ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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2017年10月5日 主人公の名前修正


第二話 革命軍から月へ

『我は神なり』

 

 上から目線の不敵な笑み。

 夢枕に立つ雷様を捕まえようとがばりと起き上がれば、体中が痛んで涙目になった。

 ……なんだ、幻覚か。もうひと眠りしよう。

 

「あら、意外と豪胆? 大物になるかも」

「ふぁっ」

 

 二度寝しようとしたら誰かの声に叩き起こされた。

 聞き覚えの無いボイス。何やつ、と跳び起きれば、うーんナイスバディ。

 扉の無い出入り口に立つ彼女の名前は、たしかコアラのマーチ。

 

「……ごめんね」

 

 初めて出会った知ってる人に感動してじろじろ眺めていれば、彼女はなぜか悲し気に眉を八の字にして歩み寄ってきた。

 恐る恐る、壊れ物に触れようとするみたいに伸ばされた手に、ん、と頬を差し出す。

 かいぐりオッケー。撫でられるのは嫌いじゃない。

 私の態度に微笑んだ彼女は、遠慮なく頬を撫でてきた。ちょっとくすぐったい。

 あ、髪の毛解けてる。ちゃんと三つ編みにしとかないとお母さんに叱られてしまう。

 

 横目で自分の髪を見ていれば、彼女が手を離して近くの椅子を手繰り寄せ、私が身を預けているベッドの脇に座った。

 どこか痛いところはない? と聞かれたり、お腹は空いてない? と聞かれたり。

 いずれもやたらめったら優し気で、もてなしてくれているはずの向こうが遠慮がちで、おまけに一切素性を聞かれない。

 簡単な会話をするだけして、彼女は席を離れた。

 

 その後も朝昼晩と世話しに現れるのは彼女だけで、その他の誰かは姿を現さない。

 

 はーん、ほーん、これはあれだな。

 私、負けたんだな。

 

 一日じっくり考える余裕があったので思い返してみて、その結論に辿り着いた。

 ……辿り着かざるをえなかった。

 大した戦闘力もない子供一人(道力にして2とか3)が海賊相手に大立ち回りなんてできるはずもなく惨敗。

 運良く命は助かったみたいだが、それは私の命だけみたい。

 

 つまりお母さんもお父さんも村長さんも、仲良しだった村の誰も彼も、好きだったイチジクちゃんも死んでしまったってことなのだろう。

 まーしょうがない。この時代、そういう事もある。

 そんな事はどうでもよくて、せっかく強い人に出会えたのだからどうにか師事して強くなりたいな。

 あ、でもその前にちょっと、もうひと眠りしよう。寝る子は育つだ。

 

 

 

 

「……やっちゃったのね」

 

 翌朝、朝ご飯を持ってきてくれたコアラさんは、ベッドの横で反省のポーズをする私を怪訝な目で見て、それから独特な臭いを感じ取ったのだろう、慌てて掛け布団を捲り上げ、世界地図を目撃して切な気に呟いた。

 ごめんちゃい。

 

 彼女に連れられてお風呂へ直行。一人でできるかと聞かれたので頷いて返し、去り行く彼女を見送ってシャワーを浴びる。

 立つ湯気の中、ごしごしと腕で目元を拭った。まだ熱の残るまぶたが痛みを発する。また少し、涙が零れた。

 

 うーん、おねしょで誤魔化せ大作戦は成功を収めた。

 予想以上に濡れ鼠になった枕もおねしょベッドで誤魔化し、世界地図に注意を取られた彼女の目には腫れた目なんか入らなかった事だろう。

 男の涙は誰かに見せるもんじゃない。隠し通せて良かった良かった。

 

 上機嫌で風呂椅子に腰かけ、ごつんとシャワーヘッドを額にぶつける。

 

「……お母さん」

 

 顔にかかる雨のような湯は、汚れを落としてはくれても悲しみはちっとも洗い流してくれなかった。

 

 

 

 

 数日の食っちゃ寝生活。

 美人介護システムは私を堕落させる一方で、このままじゃいかんと思い立った日、ついに私の部屋(?)にコアラさん以外の人がやってきた。

 

「よっ」

 

 あ、サボローだ。いや違う。サボさん。麦わらの人のお兄ちゃん。

 初対面とは思えない気軽さで侵入してきた彼は、すぐさまコアラさんに止められた。

 何やら入ってはいけない約束だったらしい。小声で交わされる内容からはそう読み取る事ができた。

 

 それでもって、もう時間が無いからお話をしに来たらしい。

 まあ、それもそうか。革命軍の上の人達が一つ処に留まる訳もなく、私は足枷となって彼らの動きを止めてしまっていたのだろう。

 ならばここで言う事は一つだけ。

 

「おはようございます。そしてはじめまして。私はコーラフロート・S(スモール)・ミューズ。今からあなたの部下になる者です」

「ええ?」

「驚いた……だけど話が早い」

 

 コアラさんの困惑気味の声は、今まで私が彼女の言葉に単語か、良くて二言程でしか返してこなかったためだろう。無口でクールな美少女と思われていたのかもしれない。照れる。

 決して私の名前のおかしさに困惑したのではないと思いたい。いいじゃんコーラフロート、邪道だけどきっとおいしいよ。くそ邪道だけど。クリームソーダ様を見習えくずー。

 

 くずは私である。両親から受け継いだ大事な名前なので、決してそういう事は言っちゃいけない。

 

 しかし、えーと、サボさんの口振りからするに向こうもそのつもりで話にきてたのかな。私を連れていくつもりで。

 でも、部下にしてと言っといてあれだけど私子供だし、雑魚だし、いいのかな。いいのか。やったー。

 

「サボ君!」

「いずれ……おれの口から伝えなければならないだろ?」

「それはそうかもしれないけど……」

「そろそろ発たないといけないし、この子がそのつもりでいるならそうした方が良い」

 

 口論、と言うほどでもないけど、二人の間で少しの間やり取りがあって、結局私は仲間に入れてもらえるようになったみたい。

 ああよかった。彼らは濁しているけど、私に帰る場所が無いのはわかっている事だから、断られたら路頭に迷っちゃう。安全な場所に送り届けてくれるとは思うけど、このチャンスは逃したくなかった。ピンチはチャンス、だね。

 

 あとは全力で纏わりついて体技と覇気の習得に努めよう。あ、あと工作の腕も磨かなくちゃ。タル大砲37号作るぞー。

 

 さらば、私の愛した村。私の故郷。私の……大好きな両親。

 こんな感じに区切りつけないと、毎晩泣いちゃいそう。

 あーだめ、涙出てきた。ばれるの嫌だから枕に顔押し付けてふて寝しよう。

 

 翌日、私は再び世界地図を描いた。

 見事ねしょんべんのミューズの名をいただいたのであった、まる。

 

 

 

 

 それから数ヶ月のうちに色々あった。

 各地を転々とし、様々な戦争に介入する革命軍にくっついていく日々。

 

 海とは違う舞台で繰り広げられる闘争と潜伏の緊張。

 子供というのは邪気が無く使い勝手が良い。飯処で公然と密談する悪党の傍に陣取って家族ごっこをすれば情報収集は容易く、警戒されづらい子供の容姿は国の中を走り回っても違和感が無い。

 

 諜報、潜入、なんでもござれ。いざゆかん革命の道。市民のため世界のため、権力を笠に着てえばりちらすやつらを引きずり降ろせ!

 灯せ革命の光! うーん、革命道ここに極まる。

 

 戦闘には出してもらえなかったけど訓練はつけてもらえたし、タル大砲くんもパワーアップした。

 うーん、ストロング。私もちょびっと成長したぞ。

 道力5000はかたいな。

 ……ちょっと盛った。でも10は超えてるだろ、たぶん。

 とっときの必殺技は六式忍法枯れ柳。超必殺技は覇気パンチ。これで"自然系(ロギア)"も怖くないぜ。

 あとはゴッドに会いに行くだけだぜー。

 

 色々な場所を移動していても、私の目的地は常に変わらず空にある。

 なので私はどこにいったってなんの問題もない。問題……強いて言うなら、出発の時にみんなに別れを告げるのが照れくさいってくらいで。

 あとあんまり恩も返せてないので、ゴッドを仲間にしたら恩返しに来ようと思います。

 

 そういう話を忙しそうなサボさんにしたところ、しかめっ面で額を押さえて動かなくなってしまったので、看病してあげた。冷や氷、お水、おかゆ。いらない? 馬鹿な。私は美少女だぞ。あーんを拒否られるとか超ショック。

 偏頭痛持ちなのかな。出会ってからずーっとそんな感じの動きしてばかり。大変そうだねー。

 

 サボさんを呼びに来たコアラさんにもおんなじ話をすれば、彼女は背を屈めて私と目線を同じくすると、諭すように「やんちゃはほどほどに」とお願いしてきた。

 

 恩人に頼まれては仕方ない、わかった。大人しくしてよう。

 夜までね。

 

 その日の夜、私は遥か空の彼方へ旅立った。

 全然飛距離が足りなかったのでえっちらおっちら空気を蹴って月まで移動した。

 死ぬ。

 死んだ。

 

 

 

 

「いや、空気ないじゃん」

 

 ドレッサーの前で自慢の金髪にさっさか櫛を通しつつ独り言ちる。

 鏡の向こうの私は頭の上に三つも四つもたんこぶをこさえていて、まるで鏡餅のようになっていた。

 ちょっと体を傾ければ、鏡の世界にコアラさんの姿が現れる。腕を組んで仁王立ち。相当お怒りのご様子。

 

 空気が薄いな、でもたぶんいけるだろ、と宇宙進出を決行した結果、意識を失って墜落。

 拠点の一部を破壊して帰ってきた私には拳骨が待っていたのだった。

 あとサボさんの大爆笑。クールが形無しだよ。しゅーん。

 

 心配させないで、と叱られればさすがにしゅんとしてしまう。

 これでも結構いい大人のつもりなのだ。そりゃあ、見た目や身体年齢は相応かもしれないけど、精神的には大人だし。

 だから心配も不安もわかる。わかるけど、私にはやらなきゃいけない事があるのだ。

 

 でもそのためには無酸素を克服できる何かが必要だ。

 

 呼吸の暇もない程高速で月へ到達するとか、"自然系(ロギア)"の能力者になるとか。

 うーん、現実的ではない。

 あ、宇宙服作ればいーんじゃない?

 

 閃いた、閃いた。それじゃさっそくミューズ工房に……。

 

「だめ」

 

 だめでした。

 一週間の謹慎処分を言い渡された私は、とぼとぼとベッドに戻ってお布団の中に潜り込み、ふて寝するのであった。

 

 

 

 

 六式忍法最上川!

 鉄塊をかけた状態で魚人空手を繰り出す空前絶後の超絶奥義! これでヤワな海賊ちゃんなんて一撃だぜ!

 ……とかね、そういう感じでコアラさんと戯れたりして。

 うーん、デンジャラス。強くなった感じ全然しない。

 

 そもそも六式忍法ってなんだろうな。テキトーに名前つけててけとーにやってるけども。

 これ初めて使った時はびっくりしてもらえたから不意打てたけど、以降は簡単に対処されちゃった。

 そういえばその時の訓練の後にダンロさんがなんか叱られてたな。

 ダンロさんってのは元海軍の人。六式使えるらしいから教えてもらおうかなーって思ってるんだけど、めっちゃ背高いし顔も怖いので話しかける事すらできていない。

 

 この世界、体が大きい人多すぎるのだ。私身長130もないんだよ。230の人と並んだら小人だよ。330の人と並んだらノミだよノミ。

 うーん、牛乳でも飲もう。牛乳はいいぞ。強い体を作ってくれる。

 そしていずれ私もコアラ師匠みたいなすごいすげぇボディになるんだ。それでゴッドを悩殺するんだ。

 

 ……そんな成長を待つ時間はない。私は今すぐ月に行きたいのだ。

 ミニマクシム13号よ、私を月まで連れてって!

 

 あっネジ抜けた――

 マクシム~~~~~~!?

 

 

 

 

 動力部に不備があったマクシム13号は爆発四散してしまった。

 その爆発音によって私のシークレットミッションはばれ、三段鏡餅は十六段鏡餅へと進化を遂げた。

 ついでに謹慎期間が二週間に伸び、おまけに監視まで置かれてしまう始末。

 そんなに見つめるなやい、照れるよい。

 まだまだ私のミッションは終わらねぇよい。

 

「グララララ……(おれ)ぁ"白ひげ"だ!」

「コーラちゃんまたなんか言ってるぞ」

「気にするな……下手に相手すると酷いぞ」

 

 むむっ、誰かが私の悪口を言ってるな。許せる!!!

 あ、そうだ。監視の人にお茶でも入れてあげよう、暇だし。

 

「お、すまないね」

「…………」

 

 一人は素直に受け取ってくれたものの、もう一人は知らんぷりだ。

 この銀河最強系美少女を前に他所を向くとは良い度胸。

 足に抱き着いてやろう。

 

「…………」

 

 鬱陶し気に見られたのでお茶を差し出す。

 飲めやおらー。

 

「せっかくコーラちゃんがついでくれたんだ、飲もうぜ。冷えた体によく効く!」

「……はぁ、わかった。私も貰おう」

 

 わあい。

 引っかかったな馬鹿め。

 

 まんまとお茶を飲んだ二人は一時間くらいするとだんだん顔を青くして、額に脂汗を浮かばせ始めた。

 いいか、絶対ここを出ちゃだめだぞ、絶対だからな! と念を押して、二人仲良くお腹を抱えて持ち場を離れるのを見送る。さよなら……。

 

「さて、行こうか特急マクシム14号」

 

 おまるみたいな形をした一人乗り用飛行船マクシムを外へ運び出し、とっときの宇宙スーツに早着替えして、いざ、月へ向かって発進。

 ふははは、見よ地上を! 人が黒ゴマのようだ!!

 あ、サボさんだ。腕を組んでこちらを見上げている。一瞬ヒヤッとしたけど、目撃者がサボさんなら問題なし。

 手を振ったら振り返してくれた。控えめでワイルドな微笑みつき。

 

――月を目指すって? ミューズ。

 

 ソファーに背を預けて足を組むサボさんに内緒話を持ちかけたあの日の事を、ふと思い出した。

 その声音が馬鹿にしてるみたいだったから腕を踏ん張って抗議の意を示したのだけど、その実サボさんは笑ってなんかなくて。

 

――人の夢を笑いやしないさ。

 

 かっくいい笑みを浮かべてそう言ったのだ。

 私はじーんと痺れた。いつかそんな台詞を言える男になりたい!

 いやなろう。今なろう。今言っちゃおう。

 

――人の夢を笑いやしないさ!

 

 サボさんの真似して笑みを浮かべて言い切れば、彼はとっても微妙な表情を浮かべて私を見下ろした。

 それから、お腹の上に乗せていた新聞を自分の顔にかぶせて寝る態勢に入ってしまった彼へ、どうして止めないのかと聞いてみた。

 コアラさんに秘密工房立ち上げの話が漏れればもれなく二千枚瓦正拳が頭に飛んでくるからね。

 でもサボさんは私のゴッド計画を聞いても頭を押さえる仕草をしたり私の目を見つめたり――たぶん私が美少女すぎて惚れちゃってるのかもしんない――するくらいで、止めようとはしなかった。

 

 その疑問に対する答えは、「私は自由」だから、らしい。

 よく意味が分からなかったが、自由なのはいいことだ。自由国家アメリカが誕生した当時の基本概念。

 つまり私はUSAなのか。時代はSMILEだ! フフッフッフッフ……!!

 

――お前の船出を邪魔する気にはなれない。それだけの事さ。

 

 眠ってしまう前に零した彼の言葉が、彼の気持ちの全てを表している気がした。

 未だ記憶は戻らずとも、その灯は胸の内に残っているのかも。

 

 過去から現在へ視点が戻る。

 

 地上に立つサボさんの姿がどんどん小さくなっていく。

 やがて振り合う手も見えなくなって、私は体を戻して空を見上げた。

 

 さらば革命軍。しばしの別れ。

 ゴッドを仲間にしたら戻ってくるから待っててね!

 具体的には一日くらい待っててね!

 

 

 

 

 うん、まあ、無理だよね。

 

「わあああああん!!」

 

 宇宙服大作戦(?)は失敗に終わり、呆気なく壊れた服によって空気不足に陥った私は、気を失っている間に地球に叩き返されてしまった。落下中に意識を取り戻し、敗因を考えたりどこに落ちるのか観察したりどう着地しようか考えていたのだけど、あんまりにも長い間落っこちてたのでとりあえず泣き叫ぶことにしたのだ。

 

「あ、海王類」

 

 だんだんと青い海が見えてくる。おっきなお魚を美味しそうだなーと見つめれば、凄まじい速度で潜って行ってしまった。ああっ残念。お昼ご飯にしたかった。

 

 陸地はどこにもない……ああいや、ちょうど予測落下地点に小さな島がある。

 うっそうと茂る森林ばかりの、歪な円形の島。その傍に停泊する船はなんだか見覚えのあるもので……。

 

 なんてよそ見してたら計算が狂って海に落ちてしまった。

 

「うおっ、なんか降ってきたぞ!?」

「人のように見えたわ」

「ええ? まさか……」

 

 荒れる海水越しに聞こえる馴染みのあるようなないような声は、果たして私が憧れていた海賊団の船員のもの。

 狙撃手、考古学者、航海士……なんたる偶然か、私は彼ら彼女らの元へ落ちてきてしまったのだ!

 おお神よ、まさかこれを想定して私をポイ捨てしたのか!? ……神には会えてないけどきっとそうに違いない!

 

「ぷはー!」

 

 えっちらおっちら泳いで海面へ顔を出し、息を吐き出してすぐ体ごと空中へと躍り出る。

 

「子供!?」

「そ、空飛んでるぞ! なんで!?」

 

 水気を飛ばしながら空気を蹴り蹴りしてある程度の高さまで(のぼ)れば、島に横付けしている船……羊さんが印象的なゴーイングメリー号の甲板からこちらを見上げる影が少数。

 オレンジ髪な彼女やもこもこトナカイの彼とか、長い鼻の彼とかお茶を嗜んでいる最中だったみたいなハナハナの彼女とか。

 うひょー、こうも次々と知っている人達に出会えるなんて大感激!

 でも、船長さんの姿が見えないぞ? コックさんや剣士さんの姿も……。

 

「こ、ここ、こんにちわっ、か、海賊のみなさ……」

 

 やばっ。緊張しすぎて変な声出た。というか尻すぼみになってしまった!

 それに危うくバランスを崩して落っこちるところだった。そんな格好悪い姿は見せられない。

 ……あ、でも、体中痛いし海水染みるし、髪の毛ぼさぼさだしもう見るに堪えない感じが……ああー。

 

「……ひょっとして、あなたは海軍?」

 

 閉じた本を机に置いた考古学者さんが、他の人達と同じ位置まで歩んできて私を見上げた。

 なぜその結論に至ったかはよくわからないけど、いいえ、違います。という意思を込めて首を振る。

 いやいや怪しいぞ! と長鼻さんに言われてしまってちょっと傷ついた。

 傷つくついでにお船に軟着陸~。

 

「ぎゃああ、降りてきたぁああ! 俺達を捕まえるつもりだあ!」

「ええー! 今はルフィもゾロもサンジもいないんだぞ!」

「ちょっと落ち着きなさいよ。こんな子供が海兵な訳ないでしょう?」

 

 と宥めるナミさんの声にも疑惑がにじんでいる。

 

 冷たい木板の上に女の子座りになって、膝の間に両手をつく。

 体中火傷してるからひんやりした感触が気持ち良い。

 ……いや、やっぱ痛いだけかも。

 痛いな。

 いたいいたいいたい最悪だこれ!

 

「この子、酷い火傷を……」

「雷にでも打たれたのかしら?」

「お、おい、大丈夫か? 待ってろ、すぐに――」

 

 板越しにどたどたと走り回る感覚や、近づいてくる人の気配があって、いくつか声をかけられたような気もするが、あいにく返事をする元気はなくなってしまった。

 せっかく、せっっかく憧れの人達に会えたのに、私は眠ったきりの無意味な時間を過ごしてしまったのだっ!!

 

 

 

 

「あぃがと、ございま……」

「おれが好きでやったんだ、気にするなよ」

 

 大気圏突入時に負った大火傷(前回は宇宙服代わりの覇気で身を守っていた)を治療してもらって船医さん……チョッパーくんにお礼を言えば、彼はきっぱりとそういった。

 くぅー、痺れる信念! 対価は何も払えないし、サインとか要求したいけれど、助けてもらった手前厚かましい事はなんにも言えない。

 というかまともに話せなくなってしまった。

 後遺症とかじゃなくて、単なるあがり症……。

 

「それで、どうしてあなたは空から落ちてきたの?」

「つ、月に行こうと思っ……まして、です。はぃ……」

 

 ベッドの上で過ごしていれば、航海士さん……ナミさんがやってきて興味深げに話しかけてきた。

 根掘り葉掘り聞かれるままにぺらぺら全部喋っちゃう。私ってちょろい。

 でも革命軍の事は秘密だよ。分別はしっかりしないとね。

 ……憧れの海賊に話しかけられて舞い上がりすぎて言語障害起こしてたから話さずに済んだだけなんだけど。

 

 コーラフロート・S・ミューズ、7歳。身長129㎝、体重33kg。スリーサイズはひみつ。

 やんごとなくもない身分で月にいるものに憧れて空を飛び、到達できずに落っこちた。

 あなたたちに会えたことも嬉しい。ファンですサインください! あ、結局要求しちゃった。

 

 プロフィールから目的まで一生懸命話した結果、おでこに手を添えられて熱を測られたり気が触れてるんじゃないかと疑われたりしたけど私は元気です。

 タダでサイン貰えたしね! これあたしんのー! もぎゅー。

 

 扉の外からそっと私を盗み見ていた狙撃手さん……ウソップさんが目ん玉ひん剥いて驚愕してた。

 ナミがタダで物を!? って。こんな小さな子になんも要求しないわよ、と怒鳴られてた。

 こういうやり取りを間近で見れるのも感激……今日だけで感動に打ち震えすぎて震え癖つきそう。

 これで船長さんに出会ったりしたら死んじゃうかもしんない。いやほんとに。

 

「俺は勇敢なる海の戦士、キャプテ~~ンウソップさまだ! 船長だよ」

 

 私が無害と知ると、ウソップさんはおおえばりして私を構ってくれた。

 小声で「船長だよ」って付け加えたのがおかしくてくすくす笑うと、彼は得意げに胸を反らした。それがまた過剰なくらいで笑いを誘う。

 

「……。この子のことお願いね、ウソップ、チョッパー」

「おう、任しとけ!」

「うん。おれは怪我人から目を離さないぞ」

 

 頷いたナミさんが二人を残して部屋を出る。

 さっそく話しかけてくるウソップさんに相槌を打ちながら、チョッパーくんが治療しやすいように体の力を抜いた。

 

 

 献身的な治療を施してくれるチョッパーくんと、私を退屈させないように色々な話をしてくれるウソップさんのおかげで、私はほどなくして全回復した。

 ぺりぺりと剥がれた皮の下には珠の肌が覗く。

 うーん、なんという瑞々しいすべすべもち肌。美少女道ここに極まる。

 

「すっごい回復力だな」

 

 と感心するチョッパーさん。タフじゃなきゃ海賊にはなれなさそうなので鍛えまくった結果です、えっへん。

 それと覇気纏って治癒力アップさせてたからかな? 覇気にそんな力があるかは知らないけど。

 

 さて、名残惜しいが私はここでお暇させていただくことにした。

 だって本当に、このまま麦わらさんに会っちゃったら今度は貧血起こしてベッドに逆戻りしちゃいそうだったんだもん。今は彼らは隣にある小さな島に冒険に出かけているみたいだけど、いつ戻ってきてもおかしくない。だったら会いたくなっちゃうよね。でもだめー。

 

 ……会いたいけど、やっぱり心の準備が出来ないので……みなさんにお礼をして回って、ささやかながら掃除などの簡単なお手伝いをさせていただいた後、日が暮れる前に船を出た。

 

「気を付けろよー!」

「またなー!」

 

 空を飛ぶ術に興味を示していたウソップさん、無茶をするなと釘を刺したチョッパーくん。

 みかんを食べさせてくれたナミさん、特に何を言うでもなく気遣って替えの服をくれたロビンさん。

 四人に別れを告げ、今度こそいざゆかん、限りない大地へ!

 

 空気を蹴って空を飛ぶ。もらったモノを掻き抱き、広大な(そら)へれっつらごーごー!

 次に来る時、きっと私はゴッドを仲間に引き連れた大海賊になっているだろう。

 その時は、もしかしたら敵同士になるかもしれない。

 

 ……なんて。

 いっちょ前に彼らと相対する心配なんてしてないで、今は月歩で月まで行こうとしている自分の無謀さを心配しなくちゃね。

 でも、今ならできる気がするんだ!

 彼らに会って勇気も元気も百倍になったから、きっと今なら!!!

 

 

 ……まあ、無理だよね。

 

 海軍本部に落っこちた。

 死ねる。

 




TIPS
・ごめんね
自分を見て「マーチ」と呟いたのを、親しい誰かと重ねて見られたからだと思ったコアラは彼女を気遣いながら「マーチという人ではないけれど」と優しくした。

・道力
強い人のところで修行したんだから強くなるのが道理デッショー。

・サボ
ミューズに逐一自分の言動を真似っこされるので苦笑いが絶えない。
ちょっとだけ無茶な行動が抑えられた。

・コアラ
ミューズが来てから「でかい」という単語を108回は聞いた。

・ダンロ
モブ。

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