側近の苦難   作:ペンタブ

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苦難と魔王の覚醒―経緯1―

 魔王は側近にされるがままに玉座に座ると、言われるままに言葉を反復していた。

 

「我は極限の状態に死期を垣間見……はい!」

 

「我は……極限の状態に…………かいまみ」

 

「なんですか? 全然聞こえませんよ? もっとハキハキと、自信に満ちたようにキリキリと!」

 

「我はかいまみ」

 

「台詞忘れました? 省略しすぎてなに言ってるのかさっぱり分かりませんよ!」

 

 側近の横暴な態度に、魔王は怒るでもなくげんなりとしていた。

 そもそも感情の変化に乏しい魔王は、こんなことでは怒りはしない。

 面倒。それだけだった。意図もよく分からないことを延々とやらされて、そろそろ勝手に瞼が落ちてきて……。

 

「魔王様! お願いですから真面目に取り組んでください! 時間もありません、ここが正念場なんですよ!」

 

「我は……少年では……」

 

「おい寝るな! 寝るなこのポンコツがっ!」

 

「…………」

 

 思わず素が出てしまったことにも気付かずに主の肩を掴んで乱暴に揺するが、ここで魔王の強靭な肉体が裏目に出てしまった。側近の魔族とはとても思えない矮小な力では、いくら揺すってもゆりかごのような心地よさしか感じない。むしろ眠気を助長していた。

 

「……この国、終わった」

 

 気持ち良さそうに眠る主を見つめて、側近は呟いた。

 

 

□■□

 

 

 魔王城は大きい。弱肉強食を地で行く魔族の間では、強いものこそ正義なのだ。だからこそ、その権威を示すために魔王城は他国の城と比べても倍以上の大きさで設計されていた。

 魔王城に住み込みで働く者が一番苦労するのは、他でもない魔王城の構造だ。理由は様々あれ、どの職業でもそこに住むとなれば、始めの一週間は間取りを覚えることに費やされる。

 寝ても覚めても廊下を歩かされるその所業は、後にも先にも魔生最大の苦痛であると、魔族たちは語る。

 

 そんな多くの魔族を泣かせてきた赤い廊下を、ふらふらとさ迷い歩くものが一人。

 

「じきに攻めてくる……おしまいだ……逃げるんだ……」

 

 それは側近だった。魔王城の側近といえば、誰もが彼を連想する。性格と行動に難がある魔王を親身になって支えているのはその側近くらいのものなので、魔王に仕えるものであれば彼の存在は嫌でも記憶に残るのだ。

 四六時中魔王の傍にいる側近が一人でいるところは珍しいもので、時折すれ違うメイドからは奇異の眼差しを向けられていた。

 しかし今の側近には、そんな視線を気にかけている余裕はない。

 

「荷物をまとめて、台車を用意しないと……魔王様を運ばなければ……海に捨ててやる……くふふ」

 

 もはや狂気と言えるだろう。

 人とエルフの軍団が魔王国に攻めてくる。頼みの綱は熟睡していて目覚める気配はない。

 魔王軍がこの国に現れた時がリミットだ。敵は逃げ帰る魔王軍を追って構わず攻めてくるだろうから。

 

「あれ、側近じゃん。魔王様放ってお出かけとは珍しいね」

 

 体だけではなく視界までもふらつく中で、ふと前から声をかけられた。

 側近は腐敗した魔物(マミー)のように覚束ない動作でその人物を視界に入れると、不気味に笑う。

 

「側近? だれの? 魔王は死んだ」

 

「なに言ってるの……」

 

「なにって…………っ!」

 

 少女の困惑した声が側近の耳に入る。

 その瞬間、あやふやだった側近の意識が覚醒する。

 

「――ま、魔女!? どうしてここにいる! 幹部は戦地に赴いているはずだろう!」

 

「魔導師だよ! 二度と間違えるな! 紅茶と水くらい違うからな!」

 

「質問に答えろおおお!!」

 

 明らかに情緒不安定。落ち込んでいると思えば笑いだし、果ては怒鳴り散らす始末。

 強引に肩を掴んできて血走った形相で叫ぶ側近の姿に魔導師は唖然とする。普段の彼の姿からは想像できないものだったのだ。

 

「なになに、魔王様に当てられてついに気が狂った!?」

 

「貴様が戦線を離脱したら、敵が攻めてくるだろ!?」

 

「知るかよ! ワタシは魔王様を送るために帰ってきたの! 今ワタシだけ戻ってもワタシの魔法はエルフの魔法に相殺されるし、打つ手なしだよ!」

 

「そんな言い訳知ったことか! 今すぐ戻って一秒でも長く足止めをしろ! その間に俺は海を渡って無人島で狩り暮らしを始めるから!」

 

「バリバリ保身目的だし、もはや自発的な島流しだよそれ!」

 

 側近の支離滅裂な発言の数々に、剽軽者として通っている魔導師もさすがに煮えを切らす。

 掴まれた肩を乱暴に振り払い、彼女は側近に向かって魔方陣を展開した。

 

「いい加減に……しろ!」

 

「な、貴様、裏切るつも――」

 

 驚愕に顔を歪める側近を、眩い光が飲み込んだ。

 もともと戦闘が得意ではない側近は咄嗟に目を手で覆うことしかできず、なす術なく魔法を受けてしまった。

 側近は死を悟った。まさかこんなところに裏切り者がいたとは。魔王様に知らせる前に命を失うことが悔やまれる。……そう思っていたが、いつまでたっても意識が残っている。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……なんだ?」

 

「精神を制御したの。狂わす魔法があれば、正気に戻す魔法もあるさ」

 

 恐る恐る目を開けると、変わらず魔導師が目の前にいた。

 視界が冴え渡り、顰め面をした彼女の様子が側近にはひどく面白いものに見えた。

 

「いつも誰かを困らせている貴様が困り顔とは、滑稽だな」

 

「困らせたのは誰だ。……まあ、魔王様の敗退の件は分かるけど、それにしても動揺しすぎだよ。なにがあったのさ」

 

 魔導師に言ってもどうにもならない事だが、このまま一人胸の内に閉じ込めておくには荷が重いと思った側近は、バツが悪そうに口を開いた。

 

「いや、実はふと突破口を思いついたんだが、魔王様はそんのこと知らんと眠りについにてしまってな。魔王様なしではどうにもならないから、つい取り乱してしまったんだ」

 

「突破口……それってどういう?」

 

「魔王様は普段無意識に魔力を垂れ流しているだろ? それがある種のプレッシャーになっていたんだ。なら、自分の意思でもっと膨大な量の魔力を放出して、敵の前で『我は復活した! おまけに強くなった!』とか言えばビビるかなと思ったんだ」

 

「なるほど」

 

 子供騙しだ。少し考えれば分かる。

 こけおどしとしても下策極まりないことだが……しかし、それなりの演出を加えた場合、相手の心象はどんなものになるだろうか。

 魔導師は考える。本来彼女は“知識”を武器にする存在だ。“精霊”の力を借りるエルフ族の魔法とは違って、魔導とは学問であり、それを扱う者の実力は“知識”の量に依存する。

 魔王軍の幹部として魔王に一目置かれている彼女は、魔王国でも最高峰の頭脳を有しているはずなのだ。

 

「……魔王様がいなくても、実行できることはできる」

 

 その彼女があらゆる状況を想定し、自身の持ち得る全てを組み合わせ、一つの答えを導き出した。

 いつになく真剣な声音で呟いた魔導師に、側近はいささか狼狽する。

 

「い、いや、魔王様がいないとダメだって……」

 

「居ないなら、作ればいいじゃない」

 

「…………は?」

 

 魔導師の言葉に、側近は呆然とした。


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