それは士郎とセイバーが二人で一旦、家に戻ろうとした瞬間であった。
「むっ!」
「どうしたセイバー!?」
いきなりセイバーの顔が強張り、士郎に戦慄が走る。
「この気配、敵です!」
「敵? まさかさっきの奴が戻ってきたのか!?」
「いえ、新手です」
新手ということは先ほどとは別の相手ということだ。
士郎は自分が何かしらの戦いに巻き込まれたのはすでに理解している。だが、それがどういった戦いなのか一端も知らない状況で、新手とは何とも不運だ。
「安心してください、士郎」
そんな士郎の焦燥を察したのか、セイバーは勇気づけるように言う。
「貴方を狙う雌犬など、この剣で斬り払います」
「は?」
わけのわからないことを。
「なにやら妙なサーヴァントの気配がしますが、そんなことはどうでもいい。それよりも、おそらくマスターらしき女性の気配が重要です。これは、私の敵です。間違いありません」
「じ、女性?」
士郎にはなぜ彼女がそんなことが解るのか理解できないが、敵と言うのは女性らしい。しかし、なぜか言い方が妙だ。
「ええ、確かに士郎は魅力的なのでしょう。数多の女性が惹かれるのも無理はありません。だが、だからとて、譲るつもりは毛頭ありません! ましてや、敵である他のマスターなど言語道断。ではッ!」
セイバーはそう言い残すと颯爽に屋根へ向かって跳躍し、そのまま屋敷の入口まで向かった。
「ちょっと!? いきなりなんなのさ!」
とりあえず、彼女をほっておいたらまずいと判断した士郎は自分もセイバーが向かった屋敷の入口に急行する。
士郎が向かっている中、既にセイバーは壁に背を向けて地面に座る誰かに剣を突きつけていた。
「残念ですね、
「貴女は、セイバー・・・・・・」
「出逢いが違っていれば、貴女とは良き友人になれると感じますが、同時に好敵手にもなったでしょう。悪いが、ここで果ててもらいます」
「はぁっ! 最優の英霊さんに良い競争相手と言われるなんて、褒め言葉として受け取ればいいのかしら?」
剣を突きつけられているのは女、遠坂凛である。彼女は強気な姿勢だが、内心では失意に満ちていた。
圧倒的な力だった。自分のサーヴァントであるアーチャーをすぐに気絶させて無力化し、高い対魔力で自分の魔術が通じない。
剣の英霊セイバー。間違いなく、最優のサーヴァントだ。
「けど、悔しいけど、これまでのようね。聖杯は貴女のものになるのでしょうよ」
そんなことを凛が言った時、セイバーが眉を寄せた。
「聖杯というよりも、シロウを渡したくないだけです」
「は?」
「というわけで、サクッと死んでください。ついでに貴女のサーヴァントも貰います。本命は彼ですが、彼も彼であるのは違いませんので保護はします」
「いやいやいやいやいや! いきなり何を訳の分からないことを言ってのよアンタ!?」
「
「なんかこの子、宝具使おうとしてるし―――――――!?」
「待って、セイバー!」
そこでようやく到着した士郎がセイバーに制止をかける。
その声だけでセイバーの動きはぴたりと止まり、シロウへ笑顔を向けた。
「あ、マスター。ちょっと、待ってください。彼女敵なので、さっさと斬りますね」
「いやいやいや、笑顔でなに怖いこと言ってんの!? って、そこに倒れてるのは遠坂か?」
「え、衛宮くん!?」
凛は士郎の登場に驚きつつも、九死に一生を得たため感極まったのか笑顔を向けている。
それがセイバーの勘に触った。
いますぐ斬ってしまいたい衝動に一瞬囚われたが、どうやら彼女は自分のマスターと既に面識があるようだったので、このまま彼女を殺めてしまうと士郎に嫌われる恐れを感じ取ったセイバーは、とりあえず振り上げた剣を下げる。
「マスター、知り合いですか?」
「あ? ああ、同じ学校の生徒だ」
「それだけ、ですか?」
「ん? それだけ、だけど・・・・・・」
何故かセイバーが不満そうに自分を見ていることに気づいた士郎は額に汗を浮かべた。
「同じ学校の生徒だけの人を、シロウは、こんな暗がりでも顔が分かる、のですか?」
「え、えっと、セイバー?」
「彼女、見た目は綺麗で可愛らしいので、憧れる人も多いのでしょう。シロウもその一人であっても、不思議ではありません」
「あの、その、セイバーさん? もしかして、拗ねてます?」
「はい・・・・・・」
素直なことにセイバーは頷いた。声も、なんだか泣き声が混じっていて哀愁を漂わせる。
「拗ねます。拗ねています。当たり前じゃないですか! 自分の大好きな人に憧れの女性がいると知れば、嫌に決まっているじゃないですか!」
『えええええええええええええええええええ! この子、泣きだしたよ!?』
頬を赤くしながら、ポロポロと涙を流すセイバーの姿に士郎と凛は揃って声をあげた。
二人は気づいてないが、姿を消している凛のサーヴァントもいつの間にか気がついて、正気に戻り、その光景に愕然していた。
驚く周囲の余所に、セイバーは涙を拭おうと剣を持っていない手で擦るが、それでも涙は止まらない。それでもしっかり凛へ剣を向けたままなので、そのまま刺してこないか凛は気が気でなかった。
「ううう、ひく、あんまりです。まさか好きになった殿方には、既に意中の女性がいることを恋して間もなく知るとは。初恋は実らない、ガラハッド、貴方の言葉は正しかった」
「あの、セイバー・・・・・・」
見ていて居た堪れない気持ちになった士郎はゆっくりとセイバーに近づく。
「セイバーの言うとおり、確かに俺は遠坂に憧れみたいなのはあったさ。けど、それは恋とか、そんなんじゃなくて、ちょっと良いなとか思春期な男たちにある些細なことであってだな。つまりは、セイバーが気にすることはなにもないぞ!」
自分でも何を言っているのかと士郎は思ったが、徐々にセイバーの嗚咽は低くなり、涙で潤んだ翡翠の瞳を士郎に向ける。
その顔があまりにも可愛らしくて、不謹慎ながらも士郎の鼓動が高まった。
「ほんとう、ですか?」
「あ、ああ、本当だ。だから、もう泣くな。そんな鎧の手で拭うと綺麗な顔に傷がいくぞ」
「し、シロウ・・・・・・」
そうやって士郎はポケットからハンカチを取り出してセイバーの涙を拭きとる。
為すがままされるセイバーは恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうな笑顔浮かべていた。
「リア充爆発しろ」
「む? どうした、遠坂?」
「なにもないわよ。というか、立っていい? そろそろ、地面に座るのも冷たいし」
「別に構わないけど、というか遠坂。学校と雰囲気違わないか?」
「これが素よ。学校では体裁のために猫かぶってただけ。というか、私に構ってるとまたその子拗ねるわよ」
「別にそれくらいで拗ねません」
と言いながら不満そうにしてるいセイバーに凛は呆れながら溜息をした。
「衛宮君が私に憧れていると思っただけで泣いちゃう子が何言ってんだか。というか、お互い色々と話し合う必要があるみたいだし、衛宮君、家に入っていい?」
「え?」
「衛宮君、見たところ私を庇っちゃう辺り、色々と事情も知らなそうだし、一応助けてくれた礼としてそこらへんの情報提供をしようと思っただけよ。だからセイバーも警戒しないでくれると助かるのですけど」
じっと凛を睨んでいたセイバーだったか、それまでずっと彼女に向けていた剣を下げる。
「シロウ、私も彼女との話し合いは賛成です」
「おや、いきなり斬りかかった人とは思えない台詞ね」
「実際問題、私のマスターに知識が足りないのは事実で、それを魔術師である貴女が埋めることは私たちにとって得だ。それにそれ以上の利益を生む可能性すら高い」
「ふぅん、根拠は?」
「女の感です」
セイバーの言葉に凛がクスリと笑う。
「女の感、ね。本当なら心の贅肉とか言っちゃうとこだけど、スペックだけは随分と優秀みたいだから、案外未来予知みたいなスキルでも持っているのかも。
で、衛宮君はそれでいいわけ?」
「あ、ああ。確かに話し合いは必要みたいだし、別に構わないぞ」
「そう。じゃあ行きましょうか」
話し合いが決まったため、士郎は屋敷に戻るため入口に向かい、セイバーもその後を追う。随分の無防備な背中を晒しているが、仮にここで凛が奇襲した場合、今度こそ自分はあの英霊に斬り捨てられるだろう。
「最優の英霊、セイバーね」
「どうした、凛? 実物を見て、またセイバーのほうが良いと言いだすのか?」
そこで先程まで気絶したアーチャーが霊体化を解き、自分に話しかけていた。
確かに凛は聖杯戦争を望むべく、最優の英霊と言われるセイバーを欲した。
事実、本物セイバーを見て彼女の心境が変る。
確かに能力は素晴らしいだろう。剣を突きつけられたとき、その美しさに陶酔もした。
だが、直ぐにその後見た泣きだす彼女を見て、凛は考えを改める。
別に幻滅をしたわけでもないのだが、英霊といっても自分達と同じように感情はあり、能力は高くても、恋をして心が不安になることすらあるのだ。
心の贅肉と凛は思うが、それでも、自分たちの勝手な枠組みで判断するよりはずっと良いとも思う。むしろ親近感がわき、戦う相手としては考え方と予想しやすく、共闘するならより強い信頼関係を結べるだろう。
ならば、セイバー拘る必要もない。同じような存在なら、自分のサーヴァントも変らないはずだ。
それに、自分のサーヴァントはかなり嫌味を言うし、なにかと小言も多いが、戦闘には合理的だ。認めたくないが、大事な時でミスをする自分は彼のようなサーヴァントが合っているのかもしれない。
「別に。ただ、私はアーチャー、貴方が自分のサーヴァントであって良かった、そんなことを思っただけよ」
「!?」
凛にとって、それは何気ない言葉だった。
だが、アーチャーは、真名エミヤシロウはこの言葉が衝撃だった。
彼は衛宮士郎の成れの果て。正義の味方に憧れて、自らを犠牲に、多くの者を助け、その分、多くの人間を蔑ろにした。
当然だ。救う人間がいるなら、それを脅かす人間を排除しないといけない。または、救うと決めた人間以外を見捨てるとも同義だった。
彼はその結果を良しとしなかった。誰も悲しませぬようにと口にして、結局誰かを見捨てることは偽善であると罵った。
彼は何度も戦い、助け、生かし、同時に奪って、殺し続けていた。今度こそ誰も傷つかないようにとただ走り続けた。
そして、自分が等々救えきれなかったとき、彼は自分が救えなかった命を救うため、世界と契約し、守護者となった。
これで今度こそ誰も守れると思った彼の願いは、裏切れることになる。
守護者に自己の意志など存在しない。ただ人間の意志によって生み出され、人間が残した災厄の後始末をするだけだった。
ただ、奪い。奪い続ける永遠の牢獄。そんなことをするために彼は正義の味方を目指したわけではなかった。
誰かを救いたい、その願いの果ては、多くの人間の命を奪うだけの存在。
いつしか心が磨耗し、嘆くこともなく、黙々と殺し続ける時の中、彼は自身の消失を望んだ。こんな奪うだけの存在など、必要がないと彼はそう悟った。
自分で望んでここに到り、間違いだと気づいたためソレを正したい。自分勝手な願いに他者の手は不要。すなわちは自身による過去の自分を殺害。
それだけど望んだ。
そして、此度の聖杯戦争に参加することで、自身の目的が達成できるかもしれない。
目の前の、無防備に背中を向けている過去の自分を殺せば、こんな自分はいなくなる。
だが――――。
貴方が自分のサーヴァントであって良かった。
何気ない言葉だったということは、アーチャーでも理解している。
ああ、それでも、救われた。嬉しかった。報われたような気がした。
あんなにもセイバーを欲した彼女が、彼自身でも眩しい存在だと思った彼女、セイバーを見て、それでも、自分でよかったと言ってくれたのだ。
アーチャーの胸中に色んな感情が押し寄せる。
それは凛が英霊となってしまった自分を認めてくれたような気がしたのか、その言葉で辿りつけないと思った彼女に、かつて共に歩んだセイバーに近づけたと幻想でも思ったのか、とても判断がつかない。
だが、こみ上げてくる気持ちを得たのは、自分が彼女のサーヴァントになったからなのだと分かる。
英雄にならなければ彼女のサーヴァントになれない。あそこまで戦わなければ英雄にもなれなかった。この気持ちを、得ることができなかった。
ああ、そうか・・・・・・。
そこで、ようやく彼は悟った。こんな自分でも得る物があったのだ。ならば、あの戦いの時も、奪った以外に得たものがあったことに彼は気づいたのだ。
すなわち、救えた人間。
確かに彼は多くの人間の命を奪っていた。それでも救えた命、守れた命、これから続く多くの運命を得たのだ。
ならば、自分のしてきたことは、戦うと決めた先は、辛くても、悲しくても、痛くても、報われなくても、絶対に正しいと言えなくても―――。
―――けして、間違いではないと言えるのではないか。
「アーチャー? いきなり、なに黙って――」
急に黙りこんだ自分のサーヴァントの様子を見て、凛は再び愕然とした。
「泣いている、ですって!! ちょっと、アンタ大丈夫!?」
アーチャーは泣いていた。声を出さず、しかし、瞳から涙が流れていた。
その涙は先程セイバーが見せた悲しみの涙ではなく、満ち足りた、歓喜の涙だった。
驚く凛に気づいたアーチャーは、涙を流したまま、彼女の笑顔を向ける。
「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから」
「聖杯戦争は始まったばっかりなんだから、そりゃあ頑張ってもらないと困るわよ! と、というか、なんかアンタ可笑しいわよ!?」
「そうか、可笑しいか。確かにな。だが、可笑しな奴は可笑しい奴なりに意地がある。さて、今後のためにさっさと二人に続くぞ」
「ったく、本当に大丈夫なのでしょうね」
凛は今後の事を考えて心配になりながら、大きな溜息を吐いた。
今から行われる会合が、今後の聖杯戦争に怒涛の展開を齎すことを、この時の凛には知るよしもなかった。
というわけで、短編から連載。といっても、別に一作品あるし、さっくと終わらせます。10話届かないかな? 短く、勢いだけで完結させます!
次回は日が変わったら