百鬼夜行 葱   作:shake

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第九話 「英雄」

 結局の処、あの戦争が全てを狂わせたのだ。小さな家庭の有り触れた幸せを破壊し尽くし、幼い自分の何かをも壊した。

 自分の中には両親と妹を殺した魔法に対する深い憎悪が有り、それ故に魔法を扱うと云う行為に拒絶反応が起こる。魔法さえ無ければ。魔法さえ有れば。その二つの感情の矛盾。”呪文の詠唱が出来ない体質”とは、魔法への恐怖と怨嗟、憤怒、憧憬、畏怖が形作るPTSD(心的外傷後ストレス障害)なのだ。

 英雄と讃えられる”紅き翼(アラルブラ)”。そのメンバーの力に対する憧れと殺意。戦争を引き起こした”完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)”を壊滅させた事を賞賛する気持ちと、多くの戦災孤児を生み出した事を非難する気持ち。相反する感情を抱えて、高畑・T・タカミチは生きてきた。

 世界から戦争を無くしたい。世界が滅びてしまえばいいのに。

 何故家族は死なねばならなかったのか。何故僕も殺してくれなかったのか。

 父であるナギ譲りの魔力容量を持つ、グージーに対する羨望と嫉妬。

 自分と同じく魔法を使えないらしい、ネギに対する同情と同族嫌悪。

 反発する二つの感情を、魔力と気の様に馴染ませ。生き続けるには目標が必要だった。

 

 あの大戦の原因は何だったのか。完全なる世界の目的とは何だったのか。

 何が善で、何が悪か。

 シンプルな答えが欲しかった。

 多分、それだけが、自分を救う。

 

 

「――君だって、学園長が何かを隠している事くらい勘付いているだろう、瀬流彦君」

「そりゃあ、関東魔法協会理事と云う立場です。僕達下っ端には秘匿すべき事柄なんて、腐る程有るでしょうよ」

 魔法の杖を突き付けられながら、タカミチは後輩を説得する。

 日本最大の学園都市、麻帆良。その中枢部、地下1.0kmの場所に二人は立っていた。誰が、何時こんな施設を造ったのか。理解出来ない程古い岩盤も在れば、近代的な補強をされた道も在る。きっと何世代にも渡って護られてきたのだろう。

「この先に、全ての秘密が隠されている」

「そんな漫画みたいな展開、有る訳無いでしょう!」

 瀬流彦の怒号には、少しの迷いが感じられた。あと少し、何かが有れば。この扉を潜って、真実に辿り着ける。

 それは、自分が生涯を懸けて知りたかった事。人生には納得が必要なのだ。自分の人生を賭けるに値する何かが在ると。でないと誰も生きてなどいけない。

「先の大戦時、麻帆良は何をしていた?」

 学園長程の実力者が居れば、あの戦争は早期に終結していた筈だ。なのに彼は全く動いていない。彼は、あの大変な時に何をしていたのだ?

「…………普通に出兵に反対してましたけど。『学徒出陣など狂気の沙汰だ』と――」

「……待て瀬流彦君。僕が言っているのは魔法世界の大分裂戦争だ。第二次世界大戦じゃない!」

 迷いながらの彼の言葉には困惑が有ったが。そう云う困惑を狙った発言ではない。

 咳払いをして話を仕切り直す。

「つまり、麻帆良は魔法世界の一大事に対して特にリアクションを執っていないと云う事だ」

「まぁ魔法世界の事ですからね。現実世界の人間達が介入する理由が無いでしょう。学園長個人は私財を寄付していますが」

 瀬流彦が杖を仕舞ったのは、こちらの言葉に興味を持ったから――ではなく、警戒するのが馬鹿らしくなったからの様だ。こちらが的外れな事を言っていると確信している。

 ならばこの推論は、彼に驚愕を齎す筈だ。

「――表向きはそうだったのかも知れない」

「……ええと。もしかして、大分裂戦争を引き起こした……完全なる世界?に学園長が関わっているとでも?」

 驚愕は引き出せなかった。見える感情は盛大な呆れのみだ。

 ――あれ?普通、もう少し驚かないか?いや、これは、一度はその可能性を考え破棄した者の反応だろう。ならばそれを覆せば。

「無いですね」

「何故そう言い切れる?」

 彼は何を知っている?

「僕は、昔魔法世界出身の人間に『”本国”に対して支援を一切行わないとは何事だ』なんて偉そうに説教されましてね。イラっとしたからあの時代に関して熱心に調べたんですよ」

 尤もそんなに苦労せずに分かったんですけれども、と瀬流彦は続ける。

 矢張り、平和な国で育った甘ちゃんだ。そんな直ぐに分かる場所に、真実が在る筈が無い。

「麻帆良はその頃、アフガニスタン紛争とイラン・イラク戦争に介入しています。他所に人員を送る余裕なんて無かったんですよ。学園長が個人資産で孤児院に金を送るくらいが精々でした。京都の山を一つ売って、二千五百万円程。それで親戚連中からワイワイ言われて大変だったみたいですけど」

「座っていても、人は動かせるだろう?」

「”あの時期”に本国で戦争を起こさせる意味が無いんですよ。特にアフガン内紛にソ連が介入する様な事になったら数万単位で人が死ぬし、反ソ反米のテロリズムが横行するのは目に見えていましたから、相当数の工作員を送り込んでいました。残った記録を見ても、膨大な数の権謀術数が行われていましたよ。あれは作戦担当が学園長じゃなければ過労で死んでいましたね。その直後、と言うか途中に湾岸戦争ですから。アレも介入しないと原油高騰やら何やらで大勢の凍死者餓死者戦死者が出ていた筈です。隣国だったからまだ物資輸送の負担は軽減されていましたが……もし魔法世界を潰す積もりなら、もうちょっと余裕の有る時期にしますよ」

 だから麻帆良の分裂戦争介入は無いです、と瀬流彦は断言する。

「それを隠れ蓑に……」

「いや先輩の中で学園長はどんだけ優秀なんですか?資料を読んだら分かりますけど、あれだけの作戦を立案して陣頭指揮を執るだけでも十分神憑ってますよ?湾岸戦争終結後は、あの学園長が一週間休んでますからね?麻帆良側に死者が出ていないのは奇跡です」

 そこまで言うと、瀬流彦は溜息を吐いた。

「……まぁそこまでお疑いなら、そこの扉を開けてみて下さいよ。きっとがっかりしますから」

 がっかりって、何だよ。普通、そんな証拠が在る筈無いとかそう云う台詞だろうに。

 矢張り彼には真実が見えていない。大戦には、プリームムと呼ばれていた人造人間らしき存在が居たのだ。もし量産されていたなら学園長自身が動く必要は無い。

 ――厳重に封印されていたこの地下に、それに関連する施設が在る。

 それは半ば妄想の領域に入った独断ではあったが、あれだけの数のトラップが在った事を考えれば、それに準ずる後ろめたい施設が在るのは確実なのだ。何故それが分からない。分かろうとしない。

 タカミチは少し苛つき煙草を吸おうとしたが、瀬流彦に慌てて止められた。

「禁煙ですよ!よく見て下さい、あそこ!」

 彼の示した先には、『火元取扱責任者:エドガー・ヴァレンタイン』と書かれたプレートが掲げられていた。

「探知機に反応されたら、警備ロボットが大量に押し寄せるか大洪水に流されて太平洋に出るかのどちらかですよ?」

「何だいそれは?」

 如何云う二択だそれは。呆れて、思わず煙草を取り落とした。

「いや、エドガー君ですから。確実にそう云う仕掛けが有ります」

 瀬流彦は断言する。

 エドガー・ヴァレンタインと言えば、数年前に学園長が引き入れた”最後の錬金術師”だったか。後輩は「無駄に厳重なトラップとか彼の十八番ですから」と言っているが、恐らくそれは擬態だろう。錬金術の一つにはホムンクルスの製造が有る。増々怪しい。

 まぁ煙草は諦めよう。折角扉を開ける許可が得られたんだ。ここに在る真実に、愕然とするが良いさ。

 タカミチは扉のカードリーダーにカードキーを通そうとし――

「……何でそんなに下がるんだい?瀬流彦君」

 瞬動と呼ばれる技法を使ってまで退いた後輩に質問する。退いたのみならず魔法障壁を十重二十重に展開していると云うのは何なのか。この中に危険が有ると白状している様なものではないのか。

「いや、エドガー君ですから。確実にそう云う仕掛けが有ります」

 その台詞は先も聞いた。これ程警戒されていると云うのは、矢張り擬態の線が濃い。タカミチはそう判断し、それでも警戒として咸掛法を用いる。

 扉を開けると、通路脇に非常灯が灯った。その近代的な設備に目を細め、タカミチは歩を進める。

 一歩一歩、確実に。真実へと向かう。罠は、無かった。

 床はやがてコンクリートから固い岩盤へと変わる。その先には紅い川――いや、池か。その先に在るのは。

「――何だ、アレは」

 100mはあろうかと云う巨人……否、巨体を持った生物が、これも巨大な刺股に縫い止められていた。

 無駄に巨大な美術造形物と云う訳ではない。生物だ。刺股に縫い止められ。

 

 鼻提灯を膨らませている。

 

 ……寝てる?

 只管に大きいそれは、丸いフォルムをしていた。黄色掛かった白い毛並み。頭部には黄土色の髪の毛の様な房。眉毛は青味掛かった灰色か。首周りは赤い……否毛ではなくマントだ。それが、赤く、巨大で捻くれた刺股に因って固定されている。

 暫し呆然としてしまったが。

「――瀬流彦君。これだけの”秘密”を見ても、君はまだ学園長を信じるのか?」

 後ろを恐る恐るついて来た青年は。

 振り向こうとしたタカミチに見えたのは、手裏剣を投げるかの様な姿勢でアレに突進する瀬流彦の姿だった。

 ――瞬動!?

 そう、勘違いする程の速度。右足踵を前面に滑らせ、彼は全身のバネを用いて回転する。そしてスナップを効かせた手首の返しが空気を叩いた。

 

「何でだ――ッッ!!!?」

 

 スパーンッ!と云う小気味良い音が響く。

 突っ込みだった。

 全身全霊を懸けた突っ込みだった。

 思わず「Beautiful……」と呟く程に美事な突っ込みだった。

 そしてそれで力尽きたか、瀬流彦はその場に突っ伏した。

「瀬流彦君?」

「何でやねん……なんでメソにロンギヌスの槍が刺さってんねん……」

 何故関西弁なんだ。君は生粋の麻帆良っ子だろう。

 だがそんな事は心底如何でも良く。

「ロンギヌスの槍、だって?」

 それは確か、彼の名高き聖人を突き殺した者の名ではなかったか。その名を冠した槍(には見えないが。刺股だ)ならば、相当な業物だと思われる。事実、あれだけの質量を支えて全く曲がっていない。

 誰が、何の為に、如何やって鍛えた槍なのか。真に神々の遺産だとでも言うのか。

「麻帆良の闇は何処まで深いんだ……」

「いやいやいやいや。全~~ッ然深くないですからね。滅ッ茶苦茶浅いですから」

 自分の言葉に反応し、瀬流彦が復活した。

「だが、アレは」

 指差す先には眠りについた巨人(?)が。

「とあるアニメのパロディです。ただの如何仕様もない下らないネタです。マジで」

 疲れた様に、瀬流彦は言う。

「お疑いなら幾らでもこの部屋……と言うか、空間を調べて下さい。僕は疲れたんで、先に上に戻ります。先輩は、上に戻ったら拘束されると思いますけど、まぁ仕方無いかと諦めて下さい。じゃ、お先に」

 そう言い残して、瀬流彦は転移魔法を使った。

 一人訳の分からない場所に取り残されて。

 タカミチは取り敢えず、真実の探求を始めた。

 

 

*****

 

 

 タカミチは留置場、と言うか、ダイオラマ魔法球の中に拘束された。外での一日が中での一時間になると云う仕様であり、囚人の食費を抑えたい時等に使用されるとか。

 タカミチはここで十五時間を過ごした。現実時間では二週間程が経過し、今は三月十日の月曜日らしい。

「正しく浦島太郎の気分ですよ」

 気分は最悪だった。中に入る前に瀬流彦から渡された、漫画とアニメの所為である。”セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん”全七巻と、”新世紀エヴァンゲリオン”全二十六話。麻帆良地下1kmに隠された部屋の元ネタだ。面白くなかったのかと訊かれれば確かに面白かったのだが、エドガー・ヴァレンタインとやらには殺意を抱かざるを得ない。あと、あの二十五話と二十六話は何なのかと言いたい。

 と言うか、扉の前で拳銃を突き付けられるシーンがそっくりそのままだったのは如何云う訳だろうか。瀬流彦に訊いたら『いや、立入禁止区域に入る先輩の姿が剰りにあのシチュエーションそっくりだったんで、ノリで』と返される気がするが。もしそう答えられたら無音拳で殴ろうと思う。

「そりゃあ君。そう云う道具じゃからのう」

 タカミチの愚痴に、学園長が朗らかに笑う。上機嫌だ。最後に会った時は、豪く硬い表情で不機嫌そうだったが。

「――懸念事項は解決したみたいですね」

「うむ。詳しくは言えんが、概ね成功じゃの」

 ふぉふぉふぉと笑う。こちらの動向など、全く意に介していないと云った感じだ。こちらは、麻帆良側の動向を探るのに必死だったと云うのに。今回の”隙”は、千載一遇のチャンスだったのだ。

「大まかな話は渡良瀬君から聞いとるが……まぁ儂が幾ら言った処でお主は信じまい。父と母と妹を殺した本当の敵が誰で、如何云う目的でそれを行ったか。儂は見当がついておるが、それはお主自身が探し当ててこそ意味の有る答えじゃろう。ネタバレはせん。ただ、儂と完全なる世界に繋がりは無い、とだけは言っておこう」

 信じる信じないはお主の勝手じゃが、と近右衛門は言う。

「お主が知らない麻帆良の秘密は、別段害が有る訳でもない。こちらも知られて損をする物でもない。じゃからお主の行動を黙認しておった訳じゃ。今回は色々と込み入った事情が有って、直接お主と関わっている暇も無かったからアレに入ってもらったが……」

 今迄の諜報活動もバレていて、尚且つ放置されていたと云う事か。

 不思議と屈辱とは感じなかった。あの数々の罠が、ただの、あのネタの為だけの伏線だと気付かされたからか。

 軽い冗談であんな物を用意出来る人間が居る組織が、態々陰謀で魔法世界を滅ぼす理由が無い。麻帆良が”完全なる世界”と組んでいたなら、二十年前に武力で滅ぼされていただろう。瀬流彦がアレに(ネタに関しては兎も角、質量の大きさに)対して剰り驚いていなかったと云う事は、あのレベルの悪戯が日常茶飯事と化していると云う証左でもある。太平洋に流されると云うのも、何か実例が有るのだろう。

 と言うか、あんな巨大兵器を大量に持ち出されたなら紅き翼のメンバー全員でも危ういと思われる。数十人で転移魔法を使い、首都上空1kmからでも降らせたならば、戦争は終わる。その様を見れば、何か変な宗教も流行りそうだし。

 アレを造ったのが真にエドガーだとしても、彼が麻帆良に加入してから今迄、魔法世界は蹂躙されていない。なので彼等は、白だ。

 欲を言えば、一人くらいは魔法世界に派遣して貰いたかったが……それはそれで、自分のストレスが溜まるだけだっただろう。

「まぁ以前に話した予定通り、春休みからはグージー君と同居し、彼をガンドルフィーニ君と共に指導してもらう。

「ネギ君は、エドガー君、でしたっけ?彼の弟子に?」

 性格の悪さが移りそうだが。大丈夫なのか?複雑な感情が有るとは言え、恩人の息子なのだ。心配もしよう。

「うむ。もう卒業したが」

「………………え?」

 爺さんとうとう耄碌しだしたか?彼が麻帆良に来てから未だ一月強である。錬金術はそんな簡単な学問では無い筈…………いや、ダイオラマ魔法球が……在っても無理だろう。常識で考えて。加齢の問題が有るし。

「本当ですか?」

「本当じゃよ。信じ難いじゃろうが、幻想空間(ファンタスマゴリア)の応用じゃそうじゃ。まぁネギ君もエドガー君もナギ以上のバグキャラと云う事じゃな」

 ”バグキャラ”の一言で済む話ではないと思うが。唖然としているタカミチに、学園長は手首に巻いていた数珠を見せる。

「この数珠、ネギ君が作った魔法発動体じゃよ」

「!ほう……」

 タカミチには魔法が使えない。だが相手の持つ魔力容量の多寡は分かるし、魔法発動体の良し悪しも理解出来る。これは、業物だ。

 そもそも一般の魔法使いには魔法発動体を選り好みすると云う発想が無い。市販の物に、それ程極端な性能の差が無い所為だ。精々、意匠(デザイン)や持ち運び易さで決めるくらいである。アーティファクトと称される魔法発動体はまた違う格上の物と認識されているが、一般人には仮契約や遺跡発掘等で偶然手に入れるしか手段が無い。富豪ならばそう云った高級品を買えるだろうが、まぁコレクションとして集めるのが大部分であろう。護衛を雇える人間が、実用目的でそう云った物を買う事は少なかろう。クセが有る物が多いので、子供の練習用としては不適切らしいし。

 魔法を使えないタカミチが魔法発動体の良し悪しを判断出来るのは、相手の身に着けている物品から相手の癖や嗜好、実力を判別する為である。なので実戦経験が豊富な彼は、そこそこの目利きなのだ。

 そのタカミチが見て、これは高級アーティファクト並……いや、それ以上の品だと評価出来る。

「……この透明な珠は、まさか、小型のダイオラマ魔法球、ですか?」

「そうじゃな。量子コンピュータ八台が収納されておる。これの御蔭で魔力運用効率が従来の二百五十六倍じゃ」

「…………はい?」

 量子コンピューター?って、機械?……いや、それよりも『魔力運用効率が従来の二百五十六倍』って、何?魔法の射手一発を撃つ魔力で、これだと二百五十六発撃てるって事か?

「ああ。次世代型電子計算機の事じゃよ。特定のアルゴリズムを高速で処理する専用計算機じゃな。従来の魔法の射手一発を撃つ魔力で二百五十六発を撃てる。この黒い珠は一つ一つが特定機能特化型の魔法発動体でな。儂の苦手だった火炎系魔法も無詠唱で放てる様になったわ」

 何それ怖い。伝説級のアーティファクトが霞む程ではないか。

「!こんな物を造れる事が知られたら、ネギ君が狙われます!彼は魔法を使えません!早急に護衛を、」

「ああもう慌てるでないわ。ネギ君なら心配無い」

 学園長に詰め寄ったタカミチだったが、煩わしそうに一蹴された。

「ネギ君が使えないのは魔法だけじゃ。体術は人並み以上じゃし、咸掛法も使える。魔法障壁は展開出来んが、腕時計に仕込んだ機材で空間歪曲防壁(ディストーション・フィールド)なる物理障壁は展開可能じゃ。ぶっちゃけお主より強いぞ?」

「え?咸掛法使えるんですか?あれ?九歳ですよね?」

 マジでバグキャラ?と言うか、僕より強いんですかそうですか。その辺の評価がシビアな学園長が言うならそうなんでしょうが。

「『幻想空間って便利ですよね~』って言っておったわい……まぁそれは兎も角」

 学園長は話を切り替える様だ。確かに、深くは考えたくない事柄である。

「お主の居ない間に、お主の代わりとなる教師を喚んだ。藤沢(ふじさわ) 真吾(しんご)と云う歴史の教師じゃ。今職員室に居るから、引き継ぎを頼むぞい」

「了解しました」

 そう言えば、自分は来月から教師ではなく非常勤講師だった。給料半分以下である。と言うか、独身寮も出なければならないのか?……否、グージー君と同居と言っていたので追い出される事はなかろう。彼の食費くらいは、必要経費で貰いたいのだが。

「……そう言えば、この二週間の給料って」

「無断欠勤扱いじゃが」

 ですよね。イイ笑顔の学園長を後に、タカミチは職員室に向かった。

 泣いてなど、いない。

 

 

*****

 

 

 藤沢真吾と云う男は、一見普通の何処にでも居る三十代前半の青年である。優し気に微笑むトッポイ兄ちゃんと云った風情の。

 しかしその肉体は鋼の如く鍛え上げられており、普段の動きにも隙が無い。実際、政情が不安定な中東アジアで子供達を護りながら教師をしていたと云うのだから、歴戦の勇士と言っても過言ではない。

「初めまして。歴史の授業を担当させていただく、藤沢真吾です。よろしくお願いします」

「初めまして、高畑・T・タカミチと申します。こちらこそよろしくお願いします」

 握手を交わすが、矢張り教師と云うより戦士の手だ。普通の格闘戦なら自分の上を行くかも知れない。

「それで、引き継ぎなんですが……渡良瀬先生と源先生に手伝ってもらって、もう殆ど終わっているんですが……」

 少し言い難そうに、藤沢が言う。

「後は、生徒への説明くらい、ですかね」

 ですよね。二週間有ったらそうなりますよね。

 ……嫌がらせか。気にしていない様に言っていたが、あの爺さん。結構根に持っているんじゃないか?

「丁度、もう直ぐHR(ホームルーム)が始まりますから。一緒に行きましょう」

「ああ……あ、煙草、吸って来てもいいかな?」

「あ、ご一緒しましょう」

 何だ。彼も愛煙家だったのか。愛煙家に厳しいですねぇ麻帆良は、とかそう云う話をしながら外へと向かう。このボロい灰皿も、来年度には撤去されるとか。携帯灰皿を買えとのお達しらしい。

「――それで、僕に如何云う話をしたいんだい?」

 校舎裏手に在る喫煙所にて、タカミチは藤沢に問う。

「おや。バレてました?」

 笑いながら、藤沢は認識阻害結界を展開する。魔法使いとしても一流であるらしい。

「君からは、吸ったばかりの煙草の臭いがしたからね。普通の話ならば放課後で良い筈だから、何か二人切りで話したい事が有ったんだろう?」

「成程。流石は紅き翼のNO.7。ああ。害意は無いのでご心配無く。情報を売りたいだけですから」

「――情報?」

 煙草を口に咥えた処でそう言われ、ライターを持つ手が止まる。

「そう、情報。証拠を付けて十万で良いですよ?」

「――証拠は抜きで五万」

 どうせ、自分で裏を取らなければならないのだ。出費は出来るだけ控えたい。

「英雄なのに意外とケチくさいですね。まぁ良いですけど……」

 そう言って、彼は背を預けていた壁から離れる。

「――三ヶ月前。フェイト・アーウェルンクスを名乗る少年が俺に接触してきました」

 煙草を落とさずに済んだのは、唾で唇に張り付いていた所為だ。

「”完全なる世界”。壊滅していない様ですよ」




藤沢さんは、エドガー作の人造人間です。元ネタはジーザス。

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