said 万事屋
清々しい程の快晴の中、人々は各々に忙しなく動いている。
何にせよ生き物は動かねば心から死んでいくという言葉は言い過ぎだろうか。
「あーーーー、何にもすることないアル。」
「言うな神楽。俺だって好きで暇やってんじゃねぇんだよ。」
今既に心が退屈で死にゆく二人――神楽と銀時はお登勢のスナックぐったりと身体を投げ出していた。
顔を上げる気力もないのか揃ってカウンターの冷たい木の板に頭を突っ伏す。心が退屈なついでと言ってはなんだが腹が空いたことも精神的ダメージを与えていた。所詮仕事が無いための金欠である。
きゅるると神楽の腹の虫が物欲しそうに鳴いた。続いて聞こえる唸り声は切なそうだ。
逆に銀時はやっと顔を上げ、何気なく流していたテレビを気怠げに見つめた。
テレビで流れていたのは、ある天人犯罪組織の生き残りがデパートで立て篭り事件をおこした……とのことだった。
新撰組が駆け付けスピード解決を果たしたらしい。
「いいねえ、公務員は。給料安定、終始雇用ってか?こちとら毎日の食い扶持確保すんのがやっとだってのによ。」
はぁぁぁ、と長いため息がでる。するときゅるると同意するかのように腹もなった。身体は正直である。
今更になるが、お登勢は先程どこかへと出掛けてしまった。
『そんなに暇してんなら店番の一つでもやってな。』
と、呆れたような視線を向けて去っていく背中に食べ物を請えばよかった。銀時はお登勢が帰って来るまで、この腹の虫と付き合わねばならない事にうんざりとした気分になる。神楽も同様だろう。
きゅるるるる。
2人の腹がちょうど重なった時だった。
「銀さん、神楽ちゃん、こんな所にいた!」
汗を少しかいたように見える新八が入口から顔を覗かせた。
陽の光を反射する眼鏡も心なしか疲れているように2人には見えた。
「あ、メガネが本体だからか……。」
「メガネも疲れる時代が遂にきたアル……。」
「ちょっとメガネネタやめてもらえます!?僕はそんな無機物じゃなくて人間に分類されるんですけど!?」
更に疲れた顔をしながらも新八は自分の背後へと声を掛けた。
「あ、すいません。あんなんでも万事屋の店主なんで、あの人に依頼はお願いします。」
ぴく、と銀時の耳が新八の声に反応する。
メガネはメガネでも客を連れてこれるメガネだったらしい。ただのメガネではないことは知っていたが、有能なメガネかつ人語も話せるメガネで二足歩行ができるメガネの中のメガネでメガネメガネ。
「もう最後メガネしか残ってねェじゃねえかァァァ!!?あんたらどんだけ僕のことメガネにしたいんだよ!!なんだよ二足歩行するメガネって高機能すぎか!!……じゃなくて、お客さんですよ!!」
新八は憤慨した身体を落ち着かせ、外にいた人物を中へと招いた。
入ってきたのは白いフードを被り、見るからに怪しいが小柄な体躯だ。ちょうど神楽の背丈指2本程度高い位で、そう変わらないかもしれない。
背中にはその神楽のもつものと似た藍色の番傘。
銀時はふとフードの中の瞳と目が合った。
深い凪いだ海の様な蒼。その奥に見える光は乱反射したような色で、不可思議な印象を与える。
何故だかかつての師の面影を見出し、息を呑む。
するとその視線は横に向かれていた。横、つまりは神楽である。
同様に神楽も目を大きく見開き、白フードの人物を見返している。
その刹那、銀時の視界の端は白で埋め尽くされた。
逆に神楽は視界の全てが暗くなり、強いが苦しくはない力で身体を包まれていた。
「……神楽だ。あぁ、久しぶり、本当に。こんなに大きくなって……。」
大切そうに神楽を抱きしめながら、噛み締めるように言った言葉が店に響く。
声の持ち主――客が瞬時に移動したためか、反動で顔を隠していたフードがふわりとその背に移動した。
客の突然の行動に呆ける暇もなく、銀時と新八は驚きに目を見張った。
紅髪、蒼目、そしてその顔立ちが神楽と他人とは思えない程に似通っていたのだ。
「っ、神薙!すっごい久しぶりヨ!」
神楽のこれまでの脱力した流れが嘘ではなかったのだろうか。そう思う程勢い良く抱きしめ返す様子に、深い仲であることが伺えた。
2人の外見の特徴と、何もやましい思いのない純粋な好意を感じ、銀時はある考えに辿り着いた。頭の中で再生される会話が駆け巡る。
『上にもう2人いてな。年子だからかいっつも一緒にくっついてたなぁ。1番上が嫁にそっくりなもんでよ。それに小っせェくせしてしっかりしてやがる。そんでヤツは家族とその他での扱いが激しすぎて……まあ、なんだ、排他的ってやつか?身内に向ける思いがぶっ飛んだガキだ。2番目はな、こいつがとんでもねェ性悪でよう。いや……性悪というか夜兎の血を忠実に受け継いだというか。闘争本能の塊のようなガキでな――』
「銀ちゃん!新八!紹介するネ、この人私の1番目の兄ちゃんアル!」
かつて聞いた海坊主の言葉と、抱きしめられながら嬉しそうに言った神楽の声が重なる。
1番目の……、ならこいつが排他的な方のお兄様か……。
かの星海坊主の嫁とやらもきっとこのように端正な顔立ちであったのだろう。神楽よりも少し大人びた顔立ちで綺麗という表現が似合う。神楽とこの兄もやはり似ているが、神楽はまだやんちゃさが顔にでている。
また腰近くまで編まれた紅髪、その顔立ちと背が小さいため華奢な印象を得た。
神楽より年上、男のくせにチビだな。
そして微笑みこちらを見るその兄の目に、値踏みの意味が込められていることはすぐに分かった。
大方神楽の雇い主として相応しいかの判断のためだろう。
銀時としては生憎期待には応えられそうもない。今だってろくに金銭を与えていないのだから。
「神薙です。妹がお世話になってます。」
「ん、坂田銀時、万事屋やってまーす。」
「神薙さん、神楽ちゃんのお兄さんだったんですね!」
「あ、騙すみたいな感じになってすみません。」
「いえいえ、あれはそもそも沖田さんが――」
新八と神薙が話す間、銀時はじっと神薙を観察する。
社交的、親しみやすさ、値踏みの視線は妹のためを思えば仕方ないと思うため、あまり排他的なものは感じられない。
むしろこちらに好感を抱いているような気もする。
しかし歯になにか詰まったような、小さい事だが1度気づくと気になる何かがある。
そして気になる何かのと共に浮かぶのは郷愁。
銀時の師……松陽と
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デパートでの
あまり血生臭い匂いのしないこの国を思って、天に召すことはやめたのは適切であっただろう。
あとから来た警察の沖田君に攻撃を仕掛けてしまったのは申し訳ないが……。
中々見られない闘志の気だったからなぁ。思わず傘を使っちゃったし。
そんな沖田君は神楽に負けず劣らずの毒舌家であったが、神楽と友達であるため好ましいと思った。
いや、語弊がある。
沖田君へ神楽とは犬猿の仲と言っていた。
しかしなるほど、確かに性質が似ていればそうもなるだろう。
喧嘩するほど仲がいいとは的確な表現ではないだろうか。
事件の始末がついたら万事屋までの道案内をしてくれると言う。生憎しばらくは始末がつきそうにないだろう。脱げたフードを頭に深く被り、走り回る隊士達を見守る。
待たされても沖田のその親切を有難く思うため、仕事が終わるのを待つためにパトカーの車体に寄りかかっていた所だった。
「神薙さん、俺もうちっと時間かかりそうなんで、こいつに万事屋案内して貰ってくだせェ。」
「沖田さん、突然バズーカぶちかまさないでくださいよ。ちゃんと呼び止めれば良かったじゃないですか。」
げんなりとした様子でいたのは純朴そうなメガネをかけた少年。志村新八です、と名前を先に名乗り、真面目な印象を受けた。
彼は万事屋で従業員として働いているらしい。どうやら僕を客と認識しているらしかったため、どうせこんな身なりなら客という方が扱いやすいだろうと敢えて訂正はしなかった。
諸々の事情は省き、神薙だよ、と僕も名乗り返しておいた。
沖田君はどうやらそんな真面目メガネの新八君に僕を案内させようとしているらしい。
沖田君とここで会えなくなるのはなんだが勿体無い気もしたが、早く神楽に会いたいということもあった。
ならば彼の提案にのるのが妥当だろう。
沖田君と別れ、新八君について万事屋へと案内してもらう合間、彼からこの星――新八君は国と呼んでいた――について沢山聞いた。
ハキハキと話す姿に和む。前世と同じく最近はこんなに生きた人と接する機会がなかったため、思わず目元も緩む。
そうして到着した万事屋。
『銀ちゃん』と書かれた文字に、達筆だなぁと思う。
先行していた新八君はその中へと入って行ったがすぐに出てきた。
「すいません神薙さん、銀さんどっかに出掛けてしまったみたいで居ないんです。」
申し訳ないと眉をはの字に歪ませた彼に、こちらもなんだが申し訳なくなる。
そこで改めて気になっていたことを新八君に言った。
「んーとね、なんだかこの下の階に人の気配が2人分あるんだけど……。」
「あー、下はお登勢さんって方がスナックを経営してるんです。2人ってことは、そのお登勢さんと従業員のキャサリンかな?」
ふーん、と気のない返事になってしまった。
逆に心臓は静かに早鐘を打っている。
よくよくそのふたつの気配を観察して、片方はよく知ったものに似ていたためだ。なおかつ匂いが少し変わっていたとしても、間違えることはない。
神楽は、この下だ。
確信に近い予感。
「新八君、僕、下もちょっと見てみたいな。こっち来て何も食べてないし。」
「はい、案内しますよ!」
その言葉と期待に身体が震えた。
*
スナックでは新八君のお目当ての人もいたらしい。
スナックの入口で何やら言い合う新八君。
恐らく店主の銀色さんだろう。父さんの頑固を崩した侍、今はその気配に欠片もないが。
そんなことより僕は先程聞こえた声にぎゅっと手を握った。
「メガネも疲れる時代が遂にきたアル……。」
その声音、以前の高く澄んだものよりも鈴の音のように繊細なもの。
別れたのは神楽がまだまだ幼い時だ。その時は神威も父さんも袂を分かちてしまった後で、母さんももういなかった。
そんななかで神楽を独りにするのは身を切られるように苦しいことだった。
しかし、当時の僕は
もしかしたら、神楽はその事を恨んでいるのではないだろうか。
再開する直前で生まれた影は、途端に僕の脳内を暗く染めた。
つう、と背筋が冷える。
一悶着が終わり、新八君に中へと通される。
冷たくなった手を握りしめたまま、ゆっくりと顔を上げた。
まず視界に入ったのは銀色の男。
僕と正反対のその赤い目はのっぺりとした空気を醸し出していて、やる気がなさそうに見えた。が、その身体の奥の気配は強い芯があることは見受けられた。
重い頭を必死に支え、視線をずらせばその奥に僕と同じ紅髪。
僕が見た時よりも成長し、大きくなった四肢。白い肌は変わらなく、顔立ちは母さんに似てきただろうか。
そしてその蒼目が僕を捉え、大きく開かれたとき――
――僕は一気に神楽までの距離を縮め、抱きしめていた。
苦しくないように意識しても、力が入るのは止められない。
腕の中の妹が驚きで肩が跳ねたのに気づいていても、すぐに身体を離すことは不可能だ。
大きくなったが小柄なのは変わらない。
自分も男としては小さすぎるため、その点は共通している。
久方の家族の温度に先程の冷えた思考は溶かされていく。
「……神楽だ。あぁ、久しぶり、本当に。こんなに大きくなって……。」
絞り出した言葉は途切れ途切れで、か細い。
全く宇宙最強の戦闘民族野兎への印象が弱弱しいものになってしまうではないか。
「っ、神薙!すっごい久しぶりヨ!」
弾んだ声と共に小さかった手が僕の背へと回る。
あんなにちっちゃい女の子だったのに、僕の背に腕が回るくらいにも歳月が経ったのか。
少し寂しくも思うが、こうして昔と同じく神楽が暖かい反応を返してくれるのは嬉しい。
神楽のこの様子からして僕を恨むなんたらというのは取り越し苦労であるようだ。
ほんと良かった……、家族に嫌われるなんて前世だけで十分だ。
温もりを堪能している間に神楽が僕の事を紹介した。
腕は彼女に回したまま、銀色に自己紹介する。
「神薙です。妹がお世話になってます。」
「ん、坂田銀時、万事屋やってまーす。」
なんとも軽い。
はたして神楽の上司たり得るのかは疑問である。
本当にこの人は神楽を任せてもいいのだろうか。ずっと兄としての責任をほっぽっていた僕が言えたことではないけれども、やはり兄だからこそ妹は心配の対象なのである。
この男は父さんのあの話からするに信用には値する人間で、また心底優しい人柄であるのは分かっている。何しろ神楽が父さんと家へ帰るよりもここに残りたい、という気持ちを湧き上がらせたことにもこの銀色が大きな影響となったと聞いた。それは神楽の寂しさに濡れた心を拭ってくれたということである。
であるならば彼に好意と感謝こそ抱くにすれ、敵意や嫌悪を向けるなどさらさらない。
……それでもこの怠そうな様子に、どうにもどうしようもないダメ男臭がしてしまう。
少し懐疑的に銀色……銀時さんを見た。
すると力の入っていなかった筈の瞳が何やら揺らいでいた。目を細めているためか眩しそうにも、また感情を押し殺してる様にもとれる。
「神薙さん、神楽ちゃんのお兄さんだったんですね!」
「あ、騙すみたいな感じになってすみません。」
新八君の当たり障りのない話に微笑んで返答する。
そのまま神楽も交えて会話している中でも、銀時さんからの視線は感じていた。
その視線の揺らぎが何を意味しているのか。負のベクトルでないことは察せたが、僕は内心首を傾げることしかできなかったのである。
オリ主は人の気持ちを察するのは上手い方です。しかし銀時の懐かしいという心を解せなかったのは、オリ主が今の世界では『生きている』けど、前世では『生きていない』ため。昔を懐かしいと思うことがないためです。
今の世界での幼少期の記憶は懐かしいという過去として捉えていません。
そのためオリ主は銀時の気持ち、懐かしいと思うことはきっとこない。
次話は紅桜篇やろうかなーと思います。
お粗末さまでした( ◜ω◝ )