私が希望ヶ峰学園から出られないのはモノクマが悪い!   作:みかづき

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第1章・イキキル 中編④

 

盾子ちゃんは、やっちゃったぜ☆みたいな表情で、踏みつけているモノクマを見下ろす。

私達も唖然としながら、その光景を見つめている。

 

やってしまった…。

 

あのバカ…本当にやってしまった――――ッ!?

 

アイツは自分が何をしたのか、わかっていない。

頭に血が上って、私達が何故、モノクマに逆らえないのかを忘れている。

 

「ぐ、グギギギ」

 

盾子ちゃんに、

顔面を踏みつけられているモノクマが不気味な機械音を奏でながら呻く。

 

「あ、壊れてなかったのか、よかった…じゃないや、どーだ、思い知ったか!」

 

モノクマが壊れていないことを知った盾子ちゃんは、勝利宣言する。

 

違う…違うのだ。

モノクマは、壊れていた方がよかったのだ。

 

「ギヒヒヒ、ギュヒヒヒ…ププププ、プヒャヒャヒャ」

 

「なッ?」

 

モノクマは突如、不気味な笑い声を放つ。その声に盾子ちゃんは、表情を歪める。

 

 

「やったね、やっちゃったね…学園長ことモノクマへの暴力を禁ずる。校則違反だね」

 

 

モノクマは歪な笑みを浮かべ、その言葉を口にする。

 

 

校則違反…!ま、まずい―――ッ!!

 

 

その言葉に私に戦慄が奔る。

 

「はあ?だから、何だってのよ?ホラ、ホラ、ホラ、ホラ!」

 

「ぐみゅ…!!」

 

盾子ちゃんは、構わずに今度は、モノクマの顔面を踏みにじり始める。

グリグリと執拗に。

 

「ハァハァ、どう、これで満足?」

 

その顔は興奮で紅潮している。

あれは、私に嫌がらせしている時と同じ顔だ…!

ダメだ、アイツ…何とかしないと。

 

私は後ろを振り返る。

クラスメート達は、相変わらず固まって誰一人動かない。

マズイ…この状況に誰も気づかない。誰も動かない。

 

なぜ、モノクマに逆らってはいけないか…それは―――

 

 

 

  モノクマが“爆発”するからだ。

 

 

 

入学初日の出来事が頭を過ぎる。

モノクマを掴み上げた大和田君に対して、

モノクマの奴は不気味な機械音を奏で…爆発した。

 

だから、私達は、奴に逆らえないで、今日まで来てしまった。

そして今…盾子ちゃんは、奴に暴行を加えてしまった。

 

(早く…なんとかしないと…!)

 

盾子ちゃんは、何も気づかずにモノクマを踏みにじっている。

 

(誰か、なんとかして…)

 

再度、後を振り向くも、誰も動こうとはしない。

 

 

うう…。

 

う、ううううう…。

 

じゅ、盾子ちゃん…。

 

 

う、うわぁああああああああああああああああーーーーーーッ!!

 

 

次の瞬間、私は駆け出していた。

 

「え、もこっち―――ッ!?」

 

私が腕を掴むと、振り返った盾子ちゃんが驚きの声を上げた。

 

「ば、爆発する!は、早く逃げよう!」

 

私は、腕を掴んで、元の場所まで走り出そうとする。

 

だが―――

 

「ちょ、ちょっと、待って!それじゃあ計画が―――」

 

盾子ちゃんは、その場に踏みとどまる。

 

何やってんだ!!?このバカ女は!!

計画…!?ああ、学級裁判をブチ壊そうとしていることか。

 

「な、苗木のことはわかるけど、い、今は私と逃げてよ、早く!」

 

「ちょ、苗木のことって!?」

 

私は全力で、盾子ちゃんの腕を引っ張る。

だが、まるで“大岩”のイメージだ。全然、動こうとしない。

 

「離して、もこっち!この…バカ!バカ、バカ、バカ!!」

 

「バカはお前だろ!?このバカ、バカ、大バカ!!」

 

「…。」

 

私達が“ギャー、ギャー”と醜い争いを続けている下で、

モノクマは、爆発のカウントダウン開始することなく、じっと私達を見ていた。

 

 

―――ゾクリ。

 

 

その時だった。

私の背筋に悪寒が奔り抜けていった。

その瞬間、私は感じた。

 

 

 

 

          “悪意”

 

 

 

圧倒的な悪意を。

それはまるで、黒い衣を纏った白骨の巨大な死神に抱き締められるような。

漆黒の闇から這い上がってきたような邪悪な。

 

私は、モノクマに視線を向ける。

この感覚はあの厨房の時と同じ感覚だ。

 

それは、モノクマを通して発せられた黒幕の悪意。

 

「…召喚魔法を発動する」

 

「え…?」

 

 

 

 

          助けて!“グングニルの槍”

 

 

 

 

ガタッと音がした。

床に穴が開き、何か光るものが見えた。

 

 

(うぐッ――――ッ!?)

 

 

突如、胸に痛みが走る。

何かが凄いスピードでぶつかってきた。

衝撃が身体全体に響く。

次の瞬間、私の身体から重力が消える。

 

(空中…に?)

 

視界に映る光景からそれを判断した次の瞬間、

ガッ!!と強い衝撃が頭に流れる。

その衝撃と痛みがまともに床に頭をぶつけたことを私に知らせた。

 

(う、うぐぐ…)

 

胸と頭を同時に押さえ、私は呻き声を漏らす。

何がなんだか、わからない。

おそらく突如、何かに吹き飛ばされた。

頭をもろに打ったようだ。ちょっと記憶が飛んでしまっている。

胸も痛い。

くそ…痛い。まな板だから、まともにダメージを受けている。

巨乳であれば、ダメージは半減したかもしれない。

ああ、ゆうちゃんは…元気だろうか…。

朦朧とした意識でそんなことを思う。

 

「い、いやああああああああ」

「あ、ああ…」

「オ、オイ…嘘だろ…!」

 

 

クラスメート達の声が聞こえる…。悲鳴…?なんで?

 

私はまだボヤける視界の中で、みんなを見る。

誰もが真っ青な顔をしているみたいだ。

朝日奈さんは、口を手で押さえている。

不二咲さんは、半分泣き出している。

 

一体…何が?

 

私は、ゆっくりと振り返る。

 

 

……………

 

……………………

 

 

―――――――――――――――ッ!!

 

 

そこには…彼女が…盾子ちゃんが立っていた。

 

「…。」

 

いつも煩いほど元気な彼女は無言で立っていた。

だが、輝く宝石のようなその瞳は色を失っていた。

マシンガンのように絶え間なく動くその口は閉じられ、

代わりに、真っ赤な口紅のような鮮血が流れていた。

 

 

そして、その身体は…何本もの槍によって貫かれて…。

 

 

あ…。

 

あああ

 

ああああああああああああああ

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 

 

 

 

 

「うぁあああああああああああああアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!!」

 

 

 

 

体育館に私の声が響き渡った。

 

 

 

――――ドサッ!!

 

その直後、盾子ちゃんは、仰向けに倒れた。

槍が刺さった箇所からは、血がまるで湧き水みたいに溢れてくる。

床は彼女を中心に、瞬く間に赤色に塗られていく。

 

 

な…なんで、なんでこんな事に―――――ッ!?

 

どうしてこんな!?どうしよう、どうしよう!!

な、なんで槍なんかが!?

あ、アイツか、も、モノクマの奴か!!

 

見ると、モノクマは立ち上がり、口を押さえて笑っている。

 

(ううぅ…)

 

だが、原因がわかったからと言ってそれが何になるというのだ!

私はどうすればいい!?今、何をしたらいいのだ!?

 

そ、そうだ、きゅ、救急車だ!きゅ、救急車を呼べばまだ―――!!

 

「うげッ!!」

 

私は走り出そうとして最初の一歩でいきなり転ぶ。

 

だ、ダメだ。こ、腰が抜けて…あ、足も震えて。

 

これじゃ、救急車が呼べ…るわけねーだろ!救急車なんて最初から呼べるわけねーだろ!

救急車を呼べるなら、こんなところにまだ閉じ込められているはずないではないか。

何を言っているんだ私は!?何を考えているんだ私は!

ああ、冷静になれ、私…だめだ~~~パニックになって、もう何が何やら…

 

その時だった―――

 

 

「げは…う、ああ…」

 

「じゅ、盾子ちゃん…!」

 

盾子ちゃんの声が聞こえた――――

 

私は急いで彼女の方を見る。

すると、彼女は、苦しそうに息をしながら、天に向けてゆっくりと右手を伸ばしていく。

 

「ああ…盾子ちゃん…」

 

まだ、彼女は生きている…でも、でも…!!

 

助からない。

 

それは誰の目から見ても明らかだった。

決して変えることのできない現実だった。

彼女のその行動は、蝋燭が燃え尽きる前の最後の輝き…ただ、それだけだった。

 

その姿が涙で歪んでよく見えない。

 

私はいま…彼女に何ができるのだろうか?

死を前にした盾子ちゃんに…一体何ができるのだろうか…。

 

一体…何が…。

 

そうだ…苗木だ…!苗木がいる。

 

私は振り返り、苗木を見る。

苗木は青い顔をして、唖然としながら盾子ちゃんを見つめていた。

私は、知っている。

私だけが知っている。

盾子ちゃんの…好きな相手が誰なのか。

死に逝く彼女に、私だけが会わせてあげることができる。

せめて死に際に、苗木を盾子ちゃんに会わせて…

 

震える足に力を入れて私は立ち上がる。

 

もう時間がない。早く、苗木に―――

 

「も、もこっち…」

 

その時だった。

 

 

「もこっち…ゴメンね」

 

 

盾子ちゃんの声が聞こえた―――

 

私の名を…呼ぶ声が聞こえた。

 

彼女の瞳は空ろだった。

ただ虚空を見上げ、私の名を呼んでいる。

もしかしたら、盾子ちゃんは、もう…目が見えていないのかもしれない。

複数の矢で貫かれたショックで、あまりにも血を流しすぎたために。

だから、もう私のことが見えていなくて…。

私も同じように槍に刺されて、死んでしまったと思って…。

 

 

「守って…あげられないで…ゴ、ゴメンね」

 

 

あ…

 

 

―――もこっち、心配しないで…

 

 

ああ・…

 

 

―――もこっちは死なないよ…だから心配しないで。

 

 

あああああ…

 

 

 

     もこっちは…私が守ってあげるから

 

 

 

モノクマが訳のわからない呪文を放った直後、

床や天井に穴が開き、何が光るものを見た。

 

 

その直後、盾子ちゃんが、私のことを突き飛ばしたのだ。

 

 

本当に、必死な顔で。

いつもふざけているくせに、あんなに真剣な表情で…。

 

 

 

 

う、うああああああああああああああああああああああああああ――――――――ッ

 

 

 

「盾子ちゃん、盾子ちゃん、盾子ちゃん、盾子ちゃん、盾子ちゃ~~ん――――ッ!!」

 

 

私は無我夢中で盾子ちゃんの傍に駆け寄った。

 

「わ、私…生きてるよ!大丈夫、大丈夫だから!」

 

私は彼女の手を握り締める。力の限り握り締める。

私の存在を知らせるために。私が…生きていることを伝えるために。

 

「盾子ちゃんが助けてくれたから、私、無事だよ…!どこも怪我してないよ!

盾子ちゃんが…私のことを守ってくれたから!!だから、だから――――」

 

 

「もう…守って…あげられない…本当に、ゴメン」

 

 

「何言ってるんだよ!?守ってくれたじゃないか!君が守ってくれたから、

私はこうして生きているんだぞ!だから、だから…盾子ちゃんも死なないでよ~」

 

うわ言のようにその言葉を繰り返す盾子ちゃんの耳元で、私は力の限り声を張り上げる。

大声を出すなんて、私のキャラじゃないし、身体的にもきつい。

だが、そうでもしないと、私の言葉は彼女に届かない、そう思った。

彼女の瞳の色は次第に、失われていく。

血も止らない。手の力が…もう。

ああ、瞼がゆっくり閉じて…。

もう…その最後が近づいていることが否応なしに感じられた。

 

でも…でも…私は、彼女に生きて欲しかった。

 

まだ、話したいことが山ほどある。一緒にしたいことも海ほどある。

私は盾子ちゃんと高校生活を送りたい。

放課後、一緒にマックに寄り道したい。

 

だから…だから―――――

 

 

「死なないで盾子ちゃん!!私をこんなところに一人にしないでよ~~ッ!!

目を開けてよ!!いつもみたいに笑ってよ!

私を困らせてよ!!どんな嫌がらせをしてもいいから~~~~~~~~ッ!!」

 

 

涙でグチャグチャの顔になりながら、私は祈るように叫んだ。

 

 

「え…ほんと…に」

 

 

その時だった。

 

「本当に…どんな嫌がらせをしても…いいの?」

 

閉じる寸前で、盾子ちゃんは、瞼を開き、私を見つめる。

その瞳には、宝石のような輝きが、その顔にはいつもの笑みが戻っていた。

 

「じゅ、盾子ちゃん…?」

 

私は、あっけを取られて彼女を見る。

 

 

「アハ、もこっち…変な顔」

 

 

盾子ちゃんは私の顔を見て微笑む。

その指摘で、私は、自分の顔が涙や鼻水で酷いことになっていることに気づき、

慌てて、袖の部分で顔を拭く。

盾子ちゃんの意識が戻った。まだ…まだ望みはある!

 

「こ、こうなったのも全部、盾子ちゃんが―――」

 

 

 

「…。」

 

 

 

突如、握っていた手が軽くなる。

 

「え…?」

 

私は盾子ちゃんを見る。

その瞳から色が失われていた。

 

「だって…さっき…」

 

 

「…。」

 

 

彼女の瞳は黒に染まり、瞳孔がゆっくりと開いていく。

 

「あ、ああ…」

 

死んだ…?

 

「え、だって…あんな冗談が…」

 

死んでしまった…盾子ちゃんが…死んでしまった。

 

「最後の…言葉が…あんのって…」

 

私の全身から力が抜けていく。

 

 

 

―――アハ、もこっち…変な顔

 

 

 

それが…彼女の最後の言葉となった。

 

本当に…何なのだ、コイツは…。

それが…最後の言葉なんて…君は、どんだけ残念な奴なんだよ。

 

 

「…ブツブツ…ボロ出しすぎなんだよ…ブツブツ…でも、さすが軍人…ブツブツ

グングニルに反応…ブツブツ…でも…そんな奴かばって…ププ…プププ」

 

 

モノクマが…盾子ちゃんの遺体を見下ろしながら、なにやらブツブツ言っている。

私の耳にはよく聞こえない。

私は今…それどころではなかった。

 

私は―――

 

 

 

 

 

 

 

      “女子力”を開放してしまった――――

 

 

 

 

 

 

え…?“女子力”って何ですか?だって。

 

ああ、それを知りたいなら、漫画かDVDを買って欲しい。

私の弟の智貴に聞きに行くという方法もある。

女子力の程度なんだけど…半分くらいかな?

なんとか、下着が防壁となって崩壊を防いでくれている。

仕方なかったのだ。

そもそも、私は凡人だぞ。

夜中に怖い映画を見ただけで、トイレに行けなくなるほどのか弱い女の子だ。

目の前で…こんなことがあって。

親しい人間が…あんな最後を迎えて…。

私が…私が耐えられるわけないではないか!

 

“女子力”開放のショックで、今の私の頭は妙に冷静だ。

ショックとショックが衝突した余波なのだろうか。

彼女は…江ノ島盾子は死んでしまった。

ルールを破り、モノクマに“罰”として殺されたのだ。

握っている彼女の手からだんだんとその暖かさが消えていく。

先ほどまで、笑っていたその顔は、今はただ、虚空を見つめる。

 

江ノ島盾子は…盾子ちゃんは、死んでしまったのだ。

 

「いや~やっぱりこうなったね!」

 

「ヒッ!!」

 

突如、私の視界一杯にモノクマが映る。

奴はいつの間にか、私の傍に近寄っていたのだ。

 

「君達があまりにも面白いからボタンを押し間違えちゃったじゃん。

まあ、別にいいけど…いずれにしても、見せしめは必要だったし」

 

“見せしめ”

 

顔をヌッと近づけたモノクマはそう囁く。

 

「でもさ~もこっち。君は本当に悪運が強いね~~~。

“喪女”なんてわけのわからない肩書きでこの学園に入学したのもそう。

舞園さんの時もそう。そして、今回だって…。

何だかんだで君は助かってる。実験としてついでに試してみたけどさ。

え、君って、もしかして、そういう才能なの?」

 

「な、何を言って…?」

 

「まあ、面白いから何でもいいけどね!」

 

モノクマは、わけのわからないことを好きなだけほざくと私から離れていった。

 

「さあ!これで、わかってくれたよね?ボクが本気だって!!

“学級裁判”に参加しなかった場合、こんな風になってしまいます!

江ノ島さんが命を賭けてチャレンジしてくれました。

関係ないところでは、出来るだけ死人は出したくなかったけど、

やっぱり、見せしめは、必要だったんだね!」

 

 

――――――――ッ!!

 

 

壇上に立つモノクマの発言に私達、全員に衝撃が奔る。

 

私達も…殺される?

モノクマに逆らったら…裁判に参加しなかったなら…私達も殺される!!

 

 

「さぁ、舞園さんを殺したクロを見つけないと、

みんな、江ノ島さんみたいになっちゃうよ。こんなとこに居ていいのかな~~?

もう、捜査時間は始まっているよ!!レッツラ・ゴ~~~~~~~~ッ!!

ではでは、“学級裁判”でまたお会いしましょう」

 

「クッ…!」

 

モノクマが消え、場の空気が動き出す。

 

「フハハハ、面白い!面白いぞ!この緊張感は、十神家の後継者争い以来だ!!」

 

十神白夜が不敵に笑う。

 

「江ノ島さんには悪いけど…捜査するしかないようね」

 

霧切響子が、冷徹な瞳を光らせる。

 

「クソ…やるしかないのか!」

 

石丸君が、顔を赤くする。

 

「やるしかないんですか~~~~~~~ッ!?」

 

山田君が、暑苦しく叫ぶ。

 

「ボク…死にたくないよぅ」

 

不二咲さんが、泣き出す。

 

「どのみち、我らは逃げられない…やるしかあるまい」

「やるしか…ない」

 

大神さんが決意し、それに朝日奈さんが、呼応する。

 

捜査のために、皆は体育館を出て行く。

 

「ああ…」

 

私は、その姿をただ見つめるだけだった。

 

始まってしまう。

盾子ちゃんが…命を賭けて阻止しようとした…

 

 

 

 

 

“学級裁判”が始まってしまう―――

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、ですわ」

 

「え…?」

 

その声に私は顔を上げる。

そこには、一人の女の子が立っていた。

黒いゴスロリを来た中世ヨーロッパから出てきたような少女。

 

セレスティア・ルーデンベルク。

 

超高校級の“ギャンブラー”が冷たい瞳で私達を見下ろしていた。

 

「江ノ島さん、私は以前忠告しましたよね。

適応しろ…と。適応力の欠如は生命力の欠如。

それができないなら、死ぬしかない…と。だから、この結果は…」

 

彼女は小さくため息をつく。そして、その言葉を放った。

 

 

 

「自業自得…ですわ」

 

 

 

私と同じ歳でありながら、

生き馬の目を抜くほど苛烈なギャンブルの世界を生き抜いてきたセレスさん。

故に、それが彼女の教訓であり、処世術なのかもしれない。

彼女から見たら、適応できなかった盾子ちゃんの死は必然なのだろう。

 

だけど、だけど―――

 

「あら、あなた…。確か…黒…木さん、でしたか?

嫌ですわ。そんな怖い顔をして。

ウフフ、どうやらここに居るのは無粋のようですし、私も捜査に行ってきますわ」

 

そう言って、彼女は背を向け、体育館から出て行った。

私はその姿を見えなくなるまで見つめていた。

そして、彼女の言葉を思い出して、ようやく気づいた。

 

 

私があのセレスさんを…睨みつけていたことを――――

 

 

「おう、チビ女」

 

「え…?」

 

その声に私は振り返る。そこには意外な人物がいた。

 

超高校級の“暴走族” 大和田紋土。

 

もう捜査に行ってしまったと思われた彼が何故かここにいる。

私が不審な顔で彼のことを見ていると、

大和田君は突然、学ランを脱ぎ始めた。

普段の私なら

 

まさか…ここで“ヤらないか”!?

 

みたいなネタを提供できるが、今はそんな元気はない。

ただ、彼の行為を眺めていた。

彼は、学ランを持つと、盾子ちゃんの真上に立つ。

そこでようやく私は、大和田君が何をしようとしているか気づいた。

大和田君は、その長ランを盾子ちゃんの上に優しく被せた。

 

「モノクマの野郎…酷いことしやがるぜ」

 

大和田君は、盾子ちゃんの死を悼んでくれたのだ。

盾子ちゃんを殺したモノクマに怒りを持ってくれたのだ。

 

 

「可哀想にな…お前のダチ」

 

 

―――――――ッ!

 

 

そう言って、大和田君は立ち上がり、歩き出す。

タンクトップ姿で。

私は、暴走族の世界を知らない。

どんな美学で、あんな迷惑なことをやってるのかまるでわからない。

だけど、私は、金色の刺繍で「暮威慈畏大亜紋土」と書かれたこの

学ランが、彼にとって、とても大切なものであることくらいわかる。

だから、私にはわかる。

 

大和田君は、見かけと違って、とても優しい人であることが。

 

 

「お、大和田君!あ、ありがとう!ほ、本当に…ありがとう―――」

 

 

去り行く彼の背中にありったけの感謝の言葉を叫ぶ。

大和田君は、振り返ることなく、ただ右手を上げ、体育館を出て行った。

 

 

体育館には、私と盾子ちゃんだけが残った。

 

「ダチ…かぁ…」

 

私は先ほど大和田君に言われた言葉を呟く。

その言葉で、私はようやく、

この胸の中にぽっかりと空いたような感覚の正体に気づくことができた。

 

 

そうか。私は…失ってしまったのだ。

 

 

「盾子ちゃん…正直に言うね。私は…君が苦手だったんだ」

 

 

学ランで顔を隠された彼女に私は語りかける。

 

「私は…君みたいなタイプの人間に初めて会ったから、

どうしていいかわからなかったんだ。どう接していいか、よくわからなかったんだ。

私は…怖かったんだよ。

君と仲良くなることが、嬉しくて…でも、とても怖かったんだ。

君は、明るくて、誰よりも輝く人気者で、、私なんかとは違う世界の人間で…。

そんな君が私なんかと仲良くしてくれるのは、この閉ざされた世界だからなんだって。

もし、黒幕が捕まって、私達が外に出たら…君は、私なんか忘れてしまう。

元の眩しい世界に戻って、そこで多くの友達と笑い合って、それが当たり前になって。

だんだん、電話もしなくなって…メールも途絶えて…。

廊下ですれ違っても、お互い目も合わせないようになって…。

ただの他人同士に戻って…。そうなることが怖かったんだ。

だから、私は…心の中で、どこか君と距離を置こうとしていたんだ。

そうなった時に備えて…自分の心を守るために。だけど…だけど」

 

私は盾子ちゃんの手を強く握る。もうその手は冷たくなっていた。

 

「だけど、君はしつこく私に付きまとってきて…。

方法は完全に間違っていたけど、いつも私のことを気遣ってくれて…。

それなのに、それなのに…私は――――――ッ」

 

 

私達は、きっと…友達になれたんだ。

私に勇気があれば、その瞬間に、私達は友達になったのだ。

 

そんなことに…今さら気づくなんて。

 

 

 

もこっち、私ね…

 

――――もこっちの“絶望している顔”が大好きなんだ!

 

 

うるせーよ!見たけりゃ見せてやるよ!今が…その顔だよ…さっさと生き返れ!

 

 

――――もこっちの絶望した顔より、笑う顔が好きになっていたんだ…て。

 

 

うるせーよ…君がいないのに…私が笑えるわけないだろ、バカァ…。

 

 

「うぐううぅぅ、バカ…盾子ちゃんのバカァ…うわぁあああああ~ん」

 

 

 

 

私は泣いた。

大きな声で。

誰もいない体育館で。

一杯泣いた。

声が枯れるまで。

 

…………

 

・……………

 

・……………………・……………

 

 

かなりの時間が経った後…私は泣くことを止めた。

 

「盾子ちゃん…私、行くね」

 

冷たくなった彼女の手をゆっくりと床に置く。

 

このままではダメだ。ここで泣いていてはダメだ。

舞園さんを殺したクロを見つけなければ、みんな殺されてしまう。

それじゃ、ダメだ。

それでは、あのモノクマを操る黒幕の思う壺だ。

 

私はクロを見つけたい。

 

最後まで夢を見続けた舞園さんのために。

 

私は黒幕に然るべき報いを与えたい。

 

私を守って死んでしまった盾子ちゃんのために。

 

 

「だから…行って来るね、盾子ちゃん」

 

 

私は体育館の出口に向かって歩き始める。

 

クロを見つけるために。

外に脱出して、モノクマを操る黒幕を捕まえるために。

 

 

下を向いてはいけない。

また、泣き出してしまうから。

 

振り返ってはいけない。

歩みを止めてしまうから。

 

 

 

 

さようなら、盾子ちゃん。

 

 

 

高校で最初の…

 

 

 

 

 

            

                私の友達。

 

 

 

 

 




こんばんは。
今回の話は、第9話の段階で、だいたい固まっていたのですが、
実際書いてみると、想像以上にキツイ気持ちになりました。
私自体、友情ものにここまで焦点を当てたのは初めてだったのもあると思います。

原作では、一時的に退場して暗躍する予定が、妹様に騙されて殺されました。
この話でも、基本同じですが、暗躍しながらも、もこっちは助けようと残姉は
考えていました。だから計画前に「守ってあげる」と言っておいたという経緯になります。
そのために死際で「もう守ってあげられない」と発言しています。
もこっちはそれを知らないから、「守ってくれたじゃないか!」と勘違いしてます。

この作品の残姉に関しては、強さや性格に作者の捏造というか魔改造しているために
当初は賛否の否の方が多いとも思っていましたが、
感想欄の読者様から、その退場を惜しんでくれる声が多くあり、
作者としては、本当に嬉しく思います。

本当にありがとうございました。

原作と同じ死に方ですが、友達を守れたこと。その友達が自分のために泣いてくれること。
それに対する嬉しさを残姉の最後の言葉に込めることができたと思います。

絶望の運命に翻弄されながらも、最後は号泣する親友の傍らで・・・。
超高校級の”軍人”戦刃むくろ・・・ここに退場。


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