ミューズの頑張り物語   作:月日星夜(木端妖精)

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第十一話 "天女"ミューズ

「ミューズ中将殿! 昇進、誠におめでとうございます!!」

「うふふ♡ どうもー♡」

「いやはや、凄まじい昇進速度ですね。御見それ致しました」

 

 スパパーンっとクラッカーを鳴らしたミサゴさんと、私を褒め殺すウミサカさんにやあやあとご挨拶。

 今日は仕事後にこぢんまりとした宴会場を借りて、ささやかながら昇進祝いをしてもらっている。

 これが結構嬉しくて、にやけ面を隠すのが大変。

 

「ミサゴ様もともに昇進できて、嬉しいですわ♡」

「あはっ、あいぇ、あの、様付けはやめてください……」

 

 それでもって私、調子に乗ってほんのすこーしキャラチェンジしてみたんだー。

 私服が許されてるんだからと衣装もチェンジ。

 紅染めのゆったりぶかっとした振袖は控えめに花柄があしらわれていて、前より伸びた金髪は右の頭で結んで垂らしてほのまげにして、金の(かんざし)()している。欲張りセットだ。

 履物は、足袋(たび)とかにしたかったけれど、どうも見つからないので白布の靴下に草鞋を履いている。どこにでもある物だけど、敢えて東の海(イーストブルー)から取り寄せた逸品。

 

 んん~、どうよ! この大和撫子七変化(ヤマトナデシコシチヘンゲ)!!

 ある時は可憐なる将校、またある時は癒しを振りまく舞姫……ああー、私ってほーんと、最高の女ね!

 きっとそのうち二つ名が"女神"とかになっちゃうんだろうなー罪だなー。

 

「華やかで(あで)やかで、見違えましたね。中将殿」

「くすくす♡ ええはい。今後はお淑やかに、大人の女性らしくをモットーに、ですわ♡」

 

 ちゃらっと両手に持った扇を広げ、舞うようにその場で身を捻る。

 なかなか優雅にできてるんじゃない? と流し目を送れば、ミサゴさんはボッとお顔を真っ赤に染めて膝に視線を落としてしまった。そんなミサゴさんの階級は少尉。二階級特進とは少々不吉だけど、本人は喜んでいる。

 

「ささ、まずは一杯……」

「わっひぇ! ぁああっ、そっ、中将殿にそのような事はあ!!」

「ミサゴ、静かになさい。個室を借りているとはいえ、他のお客様もおられるのですよ」

「うぁ、はい……申し訳ございません、少将殿……」

 

 扇を帯に差し込んで、そそっとミサゴさんに寄り添ってコップにお酒を注いであげようとすれば、大袈裟に仰け反って拒否られた。のを、ウミサカさんが窘める。おおー、ウミサカさんは私達のストッパーだね! こういう風に抑えられるのは珍しくない。

 ちなみに彼女も二階級特進。二人揃ってとなると、確実にこないだの式典のアレが関係してるんだなーと察せた。……なんか元帥さんがそれ関連の事を言ってた気がするな。その時は"天夜叉"さん追うので忙しかったから上の空だったけれど。

 

「中将殿にはこちらを」

「おほー特盛りクリソキター!! あっ……んんっ、これはまた大きなクリームソーダですわねぇおほほ♡」

 

 お酒の代わりにクリームソーダを用意してくれたウミサカさんに、思わず素が出てしまった。

 いけないいけない、こんなんじゃ立派な淑女にはなれないぞ。もっと所作に華を添えて、すげぇボインなネーチャンになるのだ!

 こんなちんちくりんなままじゃ大海賊になった時、みっともないと思うのだ。だから毎日大きくなれるよう様々な工夫を凝らして未来を勝ち取ろうとしている。その一つがイメチェンである。

 

「我々は階級は変わりましたが、ご存知の通りまだまだ未熟。なので此度(こたび)は中将殿の昇進のみ祝わせていただきたく……」

「えっ、あ、そ、そうです! 自分達の事はお気になさらず、少将殿とこのミサゴにどうか、おもてなしさせていただきたく!」

「ええ。ではありがたく、そうさせていただきますわ♡」

 

 大きな大きなクリームソーダの三段バニラアイスを細長スプーンで突き崩しつつ、二人にされるがままにすると宣言する。心遣いは大切にさせてもらうとしよう。

 でも興が乗ったら歌ったり踊ったりしちゃう。ほら、こんなにもクリームソーダがおいしいと、体が勝手に立ち上がって……はんなり、ひらひら。扇を泳がせてくるくる。

 着物の裾をちょこっと跳ねさせ、摺り足差し足忍び足。メガクイ杓死であくびがでるぜ。

 どう? 結構サマになってるでしょ? 二人も私の舞に釘付けだ。

 

 ……あ、結局私が二人を楽しませる余興がかりになってしまった。

 

「ほぅ……中将殿はいっそう踊りが上手くなられましたね」

「うふふ♡ (わたくし)、毎日練習しておりますもの。流行りのダンスから日本舞踏まで、まあ、嗜む程度にはこなせますわ」

「ふふっ、我々が共にライブをしたのはついこの間の出来事ですが、なんだかもう、遠い昔のように感じます」

 

 上品な笑い方をするウミサカさんへ、私もにっこりと笑い返す。今の彼女の仕草覚えたから、私も次からそんな感じに綺麗に笑おうっと。

 彼女の言葉の意味は、それほど私のダンス力が向上しているって事だよね。

 それはまあ、当然。私は練習だけでなく、常に本番だって行っているのだから。

 

「ところで、ニホンブヨウとはなんです?」

日舞(にちぶ)ですわ♡」

「……その、先程の踊りの名称でよろしいのでしょうか」

「そんな感じですわ~♡」

 

 おほほのほ。

 いやまあ、うん。さすがの私も日舞を正確に知っている訳ではない。

 京都修学旅行の折、ちらっと見た記憶を見たので極一部分だけはトレースできるけど、これを日本舞踏というのは……侮辱とかそういうのになっちゃいそうだ。

 ワノ国とかにはないのかな、こういうの。……ウミサカさんはワノ国出身ではないらしかったし、わからないか。

 

 ……ところで、私キャラチェンしたのは良いんだけど、喋り方二人と被ってない?

 ……いやいや、敬語とかそういうのは珍しくもない。大丈夫大丈夫、差別化されてる差別化されてる。

 たぶん。

 

「さあっ、お二人も一緒に歌いましょう! 曲はμ's(ミューズ)の「Love Wing Bell」で!」

「ええっ! 自分はその曲を知らないのでありますが!?」

「良ーいのです! ミサゴ様もウミサカ様も遠慮などせず、フィーリングでついてきてくださいませね!」

「ふふっ、本当に……中将殿には敵わないな。ミサゴ、付き合おうじゃないか」

「えへぇ!? ととっ、突然何を少将殿!?」

 

 立ち上がって声を合わせる意思を見せたウミサカさんと、何をどう勘違いしたのか頬を朱に染めて大慌てするミサゴさんに、私は口許に手を当ててくすくす笑いを零しながら、部屋の隅、電子ピアノの前に座る私へとウィンクをして合図を送った。

 

 

 

 

 キャラチェンしたってお仕事の内容が変わる訳でもない。

 あのライブ以来、私達を求めて本部を訪れる者が少数いて、ほんの少し入隊希望者が出て来たけれど、それは誤差の範囲。日常の一つ。

 でも市民や周りの海兵からは"冷血"の印象が薄れてきているみたいで、同じ船に乗っていても無駄にびくびくされないようになった。

 

「ええ、はい。手配した電伝虫をお一つ、市民へお渡ししたと記録をつけておいてくださいね」

「はっ! ただちに!!」

「ああっ、もう。そんなに急がなくとも……」

 

 柔らかな物腰を心がけて、控えていた部下の一人にお願いすれば、きびきびした敬礼の後に大慌てで船室へ駆けこんで行ってしまった。

 

「もうっ」

 

 恐れられなくなったと思っていたけれど、でもやっぱり声をかけると怖がられたりする事もあって、"冷血"のイメージは根深い事を知る。

 変な時期にキャラチェンしちゃったせいもあるだろう。払拭されかかった印象の上から新しい姿をかぶせちゃったもんだから、拭おうにも拭いきれなかった感じ。これは私が悪い。

 でも大人の女になりたかったんだもん! だから怖がられるのは我慢する。それもまたレディへの第一歩である。

 

 苦笑いするミサゴさんにべっと舌先を見せて、それから、今日もまた平和な"偉大なる航路(グランドライン)"へと視線を移す。

 

「……サボ様」

 

 甲板から海を眺め、一歩、前へ出て呟く。

 声は潮風に乗ってどこかへ流れ、自分以外の誰にも届かない。

 

「必ず、ご恩はお返しします」

 

 大恩あるサボさんに報いるために、私はようやくあの島を見つけた。

 いつ時代を塗り替えるあの事件が起こっても良いように、街の代表者に電伝虫を渡して、何かあれば連絡するように伝える事ができた。

 根回しはばっちり。これでいつでも飛んでいける。

 

 たとえ私の知る歴史と変わる事になろうとも、私は私の掲げる正義に基づいて行動し、一人の人間としてこの命を救われた恩義に報いる。

 

 ゆえに、時代は変えさせない。

 ……そう息巻いていたところで、白ひげが言っていたように、いずれ時代を一身に背負うものが現れて新時代の幕を叩き上げてしまうのだろうとなんとなく予感してしまう。

 私とてこの海で生き、この時代に息づく者。同じ時間がいつまでも続くだなんて思っていない。

 

「嵐が来るぞぉおお!!!」

 

 ほら。

 あんなにも良い天気だったのに、突然の嵐が心を攫う。

 航海士が発した言葉を人から人へ伝える声が船の上に響き渡るのに、そっと息を吐いた。

 急速に空が陰っていく。風が騒めいて、結った髪を揺らした。

 

 私の行いが正しいのか。

 私の行動が通じるのか。

 

 それで歴史を変えられるのか。

 それが時代を止められるのか。

 

 そんなのは全部、やってみなくちゃわからない。

 

「中将殿、中へ……」

 

 私の体を労わるミサゴさんに頷いて、ゆっくりと船内へ戻った。

 

 

 

 

 最近気づいたのだけど。

 

「れ、"冷血"!!」

「マジかよおいふざけんな!?」

「野郎共ォ!! 戦闘だ! 怯むんじゃねぇぞォ!!」

 

 私、どうやら晴れ女みたい。

 

 海に出るたび快晴だから、グランドラインっていいところだなーと思っていたけれど、よくよく考えて見るとここって異常気象が基本の海だ。

 でも私の航海はいつだって概ね安定している。だから晴れ女なのだと最近気づいた。

 たまに雨も降るけれど、人に陽の光が必要なように、雨の水がなければ枯れちゃうって真姫(まき)ちゃんも歌っているのでそこはそれ、問題なし。

 

「"冷血"……? あのガキがか?」

「見た目に騙されるな! 悪党とあらば一人逃さず殺す海軍の殺戮人間だ!」

「名前は確か、ミューズ……少将」

「少将ゥ!? あのガキが!!?」

 

 トンッ、トンッ、と空気を蹴って、マストの上へ。帆を張るための柱に降りる。

 うーん、冷血冷血と騒がしい。まだそのイメージは消えないのか。

 けれど私は生まれ変わったのだ。だからこんな事もしちゃう。

 

「海賊の皆様方、(わたくし)の降伏勧告をお聞き入れになられるのであれば、悪いようにはいたしませんわ♡」

「はぁ!? 何言ってやがる! おい、撃て!」

「食らえや!」

 

 せっかく人が慈悲深く、大人しくお縄につくなら手荒な真似はしないと言ってやったのに、荒くれ共は耳を貸さずに私へ銃口を向けると、破裂音を鳴らしていくつもの弾丸を飛ばしてきた。

 

「はぁ……宴舞(えんぶ)-"自然系(ロギア)(かた)"」

 

 ならば徹底的に殲滅するのみ。帯に差した扇を引き抜き、ぱっと開いてひらりとワンステップ。

 

 人の話を聞かない奴らに手加減なんていらないでしょう?

 それは賽を振るまでもなく決まり切った事。0も1もなく生殺与奪は我が手の平の上。

 

「なっ、じゅ、銃が効かねぇ!?」

「やめろ無駄だ! 能力者だ! 自然系(ロギア)の能力者なんだ!!」

「ふふ、仰る通り、(わたくし)は最強種"自然系(ロギア)"、キリキリの実を食べた濃霧人間。いくら銃弾を撃ち込まれようと数多の水滴の集合体たる(わたくし)には通じませんし……」

「ちくしょうが!!」

「おい! 撃つのを止めろと言ってるだろうが!」

 

 私の言葉の間にも銃撃は止まらず、見渡す限り混乱が伝搬して命令が上手く行き届いていない様子。

 これじゃあ声も聞こえてないかもしれない。それは少しばかり癪なので、聞こえやすいよう下へ降りて、自分から敵に囲まれる形になる。落下の際、巻いた羽衣(はごろも)が風を受けてばたばたとはためいた。

 

「死ねやァ!」

 

 すかさず抜剣して切りかかってくる者がいたが、通じないと言ったのが理解できなかったのだろうか。

 肩から入った剣は横腹から抜けて木板の床を叩いて跳ねた。

 

「ど、どうなって――!?」

「"天鈿女(アメノウズメ)(まい)"」

 

 帯の下側から覗く細い鉄の筒を指先で押し、チャッと手の平に水を一掬(ひとすく)い分出す。

 右手で扇を引き抜いてぱっと開き、風を切ってその場で一回転。

 全方位へ放つ"撃水(うちみず)"が散弾のように多くの敵を撃ち抜いてゆく。

 

「グッ、ひ、こ、こんなのどうやって……!」

宴舞(えんぶ)-"天女(てんにょ)(かた)"」

 

 ひらり、手に残る水気を払うようにして一動作。足拍子をいれつつ舞って、次の技のお披露目に移る。

 

「"斬斬舞(キリキリま)い"」

 

 羽衣を抜き取り、カァッと武装色の覇気で黒染めにする。もう片方の手で逆手に刀を引き抜いて、二転三転、やや移動しながら横回転。無尽に空気の刃を飛ばす。

 近くあるものも遠くあるものも区別なく、棍のように固まった羽衣と海楼石の刀、"ずばずば戦鬼くん"の斬撃が未だ立ち狼狽える不逞の輩を裁いていく。

 あっと言う間に死屍累々だ。

 

「つ゛、つ゛え゛ぇ゛……!」

「も、やめでぐれ……死んじまうよ……!!」

 

 けれど、急所は外す。

 これら悪党なれども命までは取りはしない。

 されど時には手折りもする。それが私の掲げる正義、自由の名の下に行使する力。

 

「はて……先に仕掛けてきたのはあなた様方だったと記憶しているのですが?」

「も、もう、抵抗しねぇ……から、た、たすっ」

 

 私の足元に倒れていた海賊は、そう懇願する中で槍に貫かれてがくりと倒れた。

 

「何を寝ぼけた事言ってやがる! オレ達ゃ海賊だぞ!?」

「あらあら」

 

 扇を持ったまま手の甲を口元に添えて憂いの息を吐く。

 せっかく私が留めた命をこうも無為に奪われては、癪に感じてしまいます。

 ……なんてね。

 

「なぜトドメを?」

「あァ?」

 

 倒れ伏す数多の悪の向こう側に、親玉らしき影が一つ。

 やたらでかい図体を、一握りにした二人の部下で守った男は、ぼろ雑巾のようにその部下二人を放り捨てると、腰の剣を引き抜いて私を睨みつけた。

 人間相手になんて雑な使い方を……。

 

「お仲間ではないのですか?」

「何を言うかと思えば……ああそうさ、こいつらはオレの部下さ!」

「では、なぜそのように扱うのです?」

 

 脂肪か筋肉か、首らしき部位が見当たらず丸い印象を抱かせる海賊は、ギザギザの歯を見せて笑うと、一気に剣を振り上げた。

 斬撃と風圧が船を裂き、倒れる人達をお構いなしに傷つけて私に迫る。

 

「ですから、そういった攻撃は無意味――」

「今だテメェら!!」

「――と?」

 

 擦り抜けていく斬撃に呆れていれば、男が声を張り上げた。

 その視線の先を辿って上を向けば、いつの間にやらマストの上に二人の男が立っていて、三つのバケツをひっくり返していた。だから視界いっぱいに水が広がっていて――。

 

「や、やった……! まともに海水浴びたぞ!」

「馬鹿が、油断しやがって! こちとらグランドラインを駆け抜けてきたんだ、能力者の対策ぐらい練ってんだよ!」

「ひゃはっ、殺った!」

 

 空から降ってきた三人の海賊の、それぞれの剣が体に突き立てられる。

 ……が、三本が三本とも砕け折れ、後に残るのは静寂のみ。

 

「……な、なんで……かっ、海水を浴びたのに、なんで弱らねぇ!?」

 

 濡れた前髪を指で払えば、磯臭い海水がぴんと跳ねて、不快感が胸を満たした。

 ……この晴れ着は一張羅なんだけど。この羽衣は特別性なのだけど。このほのまげは、私の憧れそのものなのだけど……!

 

「ああんもうあったまきた!!」

「ぐへっ!?」

「げァ!?」

「ブッフ!!」

 

 脚を振り回して三人纏めてぶっ飛ばし、跳躍一つでマストのてっぺんに舞い戻る。

 むかむかむか。滴る海水がさらなる不快を運んできて、苛立ちが募るばかり。

 アホ面晒す船長を見下ろせば、一滴が唇に到達して染み込んだ。

 

「しょっぱ苦い……もー怒った。船ごと沈めてやる」

 

 両腕を交差させて、両手をオッケーの形にする。

 その照準は船全体へと向けられて、もはや海賊に逃げ場無し。

 

「宴舞-"ピカピカの型"」

「なっ――」

「"八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)"」

 

 雨のように光の礫が降り注ぐ。

 それは数十秒間船も人も蹂躙して、剥がれて浮き上がった木板さえ粉々に砕き、眩さで埋め尽くした。

 沈み始めた船から足を浮かせ、宙を浮かびながらこれでもかってくらいに打ち込んで、すべてが海の藻屑となったのを確認したくらいにようやく攻撃を止める。

 

「わっしの力を思い知ったかサルゥ~~……。うーん、(わたくし)のおじきの真似完璧すぎない? 自分の才能が怖いですわ、おほほ♡」

 

 などとおどけてみても、不快感はちっとも消えてはくれない。

 濡れた着物の感触はなんとも言い難く、つまりは、もう。

 

「……はぁ、シャワー浴びたい」

 

 ……でも、ぷかっと浮いてきた海賊達は回収しなきゃなので、しばしお預けだ。

 寄ってきた軍艦から有志を募って海賊達を回収すると、さっさとシャワールームに駆け込んだ。

 はやく髪洗わなきゃ痛んじゃう!

 

「ほふー」

 

 ざあざあと降り注ぐ熱い雨に、気持ち良さに浸りながら、平坦な胸を撫で下ろす。

 滑る指が正中線をなぞり下りて、お腹を押さえてほうっと一息。

 一仕事終えた後のシャワーは何度浴びても気持ちが良くって素敵。

 

 あ、こうして湯を浴びたり、湯船に浸かろうとも私は能力者特有の弱りを見せたりはしない。

 だってたくさん鍛えてるからね! ……というのは冗談で、単に、海賊に言ったアレは嘘ってだけの話である。

 うん、能力者ってのは嘘っこなのだ。

 ハッタリも大事よねー。

 

 なので海水を浴びようが海に落ちようが私は平気。"自然系(ロギア)"が全能感ゆえに油断するのと同じように、卓越した覇気使いが能力など通じないのだから避けないなんて油断するように、能力者に海水をかけて油断する阿呆を討つ作戦なのだ。

 

 私って、ほんと頭いー!

 

「ふんふんふーん」

 

 苛立ちも不快感も至福のお湯に流されて、すっきりさっぱり、天上の美を取り戻す。

 ふんふん。鼻唄も弾むというもの。

 

 ちなみに"自然系(ロギア)の型"とは名前の通り、攻撃の効かない最強種をイメージして編み出した技。

 ま、単なる残像を作り出すだけの技なんだけども、そこに覇気を纏わせると、みんな残像を私と思い込んで攻撃を仕掛け、当然効かないのにビビるのだ。

 その間私は「六式忍法」"天隠(あまがく)れ"にて姿を消している。"天隠れ"は常に「(ソル)」で動き回って相手に視認されないようにする技だ。コアラさん相手に六式忍法とか(うそぶ)いてたんだから、作っておかなきゃなーと思っててきとうに命名した。

 

 見聞色相手には意味ないんじゃとか、強い奴には通じないんじゃと思われるかもしれないが、それは逆。

 むしろ見聞色持ちの方が引っかかるし、強者程残像に気を取られやすい。

 それは"天夜叉"さんの時に実証済みだ。

 

 なにせ、残像には覇気を纏わせてるからね。なんか知らんが気を引かれるみたいだし、それに残像は覇気によって実態を持ち、擦り抜けさせようと思えばそうできるし、その反対もしかり。攻撃も防御も自由自在。

 

 覇気を知っている者ほど目の前の残像()を本物だと思って疑わない。

 より本物っぽく思わせたければ体のどこかにケチャップでも仕込んでおけば良いのだ。狙撃手さんリスペクト。

 

 おじきの真似した新技は光る! 飛ぶ! 「指銃(シガン)」である。結構ピカピカの実を再現できてていい感じじゃないかなー。

 さすがに本家本元より殺傷力はだいぶん落ちるけどね。

 今日だって、一人も死者は出していない。

 ……船長の風上にもおけないくずが刺し殺してしまったやつを除けば、だけど。

 

 

 

 

 自宅にて。

 夜も更け、(とばり)が下りて、虫が鳴く。

 風情ある今日の良き日に、私は空に満月を見た。

 

 ほわあ、今日の月は一際大きい。スーパームーンってやつかな。

 これを独り占めするのはもったいない。

 

「おう、なんじゃあミューズ……何しちょる」

「まあまあ、おじさま。ここはひとつ(わたくし)に身を(ゆだ)ねてくださいませ♡」

「きっとおじさまに退屈はさせませんわ♡」

「…………」

 

 という訳で、居間で新聞を見ていたサカズキさんに残像共々二人がかりで纏わりついて、強制的に立たせ、腰に手を添えて縁側までご招待。

 胡坐を掻いて座るサカズキさんににっこり笑いかけ、残像と場所を交代して小走りで台所へ移動し、朱塗りの膳に温めたお酒と海王類のお刺身を切って乗せて戻る。

 

「おじさま、どうぞ。冷えますので」

「おお。……熱燗(あつかん)か」

「ええ。どうぞ、お召し上がりください」

 

 ちょうど残像というか、分身の私がサカズキさんに一枚羽織らせていた。今日はちょっと気温が低いもんね。マグマの化身たる彼に肌寒さがあるかはわからないけど、こういうのは気持ちが大事。

 おちょこを手にしたサカズキさんの横へぴったりついて、とっくりを両手に持って静かに注ぐ。

 それを膳の横に戻し、分身と目を合わせて、それぞれ腰を上げた。

 

「さ、おじさま。月見も花見も味わい深く、その二つを同時とくれば、今宵も良き晩酌になるでしょう」

「好きにせい」

「ではひとつ、失礼いたします」

 

 草鞋(わらじ)を履いて庭に出る。

 電子ピアノを弾く分身に合わせて、帯から抜いた扇二つを広げてゆったりと舞う。

 

 背に大きな満月を背負い、月光の中で一心に。

 お酒を口に含んだサカズキさんは、その双眸をしっかり私へと向けて逸らさない。

 いつだって真っ直ぐものを見据える人だから、途中で目を逸らしたりなんかしないのだ。

 

「ああ……ふぅ、染みるわい」

 

 冷たい夜風を心地良いと感じるくらいに本気で舞えば、月の光に照らされたサカズキさんの両の瞳が無垢に光って、そこには私の姿が映っていた。

 一曲終え、目をつむったまま手を揃えて頭を下げる。

 と、サカズキさんはこの曲をお気に召してくれたのか、なんという名前なのかと聞いてくれた。

 

 ぱっと顔をあげ、思わず嬉しさを露わにしてしまったものの、『お淑やかに』を心がけて柔らかい笑みに抑える。

 

「作曲は桜内梨子(サクラウチリコ)、曲名は、"海に(かえ)るもの"でございます」

「海に還る……」

 

 キャラチェンした甲斐があったなーと悦に浸っていれば、サカズキさんは声を落としてそう呟いた。

 ああ、そうか。この曲の音に何かを感じたのだろう。

 私もサカズキさんも海と密接にある生活してるから。

 

 この曲を演奏するにあたって、私も桜内さんを見習って身一つで海に潜り、「海の音」を聞こうとした。

 けれど私には聞こえなかった。

 海中で渦巻く水流や数多あって天へ上る水泡とか、差し込む光が作る光の道とか、どちらかというと視覚的で動きあるものが多く、だから私は曲自体に手は付けられなかったけど、舞いにその動きを加える事ができた。

 

 同じ五感で感じたものだ、やや違うかもしれないけれど、まったく別物ってことはないだろう。

 これに何かを感じてくれたなら嬉しいな。

 

「フン……」

 

 小首を傾げ、笑顔を彼へと投げかける。

 いかついお顔で鼻を鳴らしたサカズキさんは、お箸をとって刺身を一切れ口に入れると、お酒で流し込んだ。

 ふふっ、退屈しのぎにはなったかな?

 

 巫女舞ステップがお気に召したのか、他に何かないのかと聞かれたので、ええっないよお! と焦りながらもとりあえず「死のうは一定(いちじょう)~」と即興で小唄を舞って乗り切った。

 電子ピアノの前で私の分身がめっちゃキョドッてたから噴き出しそうで大変だった。

 

 

 

 

「"Dの羽衣"でしょー、"ずばずば戦鬼くん"でしょー、"陽扇(ひおうぎ)"と"緋扇(ひおうぎ)"でしょー、"色気ましましベッピン着物"でしょー」

 

 船内の一室。

 姿見の前で持ち物確認。今日も私は最高で最強にかわいくって無敵。

 帯左側に差した戦鬼と陽扇に右側に差した緋扇。肩に巻いた羽衣はふわふわゆったり、まるで天女みたい。

 

「うん、確認終わり!」

 

 今日の点検を終え、点呼のために別室へ急ぐ。

 私がいなくちゃなんもかんも始まらないのだ。遅刻は厳禁。部下より早く現場に到着するのは上司の基本!

 しかし私が船内の一室についた時にはみーんな整列済みで、私語の一つもなくかたっくるしくして待っていた。

 たぶん、ミサゴさんが睨みをきかせていたからじゃないかなー。お堅い人だもんね。

 

 点呼を終え、朝食を食べ、軽く標語を言って、今日も頑張るぞーと各自持ち場へ移動する。

 私は自由行動だ。何か問題が起きるまではふらついたり鍛錬したりしている。

 はやく海賊とかでないかなー。体がうずうずしちゃって仕方ない。

 強くなると体力も増えるから、こう、どうにも動きたくなっちゃうんだよね。

 

 とはいえ今日の海は新世界ではなく"偉大なる航路(グランドライン)"の方だから、海賊が出たって大した奴はいないだろう。

 億越えだって1億から3億までだとなかなか弱っちいのばっかりだし。

 4億とか5億とかと戦ってみたいもんだけど、そこまで行くと生きるか死ぬかはわからなくなってくるしなー。

 ま、誰が相手だろうと負ける気はない。たとえサカズキさんが相手だったとして、魂まで焼け溶けない限り食らいついてでも目的を果たすくらいの気概は持ってるつもり。

 

 

 ……だから、あれ。

 

 

「ぅうおラァアア!!」

「げっふうう!?」

 

 1億1500万かー、雑魚だなーと思って捕まえようとした海賊にぶん殴られて吹き飛ばされたのは、油断と言うかなんというか……。

 

「げほっ、うぇっ、っ」

「まだまだァ!」

「んくっ、は、"夜明歌(オーバード)・クー・ドロア"!!」

 

 凄まじい衝撃が背中まで突き抜けて膝をつく。

 追撃に迫る若き海賊に、咄嗟に刀を引き抜いて頭狙いで突きを放てば、すんでのところで首を傾けられて避けられた!

 

「もう海楼石は食らわねぇ! "鉄・塵(テツジン) インパクト"ォ!!」

「ふっぎゃ!!」

 

 密集した粒が男の拳に纏わりついて肥大化すると、再びそれに殴り飛ばされて、私の体は船上を跳ねた。

 

「どうだ! 本部大佐"波撃"のマアンアとの戦いで編み出した、おれの新しい技!!」

 

 久々に脳みそを揺らすくらいのダメージを受けて、慌てて身を起こして追撃を警戒する。

 奇抜な紫の、もしゃもしゃの短髪の、上半身裸の青年が、息を荒げて歩んできている。

 

「いいぞーコーラス! やっちまえぇ!!」

「押せ! 勝てるぞこの戦い!!」

「ハァ、ハァ……へっ、騒ぎやがって……勝負はまだついてねぇってのによ……!」

 

 鼻の下を腕で拭った青年――懸賞金1億1500万ベリー、"鉄人"テイルデール・T・コーラスは、仲間の声援を受けても油断なく構え直すと、緩やかに走り出した。

 

「ふっ、ふぅ……とうっ!」

「ん!?」

 

 片膝立ちになって痛みが引くのを待っていた私は、それに合わせて高く飛び上がった。

 膝を抱えて瞬時に数回転。ぎゅるぎゅると猛スピードで遠心力を蓄え、両足揃えてダブル踵落としを見舞う。

 当然その場で行った攻撃は直接彼には届かない。けど――。

 

「「嵐脚(ランキャク)」"廻断(めぐりだ)ち"!!」

「ぐおっ!」

「うおお、メインマストが!?」

 

 回転を加えた両足での嵐脚はこの海賊船の太いマストを縦に割き、少しばかり船体にもダメージを与え、かの海賊コーラスをも真っ二つにした。

 体の右側と左側が泣き別れした彼は、それぞれが左右に倒れていく中で砂が崩れ落ちるように形を無くし、再び組み合わさって無事な姿を見せた。

 

「無駄だァ! おれの体は"(ちり)"!! 打撃も斬撃も効かねぇのさ!! "超人系(パラミシア)"と侮るなよ!!」

「くっ、まるで"自然系《ロギア》"の如き肉体ですわね」

 

 トッと床に下り立って、胸元の布を握りしめる。

 愚かにも油断して受けた一撃は中々に重い。めっちゃ痛いし、最悪。

 こんな子供にも容赦なく殴りかかるんだから、ほんと向こう見ずな海賊って嫌だ!

 

「「六式忍法」"矢目霰(やめあられ)"!」

 

 十指全てを幾度も弾き、空より曲がって襲い掛かる天気雨のような飛ぶ「指銃(シガン)」。

 たまらず立ち止まってそのすべてを身に受けた彼は、勢い良く両腕を振り上げて体を起こした。

 

「効かーーん!!」

「知っていますわ。そして油断大敵……宴舞(えんぶ)-"麦わらの型"」

 

 大きな隙を曝け出すのは未熟者の証。……余裕ぶっこいててくてく敵に近づいて行った自分に戻ってくるブーメラン発言ではあるけども、一度気を引き締めたならルーキーなんかには負けはしない。

 とはいえ大急ぎ! 今回は前動作は省略して、ババッと左手を前へ突き出して照準を合わせ、右の拳を引き絞る。

 

「"ゴムゴムの"!」

「んおっ!!?」

「"JET(ピストル)"!!!」

 

 ビュッと空気を穿って放つ超速の打撃が、しかし彼が形振り構わず身を投げて転がった事によって空撃ちに終わった。向こうの船室の壁を砕くに終わる。

 

「むっ、避けましたか! けれどさらなる隙ができたのは同じ事! "撃水(うちみず)"っ」

「ぬぐっ! んなっ……」

 

 手をついて起き上がる途中だった彼は、今度こそ銃を受ける派手な音をたてて吹き飛んだ。

 そのさなか、驚愕の声。ふふふ、海水のお味はどうだ!

 海楼石にさえ注意すれば良いというその油断、まだまだ甘い。

 高速移動で彼の上空へ移り、両膝蹴りを土産に剥き出しの胸へ飛び乗る。

 

「ぐほっ! ぐ、が……!」

「ここまでの航海、ご苦労様です。しかしあなた様方はここまで。大人しくお縄につく事です」

「ど、どき、やがれ……ぐへっ」

 

 よろよろと伸びてきた腕が襟元を掴もうとするのをぺしっと叩き落す。

 やはり能力者に海水は辛いらしく、舌をだらんとさせて力が抜けきってしまっている。

 

「こ、コーラス! 何やってんだ、そんなガキぶっ飛ばせ!」

「コーラスゥ!」

「うふふ、随分と慕われていますのね?」

「……!」

 

 遠巻きに私達を囲む彼のお仲間が切迫した声を発するのを横目で窺う。

 副船長らしき長身の彼。年若い女剣士。二丁の銃を腰に吊るした強面(こわもて)のガンマン。

 バリエーションに富んだ海賊達だ。そして、いずれもこのコーラスという人をかなり信頼しているらしい。

 

 それぞれがいきりたって自分の得物に手をかけているのに、誰一人として乱入してこようとしない。

 彼が最初に言った「おれとこいつの喧嘩だ、手ぇ出すなよ!」という言葉を頑なに守っているのだ。

 誰からも名前で呼ばれているみたいだし、仲が良いようだねぇ。

 

「ふんにっ!」

「っ、きゃっ」

 

 と、大振りに拳を振る彼にびっくりして飛び退く。

 ……海水を受けたのにまだ動けるのか。結構骨があるね。

 

「な、仲間にゃ手は出させねぇ……! 捕まえてぇなら、おれを倒してからにしろ!!」

「……痺れますわねぇ。ですがそれは実力が伴っていればの話」

 

 肩で息をして立ち上がる彼の懐に一歩で入り込み、はっと気づく彼が私を見下ろした時には、伸ばした指が無防備な腹へ沈んでいた。

 

「"指銃(シガン)"」

「――――ッぐあっ!」

「コーラス!? なんであいつに攻撃が通るんだよ!!」

「くそっ、やっぱりまだ中将相手にすんのは早すぎたんだ!!」

「だからあたしは逃げようって言ったんじゃない! "天女"なんて相手にしたら命がいくつあっても足りないって――!」

「て、天女……空の使いが地上に下りてきただかなんだかで自由自在に飛び回るらしいってあれか!」

 

 黒く染め上げた指についた血を振り払い、とりあえず海水で流しておく。

 あんまり直接指銃ぶち込むのは好きじゃないんだよなあ、手が汚れるし。

 そして武装色を纏うのも、優雅じゃなくって好きじゃない。

 だって真っ黒になっちゃうんだよ? かわいくない。そんなのぜんっぜんかわいくない。

 

「て、"天女"だろうが……! "中将"だろうが! 関係ねぇ! おれは負けねぇ!!」

「弱い犬程なんとやら、ですわね。……"鉄人"様、覇気はご存じですか?」

「……?」

 

 吠えた青年は、私の言葉に怪訝な顔を返すばかり。

 やはり知らないみたい。丸めていた目を細めた彼は、拳を握りしめて再び突っ込んできた。

 

「まったく、馬鹿の一つ覚え。そういうのは嫌いではないですけれど、同じ手は通用しませんわ」

「言ってろ! "鉄・塵(テツジン) 暴風注意報(ストーム)"!!」

「あら」

 

 ぐるんと両腕を振り回した彼の体の下半分が塵を含んだ竜巻となって迫る。

 まるで砂嵐。あれに巻き込まれれば、なるほどただでは済まなそうだ。

 このまま素直に受けるつもりはないけどね。

 

「宴舞-"天女(てんにょ)(かた)"」

 

 羽衣の端を掴んで引き抜き、硬化はしないくらいの武装色に染めて構える。

 

「"安らぎの舞い"」

「うおっ!?」

 

 "Dの羽衣"……科学部謹製の伸縮自在のゴムの布を振り抜いて、柔の動きにて砂塵を反らす。

 弾き出された彼が床に転がるのに、今度は布が硬化するほど武装色を纏わせた羽衣を突き付ける。

 

「"羽衣演武(はごろもえんぶ)"」

「ッ!! っく、」

 

 軽く床を蹴って前進し、立ち上がろうとする彼を突き刺せば、その直前に腕一本で飛び跳ねられて避けられた。

 でもまだまだ。これは羽衣による布槍術(フソウジュツ)。大技なんかじゃないから隙なんてないんだよね、お生憎(あいにく)

 

「おおっ!」

 

 踏み込んで布を横へ振り抜けば、お腹を引っ込めて避けられた。逆袈裟斬りは自分で体を分離されて躱され、流れるように蹴りつければ、これはヒット。破裂音とともに吹き飛んだ彼が船室を破壊して見えなくなる。

 ──が、それも数秒のこと。

 

「うっらァ!」

「……しぶといですわね」

 

 崩れた壁や内装を押しのけ、額から血を流しながらもコーラスが出てきた。

 怪我は多いが満身創痍には遠く、戦意もまったく衰えていない。

 ぎらぎらとした目つきは野生の獣のようだった。

 

「おれはっ! この海を制して、"海賊王"になるんだ!!」

「…………」

「だからお前をぶっ倒して、新世界へ行く!! お前なんかに負けてる暇はねぇんだ!!」

 

 んっ……!

 彼の吠える声とともにうわっと風が広がって、私の体をビリビリと揺らした。

 思わず髪を押さえながらも、不思議な感覚に思考を巡らす。

 

 今の……ドキッとさせられたのって……。

 

「え、おい、どうした!?」

「なんだ? 何が起こってる……どうしたんだよお前らぁ!」

「……?」

 

 周りを囲んでいた海賊たちの半数以上が、突如として泡を吹いて倒れた。

 それを見て確信する。やはり今のは、覇王色の覇気……私にはない王の器たる力……!

 

 それは目覚めて間もないのか、それともたった今目覚めたばかりなのか……きょとんとして仲間を見る彼の姿からは、少なくともコントロールはおろか、その力を自覚できていないのが窺えた。

 

 これで1億の首かー……これは、放って置いたら大型ルーキーになるだろうな。

 新世界を目指すその心も間違ってはいないだろう。あっちの海には王の器を持つ海賊がうじゃうじゃいるって聞くし。

 いずれにせよ……。

 

「厄介な……ええ、いいでしょう。確実に叩き潰すために、こちらも切り札を切るとしましょう」

「……へっ、望むところだぜ……! だったらこっちも大技だ! 密集し、鉄の硬度のまま"自然系(ロギア)"の如き体!!」

 

 思い切り息を吸い込み、胸を膨らませて上体を反らしたコーラスが、両の拳を引き絞る。

 ――! 突っ込んでくる!!

 

「食らえ!! "鉄・塵(テツジン)"!!」

「ふぅー……」

 

 歯を食いしばって私を睨みつけ、足元を爆発させて突進してくる彼に、私は体の力を抜いて緩やかに構えた。

 私の体技、私の絶技、私の技術と力の全て。

 その集大成、行きついた究極の一撃、とくと見よ。

 

「"超重圧(ヘヴィ)インパクトォ"ッッ!!!」

「――神撃(しんげき)

 

 向かい合わせに寄せられた拳と、私が出した右の拳がぶつかる。

 肌色の太い腕と黒染めの細腕。

 そこだけ切り取れば私に勝ち目は一分もないように見えるだろう。

 

「――――!!」

「――――………」

 

 けれど結果は……。

 

「……、ァ……」

「ふう。決着ですわね」

 

 どさりと仰向けに倒れた彼に、天晴(あっぱ)れの意味もこめて、帯から抜き取った扇を広げてみせる。

 もっとも、白目を向いてたら何も見えないかもだけど。

 

「こ、コーラスが負けたあ!?」

「嘘だぁー! コーラス、立ち上がってくれー!!」

「溶岩島だって、鏡の国でだって、どんな困難も乗り越えてきたじゃねぇか!」

「コーラス~~~~!!!」

 

 発破や声援、激励の声が周囲からわっと湧き上がる。

 …………。

 はぁ、心が重い。そういう声は聴きたくないなあ。

 でも見逃す事はできない。"鉄人"の一味はここで解体だ。

 

「――え?」

 

 誰かの呆けた声が聞こえた。

 

「て、"天女"が……」

「……増えたァ!?」

 

 びっくりするのも無理はないか。船長倒した海兵が四人も五人も増殖すれば、たまったもんじゃないだろうから。

 

「"天女伝説(てんにょでんせつ)"……さあ皆様方、幕引きでございます」

 

 まあ、こんなに増やすと体が忙しい。それに分身の方はさほど戦闘力は無いし。だって全部私一人でやってる訳だからね!

 でも、雑魚どもを叩き伏せるくらいならば容易い。

 おっと、油断は禁物。慎重にいくぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……うーん、秒殺してしまった。

 

 

 

 

「う……」

「あら、目が覚めました?」

 

 さて、船長、幹部以下乗組員を軍艦に移してふん縛り、船長の顔を手配書と照らし合わせていれば、彼が意識を取り戻した。

 海楼石の手錠がついてるから動けないし、猿轡噛ませてるから喋る事もできないけれど、せわしなく目を動かした彼は、私の姿を見つけるとぐるると唸り始めた、

 あはは、猛獣みたい。獰猛だねぇ。

 

「残念ですが、インペルダウンで罪を償ってきなさいな」

「……! ……!!」

「うふふ♡ 大監獄を出られるその日まで、大人しくしている事です」

「……!! ……!!!」

「それでは中将殿、そろそろ牢に移しますね」

「はい、お願いしますね、ミサゴ様♡」

「――っ、で、ですからぁ、様はやめてくださいよう……」

 

 あら、ミサゴさんたら照れちゃって、かわいいなー。

 ぱっと扇を広げて口元を隠し、くすくすとわざとらしく笑えば、怒ってコーラスを引きずって行ってしまった。

 ちょっとからかいすぎたかな?

 

 

 ……さて。

 彼が腐らなければ、すぐにまた海に出られるだろうけど。

 その時また同じ仲間と巡り合えるかは運次第。

 

 ……私の使命が成就するかもまた天運。

 

 市民に預けた電伝虫は未だ一度も鳴らないけれど。

 いつかこれが鳴り出した時、それが私の運命のわかれ目。

 

 来るなら来い、黒ひげ。

 お前が七武海に入る未来はないと知れ。

 

 

 ……なんて言っても、それは私が上手くやれたらの話……なんだけどね。

 




TIPS
・キャラチェン
ミューズの中では自分はナイスバディなお姉さん枠。

・"天女伝説"
伝説や伝承とは語られる地域によってその姿を変える。
転じて、いくつもの姿を持つ人物ということで、分身する技の名前になった。
分身といっても同時にミューズが動いているだけ。
その場でぶれる形のものと、離れた位置で動いているものの二種類ある。

・テイルデール・T(つめた~い)・コーラス
チリチリの実の能力者。細胞単位で塵になれ、その強度は鉄のごとく。
東の海出身。船出して間もないルーキー。
脳筋。

・神撃
ただの覇気パンチに最大輪の六王銃が乗っている。
シンプルイズベスト。

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