「「第16回、お兄ちゃん奪還作戦会議ー!!」」
(……もう諦めた方が良いと思う)
イリヤとクロエの両名によって目出度く16回目を迎える事となったこの作戦会議。
全てが悉く失策に――失策してなければここまで続かないが――終わっている。
終わっている。
この不毛とも言える会議に全出席を半ば強いられている美遊は、何度心の中で反芻したか判らない定型文を浮かべる。
一度口に出そうとしたが、両名の殺気とも形容出来そうな圧に押され、二人にとって余計な事を言うまい。心にそう固く誓っているが故に。
「前回は惜しかったんだけど……」
クロエが爪を噛む。
軽く、なんてモノではなく、放っておいたら血が出るのでは無いか、と錯覚する勢いで。
「あとギリギリ、って所で……」
悔しさに耐え、歯噛みするイリヤ。
その目は見ようによっては血走っているのかもしれない。
そんな感想をふと美遊は浮かべた。
「そんなに惜しかったの?」
毎度毎度不毛な展開に終わっている二人の口から、
「そう!!! ほんっっっとうに惜しかったんだからー!!」
イリヤはその「惜しかった」回の事を思い返す……………。
「ねぇ、お兄ちゃん……お願い」
いつとも知れぬある日。
「わたし……ううん、わたし達のキモチ……知ってるんでしょ?」
二人は、兄の部屋に入ったかと思うと、そんな想いの丈を打ち明け……否、再度迫っていた。
「………………まあ、そう、だけど……」
「だったら……」
イリヤが言ったのか、クロエが言ったのか。
今となっては最早あやふやではあるが。
兎に角、その言葉を皮切りにして、二人は自らの衣服をはだけさせ始める。
「何……を……!?」
思わぬ展開に狼狽える兄。その予想道理の反応に思わず口がほころびそうになるのを抑える。
良いぞ、子供の戯言などとは思われていない。わたし達を
特殊性癖だ、と社会常識的には謗るべきなのだろうが、想いを寄せる相手にそんな事をするなんてあり得ないし、そんな事をする相手は鏖殺だってしよう。
狼狽える兄の身体に枝垂れかかり、自分達の肢体を触れさせる。
「ねぇ……」「お願い……」
「「だい「ストップ!」
「………ミユ、話の途中だよ?」
「いやいや、ちょっと待って、二人とも一体何を……」
危うい展開に突入しそうな話に、思わず待ったをかけてしまった美遊。
わたしは悪くない。
うん。誰だってそうする。
そんな言い訳を、心の中で何度も何度も繰り返す。
「何って……ナニ?」
あっけらかんと美遊の問いに返すイリヤ。
クロエもうんうん、と頷くのを見て、もしや可笑しいのは自分なのでは?と錯覚をしてしまう勢いだ。
「まあいっか、それじゃあ話を続けるね」
───ちょっと待って。
そんな美遊の心の叫びも虚しく、話が再開される。
「いや、それは……ちょっと、マズイんじゃあ……」
二人の爆弾発言と言える
以前だったらつゆ知らず。
今は裏切れない人が居る。
その事も相まってか、今は以前よりかは比較的健全な倫理観を備えていた――否。躾けられた。
その事にやや歯噛みする。
あの泥棒猫め。余計な事を……と、姉妹の抱いた思いは一致していた。
「マズくなんて……ないんだよ、お兄ちゃん。士郎お兄ちゃんも、セラお姉ちゃんもリズお姉ちゃんも、今は居ないし……」
「それに、わたし達は義妹よ。血が繋がってるワケじゃないんだし、それに―― 」
「……お兄ちゃんが」「すき、だから……」
「………………」
兄は手で目を覆い、こめかみを揉んでいる。
動揺、と言うよりは困惑、と言った方が良いのだろう。
困らせたくない、とは思うが、今回ばっかりはそんな事を言っている場合ではない。
そうでもしないと――
「私に盗られっぱなし、とでも思ってそうね、お二人さん」
「「!?」」「………カレン」
腕を組んだ女が、ドアの枠にもたれ掛かっている。
その女は、二人にとっては正しく怨敵、だった。
「………ど、どうやっ「合鍵です。貰いました」なっ……」
「ウソ、ちょっと、どういう事!?」
まさかの展開。
合鍵、なんて物は、想定すらしていなかった。
一体誰が───?
「邪魔です。さっさと散りなさい」
右手で軽く払うような所作をするカレン。
その表情は呆れが浮かび上がっている。
いやが応にも、憎らしいまでの余裕を感じる。
一々腹正しいその所作に、思考が乱される。
だがしかし、ここで引き下がるわけにもいかない───のだが。
「ハァ………これなら、私達が出てった方が早いですね」
「あー……うん、そうだな」
立ち上がる兄。
2人を押し退け、迷い無くカレンの元へと歩み寄っていく。
今までとは、全く違う兄の行動に、戸惑いが隠せない。
「え」「ちょっ」
「では、行きましょうか」
そう言うと右手を取り、二人は部屋から出て行く。
その間際に、カレンがこちらを、嗤った様な気がした。
「惜しかっ……た?」
事の顛末を聞いた美遊は、素直な感想を漏らす。
これのどこが惜しいのだろうか。
寧ろ完全に負けているのではないだろうか。
「惜しかったの!邪魔さえ入らなければ、あのまま押し切れたのよ、絶対!」
クロエが断言する。
美遊はどうしてそこまでの自信があるのか疑問に思ったが、藪をつつく様な事はしまいと口には出さなかった。
「そ、そうなんだ……」
取り敢えず首肯しておく。そうするのが一番無難と、悟ったからだ。
虚空を見つめるのも得意になった。
「そう言えば、ママはこの件に関しては一応反対、なんだよね」
「そうらしいのよねー。その場に居た訳じゃ無いから、詳しくは知らないけど」
「付き合ってる人が出来たって話を聞いて……飛んで帰ってきた……の…だけれど……」
突然帰って来たアイリスフィールこと母さん。
義理とは言え、我が子の吉報(?)に、野次馬、もとい出歯亀精神を抑えることが出来ずに帰って来たらしいのだが……
一体どんな子か、と思いを巡らせていたが───それは予想だにしない人物だった。
「…………何故貴女が此処に?」
「おや、これはこれは義母様。お邪魔しています」
「…………へ?」
射抜く様なアイリの視線を物ともせず、あっけらかんと返すカレンに、思わずアイリは呆気にとられる。
「ふふ、そう言う事ですよ」
僅かに笑みを浮かべるカレン。
それとは対照的に真剣な表情へと変わっていくアイリ。
「………どう言うつもり?」
「どうも何も、清く正しい交際をさせて頂いている、と言う事ですよ」
強い語調で問いただすアイリ。
カレンはいかにも予想できていました、と言わんばかりに目を閉じて返答する。
「ふぅん……聖堂教会のシスターが良いのかしらねぇ……」
アイリは目を細める。
ギスギスとした空気が流れる。
俺がどこまで知って居るかを把握せずに聖堂教会まで出す辺り、相当頭に来ているとみた。
帰りたい。いやここが家だった。
「シス……ター?はて、何の事でしょうか?私は、小学部の養護教諭をさせてもらって居ますが……」
「とぼけないで!」
暖簾に腕押し、と言ったようなカレンに苛立ったのか、大声を上げるアイリ。
何気に怒ってる義母を初めて見た気がする。
「いや、あの、母さん」
流石に雲行きが怪しくなってきたので口を挟む。
「なぁに?」
口こそ笑っては居るが、目は全く笑っていない。
あ、これヤバイやつだ。
理解するのに1秒とかからなかった。
「何にそんな怒ってんのか知らないけど、カレンは俺の………俺、の…」
「俺の?」
「………恥ずかしい……いっそ殺してくれ……」
思わず両手で顔を覆う。
イリヤとクロエは俺の大切な妹だ!
これなら幾らでも叫べる自身が有るのに、どうしてこう、カレンだとこんなにも恥ずかしいのだろうか。
顔が真っ赤になってる自信がある。
「あら甘酸っぱい。言わせられてるの?」
暖簾に腕押しとはどちらの事なのか。
取り付く島も無い。
「………ま、真偽はどうあれ私は反対。何を考えてるのか判らないし、何より信用出来ないわ」
明確に否定し、拒絶の意を示すアイリ。
「ええ、それで構いませんし、別に認めようが無かろうが関係ありません。………彼は貰っていきます」
自らの与り知らぬ所でどんどんと話が進んでいく。
どうも貰われる事になった様だ。
「正気?」
「正気で無くて、誰がこんな事を言うので?」
アイリの問いに対して、僅かに笑いつつ返すカレン。
「………ふーん…まあいいわ。出てきなさい」
「ええ、そうさせていただきます」
アイリの要求に応えるカレン。
だが、玄関に向かう際に、俺の服の裾を摑んで、引っ張ってくる。
「行きますよ」「置いて行きなさい」
「何故?」
本気で判らない、と言わんばかりに首を傾げるカレン。
「私に一人で帰れ、と?」
「当たり前でしょう?」
「異教徒は殲滅だー!とか言うように洗脳されないと言う保証が無いもの」
「そんな事は絶対にしません」
アイリの眼を見据えて断言するカレン。
その気迫に、アイリは何も返せなかった。
少々空気が気まずくなる。
「あー……送ってくる。ほら、行こう」
「ええ、行きましょう」
頃合いを見計らって、と言うか、この後のアイリさんの追求が大変そうなので、逃げる意味も込めて、だけれども。
「…………」
二人を見つめるアイリは、ただ、複雑そうな表情を浮かべていた。
(やっぱり無理だと思うけどな……)
美遊は益々確信に近いものを抱く。
しかし、それを尻目にあーでもないこーでもないと議論する2人。
その姿は方向性こそ危ういものの、いつだって真剣に恋をする女の子だった。
だけど……
「もう、諦めたら……?」
二人の想いは知っている。
どれだけ努力しているかも知っている。
その上で、言うのだ。
そうでもしなければ、余りにも、あんまりだ。
「…………なんで?」
地の底から鳴り響く、死者の怨嗟の様な声が、イリヤから聞こえる。
思わず背筋に薄ら寒いモノが走る。
ふとクロエの方を見ると、やはり、と言うべきか。凄まじい気迫を感じる。
余りの圧に思わず謝りそうになるのを、グッと堪え───
「だ、だって、考えてもみてよ、イリヤ、クロ。確かに、頑張ってきたのはわかるけどさ、そこまで数を重ねても無理、って事は……」
「………よ」
「イリヤ?」
「……るよ…」
「そんな事……わかってるよ…」
「…………」
泣き出すイリヤ。押し黙るクロエ。
美遊は、何も言う事が、出来なかった。
「それでも……すき、なんだから…しょうがないでしょ……!」
しゃくりあげ、思いの丈をぶちまけるイリヤ。気がつけば、クロエの眼にも涙が浮かんでいた。
どうしようもない現状に美遊はただ、2人を慰める事しか出来なかった。
「………夢を、見たんです」
隣に寄り添っているカレンが、唐突に奇妙な事を言い始めた。
「なんと言いますか、別の私、とでも言うんでしょうか?兎に角、不思議な夢なんです」
「どんな?」
「以前、私の体質については、打ち明けたじゃないですか」
「………ああ」
「ソレがもっと酷い、私を見ました」
「そうなんだ」
何が言いたいか、概ね把握した。
一体どう言う訳なのかは判らないけど、そんな事があり得るのか、と少々驚いた。
「私はこうしてそれなりに自由に過ごしてますが、その私は、修道院から出れず、ただ悪魔祓いの時だけに外に出る事を許される。お陰で右目はほぼ見えず、満足に走る事も出来ない。他にも被憑依者に────いえ、これは関係ありませんね」
「……………」
「その上、この年齢まで生きているかどうか、と言った感じでした。ただ、どちらの私が幸福か?と問われたら、向こうは最期に望みが叶ったので、何とも言う事が出来ませんが……まあ、そんな夢です」
「夢にしては、色々濃い内容だな……」
「ええ、実に。でも───」
「やっぱり、貴方が居ないので、こちらの私で、良かったと思います」
今まで、見た事有ったか?
彼女の、カレンの、こんな笑顔。
そんな、そんな顔も出来るなんて、卑怯じゃないか。
「きゃっ」
思わず抱きしめる。
これで抱きしめない人が居るだろうか、いや居ない。
「も、もう………そ、その…イイ、ですよ……?」
今日も家に帰らなかった。