魔王に敗北した勇者が魔王の専属メイドになるそうです 作:火野荒シオンLv.X-ビリオン
それから三日が経過し、昼頃の田園……
「―――ふぅ……どう?これなら合格ラインでしょ?」
「40点ですね。ラフレシアたちの周りが全然綺麗になっていません。よってまだ合格ではないです」
「アイツらに近づくと蔦で捕まえに来るじゃん!!ていうかアイツらわざと汚してるよね!?」
「格好の獲物と思われているからでは?まぁ魔王様には捕食だけはするなと命令されているので大丈夫だと思いますが」
「あーもう!やりゃあいいんだろ!!」
この日もメイドとしての事務を果たさなければならないために、レイは掃除に取り組んでいた。
だがやはりその辺は厳しい模様で、ルシアの評価に納得がいかないものの、渋々と掃除を再開する。
その一方でルシアはここ三日間彼女を観察して、静かに考え込む。
(…少しづつではありますが、段々と動きがよくなってはいますね……努力だけでのし上がるタイプとは分かっていましたが…たったの三日間でこれとは、なかなかの執念ですね…)
「うぉっ、ちょっ……あぁぁぁぁ焼き払いたいぐらい邪魔ぁぁぁぁ!!」
(…まぁ、感情的になりやすいというのを考えたら…)
~~~
それから程なくし、ようやくルシアから合格をもらったレイは早速魔王の命を狙おうと思い、場内を探し回っていた。
…その際バンダナをしたコボルトの兄弟が彼女を見て煽っていたが。
「おい魔王!何処にいるんだ!!出てこい!!」
「お、糞雑魚勇者じゃねぇか!なんだよ今日はメイドの仕事はしねぇのか―?」
「おい弟よ、本当のこととはいえあまり虐めてやんなよ」
「キーッ!!いつかお前らもコテンパンにしてやるからなー!!」
((悪役が言いそうなセリフを勇者が言うとはいったい…))
それからしばらく走り回ってみたものの、魔王は何処にもおらず、レイは息を切らしながら呟く。
「ぜぇ、ぜぇ…こんなに叫んでも出てこないなんて…入れ違いで庭にいるのか…?それともまたどこかへ出かけてるのか…?」
「―――勇者がやけに騒ぎながら我を探し回っていたと聞いてはいたが、貴様仕事はどうした」
「あ、いた!!」
何処かへ行ったのではと彼女が考えていると、彼女の背後から魔王がゆっくりと歩いてくる。
それを見たレイは素早くダガーを構えると、そのまま魔王を刺しにかかり……あっさりと避けられていた。
「…」
「あっ、ちょ…無言で避けるな!!」
「いちいちリアクションをする必要などあるまい。それよりも仕事はどうしたと聞いている」
「終わってなかったら今頃襲い掛かってないわ!!」
「……それもそうか…」
「なんでそんな言い方なんだよ!?」
「…まぁいい、丁度我も貴様に聞きたいことがあったのだ」
魔王が自分に聞きたいこと。
それを聞いたレイは警戒心を高めながら、何を聞きたいのかを尋ねる。
「…何を聞きたいんだよ…」
「勇者よ。貴様は前に魔法が殆ど使えなくなった、と言ったな」
「…それがなんだよ」
「勇者よ、貴様は勇者としての力が使えるときはどれほどの魔法を使えていた?」
「なんでそんなことを」
「いいから答えろ」
「……最上級の技も普通に使えたよ。それに勇者だけが使える魔法も。それがどうしたんだよ」
渋るように答えるレイに、魔王は確信したかのように尋ねる。
「ふむ…ならば最低限中級の魔法も扱えるほどの魔力は残っているはずだが…」
「…それがどうしたのさ」
「…勇者よ、貴様も薄々気付いてるのではないか?貴様の魔力が『成長していない』ということを」
「…」
魔王の一言を聞いたレイは、そのまま何も言わなくなる。
……薄々彼女も感じていたのだ……自身の魔力があまりにも足りなくなっているのを…
だが、彼女はさすがに考えすぎではないかと考えていた……女神の加護を封印されたから、それに魔力が持っていかれたと。
しかし魔王直々に言われ、その考えが頭によぎりだし、レイはそんなことはないと呟く。
「そんなことはない…ライトは使えたんだ……単に魔力が一通り奪われただけだ」
「オーラムの話では、女神の加護とは別に本来その者に備わっている魔力は別に増加していくものと聞いた…そして女神の加護にこもった魔力は封印し、その者の魔力は全く封印してない、むしろ封印されないとアイツは言っていた……」
「なん…!?」
「…勇者よ、貴様、魔法の素質が」
「そんな筈ない!!」
魔王が本腰を踏み込んだと同時だった。
彼の言葉を遮るようにレイは叫ぶと、そんなことはない静かに呟く。
「そんな筈はない…確かに使えるようになったんだ…一生懸命特訓して、ようやく使えるようになって…」
「それはいつの話だ」
「…それは……」
「……大方、勇者として選ばれた頃に使えるようになったのだろう…魔力は素質がないものは例え魔物を数え切れぬほど倒しに倒しても一切伸びない、伸びてもほんの僅かに魔力が上がる程度と聞く。元々人間には魔力というものがなかったから仕方ないが…」
「そんな…筈は…」
「魔力もなければ、近接も何処か単調気味……戦闘面で凄まじい学習能力があるのは確かだが、所謂【女神の加護に甘えていた存在】だったということか…やはり―――は…」
魔王が何か呟いていたようだが、それ以上にレイは、魔王に言われたことにショックを受けていた。
思えば彼女が魔法を使えるようになったのは、彼が言うとおり勇者として選ばれた頃だったのであろう…
そこから旅に出て、様々な魔物を倒し、成長していった…そう思っていたのに、彼女は全く成長できていないのを知り、彼女は叫びながら掌に魔力を込め始めていた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「…おい、何をしている、魔力が全くない者ならまだしも、魔力が低いだけの者が無理に扱えぬ魔法に魔力を込めれば…」
「ボクはできるボクはできるボクはできる!!」
「っ…面倒な……」
明らかに理性が抑えられていない彼女の右手から、少しづつ電流が迸る。
…だがそれは魔力が溜まっているのではなく【魔力が暴発し始めているという現象】で、それを見た魔王は舌打ちしながら彼女を止めようとする。
…だが、彼が止めようとした瞬間、彼女は溜めていた魔力が一気に暴発し、その場で小さな爆発が起きた。
規模自体は小さいものの咄嗟に身を守った魔王はゆっくりと彼女の方を見ると、時価の腕は少々焦げており、しかも本人はそのままは意識を失っていた。
――ボォォン…
「っ…遅かったか……魔力が少なすぎたのと込め方が下手だったのが幸いか…」
「…」
(…しかし、異様なまでの反応を示していたが…自らの命をもかけるほど気にしていたのか…?)
先程のレイの様子に違和感を感じた魔王が考え込んでいると、爆発音を聞きつけたオーラムがどこからか駆けつけてくる。
そして右腕が焦げたレイを見て何があったのかを尋ねていた。
「魔王様!一体何が…!?こ、これはどういう事態ですか…」
「オーラムか丁度良いところだった、この馬鹿が無理に魔力を込めたのだ」
「なっ…魔王様、まさか勇者に余計なことを」
「事実だ。それに事実を受け入れられんようならば、尚更いらん」
「全く、貴方という方は…ともかく、急いで治療をしてまいります…」
「…すまんな…」
オーラムはそう告げると、レイの左腕を手に取ると、ワープの魔法を唱え、その場から消える。
一方でその場に残された魔王は「…後で謝りに行くか…」と呟きながら、自室へと戻っていった
~~~
――その日、ボクは、夢を見た…
『ミカおねーちゃん、レイおにいちゃん、またマホーのれんしゅーしてるー』
『ちょっ、ボクもお姉ちゃんだってば!!』
『はぁ…レイ、これだけ頑張ってもできないんだから諦めたら…?それに魔法を覚えたところで私たちには…』
『いいや!!絶対諦めない!!剣の稽古も魔法の練習も!頑張って身に着ける!!』
『…はぁ。そう言い続けてもう3、4年経ってるのに…とりあえずもうすぐご飯だから、シスターに怒られる前には帰ってきなさいよ』
――それは、勇者として選ばれるのを知る、一週間ぐらい前の頃の、魔法を覚えようとした、思い出の夢…
『……絶対…絶対に剣の扱いも、魔法も一流になってやる……!そして……』
――その日は念入りに、魔法を出ろだのなんだの叫んでいたけど、結局その日も魔法は出らず、終いにはシスターに怒られたっけ…
――けど…その次の日……奇跡が起きた…
『またレイおにいちゃんがマホーのれんしゅーしてるー』
『よくあきないねー』
『ぐぬぬ……出ろ出ろ出ろ…炎でも光でもいいから、何か出ろー…!』
『アンタ…そんなんで出るとでも…ねぇ、レイ…レイってば』
『ちょっと何!今集中して…』
――その日も練習していた時、必死に魔法が出るように念じていると、ミカに声をかけられたんだよね…その時たまたま目を瞑ってて、やたらと呼びかけるから目を開いたら……目の前に、ほんわりと温かい光が、ふわふわと浮かんでた…
『…』
『…』
『『…で……出来たぁぁぁぁぁ!!?』』
――まさかの出来事に、ボクとミカは同時に叫んだっけ…そのあとも、ちょっと苦戦したけど、ファイアとかみたいな初級の魔法もできて…遂に努力が実ったんだって……
――嬉しかった……頑張って頑張って、ようやく魔法が使えるようになったんだ、って…
~~~
「………ん、んっ……ここ、は…」
「気が付いたか…」
「!オーラム…ここは…」
「医務室だ。お前の腕を治すために借りるのも手間が掛かった…腕の容体はどうだ。まだ違和感を感じたりするか?」
「腕…!そうだ、ボクは確か…」
レイが目を覚ますと、どこか薄暗い部屋のベッドの上にいた。
彼女が目覚めたのに気づいたのか、オーラムが奥からやってきて、彼女に容体を尋ねる。
それを聞いた彼女は腕を見ると……いつも目にする綺麗な肌をした自身の腕が目に映った。
しかし彼女は魔法が暴発した時のことを覚えており、意識が途切れる寸前に腕に痛みを覚えているのを知っている…しかしその痛みはおろか、焦げた後すらもなく、レイはどうなってるのと呟く。
「…怪我をしたはずなのに何もない…」
「腕は口では言えないが、特殊な術で治した。魔力がもう少しこもっていればもっと酷かっただろうな。生命力からも魔法として利用されたようだが、そこまで酷くはなかったから安心しろ」
「っ…お前もバカにするのか…」
「別にしておらんだろう…」
「してるだろ!?もう少し魔力がこもっていればとか言って!」
レイの叫びを聞き、オーラムはため息をつく。
「…魔力が全くないものも今まで見てきた。別にお前を見たところで何も思わん。そもそも人間は魔力など昔は持たなかったからな。むしろない方が幸せだとも思うが…」
「ないほうが幸せ…!?」
「そうだ。まぁ貴様の心情も察せるから仕方ないことだが」
「?お前、何を言って…」
「おっと、話し過ぎたか…とりあえずこれを飲め。荒れた魔力を宥める薬だ」
オーラムは近くの棚から薬を取り出すと、それを水に溶かしてレイに渡す。
彼女は不服そうにそれを飲んでいると、オーラムが話し始める。
「もう少しお前の感情が高ぶっていたら、先程も言ったように更に酷いことになっていただろう…感情が安定していない状態だと魔力は荒れやすいからな。たとえ熟練の魔法使いでもあまりにも荒ぶっていれば、魔法を失敗する可能性もあるからな」
「…それボクが短気だと言いたいの?」
「事実であろう。…しかし才能がないものは例え魔力あってもなかなか魔法を唱えることなどできない…そう簡単にはできないものだからな、普通は」
「…さっきから何が言いたいの……ボクが魔法を使えない、それを知ってどう思ったの?笑ったの?」
「笑う要素などないだろう。単にお前は魔法を扱うほどの素質はなかった。それだけだ」
「やっぱりそう言いたいだけじゃん!」
オーラムの言葉を遮るように、レイが怒鳴り声を上げる。
「……あんなに頑張ったのに……魔力が全く成長してないなんて……ははっ、それなのにボクは魔法が使えたのが、自分が成長した証だ、なんて思いこんで…」
「…」
「何年も何年も頑張って……頑張って……やっと覚えられたと思ったのに……」
「…今からでも魔力を引き延ばす方法がある、と言えば、努力するか?」
「…え?」
ふと、彼女の言葉を聞いたオーラムが、彼女に向けて告げる。
それを聞いた彼女は一瞬どういうことなのかと考えていると、オーラムが再び話し始める。
「…魔力を限界以上に引き延ばす術はいくつかある…が、どれも基本無理矢理伸ばすものだから体に負担はかかるが…望むなら私が指導する。その分魔王様を殺す時間が今よりさらに少なくなるだろうが」
「……ずっと思ったけど…なんでそうやってボクに塩を送るようなことを…」
「魔王様のためでもあり、計画のためだ。折角捕らえた勇者があまりにも弱すぎては、いつ勝手に死なれるかわからぬからな…またつまらぬプライドで騒ぎ立てるのは構わんが、魔王様は本気を出せば魔力を纏い、武器などが通用しなくなることもある。お前に渡したダガーもだ。本気で魔王様を殺したいのならば、今こそ努力をするべきであろう?」
「…」
まるで焚き付けてくるように彼女に語りがけるオーラム…
彼の話を聞いた彼女はというと……当に答えは決まっていたのか、彼に告げていた。
「…やるよ、その修行…なのかわからないけど、お前の言うやつを」
「…意外だな…一度か二度は拒むと思ったが」
「魔王を倒すためなら、どんなチャンスもものにしてやる……前からずっと同じことしてるのに、今更拒む理由なんかあるか。それに…」
レイは一度そこで言葉を止め、何かを考え込む。
…そして一息置いた後、再度口を開く。
「…ボクはそもそも、勇者に選ばれる前から、大切な人を守れる力を手に入れたい…今までそう願いながら努力してきたんだ。そのためならボクは、なんだってやってやる。それに、仲間の仇も取るためにならなおさらだ」
「……そうか…いいだろう。指導に関してはこちらにも個人的な事情と、指導の準備が必要だからな。早くても一週間程に指導を開始するが……構わんな?」
「…出来るだけ早くしてよ…?」
「せっかちな勇者だことだ…それとだ。仮に魔力を伸ばしてもまた魔力を暴発させることもある。なので魔法の基礎も一から学んでもらうつもりだ。その辺も考慮しておくがいい」
「うっ…あまり難しくないならいけそうだけど…頑張るしかないか…」
「(学問は苦手か…先が思いやられるな…)…さて、あとは部屋に帰れ」
「うん…世話になったよ。そこだけはありがと」
レイはオーラムにお礼を告げると、部屋を出ようと扉に手をかけ……退出する前に先ほどから気になってたことを口にする。
「…それとだけど、ボクに対してなんか喋り方変わってない…?」
「お前に呆れすぎて敬語を使うのもどうかと思い始めたので」
「酷いっ!?」
「魔王様の気持ちもわからなくはないが、我々の計画が失敗すれば、次がいつになるのかすらわからないのでな…」
「…ずっと気になって今までも聞いてきたんだけど……お前たち、本当に何を企んでるの…?」
「……時が来たら、話してもいいだろう…来るかはわからんがな」
「結局そうやってはぐらかすのか…まぁいつかそれをしつこく問いただしてやるから、覚悟しとけよ!」
レイはそう告げると、そのまま部屋を退出する。
そして……一人残されたオーラムはというと……深いため息をついていた。
~~~
レイが部屋から出て戻るころには、既に城の中も明かりがほぼ消えており、廊下の壁に添えられた蝋燭しかまともな光はない状態だった。
彼女はライトの魔法を使おうかと考えたが、今回の出来事でまだ魔力が荒れてる可能性を思い出し、仕方なくそのまま進んでいた。
(……敵から武器を貰ったどころか、一から魔法を使えるように教わることになるなんて…これじゃあどうあがいても勇者として失格…だよね…。…でも、折角得られたチャンスを物にできるなら、どんなことでもやってやる…!)
レイが自身の思いを整理し、決意を固めていると、ようやく部屋の前に辿り着く。
…が、部屋の前に誰かが椅子を用意して座っており、彼女はそれをじっくり見つめると……座っていたのは魔王だということに気付き、驚いたような表情をしていた。
「…ようやく戻ってきたか」
「ま、魔王!?こんなところで何を…」
「昨日についての謝罪だ。すまなかったな。まさかあそこあで過剰反応を示すとは思わなかったのでな…」
「お、おう…?(魔王からなんか謝罪してこられたんだが……何か企んでるとかじゃないよな…?)」
突然の出来事にレイは困った表情をするも、事を済ませたからか、魔王はその場に立ち上がると、自身の力で椅子を浮かばせながら、その場を立ち去っていた。
「…用事は済ませた。じゃあな」
「(本当に謝罪しに来ただけか!?も、もう訳が分からん…)…あれ、そういえば昨日って言ってたけど……もしかして丸一日寝てた……?」
レイは困惑した表情で魔王に尋ねようとするも、既に魔王の姿は見えなくなっており、仕方なく彼女は困惑した気持ちのまま眠ることにした。