ハインツのモン/ハン観察日誌   作:ナッシーネコゼ

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火山の泪(Ⅰ)

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ――火山の泪を掘り当てろ。

 

 この通達を出したときのラッセルの表情は、やけに苦々しげだった。

 

 特に相対するハインツの瞳が輝きを増していたのが、余計ラッセルを腹立たせた。

 

 想定外だったのだ。

 

 あと数年は、彼らに火山へ立ち入る資格は届かないはずであった。

 

 しかし、届いてしまった。この事実は変わらない。

 

 ギルドから送付された入山許可証の封を見たとき、ラッセルはしてやられたと思った。二枚の許可証のうち、リィタの分だけやたら丁寧な包装をされていたからだ。ハインツの分が、まるでオマケといったようにぞんざいに包まれていたのを見て、何者かの思惑があったことは想像に難くなかった。

 

(余計なことをしてくれる)

 

 つい先日会談を済ませた成金の顔がはっきりと思い浮かぶ。おそらく奴の仕業だ。ギルドに裏から手をまわして、彼が執心するハンターの許可証を発行させたのだ。ハインツは文字通り、そのオマケである。

 

 その事実を知らない若き書士の喜ぶ姿が、ラッセルを余計やるせない気持ちにさせる。

 

(まだ、早い。急ぐ必要はないのだ)

 

 おそらく許可証を得た二人が何を言い出すかは分かっている。

 

 だから、先手を打つことにした。

 成金商人の思惑通りに運ばせたくない気持ちもあったが、何よりこの二人をいきなり火山の前線へ放り出すわけにはいかない。

 

 丸まった背中を正して、ぐっと結んでいた口を小さく開く。そして、

 

「お前さんら、"火山の泪"を知っとるか?」

 

 彼らに向けて、火山探索の始まりが告げられた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 たとえ火山の先達(ウィンブルグ)が不慮の"ぎっくり腰"で下山しようとも、リィタの護衛ハンターとしての任務は終わらない。

 

 南エルデの火山地帯と言えばハンターの間で良くも悪くも話題に尽きることがないのだから、これくらいの暑さも当然覚悟をしていた。はずだった。

 ツンと鼻の頭に響く硫黄臭さと熱気が、(レザー)を介して身体中に絡みついてくる。ここはまだ火山の入り口に過ぎないのに、その先にある灼熱の気配を肌身で確実に感じ取れた。

 普段から愛用しているマカライト製鎧(アロイシリーズ)を着こんでいなくて良かったと、リィタは心の底から思う。なぜならウィンブルグ直々の忠告がなければ、今ごろ自分は熱した金属鎧に身も心も焼かれていただろうから。慣れないながらも急遽見繕ったレザーは、彼女に炎熱での行動を助けてくれる。狩猟行動時とは違った動きやすさがある。

 

「平気かい? 手、止まってるよ」

 

 珍しいものを見るかのように投げかけられた問いは、傍らに佇む彼女の護衛対象から。頷いて、滲んでいた額の汗をぬぐうと、もう何本目になるかわからない、穂先の砕けたピッケルに目線を落とした。普段から大きな得物を扱うせいか、つい力加減を間違えてしまうようだった。

 リィタがあまりにもピッケルをダメにするからと、手本を見せようとして岩盤ではなく己の腰を砕いたウィンブルグの姿を思い起こすと、彼が置いて逝った残りのピッケルに遠慮なく手を伸ばす。

 

「……平気。ハインツさんは?」

「いい暑さだよ。この先を考えると足が重たくなるね。砂漠のラマラダがどんなにありがたい生き物だったか、よくわかる」

 

 湿らせた(マスク)越しに苦笑を浮かべたハインツは、はるか先にそそり立つエルデの(いただき)から昇る灰煙に視線を向ける。

 リィタもハインツも、火山のことを知識で知ってはいても、現場に関しては素人同然だ。入山するのに必要な許可証が、かなり真新しいものであるのがその証拠。

 

「ラマラダ。連れては行けない?」

「身体構造的に適応しないだろうね。死なせてしまうよ」

 

 額に張り付いた前髪を鬱陶しそうに掻き上げると、ハインツはきっぱりと答える。

 答えの根拠は、リィタに砂漠で沈んだ白い巨体のことを思い出させた。どこから流れ着いたのか、氷結の世界から熱砂の大地に渡った雪獅子の末路は、彼女もこの目で見ている。

 

「……そう」

 

 砂漠と違ってラマラダの足に期待できない火山の探索は、思っていた以上に骨が折れそうだった。

 目的がはっきりしているだけに、ウィンブルグ不在の状況を歯がゆく感じる。この先を進むことは、引率者のいない遠足に行くことと同じなのだ。

 

 ――スゥ……。

 

 喉が焼けないように、クーラードリンクで湿らせた(マスク)を介して細く息を吸う。絞りだした酸素で定期的に感覚を尖らせるが、周囲にモンスターの気配はなかった。

 基本的に奥地へ進めば進むほど、危険の度合いは高まる。純度の高い鉱石が多く、それを好む鉱石食いの岩竜たちが徘徊しているせいもあるだろう。

 リィタ達がいる地点は、未だエルデの中心から離れた場所に位置していた。

 

「落ち着かない?」

「……少しだけ」

 

 インナー越しとはいえ、革の肌に直接張り付くような感覚にはまだ慣れない。

 ましてやウィンブルグの着ていたアグナシリーズとは対照的に、二人が着込むレザーシリーズは探索向きの装備であり、言ってしまえば激しい狩猟行動には向かない。彼女は今、護衛としての正装ではないのだ。

 

「なら、今日はもう少しこの辺りで探索を進めようか。せっかく時間もできたし、環境に体を慣らさないとね。特にリィタさんはピッケルの扱いを」

「……これ、ボロピッケルだから」

「ウィンブルグさんが持ってきた分は、でしょ? 君が持ってきたのは全部グレートだって知ってるけど」

 

 ハインツの指摘にぎくりと肩を震わせると、黙ってキラキラと鉄の粒が入り混じる岩盤へと身体を向ける。視線の先にある岩盤には、深々と鉄のツルが突き刺さっている。

 いつの間にかリィタの右手にあったピッケルの姿はなく、代わりに先端がささくれ立った木の棒が一本のこっていた。返す言葉もなく、木の棒を適当に近くへ投げ捨てると、おそらく出費をケチったであろうウィンブルグの持参したボロピッケルを新たに手に取る。

 

「てっきり君なら、こっそり先に進もうって言うかと思ってたよ」

 

 びっしょりと汗をにじませた顔でおどけて見せるハインツに対して、リィタは心の中で苦笑する。確かに少し前なら、そういう考えもあったかもしれない。だがそれで渓流調査のとき、手痛い目を見たのだ。仮にも王立古生物書士隊を護衛する一角を担っているのだから、同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

 

「あなたが先に進みたいだけ、でしょ?」

「あれ、バレた?」

 

 突き刺さったツルを素手で抜こうとしながら指摘した。ツルに使われた鉄に、じんわりと熱が伝わっている。リィタは一度手を離すと、火傷しないように雑布を介して一気に引き抜いた。

 ハインツに視線を向けてはいなかったが、リィタの心の中では、砂漠を超える灼熱の中にいても、彼の灰色の瞳に強い光が宿っているであろうことが、容易に想像できた。これまで体験したことのない、火山という未知の環境。書士として、これ以上にないほど好奇心を刺激されているのだろう。スケッチブックに殴り書きをする摩擦音が、さっきから止まっていない。

 

 これによく似た瞳を、リィタはつい先日も見かけた気がした。村のゲストハウスで、窓の外からこちらを見つめる好奇の光。興奮していたのか、ピッケルを持ちながら奇妙な踊りをしていたのが余計に、その印象を濃くさせた。

 

(……まっすぐな目)

 

 まるで子供みたいに、火山という大自然へ向ける光は、リィタにとってまぶしく感じた。自分はあくまでも、ハンターとしてこの先に眠るであろう輝竜石(ドラグライト)霊鶴石(カブレライト)を気にするくらいで、ハインツという書士が、いま何を感じ、その瞳の奥で考えているかなんて、まるで分らなかった。

 

 クーラードリンクよりも先に、ピッケルの残りが尽きそうだ。そんな視線をハインツから感じるが、構わず天高く腕を振り上げると、

 

「あ……」

 

 艶のないマカライトの原石が、いつの間にか粉々に砕けていた。

 

 

 


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