ーー意識が浮上する。
最初に目に映るのは、見慣れぬボヤけた木の天井。
体を起こし、辺りを見渡す。障子襖らしきものが確認できた。
一体何処に居るのか。その問題は直ぐに解決に向かう事になる。
「む…!目が覚めたか!」
襖が開いたかと思うと、柳洞一成の、だろうか。声が聞こえる。
…よく視えていない。
声の方を向いても、上手く焦点が合わず、まるで靄がかかった様な感じだ。
目を細めて見ても変わらない。まるで脳が視る事を制限しているかの様。
「やはり、視えて無いのか」
やはり?何か知っているのか?
「いやなに。ここの付近で倒れていたお前を運んで来た者がその手の類に詳しくてな。精神的なモノが原因で倒れたのだろう、と言っていたか」
精神的…な、か。
思い当たる節がありすぎて、逆に反応に困る。
「それに付随して、心因性視力障害、つまりは今の状況が引き起こされるやもしれん、とは言っていたが…」
的中だったか。と一成。おそらく頭を抱えているのだろう。
と言うより、何故病院ではなく、ここに連れて来たのか。
「その方はこの寺に逗留されていてな。別に病院でも良かったそうだが、嫌われているかも知れないし、急を要するかも知れなかったから、だそうだ」
すまん、話が読めない。
「無償で人助けをして回っている方でな。その手の利権団体には嫌われているそうだ」
つまり。
「そういうことだ」
余計なお世話だ、此方にはやらなきゃいけない事がある、そう言い、起き上がろうとした。しかしどう言うことか。
身体に力が入らない。
「ハァ…事情は存ぜぬが、そんなボロボロの心で何が出来るか!」
「良いからここで今は休め。お前は少し俗世から離れた方が良い。兄貴も歓迎しているし、学校にも家にも連絡はしておいた」
学校?
「一、二週間くらいは安静にした方が良いそうだ」
………そうかよ。
「ああ、そう言えばだ。衛宮が着替え等を持って来てくれた時に言っていたが…」
士郎が?
「妹さん…イリヤだったか。「大丈夫、わかってるから」、と言っていたらしいが…何か有ったのか?」
全然わかってねぇ…!
どうにか。どうにかして止め…っ!?
頭痛が走る。今の身体は思考すらも拒否すると言うの、か。自嘲の笑いが溢れでる。
「おい!だから今は休め衛宮弟!お前に何かあったら衛宮に合わせる顔がない!」
あ、心配なのは士郎の方ね、そうなのね。
………これは考えても大丈夫、か。
「取り敢えず、横になってろ、俺は所用があるのでな」
では、と去って行く一成。
持つべきものは何とやら、とは言うが…今はっ…!今…
諦めて布団に体を預ける。
深呼吸。
務めて冷静になろうとする。
しかし、頭痛は一向に引かない、と言うよりも、2人の事を考えるな、と言う方が無謀なんだ。
どこで間違えたのかね。
最初っからか。
分かり切ってる事を問答する。
その間にも、頭痛は止まない。
第一お前に何が出来る?言葉でどうにかなる段階は過ぎたぞ。
気持ち悪い。手前の勝手な事情で、二人をーーーー「あの…御気分はいかがでしょう…?」
声のする方に振り向く。
気が付かなかった。
「まぁ…安静に、と言われたでしょうに……成る程、相当、苦悶なされていると見えます」
女…なのだろうか。よく視えないが…
随分と心の距離感が近い。それでいて、土足で心の中に入って来る訳でもない。
「喉が乾かれたのでは?一先ず、肩の力を抜いて下さいな」
湯飲みが差し出される。多分、冷えたお茶だろう。
払い除けても良かったが、そこまで荒んでいる訳では無いので、言葉に甘んじる。
「良かったです、偶に…なのですが、そのまま払い除けられる方もいらっしゃるものでして…」
見透かされてる様で、本当気味が悪い。
「少々不躾な事と存じますが…ここまで追い詰められるとは…一体何が有ったのでしょう?もし宜しければ、聞かせて下さいな」
何を言っとるのだか。
話せる訳もないし、頭が割れる様に痛い。
それを察したのか、彼女は非常に申し訳なさそうな声音で謝罪をしてきた。
それから。
「ああ…そうです、私の事は殺生院祈荒。キアラ、とどうぞ気兼ねなくお呼び下さって結構です」
手の中の湯飲みを握り砕いた。
「きゃあ!あ、あの、大丈夫です…手を切ってるじゃありませんか!そのままお待ち下さい!」
と言いつつ、救急箱でも探しに行ったのか、何処ぞへと消えて行く。きちんと襖を閉めるのは忘れずに。
ーー鮮明に蘇る記憶。とんでもない厄ネタが生えてきた。
いやいやいやいやいやいやいや、え?キアラ?え?
何?今?なんだって?
いや待て、魔性かどうかはわからない。あの可能性はごく僅かだった気がする、
よし、逃げるかーー!
案外あっさりと動いてくれる我が肉体。
頭痛も無い。未だ嘗て無いほどに澄み渡る思考。晴れ渡る視界。
襖は二つ。
ならばキアラが出て行った所とは逆の、いや、同じ所から脱出を図るーー!
「もう!待ってて下さいと言ったではありませんか!」
予想通り逆から入って来た、が一足遅かった!
「やはり、私の様な怪しげな女は信用なりませんか…?」
僅かに溜まる涙。そして悲しげな表情。それを見て、思わずドキッとする。
…まあ、安静にしろ、と一成に言われてる…し?
いや、寝っぱなしだったから、ちょっと体を動かしたくて…
なんてちょっと苦しい言い訳をする。しかし、彼女は、「まあ…そうだったのですね!」と朗らかに笑う。
素直に可愛い、と思った。こんな感情を抱くのは(イリヤを除いて)初めてだった。
「ほら、そこに座って下さい、手当をしませんと」
手当を受ける。一成がなんかすっ飛んで来そうな気がしたが、来ない。単にいないのか、それともこの女性の為せる技か。
「はい、終わりましたよ」
手慣れているのか、割と直ぐに終わる。
ベタな展開の様に、包帯で手がぐるぐる巻きになるとか、そういうのも無く、的確な処置、と言えるだろう。
「それにしても…悪い噂でも聞いてらしたんですか?その…私の名を聞いた途端、でしたので…」
まあ、色々、と。
嘘は言っていない。
「やっぱり…先程のも?」
……はい。
「まあ…やはり、そうでしたか…」
落ち込むキアラに対し、素直に謝罪をする。
「いいえ、大丈夫ですよ、気になんてしてません。ええ、してませんとも」
気にしてたな。コレは。
……いや待て。どうしてこんな事に必死になっている?
そもそも、キアラは…キアラは………アレ?なんだっけ?ま、良いか。忘れるって事はどうでもいい事なのだろう。
「まあ、そんな事よりも、です。そうですね。少し、世間話など、如何でしょう?」
それから、最近はどうこう、と。まあ、たわいも無い話を交わした。
世間話、とは言うものの、恐らくはカウンセリングの一環なのだろう。
頭の上では承知していたが、それすらも忘れさせる程に、彼女との話は充実していた。
それこそ、思わず、どうして倒れる事と相成ったのかを、自分から話し始める位に。
「まぁ…そうだったのですね…」
「それは、難儀な事です…貴方様が苦悩されるのも、無理は有りません…でも、それは、本当にあなた様がやらなければいけないことなのでしょうか?」
「子が誤った道を往くと言うのなら、それを正すが親の役目。兄では些か分不相応と言うものです」
「貴方が思い煩う必要なぞ、どこにも有りません」
真剣な表情で言うキアラ。
しかし、それでは…
「貴方様の親御様は、こう言う時に、来ない訳ではないでしょう?」
確かに、そうだ。
こう言う時は、必ず居る。
「ですから、親に華を持たせると思って、貴方様はお休み下さいな」
そう、華が咲いた様な笑みを見せる。
それもそう、だな。
「それと…」
それと?
「話を伺う限り、貴方様はあまり…他の人に甘えられなかった、のではないか、とお見受けしましたので」
「本来、歳上扱いは、苦手なのですが…」
恥じらうキアラは。
「今くらいは、私に身を委ねられても、佳いかと」
脳が溶ける様な、そんな蠱惑的な表情で、彼女は。
彼女はーーーー。
「「ちょっと待ったぁーー!」」
勢いよく襖が開かれる。
そこに居るのは、イリヤが2人。
「お兄ちゃん、ごめん!」
そう言うと、イリヤはその手で持ったステッキで頭を殴りーーーー。
意識が途絶える。
「あらまあ…可愛らしい事」
どこか余裕のある笑みを見せる
「お兄ちゃんの事、誑かした癖によく言うわね」
そう言うのは、褐色のイリヤーーーー、クロエ・フォン・アインツベルン。
「誑かしたなんてそんなはしたない真似…私はただ、彼を救って差し上げようとしただけです」
「ふぅーん。そんな事言うんだ。兎に角、お兄ちゃんは返してもらうわよ」
「あぁ…本当に可愛らしい…!思わず此方が妬けてしまいそうな程…!」
「クロ、相手にしちゃダメ、早く行こう」
イリヤがそう促す。
「っ…そうね、今はお兄ちゃんが最優先だもの」
「あら、もう行ってしまうのですね…少々残念です…」
無視してクロエは兄、と呼ばれる人物を抱え、イリヤと共に走り去っていく。
「ふふふ、お大事になさいませ」
しかし彼女は、最後までその慈愛に満ちた不敵な笑みを崩さなかった。
「ふぅ…危なかった…間一髪だったよ…」
「ええ、本当。まさか、貴方の所為でお兄ちゃんがこんな事に巻き込まれているなんて思わなかったわ」
「ちょっとクロ!貴方の所為でしょ!?」
「は、どうだか!それに、馴れ馴れしくしないで!今はお兄ちゃんを助ける為の一時共闘。それに
「私でだってそうですよーだ!」
「ああ!何よそれ!イリヤの癖に生意気なんだから!」
「何なのそっちこそ!」
「あの、イリヤ。頼まれてた事、終わったんだけど」
言い争うイリヤとクロエの間を割って入る様に、窓から入ってくる美遊。
「ミユ!本当!?」
イリヤが美遊に聴く。
「本当。と言うより、サファイアがやってくれた」
「お安い御用ですが、これで良かったんでしょうか…」
「うーん、ルビーちゃん的には、記憶を弄るのは反対なのですよー!」
「ルビー、ちょっと黙ってて」
サファイアが、兄や柳洞寺今回の件に関する
しかしそれは届く事はない。
「お兄ちゃんが私達のせいであんなに苦しんでたんだから、それくらいしてもいいでしょ?」
「ううー。ルビーちゃんは最近の扱いの低さが悲しいです…」
「私は別にイリヤが構わないなら、構わないけど…そう言えば、アレは何なの?」
美遊は殺生院キアラの事を思い出す。
彼女の記憶も消そうとしたが、効果は無く。
それどころか、自分の意思でこの街を離れて行く、と言い去って行った事をだ。
「わからないわよ、そんなの。お兄ちゃんを誑かしてた悪い女。それで良いわよ別に」
クロエが吐き捨てる様に言う。
「それで?私達は最初っから喧嘩してない事になるのよね?」
サファイアの方を向くクロエ。
「はい、そうです」
それに肯定の意思を示す。
「ふーん。ま、せいぜい仲良くしましょ?お姉ちゃん?せめて、お兄ちゃんの前ではね」
クロエが冷たい目を向けてイリヤに言う。
「貴方に言われなくてもわかってるわよ、クーロ?」
「あー!もー!生意気!こうしてやるんだから!」
「ちょ、クロ!くすぐったい!」
「はぁ…」
なお、サファイアが記憶を消せると言う記憶もその後消された模様。
ドライはやりようがないからツヴァイで終わりかなー?
主人公泰山の麻婆食えるだけで特別ななんかあるわけじゃないし
キアラさんはどっちなのかは任せます