「困るなぁ…焚きつけたの、貴方でしょう?綺礼」
「誰かと思えば、英雄王か」
道を歩く事峰の背後から、鈴の音を鳴らすような。けれども威厳のある声がする。
「どーしてくれるんですか。せっかく面白い事になると思ったんですがねぇ……アレじゃあなぁ…」
頭を掻くギルガメッシュ。
さほど困っている、と言うわけではない。
「一つの世界が滅び、一人の剪定者が産まれただけの事。産まれるからには、私はそれを祝福せねばなるまい。まして、【衛宮】なら尚更の事」
さも当然だろう?と言わんばかりの不適な態度を取っている。
「あんな物まで持ち出して、大人の僕が見たらどう思うかなぁ……」
「フン、裁定と剪定は領分を侵害する事も無かろう。それと、アレは私が与えた物では無い」
「ふーん。ま、どっちでもいいんですけどね」
「……所で、戻らなくて良いのか?」
「目的は果たしたんで、大丈夫ですよ。それに、観ていても面白くないし、これからはもう僕の役目は無い。大人しく帰りますよ」
「………そうか」
「結界が……消えた?」
「というより、壊された…?」
凛とルヴィアが各々の感想を述べる。
「……オイオイ、どーゆー事だぁ!?」
「何者……おい、待て。馬鹿な。何故だ?何故
ベアトリスが首をかしげる。
対照的にジュリアン、否。ダリウスは確信めいた物を抱く。
「イリヤ……あそこ…」
クロエが震える手で、人影を指差す。
「………うそ、でしょ」
「切……いや、格好は似てるけど……あの顔は…」
視界に人影を収めた美遊が思う。
「居ても可笑しくは無い、とは思ってましたが……どう見ても、
バゼットが、クロエらの注目する方へ、目線を向け、その正体を見る。
その持つ兵器も。
「爺さん……?」
朦朧とした意識で、衛宮士郎は男の影を垣間見る。
例え、違うとしても。
「どう言う事だァ!!聖堂教会!!!互いに不干渉の筈だろう!?」
馬鹿な。
あり得ない。
あの銃を持ち出すなんぞ、代行者位のモノ。
そう思っているからこそ、そう知っているからこその発言。
しかし、可笑しい。来る訳がない。
そう、あの神父とは約束がある。
「───地獄を見た」
燃え盛る業火。
街を埋め尽くす泥と炎を見た、と。
男は、ダリウスの言に答える事なく。
一人歩きながら告解する。
「未来を視た」
再び行われた戦争の行く末を、死の間際に垣間見た。
「可能性を視た」
戦争の可能性。数多の死。
大戦。月の戦争。偽りの戦争。
様々な世界の可能性を視た。
新たに生まれ落ちた世界も、例に漏れず。
「結末を視た」
全てが行き着く先。
死んだ大地。飛来する星の化身。
そして───。
「ああ、全てが無価値。どうでも良い。
未来だの世界だの強制的に視せられて、狂ったり、無感動にならない方が可笑しい。
現に、アトラスの院長は発狂している。
「質問に答えろ!」
「沙条愛歌。ああ、お前の話は共感出来るよ。視るのと、実際に見るのとじゃ、訳が違う。セイバーに執着する訳だ」
《視るのと、見る、という事の違いって、素晴らしいモノよ?》
確か、そんな事を言ってたな。
無価値。無感動。
全てに飽きる。
それでも。
確かに無色だった世界は、運命によって色彩鮮やかに彩られたんだ。
「……ああ、俺が代行者か、って話……だったか。違うな」
「何…?」
ダリウスは疑問を抱く。
そんな筈はない。アレは、あの銃は、そんな簡単なシロモノでは無い。
「俺は、通りすがりのお兄ちゃんだ」
銃を構える。
狙うのは、ダリウスでは無い。
銃口は、箱に向けられる。
「───ッ!殺せ!ベアトリス!」
「遅い」
撃鉄は下された。
弾は進んで行くのみ。
真っ直ぐ。一直線に。
音速で対応する汚泥の英霊。
しかし、銃弾は意に介す事なく、泥を消し飛ばしながら突き進む。
そして、人類は。
ここに、最後の希望を打ち砕かれた。
「あ……ああ…」
空いた穴から溶けて崩れ落ちるピトス。
穴を穿ったのにも関わらず、中からは何も這い出る事はない。
ただ、消えて行く。
「テメェ!!」
破れかぶれになったベアトリスは、男を圧殺せんと蛮神の槌を振り下ろそうと───!
「させないわ!」
そこにクロエが投影した双剣を投げつけ、軌道を逸らす。
外れた槌は、空を叩く。
そこを逃さず、クロエは追撃に出る。
「ありがとう、クロエ」
「え?……今、私の名前を……」
すれ違い様に、クロエはそんな言葉を聞いた。
男は銃から薬莢を排出し、再び弾を込める。
そして、膝をついている、ダリウスの元へ歩み寄る。
「貴様!一体何をしたか……何をしたかわかっているのかぁ!?」
半狂乱になり、目の前の男に掴みかかるダリウス。
「知っているさ」
「……は?」
「遍く全ての星々には、終わりがある。それがこの世界は早かっただけの事。それなのにダラダラと無駄に延命しようとして……」
「オイ……オイ、なんだよ、それ」
ダリウスなのか、ジュリアンなのか。
今まで築き上げて来た物を、横から蹴飛ばされて、誰が誰だか解らなくなっている。
「そもそも、聖杯一つで星が救えると思ったのか?高々英霊七騎分。それに、箱にしても、欧州の一部の話だろう」
「…………辞めろ」
話を遮る。
「おめでたい頭だ。この世界はな、パンドラがほんのちょっと素直だった時点で、21世紀での滅びは確定していたんだよ」
「辞めろ!」
話を聞きたくない。
「
「辞めろと言っ───」
その後の言葉は紡がれる事はなかった。
顎下から撃ち抜かれたからだ。
第五架空要素に寄って置換されていた人格は消え失せる。
無論、撃ち抜かれた肉体も、生命の鼓動を止める。
「ジュリアン様───!」
クロエと戦っていたベアトリスは、惨状に気づき、男を殺しにかかる。
しかし、距離が離れていた。
その為に。
「死人は寝てろ」
再び銃声。
所詮は第五架空要素で出来た身体。
何かを遺す事なく、崩れ去る。
カードすらも、残らない。
泡滴を無感動に眺め終え、イリヤらの方を向こうとして───。
「待ちなさい!」
横から、遠坂凛の声。
指先をこちらに向けている。
手には高価そうな宝石が握られている。
「なんだい?」
「……貴方、何者なの」
「何者、ね。言ったでしょ、通りすがりのお兄ちゃんだ、って。イリヤとクロエの兄だよ。俺は」
「本当に、お兄ちゃん…なの?」
クロエが縋るように呟く。
それとは対照的だが。
「…………」
イリヤは何も喋らない。
どこか怯えが混じっている様にも見える。
兎も角、イリヤ達の方へと歩き始めようと足を上げたその瞬間。
「ダメですわ!」
ルヴィアがそれを制止する。
「どうして!?」
思わず抗議する。
「まだ、話は終わってませんわ」
「兄なのは置いといて。貴方、どうやって来たの?いえ、それよりもソレ。何処で手に入れたのよ!」
「あー……コレ、か…」
握りしめた銃をもて遊ぶ。
「動かないで!」
「ひどいなぁ!」
「その銃。私の推測が正しければ、持ち出せる事はほぼ不可能よ。それなのに、何故持っているの?」
「貰った」
「とぼけないで!」
「とぼけて無いよ!貰ったもんは貰ったんだから仕方がないでしょ!?」
「じゃあ誰から!」
「……メル友?」
「あー、ハイハイ。メル友ね。それなら納得……出来るかぁ!」
「じゃあどうしろと!」
「ソレ置いてゆっくり離れなさい!」
「なんでそこまで過剰になるのさ!?」
「……だって貴方、なんの感情も抱かずに人を殺せる奴を信用しろ、なんて方が可笑しいとは思わない?」
「魔術師なんて俺よりロクでも無い奴、一山いくらで売るほど居るでしょ?」
「うっ……それを言われると」
「何を引き下がってるんですの!遠坂凛!」
「煩いわね!図星突かれたら貴女だってこうなるわよ!」
「貴女と一緒にしないでくださいな!」
言い争いが勝手に始まった。
抜け目が無い。とでも言うべきか、此方への警戒は忘れていない。
敵じゃないんだけどなぁ…。
そう思いながら、イリヤとクロエの方を向く。
しかし。そうではない。
「おい、カレイドステッキ」
「はいはーい、何ですかー?お兄さーん。それとですねー。私の事は!ルビーちゃんとお呼び下さい!」
「元の世界に、全員帰れるか?」
「うーん、まあ難しいですけど……出来なくはない、です」
「今すぐにやれ。間に合わなくなったら知らん」
「ハイ?」
「───来た」
頭上から、天体が堕ちて来る。
否。正確には天体では無いが……星そのもの、と言っても差し支えない。
落ちて来たソレが、城を踏み潰す。
踏み潰され、崩れた城の瓦礫が水晶へと変貌していく。
「何……アレ」
「蜘蛛…?」
凛とルヴィアが恐怖に腰を抜かす。
無理もない。
何故ならば、目の前のソレは───
「おい!早くしろルビー!全員此処で死ぬ事になるぞ!」
「……サファイア!」
「わかりました、姉さん」
ルビーとサファイア。二つのカレイドステッキが、円の軌跡を描き始める。
足下には、見慣れぬ魔法陣が次々へと展開していく。
この世界の衛宮士郎も陣の中に入っている。
……ま、何とかなるだろう。
銃弾を装填する。
「お兄ちゃん!?」
クロエが叫ぶ。
何をしようとしているのか、察したのだろうか。
「ちょっと!お兄ちゃん!どうしてそんなモン弄ってんのよ!」
クロエが腕を掴んで来る。
けれど。
「悪い」
腕を振り払い、魔法陣の外へ出る。
悪いな、俺は一緒には行けない。
血に濡れたこの手で、お前らを抱きしめる訳にもいかないだろうし、俺には為すべきことがある。
「お兄ちゃん!待って!お兄ちゃん!」
クロエが叫ぶ。
「お兄さん!銃を棄てて入ってください!もうすぐ飛びます!」
ルビーが真面目な様子で喋る。
銃を捨てろ、と言うのは干渉して飛べなくなるかもしれないからだ。
「───お兄ちゃん…ダメだよ、お兄ちゃんが来たのに、嬉しかったのに、なんだか怖くて無視しちゃったの、あやまるから、ねぇ、いっしょに、いっしょに…帰ろうよ!!!」
今まで口を閉ざしていたイリヤが叫ぶ。
その事に瞠目する。
そんな事気にしてたのか。
ははっ。最後に、悪い事したかな。
振り返える。
「イリヤ、クロエ」
せめて、笑顔で。
「ありがとう。出逢えて幸せだった」
「だ─め──!────」
誰との声とも知れぬ声が何もない空間に木霊する。
「行った、か」
大蜘蛛の方を向き直す。
侵食していく水晶の渓谷は、直ぐ近くまで来ている。
滅びの確定したこの地球との約束を果たすため。
現状最も滅びの原因に近い俺を殺す為。
水星のアリストテレス。
タイプ・マーキュリーが、動きだす。
「AAAAAAaaaaaaaaa───!!!!」
「さて、水星。俺の知っている知識には、少なくともお前は何処かで退場する筈だ」
銃を構える。
足が震える。
呼吸が荒くなる。
怖い。
人類が逆立ちしても勝てぬ敵。
だけど、この銃の次の持ち主は、コイツの存在を知らない。
つまりは、世界の滅びを早めたケジメとして、此処で倒さねばならない。
恐怖を呑み込み、引き金に手をかける。
「悪いが、此処で俺と心中して貰うぞ。────ORT!!!」
銃弾が、放たれた。
「……って事が有ったんだよ」
「そうなのか?」
「そうだよ。だから水星のアリストテレスは居ないんだ」
「………兄は強…なんか違くないか?」
「うーん……彼が銃を握ってからの事しか解らないから…」
「……そうかい。で、そいつは結局どうなったんだい?」
「あ、それはねぇ……」
「あー、自分で聞いといてなんだが…スマン、仕事だ。行ってくる」
「うん、いってらっしゃい、ゴドー」