最後の物語へようこそ   作:新藤大智

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最後の物語へようこそ 第二十一話

「がははははっ!何もかも綺麗さっぱりだぜ!」

 

 目の前には豪快な笑い声をあげるスキンヘッドの男がいる。パッと見どうみても堅気には見えない彼はアルべド族族長のシド。リュックの父親であり、ユウナの叔父にあたる人物だ。バイタリティー溢れるアルべド族の中でも特にずば抜けた行動力・統率力を持ち、流浪の民として長らく苦しんでいたアルべド族をまとめ上げ、長い年月を費やしながらもビーカネル島にアルべド族のホームを築き上げた。彼が傑物であることに間違いはないのだが、時々考えるよりも先に体が動いてしまうという、一族のトップとしてちょっとどうなのかという悪癖を持つ。いや、だからこそアルべド族で族長をしていられるのかもしれないが。

 

「これが禁じられた兵器………凄まじい威力ね」

「ああ」

 

 俺達は現在、空飛ぶ船───つまり飛空艇のブリッジでホームが綺麗さっぱり消えてなくなる様子を目の当たりにしていた。使用したのは禁じられた兵器の一種。ミサイルのような物が十数発ホームに着弾すると同時、目に見える範囲が火の海に包まれるほどの凄まじい威力だった。これを見るとエボンの教えは許容できない部分が多々あるが、あまりに強すぎる兵器群を使用禁止にすることに関しては賛成だ。

 

(しかし、それにしても………)

 

 威力よりも気になったのは、千年間も海底に沈んでいたのにいまだに使用可能な点だったりする。いくらアルべド族が点検したとしても千年前の兵器など普通に考えれば使い物になるはずもない。百歩譲って単純な構造の機械ならまだしも、飛空艇などと言った複雑な機構を有する機械であればなおさらだ。ゼ○魔の固定化でも掛かってるのか?と疑ってしまうほどの変態的な耐久性には凄いというよりもむしろ呆れる。

 

「───で、テメーらはユウナのガードだったはずだな?一体何があってこんな所に………いや、そもそもユウナは何処にいる?」

 

 豪快に笑っていたシドだが、やがて落ち着くと俺達に尋ねてくる。シドに出会ったのは今から少し前。陥落寸前のアルべドのホームの中でだった。

 

 無残な姿を晒すホームに一人で駆けていくリュックを追いかけ、その内部に入るとそこは地獄のような光景が広がっていた。至る所に転がっているアルべド族の死体、我が物顔で駆け回る魔物、そこかしこに響き渡る銃声に悲鳴。この世界に来て少しは耐性ができたと思っていたが、それでも目を逸らしたくなる惨状が広がっていた。

 

「ケヤック、みんな………どうして、誰がこんなことを………」

 

 仲間の死体を目の前にして、唇を噛みしめるリュックになんて声をかけたらいいのか分からなかった。いや、黙って正解なのかもしれない。どうしようもなかったとはいえ、こうなると知っていた俺が何をどう言ったところで薄っぺらい言葉にしかならない。

 

「エボンの連中だ。奴等が魔物を引き連れて襲ってきやがった」

「オヤジ………」

 

 そこで魔物の駆除と仲間の救出に駆けまわっていたシドと遭遇することになる。シドとしては本来であれば喜ばしい愛娘の帰還だったが、状況が状況なだけ厳しい顔つきのまま現状を端的に伝えた。

 

「何時の間に帰って来たのか知らんが、この際そんなことはどうでもいい。見りゃ分かるがホームはもう終わりだ。そっちの連中と地下行ってあれに乗り込め。脱出次第ホームごと魔物を全部ぶっ飛ばす!」

 

 そして、その言葉に促され俺達も地下のあれ───飛空艇に乗り込んで今に至るという訳だ。

 

 ちなみに召喚士のイサールとドナも無事に飛空艇に乗り込んでいたが、肉体的には兎も角二人とも精神的に大分参っているようだった。彼等は少し前にアルべド族に保護されている。いや、保護というか彼等の意思を無視して強制的に連れてきているので拉致と言っても過言ではないが、極めて丁重な扱いと、究極召喚を使わないでくれと自分の命を真剣に心配してくれるアルべド族にそこまでの悪感情を抱けないでいた。

 

 そこにきてこの虐殺である。彼等はエボンの信者であり、元々は反エボンのアルべド族に対していい印象など持ち合わせていなかった。だが、それでも虐殺していいとまでは微塵も思っていない。直に触れ合い、決して悪い連中でないと知った今ならば尚更のことだ。結果、今回の事は彼等の信仰心に小さくない罅を入れることになる。特にドナは、ゲームでの話だが選択次第では旅をやめることになるほどに。

 

 正直、彼等にもこの段階でエボンの真実を話そうかと思ったが、少し考えて取りやめることにした。ドナとは元々あまりいい関係ではないし、イサールとはジョゼの寺院で二三言交わしただけだ。そんな薄い関係では俺の言葉を信じられないだろう。エボンの教えと現実との間で苦しい思いをするかもしれないが、今はそっとしておくに限る。

 

 というか、そもそも俺とて他人を助けてあげる余裕などどこにもない。

 

「その質問に答える前に、べベルの様子をモニターに出すことってできない?」

「あん?可能だが、べベルにユウナがいるってのか?」

「オヤジ、いいから早く」

「わーったよ、そう急かすんじゃねえ」

 

 ブリッジに置かれた特大のスフィア球にシドが触れると、モニターの一部画面が切り替わる。

 

「ん?こいつぁなんかの式典、いや、結婚式か?………おい、まさか」

 

 映像には煌びやかな装飾や色とりどりの花で絢爛豪華に飾られた聖べベル宮が映しだされている。その周辺には礼服に身を包んだエボンのお偉いさんと思わしき人々が集まっており、警備のための僧兵もかなりの数が配置されているのが分かる。だが、俺が確認したいのはそんなことじゃない。画面の隅々まで見渡す。

 

(………いた)

 

 シドが操作するモニターの映像があるところでピタリと止まった。

 

 そこに映し出されているのは一組の男女。男はその特徴的な髪形と顔面からグアド族と一目でわかる容姿をしており、エボンでも極一部しか着用が許されていない最上位の礼服に身を包んでいる。

 

 対する女性は髪をアップにまとめ、背中と足元を大きく露出させた大胆なデザインのウエディングドレスを身に纏っている。薄いヴェールで顔が覆われているため少々分かりにくいが、その女性は間違いなく───

 

「「「ユウナ!?」」」

 

 ブリッジに悲鳴に近い驚愕の声とシドの怒号が響いた。

 

「おい、リュック!どういうことだ!なんでユウナとあの腹黒野郎があんなことに!?」

「それはあたしが聞きたいよ!そもそもあいつがマカラーニャで───」

 

 リュックがシドにマカラーニャで何が起きたのか説明している間、俺はモニターに映し出される光景をただただ見詰めていた。 

 

(ゲームの時から思ったけど行動が早過ぎる………けど、どうにか間に合いそうか)

 

 この世界の有力者はその大部分がエボンの関係者であり、世界で一番安全といわれるべベルに居住している。そのため招待客を集めるのにそこまで時間はかからない。また、警備という点でもべベルは普段から厳重な警備を敷いているので、それを少し強化すればそれで済んでしまう。もっとも、それらを加味してもやはり動きが早過ぎるとは思うが、俺達等の不確定要素を警戒して多少の無理をしてでも強引に事を進めるつもりなのだろう。

 

 ユウナの安否を確認すると視線を外してシドと向き合う。

 

(さてと………)

 

 一つ深呼吸。モニターに映る光景を目の当たりにして、俺は思いのほか冷静でいることができた。といっても別にこの展開を知っていたからだとか、感情を上手く制御出来ているからとかそういった訳ではない。一周回って逆に冷静になっただけ。

 

 しかし、この状態はある意味で望ましいものだった。これからシドに頼もうとしている事はあまりに無謀。まともな神経では無理だ。なにせ、

 

「つーわけで、リュックのオヤジさん。一族が大変な時に悪いんだけど、あそこまでよろしく」

 

 世界最大宗教の総本山に直接殴り込むつもりなのだから。

 

「………おめぇ、自分が何言ってるのか分かってんのか?べベルの防衛網はハンパじゃねえ。陸は勿論、空から近づこうにも『あいつ』が領空を警戒している。無許可で近づこうものなら即攻撃されちまう。下手すりゃ自殺と変わらんぞ?」

 

 シドの言う通りべベルの防衛網は尋常な物ではない。陸は数え切れないほどの武装した僧兵たちが見回り、上空は『あいつ』───最強の聖獣と言われているエフレイエが常時警戒にあたっている。少しでもその警戒網に触れれば即座に襲い掛かって来るだろう。ユウナがいない今、普通に考えれば召喚獣と同格の化け物を相手に空中戦などあまりに阿呆らしい。禁じられた兵器での援護があるとはいえ、まともに戦えばどうなるか分からない。でも、

 

「勿論。べベルにユウナがいるなら乗り込んで助け出す。それだけっすよ」

 

 スピラに来る前の俺ならば、間違いなく二の足を踏んでいたであろう状況。ここまで巨大な組織に喧嘩を売るなどどう考えても正気じゃない。マカラーニャでシーモアを殺すつもりだったのは、何度も襲われないようにするためというのもあるが、それと同じくらいにべベル突入イベントをなくしたかったという理由もあったのだ。だが、今は自分でも驚くほどに恐怖も緊張もしていない。少なくとも土壇場で足が竦んで動かない間抜けな展開はあり得ないと断言できるほどに。

 

(鉄火場に慣れたからか?まあ、それもあるだろう。けど、なにより───)

 

 それだけ俺の中でユウナという存在が大きくなっていた。

 

 ビサイド島で初めて出会った時、俺はユウナに対して綺麗な人だな、とその程度の感想を抱いたに過ぎなかった。無論、原作の登場人物に会えて感動したし、FFⅩのヒロインだった故に出会う前から好意的な感情があったのは確かだ。けどその時点において恋愛感情は皆無。最優先事項は俺の生存という点に変わりはなく、場合によってはシン討伐の妨害すら視野にいれていた。でも、一緒に旅をしていく間に優先順位が徐々に変わってしまった。

 

 キーリカの船上で決死の覚悟を聞いて

 

 泣きながら踊る姿を見て

 

 ミヘンセッションやジョゼでその弱さに触れて

 

 グアドサラムでユウナへの想いが溢れ出て

 

 雷平原で自分の気持ちを自覚した。

 

 仮に全ての厄介ごとが片付き、祈り子様から日本に帰るかスピラに残るかと選択肢を提示されれば、今の俺はスピラに残る選択を取る。日本に未練がない訳じゃない。家族がいる平和な日本に戻り、平凡に生活していく物語もあるのだろう。だがそれよりも、ユウナが心の底から笑って過ごせる日々を共に歩んで行けたらと思ってしまった。

 

 それが俺の求める物語

 

 それ故に答えは変わらない。ここで退く気は微塵もなかった。

 

「はっ、簡単に言ってくれるな小僧。だがよ、仮に上手くユウナを助けることが出来たとして、その後はどうするつもりだ?もし、このまま旅を続けるつもりならべベルには行かせねえ。たった数年の平和のためにユウナをみすみす死なせてたまるかってんだ!」

 

 怒号を上げるシドにリュックが小さく頷く。

 

 アルべド族は召喚士の犠牲の上に成り立つ平和を認めない。例え召喚士本人が自ら望んで進んだ道だとしても許容することはないだろう。それはイサールやドナの時のように拉致と言う強引な手を躊躇なく使ったことからも見て取れる。

 

 ましてや犠牲になる召喚士が姪っ子であるユウナであればなおさらだ。ユウナ自身がなんて言おうが、どれほど嫌われようとも死ぬよりはましだと強制的に旅をやめさせるだろう。それがシドと言う男だ。

 

「旅は続けることになるかもしれない」

「なんでぇ!やっぱりお前等もそこらのエボンの連中と一緒か!?だったらここから───」

「でも、ユウナに究極召喚は使わせないし、死なせたりしない。その上でシンも倒すつもりだ」

「………おい、そんな夢物語が本気で可能だとでも思ってんのか?」

 

 触れれば切れそうな鋭い眼光を真正面から受け止める。正直に言えば、まだ祈り子様から真実を聞いてない現状では、あまりに不確定要素が多すぎて今後どうなるのか分からない。でも、少なくともユウナを死なせないという言葉に嘘はない。例えべベルでどんな真実が待ち受けていようとも、そこだけは断言できる。

 

「その目、狂人が妄言を吐いてるって訳じゃなさそうだな?おめぇ、一体何を知ってる?」

「まだ断言はできないけど………究極召喚に頼らずにシンを倒せるかもしれない方法に心当たりがある、と言ったら?」

「なにっ!?」

 

 俺の言葉にシドは目を見開いて驚きを顕わにする。もっとも驚きはシドだけでなく、ワッカ達も同様だ。その反応も無理はない。究極召喚以外でシンを倒す方法があると言われれば誰だって驚く。

 

「ちょ、ちょっと、ティーダ、それマジなの!?」

「ほ、本当か!?ユウナが死ななくても済む方法が本当にあんのか!?」

 

 案の定、凄い勢いで詰め寄って来る面々を押し返しながら、頷いて返す。

 

 この世界はFFⅩに酷似しているが、全く同じ世界という訳ではない。恐らくだが、単純にシンの内部に乗り込んでエボンジュを倒すだけでは永遠のナギ節にはならないはずだ。それは祈り子様がわざわざ俺を召喚したことから推測できる。原作と同じ方法で倒せるのなら、俺を召喚する必要はどこにもないからな。俺は、俺にしか出来ない『何か』をするためにここに呼ばれた。つまりその『何か』がシンを、エボンジュを倒す鍵になるとみて間違いないだろう。

 

「あんたどうして今までそんな重要な事を黙ってたの?」

「さっきも言ったけどまだ確証が持てないんだ。だから、悪いけどそれを確認するまでもう少しだけ待ってくれ。近いうちに必ず話す」

「………いいわ。今は聞かないであげる。でも後で必ず教えなさい」

「了解」

 

 深く追及されずに済んでよかったと胸を撫で下ろす。ルールーは頭が切れる上に下手するとアーロン以上の威圧感があるからな。問い詰められればうっかりいらんことを漏らしてしまうかもしれないし。

 

「究極召喚に頼らずにシンを倒すか。それが本当なら乗らない手はねえ、だが………」

 

 俺を見据えながら呟くシド。その目には隠しようもない疑いが見て取れる。

 

 当然の反応だろう。この千年間、シンを倒せたのは究極召喚のみ。それをいきなり、どうやるかは詳しくは話せないがシンを倒す方法に心当たりがある。と言われたって、はいそうですか、とはならない。確証もなく、具体的な討伐方法すら話せない。それでも信じて欲しいなど自分でも虫がよすぎる話だと思う。だが、現時点ではこれ以上何も言えなかった。

 

 そして、無言で俺とシドの視線が交差すること暫し

 

「もう一回確認するが、その話は本当だな?もし嘘だとしたら───」

「そん時は好きにしてくれ」

「ほう、言ったな。俺は容赦しねえぞ?」

 

 シドは指を鳴らしつつ凶悪な笑みを浮かべていた。もし、万が一シンを倒す方法なんてありませんでした、なんてなったら最低でも骨折くらいは覚悟した方がいいかもな。いや、下手すると飛空艇からパラシュート無しのダイビングってことになるかもしれん。

 

「くく、一丁前に吹かしやがる。が、そこまで言うのであればそれに賭けてみるのも悪くねぇか」

 

 幸いなことに俺の真剣さだけは伝わったようだ。シドはそう言ってふっと男臭く笑った。

 

「それじゃあ」

「おおよ、アルべド族の名にかけてべベルまできっちり送り届けたる!(お前等、進路をべベルに向けろ!全速でだ!)」

「(任せろ、オヤジ!)」

 

 アニキの威勢のいい返事と共に、飛空艇は進路をべベルへと向けた。

 

「べベルまでは少しばかり時間がかかる。その間にお前等は準備を整えておけ。船にある物は何でも持って行っていいからよ」

「了解っす」

 

 その後、俺達は突入の準備をするためブリッジを後にする。

 

(………第一関門はどうにか突破)

 

 俺は密かに安堵の溜息を漏らした。万が一飛空艇が使えないとなれば、あのシーンを阻止するのに到底間に合わない。その上、今後のユウナの所在を掴むのも困難になってしまう。しかし、どうにかシドの協力を取り付けることができた。これで足に困ることはない。後はユウナを救出して祈り子の間へと向かうのみ。

 

(恐らくここが最大のターニングポイント)

 

 べベルには、敵としてエボンの教えとシーモア。真実の語り部として祈り子様が。そしてなによりユウナが待っている。ある意味シンとの決戦よりも重要な局面といっていい。そう思うと否が応でも力が入る。

 

「おい、まだ早い。力を抜け」

 

 そんな時だった。不意に横から声がかかる。見れば先程まで沈黙を守っていたアーロンが俺を見下ろしていた。

 

「え?」

「自分の手を見ろ」

 

 言われて視線を右手に落とすと、いつの間にか固く握りしめられていた拳が目に入る。無意識に力を入れすぎていたのか血の気が引いて白くなっていた。

 

「あー………」

「べベル突入はかなりハードになる。今からそんな調子では持たんぞ」

 

 どうやら自分では冷静なつもりだったが、いつの間にか気負い過ぎていたようだ。握りしめていた拳を解し、二度、三度と深呼吸をして少しでも気持ちを落ち着かせる。

 

「すみません。ちょっと気負い過ぎてたみたいです」

「構わん。お前の事情を考えれば無理はない」

 

 かく言う俺も平常心ではいられないからな、とアーロン。俺から見ればいつも通りの自然体のように見えるのだが、この辺は経験の差ってやつか。

 

 パンと両頬を張り、気持ちを切り替える。

 

「………もう大丈夫です。行きましょう」

「ああ、ユウナを助け出す。そして、今度こそ真実を聞かせてもらう」

 

 様々な思惑が渦巻くべベルまでもうすぐだ。俺の物語が何処に向っていくのか不安はある。でも、ここまできたらもう止まるつもりはない。

 

 

 

 

 




待ってました、の感想ありがとうございます。m(__)m
また、誤字脱字報告助かります。

次回べベル突入、の前にユウナ視点を挟みます。


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