駆け足だったのは否定しない。
「イリヤ、今日は久々に2人でどっか行かないか?
「……ほえ!?え、わ、きょ、今日!?」
あー…用事有ったんなら、そっち優先した方が良いと思うけど。
「ううん!大丈夫!大丈夫!行こ、早く行こう!お兄ちゃん!」
焦っている、と言うか。何が何でも、と言う様な雰囲気。
…なんかしっぽが見えそうな勢いだな、との感想を抱いた。
「え…お兄ちゃん、イリヤと2人なのー?ずーるーいー!ずるいー!」
クロエはまた今度な?
「えー…ちゃんと約束してよ?」
わかった。約束な。約束するから、さ?
と言いつつ、頭を撫でる。
そろそろ安売り感が否めなくなってきた。
「むむむ…わかった。いってらっしゃい、お兄ちゃん」
「お兄ちゃん!早く行こ!」
はいはい。
玄関のドアを開け、家を出る。
さて、何処に行こ………イリヤ?
「………」
イリヤにしては珍しく、手を繋ぐでもなく、腕を絡めてくるでもなく、袖を引っ張るだけ。
疑問を抱いていると、イリヤはこちらを一瞥したかと思うと、何も言わず黙っているままである。
本当にどうした?
「………とりあえずさ。歩こ、お兄ちゃん」
…ああ、そう、だな。
特に当てもなく歩き始める。
方向としては…そう、だな。冬木大橋辺りで良いだろうか。うん。
冬木大橋辺りまで来た。
が、しかしだ。
いつもだったら満面の笑みを浮かべて楽しそうな顔をしているイリヤが、どうしたことか。
物憂げな表情なのだ。
その上、物理的な距離こそ近いが、密着はしていない。これもどう言う事なのか。
兄離れか。はたまた気になる人でも出来たか。
「あのさ、お兄ちゃん」
思考の坩堝に陥ろうとした最中、イリヤが唐突に口を開く。
「………ううん、やっぱりなんでもないや」
イリヤ…何か、話があるならさ、ちゃんと聞くぞ?本当にどうしたんだ?
「なんでもないよ、うん。本当になんでもないんだ、お兄ちゃん」
そう言って笑うイリヤ。
しかし、その笑顔は明らかに無理をしている。
そう思うには十分すぎるほど不自然な笑顔だった。
と言うよりも、先程までの態度で一目瞭然なのである。
イリヤ。
「!っ…」
そっか。なんでもないんだな?
抱き締めて、慈しむように、愛おしむ様に、ゆっくり丁寧にその銀髪の頭をなぞる様に撫でる。
「………もし」
もし?
「もしも、私がさ」
「何もかもぜーんぶ棄ててさ、お兄ちゃんと一緒に居たいー、って言ったらさ、お兄ちゃんは来てくれる?」
突然の問い。しかしそれは、軽く話すのには重すぎる。
…どう言う意味?
「うーん…例え話だよ、そう!例え話」
例え話にしては重い話だなぁ…うん、でもそうだね。
「………」
時と場合によるとは思うけど…多分、行くのかなー。
「……ほんとに?」
そうなって見ないとわかんないけどねー。スケール感がでかいからね。
「そっか…お兄ちゃんは、付いて来てくれるのかぁ……そっかー」
にへー、と先程までの作り笑いとは違って、
ちゃんとした笑顔だった。
良かった様な、悪い様な。
いや、イリヤが笑ったんだし、悪くはないさ。
「おにーちゃん、水族館いこー?」
そういえば、ここら辺近くにあるのか。
わかった、行こっか。
「うん!」
何気に初めてなんだよなぁ…ここ。
「そうなの?」
うん…そういえばそうだ、うん。
「ふーん。初めてなんだー」
行く機会もなかったしねぇ…
水族館は常識的な範疇のものだった。
気をてらった展示はなかったかーとちょっと残念に思った。
「楽しかった?」
イリヤが楽しそうだったから、楽しかったよ。
「えへへ、そんな事言われると、ちょっと恥ずかしいかも」
…イリヤがショートせずに素直に恥ずかしい、だと…?一体何が…
機嫌でも良いのかな?
「お兄ちゃん、次はどこいこっか?」
うーん…お腹空いてたりしない?
「お兄ちゃんはどうなの?」
一番困る奴きた。
どう、って言われてもねぇ…
「私は、お兄ちゃんが居たらそれだけでお腹いっぱいなんだ」
微笑みながら言うイリヤ。
前言撤回、手のかからない良い子です。
イリヤは本当に良い子。かわいい。
紅茶…うん、軽い感じで良いか?
「お兄ちゃんがそれでいいなら」
喫茶店は結構良かった、とだけ。
「お兄ちゃん、ちょっと歩かない?」
ああ、良いぞ。
「えへへー」
腕をギュッと絡めてくるイリヤ。
機嫌がここまで良くなった様だ。
「最近、お兄ちゃんに会えてさ、幸せだなーって思うんだよね」
どうしたの突然?
「お兄ちゃんが居なかったらどうなってたんだろうなーって思ってさ」
……あんまり変わらないと思うぞ。うん。
「そんな事ないよ!」
突然語気を強めるイリヤ。
何か彼女の琴線にふれてしまったらしい。
「お兄ちゃんが居ないなんて私、考えられないもん」
………。
「だからずーっとずーっと居れればいいのにーって考えてたんだよね」
それで、どんな答えが出たんだい?
「うーん…まだ出てないんだよね、それが。良く邪魔も入るし…」
そっかー。
「出たらお兄ちゃんに教えるね!」
おー、うん、あんまり期待しないで待ってるよ。
「何それ…どういう事?」
ずっとなんて居られるわけないでしょうに…俺の方が多分先に死ぬんだしさ。
人間、必ず死ぬ。死を想って生きているんだ。
そう。人間は、必ず死ぬ。死ななければならない筈なんだ。
「………させないよ」
「お兄ちゃんは、私と
はいはい、そっかそっか。
「本気だもん」
唇を僅かに尖らせて言うイリヤ。
冗談半分で言ってるくらいわかる。
まあ、そうだなぁ…
もしそうなったら、良い事なのかなぁ…。
「お兄ちゃん?」
ああ、いや。なんでもないよ、イリヤ。少し遠くの事を考えてたんだ。
「それ、何でもないって言うの?」
ははは、そうだな、言わないな!
「あ、お兄ちゃん、そろそろ…」
…やっぱりなんか用事有ったの?
「あー…うん、まあ…そうだ…ね」
じゃ、帰ろっか。
「……うん、そうだね」
……?なんだ、今の感覚。
まあ良い…のか?
放っておいたらいけない気がする。
けれども、どうすれば良いのかなんて皆目見当もつかない。
家路を急ぐ。
「…………」
その間イリヤは無言だった。
何かを考えている様な。
何かを、思い悩んでいる様な───。
もしも、この時気づけたのなら。
どうなっていたんだろうか。
今となっては、最早どうでも良い事だった。
ーーーーー
夜中。
イリヤとクロエは出かけたのだろう。
暫くは帰って来ない…筈だ、確か。
明日からどうすんのかねぇ。主に士郎。何もできないしなぁ…俺も士郎も。
……寝るか。
明日への不安を殺し、夢の世界へと旅立っていった。
コツン。コツン。
窓に何か当たる音。
コツン。コツン。
何だ?一体。何の音だ?
コツン。コツン。
恐る恐るカーテンを引く。
すると其処には───
「カレン…?」
窓を開ける。
こんな夜更けにどうしたの。石投げないで。
「説明は移動中にします。今すぐに来てください」
はぁ?
「早く!」
何故呼ばれる必要が有るのか、疑問に思いつつも、カレンの元に駆けつける。
「今から円蔵山に行きます」
は?どうして?
「……貴女の妹さんについてです」
それは、耳を疑う様な─────────
「いや、スゴイよ、まさか僕とここまで渡り合うなんて!」
ギルガメッシュ。
黒化しているとは言え、自我を明確に持つ。
まさしく、英雄の中の王に相応しい。
そんな王と、現状互角に渡り合っている存在が有る。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
2つのカレイドステッキを束ね、擬似的に体中のありとあらゆる器官を魔術回路と誤認させてフル運用している。
そうまでしなければ渡り合う事すら叶わないギルガメッシュの脅威を論じるべきか。
それとも、渡り合える手段が有る方を褒め称えるべきか。
どちらにせよ、些細な事だった。
「それにしても驚いたよ、まさかソレにそんな能力があるなんてさ!」
「まあいいさ、僕達の聖杯戦争を始めようか!」
ギルガメッシュが言った言葉。ソレに、イリヤは違和感を感じた。
否。
感じてしまったのだ。
【聖杯…?】
【アインツベルンの聖杯戦争─────】
【えー、カレイドステッキって言うのはですねー。もともとは平行世界の自分の可能性を引っ張って来るって─────】
【イリヤさんは結果を先に持って来て─────】
【聖杯とは、万能の願望器。あらゆる願いを叶えるものである】
そっか…そうだ。
これだ。
これがあれば、お兄ちゃんとずっと。
「イリヤさん?イリヤさん!どうして止まるんですか!?危険ですよ!イリヤさん!」
カレイドステッキは叫び問う。
真意が解らない。このまま止まる理由がわからないからだ。
しかし、イリヤは。
「
この呪文を持って、返答とした。
「何を…?」
突如辺りへ吹き荒れる魔力の奔流。
それは、イリヤを中心に発生している。
「待て、待てイリヤスフィール。何を、キミは一体
ギルガメッシュが、真意に気付いたのか、思わず尋ねる。尋ねる、とは言うが。彼の場合は殆ど独り言に近い。
「イリヤ!?あんた何しようとしてんの!」
遠坂凛が叫ぶ。
「───イリヤ。まさか」
クロエが、気づく。
「───ごめんね、美遊。私、ワガママで」
「イリヤさん!何処に繋げようとしてるんですか!?危険ですよ!?このままじゃ焼き切れてしまいます!」
「構わない…!いいから、良いから寄越せ!
辺りが光に覆われる。
光が明けた先。存在していたのは────
「あはは、あはははははは!!!」
「イリヤ…?ひょっとして、あ、あんた!」
狂笑するイリヤ。しかし、纏っている空気は以前とは比べ物にならない。
そして、クロエは理解する。理解してしまえる。
「なぁに?クロ?やっぱりわかった?」
「─────
とある世界に於いて、《天の衣》と呼ばれる服。イリヤは、魔法少女としての服装ではなく、ソレに良く似た服装を纏っていた。
それはさながら、彼女のウェディングドレスの様で。
「ええ、そう。元々
「──ッハ、そんな事をしてまで
嘲笑するギルガメッシュ。
しかし。
「ほえ?違うけど?」
「ハハハハハ───は、何?違う?違うだと?」
「こうなったのはね、別にオマエを倒したい訳でも、美遊を取り戻したい訳でもないよ?」
「─────」
絶句するギルガメッシュ。いや、
英雄王のその眼には。同じに視えていた。
「だって、こうでもしないと、お兄ちゃんと一緒に居られないでしょ?」
「イリヤ!!」
その両手に双剣を投影し、飛び出すクロエ。
ダメだ。その願いは、危険過ぎる。
自分の中の
「あは。クロ?あなたが今の私に勝てる訳ないでしょ?」
指を鳴らす。
それだけで、それだけでクロエの意識は消えていく。
「本当は殺したかったんだけど…人を殺したー、ってお兄ちゃんが怒っちゃいけないからね」
「イリヤ」
「ああ、凛さん、ルヴィアさん。居たんだ」
そんなのも居たな、そんな感想を覚える。
「貴女、本当にそれで良いの?」
「何がですか?」
何やら蠢いて喚いている。うん、黙ってていいよ。
また指をひとつ鳴らす。それだけで、ヒトの意識が過程を吹き飛ばして消える。
「殺しちゃったら怒られちゃうからね、いけない、いけない」
「ハハ───イシュタルと言い、あの菩薩と言い、どうしてこう
「うるさい、消えちゃえ」
暴力的なまでの質量、を誇った英雄王が、一瞬して掻き消えた。
第三魔法、否。根源と言うのは、その気になれば全知全能の権能にすら及ぶ。
それを、外敵を。自分と愛する兄を邪魔する存在を消す為だけに振るう。
「うーん…まだちらほら誰か居るなぁ…もう!めんどくさい!みんなでてけ!」
再び、魔力の奔流。
まるで生まれたばかりの赤児の様に、聖杯の嬰児は乱雑にチカラを振るう。
もはや、この空間には聖杯が一つ、有るのみ。
「これでよし、と。うーん…まだ馴染んでないなぁ…」
カラダの節々に、不調が見られる。
このままでは、ちょっとした弾みで夢幻召喚が解除されるかもしれない。
万全を尽くす必要がある。
「本当は今すぐにでもお兄ちゃんを迎えに行きたいんだけど…仕方がないか」
「待っててね、お兄ちゃん。ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
その時まで。真にあらゆる願いを叶えるモノとなるまで。
しかし、その願いは、一人の為に。自分の愛欲の為にのみ、振るわれる。
ああ、どうしてこんな事を早く思いつかなかったんだ。
お兄ちゃん。大好きなお兄ちゃん。
もうすぐ。もうす───
気配。人の気配。
聖杯が創り上げる一種の特異点と化したこの鏡面界に、人の気配がする。
しかも、その気配は。
「お兄ちゃん!」
そう。最愛の
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!ああ、お兄ちゃん!来てくれたんだ!」
駆け寄る。
兄はどう思うか。喜ぶか。
ねえ。お兄ちゃん。ずっと一緒に居る方法、見つけたよ?
早く伝えたい。今すぐ伝えよう。
どうしてここに来てくれたのなんてどうでもいい。
どうせ
「イリヤ」
「っ〜!!!」
最愛の人に、名前を呼ばれた。声をかけられた。それだけで、その身体を多大なる快感。多幸感が襲う。
「お兄…ぃちゃん」
縋り付く。兄に。
男を求める。ただひたすらに。自分の欲望のまま。
男は、それを拒絶する事もなく。
女の求める儘、されるが儘。
女もまた、男の求める儘に。
かつて、とある世界、第三魔法に至った魔法使いは、世界の裏側に排斥されたと言う。
勿論、
───だが、排斥される直前、
「お兄ちゃん、これで、ずっと、ずーっと一緒だね!」
END
と言うわけで、メリーバッドエンドって奴でございます。
あと何本かそれぞれのルートやるかなぁ