ミューズは、ルフィの手を取り、晴れて麦わらの一味となった。
のだが……幼い頃より記憶として人格形成に影響を及ぼしてきたメンバーと共に冒険するとなると、常に緊張のしっぱなしで、へりくだっては自らを雑用係と称してせっせと雑用に勤しむ始末。
この一味では雑事を専門とするクルーなどおらず、みんながみんな役割分担して物事に当たるのだから、下っ端のような振る舞いは戸惑いを与えるだけだった。というより、これではまるで幼い子供一人に雑用を押し付けているようで気分が悪くなってしまう。
それがわからないあたり、ミューズはよっぽどアガってしまっているのだろう。
最初、力ある者の加入に渋い顔をしていたゾロもこれには苦笑いだ。
単に目的を同じくするならともかく、同じ船に乗るなら素性と目的を明らかに。なんて言葉は口から出ずに終わって、焦ったような笑顔でこそこそと動き回る少女を遠巻きに眺めるに留めた。どう見ても無害である。
誰が話しかけてもそんな調子なので、この先やっていけるのかと頭を抱える者もあり、特に対等な仲間として彼女を引き入れたルフィは唇を尖らせて不満顔だ。
「あの国飛び出した時は普通だったじゃねーか」
「……」
「なんだよ調子狂うなあ」
船室の扉からちょこっと顔を覗かせて仲間の様子を窺っているミューズは、近づけばびびびっと体を震わせて消えてしまう。失礼だとは思っているが恥ずかしいのだとか。
髪は変じゃないか、変な顔をしていないか、声が上ずりやしないか、失礼な口をききやしないか、服は変じゃないか、生意気に映ったりはしないだろうか。
不安と心配が多くて逃げ回ってしまっている。誰もそんな事は気にしていないのに。
ミルフィーユ王国を発つその時は、大将二人に後を追われていた。
「ミューズ! 貴様が海賊としてやっていくと言うならもう何も言わん! 海軍大将として捕らえるのみじゃ!!」
怒れるサカズキの追撃を躱して海に飛び出し、ぐるっと一周して王国に戻ると、不思議と撒けた海軍を忘れて宴会を催し騒ぎに騒いだ。
その時は、ミューズは誰かと話すのも平気だったし、ルフィと肩を組んでコップを打ち合わせたりもした。単にテンションが上がっていただけだろう。海に出てしばらくするとあの調子になってしまった。
「おーいミューズー」
せっかく仲間になったんだから仲良くなろうとあれこれするルフィ。他のメンバーは時間が解決するとか食事時には同席するんだらその時に話しかけて徐々に仲良くなればいいとか少し消極的な案が出ている。それは正しい対処法だ。今は鳴れない輝きにあわあわしているミューズも、時間が経てば慣れて普通に接する事ができるレベルまで落ち着くだろうが、ルフィは待てなかった。
しかし無理に腕を伸ばせば叩き落とす邪魔ものもいる。
「あ、神様!」
空気を震わせて現れたエネルは、ミューズを庇うように立っている。
が、何を考えているかわからないような表情で、ミューズの声は基本無視だ。それでも現時点で最も彼女に懐かれているのは間違いなく彼だろう。
神・エネルもまた、麦わらの一味に加入したのだ。ミューズの付属品である。
誰も許可してないし本人も入るとは言ってないが、船には乗ってるし食事時に姿を現すので実質一味である。おそらく次の手配書では世間にもそう認識されるよう記載されるだろう。
「邪魔すんなよ、おれはミューズと話してぇんだ」
「ならそこから話せばよかろう」
「おまえに話しかけてるみたいでヤダ」
「ごめんなさい……」
か細く小さな謝罪の声を聞いて、ルフィは露骨にむすっとした顔で腕を組んだ。謝るくらいなら出てこい、といったところだろう。それがわかっててエネルの背に隠れ続けるミューズ。果たしてこれがいつまで続くのか……。
案外、打ち解けるまで近いかもしれない。
何せミューズは四皇が血眼になって探している女。この困難に挑むならば自然とみんなとの距離が縮まることだろう。
しかしながら、空を行くマクシムとは事情が違い簡単に航路を辿られてしまうなど、ミューズはすっかり失念しているので、誰かが指摘してくれない限りその可能性に思い至る事はなかったりする。
◇
「ふんぬっ! "
「!!」
一行はトラファルガー・ローらと合流するために進む中で、四皇・シャーロット・リンリンの部下の急襲を受けた。
幸いその可能性は辛うじてミューズより伝えられていたので、来たか、程度にしか受け取られなかった。
告げた本人が「ほんとに来るとは思ってなかった」ともっともびっくりしていたりする。
「ミューズはそっち行け! おれもこいつ倒したらみんなのとこに行く!!」
将星クラッカーが生み出したビスケット兵達を薙ぎ倒したルフィが、隙を突くように飛び掛かって来たクラッカー本体の剣撃を躱しながら鋭く指示を飛ばす。そうされずともすでにミューズは群がる敵戦力を多く倒していた。誰もが覇気使い、精鋭と言える者達はしかし、ミューズの無類の強さの前では有象無象に過ぎなかった。
「なるほど、手強い……」
仲間が数を減らしていく中で冷静に呟くのは、ルフィが相手取るクラッカーと同じく将星の一人、カタクリ。異常に発達した見聞色により少し先の未来までが見えるようになった男だ。
これらビッグ・マムの息子達や部下達と、ミューズらは鏡の世界、ミロワールドにて戦っていた。
当初は大船団を率いるビッグ・マム軍との海上での戦闘になるかと思われたが、エネルの手により半数が海の藻屑と消えると鏡を抱えた者が飛び出して来てそれぞれを異なる世界へと誘ったのだ。
新世界の新参者と侮ったのだろうが、相手が悪い。勢いづくルフィはさらに力を増し、ミューズは言わずもがな。
生中な攻撃では容易く跳ね返してくる三将星と言えど、この二人が力を合わせて挑めば強敵ではあれど難敵ではなく、位置を変え相手を変え、どんどん押し返していく。
やがて鏡の国を脱出し、戦場が海へ戻ると、さらに戦闘は激化していく。
「よいっしょお!」
「!!」
「っとと」
カタクリを破ったミューズは、海へ落ち行く中で一瞬走った光に攫われ、サウザンドサニー号へ戻った、
暗雲渦巻く海上に三将星は倒れ、船の殆どが消えて行く。
実質勝ちをもぎ取った麦わらの一味は残党を撒き、一路ワノ国へ向けて舵を切る。
いくらビッグ・マムの配下を倒したと言っても四皇その人を倒したわけではない。
しかも向かう先にはカイドウが待ち受けている。
激戦を経てくたくたになったミューズは、ちょっとこの一味に入った事を後悔した。
それでも悪くないと思えるのは、憧れた人達と生で接し、ともに生きていけるからだろう。
そうすると、もうちょっとお話したりするの、頑張ろう……なんて小さく決意して。
「寝てるとこ悪いがコーラの補充を頼む!」
「あ、はい!」
誰かの声に慌てて身を起こしたミューズは、言われるまま動きながら、充足感を得ていた。
彼の手を取って正解だった。ここでなら、もっと楽しく生きていけそうだ。
もちろん今までが楽しくなかった訳ではないが、なんとなくしっくりくる居場所を見つけて、張り切って働くミューズであった。
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後世に語り継がれる大海賊時代の伝説の数々。
その中の一つ。最果ての島に辿り着いた海賊王のクルーには、いつも幸せそうに笑っている女の子がいたのだとか。