世界樹の中へ入った途端、完全武装した妖精たちの群れが盛大に出迎えてくれた。
「はっ!魔理沙サマの新必殺技のお披露目タイムの様だな!!」
「何言ってるのよ!ここはあたいに任せなさい!!」
「妖精風情は引っ込んでなさい。今宵のグングニルは血に飢えているわ」
「まだ朝よお姉様。馬鹿なの?」
「う、うるさい!」
「お嬢様、あまり激しく動かれますと世界樹の太陽に焼かれてしまいます」
「わ、わかってるわよそれくらい!」
「もう不安になってきたわ……」
「あんたら、誰でもいいからさっさとやるならやりなさい!」
「う、わかってるぜ!ええいお前達どけどけぇ!」
「あたいに指図すんな!」
「あなた達邪魔よ!」
魔理沙からは広範囲を薙ぎ払うようなマスタースパークの亜種が。
チルノからは絶対零度の高拡散レーザーが。
レミリアからは無数のグングニルの槍が。
それぞれかなりの威力を持って妖精たちの群れに突き進む……が、
互いの技が打ち消し合って妖精一匹倒してない。
「……」
「……」
「……」
「ふざけんな!ここは私が一気に薙ぎ払う場面だろうが!」
「バッカじゃないの!?サイキョーのあたいが出ないで誰が出るってのよ!」
「貴方達、このレミリアに恥をかかせて五体満足に生きていられるとでも思ってるのかしら?」
「見ろよあの妖精共のビミョーな顔!なんかどう反応すればいいのか分かんない的な顔してるぜ!」
「アンタ等ジャマだから帰りなさいよもう!」
「……ふっ。アレ等を何とかする前にまず貴方達を消した方が良さそうね」
「上等だぜ。その喧嘩高値で買ってやる」
「ここで氷像になっちゃえ!」
弾幕で妖精の群れの半分くらいを撃ち落とした。
魔理沙達も一緒に。
「あっぶねええええええ!!霊夢テメエいきなり何しやがる!」
「あたい融けたかと思ったじゃん!どーしてくれんのよ!」
「霊夢?いい加減にしないと怒るわよ?」
「あ”?」
「「「ごめんなさい」」」
「次下らない事で喧嘩したら粉々に砕いてあげるから」
「怖っ」
「霊夢、説教は後にしなさい。まだまだ湧いて出てきてるわよ?」
「ッチ、まるで油虫みたいにガンガン出てくるわね」
「よし、なら私が一発!」「あたいがブチかましてあげるわ!」「このグングニルが貫いてあげる」
「「「……あぁ?」」」
ああ、この感情は何だろう。思わず頬が上がっていくこの感情は。
「……ひっ、れ、霊夢……?」
「れ、霊夢……あの……」
「霊夢?なんか今まで見たことも無い笑顔なんだけど?」
「いいのよ?どうぞ続けなさい?」
「ピョッ」
「こ、ここここはサイキョーのアタイがマリサに譲ってあげるわ!感謝しなさい!」
「そそそそうね、私は寛大だからここは魔理沙に譲ろうじゃないの」
「お、おーし私に任せろ!こんな奴等一発だぜ!」
((( 霊夢超怖ぇええええ!!! )))
最初っからそうしなさいっての。
「……霊夢が成長して何よりだわ」
「紫様、何処を向いて言っておられるのですか……」
「ぶっ飛ばしていくぜ!魔砲『弾けるマスタースパーク』」
魔理沙のマスタースパークが妖精の群れに突き刺さった、と同時にマスタースパークが群れの中心で派手に弾けた。
完全武装した妖精でもこれは堪った物じゃないのか、光に飲み込まれてほとんどが消滅した。
「ま、魔理沙……アンタいつの間にそんな事出来るようになったのよ……」
「はっはぁ!どうだアリス!私なりにこの世界樹の生命力を利用した魔法は!」
「いや、凄いは凄いけど……」
「なんかエグイわね」
「そうそれ」
「な、なんだよアリスもパチュリーも……そんなエグイかなぁ」
「いきなり随分好き勝手してくれるじゃあないか」
「っ、この声は……」
「幾人かは見た顔だな……だからといって手加減はしないがな」
グラグラと地震を起こしながら地面を砕くように現れたのは余りにも巨大な鎧に身を包んだ妖精だった。
―雄大で偉大な妖精大隊長―
風間・グラウンドドラゴンテイル・ジャイアント・ソーラーナイト・フルプレートアーマーキングガード・弐番大隊隊長・グラスティティア・ド・パンゲア
「「「名前クソなげぇ!!?」」」
「ああ、うん……前の私と同じリアクションだぜ……」
「キキキッ!ようデカ女!今日も元気にクソジジイの御機嫌取りですかァ?」
「……貴様、花の王に対する暴言癖は治ってないようだな。ここで侵入者共と散るか?」
「キキッ!テメエにあたいが殺せるかぁ?無理だよなぁ!?出来たらもっと前にブッ殺してるもんなぁ?」
「チッ、貴様の様な奴が姉とは思いたくないな」
「……さて、貴様等。ここに選択肢が二つある。一つ目はそのまま帰りいつも通りの日常を過ごす。そして二つ目は……」
「二つ目は?」
「我が手にかかり跡形も無くこの世から消え去るか。さあ、選べ」
「……は、面白い事言うじゃないかデカブツ。お前に鬼の四天王であるこの力の勇儀を倒せるってか?」
「ちょいと待ちなよ勇儀。アタシを差し置いてこんなデカい奴とヤろうってなあ道理が通らないだろ?」
「……じゃ、ここは鬼二人に任せて先に進んじゃいましょう」
「おいおいスキマ。いいのかい?あんなでかいの相手に、鬼とは言えたった二人だけで」
「構いませんわ。むしろさっさと先に進むのは私達の為でもあるのですから」
「?」
「全力の鬼の戦闘に巻き込まれて踏みつぶされるなんて冗談にもなりませんわ」
「私を無視して先に行くのはちょっと早いんじゃないか?ましてや今日は一切の手加減をするなとのお達しだ。貴様等全員でかかって来い!」
「大地の怒りを其の身に受けよ!!」
大地が爆発し、そこから溶岩が大量に流れ出て、噴煙が立ち上り、噴石が乱れ飛ぶ。弾幕というカテゴリーを遥かに超える殺意の込められた攻撃が私達に向かって来る……が、
「ハッ!この程度の熱じゃあ灼けるどころか火傷するかも怪しいモンだな!!」
萃香が溶岩噴煙噴石まとめてその右手に萃め、潰していく。こちらまで一切の熱風すら届かせないその力に改めて鬼の本気を見た。
「な、なんだと!?」
「お前等ァ!さっさと先に行きなァ!アタシらはコイツブッ倒したらすぐに追いつくから!」
「さあ行った行った!こんな奴すぐに倒してやるよ!」
「……任せたわよ萃香、星熊童子。皆行くわよ!」
「くそっ、待て……」
「待つのはお前さ!『怪力乱神の右ストレート』」
ドゴォォォン!と巨大な爆弾でも炸裂したのではないかと思う程の爆音が鳴り響く。
鬼二人が戦っている場面を後目に花風城へ飛んだ。
「っち、ほとんど逃がしてしまったか」
「おいおい、余裕だな。お前は自分の命の心配をした方が良いんじゃないか?」
「っは、馬鹿々々しい。自分より弱い奴と戦って何故命の心配をしなければならないんだ?」
「ああ?」
「言ってくれるじゃないか。『弱い』なんて言われたのは何時振りだ?」
「成程、確かに貴様等『鬼』とは強者の類なのだろう。だが、それが如何した?貴様等より私の方が強い。只、それだけだ」
「ックハ、言ったな?私達鬼は嘘が大嫌いなんだ。どうかその言葉を嘘にしてくれるなよ?」
「ジャブ程度の一撃を弾いただけで良い気になってんじゃないよ。そのうっとおしそうな鎧をぶっ壊されないうちに降参するなら半殺し程度に済ませてやるよ」
「この日輪の鎧を壊すだと?ふ、ふふふ、ふははははは!!やってみるがいい!世界で最も硬い花であるこの日輪の鎧を壊せるものならな!」
* * * * *
「うにゅ……ユウギ、大丈夫かな……」
「……大丈夫さお空!勇儀の姐さんが、デカいとはいえ妖精程度に負けるなんて想像つかないし!」
「でも……」
「お空、鬼なんて殺しても死なない様な奴等ばっかだから心配するだけ無駄よ」
「さとり様がそういうなら……」
「なんだかすごい言われようですね」
「まあ、
若干暗い顔をしている地霊殿組と緊張感の欠片も無い天界組が談話している。
前を見れば未だに沸き続ける武装妖精を薙ぎ払いつつ飛行する魔里沙、チルノ、レミリア。時々互いの弾幕が干渉しあっているが、先程に比べれば遥かにましにはなっている。
「そろそろ例の巨大な門が見えるぜ」
「歪で巨大な魔方陣の門……ねえ。そんなものが本当に有るのかしら?」
「なんだよ、まだ疑ってるのか?」
「魔方陣っていうのは完全な円でこそ最大限の力を最高効率で発揮するものよ。そこに歪みが生じれば大したことない魔法しか起動出来ないわ。それが如何に巨大だろうとね」
「パチュリーの言いたいことも分かるけどあの花の王だぜ?」
「花の王だとしても魔方陣の基礎の法則を変えるなんて無理よ」
「ほんとかなぁ」
「あっ!見えたわよでっかい門!」
「でっかい門……ああ、うん……デカいわね……」
「デカいって言うか……何なのかしら、紅魔館何個入るかしら?」
「アレ門って言うの?壁の間違いでしょ?」
「あの門の門番は嫌だなぁ」
紅魔館勢が巨大な門に対して気の抜けた感想を口に出す。
「白玉楼の門もあれくらい大きければ花の王も門を蹴り破れないわねぇ」
「嫌ですよあんな大きな門。門前の掃除が何時まで経っても終わらないじゃないですか」
「そういう問題か?あんな大きな門を一々開けるのにどんな手間がかかるか想像もつかん」
「あら、門なんて使わないでスキマで直接出入りすればいいじゃない?」
「紫様はちゃんと玄関を使ってください」
冥界勢は冥界勢で意味の無い感想を口に出す。
「未だに全体像が見えないウサ」
「あの門が全部開く事って有るのですかね」
「なんでこう……実用性に欠ける物を造りたがるのかしら?」
「あら、いいじゃない。実用性が無い物こそ美の本質なのよ?」
永遠亭勢は矢や弾丸で撃ち漏らしの妖精共を落としながら話し合っている。
他にも、ザワザワと騒ぎながら一行は突き進んでいく。
つまり、ある意味いつも通りだった。
ふと、武装妖精が見えなくなった。
「お?もう出尽くしたか?」
「みたいね、つまらないわ」
「ふふーん。あたいに恐れおののいたのかしら!」
「ちょ、何よ……これ……」
パリュリーが絞り出す様に声を上げた。
「どうしたのよパチュリー……、あ……あー……」
アリスも続くように霞んだ声を上げた。
既にその巨大な門は目と鼻の先にある。
「これ……これが……魔法陣だって言うの……?」
「なー?言った通りだろ?」
「なんて、歪……でもそれ以上に……美しい構成ね……」
「魔法陣を構成する線一つ一つが小さい魔法陣。その小さい魔法陣を構成する線もまた、魔法陣……。なんて、細やかな造形……」
「四大元素説、五行思想の魔術基礎だけじゃない……数秘術、占星術、神術……数え切れない要素を含んでいて、それら全てを最大限に活用している」
「これは……何?いや、これは何なのかは理解できる。でも、その本質を見抜くことが出来ない。平仮名しか読めない子供が、アルファベットの羅列を見てそれが文字である事は理解できるけどそれが何を意味するのかが分からないように。ソレが魔法陣を構成する要素であるのは分かるのに、私の知る魔術の枠ではソレが何を意味する要素なのかが分からない」
「あらゆる学問、あらゆる技術が詰め込まれて作り上げられた、混沌とした御業。まさしく、魔の法則」
「これが、魔法。その深淵の、底。」
「。理解。出来る、その意味を。掌握できる、」
L深い、深い、魔術の、その奥の、底の、光る、見える、何が見える、_|
「理解、理解、理解、理、解。解、解。解。解、解」
「見える。何が見える、宇宙、宇宙が見える。銀河が見える、」
「ちょ、パチェ!?大丈夫なの!?」
「おいアリス!?正気に戻れ!」
「鈴仙、治してきなさい」
「は、はい師匠!」
「……はぁ、魔法に対してそこそこ程度に造詣のある者にSANトラップ掛けるんじゃないわよ」
「おい聞こえてるぞ永琳!そりゃ私がそこそこ程度すら造詣も無いって言ってんのか!」
「……ま、大した害も無いんならさっさと行くわよ」
「おいおーい。あの魔女二人の症状見て言ってんなら大した肝っ玉だなー」
「あんなの、叩けば治るでしょ」
「お前、発狂状態を何だと思ってんの?」
「ちょっと」
「なんにせよ、先を急ぐわよ。さっさとこんな門開けちゃいましょ」
「だけどどーやって開けるつもりだ?こんなデケー門、相応に重いだろーが」
「ちょっと霊夢」
「そんなもんブチ壊せばいいでしょ?」
「おいおーい。この門はかなり頑丈にできてんだぞー?そんな簡単にブチ壊すとか言わんでほしーなーもー」
「霊夢!」
「五月蠅いわね紫。なによ?」
「貴方の横のソイツ……誰よ……?」
その言葉で、ふと横を見る。そこにはまるで空気の如く気配を同化させた、かつての今日での強敵だった長い銀髪の幼女が佇んでいた。
飛ぶより速く、心臓が動くよりも疾く、その場から転げるように避ける。
刹那、音も、空間も。全てを断ち切る
「ありゃ、避けられた」
「っアンタ……何で此処に!」
「なんで?そりゃ花の王に門番やれって言われたからだよ」
「霊夢!」
「しっかしまー、こんな沢山の御来客なんて初めてだーね」
「え、え!?師匠!?え、でもこっちにも師匠……!?増えた!?」
「増えないわよワカメじゃあるまいし……」
「ででででもアレどう見ても師匠じゃないですか!?ちっさいけど!」
「ちっさいゆーなウサギっ子。すぐ大きくなるわい」
「キキッ、こりゃぁ……ヤバめかもな」
「あんた達、全員逃げなさい。コイツ、強いわよ」
「……霊夢がそこまで言うなんて珍しいわね。でも残念、偉大なる吸血鬼に逃走は無いわ」
「あは。私よりもちいさい子って初めて見たかも」
「妹様も出るのなら私も出ませんと」
「見えない斬撃……弾幕じゃない、純粋な技術……。もし私にも出来るようになれば、更に一歩一人前に近づくかも……!」
「どんなに早くても、須臾の前には霞んで見えるわね」
「んん~。厄を感じるわねー!」
「……あんた達」
「霊夢、貴方は先に行きなさい」
「ここなら本気出しても大丈夫よねお姉様?」
「妖夢~、見えない斬撃、後で見せてね~」
「勿論です!」
「……姫様」
「任せときなさいよ。私もそこそこ強いのよ?」
「雛、あんま大暴れしないでよ?」
「大丈夫よ!」
「はっ、いちにいさんし―ごーろく……これだけ?おいおーい。せめて10倍……いや、100倍は連れてこいよー。私が弱そうに見えるって?残念でしたー、私は技術の化身。歴史に残されなかった御業の集合体。一騎当国の人を超えし超人。王国最強はここに在り。それでもいいのか?」
「あら、私はスカーレットデビル。国を相手にしても一歩も譲らなかった悪魔の中の悪魔よ?むしろそれくらいで丁度良いわ」
「『技術』なんて弱き人間の力よ。圧倒的な破壊を前にどこまでもつか楽しみね!」
「ちょ、妹様。そんな事言われたら私、立つ瀬がないんですけどー……」
「御託は結構です。強い、弱い。そんな言葉に何も意味はありません。……斬れば、分かる」
「あら、私だって国を傾けることぐらい訳無いわ?」
「ふふ、知ってる?どんな英雄も、石に躓く程度の厄であっさり死ぬものよ?」
辺りに戦意が満ちていくのが分かる。
「フラン。ついでにあの大きな門、壊しちゃいなさい」
「はいはーい。キュッとしてー……」
「っ、皆、離れて!」
「 ドッカーン !! 」
爆散。
巨大な門が大きな音を立てながら崩壊していく。当然その巨大さから瓦礫の量も膨大だ。それが高くから降りそそぐ。
「フラァン!お前あぶねえだろ!!」
「あ、ゴッメーン☆」
極太レーザーが瓦礫を焼き払い、こちらにまで被害は及ばなかった。ちょっと肝が冷えたわ……。
まあ、なんにせよ道が出来た。なら進むだけよ。
「あーりゃりゃ。門が壊れちまったら流石に怒られる……かな?ま、一人も通さなければ一緒だよぉっ!?」
「貴方の相手は私達です!」
「須臾を察知できるなんて貴方……変態ね」
「誰が変態だコノヤロー!」
「姫様……あんな汚い言葉を使うなんて後でお説教ですよ……」
「はいはい、さっさと行くわよ」
* * * * *
壊れた門を超え突き進んでいくと、小さな、ほんの小さな違和感を覚えた。王国の城下町、人里とは比べ物にならない程に計算され尽した美しさを持つ街並みに、見るたび新たな発見をする。
前はそう、ここでカラオトお姉ちゃんと出会ったのだ。
「……レイム、なんかヤな予感する」
「チルノちゃんも感じる?」
「なーんかヤバイ気がするんだよねー」
「でもスターの能力に引っかからないんでしょ?」
「そうなのよね。だからこそ嫌な予感というか……」
「お前等妖精共でも分かんねえのか?」
「世界樹の中なんて自然エネルギーが充満して、妖精が活性しそうなもんなのにね」
「活性自体はしてるようね。でも元々が世界樹生まれじゃないから環境の違いからあんまり強化されてる訳でも無いようよ」
「まあなんにせよ、あんまのんびりしてる時間は無いでしょ?ならさっさとあの城まで行くわよ!」
「……ちょっと待ちなさい。あんたドコ向かうつもり?」
「はぁ?ドコって……あそこに見えてるデカイ城でしょ?」
そう言って天子は指を差す。
「おいおい天子、お前ボケたか?そっちにゃ何もないぜ?城はアッチだろ?」
そう言って何も無い方向にむかって指をさす魔理沙。
「貴方達どうしたのよ?城はこの道真っすぐ行ったとこにあるじゃないの」
咲夜が何も無い方向にむかって指をさす。
これは……まさか……。
「そのまさかさ」
「っ!?」
また、真後ろから唐突に現れる。一切の気配もなく。
そのままぬるりと私を通り抜けるように前に出て行く。
「ようこそ人間達。妖怪達。それに、外の妖精達。盛大に歓迎してあげる……」
「あ、アンタ誰よ!」
「目の前に居るのに気配を感じないわ……!」
「なんだアイツ!透けてる!?」
「幽霊……じゃ、無いわね。霊魂そのものに近いわ」
「だけど妖精っぽい羽も生えてるよ?」
「じゃ、合いの子なんでしょ」
「正解~。まあ別に正解しても何かある訳じゃないんだけどね」
ふわりふわりと、人魂のように宙を舞うカラオト。その無感情な目が私を捕らえ、喜びにあふれたような、悲しみに濡れたような、そんな色が見えた気がした。
「では改めて、ようこそ王国の城下町へ。盛大な歓迎会を始めたいと思うけど、いいかな?」
「歓迎会?そりゃいいぜ。当然酒は出してくれんだろうな?」
「はは、残念だけど酒は一滴も出ないなぁ。これより始まるは王国一の楽団による演奏会。アルコールは無粋、聴衆は黙って心を振るわせればいいんだ」
「あら?私達の演奏会はむしろお酒と共に楽しむ事の方が多いわよ?」
「王国一の楽団……ねえ?幻想郷一の楽団とどっちが凄いか比べてみない?」
「音の美しさなら私達も負けない……」
「はは、世界中を回って鍛えた音色の力に適うと思ってるのかな?」
そう言って、何処からともなく大量の楽器が出てきた。
「楽器は多ければ良いってモノじゃないわ」
「そうそう。如何に相手に届けるかなんだから」
「大事なのは、心に響かせる事。聴いてくれる人を下に見る奴なんかに……負けない」
プリズムリバー楽団が、カラオト程ではないが多くの楽器を出した。
「う、歌なら負けないもん!」
「いや、ここは引っ込む所でしょ?」
「えー?面白そうだしいいんじゃない?」
いや、アンタ等は引っ込んでなさいよ。
「さあて、孤独な演奏会にようこそ。憂世を儚む幻影の音色に心も魂も融かし尽くせ」
「儚むのもいいけどどうせなら楽しんだ方がマシよ?」
「心も魂も奮い立たせる幻想の音色はいかが?」
「私達の演奏で音楽の楽しさを思い出させてあげる」
カラオトが指揮棒を振るう。大量の楽器がその指揮に合わせ宙に浮き、整然と並ぶ。
ルナサがヴァイオリンを構える。それに続きメルランがトランペットを、リリカがキーボードを構える。
「ちょっとー!私達だっているんだからー!」
サニーミルクが両手を振り上げながら空に飛びあがる。
「ちょっとサニー!コレ忘れてるわよ!」
「しょうがないわね」
他の二匹も続いて飛びあがる。
ここは任せて早く進みましょう。
「進むったってどっちに進めばいいんだぜ?」
「恐らく妖精達が迷わせているようね……。大妖怪すら欺くなんて大したものね」
「だったらその道の専門に頼んだらいいわ。でしょ?」
そう言ってホオズキを見る。
「あー、キキッ!『嘘』ならあたいの出番だなぁ!惑わせ、狂わせ。時間稼ぎのつもりだろうが残念!あたいの前に嘘も真も意味を成さねえよ!」
両手を地面に突き刺し、力を流し込み、呪文を口にする。
「嘘が真。真が嘘。虚偽虚構の中にある真実。真実に隠された虚言。歪め歪め現の幻。曲れ曲れ現の幻」
ビキリ。と世界が歪んでいくように幻視した。
「嘘を超えた嘘を此処に表せ」
バキリ。と何かが音を立てて壊れたような気がした。
つかの間、気が付けば目の前に花風城がそびえ立っていた。
「……は?」
「キキキッ!これなら流石に迷いようも無いよなァ?」
後ろでとんでもない物を見たかのように固まるカラオト、プリズムリバー楽団、その他妖怪勢。
いや、何してんのよ。
「キキッ!偽の花風城を創った!だが本物と完全にリンクしている偽物だ、お前等が此処に入ってからこの偽物を消せば、本物にお前等が残るって訳だ!」
「あんた何言ってんの?」
「言ってる意味が全然理解出来ないわ」
「そんな事出来るんなら最初っからやりなさいよ」
「あー?色々あんだよコッチには。それよりいいのか?さっさと入らねえと消しちまうぞ?」
色々言いたい事はあるが、一切合切後回しだ。既に日も傾き始める時間になっている。余計な事をしている時間は無い。さっさと行くわよ。
「ああもー訳分かんねえ事ばっかだぜ!!」
「幻想郷の常識でも測れないわ……」
「!つまり世界樹の中でも常識に囚われてはいけないのですね!」
「その顔止めなさい」
そうして次々に城門を潜り抜けていく。
「くっ、ホオズキめ……。妖精包囲網が意味を成さないじゃないか」
「……貴方、口角が上がってるわよ?」
「……はは、見間違いだろ?それよりチューニングは済ませたか?」
「お生憎、こちとら何時でも花の王とセッション出来るように常にチューニングは完璧にしてるわ」
「……そう」
「……何?怒ってるの?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃん」
「怒ってない」
* * * * *
嘗ての今日では花風城の中は別世界と言うに相応しい内装だったが、今は普通の板張りの廊下、そして襖、天井は木材で支えられている、至って普通の建築様式だ。
「お、おい。この部屋、どうなってるんだ?壁に階段?天井に扉?頭がこんがらがってくるぜ」
「こっちの部屋は全てが鏡で出来てるわ。……なんで鏡の中の自分と常に目が合うのかしら?」
「こっちは何もない!壁も、床も、天井も!」
「……ここは、発条だらけね。こいし、触っちゃダメよ」
「この部屋は全部が球体で出来てる。変なのー」
普通じゃなかった。何を考えてこんなモノ作ったのよ。
それよりも、どうしたらここから先に進めるのかしら?
「キキッ、こりゃぁノーミィの奴だな。アイツはこういった意味分からねえ謎解きが大好きなんだ」
「あんたでもどうにもならないの?」
「ならないなァ。アイツは嘘も本当もコロコロ変えるヤツだからな。あたいの能力たぁちと相性が悪い」
「……嘘も本当も
「ほれ、来たぞ」
突然、廊下中に大量の魔法陣が現れ、そこから何かが這いずる様に出てきた。
この何かは……何かとしか表現が出来ない。形も、色も、気配も何もかもが分からない。鵺の正体不明とも違う、ソレを正しく認識する事を頭が拒絶しているかのようだ。
『よく来たデスね。お帰りはあちらデース!』
何か一つ一つから声が聞こえる。
「その声は……お前、ノーミィ……か?」
『もこ、昨日ぶりデスね。今日はお仲間が大勢デスがお生憎、イージーモードで苦戦しまくったのにルナティックモードが突破出来る訳ゃねーデース!』
「ハッ、そりゃどうかな?イージーモードとは言え、ある程度パターンは掴めたんだ。ならルナティックも突破してやるよ!」
『ほうほう?中々大した自信じゃないデスか。ならば突破してみるが良いデース……この魔神の罠を!!』
叫ぶと同時に、何かが飛びかかってきた。皆は一斉に弾幕を張って叩き落とそうとするが、何かは次から次へと魔法陣から現れ、時間が経つにつれ飛びかかる動きもより複雑な動作となり、弾幕を回避していく。
「うあっ!?」
「リグルっ!?っ、しまっ」
「きゃぁっ!?」
「ミスチー!ルーミア!」
「くっ、コイツらどんどん速く……あっ!?」
「橙!」
何かに当たった者はどんどん姿を消していく。恐らく何処かにテレポートさせられたのだろうが……
「総領娘様!危ないっ!」
「っ!衣玖っ!」
「さとり様っ!」
「うにゅっ!」
「きゃっ!?お燐っ!お空!」
どんどん速く動く何かに捕まり、何処かに連れ去られるのをただ見てることしか出来ない事に動揺が広がっていく。
「くっそ!恋符『マスタースパーク』!!」
「騎士『ドールオブラウンドテーブル』」
「ゴホッ、火金符『セントエルモピラー』」
スペルが舞い、合切を吹き飛ばす。かと思いきや、何かが集まり出し、何かガスの様な物を噴き出した。
何か何かって分かりづらいわね……
『生半可な魔法なんて通用しないデース!塵にして餌にしてやるデス!』
ガスの様な物が弾幕に触れたかと思えば、弾幕が全て輝く塵と化し、何かはその塵を吸収した。
「うええ!?そんな馬鹿な!?」
「魔法がかき消された!?いや、魔力が分解されたのかしら?」
「考察している時間は……ケホッ、ゴホッ!」
そうこうしているうちに更に何かが涌き出て……しまった!?
『多人数相手の定石は、散らして各個撃破デース!』
身体に何かが取りつき、まるで臍から引っ張られるような感覚で何処かに連れてかれた。
『さあ、残った者同士で死闘でも繰り広げようじゃないデスか!』
「くそっ、霊夢!」
「紫様っ!紫様は何処にっ!?」
『王様の所には簡単に近づけさせねーデスよ!さあかかって来いデス!』
「……ノーミィ、お前……泣いてるのか?」
『!?ば、馬鹿な事を言うんじゃねーデスよもこ。私が泣いてる訳ゃねーデス!』
「……そうか、勘違いか。ならいい……」
* * * * *
「……ここは」
何かに引き寄せられ、飛ばされた場所は長い長い螺旋階段の下だった。記憶にある、玉座の間へと続く螺旋階段だ。どうしてここに……。
いや、考えるのは後だ。今は先に進まなければ。
「……私以外誰も居ない……か」
嘗ての今日の如く、一人きりで螺旋階段を上る。外の景色はあいも変わらず美しく、見る者を魅了する。
しかし、嘗ての今日と違う所、それは私の後ろには友達が居るということ。今は誰も居なくても、きっとすぐに私に追いついてくる。追いついてきてくれる。その事実が私の背中を支え、押してくれる。
私は、独りじゃない。
「……着いた」
絢爛豪華だった景色に比べ、目の前の扉はなんと質素な事か。だが、この質素な扉を抜ければそこが終点。
覚悟を一つ。決意を抱いて扉を開ける。
そこには……
「ヒュ、カ、ハッ……」
「う……ぐぅ……」
正邪と針妙丸の二人が力なく横たわっており、
「……来たか、霊夢」
輝くエメラルド色の髪に燃えるルビー色の瞳。花をあしらった着流し、王座に座りこちらを見下している姿はどこまでも傲岸不遜であり、どこまでもいつも通りであった。
「正邪!針妙丸!あんたらいつの間に!」
「打ち出の小槌の力を使ってまで態々俺に会いに来たようだ。小槌の力で直接俺をどうにかしようとしたようだが……所詮は鬼の小道具、俺に通用する訳も無い。嘗ての異変のように、強者と弱者をひっくり返そうともしたが、残念。俺はあらゆるヒエラルキーの頂点でありながら、外に居る者。即ち、王。常に最強であり最上である」
「……今日は嫌に喋るじゃないの。いつもみたいに瞬殺してこないのかしら?」
「霊夢。俺は褒めてるんだ、お前達の足掻きを。もっと早くお前達を迎えに行きたかったが、こいつ等が先に来てな。偽の今日を用意したのも素晴らしいアイデアだ。俺の心を見事に乱した、素晴らしい。だからこれはただのご褒美。ゲームトロフィー程度のご褒美だ。嬉しいだろう?」
「あんたが諦めてくれんなら、両手をあげて喜んであげるわよ」
「諦めさせるというのなら、それはお前の手でやるべきだ。なあ、霊夢。お前、今日は何をした?」
「……」
「オトモダチを集め、難攻不落の居城を攻める。単純で良い手だ。だがそれで?面倒事は誰かに押し付けて、自分は最後まで何もしない?馬鹿な。お前は『主人公』だ。なら、最期はお前が手を下すべきだ。違うか?」
「……」
「ずっと」
「うん?」
「ずっと、言いたかったことがあるわ。花の王」
「聞いてやろう」
「あんたは、あんたの言う『主人公』ってやつに拘ってる様だけど。私はそんなモンどーでも良いのよ。確かに私のこの、『やり直す程度の能力』は他の能力とは正に別次元の力だとは思うわ。でも、それが何?私だって弾幕ごっこで負ける事なんて何度もあるわよ。『最後に勝つのが主人公の特権』?馬鹿々々しいわ。最後に勝つのは、私が博麗の巫女だからよ。『思うがままに動ける特別な存在』?アホらしいわ。確かに誰もが誰も、自分がやりたい事そのままに動けるような事は無いでしょうよ。でもね、ソレを含めたって自分の意志なの。だったら究極的な話、誰もが自分の思うがままに動ける存在でしょ?この世界の誰もが『主人公』で、誰もが『登場人物』で、誰もが『名前の無いモブ』なのよ」
「見えない物に拘って、見える物を疎かにしたあんたにあえて言ってあげるわ。そこで倒れてる正邪は、『正邪自身の物語の主人公』なのよ。針妙丸も、『針妙丸自身の物語の主人公』なのよ。誰しもが、自分自身の物語の主人公なのよ。それをゲームだのなんだの軽んじて、寝惚けるのもいい加減にしなさい」
「……」
花の王は俯いて、その表情を窺い知ることは出来ない。だが、少なくともいい気分ではなさそうだ。
突如、遠くで爆音のような、破壊音のような、空間を割くような巨大な音が聞こえた。
玉座の間の窓から覗いている偽物の太陽が明滅する。外を見れば、偽物の太陽の光とは別の光が見えた。
更に続く爆音。それに続いて、バキバキと、メキメキと。
音が聞こえるにつれ、偽物の太陽の光とは別の光が大きくなっていく。
そう、その音は、一つの世界を壊す音だった。
バキリバキリと。いや、もはや表現できない異音を出して世界は壊れていく。
既に偽物の太陽の光は完全に消失した。だがそれでも明るく照らすのは、世界樹の外から本物の太陽が照らすから。
そう、傷を付けることすら不可能に近い世界樹は何者かの手によって大穴を開けられ、倒木と化して行く。
倒れ行く世界樹を内側から見続ける花の王の目には、僅かな驚きと深い悲しみ、そして自身の罪を見るような色をしていた。
私は、開けられた大穴に入り込むエメラルド色の髪にルビー色の瞳を持った少女を幻視した。
次回、彼女の物語。
花の王の罪の色は、この世で最も美しい花の色。