もちろん、ふて寝などできずにロビンさんの能力で助け起こされた。
大丈夫かしら、と鼻の頭を手で撫でてくれるのにぺこぺこする。お恥ずかしい限りです……はい。
……自分の体から人の手が生えてるのって、すごく奇妙で不安になるなあ……。
いやいや、ロビンさんと触れ合えてるって考えれば、これってとってもラッキーだよね。
いぇい! 怪我の功名!!
……でもやっぱりみんなの前で転んじゃったの、すっごく恥ずかしかったりする。
なので縮こまってできるだけ視界に入らないようにしておく。
「ぶはー、食った食った。……………………」
「な、なに?」
すっかり風船みたいにぶくぶく膨れてしまったルフィさんは、ご機嫌な笑顔でお腹をぽんぽんしていたのだけど、その暴飲暴食に自失していたコーニャさんを見つけると、横目でじぃっと……じぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~っと見つめ始めたのだった。
「ってうぉい! まだ食う気かよ!!」
「いやー、だって美味かったし」
目は口程に物を言う。ルフィさんが何を求めているかなんて聞かずともわかった。私にすらわかった。
ビシッと突っ込みいれられても悪びれた様子もなくしししっと笑うルフィさんに、コーニャさんもリンさんも苦笑いだ。
る、ルフィ先輩、そこが魅力的過ぎて涙が出てくるべ……!
……はっ、今何か変な真似っこしちゃってた気がする!
いけないいけない。自分を見失っちゃだめだぞミューズ。お前は自由でかわいくてかしこくてかわいいミューズなんだべ……!
「もっとくれ!」
にっこり笑って直球勝負なルフィさん。大丈夫かな、いくらゴムでもそれ以上食べたら破裂しちゃいそうだよ。
そしてコーニャさんはとっても困ってしまったようで、気だるげな顔のままううんとうなっていた。
「むり。魔力切れ。もう魔法使えない」
「ええー! なんだよそうなのか? ……にく……」
しょぼん、とするルフィさん。
……おお、なんか……力になってあげたくなっちゃうような表情……。
はっ、これが未来の海賊王のカリスマ性ってやつなのか!?
「ま、魔力が戻ったら、またたくさん食べさせてあげるから……」
「本当か!? 約束だぞ!」
「う、は、はい……」
コーニャさんもその表情にやられたのか、眉を八の字にしてひっそりと囁きかけた。
でも安易に約束してしまったのを後悔したみたい……。これだけの料理を出すのは、魔法でも大変なのかな?
「一人じゃ魔力の消耗も激しいだろう……その時は私も手を貸そう」
「も、申し訳ないです、団長」
そこはリンさんがカバーするみたい。
合体魔法かー……ご飯出すってのじゃなければ格好良いと思えたんだけどなー。
なんて考えていれば、すっとリンさんが指を振った。
テーブルの上に溢れていた食器や暴飲暴食の残骸が綺麗さっぱり消える。
あっ、リンさんも魔法使えたんだっけ。自分で考えててあれだけど、実際使ってるところまだ見てなかったからはっとしちゃった。
いいなあいいなあ魔法。便利だよね、とっても!
「ん? ええ、まあ……。しかしあまり多用するようなものではありません。魔法とは必要に駆られたら使うもの。自分の手でできるものは自分の手でやるべきだと私は考えています」
「……反省」
私達への説明は、同時にコーニャさんへの戒めでもあったらしい。
たしかに、思い返してみるとコーニャさん、紅茶を淹れたりするのは魔法を使わなくたってできる事だよね。
魔力切れって言ってたし、魔法にも際限があるみたいだから、そうしたら節約するのは道理だろう。
でもそう説明したリンさんも、さすがに山盛りの食器やら何やらを自分の手で片すのは億劫だったようだ。
あ、魔法で出したのをそのまま片すと食器とか増えちゃうから、同じ魔法で消したのかな?
……魔法で出した食べ物って、お腹の中でどうなってるんだろう?
考えたら怖くなってきた……。
「あ、ナミ、にくくれよ!」
「えっ、なんで私!?」
リンさんも魔法が使えるとわかって一瞬顔を輝かせ、しかしお説教のような言葉で牽制されていじけたように唇を尖らせていたルフィさんが、はっと何かを思い出したようにナミさんに要求した。
特上肉くれるって言っただろ、って……それって、ルフィさんが呪いで固まってる時の話だったはず。
「ルフィお前、ひょっとして固まってた間の記憶があるのか?」
「え? うん。体は動かなかったけど、ずっと見えてたし聞こえてた」
あの呪い、体の動きしか止まらないんだ。
……あれ? だとするとリンさんのお姉さん……今も意識あるって事になるのかな?
十二年間も、ずっとそのままで。
「……じゃあなんで動けるようになった途端暴れ出したんだ……」
サンジさんが呆れたように呟く。
……たしかに、見えてたならここに運ばれたのだってわかってたはずだし、壊そうとした壁から離れた場所に移動したって事もわかってたはず。
けれどルフィさんはそれには答えなかった。
「そうだ、壁! ぶっ壊してやる!!」
「おいルフィ!」
バッと立ち上がった彼が外へと駆け出そうとするのを、壁際にいたフランキーさんが大きな手で受け止めた。
そうされても強行突破しようとするなんて、いったい何がそこまでルフィさんの怒りに触れてしまったのだろうか?
……なぜか今、私の頭の中にこないだ神様が言った『食べ物の恨みは深いのだ』って言葉が聞こえた。
「こりゃその壁ぶっ壊すまで止まりそうにねぇな」
「それは困る……ほんとに困る。でも、私もう食べ物出せない……」
それは、そうだろう。呪いのかかった門とやらを隠すための壁なんだから壊されたらみんな困っちゃう。
それにルフィさん、壊そうとして固められちゃったんだよね。それだと次も同じ結果になるんじゃって思ったけど、やんわりとそう言って止めようとした私に、ルフィさんは「さっきは覇気使ってなかったからな! 次は全力だ!」ってヒートアップ。
ああ、火に油を注ぐような質問しちゃった……! 覇気で呪いって防げるのかなぁ……。
「むぅ、ここは魔法が必要な場面であると言いたいが……すみません、材料ならまだともかく、調理の施されたものを出すほどの魔力は、今の私にも……」
「いや、それで十分だ。材料さえくれればこっちで作れる。……頼んでもいいかい?」
「そういう事なら、ええ。こちらから頼みたいくらいです。喜んで」
一方、サンジさんとリンさんがちょこちょこっと会話をしていた。
魔法で材料用意して、超特急で料理するって。それでルフィさんを止めて話を聞く作戦だ。
今もなお王国に続く扉がある部屋へ移ろうとするルフィさんを数人がかりで止めている。ここまでやれば止まりそうなもんだけど、止まってないのが現実。どうしてなのかを私も聞きたいので、止めるのを手伝う事にした。
空いてる足元に寄っていって、失礼と思いつつも抱き着いて
この国に……下りて良かった……!!
……じゃなかった。堪能している場合ではない。
……あ。ずばずば戦鬼くん押し付けたら確実に止められるって気付いたんだけど、思いつくのが遅かった。両手塞がってて刀抜けない……ど、どうしよう。
「どうぞこちらへ。厨房へご案内します。コーニャ、お前も来い。ついでに魔力の補給もするとしよう」
「はい、団長。……失礼します」
ぺこり、私達に向けてお辞儀をするコーニャさんに会釈を返す。ぐにぐに。
サンジさんを伴って、リンさんとコーニャさんが別室へ向かった。
魔力の補給……コーニャさん、魔力が切れそうだって時に、お薬きたからいいかって言ってたよね。そういう事なのかな。魔女さんが何か置いていっていた気がするし。
……うう、というかほんとにルフィさん全然止まんない。
ご飯作ってくれるって言ってるんだから、止まってくださいよう!
◇
「ふにゃ……なにふんだ、ぞろー」
「まったく、世話焼かせやがって」
結局隣に立って奮闘していたゾロさんに、気後れしながらもなんとか戦鬼の事を告げて代わりに抜いてもらい、それを押し付ける事でルフィさんの鎮静化をはかった。
うーん、力が抜けきったルフィさんに罪悪感を抱いてしまう。なんか、すっごく悪い事をしている気分……。
「……」
あ、リンさんとコーニャさん戻ってきた。
取り囲まれてふにゃーっとしてるルフィさんを不思議そうに見ていたので、手が空いた私は興味本位で魔力の補給について尋ねてみた。
二人ともこれに関してはあんまり聞かれたくなさそうだったけど、コーニャさんが答えてくれた。
魔女さんが置いていった薬が彼女達の魔法の源なんだって。薬を飲むと、魔法が使えるようになる……。
つまり、彼女達のあの力って、魔女さんに与えられた力って事?
「ええ、まあ。だからこうして検問などできるのですが」
ほとんど万能にも思える魔法があるからこそ、悪い奴が来ても追い返したり倒したりできたんだって。
……でも、お薬飲めば魔法を使えるって事は、私も魔法使いになれたりするのかな!
そう考えたのは私だけじゃなくって、勢い込んで彼女に問いかけたりする人もいたのだけど、答えはノーだった。
そのお薬、彼女達以外にはただの苦い水にしかならないんだって。そこは魔女さんのさじ加減一つなんだとか。
……それだけ聞くと、リンさんのお姉さん……セラスさんを固めたやつが魔法を使えた理由を魔女さんに求めてしまいたくなるけど、それくらいはリンさん達だって考えた事あるだろうし、今仲良くやってるって事は私の思い過ごしなんだろうな。
実際、リンさん達は魔女さんに強い感謝の念を抱いているみたいだった。それくらいは言葉を交わさなくたってわかる。
ふふ、これが見聞色の覇気の真の力ってやつかな? ……なんて。私は見聞色は苦手だから、表情とか仕草とか声音とかを総合して判断した、単なる憶測だ。
「飯だお前ら、席につけ!」
「よっ、待ってました!」
両手にお皿を乗せたサンジさんが戻ってきた。
──!? ルフィさんいつの間にテーブルに!?
今の今まで私達が押さえていたはずなんだけど、するっと、するっと……ああ、ゴムだから!
変幻自在、伸縮自在のゴム人間だと、拘束からの脱出もあっさりなんだ。……いや、さっきまでできてなかったって事は、これ、ご飯パワーだったりする?
ルフィさん達はここで一度ご飯にするらしい。食事しながら話を聞く……うん、それならルフィさんもすぐに突撃してったりはしないだろう。
ゾロさんに戦鬼を返してもらう。恭しく受け取ろうとしたけど、不思議そうな顔をされるととても恥ずかしくなってしまったので、目線をずらして彼を直視しないように控えめな動作で受け取った。
……子供の頃からの好きな人達との距離が近すぎて、挙動不審になっちゃってる。うあー、恥ずかしい!
はわわわわ、まだ見られてる! ゾロさんの視線を感じつつ、床を見ながらそろーりそろーりと後退して離脱をはかった。
──とん、と誰かにぶつかった。慌てて振り返って謝ろうと見上げれば、目の前にドンと大きなお顔。
「ミューズ、おまえも食えよ! サンジのメシはうめぇぞ!」
「ヒュッ……は、はい」
一瞬息ができなくなった。近い。近いです。死んじゃう。
ばひゅーんと離れていくルフィさんの頭に、力が抜けてへたり込む。
と、白骨化した手が差し伸べられた。
「大丈夫ですか。骨の身で良ければお手をお貸ししますヨホホ」
「はへ」
「……おや?」
そうだった。
今この部屋の中は、どこを見ても麦わらの一味一色で、ちょっと歩くと有名人にぶつかってしまうフィーバー状態。
たすけてかみさま、わたししんじゃうよ。たすけて。はやくかえってきて。
顔が熱くなっちゃうのを感じて、それを見られたくなくて、しりもちついたまま自分の膝を見つめて
「あ、結構カナシー! やはり子供にはこの顔はキツいのでしょうか……ヨホホ! それでは聞いてください……『ナミダ ナミダの
「お、新曲か? いいぞーブルック!」
ジャジャーン。突然空気を震わす楽器の声に、私は無言でコーニャさんの腰に抱き着いた。そっと支えてくれる手に緩く息を吐く。
「……この人達、いつもこんな調子なの?」
「知らないけど、こんな調子なの、知ってる……」
「……よく、わかんないけど……ミューズ、元気出して」
よしよしと頭をかいぐりされるのに、ふるるっと体が震えた。
……元気が無い訳じゃない。嫌な訳でもない。幸せが体の中を暴れ回っていて、もうどうしていいのかわかんないだけなのだ。
でもかいぐり気持ち良いのでぐりぐり頭を押し付けてもっと撫でて貰う。
ミューズ、犬みたい。ってコーニャさんに言われてしまった。
犬かー。私は猫派。
あ、やっぱ犬派だ。くぅ~ん……。
「…………」
すすっと寄ってきたリンさんがそろそろと手を伸ばしてきたので、意外に思いながらもかいぐりしてもらう。
ぎこちない手つき。でも暖かい手。
……人の手って、なんでこんなに気持ち良くて、安心するんだろう。
……よし、二人のおかげで気合い乗った! 奮起して立ち上がり、胸元でぐっと両の拳を握って頑張りパワーマックス。
この機会を逃さず、ルフィさん達とめいっぱい交流するんだ!
彼らとお話しするのは、言ってしまえば記憶の向こうの誰かの時からの夢だったんだから!
とはいえ、やっぱり恥ずかしいし気後れしちゃう。
どうしちゃったんだろう……いつもの私じゃないみたい。
ノリよく元気よく騒がしくをモットーに日々過ごしているはずなんだけど……体が熱くてたまらない。
歩くたび、その熱気が着物の裾から抜け出ていくみたい。胸元をつまんで引っ張れば、むわっと熱い空気が出てきた。
「あら、かわいらしい海賊さんの登場ね」
ふわふわしたまま、気が付けば壁際に立っていたロビンさんの下へやってきていた。
たぶん彼女が落ち着いているからここに来ちゃったんだろう。今、私、あんまりノリ良くなれると思えないし……ロビンさんなら、静かにお話してくれそうだと思ったから。
背の高い彼女をうんと見上げて、一言一言を確かに、噛んでしまわないように発音する。
「あの、転んだ時は、助け起こしてくれてありがとうございました!」
「ふふ、偉いのね」
「あう……」
なんとロビンさん、完全に私を子供扱いだ。自然に伸びてきた手が私の頭を撫でるのに、今日はよくかいぐりされる日だ、と目を細める。
けれどその手はすぐに動きを止めて、ゆっくりと離れていった。
……?
目を開けてロビンさんの顔を窺えば、にこりと微笑みかけられた。
でも、その前のほんの一瞬、少しだけ真顔だったのが見えたような……?
「さ、席につきましょう。せっかくの料理が冷めてしまうわ」
「あ、はい……」
肩に触れられて、柔な力加減で反転するよう誘導されたので、素直に従う。
なんか……ロビンさん、あんまり私と話したくないみたい。
私の心は、それで少し沈んでしまった。
そうだよね……。考えた事もなかったけれど……私を苦手って思う人もいるのか。
それが私の好きな人というのが残念でならないけど、仕方のない事。
……うん。記憶の中の誰かが、そのまた誰かに言われ事を、いつだったかに聞いたのを思い出した。
誰とでも友達になれるなんていうのは、子供の夢物語にすぎない……。
そうだよね。人と人には相性というものがあるんだから、友達百人はできてもみんなとお友達にはなれっこない。
うう……がっくり。
……なんて肩を落としていれば、背中にやんわり押し付けられた手の平の感覚に、顔をあげる。
ロビンさんが覗き込むようにして私に笑いかけてくれていた。
あっ……。
一瞬で私の心、空まで飛んでっちゃった! ぱあって明るくなってしまう。
それから、どうぞ、って椅子を引いてくれて、ロビンさんは私の事をこのメンバーの仲間に入れてくれたのだ。
もしかして、苦手に思われてたの、私の勘違いだったのかな……!
そうすると私、すっごく嬉しくなって、ぷるぷる震えるくらいしかできなかった。
椅子に座ると、途端にみんながみんな楽しそうに、嬉しそうな顔で話しかけてきて、でもあんまり答えられなくて、申し訳ない気持ちもあったけど……それ以上に楽しかった。
あ……ご飯……。結局私達もご相伴に預る事になった。私と、コーニャさんと、リンさん。私達、一度は遠慮したんだけど、部屋いっぱいに広がる良い匂いにはお腹が白旗上げちゃって、女の子としては食い意地を見せるのは恥ずかしいけど……いただく事に。
幸い私もコーニャさんも女の子なので、サンジさんからの当たりはかなり柔らかい。悲しい事に私とコーニャさんの扱いはレディよりちょっと下、リトルレディって感じ。サンジさんは主にリンさんにでれでれしていた。うわーあ。目がハートだ。
私もせめてあと二十センチくらい背があったら立派な大人の女性扱いされてたのかなあって思うと口惜しい。なぜ二年もあって私はたったこれだけしか伸びなかったのか。くそー。
でもデザートオマケで作ってくれたのでサンジさん好き。
元々好きだったから大好きになった。
クリームソーダ作ってくれてたら嫁入りしてたかもしんない。
……私を貰ってくれるかは別として。
うん、調子乗ってるなーって自分でもわかっちゃう。
みんな優しくしてくれるし賑やかだから、心が浮ついて、どきどきして。
これだよね。
あなたの求めていたものって、こうゆうのなんだよね。
やっとあなたと同じ景色が見れた気がする。……私の中の、知らない誰か。
◇
当初の目的を果たすため、ルフィさんに質問が投げかけられた。
いったいどうしてあんなに怒っていたのか。
なぜ壁を壊そうとするのか、王様に会おうとするのか。
「祭りのおっさんが言ってたんだ!」
ルフィさんは興奮気味に捲し立てた。
街で行われている祝典に仲間と共に駆け出したルフィさんは、いくつかの店を回ってから、その奇妙な出店に出会ったらしい。
水ヨーヨーとか射的の銃とか、雑多なものを吊り下げた屋台。そこにいたのは髭もじゃの背の低いおじさんで、やたらと
屋台と同じように様々な物で自らを飾り立てた、ルフィさん命名"祭りのおっさん"は、どういう話の流れからなのかは不明瞭だったけれど、こう言った。
『王様は変わってしまわれた』
『それは十二年も前の話。
ある男達がこの王国に足を踏み入れたその時から、この国は暗雲に囚われてしまった。
その闇をはらってくれるというのなら、この妖精のケバブ、ぐぐっと割引しちゃおう』
フーン! と鼻から息を吐き出したルフィさんは、腕を組んでどうだと言わんばかりに背筋を伸ばした。
……あの、ルフィさん?
ひょっとして、もしかして、だけど……食べ物に釣られてあんなに怒ってたの……?
いや、さすがにそこで話は終わりじゃなかったみたい。
祭りのおっさんはこうも言ったのだという。
『王女を救ってほしい』
『この祝典は王女の婚姻を祝って開かれているものだ。
けれどそれには、この国の民全てが反対している。
何せ相手は海賊だ。王は招き入れた海賊に気まぐれに娘をやろうとしているのだ。
そんな馬鹿な話があるかと思うだろう。
馬鹿なのだ。王は馬鹿なのだ。
乱心してしまっている。もう、あの王様は駄目なんだ。
王国はもはや海賊の手に落ちている。
他ならぬ王が愚かになってしまった。
王妃が死んで以来悪政を敷き、たびたび海賊を招き入れては怪しげな動きをして……。
異議を申し立てた側近は悉く国外追放か処刑か。
実の娘さえ自分の下から遠ざけたのだ』
「そんな事を言うのはラビテフさんだな……真に受けないでください。彼は誰にでも同じ事を言うんです」
溜め息を吐いたリンさんが呆れたように言うと、ルフィさんはぐにっと首を傾げた。
同じ事を言う、なんて呆れるくらい、その祭りのおっさんが同じ話をしているのっていつからなのか、と疑問に思ったんだと察した。
だって祝典って七日間だけでしょ? 王女様の婚姻もここ最近の話。でもリンさんの口振りだと、もっと前から同じように振る舞っていると言っている風に感じられた。
そこのところの疑問は解決しないまま話が進む。
ルフィさんが首を傾げたの、どうやら違う理由からだったみたいなのだ。
「でもよ、たしかによく見りゃみんな明るいようで
「ん? そりゃどういう意味だルフィ」
「その言い方だとこの姉ちゃんが王女みてぇじゃねえか」
「…………」
フランキーさんに指し示されて、リンさんはそっと目を伏せた。それが答えを言っているようなものだった。
え、リンさん王女様だったの!?
……と心の中で驚いてみたけど、いまいち実感がわかない。彼女、自分を団長だって言ってた。ここでお仕事してるって。……王女って言うより騎士だよね。本当に王女様なのかな。
「たしかに、私は王家の血を引くもの。しかし王女であったのは昔の話です」
「団長……! "王女"に昔も今もなんて……!」
落ち着いた調子のリンさんに、コーニャさんが咎めるように声をかけた。
「事実だ、コーニャ。王は心を乱してから今日まで、私を王族とは扱わなかった。……その、ですから、私はもうただの一市民のようなものなのです」
自分の胸に手を当てて身分を明かす彼女に、それは違うって思った。
それって彼女が勝手に思ってるだけだ。話に聞く街の人達は、リンさんの事を今も王女だって思ってるみたいだし。
私が声をあげなくても、同じような事を投げかける声はあって、そうするとリンさんは言葉を詰まらせたように俯いてしまった。
「おまえがヨメに行くのを祝う祭りなのに、祭りのおっさんもみんなも嫌がってるじゃねえか! ヨメに行かせたくねぇって! 海賊のヨメにはさせたくねぇって! だからおれ、一言王様に言ってやりたくてよ!」
リンさんを見据えて自分の行動の理由を話したルフィさん。王城に続く壁を壊そうとしたのは、街の人達みんなができる事なら直談判したいって願ってたから、ついでに壊してみんな通れるようにしようと思ってたんだって。
……あれ? でもその壁って、呪われた門を隠すためにリンさんとかが作った物だよね?
話を聞くだけじゃよくわかんないけど、たぶんルフィさん勘違いしてそうな気が……。
「おいルフィ。おれにはどうにも、お前がそんな事だけで動いていたようには思えねぇんだが」
話が終わって、最初に疑問を投げかけたのはゾロさんだった。
私はそんな事ないって思ったんだけど、彼の仲間達は同意見のようだった。
そうかな……ルフィさんなら、それだけで怒るには十分だと思うんだけど……?
「だってよ、祭りのおっさん、こーんなに大きなにく焼いてんのに、めちゃくちゃ高く売ってたんだ! 絶対買えない値段だぞ! でもうまそうだったからよ、食いてぇって言ったんだ。そしたら『なんとかしてくれたら割引する』って!」
「……お前って、そういうところあるよな」
「……ラビテフさん、誰にでもおんなじこと言う」
コーニャさんが補足した。どうやら祭りのおっさんって人は、同じ事ばっかり言う人みたい。
そしてこういう祝典が開かれてない時でも一人お祭り状態をしているらしい。なるほど、たしかに祭りのおっさんだ……。
……しかし結局ルフィさんの怒りの原動力が食べ物に戻ってきてしまった。
最初は別に怒ってなかったというルフィさんだったけど、走っているうちに食欲が増大して、なんとしてでもケバブが食べたいってなって、すぐに食べられないのは壁があるせいだって思考にいきついて怒りに火がついたらしい。
ええー……私にはよくわかんないよ、その流れ……。
でも、やっぱりご飯の事が全部じゃなくて、せっかく楽しいはずの祭りが一度気付くと暗くて楽しくなくなっちゃったから、元通りにするために王様のところに行こうとしてたんだとか。
行って、どうするつもりだったんだろう。ルフィさんが話し合いを望む姿が想像できないんだけど……。
「だからおれはあの壁ぶっ壊してぇんだ」
「待ってください。……私は海賊と結婚などしません。誤解です」
「誤解っつっても、みんながそう言ってる訳だろ?」
「たしかに王女が結婚するって話は街で聞いたわ。共通認識みたいだった」
「ですから、それが誤解で……」
途中で言葉を飲み込んだリンさんは、その続きを押し込むように目をつぶって黙り込むと、カタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「邪魔するぜぇ」
それとほぼ同時。
隣の部屋の扉が開く音がして、程なくして、一人の大男がのっそりと姿を現した。
ボサボサの硬質そうな長い白髪。刺青の入ったいかつい顔。白いシャツにダボッとしたズボンというラフな格好。
まるで魔女さんみたいな突然の登場にみんなの視線が集まる中で、その巨漢は細く長い舌をチロチロと出し入れすると、二股の舌先を空気の中で泳がせた。
TIPS
・ノリよく元気よく騒がしく
実際はほとんどだんまり。にこにこしてたりぼけっとしてたり、
表情の変化はよくあるが、あんまり他人に話しかけたりはしないミューズ。
世界が自分で完結してしまっている場面の方が、まだまだ多い。
・ロビンの態度
するっと懐に潜りこんでくるミューズにそうとわからないくらい小さな不安を覚えた。
一言交わしただけで親身になれてしまうのが恐ろしかったのだ。
数秒後には不安も恐怖も忘れてミューズを受け入れた。
・大男
この作品のラスボス。
でかい。