯人じゃねーなら、容疑者がいないってことだべな。

リアルな話、この状況、まずくねーか」

 

「犯人はだれだっつーんだ!!出て来い、ぶっ飛ばすぞ!!」

 

「スマンが拙者はお手上げでござる」

 

「このまま犯人が決まらなかったら、どうなるのぉ…?」

 

 

皆が騒ぎ出す。

苗木君の無実は証明された。

しかし、それは犯人が特定されたということではない。

犯人は苗木君以外の誰か、というだけだ。

事件は完全に振り出しに戻ってしまった。

 

 

「真実は、昨日の夜の彼女の行動にあるわ」

 

 

その発言により、再び一同の注目は霧切さんに移る。

この裁判における推理は確実に霧切さんによってリードされていた。

 

 

(霧切さん…この人はいったい?)

 

 

本当に何者なのだろうか?

普通でないことはもはや明白だった。

それになんだろうか?

推理が始まってから彼女から感じるこの“カリスマ性”のようなものは?

彼女が言葉を発する度に、彼女の周りに青いオーラが帯びているような

錯覚に囚われる。

 

 

「朝日奈さん、大神さん。証言してもらっていいかしら」

 

「う、うん」

 

「ウム」

 

 

霧切さんに指名され、朝日奈さんと大神さんに視線が集まる。

 

 

「昨日の夜、私達が紅茶を飲もうとして、

厨房に入った時は、確かに包丁が揃っていたよ。

だけど、食堂で紅茶を飲んで、その紅茶を片づけようと厨房に入った時には…。

だから、包丁はその時になくなったんだと思う」

 

「ちょっと、待ちなさいよ!!その証言、信用できるの!?その水泳バカと大神が

共犯かもしれないでしょ!!」

 

「水泳バカ!?」

 

 

朝日奈さんの証言に突如、腐川が異を唱えた。

どうやら、共犯関係を疑っているようだ。

それに対し、朝日奈さんは“水泳バカ”という罵倒の方に食いついた。

 

 

「おい、モノクマ。そういえば、共犯も脱出できるかについては聞いていなかったが?」

 

「共犯するのはかまいませんが、脱出できるのは、実行犯だけで~す。

めんどくさいから言っちゃうけど、今回は共犯はおりません。

あ、あと、死体発見アナウンスは目撃者が3人以上の時に起こるからね。

親切な僕はキメ顔でそう言った…!」

 

 

十神君の問いに、モノクマはキメ顔?で答えた。

死体発見時のアナウンスもそんな細かいルールがあるのか…知らなかった。

 

 

「では、食堂にいたあなた方のどちらかが包丁を持ち出したのでは…?」

 

 

セレスさんは微笑を浮かべながらも、その目の奥に冷たい光があった。

 

 

「違う、違う!私とさくらちゃんは包丁を持ち出してないよ!」

 

「あの~~さくらちゃんというのは、誰だべ?」

 

「我だ」

 

「失礼しました!」

 

 

葉隠君は即座に深々と頭を下げた。

大神さんの本名って意外にかわいいんだよねぇ。

いやいや、そんなこと気にしてる場合ではない。

 

 

「我と朝日奈が紅茶を飲んで談笑していた時、時間にすれば小1時間ほど。

その間に、厨房を訪れた人物が2名いる」

 

「…1人は舞園さんだよ」

 

「舞園さやかか。で、もう1人は誰だ」

 

「もう1人は…」

 

 

十神君の問いに、朝日奈さんは悲しそうにこちらを見た。

 

―――ドキン

 

鼓動が再び高鳴っていくことを感じる。

 

 

(え?ちょ、ちょっと待って…こ、この流れって―――)

 

 

「智子ちゃん。もう1人は智子ちゃんだよ」

 

「我らは舞園の後に黒木が厨房に入っていくのを見ている」

 

 

「なッ!?」

 

確かに、私は舞園さんに続いて厨房に入ったのだろう。

食堂でも彼女達と挨拶もしている。

でも、こ、この流れってもしかして…。

 

 

「あ―――――ッ!!そういうことか!!」

 

 

その時、突如、大和田君が大きな声を上げた。

そして、

 

 

「犯人はお前だったのか、チビ女――――ッ!!」

 

「え、ええ!?」

 

私を指さしてそう叫んだのであった。

 

 

「そういうことだったのか、やっと納得したぜ!!」

 

 

大和田君は、腕組をして満足そうに頷いた。

一方、私は、口を開け、絶句していた。

た、確かに、私は、包丁を持ち出しに関する容疑者であることに間違いはない。

でも、それで犯人というわけには…。

 

 

「だから、お前は舞園の遺体の前でニヤニヤしてたんだな!!」

 

「それかよ~~~~~~~~ッ!!」

 

 

大和田君の論拠に私は絶叫した。

確かに、私は推理を完成させて妄想にふけりニヤニヤしていた。

それが、運悪く舞園さんの遺体の前で、しかも目撃されてしまった。

だけど、それが、今さら…こんな形で返ってきた!?

 

 

「ち、違うんです!あれは思い出し笑いというか、その楽しいことを妄想してしまい、

つい笑ってしまいました。本当に申し訳ッッありませんでしたァアアアア――――ッ!!」

 

 

ドカッ!と音が響くほど、机に額を叩きつけ、私はありのままの事実を告白した。

 

 

「ハア!?死体の前でか?お前、頭がおかしいんじゃねーのか!?」

 

「頭がおかしいんです!!本当にゴメンなさい~~~~ッ!!」

 

「気持ち悪いんだよッ!!」

 

「気持ち悪いんです!本当にすいません~~~~~ッ!!」

 

 

みんなは“うわぁ~”といった目で私を見ている。

苗木君も悲しそうな顔で私を見ている。

 

ああ、私は一体、何をやっているんだ。

 

 

「そういうことだったのか、やっとわかったぜ」

 

「え…!?」

 

 

その中で、明確な敵意の眼差しで私を睨む者がいた。

 

 

「犯人はお前だったのか、黒木さん。いいや、黒木!!」

 

 

舞園さんのことが好きだった桑田君が、憎しみを込めて私の名を呼んだ。

 

 

「舞園が被害者である以上、包丁を持ち出して舞園を殺せるのは、黒木…お前だけだ。

だから、今回の殺人事件の“クロ”はお前だ!」

 

 

桑田君は、そう言って私を指差した。

朝日奈さんの口から私の名前が出た時に恐れていたことが現実になった。

そうなのだ。

苗木君が犯人でなくなった以上、容疑者は私だけになるのだ。

 

 

「ち、違います!私じゃない!包丁を持ち出したのは、舞園さんです!

た、たぶん、護身用に持ち出したんだと思います」

 

 

「ほーなるほど、で…?」

 

 

舞園さんが護身用に包丁を持ち出したのは間違いない。

その事実を述べても、桑田君は興味すら持たず、私に次の発言を促す。

え、えーと、次に何を言えば…そ、そうだ!

 

 

「わ、私、舞園さんに人生相談の依頼を受けたんだよ!

私の部屋に来て欲しいって舞園さんにお願いされてね。

でも、直前で断られちゃって…あ、アレ?」

 

悲しいことを言ってるのに途中で気づいてしまった。

これでは、私の無実を証明することはできない。

 

 

「ハア?なんだそりゃ?お前が江ノ島と仲がよかったのはみんな知ってるけど、

舞園と仲がいいなんて話は初めて聞いたぞ。おい、そーだろ、みんな!?」

 

皆はそれぞれ探す。

黒木智子と舞園さやかが仲が良かった事実を知る者を。

だが、それを知るものは誰もいなかった。

 

 

「だよな~~誰も知らねえよな。つまりは黒木の嘘ってことだ。

そうだよ、全部嘘なんだよ!舞園が護身用に包丁を持ち出したってことも!

包丁を持ち出したのは、お前だ、黒木。

お前が、舞園を殺すために包丁を持ち出したんだよ!!」

 

「そ、そんなぁ」

 

 

私と舞園さんが仲がよかった事実だけでなく、舞園さんが護身用に包丁を持ち出した

事実さえ否定されてしまった。

それどころではない。彼の中では、私は完全に殺人鬼と化していた。

 

 

 

――――真相はこうだ!!

 

 

目を血走らせた桑田君がクライマックス推理を展開する。

 

 

「お前は、舞園の目を盗み、包丁を盗み出した」

 

 

私が包丁を服の中に隠す映像が映される。

 

 

「そして、お前は舞園に相談したいことがあると持ちかける。

嫌がる舞園に何度も何度もしつこく頼んで、とうとう舞園の部屋

で相談を聞いてもらえる約束をしたんだ」

 

 

ヘコへコとゴマをする私に頬に汗をかき迷惑そうな舞園さんの映像が映る。

 

 

「そして、部屋に入ったお前は隙を見て、舞園に襲い掛かった」

 

 

凶悪な顔に変貌した私が舞園さんに襲い掛かっていく映像が映る。

 

 

「どーだ、これで完璧じゃねーか!?お前以外に舞園を殺せる奴はいねーんだよ!

お前がこの事件の唯一の容疑者なんだよ!!」

 

「あ、あうう…」

 

 

桑田君はまるで勝ち誇ったかのように両手を広げる。

きっと、彼は舞園さんを殺した犯人に復讐を遂げた気になっているのだ。

確かに私は唯一の容疑者だろう。

だが、違うのだ!

 

 

(霧切さん…)

 

 

私は彼女を見る。

彼女は相変わらず透き通った瞳で私を見ている。

その彼女の姿が、涙でぼやけていく。

 

ああ、彼女は…霧切さんは――――

 

 

 

私のことを犯人だと思っていたのだ―――――

 

 

 

「ち、違うんです!!私は犯人なんかじゃないんです~~~ッ!!」

 

 

泣きながら私は無実を叫ぶ。

 

 

「お願い!信じて~~~~ッ!!」

 

 

腐川の手にしがみつきながら、私は潔白を叫ぶ。

 

だが…

 

 

「ヒィ~~~~ッ!!触らないでよ、この人殺し!!」

 

 

腐川は私の手を振り払うと十神君の後ろに逃げていった。

 

 

「無駄だ。もう終わりだよ、“クロ”さんよぉ~~~」

 

 

桑田君が憎悪の眼差しで私を見る。

 

 

「これは…決まりですわね」

 

「意外な人物が犯人なのは、探偵物の鉄則ですからね。犯人は…お前だ!!」

 

「じゃあ、やっぱり智子ちゃんが…」

 

「ウぬ」

 

「そーよ!黒木よ!犯人は黒木なのよ!!」

 

「フン…」

 

「そ、そんな…黒木さんが…こ、怖いよぉ」

 

「チビ女!オメーみたいな悪党は初めて見たぜ!!とんでもねー外道だな、オイコラ!」

 

「まさか黒木君が犯人だったとは…」

 

「智子っち…女なら潔く罪を認めるべ」

 

 

憤怒、恐怖、嘲笑、哀れみ、敵意。

様々な瞳が私を見つめる。

 

誰も…誰も私を信じてくれる人はいなかった。

 

“人殺し”

 

「え…?」

 

 

“人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し”

“人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し”

“人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し” “人殺し”

 

 

それはきっと幻聴だろう。

だが、私にははっきりと聞こえる。

かつて私が言った言葉が。

苗木君に言った言葉が。

因果は巡り巡り、そしてその言葉は私に返ってきたのだ。

 

 

「ち、違う。わ、私は犯人なんかじゃない!舞園さんを殺してなんかいない!」

 

 

それでも…それでも私は叫ぶ。

私は知っている。

 

私が舞園さんを殺していないのは私が知っている。

私が舞園さんを殺していないのは舞園さんが知っている。

 

殺された彼女のためにも、私は叫ぶ。叫び続ける。

 

 

「プププププ、プギィヒヒヒッヒヒャヒャヒャヒャヒャ~~~~」

 

 

私の姿を見てモノクマは笑い、嗤う。

本当におかしそうに。本当に楽しそうに。

 

 

 

「わ、私は――――」

 

 

その時だった。

 

 

グニャ~~~~~~~

 

「―――!?」

 

 

意識を失う前のあの感覚だった。

目の前の景色がグルグルと廻っていく。

 

 

(だ、ダメだ…!ここで意識を失っては)

 

それでは、クロが勝ってしまう。

私だけではなく、クラスメイトみんなが殺されてしまう。

だ、だから、私が…

 

その間にも世界は溶けた飴細工のようにドロドロと溶け、混ざり合う…。

ぐるぐるぐるぐると、ドロドロドロドロドロドロドロと――

 

 

(ま、舞園さん…盾子ちゃん)

 

二人の笑顔を溶けた世界に映り、すぐに消えた。

 

 

(ゴメンね。二人の仇、取れそうにないや…)

 

 

いよいよ意識が消えていくのを感じる。

きっとこれが最後になるであろう映像が溶けた世界に映し出される。

それは、彼の…苗木君の悲しそうな顔だった。

 

(ゴメンね、苗木君。私はバカだから…同じ立場になってやっとわかったよ。

君はどんなに苦しかったのか、悔しかったのか、ようやく…わかったよ)

 

 

舞園さんを殺されただけではなく、犯人扱いされて、彼はどんなに苦しかったのだろうか。

私はその彼にどんな酷いことを言ってしまったのか、ようやくわかった。

本当は直接謝りたかったなぁ…でも、もう意識が…。

だから、ゴメン…今、ここで…言わせて…下さい。

 

 

 

 

――――ゴメンなさい。苗木君、本当に…ゴメンなさい。

 

 

 

 




お久しぶりです。
やっと裁判に突入しましたね。
今回は、前編、中編、後編でまとめたいと考えています。
その結果が、作品史上、最長の1万7000字越えになるとは・・・。
5000字の作品なら3作できてしまうことになります。

うん、投稿が遅い言い訳には苦しいでしょうか。
実は今回、風邪を引きまして、会社を休んだのですが、それで完成できました。
ずっと寝てるばかりでは暇ですしね。


もこっち 虫の息
桑田 必死
霧切さん 原作とは展開を変えた推理


今年の風邪は腹にきます。みなさんも気をつけてください。

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