浜風は提督に甘えたい   作:青ヤギ

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浜風VS夕立

 栓を抜いたように、という比喩がある。

 いままで抑圧されていたものが、何かの拍子ではじけるように噴き出すというもの。

 一度本音をぶちまけたことで、浜風の心の奥底に沈澱していた感情の塊は、いままさに言葉というエネルギーとなって大爆発していた。

 

「なんなんですか! ちょっと見た目が大人っぽいってだけで、皆さん私を大人扱いして! いいじゃないですか私だって子どもみたいに振る舞ったって! 駆逐艦なんですから! お子ちゃまなんですから! そう思うでしょ夕立さん!?」

 

「ぽ、ぽい……」

 

 その矛先を一方的に向けられる夕立。

 無邪気な夕立は決して意図して浜風を煽ったわけではない。

 が、結果として浜風のデリケートな部分に立ち入ってしまった彼女は、パンドラの箱を開けてしまったのも同然。

 長い間、蓄積されてきた不満不平は怨嗟のごとく牙を剥いて、唖然としている夕立に理不尽に襲いかかる。

 

「駆逐艦の中で私だけ子ども扱いされないむなしさがアナタにはわかりますか!? わからないでしょうね~! 普段から提督に存分に甘えられるアナタには~っ!」

 

「は、浜風ちゃん、ちょっと落ち着いて欲しいっぽい」

 

「落ち着けるわきゃないでしょ! もうこちとら我慢の限界ですよ!」

 

 もはや完全に人が変わった状態で浜風は因縁の相手にマシンガントークを畳みかける。

 

「どうしてどうして!? どうして私だけいつも子ども扱いされないんですか!?

 朝潮型の皆さんと遠征から帰ってきたときだってそうですよ! 大潮さんがですね! 『遠征成功のご褒美に頭を撫でてください!』って提督におねだりしたんですよ! 優しい提督は当然こころよく撫でましたよ!

 ついでに大潮さんだけじゃなく、その場で羨ましがっている朝潮さんや荒潮さんや満潮さんの頭も撫で撫でしましたよ!

 ……でも――私だけ! されなかったんですよ! 同じ駆逐艦なのに! 駆逐艦なのに!」

 

 それは確かに理不尽だ、とさすがに同情しそうになった夕立だったが……

 

「どうして!? 心の中で『提督! 私も撫でてください! 届いてこの思い!』って念じながら視線で訴えていたのに! どうして提督は蛇に睨まれたカエルみたいに怯えちゃうんですか!? どうして手を引っ込めちゃうんですか!? そのまま私のことも撫でて欲しかったのにどうして『あ、すまん。浜風は、別に良かったか……』って謝るんですか!? やってくださいよ! なんでそこでヘタれちゃうんですか!? 提督の意気地なし!」

 

「……」

 

 それはひょっとして、浜風が睨んでいるようにしか見えなかったからではないか?

 と指摘したい夕立だったが、暴走した浜風の耳に届きそうにもなかった。

 

「うわあああん! 浜風も提督に『イイコイイコ』してほしいのにぃ! いっつもいっつもそのために頑張ってるのにぃ! なんでなんでぇ!? なんで毎回うまくいかないのぉ!? 浜風も提督に甘えたいのに! 甘えたい甘えたい甘えたいのにぃぃぃ!」

 

 ついにはお目々をバッテンにしながら号泣しだした。

 普段の大人びた声色は、キィキィと甲高い鳴き声へと変わっていく。

 まるで瑞鳳のようにトーンの高い声だ。いまならば瑞鳳の十八番台詞である『食べりゅ?』も違和感なく声真似できることだろう。

 

「うえええええん! 提督のおバカあああ! 鈍感! 私の気持ちにちっとも気づかないでえええ!」

 

 さらには湯水に向けて拳をパシャパシャと叩きつける。

 その様子は、欲しいものをねだる駄々っ子そのもの。

 心なしか、頭身まで縮んだように見える。具体的には二頭身ほど。

 もちろん錯覚なのだが、浜風の『大人びた駆逐艦』の印象は完全に砕け散った、と言っていい。

 

 とつぜんの幼児退行をし始めた浜風を前にして、夕立は完全に途方に暮れた。

 

 というより、ぶっちゃけ『……め、めんどくさっ』と思い始めていた。

 

「ああ! (ねた)ましい(ねた)ましい! 幼さを武器にして思う存分に提督に甘えられる艦娘が妬ましいぃ! おもにアナタのことですよ夕立さん!」

 

「え~……」

 

 浜風の愚痴は尚も止まらず、その矛先は再び夕立へと向けられた。

 夕立は苦い顔を浮かべて、あとずさった

 

「ちょっと! なに『自分は関係ない』みたいな顔してるんですか!? 私はね、ずっとアナタに惨めな思いを味わわされてきたんですよ! 見た目は軽巡! 中身は駆逐艦! そんな共通点を持ちながら、アナタはなぜあんなにも無邪気に提督にじゃれつくことができるのですか!? 浜風にはできないことをさも容易に!」

 

「それは~、だから~、夕立は提督さんのことが大好きってだけで~。ただ自然に~、普通に~、したいように~、してるだけっぽいよ~?」

 

「『ぽいよ~?』じゃ、ねえですよ! 自慢ですか!? 提督と顔を合わすだけでも緊張しちゃう私に対する嫌みですかソレ!?」

 

「ぽい~。そんなに羨ましいなら浜風ちゃんも思いきって甘えてみればいいのに~」

 

「で・き・た・ら・苦労はしないんですよぉおおお!」

 

 怒りと悲しみがごっちゃになった涙顔で、浜風は夕立の両肩を掴み、ぐわんぐわんと揺らす。

 揺れに合わせて「ぽぽぽぽぽい!」と奇妙な声をあげる夕立に、浜風は「ぬおおおおおお!」と叫び声で対抗(?)する。

 

「はあああ! いいですよねいいですよね! アナタみたいに悩みとかいっさい抱えてなさそうな天然さんは! ああ~羨ましいことぉ! 私も夕立さんみたく頭空っぽそうな艦娘だったら、恥じらいなく提督に甘えられたんでしょうね~!」

 

「……」

 

「心身ともに大人っぽいって言われている浜風とは大違いですううう!」

 

 もしもこの場に十七駆の面々がいれば、彼女たちはこうフォローすることだろう。

 

 浜風は決して他者を侮辱するようなやつではない。

 ただ、いまはテンションがおかしくなっていて、言っていいことと言ってはいけないことの区別がついていないだけだと。決して悪気はないのだと……。

 

 そして、そんなありがたいフォローを入れてくれる頼もしい存在はここにはいない。

 ゆえに……

 

 

 

 

 

 ブチッ!

 

 堪忍袋の緒が切れる音。

 普通ならば聞こえないはずの音が、はっきりと浴場に響き渡った。

 

「ぽ~い~……」

 

 夕立の顔から、なごやかな色合いが消失。

 小動物じみた気配は薄れ、戦場においてのみ垣間見せる強面へと変貌していく。

 

 浜風の地雷に踏み込んだのは確かに夕立である。

 不躾なことを口にしてしまったかもしれない、と本人も反省していた。

 だからといって……

 

(そこまで言われる筋合いは、ないっぽいよ~?)

 

 一方的に愚痴を聞かされたことへの不満。提督と自分の仲を当てつけのように非難されたことへの不満。

 それら諸々が積み重なった中で、先の浜風の安易な発言がトドメとなった。

 

 狂犬。その名をほしいままにする状態へと切り替わる夕立。

 ぽわぽわとした性格の持ち主である彼女にとっては、まことに珍しく、本格的に、

 

 ブチ切れた瞬間であった。

 

「……浜風ちゃんさぁ。文句ばっかり言ってるけど、それって単に浜風ちゃんに勇気がないってだけの話じゃないっぽい~?」

 

「あ゙っ?」

 

 明らかに挑発的な発言を、夕立は躊躇いなく浜風にぶつける。

 同じく浜風も、遠慮のない煽り立てを前に、語気を荒げて向かい合う。

 

「夕立さん? もう一度言ってごらんなさい?」

 

「うん、何度でも言ってあげるっぽいよ? 提督さんに甘えたいなら、甘えればいいっぽい。それだけのことができないのは、そもそも浜風ちゃんに勇気がないってだけの話っぽい。そうでしょ?」

 

「ほうほう。夕立さん……あなたは、言ってはならないことを言ってしまったようですね……悪かったですね! どうせ勇気がないですよ!」

 

 図星を突かれて浜風は開き直った。

 

「誰もがアナタみたいに恥を忍んで甘えられるわけじゃないんですよ!」

 

「え~? べつに夕立は提督さんに甘えるの恥ずかしくないよ~? 恥ずかしいって思うのは、浜風ちゃんの提督さんのことが好きって気持ちが足りないからじゃないっぽい~?」

 

「そんなことないですよ! 毎日夢に見るくらい提督のこと……すすす、好きですよ!」

 

「そうかな~? そうやって『好き』って言うのも躊躇うようじゃ夕立のほうが提督さんのこと強く思ってるっぽいよ。夕立は提督さんがだーい好き♪」

 

「むきいぃぃ! 言わせておけば! 提督のことを一番強く思っているのは私です! だからこそ長い間たいへんな秘書艦の仕事を続けてこれたんですから!」

 

「そのわりには浜風ちゃん思ってることとやってること全然違うっぽい。この間だって勝手に不機嫌になって提督さんに朝ご飯作ってあげなかったし。ヤキモチで提督さんに八つ当たりするだなんて、提督さんか~わいそう~!」

 

「あ、あれはアナタが見せつけるように提督とイチャイチャしてたから!」

 

「ほ~ら~! そうやってすぐに人のせいにするの良くないっぽい! 本当に提督さんのことが好きなら強がってないで素直に自分の気持ち言えばいいっぽい!」

 

「うわあああん! だから~! できれば苦労はしないんですよおおお!」

 

 感情の渦で頭の中がグチャグチャになった浜風は、ヤケクソ気味に腕をブンブンと振り回した。

 回転しながら振り下ろされる拳がポコポコと夕立に直撃する。

 

「へぶっぽ!? ああ!? 浜風ちゃん暴力ふるったぁ! い~けないんだ~! 提督さんに言いつけてやる~!」

 

「はまっしゅ!? そう言うアナタもやり返してるじゃないですか! ていうか地味に痛いんですけど!」

 

「やられたら倍返しっぽい!」

 

「この武闘派め! だいたいなんですか! その『ぽいぽい』って口癖? かわいいとでも思ってるんですか? あざといんですよ!」

 

「あざとくないっぽいもん! 自然と口から出ちゃうだけっぽいもん! それに提督さんは『かわいい口癖だなぁ』って褒めてくれたもん!」

 

「きいいいいぃ! だったら私だって言ってやりますよ! 『はまはま♪ はまはま?』ってね! どうですか!? これで提督の心を鷲づかみですよ!」

 

「なにそれ~! 変な口癖っぽい~!」

 

「アナタだけには言われたかないですよ! このぽいぽい娘があああ!」

 

「やるっぽ~い? ぽ~いぽいぽいぽいぽいぽいぽいぽい!」

 

「上~等ですよ! は~まはまはまはまはまはまはまはま!」

 

 奇妙なかけ声を上げながら、両腕を車輪のように回転させてポコポコと殴り合う二人。

 いまここに、提督を巡るキャットファイトが開始される。

 

 ちなみに、忘れてはならないが、ここは風呂場である。

 湯船につかったまま、このような激しい取っ組み合いをしていれば必然……

 

 

 

 

 

「の、のぼせたっぽ~い……」

 

「あ、頭がクラクラします~」

 

 グルグルと目を回しながら、両者は脱衣所の長椅子の上に横たわっていた。

 すっかり茹であがったカラダを傍らの扇風機を全開にして冷ましている。

 

 程よくカラダの熱が下がる頃には、二人の頭も冷静さを取り戻していた。

 

「あの、その……夕立さん。いろいろすみませんでした。ひどいこと言ってしまって……」

 

「うぅん。夕立も結構キツいこと言っちゃったから、おあいこっぽい」

 

「でも……」

 

「あはは。それにちょっと楽しかったし」

 

「え?」

 

 意外なことを口にする夕立に視線を配る。

 先ほどの喧嘩沙汰などなかったかのように、夕立はニコリと親しみのこもった笑顔を浜風に向けた。

 

「だって、浜風ちゃんがあんな風にいっぱい自分の気持ちを打ち明けるところ、初めて見たもん」

 

「あ……」

 

 言われてみればそうだった。

 気心知れた相手にしか見せてこなかった浜風の子どもっぽい一面。

 不本意で知られた青葉だけに留まらず、隣で横たわる夕立にもまた、秘め隠してきた本性を知られてしまった。

 浜風の下がったはずの体温が、また徐々に上がっていく。

 

「あ、あの夕立さん。勝手とは思いますが、このことはどうか提督には内緒に……」

 

 羞恥心のあまり、つい毎度のようにそんなことを口にしてしまう浜風だったが、

 

「え~? それはダメだよ浜風ちゃん」

 

「うっ。そ、そうですよね。不祥事を起こしてしまった以上、ちゃんと提督に報告をしないと……」

 

「違うっぽい! 浜風ちゃんの気持ち、ちゃんと提督さんに伝えないとダメっぽい!」

 

「え?」

 

 てっきり暴言を吐いたことを咎められるのかと身構えた浜風だったが、夕立が気にかけているのは別のことだった。

 

「だって、そんなに提督さんのこと好きなのに、素直に甘えられないなんて、浜風ちゃん気の毒っぽい」

 

「ゆ、夕立さん?」

 

「だ~か~ら」

 

 満面の笑みを浮かべて起き上がった夕立は、いまだにキョトンとしている浜風の手を握る。

 

「浜風ちゃんが提督さんに素直に甘えられるように、夕立がお手伝いするっぽい♪」

 

「……ええええ!?」

 

 思いもよらない提案に、浜風は驚いた。

 

「ゆ、夕立さん。それはいったいどういう……」

 

「言ったとおりの意味っぽいよ? だって、浜風ちゃんがこんなにも甘えたがりの恥ずかしがり屋さんだったなんて知らなかったし。このままじゃ、いつまでも提督さんに素直になれないかもしれないでしょ?」

 

「そ、それはそうかもしれませんが……」

 

「ね? だから、夕立が背中を押してあげるっぽい♪」

 

「そ、そんな、いいんですか? 私、あんなに夕立さんに悪口を言ってしまったのに……」

 

「気にしなくていいっぽい! 本音と拳でぶつかり合ったのなら、それはもう友達っぽい!」

 

 どこのヤンキー漫画だ、とツッコミそうになった浜風だったが、

 

「と、友達……」

 

 夕立の『友達』という発言に浜風は思わず反応する。

 そういえば、十七駆以外のメンバーで、そう言える存在はあまりいなかった気がする。

 ここまで本音をぶつけ合ったことも、ひかえめな性格をした浜風にとっては珍しいことだ。

 

「大丈夫だよ浜風ちゃん! さっきみたいに素直になって言いたいことを思いきり言えばいいっぽい! 提督さんなら、きっと受け止めてくれるっぽい!」

 

 ぽい、では正直不安になるのだが……。

 

 しかし不思議と、浜風の胸の中には希望めいたものがあった。

 夕立と一緒なら、これまで自分だけではできなかったことも、実現できるのではないか。

 理屈抜きでそんな期待が、湧いてくるのだった。

 

 だが、先ほど好き勝手に暴言を吐いてしまった相手に、このまま甘えてもいいものか。

 後ろめたさから、浜風は思い悩んだ。

 

「……夕立さん、本当にいいんですか? だって夕立さんには、何のメリットもないですよ?」

 

「ぽい? 困っている友達を助けるのに、メリットとか気にする必要あるっぽい?」

 

「……」

 

 不躾な質問をしたと、浜風は反省した。

 

 そうだ。

 夕立は、こういう艦娘なのである。

 鎮守府のみんなが大好きで、いつだって心のままに生きている。

 

 そんな彼女が自分を友達だと言ってくれた。

 手を差し伸べてくれた。

 心の壁を取り払って、押し隠していた感情を引き出してくれた。

 そんな夕立なら、素直になれない自分も、もしかしたら本当に……

 

 

 

「……ご、ご迷惑でなければ、どうか助力を願います、夕立さん」

 

 気づけば浜風は、照れくささを滲ませながら、おずおずと握手するための手を差し出していた。

 

「あはは♪ やっぱり浜風ちゃん、お堅いっぽい♪」

 

 夕立はこころよく、その手を握り返して、ブンブンと力強く振った。

 

「まかせて浜風ちゃん! 浜風ちゃんの思い、絶対に夕立が叶えてあげるから!」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「そうと決まれば、早速いまから実行するっぽいよ!」

 

「ええ~!? い、いまからですか!?」

 

「当たり前っぽい! なにごとも善は急げっぽい!」

 

「し、しかし、私まだ心の準備が……」

 

「弱音を吐くなっぽい! そんなだからいつまでも提督さんに甘えられないんだっぽい!」

 

「は、はい! すみません!」

 

 手厳しい指摘をする夕立に、浜風は思わず姿勢を正した。

 

「よぉし! じゃあ、まずはイメチェンをするっぽい!」

 

「え? イメチェン、ですか?」

 

「そ! 中身を変えるなら、まず見た目からっぽい! 浜風ちゃん、鏡の前に来て! 浜風ちゃんの髪型、いつもとは違う感じに整えてあげるっぽい!」

 

「え? い、いいですよ。髪型なんて、いつもどおりで……」

 

「なに言ってるっぽい! 女の子ならもっと髪型に気を遣うべき! ……って村雨が言ってたっぽい!」

 

「受け売りじゃないですか……」

 

「口答えしちゃダメっぽい!」

 

「は、はい!」

 

 すっかりコーチと教え子の関係ができあがっていた。

 

「でも実際、髪型変えるだけで提督さんの浜風ちゃんへの印象、すごく変わると思うよ?」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「ぽいっ! 浜風ちゃん、すっごくカワイイんだから! おしゃれしないのは勿体ないっぽいよ!」

 

「か、かわっ!? そ、そんな。それを言うなら夕立さんのほうがすごくカワイイじゃないですか。わ、私なんて……」

 

「もう! いまからそんな弱気でどうするの!? ちゃんとおめかしすれば、きっと提督さん、浜風ちゃんのことかわいがりたくなって、しょうがなくなると思うよ?」

 

「っ!? て、提督が、私をかわいがる……はう」

 

「ほら、妄想に浸ってないで髪型整えるっぽい! まずは、片目隠しちゃってる前髪をずらして……」

 

「はまああああ!? そ、それは許してください! め、目を見られると私、緊張しちゃってなにも話せなくなるんです! 片目だけ出すので精一杯なんですぅうぅ!」

 

「浜風ちゃん、どんだけ恥ずかしがり屋なの!? もう~こうなったら根っこからとことんイメチェンするしかないっぽい! 覚悟するっぽい!」

 

「はまあああああああああああっ!!」

 

 脱衣場から上がる奇妙な鳴き声に、あとから入浴にやってきた艦娘たちが、何事かと冷や汗をかいたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 一方、その頃、司令室では……

 

「……っ!? な、なんだ? 急に悪寒が……」

 

 今日のぶんの仕事を片付けていた提督は、とつぜん背筋が寒くなるような危機感を覚えた。

 

 彼は知らない。

 今宵、提督の立場を危うくする最大の試練が待ち受けていることを。

 

 一方、憲兵に所属する妖精は、いまだに暗雲立ちこめる外を窓越しで見やりながら、なにやら意気込んでいた。

 

 彼女は確信している。

 今宵、憲兵としての役割を果たす最大の仕事がやってくることを。

 

 腕が鳴るぜ、と言わんばかりに、憲兵妖精は手元の猫をブンブンと振り回した。

 

 

 窓の外の暗雲は晴れそうにない。

 それどころか、風は強く唸り、雷鳴が轟き始めていた。

 

 

 


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