デレマスに転生したと思ったらSAOだったから五輪の真髄、お見せしるぶぷれ~ 作:ちっく・たっく
オリジナルモブキャラ視点が大半です。
アテンション。
【朗報】フレちゃん、武蔵になる
青空のようだと、そう思った。
*****
「リンクスタート」
それはまさに魔法の言葉だ。
その日、約一万人がナーヴギアを被り、ほぼ同時にリンクスタートと唱え、ほぼ同時に今まで生きた世界を離れて天空の城へと至ったのだ。
それが幸運かどうかは人による。
決めかねる人もたくさんいるだろう。
……だけどアタシにとっては、紛れもなく幸いなものなのだ。
眩暈にも似た感覚を覚え、ふと周りを見渡せばそこはもう、アインクラッドだった。
石畳の大通り、煉瓦造りの家々、広場の中心の大きな噴水。
中世風の瀟洒な街並みに、遠くに見える黒い宮殿のような建物。
……あれが罪人と死人の聖地、黒鉄宮か。
分かってるねえ、茅場晶彦。そうそう、こういうのでいいんだこういうので。
視線を自分の両手に落とす。
うんうん、アバター作成にクッソ時間をかけた甲斐があるというものよ。
すぐに茅場晶彦が手鏡で粉砕してくるかもしれないとしても、こだわり抜くのが一流のロールプレイヤーというものだろう。
続いて噴水に歩み寄り、端のほうの透き通った水面に顔を映してみる。
他のプレイヤーもやっているが、アバターの顔の確認だ。
「いいね、……いや、いいのう」
「なあ、あんた、ちょっといいかい?」
ゲーム的な都合だろう。よく映る水面を内心ニヤニヤ見つめている(もちろん顔に出すような迂闊はしない)と、不意に背後から声をかけられた。
*****
ソイツに声をかけたのは、いろいろ理由がある。
俺はベータ経験者で、攻略ギルドを組織するため新人勧誘をしようとしていた。
後のスタープレイヤー達でも、誰もが最初はこの街から始める。
全てのプレイヤーが対等なこのタイミングは、有望な新人を獲得するのにまたとない機会だと考えたのだ。
最初に接触するというのは、この手のゲームでは思いの外大きい。
ソイツは落ち着き払った態度で噴水を眺めていた。
俺を含めた多くのベータテスターは、わざわざ水面を覗きこんだりはしない。
事前に確認できるわけだし、ベータテストで既に通った道だからだ。
ビギナーでも効率最優先ならさっさと武器屋なり道具屋なり酒場なり、気が早ければ街の外に駆け出すものだから、ここにいるのは多少なり「なりきる」ことに価値を見出だしたプレイヤーだろう。
俺はここではガチガチにやる気はないのだ。
ソイツはなにより外見が目立っていた。
齢五十、いや六十は数えるだろうか。
深く皺が刻まれた容貌は大河や時代劇から抜け出して来たかのようだ。
その姿勢はぴんしゃん整っていて、一廉の武芸者を思わせる。
白銀の髪を無造作に後で束ね、その侍めいた雰囲気に拍車をかけている。
初期配布の簡素なシャツとパンツが似合わないことこの上ない。そこは渋い色合いの着流しか、いっそ戦国大名のような甲冑が欲しいところだ。
唯一、その瞳は蒼で日本人らしからぬ色だが、薄く開いた眼はまるで寒い冬の湖面のようで、彼の持つ和風のイメージを損なってはいない。
「なあ、あんた、ちょっといいかい?」
「……儂かな?」
「あ、ああ、そうだ、あんただ」
……声まで渋い。
こちらの腹に響くようないい声だ。
相当こだわり抜いて造ったキャラクターに違いない。
「あんた、ビギナーだろう? 俺はベータテスターでな、いろいろと案内もできると思うんだが、どうだろう、ちょっとレクチャー受けてみないか?」
相手がどれだけ年配に見えようが、中身はそうとは限らない。逆もまたしかり。
だから、どんな相手にも自然体で、あるいは丁寧に接するのがマナーってやつだ。
「分からんのう、なぜこんな枯れた爺に声をかけるんじゃ? 周りに美女がよりどりみどりじゃぞ」
「……中身までそうとは限らない。ここじゃ、美女よりあんたみたいな人の方がよっぽどレアさ」
「……それもそうじゃな」
それから老爺は俺の真意を確かめるようにこっちの目をじっと見て、それから友好を示すように笑って見せた。
……正直、猛禽のような印象が強まり、怖いだけだった。
「申し遅れた、儂の名はムサシという。……今後ともよろしく」
とどめにプレイヤーネームは『ムサシ』
この究極の一人称視点ゲームにわざわざ老人姿で飛び込む豪の者だ。
ネームが『武蔵』と漢字表記が出来ないのはさぞかし無念だったことだろう。
「俺はルシアン。こちらこそよろしく」
「……うむ」
それから俺達はフレンド登録を済ませて武器屋に向かった。
路地の中にある見つけにくい店で、どの武器も値段が安くてお徳だ。
店につくとちょうど二人の客が入れ違いに出ていく。
青い服を着たイケメンと、悪趣味なバンダナを巻いた精悍な若者だ。
それぞれ片手直剣と曲刀を提げている。
「……ムサシ?」
ムサシはここで、初めて落ち着いた姿勢を崩して動揺した様子を見せた。
すれ違った彼らを凝視し、目で追っている。
幸い、なのか、二人組はムサシのそんな視線に気がついた様子もなく、談笑しながら路地を出ていった。
そこでようやく返事が返ってくる。
「……いやすまん、彼らの腰のものに、つい見とれてしもうての。……ここが、儂の求めた世界なのだと実感しておる」
「ああ、なるほど」
確かに、現実ではコスプレ会場以外であんな格好はあり得ない。
実際に振ることが許されていたのは遥か昔だ。
「ウェルカム トゥ ニューワールド ……ってやつだな」
「……有難う。さあ、呆けとる暇はないな。早く刀を振ってみたい」
「残念だけどなムサシ、今すれ違った奴が持ってたのは曲刀って武器で、刀スキルはまだ無いんだ」
「一応、予習はしてきたんじゃ。知っとる。……知っとるが、気分の問題じゃ」
「さよで」
手早く装備を整えて、駆け出すように街の外の草原へ向かう。
ムサシはその外装と名前に恥じず、もしかするとそれ以上に強かった。
何度か感覚を確かめるように空中に向けてソードスキルを放ち、そのままの無造作さで、突進してくるイノシシモンスターの首に叩き込んでみせたのだ。
「……凄いな」
「かっかっか、褒めてもなにも出んぞ」
ムサシは謙遜するが、実際ここで躓くプレイヤーは多い。……恥ずかしながらベータの時の俺もそうだった。
弁明になってしまうが、この世界のモンスターは大きく、そしてリアルだ。
真正面からこちらを殺しにかかってくる巨大な野獣を相手に、たとえ本当に死ぬことはないと分かっていたとしても冷静に対処するのは至難なのだ。
……もしかしたらムサシは警察や自衛隊なんかの武闘経験者、もしくは害獣を狩っているハンターかなにかなのかもしれない。
謎めいた老爺の向こう側が気になってしまうが、もちろん直接問い質すのはマナー違反だ。
「もう何匹か倒してみて使える技を試したら、連携の練習をしてみるか。……遠距離魔法の無いこのゲームのパーティプレイにはコツがあってな……」
「ほほう、成る程……興味深い」
それから、昼の空が赤らむまで二人で狩りを続けた。
ムサシは常に物静かで落ち着いていて、分からないことは素直に物怖じせず、丁寧に聞いてくれる、やりやすいプレイヤーだった。
さて、そろそろ俺達のギルドに加わってくれないか切り出そうか、そう思ったときだった。
リンゴーン……リンゴーン……。
遠くから、鐘の音のようなサウンドが鳴り響き、俺とムサシを青白い独特のエフェクトが包み込んだ。
「って、転移!? なんで」
「……うむ」
ベータテスト時代に見慣れた光に包まれ、狼狽する俺と落ち着き払ったムサシは一瞬の空白の後、気づいたらはじまりの街の中央広場、スタート地点に戻されていた。
……イベント? それともなにかのバグ?
広場には凄まじい数の人が集まっている。
もしかするとログインしている連中は全員が戻されたのだろうか?
「これ、ルシアン」
「……っ、ああ、なんだ」
困惑と怒号が犇めく中で、俺を平静に戻したのは老武人の声だった。
ムサシの声を聞き、その蒼目を見つめていると不思議と落ち着いてくる。
「ここはまずい。広場の中心はまずい。今ならまだ強引に外側に行くのも難しくないじゃろ。……パニックになったら巻き込まれる。すぐ離れよう」
「え、ああ、そうか、離れよう、うん」
……本当に、リアルじゃなにをやってる人なんだろう? 普通、そんな発想が出るものだろうか。
結論からいうと、その場を離れるのは難しくなかった。
プレイヤーがみんな無闇な混乱を止め、空の一点に注目しはじめたからだ。
このゲームにおけるGM、システム側の象徴である赤ローブ、その中身が空っぽで、ついでに巨大にした奴が広場上空に出現したのだ。
赤ローブは『茅場晶彦』と名乗った。
そして、犯行声明、または空々しいフィクションを語った。
いわく、このゲームはログアウト不可であり、死亡すれば現実においても同様に死亡する。
この運命から逃れるためには百層の天空城、つまりこの世界を完全にクリアするしかない。
バカらしい、ありえない、受け入れたくない。この発言に比べれば、この仮初めの世界の方が「リアル」だ。
「ありえない、不可能だ……」
「なぜそう思うのかなルシアン」
この期に及んでも、ムサシはパニックへの同調を見せない。
「……え?」
「脳味噌に直接電気干渉して夢を見せとるナーヴギア、これの出力をちょいとでも上げれば命を脅かすことができる……十分ありえる話じゃあるまいか」
低い声で語られるリアルな予想に、俺の心のどこかが悲鳴をあげた。
「……いや、けど」
「古来あこがれじゃったVRが実現したんじゃ。……デスゲームも、実現してしまったんじゃのう」
「許されないだろう! だいたい、なんで……バカらしい!」
俺は胸中の憤りをそのまま吐き出す。
俺だけでなく、ムサシ以外の回りの連中も似たような有り様だった。
しかし、システム的な仕様なのだろう。
こちらがどれだけ騒いでも茅場の声は透き通るように耳、いや、意識に響く。
この事態が現実である「証拠」を見せるのだという。
「……手鏡」
アイテムストレージに送られてきたのはなんの変哲もない手鏡だった。
取り出してみると、そこには半日ほど粘って作り上げた自信作のイケメンが困惑の表情を見せている。
……その手鏡が、唐突に強い光を放ち、思わず俺は目をつむり……もう一度目を開けば、親の顔より見慣れた顔が鏡に映っていた。
「うお!?」
俺だ。ヤクザのような人相の、痩せこけた男が、睨むようにこちらを見てる。(睨んでない、自然にこうなる)
多くのプレイヤーが手鏡を落としたのだろう。
石畳に落ちて砕ける硝子の音が、広場のそこかしこで鳴り、悲鳴のようだった。
しかし、俺にとっての異常事態はここからだった。
「……なにが? なあ、ムサ……シ!?」
それはまさに、晴天の霹靂だった。
「……ん、んんー♪ アーアーアーアーアー♪ ふむん、なるほどね」
えらい美人が、ほんの少し前まで老爺が立っていた場所にいたのだ。
声も違う。滑らかで美しい声の、発声を確かめている。
年齢は高校生くらいだろうか。
男の俺より少しばかり低い身長、すらりと伸びた手足はカモシカのように引き締まっている。
ひとしきり眺めた手鏡を放り投げる指先は白く、たおやかだ。
長い銀髪を後ろで無造作に括り、チラチラ覗くうなじが素晴らしい。
……顔だちが日本人離れしている。異国の血を感じる目鼻立ち。ぱっちりとした印象的な眼に悪戯な表情。
老爺だった時に湖面のようだった瞳の蒼は、今は随分と違って見える。
青空のようだと、そう思った。
その、この状況にあまりにそぐわず軽やかな少女に意識を奪われて、俺は茅場の話が終わっていることにも気づかなかった。
「で、ルシアン、これからどうするの?」
「え?」
「二つに一つよ。私についてくるか、ここに残るか」
……何を言っているのか分からない。
いや、分からないといえば、全てが分からない。
なんでこうなった?
どうすればいい?
なんでお前はそんなに美しくて、迷いが無いんだ?
「待ってくれ……出るにしても、状況の把握が先だろう。……死ねば、死ぬんだ」
「嫌だ待てない」
爛々と輝く蒼穹の瞳に、一切の躊躇が窺えない。なんで……どうして。
異常なこの状況が、現実世界の俺ではありえないほどの素直さを俺に与えた。
普段なら言えない情けない心情も、今、この時この場所、この不思議な少女相手なら告白できる。
「ムサシ、俺は怖い。……訳が分からない。茅場の犯行やこの世界も、死ぬのも、其処に、そんな、嬉しそうな顔して飛び込もうって言うお前も。……ムサシ、お前は怖く無いのか? どうして、そんな風に振る舞えるんだ」
そう、俺は怖かった。恐怖していた。
このムサシと名乗る訳が分からない不思議な少女に、同じだけの魅力を感じながら、だからこそ恐ろしかった。
「んーとね、今この状況が、私の期待した通りだから、嬉しいし、ワクワクしてるし、飛び込もうとしてる……かな」
「は?」
は?
「ずっと思ってたよ。……主人公になりたい。アニメやゲーム、漫画の世界に入り込んで、出来る限りを尽くして闘ってみたいって」
「それは……」
それは……夢だ。
「ナーヴギアを被るとき、こんなことが起こらないかなって、ほんとに期待した。……だけど同時に、起きるわけない、とも思ってたよ。期待は裏切られるもの……でも」
俺が、誰もが、一度は見る夢、見たことのある夢だ。
……なるほどそうか、茅場だって、きっと。
「起きたんだよ。時計の針は進んだんだ。……この世界はファンタジーだ! 冒険しないと嘘だ! じっとなんてしてらんないわ!」
すとん、と。
ムサシの言葉が腑に落ちた。
……でも、
「でも、やっぱり、俺はここに残るよムサシ」
「ほほん?」
ムサシは何だか楽しそうに、話の続きを促した。
「勘違いするなよ。俺はベータテスターだ……情報を集める、情報を流す。仲間を集めて地道に攻略していく。……違う世界、違うゲームだからって俺のスタイルは曲げない。クリアしてやるよ。ゲーマー舐めんな」
「……うん」
「だから、お前とは行けない」
「そっかー。……やりおるな、ルシアン」
冗談めかして、老爺口調で言ったムサシは、素早く身を翻して駆け出した。
「去らばじゃ若武者ゲーマーよ! いずれまた逢おうぞ!」
「ああ、じゃあな! 美少女侍ムサシちゃんよ! 可愛すぎんだろ! 犯罪だぞチクショー!」
ムサシは行った。
ゲラゲラ笑いながら、はじまりの街を飛び出して、鳥のように去っていった。
それを見送る俺の心は、雨の後の青空のように、晴れ渡るようだった。
多分ここからガンガン独自解釈がくるぞ!
原理主義者は逃げて!