花を咲かせましょう   作:輝く羊モドキ

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体調が悪い


彼女の花言葉。

 そこからは正にあっという間の出来事だった。世界樹が完全に倒れるまでの間にあちこちで閃光が何回か放たれ、玉座の間の窓が吹き飛んだと同時に花の王も吹き飛んだ。

 

 いや、何が起きたのよ……?

 

「間に会った……ようね」

「紫っ!?」

 

 花風城の中で突然いなくなったと思ったら、空間を割き突然現れた。

 

「可笑しいとは思っていたのよ。()()幽香が唯々手を拱いているだけだなんてね。花の王がこれほどまでに大々的に動いておきながら、どうして幽香はずっと世界樹の周りをウロウロしていたのかしら?違うわね、幽香はずっと『世界樹の中に侵入しようとしていた』。しかし何らかの理由で幽香は世界樹に入る事が出来なかったのよ。その理由とは何か?相手は花の王、どんな荒唐無稽な可能性でも花の王というだけで実現が可能。可能性を一つ一つ潰していくのは骨が折れたわ」

「……それで、その『理由』ってのは何だったのよ」

「シンプルな事だった。余りにもシンプルだからこそ、花の王にしか出来なかった事よ」

「勿体ぶらないで教えなさいよ」

 

「力の分割……花の王的に言えば、『区別』をしたのよ。『幽香本来の力』と『風見幽香』を」

「っ!?」

 

 それはつまり、博麗神社にある『花の王の神力』と同じ……?

 

「そうして力を削いだ後、幽香をあの場所に封印したのよ。恐らく、魔術的な封印を」

「……例の、天体魔法ってやつかしら」

「その封印でもちょこちょこ動けてた幽香に驚愕を禁じ得ないけど……恐らくそうよ。現に『今日』は幽香の封印のタイミングがズレたのか、いつもの場所に居なかった」

「……待ちなさい、仮に今の幽香が『本来の力』の幽香だってんなら、世界樹を薙ぎ倒した事に説明がつかないわよ」

「……いいえ、説明が付くのよ。簡単な話、『アレが今の幽香の実力』なのよ」

「……は」

 

 思考が停止した。そんな馬鹿な……

 

「霊夢、幽香は真の意味で花の王と同類なのよ」

「なんか納得したわ」

「私が納得しない説明ね」

 

 ふわり、と幽香が優雅に降りてきた。

 

(風見幽香)花の王様(お父様)の娘。家族ではあるけど、同類ではないわ」

「……はぁ?何よその話、初耳なんだけど」

「隠してはいないわ。話そうとも思って無かったけど」

「紫!あんたは知ってたの!?」

「勿論じゃないの。私が花の王の事について知らないことなんて無いわ」

「断言した!?」

 

 

「ああ……八雲紫。お前もまた、俺の古き友だったな……」

 

 

 ぞわり、と。

 ただ声が聞こえた()()だというのにこの悪寒はなんだ。

 まるで、心臓を握られている様な感覚。

 まるで、魂を直接握られているような感覚。

 ちらりと紫を見れば、いつも通りを装ってはいるが指先が振るえているのが見える。

 幽香を見れば、優雅さを忘れ、殺意を目に込めて今にも射殺さんと睨み付けていた。

 

 

「『現在』は、楽しい。常に変わり続ける世界を全力で駆け回っても、未だに新しい発見をする。実に、楽しい」

 

「だが、ふ……と頭によぎる。亡き友にもこの世界を見せたかったと」

 

「今の妖怪の山の長、『天魔』が二代目である事を知っている者は少ない。初代天魔、汪烏(おうがらす)は無二の親友だった。闇よりも深い色をした翼が美しく、当人もそれをよく自慢していた。ヤツ自身は争い事が嫌いなくせに、何かと騒動に巻き込まれる奴だった。そんな事が続いて、色々あって山一つ統べる事になったと聞いた時は大笑いした事をよく覚えている。ヤツが一から育てた天狗に山の長をひっそりと譲った時は、二人で盛大に酒盛りをした物だ。『漸く堅苦しい役割から解放される』『漸くまた世界中を飛び回れる』ってな」

 

「そんな宴が終わり、僅か三日後だった。ヤツは、大勢の妖怪と共に月に戦争しにいった」

「っ……」

「争い事が嫌いなアイツが、自分から戦争に参加する訳が無い。どうせいつも通り、騒動に巻き込まれてなんだかんだと参加する羽目になったんだろう。だが、その真相はもう分からない。アイツ自身表に出る性格じゃない上、俺以外の友が居るかどうかも分からない根暗野郎だ。ひっそりと山の長を譲ったのだって、元々顔を知られてないから始めっから今の天魔が山を統べていた事にする為だったからな。真相を知っている奴は全員月に消えてった」

 

「なんとなく、ヤツが死んだ事は気が付いていた。せめて墓の一つでも作ってやろうと月に行っても、そこには何もなかった。何も、何も。アイツの自慢だった美しい翼も、骸の欠片すら。中に何も入っていない墓に何の意味がある。だから俺は、何の変哲もない、()()()()()()()()()花を植えるだけにした」

 

「誰にも()()()()()最強の鬼が居た事を知っている者は少ない。『魂瓔姫(こんようひめ)』は俺の喧嘩友達だった。会う度に殺し合いの様な喧嘩を繰り広げたもんだ。だが、俺に次いで花を愛するヤツだった。アイツの造る花飾りは今も昔も、誰にも真似できない程に緻密な芸術品だった。ある日の喧嘩じゃあ、()()で大地に巨大な穴を開けた。そんな穴の中でまで喧嘩を繰り広げた結果広がった穴は、今じゃ『旧地獄』なんて呼ばれるなんて夢にも思わなかったさ」

 

「毎日のように喧嘩をして、同じ数だけ酒を酌み交わした。だがある日を境にして、全く姿を見なくなった。毎日のように顔を突き合わせていた相手が急に顔を見せなくなったんだ。そりゃあ不安になった。俺はヤツを探し、探し、探して、十年掛けて漸く見つけた。嘗ての喧嘩で開けた大穴に、ご丁寧にも俺が近づけないように消せない業火で空間を焼き尽くし隠れ潜んでたんだ」

 

「その姿を見た時は驚いたよ。十年前は女盛りと言える見た目だったっつーのに、その僅か十年で骨と皮ばかりのしわくちゃのクソババアに変わっていたんだからな。鬼っつーのは不思議なもんで、ある一定の時期までは非常にゆっくりと成長していくが、その後一気に老化していくらしい。今まで看取ってきた鬼全員がそういう老化をしていったから間違いはないだろう。だが、当時の俺はその事は知らなかった」

 

「アイツは、こんな年老いた姿を見られたくないから隠れた、とかほざきやがる。知った事かよ。今更お前の見た目が大きく変わった程度で扱いが変わるか。そう言ったら、女心の分からないヤツね。だってよ。似たような事ならずっと妖精達から言われてんだよこちとらよ、だが直さねえ。俺は俺だからな。そうして、俺と魂瓔姫は最期の喧嘩をした。何度も、何度も喧嘩をしたっていうのに、その終わりは本当にあっけない物だった。虚しい勝利だった。アイツは死ぬ直前、せめて美しく派手に逝きたいと言った。俺は、その最期の願いを叶える事にした。辺りで燃え盛る業火に更に火をくべ、爆炎を咲かせ、極熱の閃光を咲かせ、空間を紅く燃やし尽くした。鬼の骨すら焼き尽くす炎で、燃やし尽くした。全部、全部」

 

「『丞僧(じょうそう)』。ヤツは只の人間でありながら、我流で剣術を極めた。見たことも無いその太刀筋に見惚れてしまったのを覚えている」

 

「『貫珠神(かんしゅのかみ)』。魚石と呼ばれる珍しい石を沢山コレクションしていた神だ。空間を彩る技術はコイツに教わった」

 

「……皆、かけがえのない友だった。だが、死んだ。病で死んだ。戦争で死んだ。信仰が途絶え死んだ。畏れを無くし死んだ。寿命で死んだ。自然が消え、死んだ。皆、死んだ」

 

「八雲、紫。お前も、きっといつか死ぬ。霊夢、お前も死ぬ。此処には居ない、永琳や妹紅や輝夜も、不死人だっていつかは滅びる。妖精も、いつかは消える。何故なら俺が殺せるから。今までの『今日』で何度も殺せたから。殺せるなら、死ぬ。俺を残して勝手に死んでいく」

 

「ああ、死ぬなら、永遠に保存できるようになればいいのに。だが、この世に永遠は存在しない。俺の一生より永い時間なんて存在しない。常にあらゆる物が変わりゆくこの世界で、唯一俺だけが取り残される(変わらない)。ああ、ならば永遠にこの記録が残せればいいのに。もう、俺は汪烏の翼の色を思い出せない。もう、俺は魂瓔姫の緻密な花飾りを思い出せない。丞僧の刀の煌きも、貫珠神が磨き上げた魚石も、思い出せない。ただ、目を奪われた事実しか、ただ、美しかったという記憶しか、もう思い出せない」

 

「ああ、『現在』は確かに楽しいよ。常に新しい世界が俺を迎えてくれる。だが、億年も生きると『現在』に似た『何時か』がフラッシュバックする。そうしたらもう、駄目だ。新しい世界は、途端に陳腐なモノに見えてくる。『現在』は、新鮮なモノでなくなる。『何億年分の一日』に過ぎないんだ」

 

「『現在』は楽しい。でも、それ以上に『過去』は美しい」

 

 

 どろりとした、粘っこい憧憬が。燃え盛る狂気が。凍える決意が。

 言葉に出来ない感情の発露が。

 全て、全てがそのルビー色の瞳から零れ出していた。

 

『もう彼の心は原型を留めていない。それでも肉体で生きる彼は永きを生き続ける。心当たりはないかな?彼、最近凄い忘れっぽくなってるんだ』

『人間には、『病は気から』なんて諺があるだろう。彼も同じさ。風邪の様な症状は出ないけど、もっと根本の部分から壊れていってるんだ』

 

 ああ、そうか。きっと花の王はもうどうしようもないくらいに壊れてしまっているのだろう。

 

 

「ああ、零無。レイム。何でお前だけが特別なんだ。どうしてお前だけが俺の心を掴んでいくんだ。せめて、お前が最期に俺の心を放していったのならこんなにも苦しくなることは無かったのに」

 

「レイム、レイム。俺は強欲だから、全部全部を手に入れるよ。過去も、現在も。ああレイム、過去を手に入れたら、紹介したい友がいるんだ。レイム」

 

 

 ぼた、ぼた、あらゆる感情をごちゃごちゃに混ぜた液体が滲んだルビーの瞳から顔を伝い、地面に落ちていく。誰かを見ている様で、誰も見てない。

 

「……親しき仲の者が死ぬなんて、生きていれば良くある事よ。でも、失ったモノは戻らない。空っぽになった心は、別の何かで代用して生きていくしかない。()()はその別の何かに花の王が居てくれる。でも、花の王には……」

「……だから、何だってのよ」

 

 花の王が、この世界を捨てて過去に行くというエゴを突きとおすのなら。

 私は、花の王を無理矢理にでもこの世界に引き留めたいってエゴを突きとおすだけよ。

 

「……見て、られないわ」

 

 幽香が、そう独り言ちたと同時に姿が掻き消える。直後、爆音が耳に届いた。

 

「レイム、零無。ああ零無!お前が神とやらに殺されるなら俺が神を殺してやる!俺がお前を守ってやる!だから生きる事を諦めないでくれ!」

「っ……!私はっ!零無じゃない!貴方の娘の風見幽香よっ!!」

 

 目をやると、地面に叩き伏せられている幽香に、さらに追撃を掛けようと拳を振り上げている花の王の姿が見えた。

 

「ああ零無!楽しいなぁ!!お前との殺し合いは血沸き肉躍る!!」

「だからっ!私は零無じゃないっ!!零無は死んだのよ!!」

 

 まるで追えない速度で拳劇を繰り広げる幽香と花の王。速過ぎてよく分からないが、幽香の方が不利……だと思う。

 

「零無!ああ零無!死んでも、死んだ事実ごと巻き戻る力を見せてくれ!」

「私はっ零無じゃ!?」

 

 ごしゃり、と肉と骨が潰れる音が聞こえた。そして、私の足元に向かって幽香が転がり跳んできた。

 

「ゆ、幽香!?」

「ぐ、ギギギィ……」

 

 顔の半分が潰された蛙のように轢き潰れていた。が、幽香が片手で潰れた部位を抑えると瞬時に復元された。

 

 その様子を見ていた花の王は、まるで熱が冷めるように。まるで夢から覚めたように。喜面から無、そして怒へと変わっていく。

 

「零無……じゃ、ない。お前は、ああ。なんだ。お前は、風見か」

「え”えっ……貴方の娘の風見幽香よ。貴方が、死んだ零無に会いたくて、会いたくて、どうしようもなく焦がれて()()()零無のレプリカ」

「お前が、レプリカ?馬鹿言えよ。お前は出来損ないだ。零無のレプリカですら無い」

「それは、どうかしらね?過去に貴方に勝てたのが零無だけならば、私が貴方に勝てば零無の代わりに成らないかしら?」

「俺に、勝つ?『主人公』ですら無いお前がか?」

「あら、『悪逆の限りを尽くす王』の娘なんて、今時なら主人公役にぴったりじゃないかしら?」

「減らず口を……いいだろう、ならその口ごと叩き潰してやる」

「ふふ……やっと、やっとワタシを見てくれるのね!」

 

「霊夢!一旦退くわよっ!」

「っ!」

 

 紫に首を掴まれスキマに押し込められる。その直前に見えた光景は、一瞬にして崩壊していく玉座の間だった。

 

 

 




無理せず短めに切り上げます。


■■ ■■

花言葉:『強さ』『理解』『殺したいほど愛してる』

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