ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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止まるんじゃねぇぞ


第二十一話 自由を目指して

 

「あの妙な口調はどうしたァミューズ!」

「やめておじさまぁ! あれはほんの出来心で……!!」

 

 うぎゃああ、サカズキさんなんてことを!

 ああっ、あれ、あれはその、そうすれば一足飛びに大人になれるかなあ? って考えて……あああ恥ずかしいよおお!!

 

「貴様は絶対に許さん!! "流星火山"!!」

「宴舞-"マグマグの型"! ──おじさま、ここ森なんですけどっ、"流星火山"!!」

 

 両腕を上空へ掲げて溶岩石のゲンコツをびゅんびゅん飛ばし、降り注がせて来るサカズキさんに合わせ、こっちも同じ技を選択する。

 "天女伝説"で数十人になり、全員同時に地面に羽衣突き刺して引き抜き、土の塊に武装色纏わせてゴムとの摩擦で炎上させ、みんなで一気に殴り飛ばす強引な技。

 

 全身全霊全速力でやったために、なんとかサカズキさんの流星火山とぶつけ合い、森への被害を最小限にとどめる事ができた。

 といってもそこかしこで木々や地面が炎上してるんだけどね!!

 

「ミューズゥウ……!!」

「ふぅぅ……おじさま……」

 

 名前を呼ばれるたびにびくびくしながら、必死に心の中でこれは幻、これは幻って繰り返す。

 こんなのまやかしだ。だって本物のサカズキさんならお尻ぺんぺんなんて言わないもん。

 ううう、でも怖い事に変わりはない……!

 

「"竜爪拳(りゅうそうけん)"……!」

 

 竜の爪の形にした両手を武装色に染め、地面につける。

 ここはどこの中心でもないけれど、全てを破壊するのでもなければ、いちおういけるはず!

 片腕をマグマと化したサカズキさんが突進してくるのに合わせ、ぐっと腕を押し込む。

 

「"竜の息吹"!!」

「むお!!」

 

 四方八方に走るヒビから息吹のように覇気が漏れる。瞬間、地面が爆発した。

 巻き込まれたサカズキさんがバランスを崩して浮き上がるのに合わせ、飛び掛かっていく。

 

「"竜の鉤爪(かぎづめ)"っ!」

「!!」

 

 マグマであるサカズキさんの体にはあまり触れたくないけれど、かといって遠距離からちまちま攻撃したって決定打にはならない。ゆえに直接殴りつけ、地面へと叩きつけた。

 体を丸めて体勢を整え、お次は連続キック!

 

「"JETスタンプ乱打(ガトリング)"!!」

 

 覇気を乗せた空気の圧を何度も何度も叩きつけ、けれどサカズキさんは怯まない。

 マグマが散るのみで、いつものいかつい顔のまま立ち上がると、そのままの勢いで飛び上がってきた!

 

「"冥狗(めいごう)"!!」

「っ、ぅえりゃあっ!!」

 

 ちょ、そんな技! まともに受けたら死んじゃうって!

 即死技に近いサカズキさんの攻撃に、こっちは覇気による迎撃しか選択できず、ぶつかり合った鉤爪と拳は拮抗したものの、ジュウジュウと焼ける手に歯を食いしばって痛みに耐えた。

 

「うあああ! "大神撃"!!!」

 

 決死の思いで腕を振り抜き、もう一度サカズキさんを地面へと叩き返して、自分は空気を蹴って後方へ離脱する。まともにぶつかりあったら消耗が激しすぎて、絶対こっちがやられてしまう……!

 

「あうう!」

 

 着地に失敗して背中から地面に落ちる。打ち付けた背中の痛みに一瞬感覚がおかしくなって、慌てて右手を押さえる。火の残る袖は半ば消失して、手も腕も炭みたいに真っ黒になってしまっていた。

 竜の爪の形のままくっついてピンク色を覗かせる指は見ているだけで痛くて、なのにほとんど感覚がない。ちょっと……覇気を過信しすぎたかもしんない。

 

 こういう馬鹿みたいに大怪我した時用にエネルギー補給の携帯食料持っておこうって案、考えただけで実行に移してなかったのが悔やまれる。腕切り落としてからの生命帰還には莫大な体力とエネルギーが必要だから、今、これ、治せない。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……んく、」

「大人しく尻ぃ出さんか……!」

「や゛めてよぉ、変なこと言わないでよお!!」

 

 動かない右手を吊り下げたまま立ち上がる。

 ううううっ、魔女さん悪趣味だ! こんな魔法、酷いよ……!

 怖いし辛いしで涙が出てきて、いくら袖で拭っても止まらない。

 その間にもサカズキさんは迫ってくる。おしりぺんぺんするまで止まらないんだろう。

 

「うう~……!」

 

 覚悟を決めるしかない。

 全力でぶつかってこの幻影を打ち破るしか、この現状からは脱出できそうにないから、涙をこらえ、片腕を突っ張ってサカズキさんを見据えた。

 

 ……?

 

 視界が涙でぼやけているせいか、なんか……サカズキさんのお顔が変に見える……ような……?

 

「ミューズゥ……!」

「……あぇ!?」

 

 だんだんはっきりしてきた私の目に映ったのは、なんか……頭がお月さまみたいに真ん丸になったサカズキさんの姿だった。

 それで私の名前を呼ぶんだから混乱して、えっ、えっと声を漏らしていれば。

 

「ミューズゥ……」

「尻出さんかい……!!」

「逃げられやせんぞ……!!!」

 

 右から左から後ろから、頭がお月さまの……いや、なんか、たぶんあれ、信じられないけど……おまんじゅう? みたいな……そういう頭のサカズキさんが何人もにじり寄ってきた。

 

「なへっ、なにこれっ、は」

 

 みゅーずぅ、みゅーずぅっておじさまの声が何重にも重なって、いよいよもって私の頭はおかしくなってしまったんだろうか。

 こんなのおじさまじゃない。こんなのサカズキさんじゃない。

 サカズキさんはおまんじゅうじゃないよ!!

 

「早ォ饅頭出さんかい……!」

「ひっ……」

「饅頭……!」

「饅頭……!」

「饅頭……!」

「ま、まんじゅうやだぁ……!」

 

 まんじゅう。まんじゅう。

 ガサガサ、ゴソゴソ。葉を揺らして、地面を踏みしめて、まんじゅうおじさまが何百人も押し寄せてくる。

 ……なにこれ。

 足からも腰からも力が抜けてへたりこむ。体が震えていた。訳の分からない恐怖に支配されて、もう何をすればいいのかもわかんなくなってきて。

 

「や、やだ……」

「饅頭ゥ……!」

「お、おまんじゅうやだ……怖いよぉ……!」

「…………」

「やだあああ、こわいいいいい!!!」

 

 耐えられなくなって叫んだら、ポンッて軽い音がした。

 ぼろぼろ零れる涙をそのままに目の前の地面を見つめる。

 ……小さなおまんじゅうが落ちていた。

 

「……?」

「っし、"饅頭怖い大作戦"成功だ!」

「ミューズ、泣かないで……」

「? ……?」

 

 よく、わかんなくて……喉が動くのにひっくって声が出た。

 そうすると、ウソップさんやコーニャさんが走ってきて傍にしゃがむのに、わかんないまま目を向ける。

 視線の先で指が振られると、目に溜まってた涙とか、袖に染み込んでた熱いのとかが抜けてさっぱりする。おまたの間にあったのもなくなって、「あ……」って、蚊の鳴くような声が出てしまった。

 

「っ……! 落ち着いて、ミューズちゃん……? もう大丈夫よ、撃退したわ」

「一時的なショック状態にあるみたいだ。ちょっとしたら戻ると思うから、そのまま声かけてやってくれ。うっ、これは酷いな……」

 

 ぽてぽてと歩いてきたチョッパーくんの声の意味もよくわかんなくて、背中を擦られるがままに体を揺らす。

 

 ……?

 

 

 

 

 彼女達が声をかけてくれていたことで早々に自分を取り戻した私は、チョッパーくん立会いの下、腕の治療に挑んだ。必要なエネルギーはコーニャさんが魔法で直接流し込んでくれるから、後は新しく腕を生やすだけの簡単なお仕事……だと思ってたんだけど、腕を切り落としたらすっごく痛くて泣いてしまった。

 倒木を簡単に加工した木板を噛んでいたから良かったものの、これ無かったら口の中大変なことになってただろう。色々指示してくれたチョッパーくんに感謝だ。

 

 前やった時は痛くなかったからへーきへーきって思ってたのに、なんで今回は痛かったんだろう? 不思議だ……。

 

 ちなみに腕治すのショッキングな見た目になるだろうからって、みんなにはそっぽ向いてもらってたから、痛みで悶えてたのは見られてない……はず。

 右腕だけ袖がだいぶん無くなっちゃった着物を撫でながら、一息つく。

 

「ご迷惑をおかけしました……」

「ううん、ミューズちゃんいてくれてこっちも大助かりなんだから、お互い様よ!」

「そうだ、気にすんな」

 

 縮こまる私に、みんな優しくしてくれて、それが逆にちくちくと胸を刺す。

 ナミさん達、この森にかけられた魔法の正体を看破したらしく、ウソップさん主導で私を助けようって動いてくれたみたい。

 どうやらこの森、怖いって思ってるものを生み出すみたいで、だからコーニャさんの魔法でサカズキさんを別なものに見せて、私の恐怖の対象を違うものに移そうと(こころ)みたんだって。

 ……トラウマになりそう。

 

 それで、ええと……助けてくれた事はとっても嬉しくて、感謝なんだけど……信じられないくらいの醜態を見せてしまったのが恥ずかしくて死にたい。……怪我しちゃった事ではない。その、前の……。

 幸いナミさん達は私が泣いているのを見られたから恥ずかしがってると思ってくれてるみたいで、さっきの、ばれる前に魔法で綺麗にしてもらえてよかったって心の底から思った。

 

「あの、コーニャさんも、ありがとう、です」

「……ミューズ、げ、元気、だして?」

「……うああああ」

 

 コーニャさんにお礼言ったら、ものすっごい気まずそうに目を逸らされた。魔法で私を綺麗にしてくれた彼女にはわかってしまっていたのかもしれない。その、いろいろと……うああ。

 

「は、穿いてなくて、良かった……ね?」

「あああああ!!!!」

 

 それ気遣いじゃなくてトドメになっちゃうからやめて!

 ううう。ナミさんが胸を貸してくれて背中ぽんぽんしてくれたけど、この羞恥心、しばらく消えそうにないし、時々思い出して転げまわる事になっちゃいそう。

 

 そんな感じで地面ばっかり見つめながら移動を再開して、何時間くらいか。

 道中再び強敵が出てくる事はなく、なんだか時々悲鳴とか聞こえたけど、無事森の深くに建つ洋館に到着した。

 

「ここが魔女の館か……いかにも、って感じだな」

「スリラーバークを思い出すなー」

 

 三階建てくらいか、横長の洋館は森のなかに溶け込んで、年季もあるみたいで、とにかく不気味な雰囲気が凄かった。なんだろう、戦慄するような迷宮って感じの……。

 

「あれ、何かしら……」

「おまっ、脅かすなよ! なんだよ!」

「え、幽霊か!?」

 

 でも、周りに四人もいればさすがに怖いって事もない。賑やかだし。

 コーニャさんは暗いとことかこういう雰囲気が苦手なのか、ちょっと小さくなってるけど。

 それで、ナミさんが指さした方……館の二階あたり、窓のところ。

 外壁付近を透明な羽をはばたかせて飛ぶ、小さな女の子がいた。

 ……幽霊っていうより……妖精?

 

「よく見りゃいっぱいいるな……なんだあれ」

「さあ……」

 

 その他にも、髪の長さとか衣服とかカラーリングとか様々なバリエーションの空飛ぶ女の子がたくさんいて、壁を這う蔦をむしってたり、バケツを吊り下げて窓を掃除してたり、玄関付近ではジョウロでお花に水をあげている子もいた。

 その子だけ給仕服を着ている。ロングスカートと厚手の黒い服にエプロンの、クラシックなメイドスタイル。

 

 ナミさん達と顔を見合わせて、誰が声をかけようかと視線で意見を交わす。

 ……年齢が近そうな私が行く事になった。ちょっと怖いけど、ええい、女は度胸、頑張れミューズ!

 

「あのー……」

「?」

 

 みんなの前に出てそっと声をかければ、その子が顔を上げてこちらを見た。

 あ、緑色の瞳……。

 

 薄暗闇の中に溶けるようなロングヘアに、左耳の上に挿したタンポポみたいな黄色い花の映える、丸い顔の女の子。

 どちらかといえば東洋風の目鼻立ちはかわいらしくて、結構親しみやすい感じがした。

 両手でジョウロを提げた少女がぱたぱたとやってくるのに会釈をする。ぺこり、と彼女も頭を下げてくれた。

 動きに合わせてぴょこんと羽が揺れる。あ、この子も妖精みたいな子なんだ……。羽、左右とも半ばから千切れたみたいになってるの、痛々しいな。どうしたんだろう?

 

「ここって、魔女の家であってますよね」

「……」

 

 気分的には未知との遭遇。いつもより身振り手振りを大きくしながら問いかけ、お屋敷の方を指させば、私の指を見つめた少女はその先を追って視線を動かし、顔を動かし、体を捻ってそちらを見ると、私に向き直ってこくりと頷いた。

 横に一歩ずれ、片手で扉の方を差すのに、案内してくれるの? と問えば、腰を折ってのお辞儀。

 

「……行きましょう、みなさん」

「ええ」

 

 静かな妖精さんの案内に任せ、私達はやっと魔女の館へと踏み込んだ。

 

 

 

 

「いらっしゃあーい。あらー、あなた達だったのねぇ」

 

 入ってすぐ部屋になっていて、かなり広いスペースのほとんどを本棚や何かが埋め尽くし、部屋いっぱいに蝶やら外でも見た妖精やらがふわふわぱたぱた飛び交う中、暢気な声が上から降ってきた。

 

 見上げれば、巨大なお鍋の傍に魔女さんがいた。オバケカボチャみたいな顔のある大きいリンゴに腰かけて、太い棒を両手で持って鍋の中身を掻き混ぜている。立ち(のぼ)る煙の色は黄色。喉にねばつくような甘い香りが充満していた。

 

「もう少しでできるからー、待っててくださいなー。セイヨちゃーん、ご案内してさしあげてぇ」

「…………」

 

 魔女さん、今は手が離せないみたい。でも火急の要件なのっ、とナミさんが言っても、もう返事も無くなっちゃった。

 仕方なく、ジョウロをどこかに置いてきた妖精さん……セイヨちゃん? に案内されて、大きなソファに座る。

 その子が指を振れば、ガラスのテーブルの上に人数分のカップが現れた。それぞれミルクティーか普通の紅茶かでわかれている。魔法だ。

 

「ありがとう。あなたも魔法を使えるのね」

「…………」

 

 逸る気を抑えるためか、あえてゆっくりとした動作でカップを持ち、話しかけるナミさんに、しかしセイヨちゃんはだんまりだ。うんともすんとも言わず、じっとナミさんを見つめている。

 何か言いたい事でもあるのだろうかと私達も黙って彼女を見つめていたのだけど、一向に喋り出さないどころか、しばらくすると不思議そうに首を傾げられてしまった。

 ええと……なんなんだろう、この子。

 

「ごめんなさいねぇ、その子、喋れないのよー」

「魔女殿……突然の訪問、失礼します」

「あん、もう! やぁだ、コーニャちゃんよそよそしいわよー。アップルちゃんって呼んで?」

「えぇ……? い、いえ、それは……さすがに……」

 

 ローブで手を拭きながら魔女さんがやってきた。それに対して立ち上がったコーニャさんが頭を下げて謝罪するのを見て、慌てて私も頭を下げる。用があって来た訳だけど、アポ無しだし。

 しかし魔女さんは迷惑とはみじんも思ってないのか、にこにこしながらセイヨちゃんの頭を撫でて(ねぎら)うと、別のお仕事を任せてここを離れさせた。

 

「かわいい子達でしょう? みんな私の魔法で女の子になったのよー」

「え、元はそうじゃなかったんですか?」

「ええー、さっきの子、セイヨちゃんは西の海(ウエストブルー)で咲くタンポポに魔法をかけて、作り出したのよ」

 

 ……魔法ってなんでもありだな。人も作り出せるんだ……。

 禁忌のようなそうでないような、スケールの違う魔法の使い方に戦々恐々していれば、厳密には命を作り出すのとは違うけどぉ、とナチュラルに心を読まれた。……いや、私がわかりやすい表情してるだけ?

 

 指を振って豪奢な椅子を出した魔女さんは、ふわりと座り込むと、優雅に足を組んで私達を見渡した。

 

「さーてぇ、何か御用かしら?」

 

 頼みたい事と聞きたい事が私達にはある。

 ルフィさん達の呪いを解いてもらう事と、この呪いに関する事。

 

「ああ待って。わかるわぁ、スペちゃんに会ったのね?」

「え?」

 

 呪いの件を切り出そうとナミさんが口を開いたところで、森であった事をぴたりと言い当てられてしまった。スペちゃ……アンサ・スペクトさんの事だよね? それ以外に該当する人間はいないと思う。

 それで、そのことがわかるのも……魔法? なんにせよ、なんか知り合いみたいだし……なら話が早い。

 

 ミューズ、スペちゃんって誰? って小声でナミさんに問われるのに、そういえば伝えられてなかったってもごもごする。

 

「この森は私が育てたのよー? 森の中で起きた事はなんでもわかるわ。ううん、スペちゃんとはあまりうまくいかなかったのね?」

「……あ、彼が言ってた『強力なバック』って……」

「私かも?」

 

 いや、かも? ってどういう事だろう。とぼけた言い方にがくっときてしまった。

 ええと、とにかく、ナミさん達にはこの話の中でアンサさんの事を知ってもらうとして……。

 

 まずはその素性と目的だよね。

 かつての革命軍の同志である、とわかると、ミューズって割となんでもやってるよなって言われた。なんでもはやってないよ。ただ、やってた事が世界の何割も占めてて遭遇する割合が高いってだけで。

 

 情報を共有する。

 ジャシンの目的を知れば、ナミさん達もコーニャさんもにわかに信じがたいって。

 けどなんにせよやる事は同じ。呪いを解き、お城へ行く。

 

「そんな話を聞いたらジャシンってのを止めねぇ訳にはいかねぇ。それに、ルフィは城に突撃する気満々だ。となるとひと騒動はまぬがれない訳で」

「必ずそいつとぶつかる事になるでしょうね。誰だって自分の領域で暴れられたら黙ってなんかいられないもの」

「コーニャもリン助けたいって言ってるしな!」

 

 と三人。

 チョッパーくんに気持ちを代弁されたコーニャさんは、半目でずーっと黙っている。

 

「あらー、ジャシンちゃん倒すの手伝ってくれるのねー」

「ジャシンちゃんって……いや、結果的にそうなるだろうってだけで、断定はできないっていうか」

「いいのよ、数がいるだけで楽にわるわぁ。あの子はどうにもヤンチャでね、私の魔法も全然効かなくて困るのよー」

 

 え、魔法効かないの? 森の中じゃ結構戦慄させられたものなんだけど。

 万能じゃないっていうのはわかってたけど、ジャシンに通用しないってのがあんまり実感わかなくて首を傾げれば、魔女さんは困ったように笑いながら頬に手を当てた。

 

「昔もねぇ、悪い事しちゃだめよーって叱った事があったのよ。でもこっ酷くやられちゃって、お姉さんばたんきゅーしちゃった」

 

 ばたんきゅーて。随分可愛らしい表現の仕方するなあ……。

 

 十二年より前の話。魔女さんがジャシンに挑み、けれど負けてしまってから、アンサさんとの対ジャシン同盟が築かれたのだという。

 以来魔女さんはこの深い森の中に居を構えて身を潜め、決起の時を待っていたのだとか。

 

「私は死んだ事になってるから、わあって出て行ったらジャシンちゃんもびっくりすると思うの」

 

 ……いやあ、そう上手くいくのかな。ほんわかした笑顔で単なる悪戯でもしようかって話すみたいに楽し気にしている魔女さんを見ていると、ちょっと不安になってきてしまう。

 

 というか、死んだ事にしてたいなら砦に来ちゃいけないんじゃ、ってナミさんが問いかけた。

 そうすると魔女さん、あらあら~ってほわほわ笑って、大丈夫よぉなんて言いだす。

 全然大丈夫そうに見えないんだけど……。

 

 なんて不安に思って見ていれば、魔女さんが座っていた椅子にいつの間にやら魚人がどっかり腰かけて……あれえ!?

 

「愚問だな……下等な種族が、このおれを見つけられる訳もねぇ」

「え……アーロン!?」

 

 ガタリとナミさんが立ち上がった時には、そこにはもうアーロンはいなくて、ほわほわ微笑む魔女さんが足を組んで座っているだけだった。

 

「今のって……」

「はいー、こういうカンジで、私の事はてきとうな誰かに見せていますのでー、大丈夫なのです」

 

 これも幻惑系の魔法というやつなのだろうか? ナミさん、ひどく疲れたように座り込むと、やめてよね、と呟いた。気持ちは痛いほどにわかる。だって魔女さん、うふふって楽しそうに笑ってるんだもん……。

 ……今、私が見ている魔女さんの姿もてきとうな誰かの姿なのかな。

 

「ふふふ、いいえ? これは本来の私の姿です」

 

 ……なんで素の姿で私達の前に姿を現したんだろう。

 くすくす笑う彼女に首を傾げながらも、あんまりもたもたしていられないので手早く質問をする。

 この魔法っていうのは悪魔の実の能力なのかどうかとか。

 

「そうですよぉー。名前は知りませんがぁ、ずっと昔に美味しそうなリンゴを食べたら使えるようになりました!」

「……美味しそう?」

「美味しくはなかったですねぇ」

 

 いや、ぐるぐる模様でいかにも毒とか持ってそうな果物を美味しそうと評するのは、ちょっと無理があるんじゃって思ったんだけど……。

 あ、あと地味にその実を食べた時の魔女さんの表情が気になった。この人ずーっとにこにこしてるし、顔を(しか)めたりするのが想像できない。

 

「ゆっくりお話ししましょう? 時間はいくらでもあるのよぉ」

 

 ナミさん達の第一の目的である仲間の呪いを解いてもらう事はそうかもしれないけど、私の刀の行方とかリンさんの婚姻とかはその限りではないと思うんだけど……焦ってもしょうがない。暗に紅茶が冷めちゃうよって言われた気がしたので、カップを手に取って口をつける。

 ……うん、ほどほどに熱がとれてて美味しい。

 

 あ、そうだ。魔女さん神様がいる場所わかんないかな。本物の方。

 これから暴れるって時に神様がいるととっても便利。

 なんたって人の心が読めるし、移動速いし、強いし。

 

「むむー。あらー、呪われちゃってるわねぇ」

 

 なので魔女さんに「これこれこういう人仲間にいるんですけどどこにいるか知りませんかー」って聞いたら上の答えが返ってきた。

 何やってるの神様ー!?

 

 ああいや、アンサさんの能力って初見殺しっぽいし、一撃食らうと即死判定だからさすがに神様もダメだったのか……実際何があってそうなったかはわかんないけど、ううん、あっさり神様やられてて結構びびる。

 思ったほどの動揺は無いけど、やっぱりこの海って驕った者から消えていくよなあと再認識した。ほんと、上には上がいるというか、格下だと思っても思わぬ能力でやられちゃう事もあるというか。

 

 なんにせよ、神様救出も勘定に入れなくちゃ……。

 

 

 

 

 

「さあ、詳しい話は向こうでしましょう」

 

 そう言って彼女が席を立ったのは、またしばらくしてからの事。

 半ば雑談に興じるように魔女さんのお話に付き合って──話し相手があまりいなくて寂しかったらしい──、ついでというか話の流れでというか、私は魔女さん特製の肌着と下着を手に入れて身に着けた。

 

 ワノ国の常識を説いたら満場一致でヘンって言われたんだもん。羞恥心がマッハだったので、魔女さんが手慰みに編んだっていう着心地の良いものをいただいた。

 魔法で作り出さないのは、海水とか土砂降りの雨とかで消えちゃうからだって。そんなの身につけられません。破廉恥です。

 

 ……なんか窮屈じゃない? って零したら、それが普通なのよってナミさんにチョップされた。

 いたぁーい!

 

 

 

 

 帰りは一瞬だった。

 妖精の森が魔女さんのテリトリーであると言っていた通り、ものの十分で砦に帰還。

 敵は出ないし草木は勝手に避けて道を作るしで、まさに森の主、魔女! って感じ。本人は至って暢気でのほほんとしてて怪しい雰囲気とかは全然ないんだけど。

 

「あの、そのお薬って、やっぱり海水なんですか?」

「んー? そうよー。潮の匂いが素敵でしょう?」

 

 ルフィさん達が固まる室内に入ると、魔女さんは彼らを横目に一直線にセラスさんの前へやってきた。

 がさごそバスケットを漁る魔女さんに問いかければ、あっさり薬の正体が判明。

 ええー……海水で溶けるって嘘だったんだ。なんでリンさん騙してたんだろう。

 

 この子との約束だったからねぇ、とセラスさんを見て魔女さんは言うけれど、そんなの関係ない。リンさん、凄く寂しそうにしてたのに……。

 

「リンちゃんねぇ。あの子は純粋だから、知ってて動けない姉を見ている方が辛いと思うのよ」

 

 そう言われてしまうとなんにも言えない。ただの憶測じゃんって思ったけど、リンさんが辛くならない保証なんてない。私だって彼女とは今日会ったばかりなんだから、私が言えることなんて何もない。

 

 しゃらんらー、と楽し気に振りかけられた海水によってセラスさんの呪いが解け、ゆるやかに動きを取り戻す。

 淡い光に照らされた彼女は、腕を下ろし、瞬きをすると、一歩、魔女さんを見上げながら歩み寄った。

 

「おばあ様……」

「おはよう、セラスちゃん」

 

 ふらつくような足取りでセラスさんから抱き着いて、それをよしよしとあやすように迎える魔女さんに、あれっと疑問を抱える。だって今、おばあさまって。

 隣に立つコーニャさんが、「はい……魔女殿は団長やセラスさまの祖母にあたられる方です」と教えてくれた。

 えっ、えっ、でもどう見ても十代後半くらい……これで子持ちどころか孫持ち……!?

 

 悪魔の実がいかに不思議かを知っていても、私達は動揺せずにはいられなかった。たしかになんか、なんでも包み込めそうな柔らかい雰囲気の人だなーとは思ってたけど……年齢からくる落ち着きだったのか。

 

 ところで、真っ先にセラスさんの呪いを解いた魔女さんだけど、今朝は「少なくとも呪いを解くのは今日じゃない」みたいな事を言ってなかったっけ。

 ……外、だいぶん暗くなってるし、ひょっとして日付変わってるとかそういうあれかな。……眠いし。

 いや、0時回ってるとしたら、まだ祭囃子が聞こえてくるのはおかしくない?

 街でやってるお祭りはまだ終わってない。七日間やるとは聞いたけど、まさか24時間ぶっ通しでやる訳でもないだろうし。

 

「お初にお目にかかります。セラス・ミルフィーユと申します」

 

 魔女さんから離れたセラスさんは、ちょこりとスカートをつまんでお辞儀をした。

 見た目は子供だけど、しっかりと気品がそなわっている。かっこいい。

 王女様である彼女に、私達もご挨拶。とはいえ、ええと、どう接すれば良いのかちょっと戸惑ってしまう。22歳だっけ? でも私と同年代に見えるし……敬語でいっか。ナミさん達はタメで話す事にしたみたい。海賊だからね、上下に縛られたりはしないんだ。

 

 セラスさんを交え、お話の続きをする。

 ルフィさん達の魔法は解かないのかなーと思ったら、聞こえてるからいいでしょうって魔女さん。いやいや、解いてあげてくださいよ。

 意識があるのに動けないのって、結構辛そうだし……。

 

「私は"ソクソクの実"を食べた速度自在人間」

 

 最初はセラスさんの自己紹介から始まった。みんな固まったまま進める事にしたみたい。

 彼女も悪魔の実の能力者か。……ソクソク? トキトキの……下位?

 

 この停止の呪いは、再び術者に触れられない限り十年もすれば勝手に解けるもの。

 かつて自分の能力で一度呪いを解いたセラスさんは、すぐさまやり返そうとしたらしい。

 当時のセラスさんは誰にもわからない速度で動けることでお城を抜け出したり悪戯したりして、自分に絶対の自信を持っていたらしくて、だから無謀にもジャシンに挑もうとした。

 

 けれど、アンサさんに止められた。

 自分の下位互換の能力を持つセラスさんの危険性を指摘したんだとか。

 そっか、アンサさん、私達みたいにジャシンと敵対しちゃった人を能力で止めて毒牙にかからないようにしていたみたいだから、それから抜け出せる力を持つセラスさんの存在は不味いって思ったわけだ。

 

 二人の間にどんな会話があったのか……忠告に従って、セラスさんは自分を時間の牢獄に閉じ込めた。そして今日まで生きてきた。限りなく引き延ばされた時間の中、ずっと外の様子を窺いながら。

 ……アンサさんの能力ではないのは、リンさんが彼を敵と思っているためか。なぜそこを隠しているのか腑に落ちないけど……今は聞ける雰囲気じゃないな。

 

「妹の事を、ありがとうございます。あなた達の事も見ていました」

「ああ、意識、あったんだな……」

 

 両手を揃えて微笑む彼女にウソップさんが問いかける。

 アンサさんの能力で固められた人に意識が残ってるなら、セラスさんの能力でも意識は……。

 

「ええ、はい。ですのでわたしの中では顔見知りのような……声をかけられない事にやきもきしていました。変な話ですけれど」

 

 それは……確かに、見えてて聞こえてて、なのに何もできないって、やっぱり歯痒いんだろう。

 リンさんとの生活でもそうだったのだから、辛さの程度は想像できないくらい。

 だからこそ、どうしてリンさんに秘密にしてたのか、魔女さんみたいに隠れて過ごすのじゃ駄目だったのかが気になる。

 

「お前、いったいどれほどの時間そうやって一人で……」

「お気になさらず。たまに妹が体を拭きに来てくれましたから、寂しくなんてありませんでした」

「たまにって……」

 

 リンさん、一日に何回か姉の体を拭きに行くって言ってたな。

 ……セラスさん、ほんとに寂しくなかったのかな。……考えるとこっちが参っちゃいそう。

 でも、もうその呪いは解けた訳で。

 これを知れば、リンさんも戻ってきてくれるんじゃないかな。

 

 セラスさんは、私達にどうしてそうしていたのかを詳しく教えてくれた。

 リンさんに何も教えていない理由も同時に。

 

 ずっと昔、まだリンさんもセラスさんも小さくて、王様も普通だった頃、リンさんが病魔に侵された。やがて死に至る不治の病。

 どれだけ手を尽くしても治らなくて、魔女さんも大急ぎでお薬作ろうとしたけれどうまくいかなくて、もうどうしようもないから、せめて心穏やかに過ごせるようにって、海岸沿いに建てた石造りの家にリンさんを住ませた。

 

 病気……今のリンさんはそういう様子は無かったけど、今は治ったのかな。

 

 ……海を一望できる海岸に建てた頑丈な小屋。

 そこで過ごすリンさんと、たまに遊びに来るセラスさん。

 二人で海を眺めるのが日課だったと、セラスさんは懐かしそうに語った。

 

 ひっそりと病を遅らせようと自分の能力のコントロールに努めたりして、でも中々上手くいかなくて、どんどん妹が弱っていって。

 そんなある日に海賊がやってきた。よりにもよってその海岸から上陸した悪党にあわや命の危機となったところで登場したのがジャシンなのだという。

 

 瞬く間に悪党を蹴散らしたジャシンは、なるほど確かに恩人になるのだろう。その目的を知っていれば認識は変わったかもしれないけど……というか、その海賊をけしかけたのがジャシンみたいだし。いわゆるマッチポンプというやつ。もっとも当時のセラスさん達にはわからない事だったのは……仕方ないよね。

 

 "ソクソクの実"の力を知って肩入れしてくれたアンサさんの能力でリンさんの病気の進行は完全に止まって、伸びた猶予期間のうちに魔女さんが薬を完成させて病を治した。

 これで終わってたならめでたしめでたしだったのだろう。もちろんジャシンが悪だくみして上陸してきた以上、ここじゃ終わらないんだけど。

 

 ジャシンはこの功績を対価に姉妹の身柄を王に要求したらしい。

 当然そんな要求は跳ね除けられた。けれど王妃が『病気』で死ぬと、何がどうなったのか王様は豹変して、これを承諾してしまったらしい。

 

 蛇に誑かされたんだ、とコーニャさんが言った。精神的な余裕をなくした王の隙に付け入って思い通りにしたんだ、って。

 それほどの豹変ぶりで、昔の王様からは考えられない。だからジャシンという明らかな悪がいながらも、王様に仕える騎士達は未だ忠誠を捧げ続けて王政を保っているんだとか。

 

 国が悪い方向に傾いても、セラスさんは動き出そうとはしなかった。父親がおかしくなったと信じられなくても、納得できなくても、行動できなかった。

 未熟だからかなんなのか、能力が解けなくて、止まってる事しかできなかったのだとセラスさんは語った。

 

「今日の日を迎えて、今はそれでよかったと思っています。当時では何もできなかったでしょうから」

 

 セラスさんが止まっていればリンさんもその場を離れられまいってジャシンに思わせて、対応を甘くさせる目論みもあったみたい。現に、セラスさんという人質があったからリンさん、比較的自由に動けていたみたいだし。

 

 それに、ジャシンだけではなく王やその臣下まで敵に回っているとなると一筋縄ではいかず、機を待つしかなかったのだとか。

 それはたとえば、ジャシンが何を求めて王を誑かしたのかを知るためであるとか、強力な仲間を集めて準備をするためであるとか。

 リンさんやコーニャさんが自衛できるくらい強くなって、アンサさんとの連携を強めて、ジャシンも王政もいっしょくたに相手できるくらいの基盤が整うまで。

 

 魔女さんが破れ、アンサさんが慎重に動くのを余儀なくされているジャシンもそうだけど、王国騎士の人達も相当強いらしいから、とにかく戦力が必要だった……。

 これらをリンさんに知らせなかったのは、当時リンさんが幼かったことやジャシンがその身柄を求めていた事もあって、リンさんから何も漏れないようにするためだから……だって。

 

「こうして私がおばあ様に呪いを解かれたという事は、全ての準備が整ったという事。さあ、解放の時です。私の能力で皆様の呪縛を解きましょう」

「じゃあ私はー、ルフィちゃんのお薬用意するわねぇ」

 

 魔女さんがバスケットをがさごそする間にセラスさんがそれぞれにタッチしていけば、みんなつんのめったりバランスを崩しかけたりしながらも、再び動き出せた事に息を吐き出していた。

 それで、話を聞いていたから齟齬なくこちらと合流できて、目的の統一もらくちんだった。

 けれど……準備が整ったってなんだろう。アンサさんはまだ決起のタイミングを決めていなかったように見えたんだけど……?

 

「はぁい、あーんしてねぇ」

「んがー……んぐ。ふっかーつ!!」

 

 小瓶片手にルフィさんの介抱をした魔女さんは、彼が完全に元気を取り戻すと、指を振って瓶を光に変え、ルフィさんに纏わせた。回復系かな。綺麗。

 

「あなたが壁を壊して飛び込んできた時、私は運命を感じたの」

「ん?」

 

 鼻息荒くやる気じゅうぶんのルフィさんの前にセラスさんが歩み出て、そんな事を言った。

 ……ああ、コーニャさんが幻惑系けしかけたって時の話かな。

 

「でも、それは一方的なもの。あなた達に無理を押し付ける権利は私達にはありません」

 

 静かに話すセラスさんを見ていれば、魔女さんが歩み寄ってきた。私の隣でバスケットをがさごそして、瓶を取り出すと、栓を抜いて私に振りかけようとするのにぎょっとする。

 え、なんで海水かけようとしてるの!

 

「ですから、このままこの国を出ていって頂いて構いません。もちろんその前に補償はしっかりとさせていただきます」

「……いいよ、そんなもん。おまえのためにやってる訳でもねぇし」

「え? いえ、ですが……!」

「やめとけ。一度こうと決めたこいつには何を言っても止まりやしねえよ」

「それにそんな危険な奴を放って置いてこの国を出るってもの不安だ」

「でも、あなた達にはなんの関係もないのに……巻き込む訳には」

 

 セラスさんがゾロさんやサンジさんと言い合うのを横目に、霧吹きみたいに海水をふきかけられた私は、ハテナマークを浮かべて魔女さんを見上げた。

 ……魔女さんの方も首を傾げてハテナマークを飛ばしている。 

 呪われてますねえって……え? それってアンサさんの能力で、ってこと?

 

「関係ないって事はないでしょ。この海全体に関わる事なんだから!」

「たしかにちょっと話したり飯食ったりしただけの仲だけどよ、縁も所縁(ゆかり)もないって訳でもねぇし」

 

 放って置けないとか、船長がああだしとか、そういう声を傍らに、魔女さんが私の体に触れるのにされるがままになる。

 呪われてるってどういう事だろう。海水かかったのに解けてないって事はないはずなのに。というか私、ずばずば戦鬼くん持ってたんだから呪われてないはずでは? ……でも魔女さんがわざわざ海水かけてきたって事は呪われてたって事で、でも私、今の今までなんともなかったんだけど……。

 にこにこ笑顔で、けれど無言の魔女さんにドキドキしながらアクションを待つ。

 

「……変ねぇ」

 

 ぽつり、不穏な呟きが降ってくる。

 心なしか魔女さんの笑みが困ったような感じに変わって、再度ぷしゅぷしゅと瓶から霧を放たれるのに、目をつぶって唇を引き結んで受ける。

 ……今度こそ解けたよね? 何かはわかんないけど……。

 

「効かないわねぇ……変ねぇ……」

「えっ、えっ……?」

 

 口許に手を添えて小首を傾げた魔女さんは、眉を八の字にして困り顔。

 うっそ、笑顔じゃなくなっちゃったよ……!? え、どういう……え? 私の身に何が起こってるの!?

 自分の体を見下ろしても、振り袖の右腕部分がちょっと消失して焦げ付いたりしてるくらいで、腕は新品だしよく動いてるし、体に不調は無いし、ちゃんと動くし……。

 

「ううん……ミューズちゃんは、何かの能力者かしら?」

「……いえ」

「うぅうん……じゃあじゃあ、スペちゃんの能力を"気合い"で防いだりした?」

「気合い、ですか? えっと……」

 

 一つ一つ確認するように、私と魔女さんで身体検査が始まった。

 お隣さんで何やらお話が進行している気がするけど、もはやそっちは耳を素通りしていくばかりだ。今は自分の体が心配で仕方ない。ずっと笑顔だった魔女さんに不穏な顔をさせる私の体……いったいどうなっちゃってるの?

 

「そうねぇ、外では"覇気"って呼ばれてるかしら?」

「ああ……いえ、覇気を纏う暇もありませんでしたけど」

「違うのねぇ。困ったわあ……困ったわねぇ」

「そ、そんなに……?」

 

 何やらアンサさんの能力は覇気でなら防げるみたいな口振りの魔女さん。

 ていうかこの国では覇気って"気合い"って呼ばれてるんだ……いや、たぶんきっと魔女さん限定だよね? 気合いって。

 

 ……あ。

 覇気じゃないけど、能力防いだものならあるな。戦鬼くん。海楼石製の刀。

 それを魔女さんに伝えれば、腰に差してたのって聞かれたので、左腰に触れながら頷いた。

 そうすると魔女さん、うんうん唸って考え出す。

 こっちは気が気じゃない。嫌な感じ……胸騒ぎがするのだ。何か、こう、ゆっくりと未来が閉じていくような……ねばつく焦燥。

 

 どっどって鼓動が体を揺らす。口の中が乾いてきて、見上げたままの形の首が辛くなってくる。

 呪いは二度、胸に触れられて受けている。それは腰に差した海楼石によって打ち消された。

 ……消されるまでの呪いが残留してるのかも、って魔女さんが言った。

 

 でもそれなら体に変化があるはずだし、水をかければ解けるはず、とも言う。

 実際は海水をかけても呪いは解けていないらしい。私にはわからないけど、魔女さんの甘紅色(クリムゾンシュガー)の瞳にははっきりと呪いが映っているらしい。薄い靄みたいな何か。

 

「そういえば、何か変わった事をしてたわねぇ」

 

 海楼石で打ち消されてるような、されてないような。

 能力がかかってるような、かかってないような。

 ふと思い出したようにちょいと見上げた魔女さんの言葉は、私の視線を新品の右腕に向かわせるには十分だった。

 

 ……全力の生命帰還をやったっけ。体をせっついて新陳代謝だのなんだの促して腕を生やした。

 それってとっても体に悪影響?

 いやいや、人間に出来る範囲の事しかしてないよ、私。

 

「ミューズちゃん……腕を生やすのは、普通の人間にはできないことよぉ」

「……ですかね」

「うん」

 

 うんて。

 ついに魔女さんから間延びした声すらなくなってしまった。

 そっか、森の中で起きた事、魔女さんにはわかってるんだ。だから微妙に眉間に皺寄ってるんだ……。

 

「あのねぇミューズちゃん。スペちゃんの呪いがねぇ、こう、この部分に強く残ってて」

 

 と自分の胸を指さす魔女さん。クソダサジャージのカエルさんがへらへらした顔を向けてくるのにちょっとイラっとした。

 

「スペちゃんの能力って時間を奪うのよぉ。……わかるかしら。時間を、奪う……ね?」

「………………?」

「うん、とっても理解したくなさそうな顔ねぇ。でももう海水でもどうにもならないからー……受け入れるしかないのよねぇ。ほら、よぉく見てもー、馴染んじゃってるわねぇ……ここに」

 

 トントンと自分の胸を指で叩く魔女さん。その軽い音に、アンサさんが二度私の胸に手を押し当てていたのを思い出した。

 要するになんというか、こう、触れられた部分を中心に呪いが馴染んでいる的な……。

 中身も外側もきっちり正常に生きてるのに停止の要素だけ残ってる感じの……こう、なんか概念的な……悪魔の実の神秘とかそういう。

 

「そうそう。そこら辺が停止……つまりはぁ、奪われちゃってるのねぇ。成長するための時間とか、そういうの?」

 

 ……あの人なんで執拗に私の胸触ってきたの? 身長の関係で身を低くしてても真っ直ぐ手を伸ばしたらどうしたってそこら辺に当たるのはわかるけどさ、私女の子じゃん? そういう……そういうさ。ねぇ。なんでよりにもよって。お腹なら喜んでたかもしんないのに。なんで。

 

「まあいいんじゃない? 不死って訳でもなさそうだしぃ」

「は……」

「不老って人類の夢よねぇ。あ、お姉さんはそういう魔法は使ってないわよー? これはねぇ、日々のアンチエイジングの賜物で……」

「はああああ!!!?」

「ひぇ」

 

 カッと目の前が真っ赤に染まった。

 そして脳裏を過ぎる、かつて夢想した未来図。

 

 将来、六メートルの大人の女になるという私の夢……。

 めっちゃでかいやつばっかのこの世界、みんなを見下ろしながらお酒飲んで悦に浸ろうという大きな夢が……。

 コアラししょーみたいにナイスバディになるささやかな夢が……。

 

「みゅ、ミューズちゃん、落ち着いて? ね? ほぉらみんなびっくりしてるから……きらきらきら、星の魔法よー? ほら、ほ…………白目剥いてる……」

 

 絶望!!!! これ以上成長できないとか!!!!!!

 あのぽぺぺ絶対ぶっ飛ばす!!!!!!!

 魚人島まで殴り埋めて空島まで殴り飛ばす!!!!!!

 

「あの、大丈夫ですか?」

「……大丈夫、デス」

 

 燃え上がる怒りはさておき、まさか王女様のお話を邪魔する訳にはいかないので、心配そうに声をかけてきたセラスさんに思いっきり息をのみこんで気持ちを落ち着かせてから静かに頷いてみせる。

 腹の虫は収まらないが、アンサさん私達を逃がそうとしてやっただけだからそっちに怒りを向けるのはお門違いだ。

 なんもかんもジャシンが悪い。悪いったら悪い。

 ……許さない。

 ぶっ殺す。

 

 私、ちょーっとルフィさんの活躍みたいなぁ、何かするなら近くにいたいなぁって思ってただけなのにこの仕打ち。誰かのファンになる事が罪だとでもいうのだろうか。私の将来性を奪う権利が誰にあるのか。

 未だに薄く聞こえる祭囃子がうざい。

 

 ねぇ、海水かけて解けないってことはさ、アンサさんの意識奪ったりしても解けないって事だよね。

 ……ワンチャンその時間の能力で成長性取り戻してくれたりできない? できるよな。できないとおかしい。

 ……でももし不可能だったらショック大きすぎるから、期待しないでおこう。

 

「とにかく、無理矢理リンちゃん連れ戻したって無駄だってのはわかった」

 

 サンジさんのボイスが耳をくすぐるのに、もう一度深呼吸して気持ちを落ち着ける。

 魔女さんから甘い香りが漂ってきてちょっと胸焼けしそうになった。なんだろう、香水みたいな、洋菓子……焼き菓子みたいな香り。

 

「ジャシンへの恩がある限り、たとえセラスちゃんがなんと言おうとリンちゃんはあいつに従い続けるって事か」

「困ったわねぇ。ジャシンちゃん懲らしめる時は、リンちゃんには離れてて貰いたかったんだけど……あんなに頑固な子に育ってるなんて思わなかったわぁ」

 

 困った風に頬に手を添える魔女さんの傍へ、コーニャさんが歩んでくる。

 

「だからって……今さら決起の日を遅らせる事はできないです。幸い、元より近い日に立ち上がろうとはしていたので……アンサ殿も、準備は整っているとは思うのですが……」

「大丈夫よー、スペちゃん若いんだから、急な対応も楽勝でしょお」

 

 あ、やっぱりアンサさんに話通ってないんだ。決起の日はまだまだ先、みたいな口振りだったもんなぁ。

 でもたしかに色々と準備は整ってる的な事も言っていた。

 それでも無茶ぶりな気がしないでもない。

 

「皆様、非常に心苦しいのですが、手を貸してくれると言うのならば我々はその手を掴むほかありません。……本当によろしいのですね? 相手は屈強な騎士達と、強大な海賊なのです」

「気にすんなって言ったろ! こっちは好きでやってんだ」

 

 笑みを浮かべて言い切るルフィさんに、言葉なく同意する仲間達。その中にはもちろん私も入っている。

 刀と神様の事差し引いても私が戦う理由はじゅうぶんある。

 というか大したもんだよね。私今、結構怒ってるんだよ……個人的な理由だけどさ、こんな苛立ちは初めてかもしんない。

 

「同じ目的を持つとはいえアンサ様は敵方に属しています。出会えば交戦する事になるでしょう。王もかつては名を馳せた武人。くれぐれもお気を付けを」

 

 みんなの前に立ったセラスさんが話を纏めた。

 ポペペという優秀な部下が反旗を翻すと同時、死んだも同然だったはずのセラスさんと死んでいたはずの魔女さんでジャシンの足を止めて、集った同志で総攻撃して倒すという単純なもの。

 王を下し、セラスさんへの王位継承を喧伝して騎士達に膝をつかせるのもこなさなければならないらしい。

 飛び入り参加の私達は、このジャシンへの総攻撃に参加する事になるみたいだけど……。

 

「事を運ぶには速度が最も重要になります。何事も素早く……! ジャシンが気付いた時にはその喉元に食らいつけるように。──そこで私の力の出番です」

 

 顔の横に手を挙げてみせた彼女は、自分の能力は他人にも影響を及ぼす事ができると説明した。

 

「今から皆様に順番に触れていきます。速度の違う世界に入り込んだなら、皆様全員がその状態になるまでお待ちくださいね」

 

 と喋りつつ、セラスさんはさっそく先頭に立っていたルフィさんにタッチした。

 あっ。

 

「あっ」

「え?」

 

 麦わらの一味全員の「あっ」が重なった。

 なんかまずい事しました? 的な顔をセラスさんがした時にはもうルフィさんの姿は消えていて、ほとんど同時に遠くの方で爆発音がして地面が揺れた。

 明らかにお城の方角である。

 

「えっ、あのっ、あれ? ルフィ様は……!?」

「あのバカ……待てなかったな。いや、話を聞いてなかったのか」

「ルフィに作戦通りに動けー、なんて土台無理な話だったのね」

「若いわねぇ……いいわねぇ」

 

 呆れた声とのんびりした声が交差して、だんだん状況を飲み込めてきたのか、さあっと顔を青くさせるセラスさん。

 このままではこれまで水面下で築いてきた作戦が全て瓦解してしまう。

 自身の動揺を抑えるためか、セラスさんは胸に手を押し当てて誰にともなくこう説明した。

 

「ああ、安心してください! 王国の危機だと政府に連絡をいれました! 先程は『どれほど要請しても受け合って貰えなかった』とお伝えしましたが事情が変わりましたようで、トップが変わって、それでえっと、あの! じ、じきに海軍より最高戦力、"大将"が派遣されるでしょう!!」

 

 えっ。

 え、何それ、聞いてないんですけど。

 ぱたぱたわたわた身振り手振りが忙しい王女様は、それでもにっこり笑って私達を安心させようと微笑みかけてきた。

 

「皆様に頼るのは心苦しいのですが、それまでの辛抱……! なんとか大将の到着まで時間を……あ、あの、皆様方? いかがなされました??」

「おれ達ぁ海賊だ! 大将なんかこられたらおれ達まで攻撃されるぞ!?」

「ええー!?」

 

 い、今さら過ぎる……!

 そっか、なんでかリンさん達、ルフィさん達の事旅行者って言ってたもんね!

 というかセラスさん、ずっと倉庫にいたからこっちの詳しい事情は知らなかったんだね……!

 

 なんというか、結構色々な事が短時間のうちに起こってしまっていたからその弊害みたいなもんかな。

 海軍の大将か……妖精の森で起きた事が現実に……?

 いやいや、サカズキさんはもう大将じゃないんだから、自ら動く事なんてないはず。つまりノットおしりぺんぺん!

 

 でも大将来るなら王女様自ら動く必要ないんじゃって思ったけど、十二年無干渉で海賊の動くがままにさせていた政府には半信半疑ってところなのかな。

 そこら辺、魔女さんがのんびり教えてくれた。外部に頼りはするけど、それはそれとして自分達の力でも解決をはかっている。

 息子の不始末は自分の不始末だと言う魔女さんは、ぽわぽわしてるけど真剣だ。

 ……でもその見た目で息子とか言われるとかなり複雑な気持ちになるな……。

 

「いいい急ぎましょう! こうなれば一刻も速く──!!」

 

 あ、びゅんって、セラスさんまでいなくなっちゃった! ちょちょ、ちょっと、なんで一人でー!

 あらーと困った声を出した魔女さんが、ゆっくりと私達へと振り返る。

 

「それじゃあ私達も行きましょう。えいえいおー」

「……おー」

 

 軽いというか緩いというか、魔女さんが腕を上げるのに、コーニャさんが控えめに合わせて、私達は弾かれたように王国へと飛び出した。

 

 

 

 

「はぁい、パレードよー。お祭り楽しんでるかしらー?」

 

 きらきらと光を振りまいて、幻想的な動植物が列をなしての大行進。

 どよめく民衆達は、それでも祭囃子の中にいて、喜んだりぼうっとしたりしている。

 何度か魔女さんやコーニャさんの名前を呼ぶ声もあった気がした。どれも呟くようなものだったから確証は持てないけど、たぶん、アップル様だ、コーニャ様だ、って少なからずどよめきがあったように感じられた。

 

 光る馬とか光る馬車とか光る蝶とか輝くリンゴとか、百鬼夜行に近い行列へ混ざった私達は、一路、遠目に見える王城を目指してひた走った。

 

「……!」

 

 先頭を走るコーニャさんが僅かに歩調を乱したのは、お城を取り囲む壁が見え始めたくらいで、反応して広げた見聞色に引っかかるものがあって空を仰げば、黒い影が風のように下りてきたところだった。

 

「! きゃっ!?」

「ナミ!」

 

 急降下してきた影がナミさんに突撃して後方へ転がっていくのに、急ブレーキをかけて振り返る。

 敵襲!? って、そりゃそうだよね。ルフィさん先行って暴れちゃったもんね、その騎士ってのが動き出しててもおかしくないか!

 

「っとぉ!」

「ぐは!」

 

 ナミさんに手を貸そうと飛び出そうとしたところで、もつれ合っていた二つの影が止まった。

 そうすると人間大の黒い鳥に跨って棒で押さえ込むナミさんの姿が見えて、ほっと息を吐く。

 

「中々の反射速度……! 何やつ!」

「お転婆でごめんあそばせ。乱暴者に名乗る名前はないわ!」

「むぅう! 我は栄えある王国騎士なり!」

 

 青い鎧みたいなのを着込んだ鳥は身を捩って拘束から脱出すると、羽を広げて滞空した。やっぱり騎士……能力者か。モデルはなんだろう。飛ぶのが速いのはわかったけど、なんで頭にキウイっぽいの乗っけてるんだろ。

 

「んのヤロ、ナミさんに……!」

「大丈夫よサンジ君! それより先を急いで!!」

 

 飛び出そうとしたサンジさんが手で制された。急いで行けって指示に躊躇いがちに従う。

 大将なんかに来られてはたまんないもんね。しかし引く事もできないとくれば、さっさと目的を果たして大将が来る前に事を終わらせるのみだ。

 

「あたしを狙うとは慧眼ね」

「弱者から狙うのは常套手段! 城を襲った者の仲間と見受けた! まずは貴様から排除し──む!?」

 

 突撃の姿勢を見せた鳥の体から手が生えて羽ばたきを抑え込み、地面に落とす。

 

「援護するわ。すばしっこそうね」

「ありがと! さっさとやっつけちゃいましょ!」

 

 歩み出てナミさんに加勢するロビンさんが、私達に先へ行くよう促した。

 体を高速回転させて地面にこすりつけ、能力による拘束を弾いた鳥騎士を見るに結構手強そうな感じだけど、ここは任せるのが正解だろう。

 

「"蜃気楼(ミラージュ)=テンポ"!」

「消えた!? 奇怪な……! ぐむ、なぜ手が生える!」

「硬い……!」

 

 二人の奮闘の声も祭囃子の中に溶けていって、私達は王城へ続く道を進んだ。

 けど、騎士が一人って訳でもないみたいで、すぐさま第二陣がやってきた。

 四足歩行で地を駆けてくるのは、三匹の犬……いや、狼も混じってる?

 それらも先程の騎士同様青っぽい鎧を着こんでいて、ガッシャンガッシャンとリズムよく鳴らしていた。

 なんでどの子も頭の上にオレンジみたいなの乗せてるんだろ。

 

「うおお!? 地面からなんか出てきたあ!」

 

 と悲鳴を上げたのはウソップさんだ。見れば確かに床に穴を開けて猫みたいな……たぬきみたいな何かが上半身を出してウソップさんの足を掴んでいた。

 前方ばかりに注意を向けていて不意を打たれたな……! 前の三匹に対応しようとたサンジさんとゾロさんが背後の声に気をとられた一瞬、その頭上を飛び越えて──つまりは私の上も飛び越えて──犬達が潜り込んできた。

 

「貴様ら侵入者だな! うまそっ! この街で暴れる事はホネッ、許さん!」

「グルルルル! 気を引かれる! なんだこれは! 何かの能力か!? ウマソウ!」

「ええーこっちに来ましたァ!?」

 

 おそらく動物系(ゾオン)の能力者である二匹の犬がブルックさんに殺到する。凄い勢いだ……!

 刀を抜きざまに伸し掛かられたブルックさんが噛みつかれるのを助けようとしたチョッパーくんの方は、三匹目である狼に食らいつかれそうになって姿を変えて跳躍し、牙から逃れていた。

 

 滞空するチョッパーくんを、姿勢を低くして狙う狼騎士に、しかし援護は必要ないと判断する。

 チョッパーくんもブルックさんもウソップさんも、急襲に焦ってはいても平気そうだし、それにここで止まっちゃナミさん達を置いてきた意味がない。

 

「大丈夫! おまえたちは先に行け!」

「この調子だとまだまだ騎士はいそうですね! 恐ろしい!!」

「グルルル! なんと実直な剣捌き! よもや同じ"騎士"か!?」

「ヨホホ! そのような存在ではありませんよ!! "酒樽舞曲(ポルカ)・ルミーズ"!!」

 

 連続の突きをかろやかな動きで交わす二匹の犬騎士。

 巨大な植物がたぬきっぽいのを捕えて打ち上げるのをしり目に、再び先を急ぐ。

 

「そこまでだ不埒者ども! ここから先は一歩も通さん!!」

 

 どんどん壁が近づいてきたところで、空から巨漢が降ってきた。

 ズドンと地面を揺らして着地したのは、青い鎧を着た……二足歩行のカバ? いや、ネズミ?

 なんの動物かよくわからないけど、頭にフルーツ乗せてるのは共通してるね。イチゴだ。

 

「どいてろてめぇら! "風来砲(クー・ド・ヴァン)"!!」

「うおっ」

 

 走りながら前へ出て片腕を突き出したフランキーさんが空気の圧を飛ばして突破をはかった。

 が、なんの動物かわからない騎士はべこんと鎧をへこませて吹き飛ばせたものの、すぐさま起き上がって向かってきた。

 勢いのまま騎士とフランキーさんが両手を組み合って力比べをするその横を素通りする。悪いけど構ってる暇なんかないんだよね。

 私だって、今、怒りに燃えてるんだから!

 

「うふふ、魔力が節約できて助かるわ~」

 

 ほんわか言いつつ体一つで低空飛行する魔女さんは、未だ緊張感の欠片もない顔でさっと指を振った。

 きらきらとした光が風に乗って流れ、取っ組み合う二人の下へ届くと、突如フランキーさんが獣騎士を振り回すように持ち上げて横へ投げ飛ばした。

 

「なんだ!? 突然力が湧いて来やがった……! よくわからねぇが、今週のおれはスゥーパァー! イケてるぜ!!」

「ひゅー♪」

 

 下手な口笛を声援代わりに贈る魔女さんに、そういえばさっきから指振ってたなーと気づく。

 支援魔法的なのを送ってたのか。

 

「あそこです……あっ、門が壊されて……!」

 

 また少しの間走っていれば、コーニャさんが口を開いた。

 彼女の言う通り、壁の残骸が散乱する中で鉄製の大きな門がひしゃげ、もぎ取られたような鉄の棒がいくつか散らばっていた。

 

 そしてそこにセラスさんがいるのを見つけた。同じく、先に飛び出してしまっていたルフィさんも。

 

「おい、あいつまた呪われてんぞ……!」

「セラスちゃんがついてんのに、なんで固まったままなんだ?」

 

 ゾロさんとサンジさんが呟いた疑問はもっともで、アンサさんの呪いを解く事ができるセラスさんは、足を曲げ、斜め上空に向けて腕を振るう最中に止まってしまったようなルフィさんの横でおろおろと手をかざしていた。

 

「セラス様!」

「あっ、コーニャちゃん! どうしましょう、ルフィ様が……!」

 

 とりあえずいったんここでブレーキだ。

 百鬼夜行のようなパレードも光の粒となって地面に降り注がれ、私達は少人数で二人の下へ駆け寄った。

 ……あれっ、瓦礫の中に神様埋まってるんですけど。

 ……のの様棒を両手で持って構えてるあたり、やっぱりアンサさんと交戦しちゃったのかな。その可能性は高そう。

 だってこのお城、この国で一番高い建物っぽいもん。

 

「あの、ルフィ様はその、数千年分もの停止の呪いの中にいて……」

「数千!? なんだってそんな事に……」

「私が高速化をかけたせいです……そのせいで一瞬のうちに何度も門に触れてしまったのでしょう。さすがにその時間をすぐには経過させられず……申し訳ありませんっ!」

「セラス様、顔を上げてください……!」

 

 頭を下げるセラスさんに、コーニャさんがおろおろとした。そんなに簡単に頭を下げないで、って。

 

「おい魔女」

「はいはぁい、わかってますよー。あ、ゾロちゃん、良かったら私の事はアップルちゃんって呼んでね?」

 

 瓦礫の中から神様像を引き抜いて立たせ、土埃なんかの汚れをはたいて落としていれば、魔女さんは指の一振りでバスケットを取り出すと、中から海水入りの瓶を取り出して栓を抜いた。

 魔法で直接水を出さないのは……悪魔の実の能力で海水とかは出せないからかな。……ミズミズの実とかって存在するんだろうか? 対能力者最強の能力って感じするけど。

 

「うおおー! ふっかーつ!!」

「あの、魔女さん、まだ海水ありますか?」

「はいはぁい。わぁー、とっても福耳ねぇ」

 

 雄叫びをあげるルフィさんを傍らに、神様も直してもらえるように頼めば、ぽてぽてやってきた魔女さんはおもむろに神様の耳たぶに触れた。

 といっても呪いで固まってるから柔らかさなんかはなかったんだろう。期待と違っていたようで魔女さんは無言になってしまった。

 

「しゃらんらー」

 

 海水によって神様は解放され、一瞬膝から力が抜けたように崩れ落ちかけたのを支えれば、不機嫌な顔が私に向けられた。伸びてきた指につんと額をつっつかれるのに反射で目をつぶる。

 なに? なんで今つっついたの!?

 

「おのれ……! あのいけすかん蛇に恐怖というものを教えてやる……!!!」

「うわあ、めっちゃキレてる」

 

 神様激おこだ。バリッと鳴って姿を消す神様に、ああー、せっかく合流できたのに、と肩を落とす。

 

「行くぞおまえら!!」

 

 けれどルフィさんが号令をかけてくれたので、気を取り直して「おうっ」とお返事。

 って、これじゃあ私も麦わらの一味みたいだね。

 なんか恥ずかしい……。

 

 駆け出すルフィさんに合わせて私達も門の残骸を超え、敷地内へと踏み込んでいく。

 わらわらと出てくる兵士的な人達は先頭を走るルフィさん、ゾロさん、サンジさんにあっという間に蹴散らされ、コーニャさんやセラスさんを見た兵士は槍や剣を取り落として動揺し、中には膝を突いたりひれ伏す者もあった。なんだその反応。みんなセラスさん達に敵対してるんじゃなかったっけ? ……途中から話聞いてなかったから事情がよくわかんないな。

 まあいいか、私のやる事は刀取り返してポペペとジャシンぶっ飛ばしてアンサさん地面に埋めるだけなのは変わんないんだから。

 

 そんなこんなでごくごく簡単に王城前まで辿り着いた私達だったのだけど。

 

「うおォオ!!」

 

 緑の芝生とか彫刻からの噴水とか、そういう厳かな感じのお庭のような場所。

 大きな城門の前には、これまた大きな体を持つ鎧騎士が立っていて、さらには黒尽くめの怪しい男……アンサさん、もといポペペまで立ちはだかっていた。前方へ伸ばした足は、誰かを蹴った後。

 

「どうっ……!」

 

 地面を揺らして仰向けに倒れ込んできたのは、半裸の巨漢。丸刈りの黒髪におひげと、それから地面と背中にサンドされているのは……白い翼?

 

「おお! ようやく来なさったか……!」

 

 倒れたまま顔を上げてこちらを見たのは、記憶が正しければ"怪僧"ウルージだろう。最悪の世代の一人。

 なぜ彼がここに? ようやく、とはなんのことだろう。彼の視線は魔女さんに向かっている気がしたが、魔女さんはにこにこしてるだけで何考えてるのかわかんないし、よく見ればウルージさんも汗を流しつつにこにこしている。しまった、笑顔に挟まれた……! なんか私もにこにこしてしまう。

 

「なんだあのデカいのは」

 

 ネクタイを緩めながら門の前を陣取る騎士を見上げるサンジさん。

 さあな、とゾロさんが刀を抜けば、風が流れて、私の目の前にポペペが現れた。

 何度見ても反応が追いつかないスピードだ。はためく着物を押さえて彼を見上げる。

 

 彼は特に言葉を発する事なく私や私の後ろにいる魔女さんとかコーニャさんとかセラスさんを順繰りに見ると、黒マスクに指を引っかけてずりさげ、サングラスのツルをつまんで持ち上げて顔を露わにした。

 うわ、色白……というか意外と若い。

 そしてなんかめっちゃ不満そうというか不機嫌そうな顔してる……!!

 あれかな。急に動き出したからやっぱり怒ってるのかな。何勝手におっぱじめてんねーん、みたいな。

 

 何も言わずマスクもサングラスも戻すポペペ。魔女さんがくすくす笑うと、ギッと睨みつけるように顔を動かした。うーん、仲良さそう。

 

「"鷹鞭(ホークウィップ)"!」

「む!」

 

 横合いから伸びてきた黒い足がポペペを襲う。両腕を顔の前に翳してガードした彼は、どでかい騎士の下まで軽やかに飛ぶと、体勢を崩す事なく着地した。ルフィさん、完全に戦闘態勢だ。

 

「あの騎士の名はジョコンド。この国で一番守りの固い男です」

 

 コーニャさんの説明に、いかつい顔の騎士を見上げる。

 でかーい。そして丸い。青い鎧も凄く引き伸ばされてる感じがする。

 けど、そのまるまるっとした体に似合わず凄まじい覇気を感じられる。

 ズシン。地面を揺らして身動ぎしたドデカ騎士が胸を張る。

 

「そうだ! おれは攻撃は苦手だが、守るのは得意! この城を守るため、守り抜くためだけに鍛えたおれの"気合い"は誰にも破れん!! 戦わずして勝つ、それがおれの騎士道!! なので……王女様方に攻撃しなくて済む……!!」

 

 あ、やっぱりこの人もセラスさん達には攻撃したくないのね。……じゃあ投降すればいいじゃん。なんでみんな襲ってくるんだろう。たしか、前の王様を信じて忠誠を誓い続けてるんだよね? でももう十二年も経つんだよ。セラスさん達の事は信じられないのかなぁ。

 

「ぬぅう……!」

 

 のっそりと立ち上がったウルージさんがファイトスタイルをとる。

 うーん、さっきのアンサさんの言葉を考えれば、魔女さんかポペペ……アンサさんが集めた助っ人的な人がウルージさんなのだろう。なんで助っ人が海賊なのかはわからない。だってアンサさんとお話しする時間なかったしね!

 ウルージさんの横にルフィさんが移動する。そうすると巨漢の彼は笑顔のままルフィさんを見下ろした。

 

「なぜ"麦わら"がここに……?」

「おっさんこそなんで戦ってんだ?」

「……ゆえあって、呼ぶ声に応じた。目的は一つ。あの守りを崩す事のみ」

「そっか。やる事はおんなじだな」

 

 二人が会話してる間にセラスさんがゾロさんとサンジさんにタッチした。

 途端、二人とも目に見えない速度で飛び出して行って巨大騎士を斬りつけたり蹴りつけたりするものの、僅かに身を揺らすだけで敵は堪えた様子もない。そして黒い影が宙を走ったかと思えば、滞空して視認できるようになっていた二人を同時に吹き飛ばし、影もまた消えた。たぶんあれはアンサさん。

 

 あっちでこっちで破砕音やら硬質な音が響き始めるのに、目まぐるしくなっていれば、息を乱したセラスさんがやってきた。

 かなりの汗だ。これだけの人に能力をかけたのは初めてだから、参ってるんだって。

 消耗するんだ、その能力。

 

「うわっ!」

「ぐぅう!」

 

 セラスさんのタッチを受けようとしている間にも城門前の戦闘は激しさを増す一方だ。超スピードバトルだから目を離すと訳が分からない。こっちを取り囲もうとにじり寄ってきていた兵士達がぽんぽんぽんぽん十数人単位で吹き飛んでいく。地面に斬撃の跡ができたり燃える何かが回転してたり。あわわ、目が回りそう!

 向こうのドデカ騎士さんもよくわかってないみたいで横顔から足からと衝撃を受けて体を揺らしては堪えている。

 ルフィさんとウルージさんも突然左右へ吹き飛んで地面を転がった。

 

「くそー、速ぇ! 見えねぇ!」

「ぐ、く……! だが、これだけやられればじゅうぶん……!」

 

 腕をついて立ち上がったウルージさんがもこもこと巨大化する。それでもドデカ騎士の方が大きいけれど、ウルージさんはにやりと笑みを深めると、引き絞った拳を放つべく突っ込んでいった。

 

「"因果晒し"!!」

「っ!!!」

 

 砲弾でも直撃したような音を耳にしながらセラスさんの方へ視線を戻す。

 伏せた顔は青いし息は荒いままだし、こちらに差し向けようとした手は指が引き攣ったように固まっている。

 能力の行使がよっぽど辛いらしい。見ているこっちまでしんどくなってきてしまうのに眉尻を下げる。

 

「ちょおっと困ったわねぇ……」

「も、しわけ……っ、うまく、力が……!」

「セラス様……! 仕方ないです、ずっと能力を使ったままで……さほど休憩も挟まずにまた……!」

 

 あ、そっか。セラスさん自分の力で自分の動きを止めてたんだもんね。十二年。それにさっき、ルフィさんにも能力使ってた。

 そっかそっか……でもまあいいや。こっちに対応せざるをえないポペペさんにはゾロさんとサンジさんが相手できてるんだから、別にもう速くなんなくたって問題なんかない。

 

「しかしっ、戦っていただいている以上はお力に……!」

 

 だから無理に頑張らなくていいんだよって伝えたんだけど、セラスさんは引きたくないみたい。

 魔女さんとコーニャさんが指を振ってきらきらした光をセラスさんにかければ、彼女はだいぶん楽になったようで、胸に手を当ててふぅっと息を吐いた。

 

 それから自分の手に視線を落とすと、辛そうに私を見る。

 体力は戻っても能力の行使が難しいのは変わらない、と。

 そもそも判定どうなってるんだろうね、それ。

 

「大丈夫だよ。セラスさんの力借りなくたって、みんなうんと強いんだから!」

 

 安心させようとガッツポーズを作ってみたけど、セラスさんの眉は下がったままだ。

 あはは、こんな子供が言っても説得力はないかな?

 

「"ゴムゴムの"ぉ!! "灰熊銃(グリズリーマグナム)"!!!」

「ふんぬっ!!」

 

 巨大な黒色の両手が騎士の腹を叩き、入れ替わるようにしてウルージさんの倒れ込むようなパンチが同じ場所を叩く。

 

「くそっ、硬え! こいつの武装色……!!」

「まさに鉄壁か……! 殴るこっちがダメージを受けている……!!」

「そうだ! 自滅するが良い! おれはここを動かん!!」

 

 鼻息を噴き出してどっしり構える騎士は、何をしたって退けられそうな気配はない。

 

「あれをほっといて城壁壊して侵入しちゃ駄目なのかな」

「だめですよぉ?」

「え? 魔女さん、なんで?」

「聞いてなかったんですねー。ミューズちゃんはのんびりした子なのねぇ」

 

 聞いてなかった……いやたしかに自分の事でせいいっぱいで、なんかルフィさん達が話し合ってるのかなり、聞き逃していたけれど! でも少しは聞いてたよ!?

 ええと、ええと、なんで真正面から突入しなくちゃいけなかったんだっけ……ジャシンに気付かれる前に潜り込むんだから、入り口からっておかしくない?

 

 うーん、わからん。

 もういいや。

 

 わかんない事はおいといて、先の事を考える。

 他にも騎士がいないとも限らない。というか、セラスさんが他人の速度を速められるとなると、ポペペもできる可能性が高いから、高速化騎士軍団とかいてもおかしくない。

 そうなるとセラスさんに頼るしかなくなるんだけど……まだ、辛そうだ。

 

 だったらこっちでなんとかするしかないよね。

 高速で動くくらいなら対処なんて容易いんだから。

 ……ああでも、まずは目の前の騎士をなんとかしないと。

 

「こんのォ!」

「生温い! 鎧さえ砕けんわ!!」

「これだけ殴りつけてビクともしないとは……見誤っていた……!」

 

 ルフィさんの攻撃もウルージさんの攻撃も全然あの騎士には通じてない。

 むむー。

 ……それにしてもなんであの騎士、頭にでっかいメロンぽいの乗せてるんだろう。

 新鮮そうなのがむかつく。

 ……むかつく、と心の中で言ったら怒りが再燃してきた……。

 

 しんどそうなセラスさんは休ませてあげて、さて……私もやるとしますか!


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