――そう、あの娘は最後まで自分の
死者の霊魂彷徨う地の底、冥界。
其処は生者の存在を許容しない文字通りの死の世界。
冥界全土に広がる暗く植物の生えない闇の荒野に、漆黒の装束で身を包んだ美しい女神が、陰鬱な気配を身に纏わせながら佇んでいた。
冥界の女主人、エレシュキガル。メソポタミアの神の一柱であり、ギビルが殺した女神イシュタルの姉でもあった。
――それで、今度は私も消しに来たのかしら?
暗くねっとりとした眼差しを向けて話しかける相手がいた。
この冥界に似つかわしくない、黄金の輝きを持つ男が相対している。
ウルクの王ギルガメッシュの兄にして、星の意思が生み出した究極の一、ギビルだ。
「貴女は冥界で死者の魂を管理されている御方だ。それに地上に対して関心を抱いていらっしゃらない」
だから殺す理由は無い。
礼節も兼ねて瞳を開いているギビルは、普段通りの調子で冥界の女主人へ言葉を投げ返した。
遠まわしに、いつでも殺せると言っているその言葉を受けてもエレシュキガルは怒る気配はない。
――分かっているわ、冗談で言ってみただけ。貴方はとても恐ろしい人だもの。その気になれば私を容易に殺す事も、意のままに操る事も出来るのでしょうね。そして冥界の法も、私の権能も貴方には意味を為さない。
エレシュキガルは彼我の関係を冷静に述べる。
彼女は天界で起こった一連のやり取りを冥界から全て見て理解したのだ。
星が可能な力を全て投入して創り出した存在相手では、いくら自分でも相手にされずに処分されるだろう。先に消滅していった神々と同じように。
エレシュキガルが生かされたのは、自身が課せられた役目の関係上地上に対して不干渉を貫いている事と、今の時代死者の魂を管理する者がいなければ死霊は星の循環を待たずして地上へあふれ出てしまう為、それを阻止できるエレシュキガルが必要だったのだ。
だが、仮にエレシュキガルがそれを盾に脅したとしても意味は無い。事もあろうにこの男は、今現在の様に生者でありながら冥界へ足を踏み入れ、死者の魂を思うがままに操る事が出来てしまうのだ。仮にエレシュキガルがいなくなったとしても、その代役をギビルが分身を出して派遣すれば最悪それで事足りてしまう。
そういった選択の余地が残されていない事と、元々エレシュキガル自身が与えられた役割を実直に全うする神格の持ち主でもあった為、エレシュキガルは見逃されていたのだ。
此度ギビルが冥界へやって来たのは、天界の神々を排した事と、彼女の妹のイシュタルをこの手で消滅させた事を告げるためであった。
もっとも、この姉妹仲の険悪さは皆が知っているので事後報告という形になったのだが。
――用が済んだのなら早々に立ち去りなさい。生者がこの冥界にいるというのが私は許せないの。本当、嫌になってしまうわ。
力づくで排除しようにも、それすら出来ない。
元々鬱の気が強いエレシュキガルは自分の思い通りにならない事で更に憂鬱さが増していた。
――地上の事なんて興味はないから、貴方達の好きにしなさいな。
ギビルは何も言わずに頭を下げ、次元の入り口を作って冥界を後にした。
――地上の支配者が誰になろうと私の知った事ではないけれど、忙しくなりそうね。
再び死の気配で満たされた冥界に安堵した女主人はひとりごちる。
これから人間達は爆発的に増え、そして死者の数も今までの比ではないだろう。人間達の繁殖力を思い返せば、それくらいの予測はすぐに出る。
だが、エレシュキガルのやる事は変わらない。今までと同じように死者の魂を管理し続けるだけだ。
例え他の神々が消えて一柱だけになろうとも、己の役目が不要となるその時まで。
神々の支配からの解放、その事実はウルクだけでなくメソポタミア全土に点在する国々の人間達全てを激震させた。
人類と言う種が今に至るまで、神々の存在は常に彼らと共に在り続けていた。それが最高神自ら人間たちの好きにするようにと宣言したのだ。
ある者は喜んだ。これまでの様に神々によって運命を狂わされる事も、神々の機嫌に振り回される事も無く生きて行ける自由を手に入れ、未来に無限の希望を抱いた。
ある者は恐れた。長く神々に奉仕して恩恵を賜わり、支配される事で生きてきたのに、これから自分達はどうすればいいのだと長く心身に受け継がれてきた被支配者としての精神が、主なき後の世界に不安を抱いているのだ。
そんな悲喜交々な様相の人間達の中で、ウルクの民達はこれに天の双牛退治が関係しているのではないのかと考える者達が現れた。
その様な憶説が飛び交うのも無理からぬ事だったのかもしれない。
あの当時ウルクに襲い掛かった神獣の言語に絶する程の超常の力と、それに立ち向かった王達の戦い。そして聖牛達を討ち取った際の圧倒的なまでの力と黄金の輝き。それらを目の当たりにしたウルクの民達は、あれが原因で神々は我らが王達に恐れをなして地上の支配権を手放したのではないかと思い至ったのだ。
しかし、当のギルガメッシュ王も、王兄のギビルやエルキドゥも事の真相に関して黙して語ろうとはせず、真実は闇の中へと葬り去られる事となった。
神々からの支配を脱却して人間の時代が幕を開けた中でのウルクはというと、国の統治に少しずつ変化が起こった。
人々が知る由もない事だが、神々の大半が死滅した事によってそれらの祭事は縮小され、いずれは無くす方向で決定している。その分浮いた費用は国の開発費に回される事となるだろう。
国の法も神を主軸とした内容が取り除かれ、人間同士の取決めを重点的に見直しが行われ、人間が主体の国家として少しずつ調整されていった。
時には長老達や神官達、神々に仕えていた歴史を重んじる傾向にある者達からの意見と衝突する事もあった。聞き入れるに値するものであればギルガメッシュは寛容にそれを受け入れたが、私利私欲に塗れたものであった場合はすぐに見抜いて容赦なく切り捨て、時として処断を下す事も少なくは無かった。
国の変化だけでなく、王自身にも変化が訪れた。
ギルガメッシュが妻を娶ったのだ。
あの冒険癖でエルキドゥと絡み過ぎて女っ気があるのか怪しいあのギルガメッシュ王もとうとうご決断なさったのですね! と臣下達が驚きと涙交じりに感激していた際、当人のギルガメッシュは顔を真っ赤にして怒りながら話した。曰く、次代に血を残すのも王の務めだと。まぁ、臣下達にそう言われても仕方のない振る舞いを政務以外で行っていたのだから自業自得だとギビルが窘めると、何も言えなくなってしまっていたのだから自覚はしていた様だ。
人間とは短命であるが子孫を残し、次の世代へ様々な物を受け継がせていく事で歴史を作っていく事の出来る種族だ。
その人間達の王であるのならば、ギルガメッシュ自身もそれに則らなければならず、このウルクの王朝を継ぐ後継者を
とは言えギルガメッシュは生半可な女を妃にするつもりは毛頭無いと徹底的に拘り、結果として嫁探しにはえらい時間を要する羽目になった。
そうして見つけたのが、交易先の都市国家の王族の娘だった。
ギルガメッシュが選んだだけはあり、周辺の都市国家でも類を見ない様な美女だった。
聡明で、ギルガメッシュにも必要とあらば物怖じせず、誰とでも分け隔てなく接する事の出来る心優しく清楚な女性だ。
当時メソポタミアで最大の規模を誇るウルクの王から話を持ち掛けられた相手方の王は、娘を快く嫁に送り出した。ギルガメッシュの賢君としての名声は国外にも広まっており、直接会った事で娘の夫として信頼できる相手と見たのだ。
王の義務として選んだ相手ではあったが、ギルガメッシュとの相性は良かった様で何だかんだと言いながらもギルガメッシュは徐々に彼女に絆され、愛妻家と称されるにまで至った時、エルキドゥが少しだけ寂しそうな顔をしながら二人を祝福していた。
そして二人の間に待望の男子が誕生する。ギルガメッシュの血を受け継いだ強く健康な子供だ。
子供の名をウル・ルガルと命名し、万全の態勢で王子の養育が始まったのだが、そこで思わぬ人物が係に加わった。
エルキドゥが遊び相手に任命されてしまったのだ。選んだのは他でもない、ウル・ルガル本人だった。
というのもワケがあり、生まれてから暫くして体調が安定した王子の元へエルキドゥが宮殿へ遊びに来たついでで面白半分に自身の体を変化させてあやしていたのだが、それを件の王子は大層気に入り、離れようものなら泣き出して止まらない事態に陥ったのだ。これには父ギルガメッシュも「我が子ながら見る目があるな」と苦笑気味だった。
「まさか兵器である僕が赤ん坊の遊び相手になるなんて思いもしなかったよ」とはエルキドゥ本人の弁。しかし純粋無垢な存在を、友の子を相手にするのは思いの外楽しく、5歳まで王子の遊び相手を率先して務めていた。
物心がつき、幼少期を迎えたウル・ルガルに教育係が付く。そこで抜擢されたのがギビルであった。
王に並び立つ程の叡智を持ち、幼い頃のギルガメッシュを若い身ながら教育した実績もあった事からギルガメッシュから指名を受けたのだ。
ギビルも初めて出来た甥にものを教える事には乗り気だった為、それを快諾。学問から武芸に至るまで、様々な分野を王位を継ぐまでギビルは教える事となった。
こうしてウルク国内では“ウルク三英雄”と称えられている三人の間で、密かに養育ブームが発生する。
その結果ウル・ルガルは三人から薫陶を受けた事で、後に二千数百年先までウルクに繁栄と存続を約束させるきっかけを作った優れた統治者として名を馳せるに至った。
神々を退けてからギビル達の日々は充実していた。
それまでの日々に不満がある訳ではない。ただ、自分達が見守ろうとした人類が最初の一歩を踏み出した事で俄然やる気が出たといった所だろうか。
ギルガメッシュは王として人類を導き、ギビルはその隣で
遣り甲斐があった。達成感を得るのは遥か先になるであろうが、生の悦びがそこには確かに在ったのだ。
幼かったウル・ルガルはやがて年月を経て少年になり、青年となり、そしてギルガメッシュからウルクの王位を受け継いで新たな王として君臨した。
その頃には王としての責務を引き継がせた事で肩の荷が下りたのか、ギルガメッシュは妻と隠居生活を過ごし始めた。
若き頃に集めるべき財は全て集め、国を富ませるだけ富ませ、その継承も済ませた。
人の身で果たす責務は、もう終わったのだ。
神の血が流れているとはいえ半分は人間の血を持つ存在故、終わりの時は必ずやって来る。
現役時代に賢王として活躍したギルガメッシュに、最期の時が近付いてきたのだ。
怪我や病による衰弱では無い、生身の体を持つ生命としての、老いがギルガメッシュの体に死を告げようとしていたのだ。
多くの民や臣下たちが嘆き悲しんだ。ウルクを大国にまで発展させた偉大なる男が死のうとしているのだ。
先王ギルガメッシュの寝室内。
そこでギビルはエルキドゥと共に寝台の上に寝かされているギルガメッシュの側にいた。
この場に二人以外の人間は通す事を許されていない。大事な話があると言って、ギルガメッシュが他の者達を部屋から出したのだ。
死期が近付いてきていてもギルガメッシュの顔は若かりし頃のまま美しく、老いの気配は一切感じられなかった。
「……来たか」
ギルガメッシュの口からはかつての覇気は無く、死が間近に迫っているからか、最盛期を知る者からすれば驚くほどに弱々しかった。
「ギル、ついに行ってしまうんだね?」
エルキドゥは意思を持った神造兵器。故に老いと言う概念が存在しない。
いつかこの様な別れの時が来る事は分かっていた。しかし、それでも友との今生の分かれは、心を学んだエルキドゥには辛く悲しかった。
「ふ、三百年近くも生きた末の大往生なのだ。笑って見送ってくれ」
神の血が半分流れている事によって、ギルガメッシュの寿命は人間よりも遥かに長い。
既に妻は老いによって先立ち、息子のウル・ルガルも子供を持つ年齢になった。何も悔やむ事は無い、心置きなくこの世を去れる事の幸福をギルガメッシュは今噛み締めていたのだ。
悲しい表情でギルガメッシュを見つめていたエルキドゥだが、当の本人からその様に言われてしまい、困ったように笑う事しか出来なかった。
ギルガメッシュは視線をギビルへと向けた。
その眼差しは、力弱くも真剣だった。言わなければならない事を、此処で告げようという決意が宿っていた。
「兄上、思えば随分と世話になったな」
「気にするな、私が好きでやった事だ。お前とウルクで過ごした日々は、とても楽しかったぞ」
ギビルの姿も、神々を排したあの時から変わっていない。
ギルガメッシュと同じ半神半人だが、その実態は星の意思が生み出した全く別の存在。人とは生の理が根本から違うのだ。
真紅の瞳が優しくギルガメッシュを見ていた。余すことなく生涯を全う出来た弟への労いが見て取れた。
「……これから告げるのは、先王としての命令ではなく、一人の弟としての願いだ」
ギルガメッシュが瞼を閉じ、静かに呼吸を繰り返す。
そして、意を決したかのように口を開いた。
「ギビル、我が敬愛なる兄よ。このギルガメッシュが没した後は、ウルクを出て自由に生きてくれ」
ギビルは静かに耳を傾けたまま無言で続きを促した。
「もう俺や国に付き合う必要はないと言っているんだ、兄上。……今度は自分の為に生きろ」
ギビルは生まれた時よりギルガメッシュの為に、そして彼が統治するウルクの為にその力を使い続けてきた。
しかし、もう十分に尽くしてくれた。後の事は次の世代に任せて自由になれ。
ギルガメッシュは、いっそ悲痛なまでに顔を歪ませて己が兄を見上げていた。今までの兄の姿を見続け、そしてこれから訪れる兄の未来に何かを視たのか。
「……そうだな、私がウルクに居座り続けていても、彼らを甘やかしてしまう事になるかもしれないものな」
ようやく人類は神々から、そして自分達の手から離れて時代を作ろうとし始めているのだ。その世の中に、自分と言う存在は甘い毒である。
あくまで人間達が自らの脚で歩んでくれる事を願うからこそ、ここが潮時なのだとギビルも感じていた。
「だが、つまらぬ理由で死ぬ事は絶対に許さんぞ」
「ああ、分かっている」
外的要因が無ければ、ギビルはどこまでも生き続けるだろう。それこそ、星の影響を振り切ったとしてもだ。星が恐怖にかられてあらゆるものをつぎ込まれた存在は、造物主から枷を与えられなかった。
真の意味でギビルと共にいられる存在はこの星にはいない。この大地で繰り返される生と死の輪廻を一人外れながらそれを視続け、例えこの星が死を迎えたとしてもその在り方は変わらない。
それは、それはとても恐ろしい程の孤独だ。誰もがギビルの前から姿を消し、必ず最後はギビル独りとなる。だが、それでもギビルは止まらないとギルガメッシュは理解しているし、自分が告げた残酷さも分かっていた。
そんなギビルがこれから目にするものは、人類が築き上げる文明が及ぼすものは、
ギルガメッシュが徐に手を伸ばしてきた。
死期が目前故に肉体の衰弱が限界にまで達している中、震えながらも伸ばしたその手をギビルが握り返した。
「貴方は……俺にとって、星だった」
それが何を意味するのかまではギルガメッシュは終ぞ語らなかった。
その翌日、先王ギルガメッシュは崩御する。
死に駆け付けた息子夫婦と臣下達が見た時の彼の死に顔は、とても穏やかな物だった。
国葬はウル・ルガル主導の下盛大に行われ、多くの国民達が参列して彼の死を弔った。苛烈な判断をくだす面もあったが、それ以上に国を豊かにした彼を多くの人々が偉大な英雄にして王であったと慕っていたのだ。
「ありがとうギビル」
国葬がひとしきり終わった後のウルクは夜の帳が降りていた。
人の暮らしの灯りが消えた宮殿の屋上で、エルキドゥはギビルへ礼を述べていた。
出会った頃から変わらない新芽の様な鮮やかな緑髪を夜風に流しながら大きく発展したウルクを見下ろしている。
「貴方がギルを導いてくれたから、彼は孤独にならずに生涯を全う出来た。僕は、それが嬉しいんだ」
ギルガメッシュと付き合い始めた頃、彼の目指すものとその在り方を知り、とてつもない孤独の只中に彼は立たされているのではないかとエルキドゥは不安を感じた事があった。
だが、そうでは無かった。彼には理解者がいて、支え、導いてくれる人がいた。それが兄のギビルであった。
ギルガメッシュは、兄という星の輝きに見守られながら良き生の終わりへと辿り着く事が出来たのだ。
「今だから正直言うとね、僕はギルと同じ世界を視る事の出来た貴方に嫉妬した……いや、羨ましかったんだろうね」
ギルガメッシュと多くを語らい、友情を交わしてきたエルキドゥでも、彼が視ていたものを少しは推し量る事こそ出来るが、同じ視線に立つ事は叶わなかった。
そんな中、ギビルだけはギルガメッシュと同じ世界を視る事が出来て、それによって意見を交わす事が出来た。時折そういうやり取りをする二人を見て、自分だけ除け者にされている様な寂しさと、ギルガメッシュと同じ視野に立てるギビルに対する嫉妬があり、当時のエルキドゥは言いようのない感情に苛まれた事が度々あったのだ。
「だが、私ではギルガメッシュの友にはなれなかった。弟にとっての友とはエルキドゥ、君以外にはあり得ないんだ」
だから私は、君がギルガメッシュの友になってくれて本当に良かったと思っている。
瞼で閉じられた目をエルキドゥに向けながらギビルがそう言うと、エルキドゥは気恥ずかしげに頬をかいた。
「……穏やかな顔で逝ったギルを見て、僕も安心してしまった」
「エルキドゥ、君はこれからどうするつもりだ」
エルキドゥはウルクの一角に建てられた、神殿と同等かそれ以上に巨大な建造物に目をやりながら答えた。
「暫くはギルの墓を守っていようと思う。それでほとぼりが冷めたら、僕もギルの所に行く」
現在ギルガメッシュの遺体は生前の頃に建造させていた自分用の巨大な墓の中に、生前集めていた全ての財宝と共に安置されている。そこに彼の妻の棺も含まれている。
中は厳重な侵入者対策が施されており、無粋な輩が立ち入る事を一切許さない。
そこへ神造兵器のエルキドゥが墓守となれば、例え神霊であろうと迂闊に手を出す事の出来ない鉄壁の守りとなる。
しかし、本当に良いのかとギビルは訊ねた。
エルキドゥもまた、ギルガメッシュが自分の死後好きに生きろと言い渡しているのだ。エルキドゥがその気なら彼の好きな自然の中へ行っても咎める者はいないのだから。
するとエルキドゥは苦笑した。
「最初は森で暮らそうかなって考えたんだけどね、何だか放っておけなくなってしまったんだ」
だから、僕はこれで良いんだ。
そう告げるエルキドゥの顔に気負うものは何もなかった。
最期まで友情に生きていきたいと言う願いがそこにあった。掛け替えのない友が贈ってくれた、星の様に輝く言葉を胸に抱いて。
二人は宮殿を出て大通りを歩き、ウルクから外へ繋がる大門を出た所までたどり着いた。
ギビルは旅装束の上からウルクで過ごしていた時に身に着けていた外套を羽織った姿でエルキドゥの前に立っていた。
ギルガメッシュの死を看取り、弟との約束を果たす為ウルクから旅立とうとしていた。
見送る相手はエルキドゥ一人だけ、静かに旅立とうとしていた伯父の意を汲んで、甥でもある現王のウル・ルガルが気を利かせてくれたのだ。
「こんな真夜中に出立なんて、貴方らしいね」
「それはそうだろう、空を見てみろ」
ギビルが指差したその先には、夜闇の空には星々が煌めいている。
ギビルがこの世に産声を上げたその時から変わらず輝き続けている星々は、今宵も月と共に大地を優しく照らしていた。
夜天の光に淡く照らされたギビルの顔には、子供の様な無邪気な笑みが浮かんでいた。
あの宇宙の果てには、この星の常識が及ばぬ脅威が沢山潜んでいる事もあるだろう。
だが、それだけでは無い筈だ。きっと、素晴らしい出会いの可能性だって秘めている筈だから。
あの時、千里眼で初めて視た宇宙への衝撃と憧れは、今も消える事なくギビルの心に灯り続けている。
かくして、ギビルはエルキドゥに見送られながらウルクを後にして世界へと旅立った。彼が憧れた、星々の光に祝福されて。
最初は世界をあてどもなく彷徨う様に歩いていたギビルだったが、徐々に人の文明が各地で生まれると、ふとしたきっかけでそれらの文明の中に紛れてみたりもした。
旅の道中は必ずしも平坦な道のりだけでは無かった。
旅先の中には戦いを要する場面もあり、ギビル自ら力を揮う事態もあった。
そう言う時は大抵現地の神々や超常の存在が潜んでいる。人々の争いには極力不干渉の姿勢を取っているが、人類に害ありとみなした時のギビルは、それら一切を苛烈なまでにねじ伏せ、時としては虐殺と見紛うほどに殺して回る事も辞さなかった。成長する事を捨て、傲慢に我利を貪り、他者をいたずらに力で弄ぶ有様を醜悪と見て嫌悪したのだ。
東に向かえば男神の傍若無人な振る舞いに困り果てていると現地の人々や、挙句の果てには神々にまで泣き付かれ、見兼ねたギビルがその男神の元まで行って原型が無くなるまで徹底的に叩きのめし、ついでに頭をかち割って黙らせた後は人格更生を施して真人間もとい真神にさせた。
西へ立ち寄ればとある神話の神々の素行が目に余り「その性根が汚物以下」と珍しく怒りの感情を露わにし、その神々が住まう山へ乗り込み異次元へ引きずり込んだ後に、戸惑う主神を中心にその大半を問答無用で身魂諸共粉々に破壊して自然現象に還した。
僅かに生き残った神々はその有様に怯え狂い、四方八方に逃げ出し最終的には世界の裏側の片隅で震えながら過ごしていると言う。
南では外宇宙から飛来してきた水晶型生命体と神が戦っていた所に出くわし、人類を守っていた神の側に協力。機能停止にまで追い込む事に成功したが、その際に手傷を負い、傷を癒すために現地でしばらく療養のために長期滞在をする事になる。当時人々から人望のあった神を助けてくれたという事で手厚く歓迎され、奇しくもその神と友好を結ぶ事になった。
北に向かった際には神殺しによる影響で不死になってしまった島国の女王が自分を殺せる男と目敏くギビルを見つけ、執拗に攻撃を仕掛けて来るものだから一時的に五感を奪い、肉体へ凍結による封印を施してその国を後にしている。
例外こそあるものの、特に多くの神々を殺して回ったギビルの存在は世界各地の伝承に残り、これらを“神殺しの旅”と称されるようになった。
辛うじてギビルの神殺しの現場から生き延びた神々達の間では、人間を好き勝手に弄ぶとギビルが殺しにやって来るという噂が蔓延し、人類への干渉をやめて自ら消滅を選ぶか、もしくはその時が来るまで震えながら過ごしていたという。
――人類よ、少しずつでいい、どうかその歩みを止めないでほしい。
幾星霜の年月を超えようとも、ギビルは星の文明を見守りつづけていく。
遥か遠い宇宙の彼方に、思いを馳せながら。
◆おまけの資料
名前:ギビル
性別:男
身長:195cm
体重:85kg
属性:中立・中庸
イメージカラー:金・白
特技:観測(主に人類の文明)
好きなもの:天体観測・発展・進化・進歩・成長
苦手なもの:衰退・停滞
天敵:特になし
ウルク三英雄の一人。通称「黄金の星」、叉は「大賢臣」
メソポタミアの神々がギルガメッシュを生み出す前に作り上げた天の楔のプロトタイプ。血の比率は四分の三が神、四分の一が人間。ギビルとはシュメール語で“新しい人間”という意味。
ギルガメッシュの兄として
その正体はメソポタミアの神々を通して星が生み出した外宇宙からの脅威に対する究極の自律型カウンタープログラム。
大昔に地球で暴れ回ったセファールが星の意思に与えた衝撃が凄まじく、セファールが聖剣使いに倒された後も宇宙から同質の存在が現れる事を恐れてメソポタミアの神々が計画していた天の楔の設計に便乗して生み出させた。
地球に攻め込んだ相手を迎撃するだけでなく、逆に相手の拠点が存在する宇宙へ攻め返す事も想定して極めて高い自律性を与えられている。その結果の一つとして老いや寿命による死という概念が与えられなかった。
ギルガメッシュの死後は世界を旅して回り、今もどこかで人間社会と彼らの暮らす地球を見守り続けている。
後の未来で月の王の襲来、人類悪の躇現などの有事の際には人類を守るために立ち向かった。
◆他登場人物のざっくり紹介
・ギルガメッシュ
本作では王様にして弟様。ウルク三英雄の筆頭、通称「英雄王」
主人公の存在が影響して性格が原作から変わった人。
多少ぶっきらぼうで気難しいところはあるけれど、認めた相手には世話を焼き情に厚い。
ラムセス二世あたりとは普通に友人になれるかもしれない。
・エルキドゥ
ギルガメッシュのソウルフレンドで永遠の相棒。そして運命が変わった人。ウルク三英雄の一人、通称「天の鎖」
穏やかな性格をしているけど殺ると決めた時は情け容赦のないキラーマシンに変貌する色んな意味で意外性ナンバー1。
ウル・ルガルの世話係を任されていた時にウル・ルガルから暫く母親と勘違いされていた過去を持つ。
・メソポタミアの神々
本作で貧乏くじを引かされた方々その1
自分達の意思で作ったかと思いきや、星の介入で自分達を滅ぼす存在を作ってしまい、大半が木っ端微塵に消し飛ばされた。
生き残った神々はあらゆる気力を失い、世界の裏側で細々と余生を暮らす羽目になり、挙げ句の果てには後にギビルの被害に遭った他の神話の生き残りの神々から大層恨まれる事になる。
・他神話の神々
本作で貧乏くじを引かされた方々その2。
敵と判断したギビルが問答無用で蹂躙し回った結果セファール並のトラウマとなり、神々の間ではなまはげの様な存在になっている。
もし出くわす機会があればNRS(ニンジャリアリティ・ショック)ばりに重度のショック症状を引き起こす可能性大。
・ウル・ルガル
ウルク三英雄の教えによって魔改造を施された人。
ウルクを紀元前の終わり近くまで繁栄させる地盤を固めた賢王として歴史に語られている。その影響で未来のメソポタミア地域の国家状況が変わっている。
性格はギルガメッシュほど遊びは無いが、民と国の幸福のために奔走した良き統治者だった。
優れた統治者だけでなく、戦闘力もギビルが徹底的に鍛えこませた影響でトップサーヴァント並の戦闘力を身につけていたりする。
多感な頃から叔父であるギビルがウルクを去るまで教えを授け続けたからか、ギビルへの敬愛の念が天井知らずの様子。
具体的には、仮に再会する事になったらギビルの手を握って男泣きしながらその場で膝をつく。
・中南米の神
中南米の神話の最高神。大柄の底抜けに明るい太陽の様な男神。
自身が統治していた文明に突如現れた水晶生命体――タイプ・マアキュリーと戦っている際、外宇宙の脅威を察知してやって来たギビルが加勢した事によって勝利を掴み、歴史が変わる。
人間に対する考えや姿勢が近い事からギビルと気が合い、神としては珍しくギビルと友人の間柄になった。
この神様が健在だった事で後にやってきたスペイン征服者は撃退され、中南米ことアステカの歴史が本来よりも長く続いた。
些か早足になりましたが、これにて本編は終了とさせていただきます。
他のfateシリーズに絡むかは未定です。もし何か思いつくようであればもしかしたら……?
最後までお付き合いくださり本当にありがとうございました。
また御縁がありましたら別の作品でお会いしましょう。