「浜風、話があるんだ」
「何ですか提督。秘書艦から外した私に、いまさら何の御用があると言うんですか?」
何やら必死な形相を呈した提督に呼び止められる。
数日ぶりに声をかけられ、思わず喜びの気持ちが湧きあがったのも束の間。
私の気持ちも知らずに、日替わり秘書艦なんてものを始めた提督への不満から、つい素っ気ない態度を取ってしまいます。
子どもっぽいですって?
はい、
ちょっとのことで駄々をこねる典型的なワガママ娘。それが本来の私です。
理不尽と自覚していても、このイライラを抑えるなんて子どもには不可能なのです。
プイッと顔を背けてやります。
「ご相談があるのなら本日の秘書艦に言えばいいのでは?」
そんな生意気なことを言って唇を尖らせていると……
「そのことなんだが。俺、気づいたんだ──やっぱり秘書艦を任せるなら浜風しかいないってことを」
「え?」
て、提督。いまなんと?
「何人かの艦娘に秘書艦をやってもらって、やっとわかったんだ。俺にとって必要な存在は……浜風。お前しかいない」
そう言って提督は、ぎゅっと私を抱きしめ……
って、はええええええ!?
「ててててて提督!? にゃにゃにゃにを、するのでしゅか!?」
突然のことで呂律が回らない!
だって憧れの提督に抱きしめられてるんだもの! ふえええええええええ!
「俺も驚いているよ。まさかここまで俺の中で浜風が特別な存在だったなんて」
「て、提督?」
「だがもう自分の気持ちを誤魔化せない。浜風、ずっと俺の傍にいてくれ」
ほええええええ!?
何という夢のようなシチュエーション!
まるで理想がそのまま現実になったみたいじゃないですか!
「ああ、こうしているとお前への思いが溢れてくる。もっと早くこうしていればよかった」
「提督っ!」
そ、そんなこと言われたら……私だって自分の気持ちを抑えられなくなっちゃう!
「提督……私も、私も本当はっ!」
あなたに思いきり甘えたいんです! というかもっと抱きしめて『イイコイイコ』してください! ふえええええ!!
と、ずっと秘めてきた思いを打ち明けようとしたその瞬間……
「どっこいしょ~! お~い浜風~いつまで寝てんだ~い!」
谷風に布団ごと抜き取られて床に転がる私。
まあ、夢オチですよね。わかってましたよ、ええ……。
わかっちゃいましたけど、もうちょっと見せてくれたって良いではないですか。
せめて夢の中ぐらい『あんなことやこんなこと』して甘えたって。ねえ神様?
ていうか、おでこ痛い。
「ほれほれ浜風いつまでボケ~っとしてんだい。今日も青葉さんと盗聴……げふんげふん。提督に甘える方法お勉強すんだろ? ちゃちゃっと起きな~。いやぁ、こんなことに付き合ってあげる谷風さんってば本当仲間思いないい奴だよね……っていひゃひゃひゃっ! ふぁんで頬つねんだよ~!」
お黙り谷風。現実はいつだって非情なのよ。
いやホントに非情。
でも浜風、めげません。しょげません。決して泣きません。
あの夢を正夢にすべく、今日も一日頑張るぞい、です。
──────
私以外の艦娘が秘書艦をやった場合、提督とどんなやり取りが行われるのか。
奥手なせいでロクに提督と会話もできない私がコミュニケーション方法を学ぶため、日替わり秘書艦の様子を青葉さんと一緒に拝聴し始めてから早数日が経ちました。
「さあ浜風さん! 今日も張り切って司令室の様子を調査しましょう!」
あれから宣言通り、律儀に私を手助けしてくれる青葉さん。
ちなみに同室の三人は素っ気ないことに、いろいろ理由を付けて席を外すようになりました。
浦風はやはり盗み聞きすることに負い目があったのか「ほどほどになぁ~?」と苦笑を浮かべて退室。
磯風はすぐに興味が薄れたらしく「私よりも強い奴に会いに行く」といつものように出撃&演習へ。
谷風は頬をつねったのが癪に障ったのか「てやんでぃ! もう付き合いきれっかこのツンデレェ!」と逆ギレして遊びに行きました。
まったく、冷たい姉妹たちですね。人がこんなにも思い悩んでいるというのに。
ふんだ。当分の間クッキー焼いてあげません。
「さて、どうですか浜風さん。これまでのケースで参考にできそうなものはありましたか?」
「そうですね……」
日替わり秘書艦の様子を観察して判明したのは、やはり艦娘によって提督が見せる顔は様々だということでした。
私が秘書艦をやっていたら決して見られなかっただろう提督の一面を、この数日でいくつも確認できました。
提督のこと、いろいろ知れて嬉しいです。えへへ♪
……しかし、提督といま以上に親密になる方法を探るという肝心な目的を考えると、
「正直、最初の皐月さん以降ない気がしますね」
皐月さんの素直なところや純粋な愛らしさは、捻くれ者な私にとって、たいへん参考になるものでした。
けれど、どうやらあれはレアケースだったようです。
「まさか、秘書艦をしっかりやる艦娘がここまでいないとは思いませんでしたよ……」
皐月さんの後に秘書艦を務めた艦娘ときたら、それはもうヒドイものでした。
たとえば……
──日替わり秘書艦②金剛の場合──
『HEY! 提督ゥ! やっと二人きりになれたネー! サァ! この機会に心置きなく私と愛を育むデース♡』
『いや、秘書艦の仕事してくれないかな?』
『もちろんデース! でもその前にお互いのLOVEをあつぅく確かめ合うヨー♡ 提督ぅ! バーニングラアアアァッ……』
『不知火』
『はっ。お傍に』
『退場』
『御意』
『Nooooo!! 提督のイケズゥゥ! ってOhッ!? ヌ、ヌイヌイ! 相変わらず駆逐艦とは思えないこのPowerはいったいどこからっ……』
金剛は秘書艦よりも提督とイチャイチャすることを優先したので即解雇。まあ当然ですね。よこしまな理由で秘書艦をやろうとするなど言語道断です。
確かにこれはこれで提督とスキンシップを取るための方法のひとつなのでしょうが、しかし私は提督に迷惑をかけたくはありません。
私の理想はしっかりと執務をこなしつつ、同時に和やかな空気を提督との間に作り出すことなのです。
そういう意味では金剛の行動はNGです。そもそも私には絶対あんな真似できませんけど。
私にとって金剛は前世のことが相まって思い入れ深い艦娘ではありますが、提督のお仕事を邪魔するのであれば、向ける慈悲などありません。
というか秘書艦を口実に提督とイチャつこうとしてんじゃねーです。羨ましい。
なにはともあれ不知火姉さんグッジョブです。
さすがは我が鎮守府『影の実力者』『提督の番犬』と恐れられる艦娘。迅速な実行力と提督への厚き忠義心に浜風、感服致しました。陽炎型駆逐艦の誇りです。
え? どうして戦艦の金剛が駆逐艦の不知火姉さんに押し負けているかですって?
……不知火姉さんに勝てる艦娘っているんですか?
まあ、こんな具合に真面目に秘書艦をやろうとする艦娘は思いのほか少なく……
──日替わり秘書艦③鈴谷の場合──
『ね~提督~。鈴谷ちょ~っち遊びに行きたいなぁ、なんて♪』
『はい、次この書類な』
『ぶぅ~。つれないなぁ』
『あのなぁ。お前から秘書艦やるって言ったんだから真面目にやってくれ』
『たまには息抜きしたって良くな~い? 最近いい感じな喫茶店が街にできたんだよ~? ね、鈴谷と一緒に行こうよ~♪』
『仕・事・し・ろ』
『ちぇっ。はいは~い。……もう、せっかく二人きりなのに、ちょっとくらい意識してくれたって……』
『ん? 何だよ。愚痴ならハッキリ言え』
『っ!? い、言えないし! もう提督の鈍感!』
……けっ!
何ですか何ですか、揃いも揃って浮ついちゃって! けっ!
まあ鈴谷さんのようにフレンドリーな軽さは私にとっては特に必要なものかも、とは一瞬でも思いましたが……何だか悔しいから参考にしません!
ともかく、秘書艦の仕事は提督とイチャつくための時間じゃないんですよ! まったくもって、けしからんです。
挙句の果ては、こんな艦娘までいるぐらいです!
──日替わり秘書艦④ポーラの場合──
『てーとくぅ~♪ 疲れたカラダにはこの一杯が効くんですよ~♪ ほらほらグイっとどうぞ~♪』
『いやポーラ、仕事中だから』
『うぃひっひっひっ♪ お堅い発言は、聞こえない~♪ ていうか暑い~服が邪魔~♪』
『ザラあああぁ! この酒乱なんとかしてくれ~!』
もはや論外。
「知ってはいましたけど、うちの鎮守府って自由人というか問題児が多いですよね青葉さん」
「何でこっちジッと見て言うんですか浜風さん」
「とにかく、私としてはもうちょっと模範的な意味で参考になるような甘え方を知りたいんですよ」
「真面目な浜風さんらしいですね」
当然です。
提督の信頼を得るためにも、いかなることであれ堅実な姿勢で臨まなければ。
そうして初めて、提督からお褒めの言葉を頂戴できるのです。「浜風は本当にイイコだな」と頭ナデナデしてもらえる筈なのです。撫でられたいなぁ、早く。
「しかし、このままでは提督が気の毒です。よもや、ここまでマトモに秘書艦をこなせる艦娘がいないとは」
「まあ、ほとんどが不純な動機で希望されているようですからね」
「やはり真に秘書艦にふさわしいのはこの浜風ということですかね。ええ、きっとそうです。いまこそ司令室に突撃し、名誉挽回する絶好の機会……」
「あ、でも今回の秘書艦は心配ないと思いますよ?」
「あ゛っ?」
「ひっ!? 何で威圧するんですか!? 本来の目的を忘れないでくださいよ浜風さん!?」
「失礼。で、本日の秘書艦はどなたですか?」
──日替わり秘書艦⑤加賀の場合──
「加賀さんですか。まあ彼女なら確かにキッチリ仕事をこなすでしょうけど……」
「でも甘える方法を参考にする上では一番参考にならない人ですよねー」
空母におけるカリスマ的存在、加賀さん。
鎮守府古参メンバーの一人でもある彼女は、一航戦の名に恥じない活躍ぶりを見せ、いくつもの武勲を立ててきた歴戦の実力者です。
提督も彼女には特に厚い信頼を置いているようで、重要な作戦時には必ずと言って良いほど彼女を起用しています。
しかし、加賀さん本人は実に冷ややかで淡白な方です。
感情的になった瞬間はおろか、笑ったところさえ見たことがありません。
彼女が内心でいったい何を考えているのか、いまでもわかりません。
『提督。ここはコレでいいかしら?』
『うん、問題ないよ。さすが加賀さん。一航戦は書類仕事も優秀だね』
『当然よ。他の艦娘と一緒にしないでちょうだい』
『す、すみません』
司令室に送られた青葉さんの偵察機が、現場の様子を音声で拾って私たちに報せてくれる。
そこで行われているのは、やはり仲睦まじいとは言い難いやり取りでした。
「う~ん。やっぱり加賀さんは素っ気ないですね~。浜風さん、今日ばかりは多分、参考になるような交流は確認できないと思いますよ?」
「そのようですね……」
正直言うと、クールで無愛想な加賀さんにはシンパシーを感じるところがあったので、私でも実現可能なスキンシップをやってくれるのではないかと内心期待していたのですが……
やはり誇り高い一航戦ともなると、たとえ提督相手でも簡単に心を許さないのかもしれませんね。
などと考えた矢先のことです。
『……ところで加賀さん』
『何かしら?』
『仕事を手伝ってくれるのは大変嬉しいんだけど……』
『何かご不満でもあって?』
『不満というか、その……』
「おや? 何やら司令官の様子がおかしいですよ?」
「むむ? 本当ですね。何事でしょうか」
提督のこの声色のパターンからして……これは余程「気まずいなぁ」と思ったときの状態ですね。浜風は詳しいんです。
たぶんいまの提督、胃をキリキリと痛められていることでしょう。お可哀そうに。あとで胃薬持って行ってあげなくっちゃ。
しかし、いったい加賀さんの間で何が……
よもや、そこまで神経を張り詰めるほど、現場では険悪な雰囲気ができているのでしょうか。
『別に大きなミスは犯していないけれど?』
『うん。それはそうなんだけど。でもさ……』
提督は一度コホンと咳払いをして。
『──俺の膝に座る必要ある?』
天地がひっくり返りそうな衝撃発言を投下しやがりました。
……ってええええええ!?
お膝!?
あの加賀さんが提督のお膝に座ってるって言うんですか!?
「うっそぉおおお!? あの超クールビューティーな加賀さんがああ!? あの超セクシーダイナマイツボディの持ち主である加賀さんが司令官のお膝にぃぃ!?」
これには青葉さんも素でビックリ。
『何か問題でも? このほうが仕事を手取り足取り教えてもらう上でも効率がいいと思うのだけど』
いやいや! それは流石にないですよ加賀さん!
『あの、何というか絵面的に問題があるというか……』
そのとおおおりですよ提督!
さあ加賀さん! 早くそこから退きなさい! そのお膝は私の指定席(予定)です!
『んっ……提督、あまり、首元に息を吹きかけないで』
何ですかその異様に色っぽい声は。女の私までドキっとしちゃったんですけど。
『か、加賀さん。やっぱり降りてくれ。これは、いろいろとマズイ……』
『マズイ、とはどういう意味なのかしら』
『え?』
『それはつまり……』
加賀さんの声は、ますます艶を増す。それはまるで……
『私を、女として意識してくれている──ということですか?』
普段の冷ややかさなんて微塵もない。乙女、そのものでした。
『提督。どうなの?』
『加賀、さん……』
『あなたにとって私は、いまでもただの艦娘の一人に過ぎないのかしら?』
こちらの心臓まで早鐘を打つような、加賀さんの切なげな問いかけ。
それを間近で向けられている提督は、いったい、どんな反応を……
『……すまん加賀さん! ちょっとお手洗い行ってくる!』
『きゃっ!』
『すぐ戻るから! 頼んだところ進めておいてくれ!』
どうやら提督は無理やり加賀さんを膝から退かし、慌てて司令室から抜け出したようです。
シンと静まり返る司令室。
しばらくすると、加賀さんの呆れの溜め息が聞こえてきました。
次いで、コテンと机に額を乗せたような音がしたかと思うと、
『……意気地なし』
少女のように拗ねる呟きが、虚しく室内に響きました。
「い、意外でしたね。まさかあの加賀さんまで司令官にあんな大胆なアプローチを仕掛けるだなんて」
「……」
そう。
加賀さんでさえ、あんな風に提督に甘えることができるんだ。
駆逐艦の私なんかよりも、ずっと素直に、直球に。
「でもこれは思わぬ収穫でしたね浜風さん! 浜風さんと似たり寄ったりなタイプの加賀さんのあのアプローチは、ぜひ参考にすべきですよ!」
青葉さんの言う通りだ。
不意な出来事ではあったが、私にとってベストな解答が今回のことで見つけられたように思う。
効率重視と称して、提督のお膝に座る。
少なくとも空母の加賀さんより、幼い駆逐艦である私がやったほうが違和感はない甘え方だ。
イメージしてみよう。
あの人の膝に乗る、その瞬間を……
イメージ、して……
あれ? おかしいな……
「さてこの調子でどんどん加賀さんを観察していきましょう! いやぁ、これは大スクープになりますよぉ!」
青葉さんの声が遠い。
頭の中に、何も浮かんでこない。
いつも夢に思い描いていた光景が……うまく、出てこない。
何、この気持ち?
これまでの秘書艦たちが提督と交わしたやり取りを思い返すたび、胸が締め付けられそうになる。
何、これ?
すごく、すごくイヤな気持ち。
どうして、こんなに、胸が苦しいの?
提督。
私、本当は……
「さあ浜風さん! 司令官に甘えるという夢を実現するためにもこの調子でがんば……」
「すみません青葉さん。もう、結構です」
「え?」
チカラなく立ち上がって、部屋を出る。
「ちょ、ちょっと! どうしちゃったんですか浜風さん!? 日替わり秘書艦の様子を観察しなくていいんですか!?」
「はい。いいんです、もう……」
だって、はっきりわかってしまったから。
「私じゃ、やっぱり──皆さんと同じことは、できないみたいです」
提督に素直になる。
そんな皆が当たり前にできることが、私には……。
「ワガママに付き合わせてすみませんでした、青葉さん。それでは……」
「あっ! 浜風さん!」
引き留める声も聞かず、私は走りだしました。
どこかへ向かっているわけではありません。
ただ、一人になりたい。
「……」
何やってるんだろ私。
自分のことばっかり考えて、皆を振り回して、それで迷惑かけて。
その結果、出た答えが何?
私は結局──想像の中ですら提督に甘えることができない、ただの臆病者じゃないか。
何が甘える方法を参考にするだ。
そんな方法、皐月さんの時点で見つかっていたじゃないか。
でも、できないって決めつけてスルーした。
つまり、そういうことだ。
いくら良い方法が見つかっても、私はそれを実行する勇気がない。
もし提督に拒まれたら、どうしよう。一度でもそう考えた途端、及び腰になってしまう。
だから、結局なにも変わらない。
こんなことでは、いくら日替わり秘書艦の様子を観察しても、同じことだ。
「うっ、ぐすっ……」
それに、他人のモノマネで甘えたって、そんなの本当の私じゃない。
私は、本当の自分をあの人に知ってほしいんだから。
だけど……
「怖い。怖いよぉ……」
知ってほしいのに。わかってほしいのに。
本当の自分を見せることが、すごく怖い。
提督に……あの人に、呆れられたくない。
いまの関係を壊すことが、とても、とても怖い。
「提督……提督ぅ……」
苦しい。
皆ができて、自分にはできない。
それが、すごく苦しい。
悔しくて、情けなくて。
でもそれ以上に……
「ぐしゅっ。よく考えたら私以外の秘書艦の様子を観察とか……ただの罰ゲームじゃないですか~!」
うわーん!
もう何日も提督と会ってないよぉ! お話しできてないよぉ!
寂しいよぉ!
提督に会いたいよぉおおお!