馬は思ったよりもゆっくりと進んでいた。予定期間の半分の行軍だっていうから、もっとペースを上げるもんだと思っていたが、いつもの行軍より、少し早い程度らしい。
「「北郷(一刀)、大丈夫か?」」
「何とか、つかまってるくらいにはね。てか、なんで如月は普通に乗れるんだよ。」
「んなもん、このチート能力のおかげだ。まぁ、時間を見つけては乗馬の練習をしていたが。よし、一刀はこの討伐が終わったら、乗馬の練習だな。しごいてやるぞ。」
「お手柔らかにお願いします。」
「そういえば、秋蘭。軍師の募集はしてなかったのか?」
「ああ、募集していなかったな。」
「なんでなんだ?」
「経歴を偽って申告する輩も多いのでな。この武勇なら姉者あたりが揉んでやれば大体分かるのだが、文官はよほど名の通った輩でない限り、使ってみないと判断がつかん。」
「だから、桂花はあんなことまでして、自分を売り込んだのか。」
そんな風に話しながら行軍していると、春蘭がやってきた。
「おお、貴様ら、こんな所にいたのか。前方に何やら大人数の集団がいるらしい。華琳様がお呼びだ。すぐに来い。」
「「了解。」」
「うむ。」
・・・・・・
「…遅くなりました。」
「ちょうど偵察が帰ってきた所よ。報告を。」
「はっ!行軍中の前方集団は、数十人ほど。旗がないため所属は不明ですが、恰好がまちまちな所から、どこかの野盗か山賊だと思われます。」
「様子を見るべきかしら。」
「もう一度、偵察隊を出しましょう。夏候惇、如月、あなた達が指揮を執って。」
「おう。」
「了解。」
・・・・・・
「まったく。先行部隊の指揮など、私一人で十分だというのに。」
「偵察も兼ねているからな。むやみやたらと突っ込むなよ。」
「そんなこと言われるまでもないわ。そこまで迂闊ではないぞ。」
「その迂闊がありえるから、俺が付けられたんだと思うぞ。」
「むぅー。」
と話していると、
「夏候惇様!誰かが戦っているようです!その数……一人!それも子供のようです!」
「なんだと!」
報告を聞くが早いか、春蘭は馬に鞭を振り、一気に加速させていく。
「あ、ちょっと待て春蘭。お前らも遅れずについて来い。」
兵たちにそういって春蘭を追いかける。
・・・・・・
「でえええええいっ!」
ビュン!
「ぐはぁ!」
「まだまだぁっ!でやあああああああっ!」
ビュン!
「がは……っ!」
「ええい、テメェら、ガキ一人に何を手こずって!数でいけ、数で!」
「おおぉぉ!」
「はぁ…はぁ…はぁ…、もう、こんなにたくさん…多すぎるよぅ。」
ヒュン!
「ぐふぅっ!」
「…え?」
「だらぁぁぁぁっ!」
ヒュン!
「げふぅっ!」
「貴様らぁっ!子供一人によってたかって…卑怯というにも生ぬるいわ!てやああああああっ!」
「うわぁ…!退却!退却だー!」
「まて!逃がすか!全員、叩きってくれるわ!」
「春蘭!ちょっと待て!」
「なぜ止める!」
「むやみやたらと突っ込むなとさっき言っただろう。それに、俺達は偵察部隊だ。他にやることがあるだろ。」
「ん?たとえば?」
「逃げた敵を、こっそり追跡して、本拠地をつかむんだ。てかもう、数人偵察に出したからな。」
「あ、あの…」
「おお、怪我は無いか?少女よ。」
「はい。ありがとうございます!おかげで助かりました!」
「それは何よりだ。しかし、なぜこんなところで一人で戦っていたのだ?」
「はい。それは…。」
女の子が話そうとした時に、本体が到着し
「如月、謎の集団とやらはどうしたの?戦闘があったという報告は聞いたけれど…。」
「何匹か逃がして、数人に尾行してもらってるから、本拠地はすぐに見つかるよ。」
「あら、なかなか気が利くわね。」
「それも含めて、俺を出したんだろ。よく言うよ。」
「あのー、お姉さん、もしかして、国の軍隊?」
「まぁ、そうなるが…ぐっ!」
ビュン!
ガキン!
振り下ろされたのは、女の子の持っていた巨大な鉄球だった。
「き、貴様、何をっ!」
「国の軍隊なんか信用できるもんか!ボク達を守ってもくれないくせに、税金ばっかり持って行って!てやああああああっ!」
「……くぅっ!」
「だからキミは一人で戦っていたのか?」
「そうだよ!ボクが村で一番強いから、ボクがみんなを守らなきゃいけないんだっ!盗賊からも、お前たち…役人からもっ!」
「くっ!こ、こやつ…なかなか…っ!」
おお、スゲーなあの春蘭が押されてるな。
「なぁ、桂花。華琳って、そんなヒドイ政治をやってたのか?」
「あのな一刀。華琳がそんなことするわけないって。他の理由があるんだろ?桂花。」
「このあたりの街は、曹操様の治める土地ではないの。我々は盗賊追跡の名目で遠征して来てはいるけど…その、政策に曹操様は口出しできないの。」
「そういう事か。」
「やっぱりな。」
「……」
「華琳様」
「二人ともそこまでよ!」
「え…っ?」
「剣を引きなさい!そこの娘も、春蘭も!」
「は…はいっ!」
その場に歩いてくる華琳の気迫にあてられて、女の子は軽々と振り回していた鉄球を、その場に取り落とした。
ズシン!!
地面が陥没したんだが、どんだけ重いんだよ。一刀なんか冷や汗流してるし。
「…春蘭。この子の名は?」
「え、あ…」
「き…許緒と言います。」
こういう威圧感のある相手を前にするのは初めてなんだろう。許緒と名乗った少女は、完全に華琳の空気にのまれている。
「…そう。」
そして、華琳のとった行動は、
「許緒ごめんなさい。」
「えっ?」
許緒に頭を下げることだった。
「曹操、さま…?」
「なんと……」
「華琳が頭を下げてる。」
「お、おい、華琳。」
「あ、あの…っ!」
「名乗るのが遅れたわね。私は曹操、山向こうの陳留の街で、刺史をしている者よ。」
「山向こうの…?あ…それじゃっ!?…ご、ごめんなさいっ!」
「な…?」
「山向こうの街の噂は聞いてます!向こうの刺史様はすごく立派な人で、悪いことしないし、税金も安くなったし、盗賊も少なくなって!そんな人に、ボク…ボク…!」
「かまわないわ。今の国が腐敗しているのは、刺史の私が一番よく知っているもの。官と聞いて許緒が憤るのも、当たり前の話だわ。」
「で、でも…。」
「だから許緒。あなたの勇気と力、この曹操に貸してくれないかしら?」
「え…?ボクの、力を…?」
「私はいずれ、この大陸の王となる。けれど、今の私の力はあまりに少なすぎるわ。だから…村の皆を守るために振るったあなたの力と勇気。この私に貸して欲しい。」
「曹操様が、王に?曹操様が王様になったら、ボクの村も守ってくれますか?盗賊もやっつけてくれますか?」
「約束するわ。この大陸の皆がそうして暮らせるようにするために、この大陸の王となるの。」
「この大陸の…みんなが…。」
「華琳、偵察の兵が戻った。本拠地が見つかった。」
「許緒、まず、あなたの村を脅かす盗賊団を根絶やしにするわ。まずそこだけでいいから、あなたの力を貸してくれるかしら?」
「はい、それなら、いくらでも。」
「ありがとう…。春蘭、秋蘭。許緒はひとまず、あなた達の下につける。分からないことは教えてあげなさい。」
「はっ。」
「了解です。」
「あの…夏候惇…さま。」
「さっきのことなら気にせんで良い。…それよりも、その力を華琳様のためにしっかり役立ててくれよ!」
「は…はいっ!」
「では総員、行軍を再開するわ!騎乗!」
「総員!騎乗!騎乗!」
俺は、号令をかけた秋蘭に近寄る。
「なぁ、秋蘭、これが俺の初陣でな、俺は人を殺したことがない。俺は人を殺せるのかな?」
「そうなのか。如月、奴らは賊はもはや人間ではない。初めは人間だったが、略奪、殺戮を繰り返していく内に、人間の皮をかぶった獣だ。だから、その獣どもから、村の人々を、そして一緒に戦う我らを、姉者以上のおぬしの武で守ってくれ。」
「ありがとう。相談して良かった。その言葉を聞いて、覚悟が決まった。みんなを守るため、この力を振るおう。」
「ああ、辛かったらあとで吐き出せばいい。」
「ああ、そんときは頼むよ。」
大切な仲間を守るため、俺は覚悟を決め、気合を入れた。